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第二章 未知なる大地
旅の始まり 4
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結局、もう移動するには暗くなってきてしまったため、啼義たちは近くに見つけた洞穴で野宿することになった。イルギネスはごく普通のことのように半径数メートルほどの結界を貼り、木の枝や枯れ葉を集めて、剣に炎の気を付与してから、洞穴のすぐ外に焚き火を起こした。慣れたものだ。
あまりこんなふうに外で過ごしたことのない啼義には、この一日だけで十分すぎるほど真新しいことが山積みだった。勿論、あんなに泣いたのも。
啼義は洞穴の外で膝を抱えて座り、空を見上げた。星空は、羅沙にいた時とあまり変わらない気がする。寒くはないが、どこからか虫の声が聞こえる。秋の気配だ。羅沙より少し遅れて、ここにも秋は来るのだろう。冬になればやはり、雪も降るのだろうか。
目を閉じ、故郷の懐かしい雪景色を思い浮かべた。寒さの厳しい土地だった。でも、もう帰れないと思うと、無性に恋しかった。
少しだけその思いに浸ってから、郷愁の念をかき消すように、抱いていた剣をぐっと身体に引き寄せる。拾われた時からずっと共にあった剣は、濃茶の柄の先と平たい金の鍔の真ん中に、夜が訪れる直前のような、深い群青色の石が嵌め込まれた美しい造りだ。その深い青のあちこちに散りばめられた金の粉は、星のようにも見える。
恐らくこれは、啼義の実の父親──ディアードが、十八歳の成人の儀の際に与えられたものだと、イルギネスが教えてくれた。
『俺もちゃんと見ていないけど、聞いている特徴からして、間違いないと思う』彼は、やっと確信を得たという表情で言った。
洞穴の方を振り返ると、イルギネスが毛布にくるまって、こちらを背にして転がっている。その姿に、啼義は自分がひどく安心していることを自覚していた。
<俺はまた、銀髪のやつに拾われたってわけか>
その銀髪の相棒は、運命は信じないと言った。でも、何かの縁かも知れん、とも。
啼義は少し笑った。どういう縁だろう。イルギネスは確かに靂と同じ髪の色だが、一緒にいてみれば、先ほどどうして重なって見えたのか不思議なくらいに違う男だ。こんな楽天的な人間に、啼義は会ったことがなかった。だが、弟を亡くしていたとは──誰しも傷のひとつやふたつ、抱えているものなのだろう。それでも彼の笑顔は、どこまでも大らかだ。
今の自分は、あんなふうに笑えない。全てから引き離され、独りこの広い世界に放り出された気がして、たまらなく寂しかった。けれどイルギネスは確かに、闇の中にやっと見えた一筋の、光へと導く縁のような気がした。
<靂──>
心の中で、呼びかける。
<俺、なんとかやって行けそうだよ>
そしてふと思った。羅沙の社は、どうなったのだろう。靂亡き今、ダリュスカインが筆頭に立つのだろうか。いずれにしろ、このままで済むわけがない。自分が生き延びていることくらい、もう彼は察しているはずだ。間違いなく自分の命を狙ってくるであろうことを思うと、やはり恐ろしい。靂の右腕として、時には兄のようにも思えたダリュスカインと、こんな形で道を違えることになろうとは。だが──
<決着を、つけなければ>
気持ちは、だいぶ吹っ切れていた。何が待ち受けていても、引き返せない以上、覚悟を決めて進むしかない。自分の道は、自分で切り開くしかないのだ。
立ち上がり、北の方角へ目を向ける。夜の闇に横たわる、ドラガーナ山脈の影。そこだけくり抜いたように、星空が途切れている。
啼義は今一度、その姿を焼きつけるように強い眼差しで見つめると、踵を返し洞穴へと戻った。
同じ頃──
そのドラガーナ山脈の向こうにも、星が瞬く夜空を眺めている者が一人。深紅のマントに、緩やかに波打つ長い金の髪──ダリュスカインは撫然と、崖から南の山脈を見渡していた。
<どこにいる>
強い風が吹上げ、乱れた髪を押さえようと右手を上げようとしたが、思い直してそっと左手で押さえる。彼は右腕の、肘から下を失っていた。
靂の雷術により火傷を負った右腕は、すでに機能しない状態だった。そこへ、啼義の反撃を食らって意識を失った後、気がついた時には肘から先が消えていた。大きな怪我はそれだけだったが、出血と痛みで、起き上がれるようになるまですら、かなりの時間を要してしまった。
<必ず探し出して、葬り去ってくれる>
道を阻む者は、排除せねばならない。もはや、手段などどうでも良い。
<淵黒の竜よ。お前を蘇らせてやる。だから、その力を──この右腕に>
知らず、願っていた。これだけの代償を払ったのだ。今さらもう、失うものなど、何もない。
<このまま引き下がってなるものか>
昏い思いは呪詛となって、誘われるように闇の淵へと流れこんで行くのだった。
あまりこんなふうに外で過ごしたことのない啼義には、この一日だけで十分すぎるほど真新しいことが山積みだった。勿論、あんなに泣いたのも。
啼義は洞穴の外で膝を抱えて座り、空を見上げた。星空は、羅沙にいた時とあまり変わらない気がする。寒くはないが、どこからか虫の声が聞こえる。秋の気配だ。羅沙より少し遅れて、ここにも秋は来るのだろう。冬になればやはり、雪も降るのだろうか。
目を閉じ、故郷の懐かしい雪景色を思い浮かべた。寒さの厳しい土地だった。でも、もう帰れないと思うと、無性に恋しかった。
少しだけその思いに浸ってから、郷愁の念をかき消すように、抱いていた剣をぐっと身体に引き寄せる。拾われた時からずっと共にあった剣は、濃茶の柄の先と平たい金の鍔の真ん中に、夜が訪れる直前のような、深い群青色の石が嵌め込まれた美しい造りだ。その深い青のあちこちに散りばめられた金の粉は、星のようにも見える。
恐らくこれは、啼義の実の父親──ディアードが、十八歳の成人の儀の際に与えられたものだと、イルギネスが教えてくれた。
『俺もちゃんと見ていないけど、聞いている特徴からして、間違いないと思う』彼は、やっと確信を得たという表情で言った。
洞穴の方を振り返ると、イルギネスが毛布にくるまって、こちらを背にして転がっている。その姿に、啼義は自分がひどく安心していることを自覚していた。
<俺はまた、銀髪のやつに拾われたってわけか>
その銀髪の相棒は、運命は信じないと言った。でも、何かの縁かも知れん、とも。
啼義は少し笑った。どういう縁だろう。イルギネスは確かに靂と同じ髪の色だが、一緒にいてみれば、先ほどどうして重なって見えたのか不思議なくらいに違う男だ。こんな楽天的な人間に、啼義は会ったことがなかった。だが、弟を亡くしていたとは──誰しも傷のひとつやふたつ、抱えているものなのだろう。それでも彼の笑顔は、どこまでも大らかだ。
今の自分は、あんなふうに笑えない。全てから引き離され、独りこの広い世界に放り出された気がして、たまらなく寂しかった。けれどイルギネスは確かに、闇の中にやっと見えた一筋の、光へと導く縁のような気がした。
<靂──>
心の中で、呼びかける。
<俺、なんとかやって行けそうだよ>
そしてふと思った。羅沙の社は、どうなったのだろう。靂亡き今、ダリュスカインが筆頭に立つのだろうか。いずれにしろ、このままで済むわけがない。自分が生き延びていることくらい、もう彼は察しているはずだ。間違いなく自分の命を狙ってくるであろうことを思うと、やはり恐ろしい。靂の右腕として、時には兄のようにも思えたダリュスカインと、こんな形で道を違えることになろうとは。だが──
<決着を、つけなければ>
気持ちは、だいぶ吹っ切れていた。何が待ち受けていても、引き返せない以上、覚悟を決めて進むしかない。自分の道は、自分で切り開くしかないのだ。
立ち上がり、北の方角へ目を向ける。夜の闇に横たわる、ドラガーナ山脈の影。そこだけくり抜いたように、星空が途切れている。
啼義は今一度、その姿を焼きつけるように強い眼差しで見つめると、踵を返し洞穴へと戻った。
同じ頃──
そのドラガーナ山脈の向こうにも、星が瞬く夜空を眺めている者が一人。深紅のマントに、緩やかに波打つ長い金の髪──ダリュスカインは撫然と、崖から南の山脈を見渡していた。
<どこにいる>
強い風が吹上げ、乱れた髪を押さえようと右手を上げようとしたが、思い直してそっと左手で押さえる。彼は右腕の、肘から下を失っていた。
靂の雷術により火傷を負った右腕は、すでに機能しない状態だった。そこへ、啼義の反撃を食らって意識を失った後、気がついた時には肘から先が消えていた。大きな怪我はそれだけだったが、出血と痛みで、起き上がれるようになるまですら、かなりの時間を要してしまった。
<必ず探し出して、葬り去ってくれる>
道を阻む者は、排除せねばならない。もはや、手段などどうでも良い。
<淵黒の竜よ。お前を蘇らせてやる。だから、その力を──この右腕に>
知らず、願っていた。これだけの代償を払ったのだ。今さらもう、失うものなど、何もない。
<このまま引き下がってなるものか>
昏い思いは呪詛となって、誘われるように闇の淵へと流れこんで行くのだった。
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