龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~星占いの少女編~

星占いの少女編 第十一話

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 薄墨の髪の占い師に案内されて、ミカが遅れて到着したときには全ては終わっていて。
 風体怪しい男達は全て縛り上げられ、雷砂は眠る姉妹の傍らに、ぼんやりと座り込んでいた。


 「雷砂、大丈夫か?」


 ミカが声をかけると雷砂はゆるゆると顔を上げて力なく微笑み、


 「ああ、ミカ。オレ一人で二人は運べないから、困ってたところなんだ」


 来てくれて助かったと、そう言った。
 二人して手分けをして、姉妹を運ぶ。ミカはリインを、雷砂はセイラを。
 男達はもうしばらく、ここへ放置しておくことにした。
 宿に戻ったら座長のイルサーダに対処してもらうと雷砂は笑い、何かを探すように周囲を見回した。


 「あれ?あの子は?」


 そんな雷砂の言葉につられて周囲を見回すが、ミカをここまで案内してきた少女の姿は、まるで霞のように消えていた。
 だが、今は彼女を探している場合ではなく
 。後でもう一度再会できたら、きちんとお礼を言おうーそう思いながら、雷砂はミカと共に、宿への道を急いだ。




 宿へ戻り、セイラとリインをベッドに寝かせた後、ミカにはイルサーダと共にもう一度現場へ行ってもらっていた。
 捕らえた男達をそのまま放置する訳にもいかないからだ。
 雷砂は一人宿へ残り、眠る二人のそばにいすを引き寄せて座っていた。
 諸々の傷の治療はもう終わっているが、二人は疲れたせいか、ぐっすり眠って目を覚まさない。
 雷砂はただうなだれて、二人の寝顔をじっと見つめていた。


 「雷砂?」


 小さな声と共に扉が開く。
 そこに、白い髪の幼い少女の姿を見て、


 「どうした?クゥ。おいで」


 雷砂は微笑み手招きをした。
 とてとてと部屋に入ってきたクゥは、雷砂の足下に座り込み、その太股の辺りに顎を乗せる。
 そんな甘えるような仕草に笑みを誘われつつ、雷砂はクゥの頭を優しく撫でた。


 「一人か?ロウはどうした??」


 クゥとロウは最近は二人一組でいることが多い。
 どちらも人間の常識にあまり明るくないために、なるべく二人でいさせていたのだが、今日はどうも別行動のようだ。
 先に入ってきたクゥを追ってくるかと思ったがそんなことも無いようで、雷砂は不思議に思い、そう尋ねた。


 「ロウは、イルサーダがつれてったよ?お仕事、だって」


 クゥのその言葉に、ああ、と頷く。
 倉庫の後始末をするにしても、ミカと二人では人手が足りないと判断したイルサーダにかり出されたのだろう。
 なるほどなぁと思いながら、再びセイラとリインの方へ視線を戻せば、それを追いかけるようにクゥも二人を見つめ、


 「セイラとリイン、大丈夫?」


 そんな言葉を口にした。
 少し前なら考えられなかった言葉だ。
 セイラ達と一緒に旅をする少しの間で、この人外の少女もだいぶ人らしくなった。
 それが嬉しくて、雷砂は再び、クゥの頭を撫でてやった。


 「うん。大丈夫。もうけがは治したし、後は目が覚めるのを待つだけだよ」

 「そっか。じゃあ、もう大丈夫なんだね?」

 「ああ。もう、心配ない」

 「でも、じゃあ、なんで、雷砂はそんなに苦しそうな顔、してるの?」


 子供の無邪気さで、クゥが問いかけた。
 クゥの頭を撫でていた雷砂の手が止まり、なんて返そうか一瞬考え込んだ。


 「そう、だな。二人がこんな事になったのが、オレのせい、だから……かな」

 「えっと、雷砂が二人をいじめたの?」

 「いや。二人をいじめた人は他にいるんだ。だけど、それはオレをいじめるために、他の誰かがやらせたことなんだよ。オレが側にいなければ、二人はこんな目にあわなかったかもしれないんだ」


 ちょっと難しかったかな、と思いながらクゥの顔を伺い見れば、案の定、クゥは首を傾げながら、眉と眉の間にちょっぴりしわを寄せている。


 「うーんと……セイラとリインをいじめた人は雷砂じゃなくて他の人?」

 「ああ。そいつ等は、オレがやっつけた」

 「うんうん。雷砂は強いもんね。クゥも一緒にやっつけたかったな~……じゃなくって!えっと、でもその人達がセイラ達をいじめたのは、雷砂をいじめたいって思う他の人に頼まれたから?」

 「うん。多分ね」

 「ふむふむ。それで、雷砂は、雷砂がいなかったらセイラ達もいじめられなかったから、セイラ達の側にいない方がいいって思ってる?」

 「……そうだな。オレがいなければ、悪いことはおきない」

 「え~?それはクゥ、違うと思うなぁ。雷砂はあんまり間違えないけど、それは間違ってると思う」

 「間違ってる?そうか?」

 「悪いのは、いじめる人達でしょ?雷砂は悪くないよ。それに、クゥは雷砂がそんな風に自分が悪いって思って、離れてっちゃったら悲しいよ?きっと、セイラとリインも悲しいと思うな」

 「そう、かもしれないな」

 「それにね、雷砂」

 「ん?」

 「悪い人ってどこにでもいるんだよ。雷砂に意地悪してる人だけじゃなくて。もし、雷砂がいなくなっても、他の悪い人に意地悪されることだってあるでしょう?」

 「まあ、確かに」

 「雷砂が居ても居なくても、悪いことが起きるときは起きるんだよ。だからね、雷砂。雷砂が居なくなったら悪いことは起きないって言うのは、クゥ、間違ってると思うんだ」


 かみ砕いた内容ではあるが、理路整然と、雷砂はクゥに諭された。
 雷砂は静かにその幼げな声に耳を澄ませる。
 変に飾らないクゥの言葉は妙に説得力があって、雷砂は気持ちが少しだけ落ち着いてくるのを感じた。


 「そう、だな」


 雷砂は頷く。
 そして、眠っているセイラとリイン、二人の顔を見つめた。
 クゥの言うとおり、二人は悲しむだろう。自分が離れれば二人は安全だと決めつけて雷砂が自分勝手に離れていったら。
 もちろん、もうすぐ雷砂が一人で旅立つ時は来る。
 でも、それまでは。
 敵に踊らされて、逃げるように旅立つのではなく、みんなとの時間をしっかり過ごして、その上で旅に出よう。
 なんとか、やっと、そう思うことが出来た。
 クゥのおかげだな、と雷砂はクゥの頭を撫でて微笑む。
 その顔を見上げたクゥも笑って、


 「雷砂の顔、やっといつもの雷砂らしくなったね?最近ずっと、変な顔してたもんね」


 そう言うと、嬉しそうに雷砂の顔をぺたぺた触った。


 「そうだった?変な顔、してたかな?」

 「うん。くらぁーい顔。みんなみんな、心配してたよ?セイラもリインもロウもミカも。もちろんクゥも!」

 「そっか。心配かけてごめんな?クゥ」


 神妙な顔で雷砂は謝り、お返しとばかりにクゥのほっぺたを優しく撫でた。


 「みんなにも謝らないとなぁ。心配かけてごめんって」

 「謝らなくても、雷砂がにこにこしてれば、みんなそれだけで嬉しいと思うよ?」

 「にこにこかぁ。そうかなぁ」

 「そうだよ!クゥは雷砂がにこにこしてると嬉しいもん」

 「そうか?なら、そうしてみようかな」


 雷砂の言葉に、クゥが嬉しそうに頷く。
 それから、二人そろってセイラとリインの寝顔を見つめ、


 「早く起きるといいねぇ、セイラもリインも」

 「そうだな。早く、目を覚ますと嬉しいけどな」


 口々に呟くと、二人は並んで姉妹が目を覚ますのをじっと見守った。





 「そう言えば、雷砂。この街ってちょっとおかしいよねぇ?」


 クゥがそんなことを言いだしたのは、雷砂の隣に引っ張ってきたイスに座ってセイラとリインが起きるのをじぃっと待つことしばらくしてからの事だった。

 なにがおかしいんだ?と雷砂が問うと、クゥは不思議そうに首を捻って言った。
 この街には、とーさまの匂いがする、と。

 それを聞いて初めて、雷砂はクゥに父親という存在が居たという事を知った。
 そして気付く。
 クゥの事は、知っている事より知らない事の方が多いのだと言うことに。

 自分に付いてくるというこの人外の少女の言葉だけを信じ、連れて来た。
 彼女を信じられるという自分の直感のままに。
 信じる以上その過去などどうでもいいと思っていたのだが、今のクゥの言葉を聞いて、少しだけ興味がわいてくる。
 彼女の本性は蜘蛛の魔物。
 ということは、彼女も父親も蜘蛛の魔物、なのだろうか?


 「そういえば、クゥのお父さんって、どんな人なんだ?」


 聞いたこと無かったよな?と雷砂が問うと、クゥはきょとんとした顔で、


 「あれ?言ったことなかったっけ??」


 と答える。
 雷砂が苦笑して、聞いたこないと返すと、クゥはなんて説明しようかと腕を組んで可愛らしく唸った。


 「えーっとねぇ。とーさまは、クゥが小さい蜘蛛だった頃に、クゥを拾ってくれたの。そんでね、自分の魔力を食べさせて、クゥを大きくしてくれたんだ。クゥが自分で、色々な生き物の魔力を食べられるようになるまで、ずっと一緒だったんだよ?」

 「ふぅん?クゥの本当のお父さんって訳じゃないんだな」

 「うん。でもね、とーさまはクゥを大事に大事に育ててくれたんだ。だけど、クゥを育てるのに一生懸命になりすぎて、黒くて綺麗だった髪の毛は、真っ白になっちゃった……」

 「そっか。いい、お父さんだったな?」

 「いつもね?綺麗な赤い目でクゥを優しく見ててくれたんだ。それで、クゥを可愛いちび助って呼んだんだよ。優しい、優しい声で。クゥ、とーさまの声、大好きだったなぁ。あ、もちろん、雷砂の次に、だけど」

 「黒い髪に、赤い瞳……?」


 その色合いが、妙に引っかかった。雷砂を変に気に入ってちょっかいをかけてくる相手が、それと同じ色の髪と瞳をしていたから。
 だが、考え込むような雷砂に気付くことなく、クゥは懐かしそうに目を細めて父親の話を続ける。


 「本当はね、とーさまは自分で雷砂に会いに行こうと思ってたらしいんだけど、その前に消えちゃった」

 「きえた?」

 「うん。クゥに最後に魔力をくれて、それでこれからは一人で頑張れって言って、最後に雷砂の話をしたよ。雷砂は強いから、遊んでもらえって。絶対に楽しいからって」

 「オレと、遊ぶようにって、そう言ったのか?」

 「そう。それでね、最後に、雷砂に負けてどうしても死にたくないなら、素直にそう言ってみろって言ったの。雷砂は優しいから、きっと助けてくれるって。そう言った後、とーさまは溶けるように消えちゃった。最初から、そこに居なかったみたいに」


 クゥの父親と同じ色の髪と瞳で、そんな消え方をする相手に、覚えがあった。
 それは、以前立ち寄った村で戦った男。
 水魔を守り神とする山深いその村で、その男は雷砂を手に入れようと周囲を巻き込むような策略を立て、しかしそれに破れて消え失せた。
 最初から居なかったかのように、跡形もなく。

 彼は語った。
 己は作られた存在であること。そして、同じような分身はあと二人居るとも。
 彼らの本体は、以前、雷砂が返り討ちにした男。
 黒い髪に赤い瞳のその男は、どうしてだか雷砂を気に入って、雷砂を手に入れようとした。雷砂の周囲を全て、焼き尽くしてでも。

 その時は何とか追い払えたが、それはたまたま運が良かったからだ。
 だが、手傷を負わせ、時間を稼ぐことは出来た。
 その稼いだ時間で、雷砂は強くなろうと決めたのだ。
 あの男は、雷砂を諦めない。どこかでそう確信していたから。

 手傷を負い、己で行動するには時間がかかるとふんだその男は、自分が動けない間にも雷砂にちょっかいをかける為に、己の魔力を込め分身を作り出した。

 その一人目が、雷砂と戦い破れた男。彼の言葉を信じるのであれば、奴の分身はあと二人。

 クゥの話から察するに、二人目の分身が、クゥに魔力を与えて育てた男だったのだろう。
 恐らく、クゥを雷砂にぶつけて弱らせて、あの男のところに連れて行こうという計画だったのだろうが、その計画に狂いが生じたに違いない。
 クゥがこれほど慕っている様子から推測するに、最初は計算づくだったものが徐々に情がわいて、クゥの事を本当に可愛く思い始めてしまったのではないだろうか。
 それ故、彼はクゥに言ったのだ。
 差し違えてでも雷砂をしとめろ、ではなく、素直に命乞いをしてしまえ、と。
 だが、二人目の分身は、クゥの話が本当であればもう存在しない。
 なら、この街に漂っているという、クゥの父親の匂いはどこから来るのか。


 (……この街に、三人目がいるってことか)


 心の中でそっと呟き、雷砂はぎゅっと拳を握る。
 もし本当にそうであれば、ここ最近の一連の騒動は恐らくその男の計略だろう。
 男は、今までの二人と違い、雷砂の体ではなく、心を攻撃してきたのだ。
 だが、ある意味、それが一番効果的だったのかもしれない。
 現に、雷砂はこの街に来て、周囲の者が自分のせいで傷ついているかもしれないと言う状況に、心底参りかけていたのだから。


 (何とかそいつを捜し出して、直接対決に持ち込みたいところだな)


 これ以上、周囲の者が傷つくのはごめんだった。
 ならば、一刻も早く見つけだして叩かなくては。 
 そう心を決めて、雷砂はイスから立ち上がる。


 「雷砂?」


 不思議そうに自分を見上げるクゥの頭を優しく撫でて、


 「ちょっと、用事を思い出した。その用事をすませてくるから、それまでクゥがセイラとリインの近くに居てくれないか?目が覚めたとき、誰もいないと二人が寂しがると思うから」


 クゥの赤い瞳をのぞき込んで、そうお願いした。


 「いいよ。雷砂の代わりに、クゥが二人と一緒にいるね。すぐ、帰ってくる?」

 「ああ。すぐ、帰ってくる。それまで、二人をよろしくな?」

 「うん、わかった」

 「あと、それから……」

 「なぁに?」

 「この街の、クゥのお父さんの匂いだけどな?」

 「うん」

 「クゥのお父さんは、もう死んでいなくなっちゃっただろ?だから、お父さんの匂いに似てても、きっと違う人の匂いだと思う。だから、お父さんを捜して会いに行こうとは、しないで欲しい」

 「……うん。わかってる。大丈夫だよ、雷砂。もし、この街の匂いが本当にとーさまのだったとしても、クゥはもうとーさまのところにはいかない。だって、クゥはもう、雷砂のものでしょ?雷砂のところ以外、行ったりしないよ」


 だから安心してね、とクゥが笑う。
 その無邪気な笑顔が愛おしくて、雷砂はもう一度クゥの頭を撫でた。


 「うん。そうだったな。クゥはオレのだった。……ありがとな、クゥ」

 「えっと、どういたしまして??」


 首を傾げてそう返すクゥをもう一度、優しく見つめ、


 「んじゃ、いってくるな」


 そう言うと、今度は眠ったままの二人に視線を向けた。 


 「セイラ、リイン。ちょっとだけ行ってくるな?すぐに、帰ってくるから」


 そっと二人に声をかけ、雷砂はクゥを残して部屋を出た。
 ここ数日の、一連の騒動に決着をつけるために。 
 
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