龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
上 下
210 / 248
第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

SS 探偵ごっこ!?~リイン、奮闘するの巻~②

しおりを挟む
 水汲み用の容器を抱えて、雷砂は森の中を歩いていく。
 だが、川に向かう途中で、木々の向こうから聞こえる剣戟の音に気がつき、向かう方向をわずかに微修正した。
 そのまま進むと、木々が開けてちょっとした広場の様になった場所へたどり着く。
 そこには、互いに練習用の剣を構えたアジェスとミカの姿があった。
 雷砂は己の気配を極力消したまま、二人の打ち合いしばし眺めた。
 だが、それほど長く続くことなく、二人は示し合わせて剣を納め、互いに汗を拭いつつ、談笑をはじめる。
 わざと足音をたてて近づいていくと、ミカが振り向き、ぱっと顔を輝かせた。


 「雷砂!!」

 「ミカもアジェスもお疲れさま。どう?アジェス。ミカは強いだろ?」


 抱きつこうとするミカを上手にいなしつつ、雷砂はにやりと笑ってアジェスを見上げる。
 アジェスも精悍な顔を微笑ませ、


 「そうだな。さすがはB級の冒険者といったところか。技としての荒さは目立つが、パワーがすごい。力押しでは、俺の方の分が悪いだろうな」


 素直にそう賞賛した。だが、パワーがすごい、という所に引っかかりを覚えたのか、ミカが唇を尖らせる。


 「んだよ、アジェス。技は荒えがパワーがすごいって、オレが筋肉バカだとでもいいてぇのか?」

 「そうはってないだろう?俺は、ただパワーがすごいと誉めただけではないか」

 「技は自分の方が勝ってるっていいてぇんだろ?」

 「まあ、そこはな。じゃあ、逆に質問するが、ミカは技で俺に勝ってると胸を張れるのか?」

 「う、それをいわれると」

 「だろう?」


 ミカとアジェスのじゃれ合うような言い合いを、雷砂はニコニコ笑って眺める。
 純粋に二人が仲良くしているのが嬉しかったのだが、ミカはそんな雷砂を見て、


 「あ!アジェスと二人っきりだったからって、変な誤解すんなよ、雷砂。アジェスなんてまるで好みじゃねぇし、ただ剣の稽古に付き合って貰っただけだから。な!?」


 慌てたように言い募る。
 その余りの必死さに苦笑した雷砂が、分かってると返す前に、


 「こちらの方こそ、ミカはまるで好みじゃないから安心しろ。乱暴なだけの女など、こちらから願い下げだ」


 ニヤリと笑ってアジェスがチクリとやり返す。


 「なっ!!乱暴なだけなんかじゃねーし」


 ミカが唇を尖らせれば、


 「ほほう。じゃあ、ミカはなにが出きる?もしやそうは見えんが料理が得意とか?」

 「りょ、料理はできねーな……」


 アジェスが質問を切り返し、ミカが肩を落とす。
 ちらちらと、雷砂の方を伺いながら。
 雷砂を幻滅させたのではないかと心配している様だが、今更これくらいの事で幻滅のしようもない。
 第一、ミカが料理下手な事など、以前からよーく知っている。その壊滅的な料理を、食べたことだってあるのだから。


 「じゃあ、力以外のなにがあるんだ?」

 「ち、力以外か?うーんと、えーっと……」


 問われて考え込むミカ。しばらくそうして頭を捻り、はっとしたように顔を上げる。
 チラリと横目で雷砂を見て、それからアジェスに向かって胸を張った。


 「むっ、胸だ!やっぱ女の魅力っつったらでっけぇおっぱいだろ!?」

 「いや、俺は無くても。むしろない方が好みだ」

 「オレも、胸にこだわりは特に無いなぁ」


 アジェスと雷砂の反論に、ミカは打ちのめされたような顔をする。
 ちょっと涙目になり、だが再びはっとしたようにアジェスの顔を見た。
 そして雷砂を抱き上げ、アジェスから遠ざける。


 「ミカ?」


 雷砂が不思議そうにミカの名を呼び、


 「ん?それはなんのまねだ??」


 アジェスもミカの行動の真意が読めずに首を傾げる。
 そんなアジェスに向かってミカが吠えた。


 「胸がない方がいいってことは、アジェス、てめぇ、雷砂のことを狙ってやがるな!?」

 「あ~~~……そうきたか」

 「言っておくが、雷砂に手ぇ出そうとしてもダメだかんな!!」


 毛を逆立てた犬の様にきゃんきゃん吠えるミカを前に、アジェスは額に手を当てて、なんて説明しようかと困ったように考える。


 「まあ、落ち着け、ミカ。確かに雷砂に胸はないが、俺は至ってノーマルなのだ。子供を恋愛対象に選ぶ趣味はない。ちゃんとした大人の、ぺったんこが好みなだけだ」

 「……ほんとか?」

 「本当だ」

 「……うそじゃねぇな?」

 「うそじゃない」

 「じゃあ、まあ、とりあえずは信じてやる。ったく、紛らわしいこと言うなよな」


 ぶつぶつ言いながら雷砂を地面にそっと降ろし、へにゃりと眉尻を下げて雷砂の顔をのぞき込む。


 「急に抱き上げてごめんな?雷砂。痛くなかったか??」

 「平気だよ。オレが頑丈なの、ミカだってよく知ってるでしょ?」


 うん、と頷きながら、ミカは落ち着かない感じでちらちらと雷砂の目を見ている。
 ちょっと不安そうに。


 「その、さ、雷砂は嫌いなのか?」

 「なにが??」


 思い切ったように口を開いたミカの質問に、雷砂は首を傾げた。


 「え、と、おっきいの」

 「おっきいの??」


 諦めずに問いを重ねるミカの顔が徐々に赤くなってくる。
 だが、この時点でも雷砂はミカの質問の意図が読めない。
 首を傾げる雷砂を困ったように見つめ、ミカは赤い顔のまま、虫の鳴くような声でその言葉を告げた。
 自分の胸に二つある、凶悪な大きさの肉の塊を示す単語を。いつものミカからは考えられないくらい、恥ずかしそうに。


 「ああ、そのことか」


 それを聞いた雷砂がやっと合点が行ったとばかりにぽんと手を叩く。


 「その、やっぱり、嫌いなのか?大きいのは」

 「別に嫌いじゃないよ。大きくても小さくても、どっちでもいいと思ってるだけで。それが好きな人のなら、どっちでも問題ないでしょ?」


 おずおずと重ねられた問いに、雷砂はやっと明確な答えを返す。
 それを聞いたミカがほっとしたように強ばっていた顔を緩めた。


 「大きくても平気なんだな!?そっかぁ。よかったぁ」


 まじで焦ったぜと、ミカは左手で胸をなで下ろした。
 雷砂はその手をみて、


 「ミカ、左手、ちょっと怪我してるよ?血、出てる」

 「ん??ああ、さっきアジェスの攻撃を左手ではじいたときにやっちまったかな??ま、このくらい平気だよ。なめときゃ……」


 治ると続けようとした声は言葉にならなかった。
 ミカの言葉を最後まで聞かず、雷砂がミカの左手をとって口元に運んだからだ。
 彼女の手の甲についた傷の上を、雷砂の舌が優しく舐めた。
 丁寧に乾きはじめた血をぬぐい取り、その傷から新たに血があふれないのを確認してからそっと唇を落とす。


 「ん。もう大丈夫そうだ。でも、もし痛かったら、ロウに舐めて貰うといいよ。そうすれば、綺麗に治るから」


 にっこり笑って雷砂が告げるも、その声はミカの耳には届いていないようだった。
 ミカは赤い顔をしたまま、左手をそっと胸元に引き寄せて、


 「今日はもう、絶対手を洗わねぇぞ……つーか、もったいなくて洗えねぇ」
 「いや、手はちゃんと洗おうな?ミカ」


 雷砂の言葉も耳に入らないようで、そんなことをぶつぶつと呟いている。
 アジェスはそんなミカをあきれたように眺め、雷砂は苦笑混じりにミカのことをアジェスに頼むと、水汲みの為にその場を後にした。





 「怪我をすると、良いことがある。なるほど。勉強になる」


 何が勉強になるのかは良く分からないが、非常に丁寧にメモを取りつつ、リインは頷く。
 これならばすぐにでも実践に移せそうだ。
 なにしろ、リインは運動神経が鈍いせいか、驚くほどよく転ぶのだ。
 今度転んだら、即座に雷砂の元に行くことにしよう。
 その考えにうんうんと頷き、リインは再び雷砂を追って森の中に分け入った。




 水辺で水を汲み、容器のふたをきっちり閉めた雷砂は、肩越しにチラリと背後を伺った。
 草むらが不自然に揺れるのを見て小さく微笑み、雷砂はその場に寝転がると、


 「なんだか疲れて眠くなったな~。ちょっとだけ、休んでいくか」


 そんな風にわざと大きめの声で独り言を呟いてからそっと目を閉じた。
 後はただ、相手が罠にかかるのをじっと待つだけだ。




 リインは、隠れた草むらから、眠ってしまった雷砂の様子を伺っていた。
 すぐに起きるかと思ったが、そんなこともなく、しばらく様子を見ていたが起きる気配はない。
 そろそろと、音を立てないように気をつけながら、草むらを出て雷砂のそばへと歩み寄る。

 横になった彼女のそばに膝を付き、そっと雷砂の顔を見下ろした。
 その天使のような寝顔に目を細め、見とれていると、雷砂の瞳が不意にぱちっと開いてリインを見上げた。
 あまりの事に驚いて固まったリインに雷砂の腕が伸びてきて、その体を優しく引き寄せた。
 抵抗するまもなく雷砂の上に倒れ込むように覆い被さり、さっきよりもずっと近くで雷砂の顔を見つめる。
 雷砂の顔が、いたずらに成功した子供のように、笑っていた。
 その顔を見て、リインは悟る。最初から、自分の尾行は気付かれていたのだ、と。


 「気付いてたのに、どうして?」

 「ん~。一生懸命についてくるリインが、可愛かったから、かな」


 問いかけに笑みで返して、雷砂はリインの頬に唇を寄せる。
 柔らかな頬についばむようなキスを送れば、リインは可愛らしく頬を膨らませて、もう、とその目元を赤く染めた。

 そんな彼女を見つめ、笑みを深めた雷砂は、リインを抱き寄せて自分の傍らで横にならせる。
 その頭の下に自分の手を差し入れると、彼女の頭を自分の近くにそっと引き寄せ、銀色の髪に頬を寄せた。


 「雷砂?」

 「もう少しだけ、ここで休んでから帰ろう?せっかくいい天気だし、それに……」

 「それに?」

 「なにより、二人きりだ。たまにはこういう時間も、いいよね」


 雷砂は微笑み、リインは更にその顔を赤くする。
 その表情は、普段のリインの表情の乏しさを知る人なら誰でも驚くくらい、乙女らしくも可愛らしいものだった。
 二人はそのまましばしの間、互いだけを感じ、静かな時を過ごすのだった。




 その夜、貴重なろうそくの火をともして、リインは一心不乱に書き事をしていた。
 その様子を見ていたセイラが、一体なにをそんなに一生懸命に書いているのかと問うと、リインはチラリとセイラを見て、


 「セイラにだけ、教えてあげる」 


 そう言って姉をそっと手招いた。
 近づき、彼女の書いていた紙の束をのぞき込み、


 「なになに?雷砂に甘えるための100の方法??」


 その題名を読み上げたセイラは何とも言えない顔で、双子の妹を見た。
 リインは何とも得意げに胸を張っている。


 「これさえ完成すれば、いつでも好きなときに雷砂に甘え放題」

 「な、なるほどね……まだ、4つくらいしか書いてないけど」

 「今日一日でも、だいぶ情報収集が出来た。100個なんてきっとあっという間」


 リインはうんうんと頷き、ちょっと引き気味の姉を再び見上げた。


 「完成したら、セイラには特別に見せてあげる」

 「そ、そう。楽しみにしてるわね~……」

 「期待して待ってて!」


 リインは力強く頷いて、再び執筆作業に移っていく。
 そんな妹をしばし見つめ、


 「じゃ、じゃあ、私はもう寝るわよ?リインも程々にしなさいね?」


 そう言いおいて、セイラは自分の寝床に潜り込んだ。
 隣で眠る雷砂を、忘れずに己の腕の中に引き込んで。
 リインはそんなセイラと雷砂の様子を見て、ふむと一つ頷くと、更に新たな文章を書き足した。
 その内容はこうだ。
 夜は早いもの勝ち。強気に出るが吉……と。

 このリインの超大作が完成するか否か、それはまだ誰にも分からない。
 とりあえず、この日の夜のリインはかなり夜更かしをして、翌日、それはもう盛大に寝坊して雷砂に起こされ、新たな文章が再び書き記されることになるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...