龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六章 第十八話

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 ジェドは悩んでいた。
 今晩、セイラはとある商人の個人的な酒宴に呼びつけられているらしい。
 座長が交渉に行っているらしいが、男の従者を付けることは難しいようだ。
 夜の酒の席に呼びつけるという事は、相手の男はもちろん思惑を抱いての事だろう。男なら誰でも抱くに違いない思惑を、だ。
 セイラは受け入れるつもりは無いだろうが、そう簡単に逃げられるとは限らない。

 だから、そんなもしもの時の為に、出来れば付き人としてついて行きたい所なのだが、残念ながらジェドの性別は男だった。
 無理矢理セイラについて行ったところで、門前払い、されてしまうに違いない。

 「どうしたもんかなぁ、アジェス」

 ため息と共にそう問うと、

 「ん?そうだな。女じゃないとダメなんだったな」

 刀の手入れをしながら、アジェスも考えてくれる。


 「そうなんだ。どうしたもんかなぁ。なんとかなんねぇかな」

 「女じゃなければダメなら、女になればいいんじゃないか?」

 「女に……って、そりゃ女装しろって事か?」

 「まあ、有り体に言えばそうだな」

 「俺が女装って……それって、気色悪くねぇか?」

 「ん?結構なんとかなるのではないか?ジェドは筋肉質ではあるが、細身だしな」

 「う……そうか?」

 「俺は、ありだと思うが」


 じっとこちらを見つめてくるアジェスの目線が熱い。
 その熱心な眼差しに、何となく身の危険を感じながら、ジェドは彼の提案を吟味した。

 (うーん、無しじゃねぇのか……)

 だったら、一か八かやってみるかなぁと腕を組んで唸っていると、アジェスがそっと、何かを差し出してきた。
 何だ?と見てみると、それはそこそこの大きさの丸パンが二つ。
 アジェスの顔を見る。
 彼はどこまでも真面目な顔で大きく頷いた。

 「後で食べようと思っていたパンだが、手頃な大きさだと思う。役立ててくれ」

 手を伸ばし、そっと触れてみる。
 ふよん、と柔らかな感触に、何故かいけないことをしているような気持ちにさせられてしまう。


 「こ、これが、俺の胸になるのか」

 「ああ。悪くないだろう?」

 「うーん、悪くねぇな。むしろ結構いい。やばい触り心地だぜ」

 「さ、これを服の中に入れてみろ」

 「ふ、服の中に!?こ、こうか?」


 2つのパンをそっと胸元に押し込んでみる。緩やかな曲線を描く胸元。
 膨らんだそこを上から見下ろすのは、なんだか変な気持ちだった。


 「ど、どうだ?」

 「うむ、色っぽいぞ、ジェド」

 「い、色っぽい!?そ、そうか」


 アジェスの誉め言葉に、まんざらでもなさそうなジェド。


 「ああ、いい感じだ。胸を張って衣装部屋へ行ってこい」

 「ん、おお。じゃあ、いってくるぜ」


 そうしてジェドは、まんまとアジェスの言葉に踊らされ、変態の様な格好のまま、衣装部屋へと送り出されてしまったのだった。






 衣装部屋の前まで来ると、中から女達の華やかな笑い声が聞こえてきた。セイラやリインもいるようだ。
 ちょうどいいからセイラに今晩ついて行くことを伝えようと、ジェドはノックもせずに大きく扉を開けた。

 「おう、セイラ。今晩だけどな」

 そう言いながら中に足を踏み入れた瞬間、ジェドの体が固まった。
 セイラやリイン、他にも数人の少女達が囲むその中心に、妖精の様な美少女がいた。
 薄く化粧を施された顔は、まだ子供なのに何だか大人のような色香を感じさせる。
 幼い肢体に薄い布が幾重にもまとわりついていて、見えるようで見えないのがまた悩ましく、ジェドは思わず顔を逸らしてしまう。

 だが、どうしても見ずにはいられず、横目でちらりと伺うと、彼女の方もまたびっくりしたような目でこちらを見ていて、ジェドは自分の顔が赤面するのを感じた。

 その様子をつぶさに見て取ったのか、少女の瞳が可笑しそうに細められ、薄桃色の唇が笑みを刻む。
 その笑顔に、時が止まった気がした。
 幼い少女になど興味がないはずなのに、目が引きつけられ、どうしようもなく見ほれてしまう。
 ジェドは、言葉もなく、ただその少女を見つめるのだった。

 「もう、ノックくらいしなさいよ。着替え終わってたからまあ良いけど、そうじゃなかったら蹴り飛ばすところよ?」

 セイラがあきれたように声をかけてくる。

 「う、おお。すまねぇ」

 反射的にそう謝罪しつつ、ジェドの瞳は少女に釘付けだ。そんな様子にセイラは苦笑いしつつ、

 「で、何の用?」

 首を傾げて問いかけた。
 問われて、はっと我に帰り、当初の目的を思い出す。


 「ああ、そうだった。セイラ、今晩やらしい商人に呼びつけられてるんだってな?」

 「あー、うん。座長から聞いたの?」

 「いんにゃ、何だか噂になってんぞ?」

 「え?そうなの?噂するほどの事でもないでしょうに」

 「まあ、みんなの憧れの舞姫様に関することだからな。仕方ねぇんじゃねぇか?」

 「うー、そうね。仕方ないか。みんな娯楽に飢えてるもんねぇ」


 はぁとため息をつくセイラに、

 「いやいや、みんな心配してんだぜ?俺だってよ」

 慌ててフォローをいれるジェド。


 「そ?ありがと。で、それがどうかしたわけ?」

 「いやな、そんないやらしい商人の元へセイラを1人でやるのが不安でよ。俺が一肌脱いでやろうかと思って」

 「なーんか嫌な予感がするけど、一肌脱ぐって、どうするわけ」

 「今夜の仕事、俺がついてってやる!」

 「あー、それいらない。間に合ってますっていうか、男は連れてけないと思うのよね」


 昨夜接した商人の嫌らしい感じや今晩の事を考えて、心底うんざりしたような顔をしながらセイラが答えると、

 「あ、それは俺も考えた。よって、対策もちゃんと考えてある」

 ジェドは得意げに胸を張った。そこで初めて、セイラはジェドの胸が何故かふっくら盛り上がっていることに気がついた。

 「対策って……まさか、これ?」

 半眼になり、男の胸元を指さす。


 「お、気づいたか。結構いいだろ?今晩は、俺が女の格好してついてってや……」

 「絶対いや!」


 得意満面のジェドが最後まで言い終わる前に、セイラは断固として拒絶する。
 どこを評価して結構いい感じと思っているのか全く分からない。
 筋肉質の男が胸をどんなに大きく膨らませようが、気持ち悪い以外の評価など思いつかなかった。
 誰に思いこまされたのかは分からないが、この単純バカは自分の女装がいけてると思っているらしい。
 その思いこみをかんぷなきまでに叩き潰すため、セイラは妹に指示をとばす。


 「リイン、このバカに鏡」

 「ん」


 言われるよりも早く動いていたリインが、大きな鏡をかざす。
 それを見たジェドの顔が固まった。

 そこに映ったのは、細身だけど筋骨たくましい男が、ぱつんぱつんのタンクトップの中にものを忍ばせて胸を膨らませている姿。

 思っていたより良くない。というか、はっきり言って気色悪い。
 頭の中で想像していた自分とのギャップに、ジェドは絶句する。


 「ん、これはないな」

 「でしょ?」


 あきれたような沢山の視線にさらされながら、ジェドは胸元からつぶれたパンを2つ、取り出した。
 さっきまではあんなすてきなおっぱいだと思えたのに、今改めて見てみればただのパンにしか見えない。
 意気消沈したジェドは、己の女力の無さを嘆いた。

 「セイラ、助けになれなくて悪い」

 しょぼんとして謝罪すると、セイラはまるで気にした様子もなく、

 「え、いいわよ。謝らなくて。最初から期待してないし」

 あっけらかんとそんな言葉を紡ぐ。
 そしてそのまま、妖精少女の背後に回り、後ろから彼女を抱きしめながら、

 「それに、雷砂が一緒に来てくれるから大丈夫よ」

 そう言うと、嬉しそうに美しい少女の頬に自らの頬を寄せた。
 美女と美少女の豪華な絡みに、目を奪われたジェドは、セイラの言葉に聞き捨てならない単語を聞いて、

 「ん?雷砂??」

 そう聞き返す。

 「あいつ、今日もここに来てんのか?」

 首を傾げる青年に、

 「なに言ってんのよ。いるでしょ?」

 セイラが怪訝そうに返す。


 「どこにいんだよ?」

 「どこって・・・・・・ここに?」


 そう言われても合点がいかない。
 ここにはセイラやリイン、一座の少女達をのぞけば、それらしい存在は1人しかいなかった。
 最初入ってきて、すぐに目を奪われた少女。
 年の頃は雷砂と近いが、少年の様な雷砂とは違いすぎる、清らかな色気を放っている。

 少女は可笑しそうに笑っていた。
 いたずらっぽく輝く瞳の色は左右色違い。その雷砂と一緒の色合いをみて、ジェドはやっと気づく。
 目の前の少女がそうなのだと。

 「お前、雷砂か?……化けたな~」

 落ち着いてよくよく見れば、雷砂だなとわかる。
 髪の色も長さも変わって無いし、瞳の色も同じなのだから。
 顔立ちだって、雷砂は元からびっくりするくらい綺麗だった。
 ただ、服装や雰囲気がそれを隠していただけだ。

 女達の手によって磨かれ、飾りたてられた雷砂は本来の美しさを十二分に発揮していた。
 少々、効果がありすぎるくらいに。

 「そう?まあ、色々塗られたり、飾られたりしたからね」

 桃色の可愛らしい口元からこぼれた言葉は、まるで飾らない普段通りの口調だ。
 だが、よってたかって色々されて疲れてもいるのだろう。
 何となく気だるげな様子が色っぽく、ジェドはどぎまぎしてしまう。

 10歳の子供に欲情すんじゃねぇぞ、と自分に言い聞かせながら、妙に色気のある今の雷砂を直視できずに目を泳がせる。
 そんな様子を面白そうに観察されていることも気づかずに。

 「ジェド?顔、真っ赤だよ?」

 まるで猫の様にしなやかに、音もなく近づいた雷砂がジェドの顔を見上げてくる。
 触れそうで触れない距離。
 今にもくっつきそうな距離感の身体は、少女の体温を伝えてきて何とも落ち着かない気持ちにさせられる。
 そんな落ち着かない気持ちのまま、ちらりと少女の胸元に視線を走らせた。

 (そういや、俺、この間さわったんだよなぁ……)

 それが見事にまっ平らだったことを思いだしながら、ふと手の中にあるパンを思い出す。
 まっ平らなのに、この色気。
 では、あの胸が膨らんだらどうなってしまうのか。
 そんな知的探求心に負けて、ジェドは雷砂にそっと2つのパンを差し出した。


 「ん?なに?オレにくれるの??」

 「ああ。お前なら、きっと使いこなせる」

 「使いこなす?よく分かんないけど、ジェドが胸にしまい込んでたパンでしょ?あんまり食べたくないなぁ」


 そう言いながらも、折角の好意を無駄にするのもよくないと考えたのか、渋々パンに手を伸ばす雷砂の手を、ジェドがしっかり掴んだ。
 首を傾げる雷砂。
 今のジェドにとってはそんな何気ない仕草であっても猛毒だ。彼は少し鼻息を荒くして、

 「食べるんじゃねぇよ、雷砂。これはお前を完璧にする為に必要なんだ」

 雷砂を引き寄せ、パンを持つ手がその胸元に伸びていく。


 「来いよ、俺がいれてや・・・・・・」

 「ちょっと黙りなさいよ、この変態」


 ジェドの顔に、遠慮ない拳がめり込んだ。
 もちろんセイラの拳だ。
 非力な女の拳だが、結構良いところに入ったらしい。
 かなり痛いのか、ジェドは両手で顔を覆ってうずくまった。

 セイラは、雷砂を自分の腕の中に取り戻し、ぎゅっと抱いた。
 怒っているというよりは呆れた様な眼差しでジェドを見ながら、


 「ったく、雷砂が可愛すぎるのが罪なのは分かるけど、こんな小さな子に欲情すんの、やめなさいよね~」

 「ち、ちがっ。俺はただ、最後の仕上げをしてやろうかと」


 そう言いながら、手の中ですっかりつぶれてしまったパンを差し出す。


 「なによ?男のロマンってやつ?雷砂にはそんなの必要ないわよ。不自然に膨らんだおっぱいなんてお呼びじゃないの」

 「なっ!膨らんでいるより、平らがいいと……?」

 「そうよ!雷砂に余分なものなんて必要ないの」


 そういって彼女は堂々と胸を張った。
 彼女が言うところの、余分なものが豊かについているその胸を。
 セイラとジェドの、なんとなく残念な言い合いに、後ろにいるリインや他の少女達は何ともいえないなま暖かい眼差しを送っている。
 ジェドはジェドで、セイラの主張に何だかカルチャーショックを受けたようだ。

 そんな中、雷砂はそっと自分の胸を見下ろした。
 まっ平らだ。見事なまでに。
 まあ、なにもない方が身体を動かすにも楽だし、それはそれで良いと思っているが、いつまでもこのままと言うわけにもいかないだろう。
 一応女なのだから、もう少し年がいけば年相応に膨らんで来るものだと思う。
 たぶん、恐らく……

 でも、そうなったらセイラは自分を嫌になってしまうのだろうか?
 さっきのセイラの発言にちょっぴり不安になった雷砂は、自分に密着したままの女性をちらりと見上げた。

 「なぁに?雷砂」

 それに気づいたセイラが、とっておきの笑顔を浮かべる。雷砂は、少しだけ躊躇し、だが結局はその疑問を唇に乗せた。

 「……セイラは、オレの胸が膨らんだら嫌いになる?」

 そんなことを問われるとは思ってなかったのだろう。
 セイラは目をまあるくし、まじまじと雷砂を見つめ……あまりにじっと見つめられた雷砂がほんのり頬を染める様子を見て、とろけるように微笑んだ。


 「嫌いになんてならないわ。さっきのは不自然なのがダメって事で、自然に膨らんだ雷砂の胸ならきっと最高に可愛いと思うわよ?」

 「ならよかった。こんなんでも一応は女だから、いつか膨らんじゃうと思うんだよな。こればっかりは、自分の意志じゃどうにもならないし」


 ほっとしたように答える雷砂。


 「雷砂、いくつだったっけ?10歳くらい?」

 「うん、今年で10」

 「そっかぁ。じゃあ、ここが膨らんでくるまであと2~3年ってとこかしら。個人差はあると思うけど」


 良いながら、セイラの掌が雷砂の胸を覆うように触れてくる。
 雷砂は少しだけくすぐったそうに身じろぎをし、だが無理に彼女の柔らかな拘束から抜け出すことはしなかった。
 セイラはそんな雷砂を愛おしそうに見つめ、

 「ね、雷砂。ここが膨らんだら私にも見せてね?」

 さするように触りながら、雷砂の頬に頬をすり寄せた。
 雷砂の身体が時々ピクリと震える、その様子も楽しみながら。


 「っう、ん……いいけど」

 「ふふ、ありがと。お礼に、今晩はお風呂で、雷砂の胸が早く膨らむようにお手伝いしてあげるね?」

 「えっと……ありがと?」


 セイラに好き勝手されながら、首を傾げる少女。
 そんな2人の様子を遠巻きにしながら、


 「うわー、何にも分からない小さな子に、セイラさんってば」

 「えっち、だねぇ」

 「……鬼畜」

 「お、女同士か……悪くねぇな」


 みんな口々にそんなことを言うのだった。


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