龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第三部 新たな己への旅路

大森林のエルフ編 第11話

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 「おいしかったぁ。ごちそうさま!」


 そんな声が家の中に響き、シェズの胸にほっこり暖かな温もりを灯す。
 油断すれば浮かびそうになるだらしない笑みをかみ殺し、


 「そうか?有り合わせのもので作ったんだが、口にあったならなによりだよ」


 ほんの少しだけ口元を微笑ませた。
 その後、洗い物はオレがやる、と雷砂が立ち上がり、客人にそんなことをさせるわけにはいかない、とシェズが答え。
 少々押し問答はあったが、結局は二人で洗い物を片づけることになった。
 といっても、室内に引かれた水源があるわけではなく、二人は並んで近くの小川まで歩く。

 水の乙女に頼めば水を出してもらえると提案したが、そんな些事にわざわざ呼び出すのも申し訳ないと言う雷砂の言葉に従った形だ。
 まあ、普段も洗い物はその小川でしている訳だし、客人がいるからといって常と違うことをする必要もないだろう。

 家から小川へと続く暗い小道を、金と銀の頭が並んで歩く。
 二人ともそれなりに夜目が聞くのだろう。
 危なげなく歩いていたが、ふと何かを思いついたように銀色の髪の乙女がつぃとその指先を伸ばし、口の中で何かを呟いた。
 すると、その声に惹かれるように、蛍火のような明かりがふわふわと周囲から漂い出てきて。
 淡く柔らかな優しい光は、恋い慕うように金色の髪の少女にまといついた。
 金色の少女がくすぐったそうな笑い声をたて、銀色の麗人が形のいい唇に笑みを浮かべる。


 「ねぇ、シェズ。この光も精霊?」


 雷砂の問いに、


 「ああ。まだ生まれたてのか弱い精霊達だが、こうやって輝き、我らの足下を照らしてくれることは出来る」


 そう答えを返す。
 すると、雷砂は周囲の光を見回して、少し心配そうな顔をした。


 「まだ生まれたてなのに、こんな仕事をさせて大丈夫かな?疲れたりしない?」


 精霊を人のように案じ、心を砕くその様子に、シェズは笑みを深める。
 最近は、精霊と関わりが深いはずのエルフの中にさえ、精霊を道具のように扱う者も増えていた。
 それでも精霊はきちんと呼びかけに答えてはくれるが、もし心があるのだとしたら、その心情はいかほどのものだろうか。

 精霊達は、不思議なほどに雷砂に親愛の情を見せている。
 それは、雷砂の魔力のせいなのかもしれない。
 だが、きっとそれだけではなく、彼ら精霊は雷砂の隔てない希有な優しさを、この上なく愛おしく慕わしく感じているのだろう。
 この自分と、同じように。


 「心配なら少し魔力を分けてやればいい。精霊達は君を慕って集まっているんだ。きっととても喜ぶぞ?」

 「ふぅん。でもさ、どうやればいいかな?オレ、魔力の扱いはまだあんまり得意じゃないんだよなぁ」

 「なるほど。体の中の魔力の存在は感じられるか?」

 「うん。それはわかる。魔力をただ放出させる事くらいなら出来るけど」


 雷砂の話を聞きながら、シェズは頷く。
 どうやら、魔法を使う下地は出来ているようだ、と。


 「それだけ出来るなら、精霊に魔力を分けてやるのは難しくない。そうだな……基本は魔力をただ放出させるのと同じでいい。ただ、放出する魔力の量と勢いを押さえてやれば大丈夫だろう」

 「えっと、こう、かな?」


 雷砂は眉間にちょっとしわを寄せる。
 最初はむき出しの腕からだった。
 淡い金色の光がふんわりとにじみ出るように溢れ、徐々に雷砂の体を覆っていく。

 薄い膜のように雷砂を取り巻くそれは、恐らく彼女の魔力、なのだろう。
 普通、ただ放出されただけの魔力を視ることなど出来ないのだが、雷砂のそれは余りに濃密で。
 とろりと粘度の高い蜂蜜のように、精霊達を甘く誘う。

 当然の事ながら、その誘惑に勝てる精霊などここにはおらず。
 光を纏う幼い精霊達は我先にと雷砂の黄金に群がった。
 淡く輝く少女の周りで、喜びを表すように明滅を繰り返す精霊の光。
 その様子は余りに幻想的で、シェズは言葉もなくただ一心に見つめた。

 しばらくして。
 雷砂の密度の高い魔力で満腹になった精霊達がふわふわと己から離れるのを見送った雷砂が、くすくす笑いながらシェズの顔を見上げる。


 「どうやら、満足してくれたみたいだな……シェズ?」


 不思議そうに彼女の名前を呼ぶと、惚けたように雷砂を見つめていたシェズは、夢がさめたように目を瞬かせた。
 そして、まぶしそうに目を細め、雷砂を見つめる。


 「雷砂、君はすごいな」

 「ん?そうか??そんなこと、ないと思うけど。現に、シェズに教えてもらわなきゃ、今のだって出来てないし」

 「確かに、君には経験と知識は足りないかもしれない。だが、目に見えるほどの濃密な魔力を、私は初めて見た。さっきのあれは、君の本気じゃないんだろう?」

 「そんなに出てた!?随分しぼったつもりだったんだけどなぁ」


 おかしいなぁ、と雷砂が首を傾げる。
 心底不思議そうな、腑に落ちないというような様子がなんだか可愛いやらおかしいやらで、シェズは己の口元が緩むのを止められない。


 (……誰かと共に時間を過ごすというのは、こんなにも心地良いものだったんだな。あまりに長く一人でいたから、そんなことさえも、忘れてしまっていたのか。私は)


 誰にともなく苦笑を漏らし、精霊達と戯れるように駆けだした雷砂を追うように、シェズもまた、足を早める。
 その面には昨日までの、日々を淡々と過ごす世捨て人のような影はなく。
 片方しかない瞳には、力強い光が、戻り始めていた。
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