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第2章
055 開業準備?(5)
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「いらっしゃ~い」
店に入った私たちに、シャルノが声を掛けてきた。
時間があったので一緒に来ると言ったカルダールも一緒。ごめんね、夕方からの超過勤務になっちゃって。
しっかし。
やはり、一々用がある度に王宮まで行くのはあまりにも面倒くさい。
とは言え、緊急でもないのに王宮魔術師(筆頭でなくても)に通話してカルダールを呼びだしてもらうのも気が引ける。
一応、『外部からの魔術による連絡の取り次ぎ』も王宮魔術師の仕事の範疇に含まれるらしいんだけどね。
ただ、『外部からの魔術による連絡』ってもっと切実な要件ことを想定していると思う。たんに、『今日、会いません?』程度に使うのはちょっと顰蹙だろう。
ということで。
異世界型携帯電話が駄目ならば、メッセージボードみたいなモノを創ろうと思う。
鏡でこちらの映像を向こうの鏡に見せるのと同じような感じに、こちらのメッセージボードに書いたものが相手側のメッセージボード上にも現れ、向こうのメッセージボードに書いたらそれがこちらのにも現れるみたいな感じで。
要は、ネットを使わないチャットルームみたいな感じ?
これだったら盗聴防止の結界に引っかからないと思うし。
もっとも、魔力を通した媒体の上にこちらの意志で形を描けると云うのは、文字を書く代わりに魔法陣を描いたら遠隔テロみたいなことが出来ちゃう可能性が高いから、物の構造そのものにそう云った危険なことが出来ないようなコントロールを組み込んでおいた方が良いだろうけど。
ま、それはともかく。
カルダールに、シュークリームを持って現れたミズバンとシャルノを紹介して、早速テーブルに座ってシュークリームとお茶を楽しむことにした。
く~!
やはりこの冷えた甘みは美味しいよ!!
シュークリーム中毒が復活しそうだ。
ああ、近所にあったロー○ンのシュークリームをちょくちょく『自分へのご褒美』として食べていた日々が懐かしい。
「フジノ、あの埃避けの結界、天井にも張れないか?」
シュークリームの美味しさに身悶えている私にミズバンが声を掛けてきた。
「あん?天井にも手を加える必要が出てきたの?」
「いや、そうじゃないんだが、壁を壊そうと職人が叩いたら物凄い勢いで埃が落ちてきたんだよ。
だから今日は境界壁は諦めてもらう羽目になった」
そうか。
壁を壊す振動で上の埃が落ちてくるか。
ちゃんとしっかり掃除をしてないからだよ~。
とは言っても、天井の掃除なんて普通しないか。
私だって日本にいた時、壁のはたき掛けすらしなかったな。
・・・っていうことは、あれって地震がある時って天井から埃が落ちてくるのかな?
まあ、普段からかなり埃だらけな家だったから、ちょっとやそっと地震で埃が振り落とされたとしても分からない状態だったけど。
もっとも、直下型地震でもない限りゆらゆら揺れる程度だったら埃は影響されないかな。
ま、それはともかく。
「了解。ちょっと待ってね」
ついでにもう少しシュークリームを取ってこよう。
魔術代だ。
「埃避けの結界とは?」
ミズバンの店へ向かった私に、何故かついてきたカルダールが尋ねる。
「ミズバンのスイーツ店と隣の喫茶店を一緒に営業することになったので、間の壁をある程度壊すんです。
工事期間中埃が物凄いことになるから閉店しないとならないって言うので、埃が来ないように結界を張ったんです」
この術の広告も兼ねて、効果のほどを見せるか。
適当に小さめの砂利や土を一握り手に取り、ミズバンの店の喫茶店側の壁から投げて見せる。
ついでに手も結界を横切らせたら、奇麗に埃がとれた。
お。
これって外から帰ってきた時の洗浄に応用できそうじゃん。
自分の部屋の入口にも張ろう。
「ほぉ~。面白いですね」
砂利や土が宙で消えるのを見て、カルダールが目を丸くした。
「でしょう? どこかお金持ちの工事現場とかで需要がありそうだと思いません?」
「確かに。防音効果もあれば、更に重宝されますね」
そっか。
防音効果も必要だよね。
ガンガン音がしていたら、商売に差し支える。
と云うことで、天井の埃避け結界を張った後に、店に隣からの防音結界も張っておいた。
一応人の声は妨げないように条件付けして。
隣で助けを求める悲鳴が上がるような状況はあまり想像できないけどさ。
ただ、日本でよく見ていた海外物の警察ドラマでは、時々煩いパーティーをやっている隣の部屋で人が殺されたり暴力をふるわれたりなんて言うシーンがあった。
そんなことになったら嫌だからね。
「あ、もう一つ要ります?」
シュークリームを冷蔵庫から取り出しながら、カルダールにも聞く。
「いいんですか?」
「勿論!魔術代ですよ」
笑いながら答えたら、カルダールも小さく笑って頷いた。
「では、もう一つだけ頂いていいですか? 凄く美味しいですね、これ」
でしょでしょ!!
「是非開店した際には常連として来て下さいな」
◆◆◆
「ちなみに、この国では借金を期限以内に返せなかった場合はどうなるんですか?」
喫茶店の方へ戻り、株式についての話し合いを始める・・・前に、ちょっと確認。
イマイチこの世界に『自己破産』なんて言う便利な制度があるとは思いにくいが、返せない人が出てきた場合どうなるのかは、是非知りたい。
株式制度との比較の為にも、重要な情報だ。
「まずは債務者の財産を売り払って返済に充てますね。それでも足りなかった場合、悪質なケースを除き、通常は債務拘束兵として軍の為に働くことになります。
懲りないケースや、責任を持って働いて返そうとする意志が認めれないケースには鉱山などでの強制労働になりますが」
ふ~ん。
軍で働くことになるのか。
体力がそれなりにあるなら兵士として、そうじゃなかったらその他のサポートとして働くんだろうね。
「牢獄へ入れられたりと云うことは無いんですか?」
中世のヨーロッパなんてdebtors' prisonとかいう制度があって、借金を払えない場合は家族が返済するまで牢獄に閉じ込められていたという話を英語の授業で聞いたことがある。
雑談の好きで脱線の多い先生だったが、面白い授業だった。
ちなみにこの話を聞いた時には、『親族に金があるならいいけど、ビジネスマンが資金繰りに失敗して借金の返済が滞った場合なんて、牢獄に入れられていたら返せる借金も返せないじゃん』と思ったもんだ。
日本では債務制度がどうだったのか知らないが・・・もしかしたら、武士以外は質屋で質を入れてお金を借りたんかな?
だとすれば借金を返せなくても質に入れた物が返ってこないだけなんだろう。
武士相手に貸金していた場合は業者の方もあまり強硬に借金の取り立てが出来たとは思えないし。
「以前は投獄していましたが、現実的な話として牢獄に入れたところで生活費がかかるだけで借金の返済には全く役に立ちませんからね」
カルダールが肩をすくめながら答えた。
そりゃそうだ。
考えてみたら、自己破産の制度って財産を全部放出したら後は返さなくていいんかなぁ?
だとしたら借りる方にとってはかなり都合のいい制度と云う気もする。
そりゃあ、自己破産したらその後の生活は色々と不便なものになるとは思うけど。でも、例えば自己破産した後に遠い親戚が亡くなって遺産を相続したとしても、既に借金を免除されていたら返さなくていいんだろうか。
ある意味、借りた物は返せるんだったら返せよ・・・と思わないでもないんだけど。
そう考えると、働いて借金を返済させるこの国の制度っていいかもしれない。
軍(最終的には国)の為に働けって言うんだから、女性に売春を強制したりって言うのは無いだろうし。
「成程、その通りですよね。
まあ、私がお金を貸すことになったとして、『それなりに商売が軌道に乗ってきたけど期待したほどは儲かっていなかったから借金の返済が遅れる』とか、『偶々病気になったり不幸な事故があったりして一時的に収益が減った』といったケースならば返済を延期するのは構いません。
ですが、長期的に見込みが無い状況だったりした場合は最終的には何らかの形で借金の返済を迫ることになると思います」
正直なことを言えば、別に返ってこなくても自分で金塊を創っちゃえばいいんだから、法的手段に訴えるかどうかはかなり怪しいところだが、それは言わない方が良いだろう。
シャルノは誠実でやる気のある女性だと思うが、どんなに良い人だって変に甘やかされると堕落しかねない。
「借金というのは単に金を貸して、それをどう使うかは借りた人の自己責任だと言っていいですよね?
これに対し株式制度というのは、出資者が有望そうなビジネスに対して出資することでそこから将来生じるであろう利益を貰う権利を買うんです。
だからビジネスが想定通り上手くいった場合は、お金を貸した時よりもリターンが大きくなることが可能であり・・・期待されています」
一応、金融経済か何かの授業では、株式市場のリターンって市場の利子率よりは高いと教わった。
とは云っても、バブルの後の株式のリターンがマイナスだったのに対し、日銀以外では貸出金利にはマイナスなんてモノは存在しなかったから、この理論は微妙に日本には当てはまっていなかった気もしないでもないが。
誰も授業でそう言う突っ込みをしなかったのか、それとも先生が説明したけど私が忘れたのか。
・・・忘れている可能性が非常に高いなぁ。
「利益を貰う権利を買っただけなので、それこそ美味しいと期待してこのシュークリームを買った人が『思った通りの味じゃなかった!』と文句を言ってもお金が返ってこないのと同じで、見込み違いでビジネスが上手く行かなくって利益の割り当てが少なかったり貰えなかったりしても、出資者に出来ることはあまりありません」
「ですが、それだけ有望そうなビジネスだったら出資者が自分でビジネスを始めさせた方がよくありませんか?」
カルダールが尋ねてきた。
「だけど、それだともっと沢山の資金が必要でしょう?
つまり、私がここに喫茶店を開こうと思った場合はその為の資金を全額負担しなければならない上、喫茶店の運営のノウハウがあり、信頼のできる店長さんを見つけてきて雇い、その人の人件費も払わなければなりません。
出資するだけだったら、シャルノ女史がビジネスのノウハウを提供し、一部は資金負担もするし身を粉にして働いてくれるでしょう?
つまり、出資するだけの方が小さな金額で大きく儲かる可能性も高いんです」
とは言え、自分でコントロール出来ないから歯がゆい思いをする可能性もあるが。
「だが、それだったら有望そうなビジネスプランを見せて出資を募るだけ募って逃げちまう人間も出て来ないか?」
お、意外とミズバンも鋭い視点を持っているんじゃん。
「まあ、そうですね。
会社の所有権を『株式』と云う言葉で表すんですが、会社の株式の一定割合以上を持った人間にはそれなりの権利が認められます。
3分の1以上の所有権を持っている人間がいる場合は、その人物の合意なしに大きなビジネス上の決断は下せないとか、株主には定期的に会社の経営状況を報告する義務があるとか。
経営状況の義務は基本中の基本なのでこれは曲げられませんが、それ以外の条件に関しては会社を造る際に関係者皆で話し合って決めます。
私の世界では、よくあるタイプの問題に対処する為の標準規定が公表されていて、大抵の場合はそれを使っていたようですが」
でも、考えてみたらこう言った約束事を決めたとしてもそれを強制執行する司法制度が無いことにはあまり実効性は無いよなぁ。
「面白い制度ですが・・・それを実際に施行しようと思ったらかなり色々と法律を策定し、監視・監督する制度が必要そうですね」
カルダールが小さくため息をつきながらコメントした。
「まあ、そうですねぇ」
思わず、こちらもため息が漏れた。
地球でも、一番最初の頃ってどんな感じに規制していたんだろうか・・・。
「魔術師相手に詐欺を働こうなんていう度胸のある人間はそうそういないよ。
それよりも、経営状況の報告ってどうやってやればいいんだい?」
シャルノが私の悩みをすっぱり切って捨てた。
ははは。
そうは云っても、制度として制定したら悪用する人間は絶対に出てくると思うなぁ。
ま、それは長期的にカルダールや宰相と話し合う内容だ。
「会計記録といって、利益を上げる為にかかった費用とか売り上げとかの詳細を記録して、それをレポートしてくれればいいわ。
今度、そう云った記録の方式を簡単に纏めて持ってくるね」
「私にもその纏めを見せていただけますか?」
勉強熱心だね、カルダール君。
「勿論ですよ」
会計記録の様式はいいんだけど。
計算がねぇ。
大学受験以降は殆ど計算機無しの計算なんぞやって来ていない。
真剣にマジで、ソロバンとソロバンの使い方の本でも入手しないと......。
店に入った私たちに、シャルノが声を掛けてきた。
時間があったので一緒に来ると言ったカルダールも一緒。ごめんね、夕方からの超過勤務になっちゃって。
しっかし。
やはり、一々用がある度に王宮まで行くのはあまりにも面倒くさい。
とは言え、緊急でもないのに王宮魔術師(筆頭でなくても)に通話してカルダールを呼びだしてもらうのも気が引ける。
一応、『外部からの魔術による連絡の取り次ぎ』も王宮魔術師の仕事の範疇に含まれるらしいんだけどね。
ただ、『外部からの魔術による連絡』ってもっと切実な要件ことを想定していると思う。たんに、『今日、会いません?』程度に使うのはちょっと顰蹙だろう。
ということで。
異世界型携帯電話が駄目ならば、メッセージボードみたいなモノを創ろうと思う。
鏡でこちらの映像を向こうの鏡に見せるのと同じような感じに、こちらのメッセージボードに書いたものが相手側のメッセージボード上にも現れ、向こうのメッセージボードに書いたらそれがこちらのにも現れるみたいな感じで。
要は、ネットを使わないチャットルームみたいな感じ?
これだったら盗聴防止の結界に引っかからないと思うし。
もっとも、魔力を通した媒体の上にこちらの意志で形を描けると云うのは、文字を書く代わりに魔法陣を描いたら遠隔テロみたいなことが出来ちゃう可能性が高いから、物の構造そのものにそう云った危険なことが出来ないようなコントロールを組み込んでおいた方が良いだろうけど。
ま、それはともかく。
カルダールに、シュークリームを持って現れたミズバンとシャルノを紹介して、早速テーブルに座ってシュークリームとお茶を楽しむことにした。
く~!
やはりこの冷えた甘みは美味しいよ!!
シュークリーム中毒が復活しそうだ。
ああ、近所にあったロー○ンのシュークリームをちょくちょく『自分へのご褒美』として食べていた日々が懐かしい。
「フジノ、あの埃避けの結界、天井にも張れないか?」
シュークリームの美味しさに身悶えている私にミズバンが声を掛けてきた。
「あん?天井にも手を加える必要が出てきたの?」
「いや、そうじゃないんだが、壁を壊そうと職人が叩いたら物凄い勢いで埃が落ちてきたんだよ。
だから今日は境界壁は諦めてもらう羽目になった」
そうか。
壁を壊す振動で上の埃が落ちてくるか。
ちゃんとしっかり掃除をしてないからだよ~。
とは言っても、天井の掃除なんて普通しないか。
私だって日本にいた時、壁のはたき掛けすらしなかったな。
・・・っていうことは、あれって地震がある時って天井から埃が落ちてくるのかな?
まあ、普段からかなり埃だらけな家だったから、ちょっとやそっと地震で埃が振り落とされたとしても分からない状態だったけど。
もっとも、直下型地震でもない限りゆらゆら揺れる程度だったら埃は影響されないかな。
ま、それはともかく。
「了解。ちょっと待ってね」
ついでにもう少しシュークリームを取ってこよう。
魔術代だ。
「埃避けの結界とは?」
ミズバンの店へ向かった私に、何故かついてきたカルダールが尋ねる。
「ミズバンのスイーツ店と隣の喫茶店を一緒に営業することになったので、間の壁をある程度壊すんです。
工事期間中埃が物凄いことになるから閉店しないとならないって言うので、埃が来ないように結界を張ったんです」
この術の広告も兼ねて、効果のほどを見せるか。
適当に小さめの砂利や土を一握り手に取り、ミズバンの店の喫茶店側の壁から投げて見せる。
ついでに手も結界を横切らせたら、奇麗に埃がとれた。
お。
これって外から帰ってきた時の洗浄に応用できそうじゃん。
自分の部屋の入口にも張ろう。
「ほぉ~。面白いですね」
砂利や土が宙で消えるのを見て、カルダールが目を丸くした。
「でしょう? どこかお金持ちの工事現場とかで需要がありそうだと思いません?」
「確かに。防音効果もあれば、更に重宝されますね」
そっか。
防音効果も必要だよね。
ガンガン音がしていたら、商売に差し支える。
と云うことで、天井の埃避け結界を張った後に、店に隣からの防音結界も張っておいた。
一応人の声は妨げないように条件付けして。
隣で助けを求める悲鳴が上がるような状況はあまり想像できないけどさ。
ただ、日本でよく見ていた海外物の警察ドラマでは、時々煩いパーティーをやっている隣の部屋で人が殺されたり暴力をふるわれたりなんて言うシーンがあった。
そんなことになったら嫌だからね。
「あ、もう一つ要ります?」
シュークリームを冷蔵庫から取り出しながら、カルダールにも聞く。
「いいんですか?」
「勿論!魔術代ですよ」
笑いながら答えたら、カルダールも小さく笑って頷いた。
「では、もう一つだけ頂いていいですか? 凄く美味しいですね、これ」
でしょでしょ!!
「是非開店した際には常連として来て下さいな」
◆◆◆
「ちなみに、この国では借金を期限以内に返せなかった場合はどうなるんですか?」
喫茶店の方へ戻り、株式についての話し合いを始める・・・前に、ちょっと確認。
イマイチこの世界に『自己破産』なんて言う便利な制度があるとは思いにくいが、返せない人が出てきた場合どうなるのかは、是非知りたい。
株式制度との比較の為にも、重要な情報だ。
「まずは債務者の財産を売り払って返済に充てますね。それでも足りなかった場合、悪質なケースを除き、通常は債務拘束兵として軍の為に働くことになります。
懲りないケースや、責任を持って働いて返そうとする意志が認めれないケースには鉱山などでの強制労働になりますが」
ふ~ん。
軍で働くことになるのか。
体力がそれなりにあるなら兵士として、そうじゃなかったらその他のサポートとして働くんだろうね。
「牢獄へ入れられたりと云うことは無いんですか?」
中世のヨーロッパなんてdebtors' prisonとかいう制度があって、借金を払えない場合は家族が返済するまで牢獄に閉じ込められていたという話を英語の授業で聞いたことがある。
雑談の好きで脱線の多い先生だったが、面白い授業だった。
ちなみにこの話を聞いた時には、『親族に金があるならいいけど、ビジネスマンが資金繰りに失敗して借金の返済が滞った場合なんて、牢獄に入れられていたら返せる借金も返せないじゃん』と思ったもんだ。
日本では債務制度がどうだったのか知らないが・・・もしかしたら、武士以外は質屋で質を入れてお金を借りたんかな?
だとすれば借金を返せなくても質に入れた物が返ってこないだけなんだろう。
武士相手に貸金していた場合は業者の方もあまり強硬に借金の取り立てが出来たとは思えないし。
「以前は投獄していましたが、現実的な話として牢獄に入れたところで生活費がかかるだけで借金の返済には全く役に立ちませんからね」
カルダールが肩をすくめながら答えた。
そりゃそうだ。
考えてみたら、自己破産の制度って財産を全部放出したら後は返さなくていいんかなぁ?
だとしたら借りる方にとってはかなり都合のいい制度と云う気もする。
そりゃあ、自己破産したらその後の生活は色々と不便なものになるとは思うけど。でも、例えば自己破産した後に遠い親戚が亡くなって遺産を相続したとしても、既に借金を免除されていたら返さなくていいんだろうか。
ある意味、借りた物は返せるんだったら返せよ・・・と思わないでもないんだけど。
そう考えると、働いて借金を返済させるこの国の制度っていいかもしれない。
軍(最終的には国)の為に働けって言うんだから、女性に売春を強制したりって言うのは無いだろうし。
「成程、その通りですよね。
まあ、私がお金を貸すことになったとして、『それなりに商売が軌道に乗ってきたけど期待したほどは儲かっていなかったから借金の返済が遅れる』とか、『偶々病気になったり不幸な事故があったりして一時的に収益が減った』といったケースならば返済を延期するのは構いません。
ですが、長期的に見込みが無い状況だったりした場合は最終的には何らかの形で借金の返済を迫ることになると思います」
正直なことを言えば、別に返ってこなくても自分で金塊を創っちゃえばいいんだから、法的手段に訴えるかどうかはかなり怪しいところだが、それは言わない方が良いだろう。
シャルノは誠実でやる気のある女性だと思うが、どんなに良い人だって変に甘やかされると堕落しかねない。
「借金というのは単に金を貸して、それをどう使うかは借りた人の自己責任だと言っていいですよね?
これに対し株式制度というのは、出資者が有望そうなビジネスに対して出資することでそこから将来生じるであろう利益を貰う権利を買うんです。
だからビジネスが想定通り上手くいった場合は、お金を貸した時よりもリターンが大きくなることが可能であり・・・期待されています」
一応、金融経済か何かの授業では、株式市場のリターンって市場の利子率よりは高いと教わった。
とは云っても、バブルの後の株式のリターンがマイナスだったのに対し、日銀以外では貸出金利にはマイナスなんてモノは存在しなかったから、この理論は微妙に日本には当てはまっていなかった気もしないでもないが。
誰も授業でそう言う突っ込みをしなかったのか、それとも先生が説明したけど私が忘れたのか。
・・・忘れている可能性が非常に高いなぁ。
「利益を貰う権利を買っただけなので、それこそ美味しいと期待してこのシュークリームを買った人が『思った通りの味じゃなかった!』と文句を言ってもお金が返ってこないのと同じで、見込み違いでビジネスが上手く行かなくって利益の割り当てが少なかったり貰えなかったりしても、出資者に出来ることはあまりありません」
「ですが、それだけ有望そうなビジネスだったら出資者が自分でビジネスを始めさせた方がよくありませんか?」
カルダールが尋ねてきた。
「だけど、それだともっと沢山の資金が必要でしょう?
つまり、私がここに喫茶店を開こうと思った場合はその為の資金を全額負担しなければならない上、喫茶店の運営のノウハウがあり、信頼のできる店長さんを見つけてきて雇い、その人の人件費も払わなければなりません。
出資するだけだったら、シャルノ女史がビジネスのノウハウを提供し、一部は資金負担もするし身を粉にして働いてくれるでしょう?
つまり、出資するだけの方が小さな金額で大きく儲かる可能性も高いんです」
とは言え、自分でコントロール出来ないから歯がゆい思いをする可能性もあるが。
「だが、それだったら有望そうなビジネスプランを見せて出資を募るだけ募って逃げちまう人間も出て来ないか?」
お、意外とミズバンも鋭い視点を持っているんじゃん。
「まあ、そうですね。
会社の所有権を『株式』と云う言葉で表すんですが、会社の株式の一定割合以上を持った人間にはそれなりの権利が認められます。
3分の1以上の所有権を持っている人間がいる場合は、その人物の合意なしに大きなビジネス上の決断は下せないとか、株主には定期的に会社の経営状況を報告する義務があるとか。
経営状況の義務は基本中の基本なのでこれは曲げられませんが、それ以外の条件に関しては会社を造る際に関係者皆で話し合って決めます。
私の世界では、よくあるタイプの問題に対処する為の標準規定が公表されていて、大抵の場合はそれを使っていたようですが」
でも、考えてみたらこう言った約束事を決めたとしてもそれを強制執行する司法制度が無いことにはあまり実効性は無いよなぁ。
「面白い制度ですが・・・それを実際に施行しようと思ったらかなり色々と法律を策定し、監視・監督する制度が必要そうですね」
カルダールが小さくため息をつきながらコメントした。
「まあ、そうですねぇ」
思わず、こちらもため息が漏れた。
地球でも、一番最初の頃ってどんな感じに規制していたんだろうか・・・。
「魔術師相手に詐欺を働こうなんていう度胸のある人間はそうそういないよ。
それよりも、経営状況の報告ってどうやってやればいいんだい?」
シャルノが私の悩みをすっぱり切って捨てた。
ははは。
そうは云っても、制度として制定したら悪用する人間は絶対に出てくると思うなぁ。
ま、それは長期的にカルダールや宰相と話し合う内容だ。
「会計記録といって、利益を上げる為にかかった費用とか売り上げとかの詳細を記録して、それをレポートしてくれればいいわ。
今度、そう云った記録の方式を簡単に纏めて持ってくるね」
「私にもその纏めを見せていただけますか?」
勉強熱心だね、カルダール君。
「勿論ですよ」
会計記録の様式はいいんだけど。
計算がねぇ。
大学受験以降は殆ど計算機無しの計算なんぞやって来ていない。
真剣にマジで、ソロバンとソロバンの使い方の本でも入手しないと......。
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