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第1章

012 貨幣と宗教

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机の上にいくつかのコインが置かれた。
「こちらが半銅貨、これが銅貨、銀貨、金貨そして晶貨。半銅貨2枚で1銅貨、銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨、そして金貨100枚で晶貨になります」

マダーニ神官と分かれた後、さすがに疲れていたので王宮に帰ってきた我々は私の部屋で通貨の講義をすることにした。
次から次へと色々教わってきた気がしたんだけど、貨幣のことを教わっていなかったというのは思い掛けない盲点だった。金に煩い私がそのことを一番最初に聞かなかったなんて、自分でも意外だ。

目の前に置かれたコインを手にとって見る。
半銅貨は五円玉みたいな感じで中に穴が開いていた。銅貨は10円玉モドキといったところか。
銀貨は100円玉で金貨は金色の500円玉という感じだ。もっとも、日本のコインと比べると模様の複雑さはおもちゃレベルだが。

晶貨は水晶か何かで出来たような不思議なコインだった。コインというよりも、まるで模様の入った碁石みたい。

「銅貨1枚でお茶もしくはちょっとしたお菓子を屋台で買えます。4枚から10枚ぐらいが普通のランチの相場ですね。高いところは青天井ですからなんとも言えませんが。
銀貨1枚で王都の平均レベルの宿屋一晩分の宿泊費といったところです。そこそこな地域の部屋を借りようと思ったら1月で大体5枚から10枚の銀貨が必要になります。
もっとも、暮らすところに関してはそれなりに納得がいくところが見つかるまではこちらで暮らしていただいて結構ですとエッサム宰相も言っていたので慌てないで下さいね」

「分かりました。いいところを探すの、手伝ってくださいね」
にっこり笑って返す。
カルダールもにこやかに頷き合い返してきた。

「金貨は一枚でかなりいい武器や防具が買えます。馬車だったら金貨1~2枚程度、普通の平民の家も5枚から10枚といったところでしょうか。晶貨は個人レベルでは基本的に使いません。公爵家や有力侯爵家の年間税収を納めるのにと使う場合もあるといった程度です」
円で換算してみると......銅貨1枚で100円ぐらいって言うところかな?
お茶が100円、ランチが400円~1000円だと考えると現実的な感じだ。
で、銀貨が銅貨100枚ってことは100x100で1万円ってところか。1万円で宿泊費一晩分だと考えるとこれもそれなりに納得がいく。
そんでもって金貨が銀貨100枚分だから100万円。
......うわ、一気にレベルが上がった感じ。
コイン1枚で100万円かぁ。まるでアメックスのブラックカードみたい。
日本刀とかもいいものは何十万から何百万するんだろうから、金貨1枚で武器や防具っていうのも現実的な話なんだろう。多分。
馬車も貴族が乗るようなのは居心地が悪くても車と同じような感じに100万円から200万円相当だと考えられる。
そんでもって家が500万から1千万円か。ちょっと東京の相場より安い気がするが、考えてみたら日本は平地が少ないから土地に希少価値があって不動産が不当に高いのかもしれない。
......と言うか、生産性とか技術のベースが全然違うのに物の値段のスケールがここまで日本と類似しているということ自体、意外な気がする。

まあ、カルダールが思っていることと私が想像している物って全然違うのかもしれないけど。

そんでもってこの綺麗な碁石みたいのが、100万円x100ということは......1億円!?
思わず晶貨を持ち上げていた手がフリーズした。

「こ、こ、これ、凄い価値じゃないですか!!!こんな物、王宮の中でも持ち歩いていいんですか?!」
カルダールが悪戯っぽく笑った。

「驚きました?いや~私もあまり晶貨を触る機会なんてないから、エッサム宰相に頼んでみたんです。ちゃんと財務庁の護衛が外で待っていて、この後私を宝物庫へエスコートしてくれることになっています」

ふえ~。

「先日、魔術で例え金を創造もしくは模造しても構わないといっていましたが、貨幣を複製してもいいんですか?」

「貨幣を完全に全く本物と違いないように複製することは違法ではありません。あまりやると先日言ったようにそれなりの制裁を加えられますが。ただ、どんな小さな詳細でも間違っている場合、それは貨幣の偽造ということになり、懲役10年の強制労働になります」

うわ、厳し。この場合、不用意に金貨や晶貨を複製なんてしたら国の経済がガタガタになりそうだから、基本的に複製がばれたら『偽造した貨幣である』ということで何かにイチャモンつけて10年間の強制労働になるんだろうな。

「ちなみに、この晶貨は神殿において神の加護を与えられているものですので、基本的に完璧な偽造は不可能であると言われています」
カルダールが付け加えた。

うむ、お金が必要になったら貨幣を複製するのではなく、金塊を作って売ることにしよう。

「そう言えば、先程家が金貨5枚から10枚と言っていましたが、この国では土地の売買が自由にできるんですか?」
土地の売買に殆ど規制の無い日本でも、最近は水源の森林を中国の投資家に買い占められたら困ると自治体レベルで規制を始めたって新聞で読んだ気がする。
貴族制度って云うなれば大掛かりな地主制度だと思うから、そうそう自由に土地の所有権の売買が許されるとは考えにくい。

「全ての土地は王家の物ですよ。買うことはできません」
あっさりとカルダールが答えた。

「全ての土地が王家の物だとすると、家を建てるのにどの様な物を手続きをすれば折角建てた家から追い出されずにすみます?」
カルダールが『ああ、そのことか』と云う顔をした。

「王都のような直轄地では代官を通じて借地権の契約をします。地方では領主が王家から土地の管理を委ねられた形になっており、住民は領主との間に借地権の契約を結びます。貴族が領地没収等になっても、基本的に借地契約は次の領主に引き継がれます」

「借地契約ってどの位の期間を幾らぐらいで借りる契約になるんですか?」

「基本的に住宅地なら50年、商業地は10年と言った所ですかね。
平民の住宅地の場合は最初に金貨1枚から10枚ぐらいの頭金を払い、後は年銀貨1枚から10枚の地代と言った所です。商業地ならば頭金が銀貨10枚から金貨5枚で年間の地代がかかります」

50年と言えば多分中世ちっくなこの世界では成人の残存寿命分プラスアルファぐらいになるんだろうね。
ま、実質土地を買ったのと同じことになるか。

とは言え、下手にお金を家につぎ込んじゃって後でそれを捨てて逃げることになるよりは賃貸の方がいいかもしれないから、この国での私の地位がかなり安定するまでは家を買うって言うのは無しかな。

「銀行制度はありますか?」

「ギンコウ、ですか?」

あ~なんか今、言葉がカタカナだった。
無いのか。

「現金を家に置いていて盗まれても困りますし、持ち歩いていたら重いと思いますが、皆さんどうしているんですか?」

「ああ!預託システムの話ですね」
ぽんっとカルダールが手を叩いた。

「基本的に帰属しているギルドにお金を預けておけば、その街でも違う街でも、ギルドに行けばお金を引き出せます。商人などは商人ギルド内で直接清算出来る小切手制度もあります」

成程。
銀行という商売があるのではなく、業界団体で助け合うのか。

「ギルドってそのように預けたお金の運用としてメンバーにお金を貸したりもしてくれるんですか?」

「お金の貸出はしませんが、売上債権の買い取りはしますよ。どうしてもお金を借りなければならない時は貸金業者に行きますが・・・あまりお勧めしませんね。利子がかなり高い上に、取り立ても非情らしいですから」

う~ん。
闇金みたいなものなのかな?

「え~とでは、例えばとても優れた職人がいて、ビジネスを始めたらきっと成功するだろうに最初の初期資金が足りないから出来ない。ならばそれを貸そう・・・なんていう投資をしようと思う場合、この世界ではどのようにするんですか?」

「その職人を雇って仕事をやらせればいいのでは?」
駄目だこりゃ。あまりビジネスをスタートアップさせようという機運はないようね。


どれだけ魔力が高くても、私は一人の人間だ。
しかもよそ者。

何かの拍子で有力貴族と対立でもした時、虫けら(もしくは魔王)のように排除されないためには特権階級の権利を弱め、平民の権利を強くしておきたい。私は別に法を破るつもりは無いのだ。ただ単に、法の下で公平に扱ってもらいたいだけ。

私だけを公平に扱わせようとしても、誰か強力な貴族なり王族なりにとって私が都合が悪い人間になったら一人ならどうとでも排除できる。
だけど無数の平民の権利をちゃんと守らなければいけない現代の地球(先進国だけかもしれないけど)のような状況にしておけば、大分安心度が上がる。

その為には平民の全体的な経済力を上げなければならず、そうするには平民の起業とかを助けるのが一番良いと思うのだが・・・。
見込みがありそうな職人とか商人に投資していこうにも、自己責任で頑張る人にお金を提供するというシステムが無いのは痛いなぁ。

まあいいや。
まずは魔法の使い方をマスターして、この国のことももっと理解して行かないと。
いざとなれば有志相手に株式会社制度を説明して投資していってもいいし。

地球の制度のことを色々カルダールも興味があるようだから、もう少し株式会社とかエンジェル制度の利点を整理してから話してみよっと。


◆◆◆


「そういえば、宗教の概要も教えてください。うっかり失礼なことをマダーニ神官に言いたくないですし」
一神性なのか、ギリシャ神話みたいなのか、どうなんだろ?
考えてみたら、異世界からきた私もこの世界を信仰しなくっちゃいけないんかね?
昔の地球ではキリスト教圏もイスラム教圏も、その宗教を信仰しない異教徒は一般市民としての権利を認められなかったんじゃなかったっけ?

「初めに光と闇の神が存在していました。ニ神は力を合わせて空と海と地上を造り、命と死の神を生み出しました。命と死の神々は火と水と風と大地の精霊を創り出し、春と夏と秋と冬の神々を生み出したと言われています。これらの神から更に二次的な神々が生まれましたが、信者の数が多いのは今あげた創始の神々ですね」

「精霊と神々の違いはなんですか?」

「精霊は低位の存在から高位の存在まであり、低位の存在は人間でも力を借りることが出来るのに対し、高位の存在は神に等しい存在となります。神々は幾つもその存在が別れてはいません」
ふーん。
「ある意味、日本の八百万の神に近い感じになのかも。

「神殿によって神官が使える法術も変わるんですか?」

「神殿は一つです。仕える神によって得意な法術は変わりますが」

んん??
「神殿が一つって?」

「神に祈りの届きやすい場所は限られています。ですからその場所を色々な神々の信者で取り合うのではなく、一つの神殿を作って皆で各々の神に祈るのですよ」

え~と?
「私の暮らしていた世界では神に祈ると言うのは信仰の話であり、神が答えることは『奇跡』と言われ・・・何千年かの歴史の中で数える程しかないことなのですが。こちらではもっと神と人の関係が近いのですか?」

カルダールの眼が驚きに大きく開かれた。
「何千年の間に数えるほど、ですか?それは随分と哀しいことですね。
祈れば必ず答えてもらえる訳ではありませんが、基本的に神官とは神の声を聞きくことが出来た者です」

まじっすか。
「怒らないで頂きたいんですが、『神の声を聞くことが出来た』って嘘をつく人もいません?」
はっきり言って、『神の声を聞いた』なんていう人間は99%嘘をついているんじゃないかと思っているんだけど。

「何故態々嘘をつく必要があります?神の声を聞くことが出来る神官は必ず法術も使えるようになります。もしもフジノ殿が言うように魔術と法術に必ずしも区別が無いのでしたら、きっと魔術の才能があるでしょう。魔術師の方が経済的には恵まれていますから、嘘をついてまでして神官になる理由は無いと思いますよ」

「魔術師の方が神の声を聞く神官よりもお金を持っているんですか??」

「神は神官の祈りに対しても必ずしも答えてくれませんが、魔術師はお金さえ払えば術を実行してくれますから」
ある意味現実的なお金の使い方だね。

「でも、医療は法術なのでしょう?病気になった金持ちとかが大金を払いません?」

「治らなかったらお金を出しませんでしょう?死を追いやる様な治療は神の助けが必要ですから、『ふり』の神官では無理だと思いますよ」
成程。
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