シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

861 星暦557年 翠の月 11日 魔術回路の素材(11)

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「新素材で魔術回路を造りなおして交換するサービスがそこそこ売れているらしい」
休息日に実家に戻っていたアレクが工房で朝のお茶を飲みながら教えてくれた。

ここ10日程、今まで俺たちが開発した魔具の魔術回路に色々と試作した新素材を試してみて、魔具の種類によって効果に違いが出るかを試していた。今のところ可変性転移箱で一番となった新素材以外でより大きな効果を出す魔術回路は見つかって無いけど。

もうそろそろ飽きてきたのだが、意外と魔術学院を卒業して6年の間に俺たちも色々と開発していた為、まだ半分も確認し終わっていない。

「なんかさぁ、これで何それ用の魔具だったら別の素材の方が更に良いなんてことが分かったら、実はかなり迷惑じゃね?」
下手をしたら『待っていたらより良い素材が出てくるかも』と思って誰も交換しなくなり、そうなると新素材の売り出しそのものがぺしゃったりしないか?

「その危険もあるが・・・多少は良くなるが更に新素材を登録することの悪影響を鑑みて握りつぶすのと、知らないでいて後から発覚するのだったら知っておく方がいいだろう?
それに、違いがあるのだったらどういう傾向の魔術回路だったらどんな素材がより効率が良いかとかの研究をするのも長期的には魔具の発展に貢献することになるし」
多少微妙な顔をしながらアレクが言った。

「あんまり貢献しすぎて変な爵位とか押し付けられたら却って困る気もするけど、公開しないにしても知識はあった方がいいからね~」
クッキー缶に手を伸ばしながらシャルロが言った。

「なんだそれ??
新しい魔具を造ったところで爵位なんぞ来んだろ?
保存庫を発明して大金持ちになったクリタス・ヴァルトだって爵位なんて死ぬ間際まで貰えなかったんだし」
思わずぎょっとして手が止まる。

「まあ、あれは生活用品だからな。
国防に関係する発見をして、それを国に独占させることに合意すると何か別の行為に対する褒賞として爵位が提示されやすくなるという話は聞く。
まあ、ちょっとした噂話に毛が生えた程度だし、我々は3人だから話が複雑になるしで実現性は余りないとは思うが」
アレクがクッキーに手を伸ばしながら解説する。

マジか?!
考えてみたら、俺たちって魔力探知具を国に提供しているじゃん?!
ヤバい??

「金の報酬を貰うのは良いが、貴族になんぞなってお偉いさんと付き合う羽目になるのなんて俺は絶対に嫌だぞ!!
そう言う話が来たら、アレクかシャルロが受けてくれ!」

貴族になったら年に一度は王宮で開かれる舞踏会に出席しなければならないし、色々と煩い連中から嫌がらせを受けやすいのだ。
商業ギルドなんかには貴族になりたくて目の色を変えて金をバラまいている成金がそれなりに居るから、そう言うのを出し抜いたとみられると何の関係も無いのに目の敵にされかねない。

そういう嫌がらせの一環として泥棒に入ったり、家の中を滅茶苦茶に荒らしたりする依頼が盗賊《シーフ》ギルドには時折来ていた。

酷い場合なんて家族を誘拐してとんでもない身代金を要求して借金漬けにするようなのもあった。
流石にそこまで酷いのは国が出張って来かねないって事でギルド側で断っていたけど。
国が爵位を与える程評価しているんだ。下手をしたら他国の商会に付け込まれるような変な弱みを作るような事を許す訳がないって何で分からないのかね?

未婚の娘や息子がいる家なんかだと、無理やりそう言う成金商家の人間と結婚するのに合意させる為の脅迫ネタを探す依頼なんかも来たし。

まあ、比較的若いうちに爵位を与えられるような切れ者は上手い事自衛して、変な逆恨みしている連中をいつの間にか嵌めて排除していたが。

はっきり言って、貴族になるなんて俺は絶対に御免だ。
ああ言うのは成りたい人間が成れば良い。

多分、孤児で泥棒出身の俺にはそんな話は来ないと思うけど。
何かここ数年妙に軍に便利使いされているので、国に縛り付けて安上がりに使うために爵位を・・・なんて言われるのは絶対に避けたい。

「私も爵位なんぞ貰ったらシェフィート商会の後継の話が拗れかねないから遠慮したいな。
もしも話が来たら、シャルロが適当に受け取ってくれ。
シャルロとケレナだったら特に扱いに困らないだろう?」
アレクが苦笑しながら付け加える。

「あれ、ウィルはともかくアレクも嫌なの?
貴族のパーティなんかに行くと、なんかやたらと爵位を欲しがる商会の人とか貴族の次男三男とかの人がいるんだけどね~。
まあ、僕も要らないから父上とウォレン叔父さんにそれとなく、僕たちは爵位よりもお金が欲しいんだよ~って伝えておくね」
シャルロがちょっと目を丸くして応じた。

「まあ、爵位なんていうのはもっと年を取った連中に行くことが多いしな。
そう言えば、新素材で魔術回路にすると普通の通信用魔具でも有効距離が延びるって言うんで交換の依頼が多いらしいんだが、面白い事にメッセージの受け取りが出来る様にしようかって提案しても殆どが断るらしい」
アレクがクッキー缶を此方に回しながら言った。

「あれ??
メッセージって便利じゃないのか?」
使用人がいるような貴族ならまだしも、そうじゃないなら連絡が来たって分かった方が良くないか??

「兄も言っていたが・・・携帯用の通信機で連絡を受けない場合っていうのは、基本的に相手に話したくないからな事が多いんだ。
考えてみたら私も『うっかり受信できなかった』という言い訳が母に対して使えなくなるのは困るからな。
家に帰ってきたらどうせパディン夫人が伝言を受けてしまっているが、出先でまで直ぐに応対しなければならなくなるのは御免だと考える人間は意外と多いらしい」
笑いながらアレクが教えてくれた。

なるほど!
家族って面倒だからな。
そう言う点は孤児だと楽で良いのかも。




【後書き】
他人のやっかみって困りますよね~

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