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卒業後
836 星暦557年 紺の月 7日 肩凝り対策(27)
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魔術院の外部依頼関係の長老であるデジレ氏の視点です
【本文】
>>>サイド デジレ・ヴォーン (魔術院長老:外部依頼担当)
「お前が私とガルヴァを呼びつけるとは珍しいな」
飛び切りのケーキを出すからちょっと来いと連絡を受けて来た魔術学院では、総務担当のガルヴァ・バズールが既に座っていた。
「先日、若い卒業生が来てな。
魔力に反応する素材関係でも特許制度に近いものを魔術院で整備できないのかと聞きに来たんだ」
メイドに任せずに自分でお茶を淹れる準備をしながらアイシャルヌが言った。
「報奨金では満足できんのか?
素材ならば商業ギルドに特許制度があるだろう」
ガルヴァが眉を顰めて言った。
「まあ、こっちの素材だけなら報奨金で満足しろと言ったかもしれないが、もしかしたら魔術回路の効率を上げる素材も見つけられるかもと言われたのでな。
そうなると報奨金の範囲を超えそうじゃないか?」
ポットにお湯を注いだアイシャルヌが私の方に何やら手袋のような物を投げてきた。
「・・・暖かいな」
しかも柔らかい。
「緑熱《ジェイパル》石だ。
魔力が抜けるのに時間がかかる上に、直ぐには石の形に戻らず、余熱も残る方法を見つけたらしい」
にやりと笑いながらアイシャルヌが言った。
緑熱《ジェイパル》石か!!!
あの暖かさと柔らかさに魅了され、学生時代に夢中になって研究し、魔術院に入ってからも諦めきれずに暇を見つけては使い勝手を良く出来ないかと色々と試行錯誤した物だ。自分用にたっぷり魔力を注いで毎回しっかり液化させて使うならばまだしも、一般の人間が使うのには最後まで頑固に使い勝手が悪いままで・・・長女が生まれた頃に負けを認めた素材だ。
確かにあの暖かさと柔らかさだ。
とは言え、しっかり魔力を込めて液化した後ほどの熱さと柔らかさではない。
液化するのに多少魔力が足りないぐらいの感じだろうか?
魔術師が注意を払いながら魔力を注ぎ続けている訳でないのにこの状態が維持できるようになるとは。
素晴らしい。
「どこで売り出すんだ??!!」
これだったら冬場のクッションにも良いかも知れない。
それに孫のベッドにでもクッションとして入れたら喜ばれそうだ。
「売り出すのは特許登録が出来るか否かにも掛かるんじゃないか?
魔術回路の素材に関しては試作品は持ってこなかったが、同時に話を持ってきたってことは緑熱《ジェイパル》石を加工する手法が魔術回路の素材精製にも役に立つのかも知れんな」
アイシャルヌが肩を竦めながら答え、お茶を此方によこしてきた。
既にケーキは皿の上に出されている。
・・・3切れしか見当たらないと言う事は、お代わりは無いのか。
「そう言えば、デジレは散々緑熱石の研究をしていたな。
あれだけ時間と熱意を注いでもダメだった研究が花を結ぶとなると・・・確かに魔術回路の素材に関しても画期的な発見の可能性はあるか」
私の手から暖かい手袋モドキを奪い取って揉みながらガルヴァが言った。
「まあ、魔術回路に関しては確実ではないかも知れないが・・・今まで、魔力に反応する素材の加工が上手くいったことは無かっただろう?
その取っ掛かりがこうやって見つかったとなったら新しく研究する価値は十分にありそうだし・・・だとしたら魔術院が一括で払う報奨金よりも、広く浅く徴収する特許使用料の方が最終的には得る物が大きくなって研究者の欲を刺激しそうだ」
にやりと笑いながらケーキを手に取り、フォークで切り込みながらアイシャルヌが宣った。
「折角の新発見を盗まれぬように、直接開発や特許登録に関係ない総務の私と外部依頼のデジレを呼び込んだか」
お茶をゆっくりと口に含みながらガルヴァが指摘する。
「素材となると確認作業が難しいから、工房に売り上げに比例した使用料契約でやり方を売りつける形にして、要望や告発に基づいて立ち入り検査でどうかな?
それだったら極端に新しく人員を配置しなくても何とかならないか?
なんと言っても影響の度合いが分からないからな。
下手に話を大きくして最初の段階で話が漏れまくっては困る」
アイシャルヌが応じた。
「王宮の方はどうする?」
実質魔術院の関与なしには動かない魔具業界とは言え、魔具を造る際の『素材』に対する徴収と言う新しい集金制度を始めるとなると、王宮が横槍を入れてくる可能性がある。
「あちらには貸しがあるからな。
今回に関しては何も言わないと思うぞ?」
ちゃんと噛んでいる様子で、大口を開けているようにも見えないのに何故かあっという間にケーキを食べ終わったアイシャルヌが応じた。
「貸し?」
ケーキを手に取りながらガルヴァが問いかける様に右眉を上げる。
「今回の開発者は、以前転移箱のアイディアを横取りされた3人組だ。
しかもシャルロ・オレファーニは王都の洗浄で手伝っているし、ウィル・ダントールも色々と都合の悪い無くし物探しで軍や王宮に手を貸しているからな。
あいつらの発見だと言えば、無駄に意味もなくごねないと思うぞ」
アイシャルヌが教えてくれた。
なるほど。
先日も王都の港で色々と見つけていたようだったしな。
ほぼ完全に魔術師としての業務範囲からは外れた協力であることを考えると、下手に横槍を入れて今後一切王宮や軍と協力しないなんて言い出されたら困るということで、どっかの役人が利権目当てで騒いでもさっさと上から圧力が掛かりそうだな。
当然の事ながら、高位精霊の加護持ちなオレファーニに臍を曲げられる訳にもいかないし。
実利と名目両方から説得できるのだ。役人を黙らせるのも難しくあるまい。
「良かろう。
邪魔が入らないなら比較的簡単に話が進みそうだな。
次の長老会で決めるか?」
ガルヴァが言う。
なんかこう、賛成票を固めるためだけに呼ばれた感じだな。
だがまあ、元々大きな枠組みで話すならば内部制度の整備は総務の管轄だ。
私は一足早く緑熱《ジェイパル》石の新しい可能性を目にすることができ、美味しいケーキにありつけたということで満足しよう。
【後書き】
シャルロはおっとりしているし貴族の『上に立つ者の義務』的な心構えもあるので、よっぽど個人的に許せない裏切りでも無い限り国の真摯なお願いを断るタイプではありませんが、下っ端役人はそんな事は知らんだろうと思っている長老さんw
【本文】
>>>サイド デジレ・ヴォーン (魔術院長老:外部依頼担当)
「お前が私とガルヴァを呼びつけるとは珍しいな」
飛び切りのケーキを出すからちょっと来いと連絡を受けて来た魔術学院では、総務担当のガルヴァ・バズールが既に座っていた。
「先日、若い卒業生が来てな。
魔力に反応する素材関係でも特許制度に近いものを魔術院で整備できないのかと聞きに来たんだ」
メイドに任せずに自分でお茶を淹れる準備をしながらアイシャルヌが言った。
「報奨金では満足できんのか?
素材ならば商業ギルドに特許制度があるだろう」
ガルヴァが眉を顰めて言った。
「まあ、こっちの素材だけなら報奨金で満足しろと言ったかもしれないが、もしかしたら魔術回路の効率を上げる素材も見つけられるかもと言われたのでな。
そうなると報奨金の範囲を超えそうじゃないか?」
ポットにお湯を注いだアイシャルヌが私の方に何やら手袋のような物を投げてきた。
「・・・暖かいな」
しかも柔らかい。
「緑熱《ジェイパル》石だ。
魔力が抜けるのに時間がかかる上に、直ぐには石の形に戻らず、余熱も残る方法を見つけたらしい」
にやりと笑いながらアイシャルヌが言った。
緑熱《ジェイパル》石か!!!
あの暖かさと柔らかさに魅了され、学生時代に夢中になって研究し、魔術院に入ってからも諦めきれずに暇を見つけては使い勝手を良く出来ないかと色々と試行錯誤した物だ。自分用にたっぷり魔力を注いで毎回しっかり液化させて使うならばまだしも、一般の人間が使うのには最後まで頑固に使い勝手が悪いままで・・・長女が生まれた頃に負けを認めた素材だ。
確かにあの暖かさと柔らかさだ。
とは言え、しっかり魔力を込めて液化した後ほどの熱さと柔らかさではない。
液化するのに多少魔力が足りないぐらいの感じだろうか?
魔術師が注意を払いながら魔力を注ぎ続けている訳でないのにこの状態が維持できるようになるとは。
素晴らしい。
「どこで売り出すんだ??!!」
これだったら冬場のクッションにも良いかも知れない。
それに孫のベッドにでもクッションとして入れたら喜ばれそうだ。
「売り出すのは特許登録が出来るか否かにも掛かるんじゃないか?
魔術回路の素材に関しては試作品は持ってこなかったが、同時に話を持ってきたってことは緑熱《ジェイパル》石を加工する手法が魔術回路の素材精製にも役に立つのかも知れんな」
アイシャルヌが肩を竦めながら答え、お茶を此方によこしてきた。
既にケーキは皿の上に出されている。
・・・3切れしか見当たらないと言う事は、お代わりは無いのか。
「そう言えば、デジレは散々緑熱石の研究をしていたな。
あれだけ時間と熱意を注いでもダメだった研究が花を結ぶとなると・・・確かに魔術回路の素材に関しても画期的な発見の可能性はあるか」
私の手から暖かい手袋モドキを奪い取って揉みながらガルヴァが言った。
「まあ、魔術回路に関しては確実ではないかも知れないが・・・今まで、魔力に反応する素材の加工が上手くいったことは無かっただろう?
その取っ掛かりがこうやって見つかったとなったら新しく研究する価値は十分にありそうだし・・・だとしたら魔術院が一括で払う報奨金よりも、広く浅く徴収する特許使用料の方が最終的には得る物が大きくなって研究者の欲を刺激しそうだ」
にやりと笑いながらケーキを手に取り、フォークで切り込みながらアイシャルヌが宣った。
「折角の新発見を盗まれぬように、直接開発や特許登録に関係ない総務の私と外部依頼のデジレを呼び込んだか」
お茶をゆっくりと口に含みながらガルヴァが指摘する。
「素材となると確認作業が難しいから、工房に売り上げに比例した使用料契約でやり方を売りつける形にして、要望や告発に基づいて立ち入り検査でどうかな?
それだったら極端に新しく人員を配置しなくても何とかならないか?
なんと言っても影響の度合いが分からないからな。
下手に話を大きくして最初の段階で話が漏れまくっては困る」
アイシャルヌが応じた。
「王宮の方はどうする?」
実質魔術院の関与なしには動かない魔具業界とは言え、魔具を造る際の『素材』に対する徴収と言う新しい集金制度を始めるとなると、王宮が横槍を入れてくる可能性がある。
「あちらには貸しがあるからな。
今回に関しては何も言わないと思うぞ?」
ちゃんと噛んでいる様子で、大口を開けているようにも見えないのに何故かあっという間にケーキを食べ終わったアイシャルヌが応じた。
「貸し?」
ケーキを手に取りながらガルヴァが問いかける様に右眉を上げる。
「今回の開発者は、以前転移箱のアイディアを横取りされた3人組だ。
しかもシャルロ・オレファーニは王都の洗浄で手伝っているし、ウィル・ダントールも色々と都合の悪い無くし物探しで軍や王宮に手を貸しているからな。
あいつらの発見だと言えば、無駄に意味もなくごねないと思うぞ」
アイシャルヌが教えてくれた。
なるほど。
先日も王都の港で色々と見つけていたようだったしな。
ほぼ完全に魔術師としての業務範囲からは外れた協力であることを考えると、下手に横槍を入れて今後一切王宮や軍と協力しないなんて言い出されたら困るということで、どっかの役人が利権目当てで騒いでもさっさと上から圧力が掛かりそうだな。
当然の事ながら、高位精霊の加護持ちなオレファーニに臍を曲げられる訳にもいかないし。
実利と名目両方から説得できるのだ。役人を黙らせるのも難しくあるまい。
「良かろう。
邪魔が入らないなら比較的簡単に話が進みそうだな。
次の長老会で決めるか?」
ガルヴァが言う。
なんかこう、賛成票を固めるためだけに呼ばれた感じだな。
だがまあ、元々大きな枠組みで話すならば内部制度の整備は総務の管轄だ。
私は一足早く緑熱《ジェイパル》石の新しい可能性を目にすることができ、美味しいケーキにありつけたということで満足しよう。
【後書き】
シャルロはおっとりしているし貴族の『上に立つ者の義務』的な心構えもあるので、よっぽど個人的に許せない裏切りでも無い限り国の真摯なお願いを断るタイプではありませんが、下っ端役人はそんな事は知らんだろうと思っている長老さんw
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