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卒業後
642 星暦556年 紫の月 22日 清掃は重要(13)
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「髪の毛って意外と強いんだね」
清掃用魔具に取り付けた筒状のブラシにがんじがらめに絡まっている髪の毛を見ながらシャルロがため息をついた。
何通りかの試作品を試した結果、ブラシを回しながら細く薄く絞った強風を清掃用魔具の上部へ回す感じで絨毯へ噴き付け、埃を回収するのが一番効率的という事になった。
風はそれなりに勢いをつけないとブラシで毛や糸を回収した後でも飛ばず、あまり勢いをつけすぎると結界を突破して周囲に飛び散ってしまった。
そこでブラシを掛けながらそこそこ強い風を当て、それを前方ではなく斜め上に飛ばして空気と埃を清掃用魔具の上部で回らせながら埃を回収することにしたのだ。
これで埃の回収はかなり良い感じに出来た。
ちなみに水を噴きつける試みは少量だと埃を却って絨毯にへばり付けることが判明。
もっと多めの水を使うと、上手く行く時は綺麗になるのだが、使われている染料や織りの密度(?)によってとんでもない結果になる絨毯が幾つかあったので、こちらのアイディアは廃案になった。
『オタクの絨毯が手抜き製品の場合は綺麗にならずに絨毯が台無しになります。本物の高級品にだけ使って下さい』なんて警告文付きで売り出すわけにはいかない。
それはさておき。
俺たちの工房と家ではほぼ問題なく動いた新型清掃用魔具は、シャルロの屋敷で動かしてみたら3部屋程動かしたら止まってしまった。
分解して確認したところ、長い髪の毛がブラシにがんじがらめに絡まっていたのだ。
「女性ってなんで髪の毛長く伸ばすんだろ?
素敵だけど、この際皆で短くしたらいいと思わない?」
ため息をつきながら冗談交じりにシャルロが提案した。
ブラシの表面に絡みつくだけなら新しい毛や糸を巻き上げなく無くなるだけなのだが、横のブラシを回す機構にも絡まったブラシはギチギチに固定されて動かない。
女の髪がこんなに強い物だとは思わなかった。
ちょっと怖いぞ。
ちょっとした夏の怪談なんかで女の髪の毛が伸びてきて絡みつくなんていうシーンが時折あるが、もしも実際に何らかの特殊体質で髪の毛を自由に動かせる人間がいたら、確かにこれに絡みつかれたら身動き取れなくなりそうだ。
髪の毛なんて引きちぎればいいじゃないかと怪談で捕まった人間を密かにバカにしていた俺だが、初めて髪の毛の強力さを知ってちょっと背筋が寒くなった。
これからは確実に常にナイフを持ち歩く様にしよう。
大抵の時は持ち歩いているし、殆どの靴底には剃刀の刃を隠してあるのだが、最近は生活も安定してきたし俺を狙う人間なんていないだろうと必ずしもすべての靴に剃刀の刃を仕込んでいなかったのだが・・・確実に全部の靴に入れるようにするぞ。
「私は別に髪の毛が短い女性もそれなりに魅力的だと思うが・・・貴族では女性の髪の毛は長くないと淑女と見做されないのではないのか?」
アレクが軽く首を傾げて尋ねる。
あれ、そうなんだ。
はっきり言って、女性の髪型やお洒落は良く分からない。
なにをもってしてお洒落と見做すのか、野暮ったいと見做すのか、謎なのでそんな貴族の決まり事にも注意を払っていなかった。
確かに盗賊《シーフ》時代にお邪魔したような家の女性は皆髪の毛が長かったが、『私はこれだけ手間のかかる髪の毛を伸ばすだけの財力があるのよ』と自慢する為の見栄なのだと思っていた。
まあ、貴族層で長髪が淑女の印と見做される慣習も、そんな見栄が根本にあるんだろうけど。
「まあねぇ。
最近は絶対という訳ではないけど、確かに短くすると斬新な考え方の持ち主とみられるかなあ。
それに長い髪の毛って綺麗だからねぇ。
ドレスを着た際に結った髪ってやっぱり別格でしょう」
ケレナのドレスアップ姿を思い浮かべたのか、ちょっと顔をほにゃりと緩めながらシャルロが答える。
「自分の奥さんに『掃除を簡単にするために髪の毛を切ったら?』と提案する気が無いんだったら、その他大多数の女性に髪の毛を切ることを提案するのは諦めるんだな。
それよりは、どうやったらこの邪魔な毛を簡単に取り去れるか、工夫しようぜ」
元々、清掃なんて人の目の及ばない行動に魔具なんていう高額な物を使おうと考えるのは富裕層なんだ。
その階層の人間に『お洒落だから』という理由ではなく『清掃が楽になるから』なんて理由で髪を切らせるなんて絶対に無理だ。
となったら、長い髪の毛が絨毯の上に落ちていて、それをブラシが巻き上げるという現象は不可避であると考えて、それをどう対処するか工夫するしかないだろう。
「こう、一回転するごとに左から右へ刃を動かして絡まった糸や髪の毛を切るっていうのはどう?」
シャルロが提案する。
「上から刃を動かすんじゃなくって、中に刃を埋め込んでおいてそれを引き出す形で髪を切るのが良いかも知れない。
出来れば切った髪も除去結界で集められると良いんだが・・・長い毛まで回収するようにすると下手したら絨毯の素材まで回収しそうだよなぁ」
取り敢えず、ブラシを動かす機構まで刃を動かすようにすればガチガチに髪の毛が絡まって動かなくなるという状態は避けられるだろうが・・・ブラシの表面が髪の毛だらけになったら絨毯の上の髪の毛を新しく巻き上げることが出来なくなる事に変わりはなさそうだ。
ブラシの毛を長くしたらなんとかなるのか?
ちょっと更なる試行錯誤が必要だな。
【後書き】
掃除機に絡まった髪の毛って本当に邪魔ですよね。
清掃用魔具に取り付けた筒状のブラシにがんじがらめに絡まっている髪の毛を見ながらシャルロがため息をついた。
何通りかの試作品を試した結果、ブラシを回しながら細く薄く絞った強風を清掃用魔具の上部へ回す感じで絨毯へ噴き付け、埃を回収するのが一番効率的という事になった。
風はそれなりに勢いをつけないとブラシで毛や糸を回収した後でも飛ばず、あまり勢いをつけすぎると結界を突破して周囲に飛び散ってしまった。
そこでブラシを掛けながらそこそこ強い風を当て、それを前方ではなく斜め上に飛ばして空気と埃を清掃用魔具の上部で回らせながら埃を回収することにしたのだ。
これで埃の回収はかなり良い感じに出来た。
ちなみに水を噴きつける試みは少量だと埃を却って絨毯にへばり付けることが判明。
もっと多めの水を使うと、上手く行く時は綺麗になるのだが、使われている染料や織りの密度(?)によってとんでもない結果になる絨毯が幾つかあったので、こちらのアイディアは廃案になった。
『オタクの絨毯が手抜き製品の場合は綺麗にならずに絨毯が台無しになります。本物の高級品にだけ使って下さい』なんて警告文付きで売り出すわけにはいかない。
それはさておき。
俺たちの工房と家ではほぼ問題なく動いた新型清掃用魔具は、シャルロの屋敷で動かしてみたら3部屋程動かしたら止まってしまった。
分解して確認したところ、長い髪の毛がブラシにがんじがらめに絡まっていたのだ。
「女性ってなんで髪の毛長く伸ばすんだろ?
素敵だけど、この際皆で短くしたらいいと思わない?」
ため息をつきながら冗談交じりにシャルロが提案した。
ブラシの表面に絡みつくだけなら新しい毛や糸を巻き上げなく無くなるだけなのだが、横のブラシを回す機構にも絡まったブラシはギチギチに固定されて動かない。
女の髪がこんなに強い物だとは思わなかった。
ちょっと怖いぞ。
ちょっとした夏の怪談なんかで女の髪の毛が伸びてきて絡みつくなんていうシーンが時折あるが、もしも実際に何らかの特殊体質で髪の毛を自由に動かせる人間がいたら、確かにこれに絡みつかれたら身動き取れなくなりそうだ。
髪の毛なんて引きちぎればいいじゃないかと怪談で捕まった人間を密かにバカにしていた俺だが、初めて髪の毛の強力さを知ってちょっと背筋が寒くなった。
これからは確実に常にナイフを持ち歩く様にしよう。
大抵の時は持ち歩いているし、殆どの靴底には剃刀の刃を隠してあるのだが、最近は生活も安定してきたし俺を狙う人間なんていないだろうと必ずしもすべての靴に剃刀の刃を仕込んでいなかったのだが・・・確実に全部の靴に入れるようにするぞ。
「私は別に髪の毛が短い女性もそれなりに魅力的だと思うが・・・貴族では女性の髪の毛は長くないと淑女と見做されないのではないのか?」
アレクが軽く首を傾げて尋ねる。
あれ、そうなんだ。
はっきり言って、女性の髪型やお洒落は良く分からない。
なにをもってしてお洒落と見做すのか、野暮ったいと見做すのか、謎なのでそんな貴族の決まり事にも注意を払っていなかった。
確かに盗賊《シーフ》時代にお邪魔したような家の女性は皆髪の毛が長かったが、『私はこれだけ手間のかかる髪の毛を伸ばすだけの財力があるのよ』と自慢する為の見栄なのだと思っていた。
まあ、貴族層で長髪が淑女の印と見做される慣習も、そんな見栄が根本にあるんだろうけど。
「まあねぇ。
最近は絶対という訳ではないけど、確かに短くすると斬新な考え方の持ち主とみられるかなあ。
それに長い髪の毛って綺麗だからねぇ。
ドレスを着た際に結った髪ってやっぱり別格でしょう」
ケレナのドレスアップ姿を思い浮かべたのか、ちょっと顔をほにゃりと緩めながらシャルロが答える。
「自分の奥さんに『掃除を簡単にするために髪の毛を切ったら?』と提案する気が無いんだったら、その他大多数の女性に髪の毛を切ることを提案するのは諦めるんだな。
それよりは、どうやったらこの邪魔な毛を簡単に取り去れるか、工夫しようぜ」
元々、清掃なんて人の目の及ばない行動に魔具なんていう高額な物を使おうと考えるのは富裕層なんだ。
その階層の人間に『お洒落だから』という理由ではなく『清掃が楽になるから』なんて理由で髪を切らせるなんて絶対に無理だ。
となったら、長い髪の毛が絨毯の上に落ちていて、それをブラシが巻き上げるという現象は不可避であると考えて、それをどう対処するか工夫するしかないだろう。
「こう、一回転するごとに左から右へ刃を動かして絡まった糸や髪の毛を切るっていうのはどう?」
シャルロが提案する。
「上から刃を動かすんじゃなくって、中に刃を埋め込んでおいてそれを引き出す形で髪を切るのが良いかも知れない。
出来れば切った髪も除去結界で集められると良いんだが・・・長い毛まで回収するようにすると下手したら絨毯の素材まで回収しそうだよなぁ」
取り敢えず、ブラシを動かす機構まで刃を動かすようにすればガチガチに髪の毛が絡まって動かなくなるという状態は避けられるだろうが・・・ブラシの表面が髪の毛だらけになったら絨毯の上の髪の毛を新しく巻き上げることが出来なくなる事に変わりはなさそうだ。
ブラシの毛を長くしたらなんとかなるのか?
ちょっと更なる試行錯誤が必要だな。
【後書き】
掃除機に絡まった髪の毛って本当に邪魔ですよね。
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