シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
上 下
635 / 1,038
卒業後

634 星暦556年 赤の月 25日 清掃は重要(5)

しおりを挟む
「まあ、それはともかく。
取り敢えず、一々床に触れている部位にケーブルをつけなきゃいけないのは面倒だが、どうしても丁度いい定義づけが出来なかったからしょうがない。
これで無事、重い家具も持ち上げられるようになった・・・筈だよな?」
人生の分岐点についての回顧は後回しにして、開発の方に話を戻す。

理想としては、家具の一か所に魔具を触れさせることでそれを結界の対象として定義づけ出来れば楽だったのだが、残念ながら一本の木材をくり抜いて一つの家具を造り上げているケースはほぼ無く、基本的に家具というのは複数の部位をネジや釘で固定して作り上げる。

高級家具になると木材の形を複雑にしてそれで組み合わせることで動かなくしている組木細工もあるが、どちらにせよパーツから出来上がっていることには変わりなく・・・俺たちが入手できた魔術回路の対象認識はどれもあまり融通が利かず、組み立てあげた他の部分が対象の一部として認識されなかった。

触れている物を結界対象にするというのは人間相手の防御用結界で何通りかあったのだが・・・当然の事ながら複数の部位を釘やネジで留めている人間はまず存在しない。なので人間用に開発された対象認識の魔術回路を使って家具の脚を全部結界の対象とする為には、床に触れている各部位を魔具の一部であるケーブルで接触させて定義対象とするしかなかったのだ。

基本的に同じ木材で造っているだろうから『ケーブルの触れている物体』ではなく『ケーブルの触れている物体と同質の素材で出来ている物』という定義づけが出来れば使用は楽になったかも知れないが・・・一本の木材からではなく、複数の木材を使っているせいか4本の脚のうちの一本だけとか、脚の裏だけとかが『同質の素材』と見做されない家具が出てきたのだ。
重い家具のランダムな一部だけを結界で持ち上げると家具に過度な負荷が掛かるらしく、嫌な音がしているのを無視して強引に動かそうとしていたら、対象外になった脚にヒビが入ってしまった。

そこで『同質の素材』の定義づけをもっと大雑把してみたら・・・今度は動かすつもりがない隣の本棚まで対象範囲になって無駄に持ち上げようと魔力を注ぎ込んでしまう始末。

『作業机の脚の部分に繋がっている固定されている部位』という定義でやってみたら、机の脚と上のカウンター板とが繋がっていないと術的に見做されて、そのカウンター板から繋がっていた他の脚も当然の事ながら範囲外になってしまったし。

結局、数日ほど頑張って試行錯誤したのだが・・・諦めた。

「じゃあ、リビングのソファやダイニングテーブルでも試してみようか」
俺にもフェイタールの焼き菓子を差し出した後、自分の分を食べ終えたシャルロが立ち上がった。

「そうだな」
最初の実験を工房でやったお蔭で、傷がついたのは工房の床だけだった。
色々と家具にダメージが行くかもということで、今までの実験は工房の作業机やアレクが何処かから入手してきた古くて重い家具と適当なタオルや古い絨毯を使っていた。

今度は本当の傷がついたら困る家具だ。
俺は安物でも構わなかったのだが、流石にシェフィート商会の御曹司であるアレクと侯爵家のご子息であるシャルロはそれなりの品質を家具に求めるらしく、リビングのソファやダイニングテーブルはかなり物が良い。

その分重いが。
絨毯も厚くてふかふかだし。

これを使って実験するのはちょっと怖いが・・・まあ、一応古い絨毯では大丈夫なことが確認できたのだ。
今回も問題ないと期待しよう。

「う~ん、やっぱり床に這いつくばって脚にケーブルをつけるのって面倒だね」
ケーブルをソファの足に付けながらシャルロが愚痴る。

まあ、貴族のご子息なんだ。
何かを落として探すとかでも言うんじゃない限り、床に這いつくばる経験なんてあまりないだろう。

俺としては床にある隠し金庫を漁るという楽しい経験が多いので、床に座り込むのもしゃがみ込むのも嫌いじゃあないのだが。

この魔具を使う事が多いであろう家政婦や使用人、引っ越し業者や捜査員だって床に馴染みが十分あるだろうが・・・確かに手間ではある。

「立ったままペタって張り付けられる棒でも造るか?
ちょっと形を工夫して、ケーブルの粘着力を調整すれば棒で付け外しするように出来ると思うぞ」
まあ、ケーブルを一々付けて回らなければならないというのは本当にかなり微妙ではあるんだがな。

片足だけ持ち上げて、下に差し込む形で結界を展開するのはどうかとも思ったのだが、そうすると上に乗っている物が落ちる可能性があるので一々上の物を全てどけなければならない。

その方が更に手間だという事で却下したのだが・・・本当に今回の魔具は、使う人間が使用人であることを考えるとあまり高額では売れそうにも無いのに色々と問題が多い。

「じゃあ、起動するぞ」
アレクが声をかけ、魔具のスイッチを入れる。

ブンっと鈍い音がして、ソファがふわりと浮き上がった。

「おお~。
上手くいったね!」
シャルロがご機嫌な声を上げ、ソファをそっと押してみた。

中に浮いたソファが一歩分ぐらい前に動き、止まる。
うん、この程度だったら触ったら飛んで行って壁や人にぶつかったなんて事故も起きなそうだし、良い感じかな。

「後は、実際に絨毯本体の掃除か。
取り敢えず、この家具を持ち上げる魔具もこのままだけでも使いたがる顧客層がいるか、商会の方で探りを入れさせておくよ」
満足そうに自分でもソファを押して動かしながら、アレクが言った。

俺は・・・流石に盗賊《シーフ》ギルドに売り込むのは顰蹙だろうから、販売先の開拓には関与しないでおこう。

【後書き】
税務局とか軍の情報部の調査部門だったらそれなりの値段でも買ってくれるかな?
とは言え、ウィルは役人も軍人も嫌いなので売り込みは出来なそうですがw

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...