シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

260 星暦553年 翠の月 2日 祭りの後(6)

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「どっちが良いのかな?」
俺たちの言葉を受けて、困惑したようにアルヌ少年がこちらを見た。

「まあねぇ。
ある程度勉強が進んで何が得意かとかが分かるまでは決めにくいか。
お前さんが、それなりに野心家で『偉くなって周りに尊敬されたい』って思うんだったら下手に『孤児出身の奨学金生』っていうのが分かっちまう魔術院内部にいるよりも外で働く方が、『お偉い魔術師の先生』としてそれなりに尊敬して貰いやすいだろうな。
もっとも、お前さんがそれなり所でなくもの凄く野心家なんだったら、折角能力があるんだし死ぬ気で頑張れば魔術院の中でのし上がって行ける可能性もあると思うぜ。
逆に特にそれ程野心がある訳じゃあ無く、それなりに食っていければ良いじゃという程度なら・・・取り敢えずは住み込みで信用できる商会で働かせて貰って、言葉遣いや目上の人との対応の仕方と言ったような社会的常識を学んでおくのがお勧めかもな」

自分と他の3人のマグにお茶のお代わりを注ぎながら俺は答えた。

俺はアルヌよりもずっと早く孤児になり、学院長に捕まった時には既に『一人前』の盗賊シーフとして働いていた。
『一人前』ならばそれなりに言葉遣いや態度も社会的常識をわきまえていないと手痛い制裁が来たし、それなりに稼ぎのいい孤児なんぞ他の人間からみたら良いカモだったので、幽霊ゴーストと呼ばれるぐらいに細心の注意を払って周囲をじっくり陰から観察していた。だからそれなりに言葉遣いも必要な行動も知ってはいた。

貴族の家に下働きとして紛れ込んだことも多々あったし。

敬語をちゃんと使えなかったり、行動のおかしかったりする下働きなんぞあっという間に追い出されてしまう。
だから紛れ込む為にはきっちり下働きの常識を身につける必要があったのだ。

「確かに、その言葉遣いは直した方が良いな。
家族に教えて貰えなくても、それなりに周りに注意を払っていけば自然にある程度は身につくが、最初にきちんと教えて貰っておく方が楽かも知れない」
アレクが俺の言葉に頷きながらマグを受け取った。

アルヌのお袋さんは去年の暮れに亡くなったらしくて、アルヌはまだ暗殺アサッシンギルド内での行動も決まりも特に習っておらず、目上の人間への言葉遣いもおぼつかないようだ。

『孤児』という弱い立場は同じなのだが、俺のような特殊スキルもなく、観察力も磨いてくる必要が無かった。
ある意味、アルヌの育成には俺よりもずっと気をつける必要があるかも知れない。

まあ、その分まだ世間の冷たさや人間の危険さというものを骨の髄まで理解していないから気楽に遊べて周りとの断絶感がなくって良いかもしれないが。

魔力ギフト自体も俺よりあるし。


◆◆◆◆

「では、この子をよろしくお願いします。
来年には魔術学院に入って魔術師になる予定なので、どこか大手商会の子供が行儀見習いに住み込みで働きに来たような感じで、きっちりと厳しく、でも本人の為になるように説明しながら鍛えて頂けると助かります」

結局、アルヌは住み込みで働いて一般常識を身につけることにした。
本人としては、親から色々教えて貰える機会が無いのに、狭い魔術師の世界だけで暮していくことに不安があったらしい。

なので今日は俺がアルヌの後見人としてアレクが紹介してくれた支店へ挨拶を兼ねてきていた。

「なんと言っても数年後には魔術師になる子だからね。『しっかり教えてくれた』と相手が恩を感じるぐらいな上手な教え方が出来れば、後々割引で色々頼めるかも知れないから、頑張ってくれよ?」
笑いながらアレクが付け加える。

まあ、本当に必要な魔術の施行だったらアレクが無料か家族料金で格安でするだろうけど。
支店長が采配を行うレベルの何かが必要な時に、気軽に値引き交渉が出来る魔術師がいたら便利ではある。

・・・後で、アルヌに値引き交渉を受けたときにどちらも得をしたと思えるような落としどころを見つける交渉術を教えないとな。

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