シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

593 星暦555年 黄の月 13日 虫除け(13)

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「準備完了~」
シャルロが携帯型通信機でアレクに声をかける。

『了解。
障害物回避型の試作品を起動する』
アレクの声が通信機から流れてくる。

さて。
食糧保存庫《パントリー》の扉が『障害物』として認識されるようだったら障害物回避型は使えない。

湿気や虫が入らないように密閉する為の箱の中まで効果が無いのは構わないが、もっと緩い箱の中には出来れば効果が及んで欲しいところだが・・・。

そんなことを考えながら心眼《サイト》に注意を払っていたら、やがて扉の周りから殺虫《インセクトイド》の術の波動が滲み込むような感じで入ってくるのが視えた。

少なくとも、食糧保存庫《パントリー》の中までは効果が及びそうだが・・・効き目が薄そう?

そんなことを考えながら視ていたら、蓋の無い箱のダンゴムシまで殺虫《インセクトイド》の波動が届き、その中にいたダンゴムシが動きを止めた。

が。
軽く蓋のしてある方の箱までちゃんと浸透する前に殺虫《インセクトイド》の術が止まってしまった。

「もう一度起動させてくれ。
ちゃんと箱の中まで届かなかった」
通信機に手を伸ばしてスイッチを押しながらアレクに声をかける。

「あ、本当だ。
こっちは死んでないね」
蓋を開けたシャルロが声を上げる。

『分った。
もう一度動かすから箱の蓋を閉めてくれ』

「閉めたよ~」
シャルロの声にスイッチを入れたらしき音がするが・・・食糧保存庫《パントリー》の中まで入ってくるのに時間が掛かり、箱の中まで浸透する前に殺虫《インセクトイド》の術が止まってしまった。

「駄目だな、2回連続という形では2回目も扉の周りを迂回して浸透しなおすせいで箱の中まで効果が及ぶ前に終わっちまう。
起動時間を倍にしてみてくれ」

アレクのため息が通信機越しに聞こえて来た。
『了解。
倍にしてもダメだったらちょっと考え直す必要があるな。
いつまでも食糧保存庫《パントリー》を占拠する訳にもいかないから、次の実験が終わったら結果がどうであれ取り敢えず箱ごと虫を回収して工房に戻ってきてくれ』

「分かった」
起動時間を倍にしてダンゴムシを殺せたところで、それがゴキブリや百足に効くかどうかも不明だし、障害物回避型に関してはもう少し色々実験する必要があるかも知れない。

「ウィルは術の効果範囲が視えるんだね。
前から視えてたっけ?」
ちょっと首を傾げながらシャルロが聞いてきた。

「あまり術その物を視ようとすることって無かったからなぁ。
起動するときの魔力や魔法陣は前から視えていたが、離れた場所まで広がっていく効果を特に視る必要性を感じた事が無かったんだが・・・多分、昔から視えていたんじゃないか?」

基本的に短距離で使うような術しか殆ど使って来なかったので、殺虫《インセクトイド》の術の様に広範囲に広く弱めに効果が及ぶタイプに注意を払っていなかったのだが・・・今回視ようと注意を払っていたら視えたので、元より視えていた可能性は高い。

攻撃魔法なんかは魔力の濃度が高いから基本的に誰の目にも(魔術師なら)映る。
それの薄くなった劣化版が殺虫《インセクトイド》の術なのだ、俺の心眼《サイト》で視えても不思議はない。

術の出力を上げればアレクやシャルロだって視えるだろう。
多分。

まあ、そこまで集中して頑張らなくても俺が視てればいいだけなのだが。

お互いどの程度の術の効果が視えるかについてシャルロと駄弁っていたら、通信機からアレクの声が聞こえて来た。
『起動時間を倍にしてみた。
動かすぞ』

「どうぞ~」
シャルロが答える。

待っていたら、殺虫《インセクトイド》の術の波動がまた扉の周辺から浸透してきた。
部屋の中に入ったら浸透速度があがり、部屋全体まで行き渡る。
箱の方にも隙間から浸透しているようで・・・ぎりぎり術の波動が途切れるぐらいのタイミングでダンゴムシが動きを止めた。

「一応効いたようだが・・・ぎりぎりって感じだな。
これじゃあ大型の虫には効かないんじゃないか?」

箱を一つ俺に渡し、残り二つの箱を手に取ったシャルロが立ち上がってドアに向かう。
「家サイズで起動した場合の障害物回避型と普通のとで殺虫《インセクトイド》の魔具の魔力消費量がどのくらい違うかを確認してから考えよう。
障害物回避型にしなければちゃんと効くんだから、場合によっては障害物回避は虫除けだけにしても良いかも」

確かに。
殺虫《インセクトイド》の方は常時起動している訳では無いのだから、無理に魔力消費量を抑えなくても良いだろうし、ある意味 殺虫インセクトイドは虫除けとは違って香と競合していない。
何だったら殺虫《インセクトイド》用の魔石を別途設置する形にしておけば、そちらの消費魔力量が多くても納得してもらえる可能性は高い。

いちいち当たり外れも偶にある学生魔術師に家まで来て貰って殺虫《インセクトイド》の術を掛けさせるより、来客前なり就寝前なりに自分の好きなタイミングで起動できる魔具を好む人間だって多いだろうし。

それに、障害物回避型だと虫の抹殺に失敗しても時間が足りていないのか、効果が足りていないのか分かりにくい。下手したら俺にも実験に参加しろと言われかねない。
扉を閉めた部屋の中で緩い箱に入れたゴキブリや百足と一緒に効果確認に付き合う羽目になるのは絶対御免だ。

元々、ゴキブリや百足が入れる箱を想定してテストしているのだ。
入れると言うことは出る事だって出来るだろう。
テスト中にそいつらが出てきたら、嫌すぎる。

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