シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

584 星暦555年 緑の月 9〜13日 虫除け(4)

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【9日】
「思うに、魔具が香より選ばれる為には一々部屋ごとで設定する必要があっちゃダメだろ?
だが、家全部の広さを有効範囲にしたら魔石消費が多すぎてとてもじゃ無いが普通の所じゃ現実的には使えない」

魔術院で掘り出してきた既存の虫除けと殺虫の魔術回路の試作品を一通りタイプ毎に作りまくった俺たちは、アレクの知り合いにそれらをテストして貰う為に渡して一息ついたところで良い結果が出た魔術回路にどんな改善を加えるかについて話し合っていた。

方向性を決めたら、上位の結果が出た魔術回路を幾つか修正して再度テストして貰う予定だ。
普段だったら自分たちで改造した試作品を試すのだが、今回ばかりはテストは外注一択だ。
ちょっと無駄が生じるが・・・最初に開発を言い出したシャルロですら、自分たちでテストして時間(と経費)を節約しようとは言い出さなかった。

それはさておき。
既存の魔具は既に過去に市場で虫除けの香に負けた物なのだ。
負けた原因を見極めてそれを修正する必要がある。

「とは言え、そうそう大幅に魔力効率を改善するのは無理じゃない?」
俺の言葉にシャルロが首を傾げながら応える。

「そう。
だから発想の転換で、設定した部屋の内部を虫除けの領域にするんじゃなくって、建物全部を結界で囲む様な形にして、その結界だけを虫除けにしたらどうだ?
で、1日に一回なりもっとなりの定期的な頻度で殺虫の魔術回路を起動させて、虫除けの結界状の膜を突破して入り込んだ虫を始末する。
これだったら家全体から虫を排除できる上に、魔石の消費も現実的な程度に抑えられると思わないか?」
試してみない事には確実な事は分からないが、虫除けの領域を膜の分だけにすれば魔力消費量はかなり削れるので展開範囲を家屋全体に広げることも可能なのでは無いだろうか。

最初の『安価版には殺虫の魔術回路はつけない』案とは違ってきたが、色々試作品を作ったからこそ、今までと同じ路線では劇的な改善は難しいと思えてきた。だからがっつりやり方を変えてみるのだ。

「膜状の虫除けか。
どの程度の厚さがあれば平均的な虫が突破しないのかにもよるが、上手くいく可能性はあるかもだな」
何やら紙の上に色々数字を書いて計算していたアレクが頷いた。

・・・もしかして、結界形の膜にした場合の領域体積を計算したのか???
流石数字に強いアレクだ。

「でも、勢い良く飛んでるハエとかは虫除けに突っ込んでもそのまま突っきっちゃいそう」
シャルロが微妙そうな顔で言う。

「少数の蝿だったら定期的に発動する殺虫の魔道具起動で死ぬまで我慢できるんじゃないかな?
香だって完全に蝿を排除できる訳じゃあ無いし。
ただ、ゴキブリや百足は絶対に入ってきたらダメだし、蚊も刺されたら後々まで痒いから排除必須だけど」
蝿程度だったら、例え卵を産もうが蛆虫も殺虫の魔術回路で殺せるのだ。

あまり数が多いと『この魔具ダメじゃん』と言うか印象を与えてしまうので例外と言える程度に少数に抑える必要はあるが。

「まずは結果の良かった魔術回路の虫除けの範囲を薄い壁の様な形にした際に確実にゴキブリと百足を排除できる強度を確認して、それを突っ切ってしまう蝿がどの程度いるかをテストして必要に応じて改造と言ったところかな?」
アレクが何かを紙に書き込みながら話を纏める。

「まあ、最終的にどの魔術回路を使うか見極める為にも、薄い形にした試作品のテストを頼んでみてどうなるか確認しようぜ」
それなりの数の試作品を作りまくったのだ。
それらがどの程度効果があるかを確認しないと。

・・・最初の試作品のテストが終わるまで、シェイラの所に遊びに行こうかな?

◆◆◆

【13日】

残念ながら、遊ぶ前にまず膜状に虫除け領域を作動させる為の試行錯誤が必要であり、これは想像以上に時間が掛かることが判明した。
お陰でシェイラの所へ遊びに行くのは無理だった。非常に残念だ。

「部屋単位で有効範囲を指定できるんだし、展開する形とか厚みも指定できるのに、膜状だとダメだんてなんで??!」
シャルロがため息を吐いてペンを投げ出し、立ち上がってお茶セットの方へ向かった。
どうやら気分転換にお茶休みにするつもりの様だ。

俺も起動しなかった魔具を机の上に放置して立ち上がり、ソファへ移動して身を投げ出した。
「だよなぁ。
四方の壁に触れさせたらそこを範囲指定出来るとか、最初から部屋を定義しておけば入り口のマーカーに触れるだけで指定出来るとか、使い勝手を少しでも良くする為にかなり工夫されているのに、防御結界みたいな膜状に展開する方法がないなんて思いもしないだろ、普通」

お陰でシェイラの所に遊びに行く予定はおじゃんだ。

「防御結界の魔術回路を研究して、膜状の魔力効果の展開がどの部分で起きてるか確定させてから組み込むしかないな」
溜め息を吐きながらアレクも作業机の前から立ち上がり、棚の上からクッキー缶を取ってきた。

「でも、成功すれば斬新な工夫になるから、きっと売れるよ!」
茶葉を蒸したポットを傾けてお茶を注ぎながら、気分を持ち直したらしきシャルロが明るく言った。

「成功すれば、な。
まあ、今まで作った試作品の効果を試してもらうのにそれなりに時間がかかっている様だから、その間に防御結界の魔術回路解明をすれば丁度いいと考えよう」

とは言え。
防御結界に単に虫除けを乗せるだけでは風まで遮ってしまうので、暑い時期に需要が高まる傾向が高い虫除けには向かない。
なので形は防御結界だが空気の通過を阻害しない膜状の『結界もどき』を虫除けで展開する必要がある。

どうせなら虫だけ通さない結界を展開できれば更に良いのだが、一般的にうろついている虫の種類が多すぎて登録しきるのは無理だ。
かと言ってサイズ指定して馬鹿でかい虫が素通りできる様になっても困る。
基本的にペットサイズの虫なんて殆ど居ないはずだが、以前の遺跡で襲ってきたゴキブリっぽい虫は個体によっては小柄な猫のサイズぐらいはあった。

異常事態が起きた時に異常な虫を素通りさせてしまうのはダメだろう。
・・・膜状の虫除けが猫サイズの虫に効くかどうかは不明だが。
それでも完全に範疇外として素通りさせる設定よりはマシな筈だ。

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