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卒業後
580 星暦555年 萌黄の月 20日 意外な依頼(2)
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術で長の記憶を刺激して映し出している映像には、若い女性が大きな細工箱を開けている姿が見える。
一度開けた後に今度は小さな子供の手がそれを開けているので、この子供が長なんだろうなぁ。
子供だった長にとってはこの細工箱はこんなに大きく見えたのか。
何か眩しい物を見るかのような表情で映像を眺める長から目をそらし、俺は部屋の中を漠然と見回した。
メルタル師の研究の試作品には映像だけでなく声を再現できる魔道具もあったのだが、結局魔石の消耗が激しすぎることでメルタル師(そして俺達も)は最終的な魔道具から音声を排除していた。
お蔭で顔をそらせば長のプライベートな記憶に踏み込まなくて済むのは助かるが・・・長としては出来れば母親の声も記録したかったんだろうなぁ。
まあ、しょうがない。
考えてみたら、俺も昔の記憶を術で刺激して両親の映像を記録することが可能なのか。
とは言え、どの場面の記憶を呼び出すかが問題だが。
下町に住んでいた貧しい家族だったからあまり特別な祝いとかってなかったからなぁ。
漠然と『両親が生きていた時の夕食』というような条件では記憶を刺激するのは難しい。
まあ、そのうち何か思いだしたら試してみよう。
そんなことを適当に考えていたら、暫くしたら術が終わったのが感じられたので長の方へ向き直る。
机の上にあった細工箱が開いていた。
お。
良かった、ちゃんと目的は達成できたんだな。
今更母親からもらった指輪を取り出せて何の役に立つのかは知らんが。
指輪を送りたい恋人とか娘とか、いるんかね?
そんなことを考えていたら、指輪を箱に戻した長が顔をあげた。
「助かった。
ありがとう」
「いえいえ、別に単なる依頼ですから」
ちゃんと金も貰ったし。
箱を開け終わったからか、長がワインを取り出して注ぎだした。
こちらにも注いでくれたが・・・まだ朝なんだよねぇ。さっきのお茶のお代わりの方が個人的にはありがたかったかも。
「ちなみに、この記憶を映像として記録できる魔道具はどのくらい危険なのだ?」
魔道具を指さしながら長が尋ねてきた。
やっぱり気になりますか~。
まあ、元々は捜査道具として売り出そうと思っていたからねぇ。
「捜査が一通り終わって審議や裁判になった際の証拠としてはあまり効果はありませんよ。
使う前に目撃者に色々吹き込めば、かなり簡単に記憶を誘導できちゃうんで捜査の証拠としては使えないので。
販売する際にその点は説明していますし、使用説明書にも注意書きがあるので証拠として使おうとする調査員はいないのでは?」
まあ、使用説明書の注意書きをちゃんと読む人間がどの位いるかは知らないが。
「だが、目撃者の証言を映像化できるから捜査が捗る可能性は高いのだろう?」
長がワインのグラスをこちらに渡しながら聞いてきた。
そりゃあねぇ。
「別に、この魔道具を使わなくったって魔術師を雇えば目撃者の見た記憶を映像として投射することは以前から可能でしたよ?
記録は出来なかったのでその場限りのことになるから大々的に人探しとかの場合の参考資料として使えませんでしたが」
そこまで大掛かりな事件だったらどうせ適当に誰かに罪が着せられてさっさと『解決』しちまうから、あまり違いは無いだろう。
まあ、どっかの高位貴族の子供が誘拐されたとかで大々的に目撃情報を集めて人海戦略で人探しするような状況になったら話は別だろうが、そういう大きな事件には盗賊《シーフ》ギルドは関与しないし。
「ふむ。
だが、『見ていない』としらを切りにくくなるのではないか?」
長が考え込むように尋ねた。
まあねぇ。
下町で事件があった時って捜査する人間が傍に居た人間に話を聞いても、大抵は『何も見てません』としか答えは来ないからな。
下手に解決に役立つような状況を提供して後で報復されたら困るし、審議官が出てくるような事件じゃない限り、警備兵が適当に袖の下を受け取って誰かに罪を被せるか、『犯人不明』ということで倉庫入りされるかどちらかなんだし。
馬鹿正直に見た情報を話す人間なんぞ下町にはいない。
「警備兵が捜査に魔道具を使えるほどの予算があることはまず無いのでは?
審議官が出てくるような事件だったらまあ確かに証言が集まりやすくなるかもしれませんが・・・そんな事件だったらさっさと真相が明らかになった方が周囲への被害が少なくて良いでしょう」
審議官だったら今だって必要に応じて魔術院から協力を得られるのだし。
まあ、魔術師を雇えば目撃者の記録を映像化して第三者が見ることが可能だということを審議官が知っているかどうかは分からんが。
ワインを口に含んでゆっくりと味わいながら、長が首を少し傾げた。
「考えてみたら、魔術師を簡単に雇えない裏ギルドにとっての方がこの魔道具は役に立つかもしれんな。
要は『見ていない』と嘘をつけなくなるのだろう?」
裏ギルドだって内部の裏切りとかちょっとした裏社会でのメンバー同士の闘争などの際に、事件の真相を調査をする必要が生じる場合もある。
裏ギルドの情報収集力で十分足りることが多いのだが、確かに映像魔道具を使ったら手っ取り早く問題が解決できるかもな。
内部の裏切りの場合なんかは『目撃者』が嘘をつく可能性がそこそこあるのだし。
「まあ、自分を騙すのが上手い妄想タイプ以外の目撃者だったらそうですね。
変に事前情報を与えて目撃者の記憶を歪めないように気を付ければそれなりに役に立つかもしれません」
調査する人間が当事者に繋がっていたら調べた結果が信頼できなくなるのは別に魔道具があろうとなかろうと変わりはないからな。
ふむ。
調査機関には売り込めないと思っていたが、裏ギルドの内部調査に活用されるかもというのはちょっと想定外だったな・・・。
一度開けた後に今度は小さな子供の手がそれを開けているので、この子供が長なんだろうなぁ。
子供だった長にとってはこの細工箱はこんなに大きく見えたのか。
何か眩しい物を見るかのような表情で映像を眺める長から目をそらし、俺は部屋の中を漠然と見回した。
メルタル師の研究の試作品には映像だけでなく声を再現できる魔道具もあったのだが、結局魔石の消耗が激しすぎることでメルタル師(そして俺達も)は最終的な魔道具から音声を排除していた。
お蔭で顔をそらせば長のプライベートな記憶に踏み込まなくて済むのは助かるが・・・長としては出来れば母親の声も記録したかったんだろうなぁ。
まあ、しょうがない。
考えてみたら、俺も昔の記憶を術で刺激して両親の映像を記録することが可能なのか。
とは言え、どの場面の記憶を呼び出すかが問題だが。
下町に住んでいた貧しい家族だったからあまり特別な祝いとかってなかったからなぁ。
漠然と『両親が生きていた時の夕食』というような条件では記憶を刺激するのは難しい。
まあ、そのうち何か思いだしたら試してみよう。
そんなことを適当に考えていたら、暫くしたら術が終わったのが感じられたので長の方へ向き直る。
机の上にあった細工箱が開いていた。
お。
良かった、ちゃんと目的は達成できたんだな。
今更母親からもらった指輪を取り出せて何の役に立つのかは知らんが。
指輪を送りたい恋人とか娘とか、いるんかね?
そんなことを考えていたら、指輪を箱に戻した長が顔をあげた。
「助かった。
ありがとう」
「いえいえ、別に単なる依頼ですから」
ちゃんと金も貰ったし。
箱を開け終わったからか、長がワインを取り出して注ぎだした。
こちらにも注いでくれたが・・・まだ朝なんだよねぇ。さっきのお茶のお代わりの方が個人的にはありがたかったかも。
「ちなみに、この記憶を映像として記録できる魔道具はどのくらい危険なのだ?」
魔道具を指さしながら長が尋ねてきた。
やっぱり気になりますか~。
まあ、元々は捜査道具として売り出そうと思っていたからねぇ。
「捜査が一通り終わって審議や裁判になった際の証拠としてはあまり効果はありませんよ。
使う前に目撃者に色々吹き込めば、かなり簡単に記憶を誘導できちゃうんで捜査の証拠としては使えないので。
販売する際にその点は説明していますし、使用説明書にも注意書きがあるので証拠として使おうとする調査員はいないのでは?」
まあ、使用説明書の注意書きをちゃんと読む人間がどの位いるかは知らないが。
「だが、目撃者の証言を映像化できるから捜査が捗る可能性は高いのだろう?」
長がワインのグラスをこちらに渡しながら聞いてきた。
そりゃあねぇ。
「別に、この魔道具を使わなくったって魔術師を雇えば目撃者の見た記憶を映像として投射することは以前から可能でしたよ?
記録は出来なかったのでその場限りのことになるから大々的に人探しとかの場合の参考資料として使えませんでしたが」
そこまで大掛かりな事件だったらどうせ適当に誰かに罪が着せられてさっさと『解決』しちまうから、あまり違いは無いだろう。
まあ、どっかの高位貴族の子供が誘拐されたとかで大々的に目撃情報を集めて人海戦略で人探しするような状況になったら話は別だろうが、そういう大きな事件には盗賊《シーフ》ギルドは関与しないし。
「ふむ。
だが、『見ていない』としらを切りにくくなるのではないか?」
長が考え込むように尋ねた。
まあねぇ。
下町で事件があった時って捜査する人間が傍に居た人間に話を聞いても、大抵は『何も見てません』としか答えは来ないからな。
下手に解決に役立つような状況を提供して後で報復されたら困るし、審議官が出てくるような事件じゃない限り、警備兵が適当に袖の下を受け取って誰かに罪を被せるか、『犯人不明』ということで倉庫入りされるかどちらかなんだし。
馬鹿正直に見た情報を話す人間なんぞ下町にはいない。
「警備兵が捜査に魔道具を使えるほどの予算があることはまず無いのでは?
審議官が出てくるような事件だったらまあ確かに証言が集まりやすくなるかもしれませんが・・・そんな事件だったらさっさと真相が明らかになった方が周囲への被害が少なくて良いでしょう」
審議官だったら今だって必要に応じて魔術院から協力を得られるのだし。
まあ、魔術師を雇えば目撃者の記録を映像化して第三者が見ることが可能だということを審議官が知っているかどうかは分からんが。
ワインを口に含んでゆっくりと味わいながら、長が首を少し傾げた。
「考えてみたら、魔術師を簡単に雇えない裏ギルドにとっての方がこの魔道具は役に立つかもしれんな。
要は『見ていない』と嘘をつけなくなるのだろう?」
裏ギルドだって内部の裏切りとかちょっとした裏社会でのメンバー同士の闘争などの際に、事件の真相を調査をする必要が生じる場合もある。
裏ギルドの情報収集力で十分足りることが多いのだが、確かに映像魔道具を使ったら手っ取り早く問題が解決できるかもな。
内部の裏切りの場合なんかは『目撃者』が嘘をつく可能性がそこそこあるのだし。
「まあ、自分を騙すのが上手い妄想タイプ以外の目撃者だったらそうですね。
変に事前情報を与えて目撃者の記憶を歪めないように気を付ければそれなりに役に立つかもしれません」
調査する人間が当事者に繋がっていたら調べた結果が信頼できなくなるのは別に魔道具があろうとなかろうと変わりはないからな。
ふむ。
調査機関には売り込めないと思っていたが、裏ギルドの内部調査に活用されるかもというのはちょっと想定外だったな・・・。
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