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卒業後
577 星暦555年 萌黄の月 2日 映像魔道具の進歩形?(4)
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「特許料?
この術は昔から存在する術じゃよ。
儂は単に、記憶は変容しやすいものであるということを証明したかっただけじゃ。
刺激する術を使えばより正確な記憶を呼び起こせると主張する者もおったのでそれを検証した結果を発表しただけだ」
以前に学会で記憶を刺激して呼び起こす術に関する研究を発表した魔術師の詳細を魔術院でアンディに教えて貰い、話を聞きに来たところ・・・どうやらその老魔術師は暇だったのか非常に協力的だった。
本当は学会に提出された資料を読むだけで何とかならないかと期待していたのだが、いかんせん資料がおざなりで短かった為、諦めて本人に話を聞きに来たのだ。
魔術師によっては何十年後になろうとも資料を読めば研究結果がすぐさま理解できるような素晴らしい資料を準備する人間もいるらしいのだが、大多数は自己満足の為の発表であり、後世の人間が研究結果を見直すことは全く頭にないような資料しか提供しないというのが魔術院の頭痛の種だとアンディが言っていた。
まあねぇ。
自己満足の為に研究結果を発表するような偏屈魔術師が、他の人間が見てわかりやすいような資料を準備して提供する訳がないよねぇ。
一応、非常に優れていて魔術院の記録として取っておくべきと認められた研究に関しては後から魔術院の職員がその魔術師の元へ訪れて補足資料を作成するらしいが・・・古い記憶を刺激する術の誘導性に関する研究はそれには値しなかったらしい。
「でも、古い記憶を刺激して思い出させる術なんですよね?
より正確に思い出せるようになりません?」
シャルロがメイドからお茶を受け取りながら尋ねた。
「確かにの。
術をかける人間が余計なことを言わずに根気よく相手の記憶の時間を巻き戻して刺激を与えるだけにすれば良いのだが、記憶というのはあやふやなものだからな。
例えば、『20年前の父親との会話』の記憶の記憶を刺激しようとして同時期にあった『兄との会話』の記憶を代わりに刺激してしまうこともある。
まあ、時間をかけて繰り返していけば最終的にはちゃんと目的の記憶にぶち当たるはずなのじゃが・・・何度も空打ちするのは術者の方も疲れるからな。
大抵の場合はその記憶を呼び起こすような周辺の事情やら関連する事実とかをきっかけにしようと余計な言葉をかけてしまうんじゃ」
茶請けのクッキーに手を伸ばしながら老魔術師が答えた。
「関連する事実をきっかけとして提供してはいけないのですか?」
アレクが首をかしげて尋ねる。
「関連する事実というのは必ず何か意味を持つ。
意味を持てばそれが何らかの色を加えるんじゃ。
例えば、5年前の殺人事件に関連する目撃者かもしれない人間に話を聞くとする。
ただ単に、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った男のことを描写してくれ』と聞いた場合と、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った怪しげな男のことを描写してくれ』というのと、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った人間のことを描写してくれ』という場合では、内容が変わることがあるのじゃ。
『怪しげな男』という言葉が付け加えられた場合、『こそこそとして危険そうな男』の記憶がよみがえってくることが多いのだが、『すれ違った人間』と聞いたら夫に浮気された近所の主婦をすれ違ったということを思い出すこともある。
どうでもいい記憶というのは色々と脚色されてしまうのじゃよ」
と老魔術師が答えた。
「同じ晩の記憶でも、違う言葉を使って記憶を刺激すると違った記憶が思い出されるんですか?」
思わず聞き返した。
そうじゃなければ比較実験なんぞ出来んが・・・一度思い出した記憶はそれで上書きされちゃうんじゃないのか??
老魔術師がため息をついた。
「ある意味、どうでもいい記憶だと何度か違う言葉で刺激しなおしても違う記憶がよみがえってくるのじゃが・・・それなりに重要な記憶だと本人が認識してしまった場合だと、変に誘導されて呼び起こされた記憶が本来の記憶を上書きしてしまうので、どうしようもなくなる。
だから単に『術の正確性の実証実験だ』と言って尋ねる分にはそれなりに何度かやり直しが出来るのだが、下手に『古い殺人事件の捜査だ』なんて言ってしまった場合はちょっとした言葉が取り返しのつかない記憶の上書きに繋がりかねん。
だからあの術は事件の捜査には使うべきではないと注意喚起しておいたが・・・」
へぇぇ。
魔術がかかわってしまった記憶というのは事件の捜査には使うのは危険だと言うのは既に注意喚起されているのか。
まあ、実際には魔術も関係なく、変な質問の仕方をされてしまった目撃者の記憶そのものが使い物にならないというところなんだろうなぁ。
俺が関与するような事件は基本的に裏帳簿を見つけるというようなのが多いから、人の記憶なんぞどうせ関係ないが・・・いつか、人の目撃情報を元に何かを探さなければならないようなことになった時には細心の注意を払うことにしよう。
「僕たちは祖父母たちの昔の結婚式の記憶とかを呼び起こして映像を魔石に記録できないかと試そうとしているんですが、それだったら大丈夫ですよね?」
気を取り直したシャルロが尋ねた。
「結婚式?
それこそ、楽しい思い出だけを思い出すように細心の注意を払って誘導するのだな。
大抵の結婚式というのは義理の母親との意見の衝突や、披露宴での酔っ払いの騒ぎなんぞといった悪い思い出がそこそこ大量にあるぞい。
下手な方向に刺激を与えると悪い思い出ばかりが鮮明になるかもしれんから、気を付けるのじゃな」
老魔術師が笑いながら言った。
・・・苦労したみたいだねぇ。
まあ、確かにシャルロだって先月はそれなりにいつもよりも機嫌が悪かった気がするから、ストレスが色々あったのかも?
この術は昔から存在する術じゃよ。
儂は単に、記憶は変容しやすいものであるということを証明したかっただけじゃ。
刺激する術を使えばより正確な記憶を呼び起こせると主張する者もおったのでそれを検証した結果を発表しただけだ」
以前に学会で記憶を刺激して呼び起こす術に関する研究を発表した魔術師の詳細を魔術院でアンディに教えて貰い、話を聞きに来たところ・・・どうやらその老魔術師は暇だったのか非常に協力的だった。
本当は学会に提出された資料を読むだけで何とかならないかと期待していたのだが、いかんせん資料がおざなりで短かった為、諦めて本人に話を聞きに来たのだ。
魔術師によっては何十年後になろうとも資料を読めば研究結果がすぐさま理解できるような素晴らしい資料を準備する人間もいるらしいのだが、大多数は自己満足の為の発表であり、後世の人間が研究結果を見直すことは全く頭にないような資料しか提供しないというのが魔術院の頭痛の種だとアンディが言っていた。
まあねぇ。
自己満足の為に研究結果を発表するような偏屈魔術師が、他の人間が見てわかりやすいような資料を準備して提供する訳がないよねぇ。
一応、非常に優れていて魔術院の記録として取っておくべきと認められた研究に関しては後から魔術院の職員がその魔術師の元へ訪れて補足資料を作成するらしいが・・・古い記憶を刺激する術の誘導性に関する研究はそれには値しなかったらしい。
「でも、古い記憶を刺激して思い出させる術なんですよね?
より正確に思い出せるようになりません?」
シャルロがメイドからお茶を受け取りながら尋ねた。
「確かにの。
術をかける人間が余計なことを言わずに根気よく相手の記憶の時間を巻き戻して刺激を与えるだけにすれば良いのだが、記憶というのはあやふやなものだからな。
例えば、『20年前の父親との会話』の記憶の記憶を刺激しようとして同時期にあった『兄との会話』の記憶を代わりに刺激してしまうこともある。
まあ、時間をかけて繰り返していけば最終的にはちゃんと目的の記憶にぶち当たるはずなのじゃが・・・何度も空打ちするのは術者の方も疲れるからな。
大抵の場合はその記憶を呼び起こすような周辺の事情やら関連する事実とかをきっかけにしようと余計な言葉をかけてしまうんじゃ」
茶請けのクッキーに手を伸ばしながら老魔術師が答えた。
「関連する事実をきっかけとして提供してはいけないのですか?」
アレクが首をかしげて尋ねる。
「関連する事実というのは必ず何か意味を持つ。
意味を持てばそれが何らかの色を加えるんじゃ。
例えば、5年前の殺人事件に関連する目撃者かもしれない人間に話を聞くとする。
ただ単に、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った男のことを描写してくれ』と聞いた場合と、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った怪しげな男のことを描写してくれ』というのと、『5年前の翠の月の半ば頃の半月の晩に仕事の帰りにすれ違った人間のことを描写してくれ』という場合では、内容が変わることがあるのじゃ。
『怪しげな男』という言葉が付け加えられた場合、『こそこそとして危険そうな男』の記憶がよみがえってくることが多いのだが、『すれ違った人間』と聞いたら夫に浮気された近所の主婦をすれ違ったということを思い出すこともある。
どうでもいい記憶というのは色々と脚色されてしまうのじゃよ」
と老魔術師が答えた。
「同じ晩の記憶でも、違う言葉を使って記憶を刺激すると違った記憶が思い出されるんですか?」
思わず聞き返した。
そうじゃなければ比較実験なんぞ出来んが・・・一度思い出した記憶はそれで上書きされちゃうんじゃないのか??
老魔術師がため息をついた。
「ある意味、どうでもいい記憶だと何度か違う言葉で刺激しなおしても違う記憶がよみがえってくるのじゃが・・・それなりに重要な記憶だと本人が認識してしまった場合だと、変に誘導されて呼び起こされた記憶が本来の記憶を上書きしてしまうので、どうしようもなくなる。
だから単に『術の正確性の実証実験だ』と言って尋ねる分にはそれなりに何度かやり直しが出来るのだが、下手に『古い殺人事件の捜査だ』なんて言ってしまった場合はちょっとした言葉が取り返しのつかない記憶の上書きに繋がりかねん。
だからあの術は事件の捜査には使うべきではないと注意喚起しておいたが・・・」
へぇぇ。
魔術がかかわってしまった記憶というのは事件の捜査には使うのは危険だと言うのは既に注意喚起されているのか。
まあ、実際には魔術も関係なく、変な質問の仕方をされてしまった目撃者の記憶そのものが使い物にならないというところなんだろうなぁ。
俺が関与するような事件は基本的に裏帳簿を見つけるというようなのが多いから、人の記憶なんぞどうせ関係ないが・・・いつか、人の目撃情報を元に何かを探さなければならないようなことになった時には細心の注意を払うことにしよう。
「僕たちは祖父母たちの昔の結婚式の記憶とかを呼び起こして映像を魔石に記録できないかと試そうとしているんですが、それだったら大丈夫ですよね?」
気を取り直したシャルロが尋ねた。
「結婚式?
それこそ、楽しい思い出だけを思い出すように細心の注意を払って誘導するのだな。
大抵の結婚式というのは義理の母親との意見の衝突や、披露宴での酔っ払いの騒ぎなんぞといった悪い思い出がそこそこ大量にあるぞい。
下手な方向に刺激を与えると悪い思い出ばかりが鮮明になるかもしれんから、気を付けるのじゃな」
老魔術師が笑いながら言った。
・・・苦労したみたいだねぇ。
まあ、確かにシャルロだって先月はそれなりにいつもよりも機嫌が悪かった気がするから、ストレスが色々あったのかも?
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