シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
上 下
203 / 1,038
卒業後

202 星歴553年 藤の月30日 疑問(2)

しおりを挟む
「まずは雪どけの術を領主の館から街の中央までの道全部に掛けて下さい。
それが終わったら通常の商会等からの防犯や固定化の術の依頼が来ていますのでもう一度来ていただけると助かります」
商業協会で言い渡された依頼はかなりの量だった。
幾ら小さめな街とは言え、南西の小高い地域の一番上にある館から街中まで、馬で半刻は掛るだろう。
それだけの距離を実質完全に新しく雪解けの術を掛けるにはかなりの魔力を必要とする。
毎年掛け直しているだけだったら魔力を多少足す程度で済むから何とかなるが、先程ちらっと見た限りでは昔の術は魔力が殆ど残っていない。術そのものがボロボロになっているからそれを活用するよりは、変に干渉しないように消してから掛け直さなければいけないぐらいだからかえって余計に手間が掛る。

「それを数日で終わらせて、更に通常の依頼を受けるのは難しいですね」
アレクもあきれたように係員に言った。

「出来れば今日中に終わらせて欲しいとのことなんです。
何でも、若い方達が街へ出てきたいと言っているらしくて。
以前、毎年掛けていた頃は一日で終わっていたのだから何とかなるだろうと」
すまなそうに肩をすくめながら係員のベルツが答える。

「そんな事言ったって、昔は毎年掛けていた術の補強だけだったんだろ?もうずっと掛けていなくて途切れ途切れになった術なんて補強する方が大変だから全部かけ直しだ。
そんなに直ぐには・・・」

「何をちんたらしている!!お前達が魔術師か!早く取りかかれ!!」
俺が係員に問題点を指摘しようとしていたら、突然後ろから怒鳴られた。

振り返ったところに来たのは何やらでぶっちい中年男。
妙に金の掛るアクセサリーをしている癖に服だけは実用的な物を着ている。

「若君達が街に出たいと言っているのだ!さっさと術を掛けろ!今日中に終わらなければ夜通しでも掛けてやれば良いだろう。
終わるまで宿に入れると思うなよ!」
突然脅迫をし始めた男に俺とアレクがあっけにとられていると、ベルツが慌てて前に出てきた。
「代官殿!無茶を言わないで下さい。
久しく掛けていなかったのでかなりの魔力を必要とするのです。
魔力が尽きてしまったら宿で休まなければどうしようも無いのですから無理なことを仰らないで下さい」

ほう。
これが代官ね。
いきなりこっちを脅してきて、かなりむかついたんだけど。
こんなのを代官に指名している時点でシャルロの親戚の評価が大分下がるな。

「・・・毎年術を掛けてあったら魔力を更新するだけなので一日で終わったのですけどね。
今では殆ど術が切れていて新しくかけ直さなければなりません。何故ずっとかけていなかったのですか?以前は掛けていたようにお見受けしますが」
アレクがさりげなく尋ねた。

代官の顔が怒りで真っ赤になった。
「煩い!お前達はさっさと言われたとおりに作業すればいいんだ!
魔術院を卒業したばかりの若造のくせに何をぐちゃぐちゃ言っている!
何だったら宿屋にお前らの荷物を放り出すように指示してもいいのだぞ」

思わず言い返そうとした俺の腕をつかんでアレクが止めた。
「分かりました。私たち2人では厳しいですが、宮廷魔術師にもなれるのでは、と言われるほどの魔力を持つ友人も来ているので彼にも手伝って貰って終わらせます」

「ふん、分かれば良いのだ、分かれば。さっさとぐちゃぐちゃ言わずに取りかかるのだな」
軽く頭を下げたアレクに代官が満足そうに鼻を鳴らしながら捨て台詞を吐いて出て行った。

「・・・なんであの代官、あんなに偉そうなの?
街の人間ならまだしも、魔術院から派遣された魔術師にあの態度って非常識じゃ無い??」
思わずベルツに尋ねた。

「領主一族と何らかのやり取りをする機会がある人にはまともな対応をするのですがね。ここ数年来た魔術師は若い人が多くて何か言ってきても威圧も報復もしなかったから、魔術師も『領主一族と縁の無い人間』に分類されてしまったようですね」
微妙な顔をしながらベルツが説明した。

「まあいいや、取り敢えず、シャルロに連絡しよう」
術を掛ける地区の地図を貰いながらアレクが出口へ向かって歩み始める。

「清早いる?」
清早がいるなら蒼流に連絡して貰えばもっと早く内容を伝えられる。

「なんだ?」
ぴょいっと清早が姿を現した。
「ちょっとここの代官に無茶ぶりされて魔力が大量に必要な作業を今日中に終わらせないと宿を追い出すと脅されたんだ。だからシャルロにも助けて欲しいって蒼流から伝えて貰えるかな?」

「なんだそれ。ぶっつぶしてやろうか、そんな事を言う奴!」
清早の顔に怒りが浮かぶ。

「大丈夫だよ。これ以上無いぐらいに相手には後悔して貰うから。取り敢えずシャルロには周りにあまり説明せずに、友人から呼び出しがあったとでも言って出てきてくれと伝えてくれるか?」
アレクがにこやかに清早を宥めた。

おい。
その笑い、怖いぞ。
まあ、ベルツの引きつった顔を見る限り、俺の笑いも怖いことになっているかもだけど。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...