シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
上 下
197 / 1,118
卒業後

196 星暦553年 藤の月 1日 防寒

しおりを挟む
「おや、アレクは?」
年末の騒ぎの酒がまだ完全に抜けず微妙にぼ~とした気分で食堂におりて来たら、シャルロしかいなかった。

何度も食事を作らせるのはパディン夫人に悪いから、基本的にうちでは三食は決まった時間に出され、それに間に合わなかった人間は自分で冷めた食事を温め直すことになっている。
やはり作りたての方が美味しいので食事時のなると3人が集まることが多いのだが、今日はアレクの姿が見当たらなかった。

「折角の新年だから、ラフェーンと朝陽を楽しみに出かけたみたい」
お茶を飲んでいたシャルロがぴらぴらとメモを振りながら答えた。

お茶。
あれはいい。
二日酔いにも水分を沢山取るのはいいと言うし。

ということでお茶を自分用にも注ぎながら、外を見やる。

「まあ、良い感じに晴れているけど。寒くないんかね?」
魔術師になったことで贅沢に魔石を使って家を暖かくし、朝ベッドから出てきても寒くない環境を享受できるようになった。
盗賊シーフとして働かなくなったお陰で何時間も寒い中、外で家人が寝静まるのを待つ必要もなくなった。

だが。
それでも真冬に外を出歩けば寒いことには変わりない。
まあ、子供の頃の薄っぺらい上着とは比べものにならないぐらい質の良いコートを着られるようになっただけましだけど、それでも乗馬(ユニコーンだけど)というのはかなり飛ばさない限りそれほど体を動かさないから寒いだろう。

「え~、適当に結界を張って、加熱すれば大丈夫でしょ」
のんびりと手元の本のページをめくりながらシャルロが答えた。

いやいや。
それはお前さんみたいに特に有能かつ魔力のある魔術師に関してだけだよ。
停止状態ならまだしも、動いている馬(ユニコーン)の上でそういう状態魔術をキープするのってそれなりに大変だぞ??

バタン!!
どう突っ込みを入れるか考えている間に、玄関の扉が勢いよく開いた。
「寒い!!!!」

コートをラックに投げだし、手をこすりながらアレクがティーポットへ直行した。
「ほら言ったろ? 常識的には寒いんだよ、冬の遠乗りって」

お茶を手に、アレクが振り返った。

「携帯できる加熱型魔具を作ろう!」

ははは。
まあ、今取りかかっているものはないから、別にいいけど。

本を閉じたシャルロが考えながら何か答えようとしたときに、台所からパディン夫人が顔を出した。
「朝食が出来ましたよ」

「は~い」「「はい」」

一通りベーコンやらパンやら卵を食べ終わり、おなかも満足したところで話を再開。
「だけど、遠乗りに行ったら確かに寒いが、体を動かしていればそれなりに暖まるのに需要があるかね?」
寒いさなか仕事をしなければならない人間は体を動かしていることで、それなりに暖まる。
まあ、警備をしている人間とかはあまり動き回らないかもしれないが、警備兵に暖まるための魔具を買い与えるぐらいなら、チームに一つ通話用魔具を買うのではないだろうか。

「遠乗りに行ったら寒い」
きっぱりとアレクが言い切る。

「まぁ、冬でも時々馬の運動をしてあげないと可哀想だしねぇ。携帯できる加熱型魔具があれば、天気が良い日に散歩に行ったりしても良いだろうし」
のんびりとシャルロも相づちをうった。

「あったら便利だろうが......最初に流行させないと態々金持ち連中が買うとも思えないぜ。それなりに実用的に必要な人間が買って、『いい』って評判になったらもっと高い金持ち用贅沢バージョンも売れるかもしれないが、まずは実用的に必要な人間が買える値段で売り出せないとだめじゃないか?」
商会の運送馬車の御者用にでも売り出すかね?

だが、それでも今まで無しでも極端に問題は無しに配達が出来てきたのだ。
態々お金を出して新しいタイプの加熱型魔具に商会が投資するだろうか?

それなりに余裕のある層が『これは良い』と気がつけば売れるようになるだろうが、イマイチどうやったら売り込めるのか、想像が出来ない。

「ま、いいじゃん。空滑機グライダーに乗るときにも暖かいし。結局機体に暖房つけようって言っていてまだしてないんだから、ついでにこれで一石二鳥だよ。売れたらラッキーって感じで、とりあえずは自分たち用に作ろうよ」
のんびりとシャルロが提案した。

さては、ケレナとの遠乗り用に欲しいな?

ま、俺も時々変な依頼のせいで外で身を潜める羽目になりかねないからな。
あっても悪くは無いか。

「そうだな、考えてみたら冬は空滑機グライダーをレンタルする人に無料で貸したら口コミで買いたいという人も出るかもしれないし」

お茶のお代わりを注ぎながらアレクがうんうんと頷いていた。



しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

国外追放だ!と言われたので従ってみた

れぷ
ファンタジー
 良いの?君達死ぬよ?

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

豊穣の巫女から追放されたただの村娘。しかし彼女の正体が予想外のものだったため、村は彼女が知らないうちに崩壊する。

下菊みこと
ファンタジー
豊穣の巫女に追い出された少女のお話。 豊穣の巫女に追い出された村娘、アンナ。彼女は村人達の善意で生かされていた孤児だったため、むしろお礼を言って笑顔で村を離れた。その感謝は本物だった。なにも持たない彼女は、果たしてどこに向かうのか…。 小説家になろう様でも投稿しています。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

処理中です...