193 / 1,128
卒業後
192 星暦552年 橙の月 13日 防犯(6)
しおりを挟むアレクの視点が続いています
---------------------------------------------------------------------------------
「悪戯書きの被害が多くて困っているから、商会の荷馬車全てに否視の術をかけてくれって依頼されたんだ」
中年の魔術師、ダガル・クパーンが魔術院の職員の質問に答える。
私とセビウスは黙って尋問を眺めていた。
『ありそうな事か?』
兄の指が微かに動く。
交渉の場などでは、陣営内で相談する必要がある場合も多いが、それと知られずに出来る方がいい。
そこでシェフィート家の者は子供のころから手話を習ってきた。
まあ、相手も同じような技能を学んでいたらどうしようもないが、手を体で隠して動かすのは小声で囁き合うよりは注意を引かない。
家族に聾唖者がいない限りクパーンが手話が出来るとは思えないし。
『ありえなくはないが……単に否視を掛けさせるだけなら普通は駆け出しの安くて若い魔術師に掛けさせるだろう』
つまり態々それなりに高くつくだろう熟練した魔術師を雇う理由としては口止めも含めたアフターサービスを期待してのことではないだろうか。
とは言え、アバルダ・ダイデルドも同じ主張をしている以上、2人の間の契約書がどちらかの家からでも発見されない限りお手上げだ。
いくら名目上は騙されたとはいえ、魔術が犯罪に悪用されたということでこの魔術師は魔術院に被害相当額の罰金を払うことになるが、それだけだ。
また同じような事件で参考人として呼び出しをくらわない限り、この魔術師に対して出来ることは限られている。
犯罪に手助けしたことがばれた場合は魔術の能力を封じられることになるから、同じことに手を出すとしてもこの魔術師は魔術院に呼び出しをくらったらさっさと姿を消すだろう。
そういう人間が今度は裏社会で大っぴらに技能を売ることになるからかえって面倒なことになる。
これからもシェフィート家に反目する商会がこういう後ろ暗いことも平気で請け負う魔術師を雇う可能性は高いから、こいつにはさり気無く監視をつけておいた方がいいかもしれないな。
まあ、そういうことはセビウスの方が分かっているだろうけど。
幾つか他にも質問をしてきた魔術院の職員が、こちらに向いた。
「何かそちらから確認したい事項はありますか?」
「報酬は幾らでした?」
セビウスが尋ねる。
普通に否視の術を荷馬車にかける程度だったらせいぜい金貨1枚程度のはず。
そこでかなりの大金を払っていたとしたら何でそれだけ高い費用を払ったのかと言うことが疑問となる。
警備隊が尋問する場合に嘘を見出す術を掛けようと思ったら魔術師を雇わなければならないから、それなりに重要な場面でしか使わない。
だが、魔術院での尋問となれば当然コストはゼロだ。魔術師が不法行為をしていた場合の影響の大きさもあり、全ての尋問で嘘発見の術が掛けられている。都合のいい事実だけを述べて言い逃れることは可能だが、はっきりと尋ねられた質問に関しては嘘をつけない。
クパーンがちっと小さく舌打ちをした。
おいおい、聞こえているよ。
魔術院の職員の視線も厳しいものになって来ていた。
白か黒か分からない印象だったのが、かなり黒に近いグレーになったようだ。
「金貨5枚だ」
相場の5倍もの値段の仕事って普通の否視の他に何を含めていたんだろうね?
興味深いところだが、仕事として請け負ったのは本当に否視の部分だけなのだろう。嘘発見の下で尋問されても大丈夫なように後は自発的なボランティアのような形式にしているのだろうな。
「ほう。魔術師の相場と言うのは思っていたよりも高いのですね。
それはさておき。シェフィート家からの要請として、今後一切ダイデルド商会に関係する仕事を請け負うことが禁じられたことを全ての魔術師へ通知していただけますでしょうか?魔術の悪用が発覚したダイデルド商会は今後魔術を使うことは禁じられていますが、そのことを知らずに『誠意ある仕事ぶり』を再び悪用される魔術師の方が出ても困りますから」
セビウスがにこやかに魔術院の職員へ頼んだ。
魔術を悪用した場合、その人間もしくは団体は二度と魔術師を雇うことは禁じられる。
だが、これは現実としてはかなり難しい。
魔術師を雇えないということは、店舗や家への防犯用や防火用の術も掛けられないということになるのだ。例え既に術がかかっている建物を買ったとしても数年ごとに術を更新しなければ術の効力は下がる。現存の建物の術だってそれなりに定期的に更新する必要がある。
だから大抵の術に関しては『禁じられていることを知らなかった』というふりをして雇われる魔術師が多く、魔術院も見て見ぬふりをしているのが現実だ。
だが、魔術院が公式に禁じられていることを通知したとなればそれを『知らなかった』というふりは出来ない。この場合は本当に知らなくても善意は認められないのだ。
終わったな。
防犯用の術も掛けられないことが周知になったダイデルド商会はあっという間にありとあらゆるプロの盗賊から素人の泥棒に狙われることになる。
これでシェフィート商会に対して魔術を使った違法行為を仕掛けてくる商会は無くなるだろうな。
流石、セビウスだ。
---------------------------------------------------------------------------------
「悪戯書きの被害が多くて困っているから、商会の荷馬車全てに否視の術をかけてくれって依頼されたんだ」
中年の魔術師、ダガル・クパーンが魔術院の職員の質問に答える。
私とセビウスは黙って尋問を眺めていた。
『ありそうな事か?』
兄の指が微かに動く。
交渉の場などでは、陣営内で相談する必要がある場合も多いが、それと知られずに出来る方がいい。
そこでシェフィート家の者は子供のころから手話を習ってきた。
まあ、相手も同じような技能を学んでいたらどうしようもないが、手を体で隠して動かすのは小声で囁き合うよりは注意を引かない。
家族に聾唖者がいない限りクパーンが手話が出来るとは思えないし。
『ありえなくはないが……単に否視を掛けさせるだけなら普通は駆け出しの安くて若い魔術師に掛けさせるだろう』
つまり態々それなりに高くつくだろう熟練した魔術師を雇う理由としては口止めも含めたアフターサービスを期待してのことではないだろうか。
とは言え、アバルダ・ダイデルドも同じ主張をしている以上、2人の間の契約書がどちらかの家からでも発見されない限りお手上げだ。
いくら名目上は騙されたとはいえ、魔術が犯罪に悪用されたということでこの魔術師は魔術院に被害相当額の罰金を払うことになるが、それだけだ。
また同じような事件で参考人として呼び出しをくらわない限り、この魔術師に対して出来ることは限られている。
犯罪に手助けしたことがばれた場合は魔術の能力を封じられることになるから、同じことに手を出すとしてもこの魔術師は魔術院に呼び出しをくらったらさっさと姿を消すだろう。
そういう人間が今度は裏社会で大っぴらに技能を売ることになるからかえって面倒なことになる。
これからもシェフィート家に反目する商会がこういう後ろ暗いことも平気で請け負う魔術師を雇う可能性は高いから、こいつにはさり気無く監視をつけておいた方がいいかもしれないな。
まあ、そういうことはセビウスの方が分かっているだろうけど。
幾つか他にも質問をしてきた魔術院の職員が、こちらに向いた。
「何かそちらから確認したい事項はありますか?」
「報酬は幾らでした?」
セビウスが尋ねる。
普通に否視の術を荷馬車にかける程度だったらせいぜい金貨1枚程度のはず。
そこでかなりの大金を払っていたとしたら何でそれだけ高い費用を払ったのかと言うことが疑問となる。
警備隊が尋問する場合に嘘を見出す術を掛けようと思ったら魔術師を雇わなければならないから、それなりに重要な場面でしか使わない。
だが、魔術院での尋問となれば当然コストはゼロだ。魔術師が不法行為をしていた場合の影響の大きさもあり、全ての尋問で嘘発見の術が掛けられている。都合のいい事実だけを述べて言い逃れることは可能だが、はっきりと尋ねられた質問に関しては嘘をつけない。
クパーンがちっと小さく舌打ちをした。
おいおい、聞こえているよ。
魔術院の職員の視線も厳しいものになって来ていた。
白か黒か分からない印象だったのが、かなり黒に近いグレーになったようだ。
「金貨5枚だ」
相場の5倍もの値段の仕事って普通の否視の他に何を含めていたんだろうね?
興味深いところだが、仕事として請け負ったのは本当に否視の部分だけなのだろう。嘘発見の下で尋問されても大丈夫なように後は自発的なボランティアのような形式にしているのだろうな。
「ほう。魔術師の相場と言うのは思っていたよりも高いのですね。
それはさておき。シェフィート家からの要請として、今後一切ダイデルド商会に関係する仕事を請け負うことが禁じられたことを全ての魔術師へ通知していただけますでしょうか?魔術の悪用が発覚したダイデルド商会は今後魔術を使うことは禁じられていますが、そのことを知らずに『誠意ある仕事ぶり』を再び悪用される魔術師の方が出ても困りますから」
セビウスがにこやかに魔術院の職員へ頼んだ。
魔術を悪用した場合、その人間もしくは団体は二度と魔術師を雇うことは禁じられる。
だが、これは現実としてはかなり難しい。
魔術師を雇えないということは、店舗や家への防犯用や防火用の術も掛けられないということになるのだ。例え既に術がかかっている建物を買ったとしても数年ごとに術を更新しなければ術の効力は下がる。現存の建物の術だってそれなりに定期的に更新する必要がある。
だから大抵の術に関しては『禁じられていることを知らなかった』というふりをして雇われる魔術師が多く、魔術院も見て見ぬふりをしているのが現実だ。
だが、魔術院が公式に禁じられていることを通知したとなればそれを『知らなかった』というふりは出来ない。この場合は本当に知らなくても善意は認められないのだ。
終わったな。
防犯用の術も掛けられないことが周知になったダイデルド商会はあっという間にありとあらゆるプロの盗賊から素人の泥棒に狙われることになる。
これでシェフィート商会に対して魔術を使った違法行為を仕掛けてくる商会は無くなるだろうな。
流石、セビウスだ。
1
お気に入りに追加
504
あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冤罪で追放した男の末路
菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――

ドアマット扱いを黙って受け入れろ?絶対嫌ですけど。
よもぎ
ファンタジー
モニカは思い出した。わたし、ネットで読んだドアマットヒロインが登場する作品のヒロインになってる。このままいくと壮絶な経験することになる…?絶対嫌だ。というわけで、回避するためにも行動することにしたのである。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる