シーフな魔術師

極楽とんぼ

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魔術学院2年目

070 星暦550年 緑の月 12日 秘密・・・じゃなかった

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(本人の視点に戻ってます)


折角傷もつけずに素早く開けたのに・・・。
どうもアレクは不思議と落胆していたようだ。
金庫室ってもっと万全なモノだと思っていたのかな?

◆◆◆



中身を拝借するつもりのない金庫室なんて視てもあまり面白いものでもないのだが、折角のアレクの好意なので授業の後に新設された金庫室の固定化と施錠の術を見せてもらいに行った。

現役中ならまだしも、今はもう金庫やその防犯の術を研究する必要もないんだよね。
でもまあ、技術がどう変わって行っているのか知っておいて損は無いし。

のんびり歩いて行ったシェフィート商会の新店舗は・・・慌ただしい空気に覆われていた。
何があったのやら。

「店長の息子さんが!」

どうやら遊んでいた子供が中に閉じ込められてしまったらしい。

慌ただしいとは言っても誰も真っ青にはなっていなかったから解除権所有者を呼び出しているところなのだろうと思っていたら、何と街を出てしまっているから呼び戻すのに最低1日はかかるとのこと。
しかも作った技術者によると無理やり金庫室をこじ開けるのにも1日はかかるとか。

おいおい。
不味いんじゃない、それ?

金庫室というのは日中は人の出入りが比較的自由なモノが多い。ただ、人がモノを持って出ていけないように見張りも厳しい。だから日中に金庫室に隠れることが出来ればゆっくり夜に中のモノを選んで抜け出せる・・・と考える人間も時々いる。
こういった人間は、酸素を自分で創造出来るぐらい腕のいい魔術師でない限り盗賊シーフギルドメンバーとして長続きしない。
窒息死するからね。

幾ら体が小さい子供でも、余程バカでかい金庫室なんじゃない限り1日以上も中にいるのは危険だろう。

「パニックして空気を無駄に消費した場合は半日で危ないかもしれません」
案の定、1日なんてノンビリは待てないことが判明。

金庫室を注意深く心眼サイトで調べながら悩んだ。
それなりに術が掛けられ、物理的な構造も手が込んだものだが・・・。
俺になら開けられる。

だが。
どうやってそれを提案するか。
今ここで証人の前そんなことを言い出したら回りまわって最終的には警備兵にしょっ引かれることになる。流石に赤の他人の子供の為に自分の命をかける気はしない。

盗賊シーフギルドの人間になら開けられるから呼んでこようか?』と提案するか・・・と考えていたら、アレクがシャルロに金庫を壊せるかどうか、尋ねた。

太っ腹じゃん。
無理やり力技でこじ開けた金庫室は完全に作り直さないと使えない。そのだけの出費を覚悟できるなんて、流石アレクだ。

だが。
力技では危ないかもしれないとシャルロが蒼流の言葉を伝えた。

どうするか。
・・・と考えていたらアレクがこちらを見ているのに気付いた。

(ちょっとこちらへ)
身ぶりでアレクを呼びつける。

「・・・盗賊シーフギルドの専門家にならこれを破れる。だが、ギルドの人間はこんなに人だかりが出来ているところには出て来られない」
出来るだけ声を低くして囁く。下町出身の人間で盗賊シーフギルドに伝手があるなんてことは知られたら後々面倒なことになる。

しっかし。
俺もお人よしになったもんだよなぁ。
以前だったら自分に危険が及ぶなら他人のことなんて放置していたもんだ。
まあ、魔術師になることがほぼ確定したから、他の人間を思いやるだけの余裕が出来たというところなんだろうけど。

とりあえず、『ギルドの人間が来るには人払いをしないと無理』と言うことにして『ギルドの人間を呼びに』静かに建物から出た。
出来ればシャルロにはあまり俺のグレーなコネクションのことは知られたくない。お人よしなお坊ちゃんだから俺が盗賊シーフギルドの人間だと分かっても友であることは変わらないだろうが、純粋な人間には純粋な目で見てもらいたいなんておセンチなことを考えてしまう。

幸い、シェフィート商会の新店舗は下町からも遠くは無く、今月の長の居場所へ1刻もかけずに辿りつけた。

「どうした?」
長は相変わらず書類に埋もれていた。

「シェフィート商会の新店舗で子供が新築の金庫室に閉じ込められた。開けて欲しいとの依頼です」
ぶっ。
長が吹き出した。

盗賊シーフギルドに金庫室を開けるよう依頼するか??」

まあねぇ。ちょっとあり得ない状況だけどさ。
「まだ何も入っていない金庫なんですよ。偶々3男と一緒に俺も金庫の固定化と施錠の術を見に来ていたから、解錠するのに1日以上かかるって聞いて入れ知恵したんです」

「成程ね。子供を見殺しにする訳にはいかないか」
ワインを一口飲みながら長が呟いた。
「で、『幽霊ゴースト』は依頼を受けるんだろ?ダミー人員が必要なのか?」

「人払いは不可欠だって言ってあるから俺のみの立会いってことになっていますが、誰か来てくれないと『誰が開けたのか?』って突っ込まれてしまいますからね。一人貸してください。言い値を払うらしいですよ」

長が机の傍の紐を引いた。
「何でしょう?」
赤が姿を現した。

「シェフィート商会の新店舗の金庫室に子供が閉じ込められていて、このままだったら窒息死するらしい。ギルドの『対金庫専門家』として顔を貸してやってくれ」
長が指示を出す。

「銀5枚でいい?」
赤に尋ねる。
どうせちょろっと歩いて階段降りてしばし待つだけの仕事なんだけどね。一応人前に出ると言うことで多少のリスクはあるし。銀5枚で妥当なところだと思うんだが。

「構わん」
赤が答えた。

◆◆◆

店舗に戻ってきたらちょうど人払いが終わってシャルロとアレクが2階に上がって行くところだった。
早速下に降りてやってみたら・・・金庫室は想像以上にあっさり開いた。

考えてみたら、魔術学院に入ってから金庫を開けようとしたことが無かったんだった。自分の魔力のコントロールが上手くなっていたからか、施錠ののツボをくすぐって解錠させるのはあっという間だった。術を破壊せずに他人の魔術の力を動かせる俺の才能は健在だったようだ。

物理的な施錠の方も、レバーが戻った際に押し戻されただけでコンビネーションが動いていなかったし、中身の構造そのものも以前のタイプよりも複雑ながらも『効率的』な作りになっていた為、構造全部を詳細まで視ることが出来る俺にとっては却って開けやすくなっていた。

おやま。
こりゃあ、盗賊シーフの職業に後戻りしない様に心を強く保っておかないと、こんなに簡単だと誘惑が大きいな。

「あっけなかったな」
赤が呆れたようにつぶやいた。

「今の俺には無駄なスキルだけどね」
金庫室の扉を大きく開けて一歩下がったら、赤が中に入って店長の息子とやらを拾いに行った。
どうやら誰かが眠りドーズの術をかけておいてくれたようだが、どちらにせよ俺は立会人と言う立場でちょっと離れておいた方がいい。

「ほらよ」
赤は少年を俺に渡し、出て行った。

ちっ。
どうせなら階段の上まで運んでくれればいいのに。

2階に上がってきたら、アレクの声が聞こえた。
「で、盗賊シーフギルドはウィルのことを何と言っていたんだ?」
「『友情も親愛の情も分かる、常識的な善悪の感覚を持った人間です』だって。変な返事だよね?」

知っていたのか。
そりゃそううか、侯爵家だものな。自分の息子が下町出身の人間と親しくなっていると知ったらそれなりに調べるのが当然だ。結果を知っても俺との付き合いを禁じなかったことは意外だが。

・・・なんか、ちょっと嬉しいかも。
二人とも、魔術学院での『俺』だけでなく、過去まで含めて友人として認めてくれているんだ。

うん、俺って人を見る目があるじゃん!

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