上 下
6 / 18

閑古鳥が六羽

しおりを挟む
 笑みを貼り付け、カウンターへ向かうクランは自分を呼びつけた人物を目に入れ、思わず体が強ばる。
 その人物は見るからに歴戦の冒険者のような風貌をした隻眼の男だ。名は嫌でもギルドマスター同士の定期報告で顔を合わせる為に知っている、ギベルである。クランと同じ街で何とも羨ましい中堅なギルドを経営するギルドマスターだ。
 
「いったい、どうなさいましたか?」

 この潰れかけたギルドに何の用だと丁寧に包んだ言い方で問うクランだが、ギベルは僅かに唯一の片目を細めた。それはまるで信じられないと言った呆れた表情である。
 クランの気に障る態度だったがこのギベル、滅茶苦茶に強い男であった。魔法も剣もへっぽこなクランが横柄な態度をとったが最後、死ぬ……。

「すっすみません! 今、用件を思い出しますのでっ」

 プライドなどかなぐり捨て、頭を下げるクランを傍観する男とギベルの視線を旋毛に受ける中で低い声がクランの耳に届く。

「クエスト見回り交代の書類諸々を俺の所へ取りに来るはずが待てども来ないが為に非常時かとこちらに来たが……」

 ギベルの言葉につい目線を上げたクランだったがジッと鋭い視線で見下ろすギベルと目が合い、喉から悲鳴が小さく溢れる。

「ここのギルドが潰れようが構わないが他を巻き込むのは迷惑だ」
「すっすみません……! 本当にすみません。以後、気をつけます」

 ペコペコと頭を下げて謝るクランに冷たい視線を送るギベルはカウンターへ持ってきた書類を置くと踵を返し、この場から出て行った。
 嵐が去ったような感覚に陥るクランはバクバクと脈打つ心臓を手で押さえ、「はあ……怖かった」と息を吐く。
 もう嫌だ、一生部屋で寝てたいと内心の駄々が膨らむクランだったが、そんな時、存在を忘れていた男から声がかかる。

「大丈夫ですか?」
「ははっ、何とか……」

 どうしてギルドの総本家に何度も恥ずかしい所を見られないといけないんだと思うクランは情け無さに目の前が僅かに潤む。
 しかし、ギベルが置いていった書類を視界に入れた瞬間に涙は引き、現実の問題に頭を抱えた。

「まずいっ、見回り頼める人いないじゃん!」

 いつもは戦えるリドが行うクエストの見回りなのだが、色々と手が回らない今、リドには別の件を頼むつもりでいた。
 リドはこの世に二人もいないのでクエスト見回りは誰かがやるしかないのだが、見回りは相応の戦闘スキルがいるのだ。へっぽこなクランは戦力外も甚だしい。
 それに自分のギルドに所属する冒険者達のレベルでは厳しい……。

「詰んだ」

 クランはヨロヨロとカウンターに倒れ込む。
 どうか神の慈悲を、と信者でもない神に都合よく祈る。願いが通じるなど思いもしていなかったクランだが思いの外、神はいたらしい。

「見回りなら私が行きますよ。その前にこちらのギルドに所属する登録が先ですけれど」

 相変わらず、軽く微笑を浮かべるだけの男だったがクランには神の有り難い微笑みに見えた。

「神がいた……!」

 目を見開き、奇跡の瞬間を体験するクラン。そんな中、男は一度瞬くも微笑を継続して言った。

「神ではありません、ティガです」

 クランは思った、この男は冗談が通じないタイプだと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

告白ゲーム

茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった 他サイトにも公開しています

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

そういった理由で彼は問題児になりました

まめ
BL
非王道生徒会をリコールされた元生徒会長が、それでも楽しく学校生活を過ごす話。

台風の目はどこだ

あこ
BL
とある学園で生徒会会長を務める本多政輝は、数年に一度起きる原因不明の体調不良により入院をする事に。 政輝の恋人が入院先に居座るのもいつものこと。 そんな入院生活中、二人がいない学園では嵐が吹き荒れていた。 ✔︎ いわゆる全寮制王道学園が舞台 ✔︎ 私の見果てぬ夢である『王道脇』を書こうとしたら、こうなりました(2019/05/11に書きました) ✔︎ 風紀委員会委員長×生徒会会長様 ✔︎ 恋人がいないと充電切れする委員長様 ✔︎ 時々原因不明の体調不良で入院する会長様 ✔︎ 会長様を見守るオカン気味な副会長様 ✔︎ アンチくんや他の役員はかけらほども出てきません。 ✔︎ ギャクになるといいなと思って書きました(目標にしましたが、叶いませんでした)

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

処理中です...