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十五歳の夏の旅
ミュンヘン空港①
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空港を出ると、上空を飛ぶドラゴンが火炎を吐いていた。
タクシーの代わりに馬車が舗装されていない道を走っていた。
同じ飛行機に乗っていた他の客はすでに革の鎧に着替え、剣を腰に吊るしていた。
「――う、嘘だろ」父が言ったことを信じていなかった僕は呻く。
「パパの言ったとおりでしょう?」母はくすくすと笑う。
「お、おかしいじゃないか……どうしてに、二十一世期なのに馬車なんだよ? それにドラゴン? ヨーロッパにドラゴンがいたらそれぐらい日本でも知られているはずだろっ?」
父はすました顔でタバコを口にくわえ、パチンと指を鳴らす。
すると父の指先に小さな炎が燃え上がり、タバコに火がつく。
「馬車の方がヨーロッパでは効率がいいんだ。いずれおまえにもそれはわかるさ」
「……じ、じゃあドラゴンは?」
「魔生物はウラル山脈を超えることができないから、日本にまでは飛んでいかないのよ」父に代わって母が答える。
「……は、はあ? 僕はヨーロッパをテレビで見たことがある。全然こんなのじゃなかった」
石造りの空港とその周りに広がる雄大な草原。
スモッグではなく、馬糞の臭いを運んでくるそよ風。
中世にタイムスリップしたかのような景色だ。
「外国のテレビ用にセットとか造ってるからな。でもあれは全部嘘だ。パパは昔から言ってるだろう? テレビに出てくることを鵜呑みにしてはいけないと」
「い、いや、ち、ちょっと待てよ。僕はパパとママと一緒にドイツにも、他のヨーロッパの国にも行ったことがあるじゃないか。その時はちゃんと車も走っていたし、道にはアスファルトが敷かれていたし、魔法なんてなかった」
父はタバコの煙を吐き出す。とても臭い。「あれもセットだったんだ。観光客も騙す必要があるからね」
「一年前、イタリアのビーチで会ったベラって子覚えている?」
ふと母に訊かれて僕は少しだけ赤くなった。
地中海の砂浜で僕とベラはヤシの木の陰でキスをしたのだ。
夏休みの一週間だけの恋だったけど、今でも鮮明に覚えている。
ベラとのキスは初キスだったから――
「演技上手かっただろ、彼女」父はケロッと言ってしまう。
「マジかよっ! 僕の初キスの相手は役者っ?」
「やっぱりいちゃいちゃしてたのね。あなた、ベラと一晩中チェスをやってた、みたいなわけがわからないことを言っていたでしょ」
「……ど、どこがわけわからないんだよ。ベラとはちゃんとチェスやったし」僕は顔をしかめる。「い、いや、そういう問題じゃない。日本のテレビでよくヨーロッパツアーとかやっているじゃないか。ドイツの色んな街も出てくるし」
「ああ、あれは――」地面に落としたタバコを父は足でもみ消す。「いつも同じセットだ。おまえは気づかなかったのか? テレビのドイツの街って――それがハンブルクであろうとケルンであろうと――どこも同じ建物ばかりだって?」
「ん? そ、そうだったかな?」テレビで見た光景を脳裏に映し出すが、建物までは思い出せない。「じ、じゃあ、魔法は? どうして日本では魔法がないのさ?」
「んもーお、質問が多いわね」母は口をとがらせる。「魔法はヨーロッパにしかないの」
「その代わりにヨーロッパには納豆がないがね」と父は苦笑いをする。
「……ま、魔法と納豆が同格な概念であるみたいにしれって言うなっ!」
僕が両親に向かって肩を震わせながら叫ぶと、馬車が僕たちの前で止まった。
夏なのに薄いマントを羽織った御者は父と母に馬車を頼んだ客かとドイツ語で尋ねる。
「ああ、そうだ」
父は頷き、僕たちのトランクを荷台に積み、馬車に乗り込む。
母もそれに続き、僕も――いまだになぜヨーロッパがファンタジーなのか納得がいかなかったけど――馬車に上がろうとしたが、父に突き落とされた。
「痛っ」地面に倒れた僕は呻く。「な、なにするんだよ」
「おまえの学校は実はミュンヘンではなく、ベルリンの『ウンター・デン・リンデン』っていう場所にある」
父は馬車の窓から顔を出して言い、母は「旅頑張ってね」と涙ぐんでいる。
「はあ? 今日『実は~』のくだりが多すぎる。それに旅ってなんのこと?」
「ポケモンでお馴染みだろ?」父は笑う。「おまえは一人で新しい学校があるベルリンまで行くんだ。十五になったら首都まで旅する。それがドイツの仕来りだ」
「可愛い子には旅させろってこのことよ」ハンカチで母は大げさに鼻をかむ。
「冗談だろ――」
僕はわめくが、両親を乗せた馬車はすでに走り出していた。
▷別に読まなくてもいい、ガリ勉好きの主人公が後から作成したヨーロッパ旅行ノート
[1]ウラル山脈:ロシアの南北の山脈。ヨーロッパとアジアを別ける境界線を結成している。
[2]ウンター・デン・リンデン:
https://en.wikipedia.org/wiki/Unter_den_Linden#/media/File:2005-10-26_Brandenburger-Tor.JPG
(注! 上は魔法で精密に描かれた油絵)
ドイツの首都ベルリンの東側に、ベルリン王宮からブランデンブルク門へ伸びる大通りである。フンボルト大学と付属ギムナジウムはこの通りに位置する。
[3]ミュンヘン空港からベルリンへの道のり:
https://goo.gl/maps/kZY9YV2xQ4BErTEKA
タクシーの代わりに馬車が舗装されていない道を走っていた。
同じ飛行機に乗っていた他の客はすでに革の鎧に着替え、剣を腰に吊るしていた。
「――う、嘘だろ」父が言ったことを信じていなかった僕は呻く。
「パパの言ったとおりでしょう?」母はくすくすと笑う。
「お、おかしいじゃないか……どうしてに、二十一世期なのに馬車なんだよ? それにドラゴン? ヨーロッパにドラゴンがいたらそれぐらい日本でも知られているはずだろっ?」
父はすました顔でタバコを口にくわえ、パチンと指を鳴らす。
すると父の指先に小さな炎が燃え上がり、タバコに火がつく。
「馬車の方がヨーロッパでは効率がいいんだ。いずれおまえにもそれはわかるさ」
「……じ、じゃあドラゴンは?」
「魔生物はウラル山脈を超えることができないから、日本にまでは飛んでいかないのよ」父に代わって母が答える。
「……は、はあ? 僕はヨーロッパをテレビで見たことがある。全然こんなのじゃなかった」
石造りの空港とその周りに広がる雄大な草原。
スモッグではなく、馬糞の臭いを運んでくるそよ風。
中世にタイムスリップしたかのような景色だ。
「外国のテレビ用にセットとか造ってるからな。でもあれは全部嘘だ。パパは昔から言ってるだろう? テレビに出てくることを鵜呑みにしてはいけないと」
「い、いや、ち、ちょっと待てよ。僕はパパとママと一緒にドイツにも、他のヨーロッパの国にも行ったことがあるじゃないか。その時はちゃんと車も走っていたし、道にはアスファルトが敷かれていたし、魔法なんてなかった」
父はタバコの煙を吐き出す。とても臭い。「あれもセットだったんだ。観光客も騙す必要があるからね」
「一年前、イタリアのビーチで会ったベラって子覚えている?」
ふと母に訊かれて僕は少しだけ赤くなった。
地中海の砂浜で僕とベラはヤシの木の陰でキスをしたのだ。
夏休みの一週間だけの恋だったけど、今でも鮮明に覚えている。
ベラとのキスは初キスだったから――
「演技上手かっただろ、彼女」父はケロッと言ってしまう。
「マジかよっ! 僕の初キスの相手は役者っ?」
「やっぱりいちゃいちゃしてたのね。あなた、ベラと一晩中チェスをやってた、みたいなわけがわからないことを言っていたでしょ」
「……ど、どこがわけわからないんだよ。ベラとはちゃんとチェスやったし」僕は顔をしかめる。「い、いや、そういう問題じゃない。日本のテレビでよくヨーロッパツアーとかやっているじゃないか。ドイツの色んな街も出てくるし」
「ああ、あれは――」地面に落としたタバコを父は足でもみ消す。「いつも同じセットだ。おまえは気づかなかったのか? テレビのドイツの街って――それがハンブルクであろうとケルンであろうと――どこも同じ建物ばかりだって?」
「ん? そ、そうだったかな?」テレビで見た光景を脳裏に映し出すが、建物までは思い出せない。「じ、じゃあ、魔法は? どうして日本では魔法がないのさ?」
「んもーお、質問が多いわね」母は口をとがらせる。「魔法はヨーロッパにしかないの」
「その代わりにヨーロッパには納豆がないがね」と父は苦笑いをする。
「……ま、魔法と納豆が同格な概念であるみたいにしれって言うなっ!」
僕が両親に向かって肩を震わせながら叫ぶと、馬車が僕たちの前で止まった。
夏なのに薄いマントを羽織った御者は父と母に馬車を頼んだ客かとドイツ語で尋ねる。
「ああ、そうだ」
父は頷き、僕たちのトランクを荷台に積み、馬車に乗り込む。
母もそれに続き、僕も――いまだになぜヨーロッパがファンタジーなのか納得がいかなかったけど――馬車に上がろうとしたが、父に突き落とされた。
「痛っ」地面に倒れた僕は呻く。「な、なにするんだよ」
「おまえの学校は実はミュンヘンではなく、ベルリンの『ウンター・デン・リンデン』っていう場所にある」
父は馬車の窓から顔を出して言い、母は「旅頑張ってね」と涙ぐんでいる。
「はあ? 今日『実は~』のくだりが多すぎる。それに旅ってなんのこと?」
「ポケモンでお馴染みだろ?」父は笑う。「おまえは一人で新しい学校があるベルリンまで行くんだ。十五になったら首都まで旅する。それがドイツの仕来りだ」
「可愛い子には旅させろってこのことよ」ハンカチで母は大げさに鼻をかむ。
「冗談だろ――」
僕はわめくが、両親を乗せた馬車はすでに走り出していた。
▷別に読まなくてもいい、ガリ勉好きの主人公が後から作成したヨーロッパ旅行ノート
[1]ウラル山脈:ロシアの南北の山脈。ヨーロッパとアジアを別ける境界線を結成している。
[2]ウンター・デン・リンデン:
https://en.wikipedia.org/wiki/Unter_den_Linden#/media/File:2005-10-26_Brandenburger-Tor.JPG
(注! 上は魔法で精密に描かれた油絵)
ドイツの首都ベルリンの東側に、ベルリン王宮からブランデンブルク門へ伸びる大通りである。フンボルト大学と付属ギムナジウムはこの通りに位置する。
[3]ミュンヘン空港からベルリンへの道のり:
https://goo.gl/maps/kZY9YV2xQ4BErTEKA
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