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第21章 狂える土
それぞれの戦いの結末
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禍我愚痴協力者チームの一行は、少女を誘拐した3匹の怪異どもを補足、敵のライトバンをカーチェイスの末に無理やりに停車させ接近戦に突入する。
舞奈は卓越した直感と身体能力で狂った女を圧倒する。
ドルチェとザンもチームワークでドレスの男を翻弄する。
戦況は舞奈たちに有利。
誰もがそう思った、その時、バックアップ組の4人が『ママ』に強襲された。
ライトバンの屋根の上に陣取った、見た目だけはまともな女。
だが他の怪異どもと同じように煙草をくわえた、悪意ある簒奪者。
奴はサブマシンガンの斉射を事もなく防ぎ、非直接戦闘員たちに襲いかかった。
「わたしが食い止めます!」
フランが果敢に立ち向かう。
バックアップ組とはいうものの彼女は回術士。
敵と同じ、接近戦闘の手札を数多く持つ妖術師だ。
故に左手で展開した【光の盾】で防御しつつ、小型拳銃を抜いて撃ちまくる。
攻守のバランスを考えた盤石な戦術。
だが小口径弾は『ママ』の周囲の虚空へと消える。
敵に何かされた訳ではなく、単に射撃は得意じゃないらしい。
それでも、それはフランも承知済みなのだろう。
素早くライトバンに駆け寄り、【強い体】で強化された脚力まかせに跳躍。
その間、屋根の上で明日香と冴子が操る8枚の氷の盾が『ママ』を牽制する。
「小賢しい真似を……!」
3本束ねた光のカギ爪が、氷の盾の1枚を斬り裂く。
強固なはずの防御魔法がガラス細工みたいに容易く粉砕される。
だが必殺の光の爪を振るう『ママ』も、巧妙に連携しながら死角から体当たりを仕掛ける他の7枚の盾に翻弄されてフランを迎撃するどころではない。
その隙に、『ママ』の目前にフランが降り立つ。
至近距離から再び射撃。
小口径弾は『ママ』の顔の横をかすめる。
だが銃撃は牽制。
故に一拍の後――
「――お覚悟!」
銃を握った右手の先から、弾丸ではなくレーザー光線が放たれた。
こちらが本命だ。
豆鉄砲で油断させた敵に【熱の拳】を撃ちこむやり方は、おそらくドルチェがドレスの男を相手に仕掛けようとした戦術と似た感じか。
狙いすまされた太いレーザーの一撃は違わず『ママ』の顔面を直撃する。
意外にも容赦のないフラン。
だが――
「――えっ!?」
「つまらない小細工ね」
敵の頭部を穿ったはずのレーザーは『ママ』の顔を避けるように霧散する。
頭の周囲に一瞬だけ【光の盾】を張り巡らせて防護したのだ。
そうして口元に露骨な侮蔑を浮かべる『ママ』から、
「――っ!」
フランは距離をとる。
手にした【光の盾】を構える。
警戒するは、『ママ』の拳の先でカギ爪のように輝く【熱の刃】。
防御魔法を一撃で粉砕した熱と光の集合体だ。
まともに喰らえば人間の身体なんて、たとえ強化されていても紙切れ同然。
故に光の盾に魔力を集中させて、死ぬ気で防ぐつもりだろう。
だが次の瞬間、『ママ』はカギ爪ではなく鋭い蹴りを繰り出す。
「えっ……!?」
砲弾の如く放たれたヒールの爪先が、光の盾ごとフランの身体を吹き飛ばす。
ライトバンで衝突したような圧倒的なスピードとパワー。
奴は【強い体】すら強烈に使いこなすらしい。
しかも打撃の瞬間に【熱の刃】を使ったか。
「……!」
衝撃で臓腑をえぐられ悲鳴すらあげられず、フランの小柄な身体が宙を舞う。
集中も途切れたか【光の盾】が消える。
そんなフランを追うように『ママ』も跳ぶ。
嗜虐的な笑みを浮かべながら、輝くカギ爪を振りかざす。
吹き飛びながら守る事も避ける事もできないフランめがけて、対物兵器のような恐ろしいレーザー剣の束を振り下ろす。
褐色色の少女の瞳が恐怖に見開かれる。
その表情を見やって『ママ』は笑う。
ガラスが割れるような高い音。
……だが次の瞬間、フランは無傷。
少女の左手の袖の下から千切れた注連縄がこぼれ落ちるのみ。
先ほど冴子が追加で施術した【身固・改】が、仲間を守ったのだ。
「何処までも小賢しいあがきを」
舌打ちしながら追撃しようとした『ママ』は……
「……!」
不意に跳び退る。
その残像を、虚空から放たれたプラズマの砲弾が鋭く穿つ。
ライトバンの屋根を焦がし溶かしながらアスファルトの地面を抉る。
明日香の【雷弾・弐式】だ。
避けた『ママ』は憎々しげに虚空を睨む。
何もない空間から放たれた雷撃からは術者の位置を割り出せない。
対して地上から『ママ』を補足しながら明日香も舌打ちする。
今のは単にフランを守るための牽制じゃなかったらしい。
仲間を囮に、隙あらばそのまま『ママ』を倒すつもりだったか。
明後日の方向から撃てば光の壁で防がれないとの算段だろう。
……あるいは斯様に殺意のこもった一撃でなければ牽制にすらならなかった。
それほどまでに『ママ』は強い。
「フランちゃん!」
追撃をまぬがれ地に落ちたフランを冴子が抱き止める。
「ご……ごめんなさい……」
冴子の腕の中で消耗し、ぐったりとしたフランに外傷はない。
だが彼女を守る【身固・改】は一瞬で無に帰した。
フラン本人も、無茶な妖術の使い方をしたせいか動く事すらできない様子。
実力の差は防御魔法ひとつで覆るものではない。
そんな戦闘を少し離れた戦場から見やりながら舌打ちする舞奈も――
「――どうしたのぉぉぉ!? 仲間がママに殺される瞬間をそんなに見たいぃ!?」
「あんたは自分のママが殺られるところを見たくないのか?」
「何ですってぇぇぇ!? 有り得ない! 有り得ないわぁぁぁぁぁ!」
狂った女が繰り出す両刀使いの斬撃を避ける。
悔しいが、向こうの戦況が気になるのは本当だ。
可能なら目の前の敵をあしらって向こうの援護に回りたい。
だが性格はともかく相応に腕は立つ目の前の女は、それを許さない。
舞奈は舌打ちしつつ、側のさらに別の戦場を見やる。
「ちょこまかちょこまかとォォォ! 鬱陶しいハエねェェェ!」
「ドルチェさんの、そのガタイをハエ呼ばわりする奴は初めて見たぜ!」
「ハハッ! 目がついてゴザらんのかもしれん!」
「キィィィィィ! 何ですってェェェ!」
ドルチェとザンは、ドレスの男を翻弄している。
舞奈の目前の狂った女と同じように、気色の悪いドレスの男は闇雲に高枝切りバサミを振り回しながら、素早いドルチェとザンを追う。
だが長柄の刃物は宙を斬るのみ。
ドルチェは元より、ザンも軽口を叩きつつも一瞬たりとも敵から目を離さない。
故に的確に攻撃を避ける。
だが両者とも決め手に欠けるのは舞奈と同じ。
ザンの短刀は言わずもがな、ドルチェも小型拳銃を抜いているが撃っていない。
撃っても効かなかったのだろう。
いちおうドルチェは奥の手を持っているはずだ。
だが大胆な体形の割に慎重な彼は、確実に仕留められると判断するまでそれを使わないつもりらしい。
闇雲に仕掛けて防がれ、見切られたら次がない類の代物なのだろう。
だから、ある意味で向こうの勝負は気力と体力の削り合いだ。
一見すると単調な追いかけっこで先に集中を切らしたほうが負ける。
故に決着も早々にはつかないだろう。
あちらにバックアップ組の援護は期待できない。
だから舞奈は目前の女の斬撃を避けつつ――
「――おっ?」
再びライトバンの側に目を向ける。
何時の間にか、やんすと明日香の姿が見えない。
フランに代わって打って出たのだ。
もちろん正面から挑んだりはしない。
やんすはおそらく自身の異能力【偏光隠蔽】。
明日香は【隠形】【迷彩】による二段構えの隠形術を使ったか。
だから次の瞬間、フランと冴子に迫ろうと地に降りた『ママ』の背後に出現。
サブマシンガンを構えたやんす。
同じくサブマシンガンを構えた明日香。
透明化からの待ち伏せだ。
だが『ママ』は2人より上手だった。
おそらく何らかの手段で、着地の前に2人を補足していた。
だから2人が引き金を引く前に――
「――やんす!?」
振り返る。
目を丸くして驚くやんす。
側の明日香も反応が遅れる。
故に次のアクションも『ママ』が速い。
光り輝くカギ爪による、圧倒的な熱と光の斬撃。
狙いは明日香。
避ける余裕はない。
「明日香さん!?」
「明日香ちゃん!?」
フランが、冴子が叫ぶ。
その目前で、3本の刃に四分割された明日香の姿が……かき消える。
「……何度も何度も、忌々しい」
だが『ママ』は面白くもなさそうにひとりごちる。
手ごたえがなかった事に気づいたらしい。
次の瞬間、明日香は少し離れた場所にあらわれる。
クロークの四方から焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。
緊急避難用の転移魔術【反応的移動】によって難を逃れたのだ。
フランが安堵の笑みをこぼす。
「け、けど、今、確かに二段重ねの隠形術を見破られて……!」
よろよろと立ち上がろうとするフランを支えながら、冴子は驚愕する。
認識阻害による魔法と魔法の騙し合いは、魔力と魔力の力比べ。
あるいは技比べ。
圧倒的な魔力を誇る『ママ』は精神への介入すら跳ね除け欺瞞を看破できる。
敵の新手は思いの他に強敵だ。
バックアップ組だけで対処できる相手ではない。
そんな様子を成す術もなく見やりながら歯噛みする舞奈もまた――
「――ほらほらぁ! 早くしないと仲間がママに殺されちゃうわよぉぉぉ!?」
「そうだな! ママの目の前で早くあんたをぶち殺さなきゃな!」
「キィィィィィ! 生意気なキモイガキ!」
目前の狂った女を相手に攻めあぐねていた。
もちろん敵の攻撃は舞奈には当たらない。
むしろ敵の動きが読めてきた。
だから敵の【光の盾】をかいくぐって側頭にアサルトライフルを突きつける。
そのまま撃つ。全弾。
「――!?」
女は頭の横に開いた小さな穴からヤニ色の飛沫を撒きつつ吹き飛ぶ。
だが、それだけ。
「何っ! するのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「……ったく、面の皮が厚くてうらやましいぜ」
跳びかかってくる女の斬撃を避けつつ舌打ちする。
そうしながら準備よく銃にくくってあった弾倉を引き千切って交換する。
小口径ライフル弾を【強い体】による身体強化だけで止められた。
これだから怪異は!
舞奈が何かミスした訳じゃない。
完全に火力不足だ。
残るは地面にでも叩きつけ、口腔に銃をねじこんで撃つくらいしか手はない。
何ならそれでもベロで防がれそうな気がする。
だが奴に対抗できる切り札を持つ明日香は『ママ』にかかりきりだ。
こちらの銃に魔法をかける余裕はない。
前回の戦闘と同じ千日手。
こんな事なら手榴弾でも借りてこれば良かったと思うが、後の祭りだ。
そう考えつつ、気づくと『ママ』は攻撃魔法の奔流を光の壁で防いでいる。
明日香の雷撃【雷弾・弐式】。
冴子が放つ火球【火龍】、巨大な水塊【屠龍】。
稲妻と炎、飛沫が、この世の終わりのような勢いで乱れ飛ぶ。
2人がかりで攻撃魔法を乱射し、波状攻撃を仕掛けているのだ。
ドレスの男に対するザンとドルチェの作戦と同じ。
それを砲撃に等しい攻撃魔法でしてのけるあたりが魔術師だ。
だが、それすら敵は【光の盾】で防ぎきる。
足止めになっているのが唯一の救いか。
そう思った途端――
「――そういう事か」
ニヤリと笑う。
何故ならジャケットの内側に収まった拳銃の内側から圧。
再び舞奈は明日香を見やる。
先ほどまでと変わらぬように施術する明日香。
……否、雷撃は冴子の【紫電】だ。明日香は攻撃に加わっていない。
なるほど2人がかりの猛攻の最中に、こっそり舞奈の銃に魔法をかけたか。
まるで授業中に担任の目を盗んで内職をするように。
生真面目な明日香は、だが真面目に必要と判断すれば嘘も欺瞞も平気で使う。
だから――
「――気になるの!? 仲間が死ぬところが気になるの!? ねェェェ!」
目前の狂った女は先程までと変わらぬ様子で斬りかかってくる。
何となく目前の女の事がわかってきた。
奴は周りの事など見ていない。
自分の事しか見ていない。
だから奴が他人を揶揄する時は、自分の事を言っている。
奴は敵の死が見たいのだ。
敵が死んで、その仲間が嘆き悲しむ姿が見たいのだ。
そう望む理由などない。あえて言うなら奴が邪悪な怪異だからだ。
だから舞奈が何を考えてるかなんて気にもしていない。
決めつけているだけだ。
そう舞奈は気づいた。
だが、その知見を活かす機会はもう何度もないだろう。
何故なら舞奈は間髪入れず、ジャケットの下から拳銃を抜いて撃った。
「何度やっても無駄よ!」
女は両手の光剣をクロスさせ、【光の盾】を形成して防ぐ。
舞奈が何故、光盾を避けようともせず撃ったのか考えなかった。
アサルトライフルではなく拳銃を抜いて撃った理由を考えなかった。
手にした拳銃がどういう状態にあるか、知ろうともしなかった。
それまで防げていたからという理由で、何の思惑もなく盾を向けた。
だから次の瞬間、銃声。
否、砲声。
明日香が得手とする付与魔法【力弾】の強化版。
舞奈も何度かお世話になった【炎榴弾】と同様に、銃そのものにではなく一発の銃弾の弾頭に魔力を収束させる、いわば手動で放つ攻撃魔法。
それは彼女自身が掌から放つ【力砲】と同等の威力を持つ斥力場の砲弾。
即ち【力砲弾】。
その威力、貫通力の前に生半可な防御魔法は意味をなさない。
故に一拍だけ遅れて、女は額に穴を開けたまま後ろ向きに倒れる。
どうして自分が撃ち抜かれたのか理解していない顔つきで。
あるいは撃たれた事にすら気づいていない表情で。
穴の開いた女の手の中で、穴の開いた光の盾がかき消える。
その下にあった両手の光剣も消える。
舞奈が片手で構えた拳銃の銃口の先で、硝煙と共に斥力の残滓が消える。
女はドサリと仰向けに地に伏せる。
目を見開いて呆然とした表情のまま、動かない。
「ウナちゃん!」
ドレスの男が気づいて叫ぶ。
「よくもウナちゃんを! 許さんぞ! あんたたちィ! 許さないわァァァ!」
「許さないと、どうするって!?」
舞奈は不敵な笑みを浮かべて挑発する。
そうしながら側の戦場に向かって駆ける。
先程まで戦っていた女には見向きもしない。
走りながら、男の脳天めがけて拳銃を構える。
男は思わず身構える。
もちろん【力砲弾】の効果はもうない。
先ほどの凄まじい一撃は、銃にこめられた一発の弾頭にかける術だからだ。
だが、目前のドレスの男はそんな事を知る由もない。
知っていたとしても、初見で見抜いて的確な対処ができるはずもない。
何故なら同じ銃で、一瞬前に舞奈は奴の仲間を一撃で打ち倒した。
その事実が、目前の敵のなけなしの理性を吹き飛ばした。
仲間を屠られ悔しいのに、恐ろしい。
おそらく奴らが、ライトバンに拉致した少女たちにもたらしたのと同じ感情。
それに奴自身が囚われていた。
故にドレスの男は、まだドルチェやザンよりずっと離れた場所に居るのに、今の舞奈を無視できない。だから次の瞬間――
「――?」
ドレスの男の周囲に何かが巻きついた。
肉眼では容易に見えないほど細い透明な何か。
その端はドルチェの手元からのびている。
それを認識できたのは舞奈と、おそらく仕掛けた本人であるドルチェだけ。
だから次の瞬間――
「――えっ?」
男の胴が両断された。
豆腐やバターをナイフで切るように何の抵抗も感じさせず。
それも首とかではなく胴体が。
一緒にワイヤーに巻きこまれた片腕ごと、男の胴は上下にスッパリ分割された。
舞奈のワイヤーショットのそれより細い透明なワイヤー、あるいはテグス。
それをドルチェの異能力【装甲硬化】で無敵にし、体術による加速と肥え太った身体の質量にまかせて引いたのだ。
いわば即興の処刑器具。
一見すると人好きのする小太りな彼は、この恐ろしい奥の手を繰り出すチャンスを虎視眈々とうかがっていたのだ。
故に次の瞬間、綺麗に分割されたドレスの男の上半身が地に落ちる。
腕がついたままの高枝切りバサミも落ちて路地を転がる。
その側に、スカートを穿いた下半身が倒れる。
身体強化が消える反作用でか手足が少し痙攣して、やがて動かなくなった。
「な……んだと?」
「ヒュー! こりゃおっかねぇ」
「光栄至極にゴザル」
呆気にとられるザンに、笑う舞奈にドルチェは満面の笑みを返し、
「あとは奴だけだな!」
舞奈、ドルチェ、ザンは走る。
目指すは『ママ』と戦う他の4人。
その間にも回復したフランが前に立ち、後方への被害を防いでいる。
おそらく攻撃魔法の飽和攻撃による足止めが通用しなくなったか。
数を5枚にまで変じた氷の盾も、フランを守るように敵の前を飛び回る。
後ろのやんすも、へっぴり腰ながらサブマシンガンで牽制する。
もはや『ママ』は光の盾すら使わず身体強化だけで銃弾の雨を防いでいる。
まるで映画に出てくる不死の怪物だ。
それでも当たってる間は身をこわばらせるのか動きが止まる。
……そう分析する間に氷の盾が砕かれ4枚になった。
勢いに乗ってフランに迫る『ママ』の目前に、いきなり火球が出現する。
怯んだフランを火球ごと両断しようと『ママ』は光のカギ爪を振るう。
だが打撃を受けた火球は破裂し、攻撃者を怯ませる。
明日香の【火盾《フォイヤー・シュルツェン》】だ。
それでも、そこまでの支援があってすらフランは攻撃を避け続けるだけ。
……否。この災厄のような相手に対して奇跡的に持ちこたえた。
だから舞奈はフランが跳び退ったタイミングを見計らい――
「――待たせたな!」
アサルトライフルを撃つ。シングルショット。
間近にフランがいるので斉射はできない。
だが狙いすまされた一撃。
逃げる彼女を追おうとしていた『ママ』は跳び退って距離を取る。
守り辛い足元を穿った弾丸に驚いたか。
油断なく身構えながら射点を見やり、
「……あいつら、やられたのかい。使えない奴らだね」
言いつつ『ママ』はくわえ煙草のまま舞奈たち3人を一瞥する。
その他に動くもの――仲間だった狂った女とドレスの男がいない事を確認する。
その上で平然と戦況を確認する。
冷静なのではない。
それまで共に戦ってきた他の2匹に、仲間らしい愛着を持っていないのだ。
そう思って舞奈が口元を歪めた途端、拳銃の内側から熱。
いつかの【硫黄の火】だ。
(またこいつか)
舞奈は思わず、目の前にいた『ママ』を睨む。
当てにしない決めていた矢先にこれである。
正直、少し面白くないのは事実だ。
何故なら何処からか気まぐれに魔法をかけた何者かは、同じ手札で妨害も可能。
だが今は都合が良いのも事実だ。
だから舞奈は拳銃を抜いて、片手で構える。
対して『ママ』は本気で舞奈に向き直る。
先ほどの狂った女とは違う。
舞奈の手の中に唐突に収まった強大な魔力に奴は気づいている。
「……シナゴーグの連中め、余計な介入を」
口元を歪めながら、両手で油断なく【光の盾】を構える。
先ほど自身に対してフランがしたように本気で防御する構え。
盾に追加の魔力をこめ、自身に向けられたレーザーを防ぐべく準備し――
――次の瞬間、その頭が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
驚きの声があがる。
もちろん『ママ』のものではない。
奴は自分の身に何が起きたかなんて気づきようもなかったはずだ。
舞奈自身でもない……と思う。
だが一様に驚愕の表情を浮かべる仲間たちと同じくらい驚いているのは事実だ。
斯様に誰もが呆然と見守る中、頭のない女の身体がドサリと地に転がる。
側に頭が落ちてきたりはしない。
吹き飛んだのではなく一瞬でひねり潰され消し飛んだからだ。
代わりに怪異の骸の側に、小柄な少女の姿があらわれる。
のばした腕の先の掌を、先ほどまで中年女の頭があった場所に向けた体勢で。
「明日香ちゃん……!?」
冴子が呆然とひとりごちる。
明日香の掌の先で、斥力の残滓が霧散する。
何の事はない。
明日香は渾身の奇襲を仕掛けて『ママ』を討ち取ったのだ。
敵は舞奈に気を取られてた。
その隙に、明日香は再び二段構えの隠形術を使って接敵した。
そして至近距離から【力砲】を放った。
舞奈が【光の盾】越しに狂った女を屠った【力砲弾】と同等の魔術を。
認識阻害への抵抗は、いわば魔力と魔力の力比べ。
他の危険に備えながら熟練者の認識阻害を見破るのは至難。
だから奴が舞奈に気を取られている今が好機だと判断したのだろう。
だが明日香は直前に二段構えの隠形術を見破られ、被弾した。
にもかかわらず愚直に同じ行動をし、今度は首尾よく成功させた。
計算づくで無茶をする明日香だから可能だった事だ。
それ以外の何者も、思いついても実行はできなかっただろう。
舞奈の手の中の拳銃から熱が失せる。
お節介な何者かが銃にかけた魔法が解除されたのだろう。
ちょっと気分が良かった。
なので窮地の末の唐突な勝利に一行が呆然とする中、最初に動いたのも舞奈だ。
今はもういない敵が乗っていた、壁に半分めりこんだライトバンに走り寄る。
開きっぱなしのドアから中を覗きこむ。
後部座席に横たわる2人の少女を見やって笑う。
戦闘前にちらりと確認した通り、2人の身体に外傷はない。
舞奈たちは怪異による二次被害を首尾よく防ぐ事ができたのだ。
なので――
「――あっトーマスさん。ターゲットの怪異3体を排除しました」
我に返ったフランが支部に連絡するのを見やり、
「べっぴんさんたちも無事だぜ!」
舞奈も満面の笑みで叫んだ。
舞奈は卓越した直感と身体能力で狂った女を圧倒する。
ドルチェとザンもチームワークでドレスの男を翻弄する。
戦況は舞奈たちに有利。
誰もがそう思った、その時、バックアップ組の4人が『ママ』に強襲された。
ライトバンの屋根の上に陣取った、見た目だけはまともな女。
だが他の怪異どもと同じように煙草をくわえた、悪意ある簒奪者。
奴はサブマシンガンの斉射を事もなく防ぎ、非直接戦闘員たちに襲いかかった。
「わたしが食い止めます!」
フランが果敢に立ち向かう。
バックアップ組とはいうものの彼女は回術士。
敵と同じ、接近戦闘の手札を数多く持つ妖術師だ。
故に左手で展開した【光の盾】で防御しつつ、小型拳銃を抜いて撃ちまくる。
攻守のバランスを考えた盤石な戦術。
だが小口径弾は『ママ』の周囲の虚空へと消える。
敵に何かされた訳ではなく、単に射撃は得意じゃないらしい。
それでも、それはフランも承知済みなのだろう。
素早くライトバンに駆け寄り、【強い体】で強化された脚力まかせに跳躍。
その間、屋根の上で明日香と冴子が操る8枚の氷の盾が『ママ』を牽制する。
「小賢しい真似を……!」
3本束ねた光のカギ爪が、氷の盾の1枚を斬り裂く。
強固なはずの防御魔法がガラス細工みたいに容易く粉砕される。
だが必殺の光の爪を振るう『ママ』も、巧妙に連携しながら死角から体当たりを仕掛ける他の7枚の盾に翻弄されてフランを迎撃するどころではない。
その隙に、『ママ』の目前にフランが降り立つ。
至近距離から再び射撃。
小口径弾は『ママ』の顔の横をかすめる。
だが銃撃は牽制。
故に一拍の後――
「――お覚悟!」
銃を握った右手の先から、弾丸ではなくレーザー光線が放たれた。
こちらが本命だ。
豆鉄砲で油断させた敵に【熱の拳】を撃ちこむやり方は、おそらくドルチェがドレスの男を相手に仕掛けようとした戦術と似た感じか。
狙いすまされた太いレーザーの一撃は違わず『ママ』の顔面を直撃する。
意外にも容赦のないフラン。
だが――
「――えっ!?」
「つまらない小細工ね」
敵の頭部を穿ったはずのレーザーは『ママ』の顔を避けるように霧散する。
頭の周囲に一瞬だけ【光の盾】を張り巡らせて防護したのだ。
そうして口元に露骨な侮蔑を浮かべる『ママ』から、
「――っ!」
フランは距離をとる。
手にした【光の盾】を構える。
警戒するは、『ママ』の拳の先でカギ爪のように輝く【熱の刃】。
防御魔法を一撃で粉砕した熱と光の集合体だ。
まともに喰らえば人間の身体なんて、たとえ強化されていても紙切れ同然。
故に光の盾に魔力を集中させて、死ぬ気で防ぐつもりだろう。
だが次の瞬間、『ママ』はカギ爪ではなく鋭い蹴りを繰り出す。
「えっ……!?」
砲弾の如く放たれたヒールの爪先が、光の盾ごとフランの身体を吹き飛ばす。
ライトバンで衝突したような圧倒的なスピードとパワー。
奴は【強い体】すら強烈に使いこなすらしい。
しかも打撃の瞬間に【熱の刃】を使ったか。
「……!」
衝撃で臓腑をえぐられ悲鳴すらあげられず、フランの小柄な身体が宙を舞う。
集中も途切れたか【光の盾】が消える。
そんなフランを追うように『ママ』も跳ぶ。
嗜虐的な笑みを浮かべながら、輝くカギ爪を振りかざす。
吹き飛びながら守る事も避ける事もできないフランめがけて、対物兵器のような恐ろしいレーザー剣の束を振り下ろす。
褐色色の少女の瞳が恐怖に見開かれる。
その表情を見やって『ママ』は笑う。
ガラスが割れるような高い音。
……だが次の瞬間、フランは無傷。
少女の左手の袖の下から千切れた注連縄がこぼれ落ちるのみ。
先ほど冴子が追加で施術した【身固・改】が、仲間を守ったのだ。
「何処までも小賢しいあがきを」
舌打ちしながら追撃しようとした『ママ』は……
「……!」
不意に跳び退る。
その残像を、虚空から放たれたプラズマの砲弾が鋭く穿つ。
ライトバンの屋根を焦がし溶かしながらアスファルトの地面を抉る。
明日香の【雷弾・弐式】だ。
避けた『ママ』は憎々しげに虚空を睨む。
何もない空間から放たれた雷撃からは術者の位置を割り出せない。
対して地上から『ママ』を補足しながら明日香も舌打ちする。
今のは単にフランを守るための牽制じゃなかったらしい。
仲間を囮に、隙あらばそのまま『ママ』を倒すつもりだったか。
明後日の方向から撃てば光の壁で防がれないとの算段だろう。
……あるいは斯様に殺意のこもった一撃でなければ牽制にすらならなかった。
それほどまでに『ママ』は強い。
「フランちゃん!」
追撃をまぬがれ地に落ちたフランを冴子が抱き止める。
「ご……ごめんなさい……」
冴子の腕の中で消耗し、ぐったりとしたフランに外傷はない。
だが彼女を守る【身固・改】は一瞬で無に帰した。
フラン本人も、無茶な妖術の使い方をしたせいか動く事すらできない様子。
実力の差は防御魔法ひとつで覆るものではない。
そんな戦闘を少し離れた戦場から見やりながら舌打ちする舞奈も――
「――どうしたのぉぉぉ!? 仲間がママに殺される瞬間をそんなに見たいぃ!?」
「あんたは自分のママが殺られるところを見たくないのか?」
「何ですってぇぇぇ!? 有り得ない! 有り得ないわぁぁぁぁぁ!」
狂った女が繰り出す両刀使いの斬撃を避ける。
悔しいが、向こうの戦況が気になるのは本当だ。
可能なら目の前の敵をあしらって向こうの援護に回りたい。
だが性格はともかく相応に腕は立つ目の前の女は、それを許さない。
舞奈は舌打ちしつつ、側のさらに別の戦場を見やる。
「ちょこまかちょこまかとォォォ! 鬱陶しいハエねェェェ!」
「ドルチェさんの、そのガタイをハエ呼ばわりする奴は初めて見たぜ!」
「ハハッ! 目がついてゴザらんのかもしれん!」
「キィィィィィ! 何ですってェェェ!」
ドルチェとザンは、ドレスの男を翻弄している。
舞奈の目前の狂った女と同じように、気色の悪いドレスの男は闇雲に高枝切りバサミを振り回しながら、素早いドルチェとザンを追う。
だが長柄の刃物は宙を斬るのみ。
ドルチェは元より、ザンも軽口を叩きつつも一瞬たりとも敵から目を離さない。
故に的確に攻撃を避ける。
だが両者とも決め手に欠けるのは舞奈と同じ。
ザンの短刀は言わずもがな、ドルチェも小型拳銃を抜いているが撃っていない。
撃っても効かなかったのだろう。
いちおうドルチェは奥の手を持っているはずだ。
だが大胆な体形の割に慎重な彼は、確実に仕留められると判断するまでそれを使わないつもりらしい。
闇雲に仕掛けて防がれ、見切られたら次がない類の代物なのだろう。
だから、ある意味で向こうの勝負は気力と体力の削り合いだ。
一見すると単調な追いかけっこで先に集中を切らしたほうが負ける。
故に決着も早々にはつかないだろう。
あちらにバックアップ組の援護は期待できない。
だから舞奈は目前の女の斬撃を避けつつ――
「――おっ?」
再びライトバンの側に目を向ける。
何時の間にか、やんすと明日香の姿が見えない。
フランに代わって打って出たのだ。
もちろん正面から挑んだりはしない。
やんすはおそらく自身の異能力【偏光隠蔽】。
明日香は【隠形】【迷彩】による二段構えの隠形術を使ったか。
だから次の瞬間、フランと冴子に迫ろうと地に降りた『ママ』の背後に出現。
サブマシンガンを構えたやんす。
同じくサブマシンガンを構えた明日香。
透明化からの待ち伏せだ。
だが『ママ』は2人より上手だった。
おそらく何らかの手段で、着地の前に2人を補足していた。
だから2人が引き金を引く前に――
「――やんす!?」
振り返る。
目を丸くして驚くやんす。
側の明日香も反応が遅れる。
故に次のアクションも『ママ』が速い。
光り輝くカギ爪による、圧倒的な熱と光の斬撃。
狙いは明日香。
避ける余裕はない。
「明日香さん!?」
「明日香ちゃん!?」
フランが、冴子が叫ぶ。
その目前で、3本の刃に四分割された明日香の姿が……かき消える。
「……何度も何度も、忌々しい」
だが『ママ』は面白くもなさそうにひとりごちる。
手ごたえがなかった事に気づいたらしい。
次の瞬間、明日香は少し離れた場所にあらわれる。
クロークの四方から焼け焦げたドッグタグがこぼれ落ちる。
緊急避難用の転移魔術【反応的移動】によって難を逃れたのだ。
フランが安堵の笑みをこぼす。
「け、けど、今、確かに二段重ねの隠形術を見破られて……!」
よろよろと立ち上がろうとするフランを支えながら、冴子は驚愕する。
認識阻害による魔法と魔法の騙し合いは、魔力と魔力の力比べ。
あるいは技比べ。
圧倒的な魔力を誇る『ママ』は精神への介入すら跳ね除け欺瞞を看破できる。
敵の新手は思いの他に強敵だ。
バックアップ組だけで対処できる相手ではない。
そんな様子を成す術もなく見やりながら歯噛みする舞奈もまた――
「――ほらほらぁ! 早くしないと仲間がママに殺されちゃうわよぉぉぉ!?」
「そうだな! ママの目の前で早くあんたをぶち殺さなきゃな!」
「キィィィィィ! 生意気なキモイガキ!」
目前の狂った女を相手に攻めあぐねていた。
もちろん敵の攻撃は舞奈には当たらない。
むしろ敵の動きが読めてきた。
だから敵の【光の盾】をかいくぐって側頭にアサルトライフルを突きつける。
そのまま撃つ。全弾。
「――!?」
女は頭の横に開いた小さな穴からヤニ色の飛沫を撒きつつ吹き飛ぶ。
だが、それだけ。
「何っ! するのよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「……ったく、面の皮が厚くてうらやましいぜ」
跳びかかってくる女の斬撃を避けつつ舌打ちする。
そうしながら準備よく銃にくくってあった弾倉を引き千切って交換する。
小口径ライフル弾を【強い体】による身体強化だけで止められた。
これだから怪異は!
舞奈が何かミスした訳じゃない。
完全に火力不足だ。
残るは地面にでも叩きつけ、口腔に銃をねじこんで撃つくらいしか手はない。
何ならそれでもベロで防がれそうな気がする。
だが奴に対抗できる切り札を持つ明日香は『ママ』にかかりきりだ。
こちらの銃に魔法をかける余裕はない。
前回の戦闘と同じ千日手。
こんな事なら手榴弾でも借りてこれば良かったと思うが、後の祭りだ。
そう考えつつ、気づくと『ママ』は攻撃魔法の奔流を光の壁で防いでいる。
明日香の雷撃【雷弾・弐式】。
冴子が放つ火球【火龍】、巨大な水塊【屠龍】。
稲妻と炎、飛沫が、この世の終わりのような勢いで乱れ飛ぶ。
2人がかりで攻撃魔法を乱射し、波状攻撃を仕掛けているのだ。
ドレスの男に対するザンとドルチェの作戦と同じ。
それを砲撃に等しい攻撃魔法でしてのけるあたりが魔術師だ。
だが、それすら敵は【光の盾】で防ぎきる。
足止めになっているのが唯一の救いか。
そう思った途端――
「――そういう事か」
ニヤリと笑う。
何故ならジャケットの内側に収まった拳銃の内側から圧。
再び舞奈は明日香を見やる。
先ほどまでと変わらぬように施術する明日香。
……否、雷撃は冴子の【紫電】だ。明日香は攻撃に加わっていない。
なるほど2人がかりの猛攻の最中に、こっそり舞奈の銃に魔法をかけたか。
まるで授業中に担任の目を盗んで内職をするように。
生真面目な明日香は、だが真面目に必要と判断すれば嘘も欺瞞も平気で使う。
だから――
「――気になるの!? 仲間が死ぬところが気になるの!? ねェェェ!」
目前の狂った女は先程までと変わらぬ様子で斬りかかってくる。
何となく目前の女の事がわかってきた。
奴は周りの事など見ていない。
自分の事しか見ていない。
だから奴が他人を揶揄する時は、自分の事を言っている。
奴は敵の死が見たいのだ。
敵が死んで、その仲間が嘆き悲しむ姿が見たいのだ。
そう望む理由などない。あえて言うなら奴が邪悪な怪異だからだ。
だから舞奈が何を考えてるかなんて気にもしていない。
決めつけているだけだ。
そう舞奈は気づいた。
だが、その知見を活かす機会はもう何度もないだろう。
何故なら舞奈は間髪入れず、ジャケットの下から拳銃を抜いて撃った。
「何度やっても無駄よ!」
女は両手の光剣をクロスさせ、【光の盾】を形成して防ぐ。
舞奈が何故、光盾を避けようともせず撃ったのか考えなかった。
アサルトライフルではなく拳銃を抜いて撃った理由を考えなかった。
手にした拳銃がどういう状態にあるか、知ろうともしなかった。
それまで防げていたからという理由で、何の思惑もなく盾を向けた。
だから次の瞬間、銃声。
否、砲声。
明日香が得手とする付与魔法【力弾】の強化版。
舞奈も何度かお世話になった【炎榴弾】と同様に、銃そのものにではなく一発の銃弾の弾頭に魔力を収束させる、いわば手動で放つ攻撃魔法。
それは彼女自身が掌から放つ【力砲】と同等の威力を持つ斥力場の砲弾。
即ち【力砲弾】。
その威力、貫通力の前に生半可な防御魔法は意味をなさない。
故に一拍だけ遅れて、女は額に穴を開けたまま後ろ向きに倒れる。
どうして自分が撃ち抜かれたのか理解していない顔つきで。
あるいは撃たれた事にすら気づいていない表情で。
穴の開いた女の手の中で、穴の開いた光の盾がかき消える。
その下にあった両手の光剣も消える。
舞奈が片手で構えた拳銃の銃口の先で、硝煙と共に斥力の残滓が消える。
女はドサリと仰向けに地に伏せる。
目を見開いて呆然とした表情のまま、動かない。
「ウナちゃん!」
ドレスの男が気づいて叫ぶ。
「よくもウナちゃんを! 許さんぞ! あんたたちィ! 許さないわァァァ!」
「許さないと、どうするって!?」
舞奈は不敵な笑みを浮かべて挑発する。
そうしながら側の戦場に向かって駆ける。
先程まで戦っていた女には見向きもしない。
走りながら、男の脳天めがけて拳銃を構える。
男は思わず身構える。
もちろん【力砲弾】の効果はもうない。
先ほどの凄まじい一撃は、銃にこめられた一発の弾頭にかける術だからだ。
だが、目前のドレスの男はそんな事を知る由もない。
知っていたとしても、初見で見抜いて的確な対処ができるはずもない。
何故なら同じ銃で、一瞬前に舞奈は奴の仲間を一撃で打ち倒した。
その事実が、目前の敵のなけなしの理性を吹き飛ばした。
仲間を屠られ悔しいのに、恐ろしい。
おそらく奴らが、ライトバンに拉致した少女たちにもたらしたのと同じ感情。
それに奴自身が囚われていた。
故にドレスの男は、まだドルチェやザンよりずっと離れた場所に居るのに、今の舞奈を無視できない。だから次の瞬間――
「――?」
ドレスの男の周囲に何かが巻きついた。
肉眼では容易に見えないほど細い透明な何か。
その端はドルチェの手元からのびている。
それを認識できたのは舞奈と、おそらく仕掛けた本人であるドルチェだけ。
だから次の瞬間――
「――えっ?」
男の胴が両断された。
豆腐やバターをナイフで切るように何の抵抗も感じさせず。
それも首とかではなく胴体が。
一緒にワイヤーに巻きこまれた片腕ごと、男の胴は上下にスッパリ分割された。
舞奈のワイヤーショットのそれより細い透明なワイヤー、あるいはテグス。
それをドルチェの異能力【装甲硬化】で無敵にし、体術による加速と肥え太った身体の質量にまかせて引いたのだ。
いわば即興の処刑器具。
一見すると人好きのする小太りな彼は、この恐ろしい奥の手を繰り出すチャンスを虎視眈々とうかがっていたのだ。
故に次の瞬間、綺麗に分割されたドレスの男の上半身が地に落ちる。
腕がついたままの高枝切りバサミも落ちて路地を転がる。
その側に、スカートを穿いた下半身が倒れる。
身体強化が消える反作用でか手足が少し痙攣して、やがて動かなくなった。
「な……んだと?」
「ヒュー! こりゃおっかねぇ」
「光栄至極にゴザル」
呆気にとられるザンに、笑う舞奈にドルチェは満面の笑みを返し、
「あとは奴だけだな!」
舞奈、ドルチェ、ザンは走る。
目指すは『ママ』と戦う他の4人。
その間にも回復したフランが前に立ち、後方への被害を防いでいる。
おそらく攻撃魔法の飽和攻撃による足止めが通用しなくなったか。
数を5枚にまで変じた氷の盾も、フランを守るように敵の前を飛び回る。
後ろのやんすも、へっぴり腰ながらサブマシンガンで牽制する。
もはや『ママ』は光の盾すら使わず身体強化だけで銃弾の雨を防いでいる。
まるで映画に出てくる不死の怪物だ。
それでも当たってる間は身をこわばらせるのか動きが止まる。
……そう分析する間に氷の盾が砕かれ4枚になった。
勢いに乗ってフランに迫る『ママ』の目前に、いきなり火球が出現する。
怯んだフランを火球ごと両断しようと『ママ』は光のカギ爪を振るう。
だが打撃を受けた火球は破裂し、攻撃者を怯ませる。
明日香の【火盾《フォイヤー・シュルツェン》】だ。
それでも、そこまでの支援があってすらフランは攻撃を避け続けるだけ。
……否。この災厄のような相手に対して奇跡的に持ちこたえた。
だから舞奈はフランが跳び退ったタイミングを見計らい――
「――待たせたな!」
アサルトライフルを撃つ。シングルショット。
間近にフランがいるので斉射はできない。
だが狙いすまされた一撃。
逃げる彼女を追おうとしていた『ママ』は跳び退って距離を取る。
守り辛い足元を穿った弾丸に驚いたか。
油断なく身構えながら射点を見やり、
「……あいつら、やられたのかい。使えない奴らだね」
言いつつ『ママ』はくわえ煙草のまま舞奈たち3人を一瞥する。
その他に動くもの――仲間だった狂った女とドレスの男がいない事を確認する。
その上で平然と戦況を確認する。
冷静なのではない。
それまで共に戦ってきた他の2匹に、仲間らしい愛着を持っていないのだ。
そう思って舞奈が口元を歪めた途端、拳銃の内側から熱。
いつかの【硫黄の火】だ。
(またこいつか)
舞奈は思わず、目の前にいた『ママ』を睨む。
当てにしない決めていた矢先にこれである。
正直、少し面白くないのは事実だ。
何故なら何処からか気まぐれに魔法をかけた何者かは、同じ手札で妨害も可能。
だが今は都合が良いのも事実だ。
だから舞奈は拳銃を抜いて、片手で構える。
対して『ママ』は本気で舞奈に向き直る。
先ほどの狂った女とは違う。
舞奈の手の中に唐突に収まった強大な魔力に奴は気づいている。
「……シナゴーグの連中め、余計な介入を」
口元を歪めながら、両手で油断なく【光の盾】を構える。
先ほど自身に対してフランがしたように本気で防御する構え。
盾に追加の魔力をこめ、自身に向けられたレーザーを防ぐべく準備し――
――次の瞬間、その頭が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
驚きの声があがる。
もちろん『ママ』のものではない。
奴は自分の身に何が起きたかなんて気づきようもなかったはずだ。
舞奈自身でもない……と思う。
だが一様に驚愕の表情を浮かべる仲間たちと同じくらい驚いているのは事実だ。
斯様に誰もが呆然と見守る中、頭のない女の身体がドサリと地に転がる。
側に頭が落ちてきたりはしない。
吹き飛んだのではなく一瞬でひねり潰され消し飛んだからだ。
代わりに怪異の骸の側に、小柄な少女の姿があらわれる。
のばした腕の先の掌を、先ほどまで中年女の頭があった場所に向けた体勢で。
「明日香ちゃん……!?」
冴子が呆然とひとりごちる。
明日香の掌の先で、斥力の残滓が霧散する。
何の事はない。
明日香は渾身の奇襲を仕掛けて『ママ』を討ち取ったのだ。
敵は舞奈に気を取られてた。
その隙に、明日香は再び二段構えの隠形術を使って接敵した。
そして至近距離から【力砲】を放った。
舞奈が【光の盾】越しに狂った女を屠った【力砲弾】と同等の魔術を。
認識阻害への抵抗は、いわば魔力と魔力の力比べ。
他の危険に備えながら熟練者の認識阻害を見破るのは至難。
だから奴が舞奈に気を取られている今が好機だと判断したのだろう。
だが明日香は直前に二段構えの隠形術を見破られ、被弾した。
にもかかわらず愚直に同じ行動をし、今度は首尾よく成功させた。
計算づくで無茶をする明日香だから可能だった事だ。
それ以外の何者も、思いついても実行はできなかっただろう。
舞奈の手の中の拳銃から熱が失せる。
お節介な何者かが銃にかけた魔法が解除されたのだろう。
ちょっと気分が良かった。
なので窮地の末の唐突な勝利に一行が呆然とする中、最初に動いたのも舞奈だ。
今はもういない敵が乗っていた、壁に半分めりこんだライトバンに走り寄る。
開きっぱなしのドアから中を覗きこむ。
後部座席に横たわる2人の少女を見やって笑う。
戦闘前にちらりと確認した通り、2人の身体に外傷はない。
舞奈たちは怪異による二次被害を首尾よく防ぐ事ができたのだ。
なので――
「――あっトーマスさん。ターゲットの怪異3体を排除しました」
我に返ったフランが支部に連絡するのを見やり、
「べっぴんさんたちも無事だぜ!」
舞奈も満面の笑みで叫んだ。
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