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第21章 狂える土

次なる事件

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 天気の良い、一見すると平和でのどかな平日の朝。
 まだ人気の少ないホームルーム前の教室で……

「お、おう……」
 舞奈は思わず絶句する。
 テックの机の上のタブレットを覗きこみながら。
 具体的にはテックが見ていたネットニュースの記事を読みながら。

 爆発事故や銃密輸グループ同士の抗争の衝撃も冷めやらぬ埼玉の一角。
 早くも忘れられかけた男児殺害事件現場から少し離れた繁華街の、さらに一角。
 そこで今度は首のない男性の遺体が見つかったらしい。

「そりゃまあ、そのくらいでなきゃあたしがヘルプに呼ばれんだろうが……」
 思わず口をへの字に曲げる。
 そうしながらも仕方なく記事を読み進める。

 被害者の男性は何処かの会社の役員らしい。
 記事の端に小さく掲載されている写真は年若い真面目そうな男のそれだ。
 もちろん脂虫や狂える土ではない。
 殺されたのは罪のない人間の男性だ。

 その一方で加害者――首狩り殺人鬼の正体は不明。
 公共の往来で、そんな事が可能なのかが不思議と言えば不思議だ。
 目撃者がいないという事はないだろうし、何かのトリックがあるのか?
 それとも付近の住人(つまり狂える土)とグルなのか?
 あるいは地元警察と?

 だが、いずれにせよ実行犯は狂える土だと舞奈は思う。
 首を切断して持ち去り、胴体だけを公共の往来に捨て置くという殺し方は、まともな人間のやり方には思えない。

 ……まあ楓が脂虫を扱うやり方と同じと言われれば同意しかない。

 だが復讐者である彼女が邪悪な人型怪異に向けるような感情を、特に罪があるとも思えない人間の男性に向けたのだから、まともでないことは明白だ。

 つまり怪異によって人間が殺された。
 数日前の事件と同じだ。
 前回は子供。
 そして今回は大人だ。

 前回の事件で舞奈は義憤に駆られ、計画し、ほぼ単身で敵グループを排除した。
 その数日後にこれである。
 あの時の憤りが糠に釘だったような気がして朝から気分が萎えてくる。
 今回もまた前回と同じように怒るべきだと思う反面、なんというか、こう、早くも徒労感が半端ない。
 トーマス氏が保守的であまり自分から動かない理由が少しわかった気がした。
 そのように舞奈が朝から疲れていると――

「――それでね、ネコポチが……」
「あら、それは可愛らしい仕草ね」
「うんうん。ネコポチちゃんは賢いよね」
 チャビーに明日香、園香が連れ立って登校してきた。

「あっ! マイ! テック! おはよう!」
「2人ともおはよう」
「みんなおはよう」
 いつも通りにチャビーは元気に、園香は穏やかに挨拶する。
 テックが顔を上げて挨拶を返し、

「……2人ともおはよう」
「……おはよう明日香」
 明日香は舞奈とテックのところにやってくる。
 声のトーンが露骨に下がっている。
 朝から2人でつるんでいた事で何かを察したらしい。

「ごろごろごろ……」
「あっみゃー子ちゃん! ボールだ!」
「みゃー子ちゃん、どうやって動いてるんだろう……?」
 園香とチャビーは気を利かせ、転がるみゃー子を追いかけて何処か行く。
 チャビーは違うかもしれないが。

「なあ、明日香さんよ」
「……みなまで言わないでもわかるわ」
 声をかけた途端、疲れた返事が返ってきた。

 何の事はない。
 明日香も同じニュースを見てきたのだろう。
 そしてチャビーたちとかしましく世話話をしつつも内心では舞奈と同じように朝から疲れ果てていたのだ。
 やれやれだ。

「おーっほっほ! 皆の者! 西園寺麗華が登校してまいりましたわ!」
「――シュート!」
「ぎゃー! ボールがシュートしてきましたわ!?」
「麗華様、それはみゃー子さんなンす」
「ボールがシュートする……?」
 丁度よく登校してきた麗華様にみゃー子が跳びかって阿鼻叫喚の騒ぎになる。
 ジャネットとデニスが苦笑する。
 園香が困る。
 チャビーは何かの芸だと思ってニコニコと見やる。

「――わっ! みゃー子さん!? 朝から卑猥なゼスチャーしたらダメなのです!」
(卑猥!? 委員長、あれが何に見えたんだろう……?)
 続けて登校してきた委員長があわてて、音々が困惑する。

 普段通りの教室だ。
 良い意味でも悪い意味でも。
 そんな皆の様子を見やり……

「……まったく気楽でうらやましいぜ」
 ひとりごちつつ、舞奈はやれやれと肩をすくめた。

 ……そんなこんなで放課後。

 普段通りに下校した舞奈たちは、普段通りに県の支部から埼玉支部に転移する。
 そして今日はちょっとタクシーとか使いたいな……とか思いながらも皆と一緒に禍我愚痴支部までやってきた。

 そして普段通りに皆が集った会議室で……

「……早速だが、今朝のニュースは見ただろうか?」
「ああ、知ってるぜ!」
 トーマス氏の問いにザンが得意げに答える。
 なんとも元気でうらやましい。

「ええ、まあ……」
「やんす……」
 冴子に、やんす氏、他の皆も異口同音に同意する。
 皆ちょっと(ええ……)みたいな表情なのは仕方ないだろう。
 こちらが普通の反応だと舞奈は思う。
 先日の一件で皆も大騒ぎして、ようやく片がついたと思った矢先の出来事だ。

「っていうか、昨日のうちにわからなかったのか?」
「皆が帰ってから起きた事件だからね」
 ジト目で見やる舞奈に、対してトーマス氏は爽やかな笑顔で答える。
 彼も彼で、爽やかな満面な笑顔も場合によっては良し悪しだ。

「昨日のうちにメールで知らせても良かったんだけど、意味ないだろう?」
「そうね。警察の代わりにわたしたちが何か出来る訳でもないんだから」
「そりゃまあそうなんだけど」
 明日香も一緒になったぐうの音も出ないツッコミにむくれる。

 まあ確かに人間同士の殺人事件の調査は【機関】の管轄外だ。
 地元警察にまかせる以外に出来る事はない。
 相手が狂える土――中東から来た人型怪異かもしれないとは言っても、確証もなしにしゃしゃり出ても追い返されるだけだと舞奈だって知っている。
 それでも――

「――それより諜報部の調査でわかった事があるんだ」
「頭が見つかったのか!?」
「いや、そうじゃない。そっちは犯人が持って行ったみたいだね」
「なんだそりゃ!? 怖っ! 喰うのか!?」
「奴らならやりかねんが、その発想はなかったな……」
「お話の続きいいですか?」
「すいません。お願いします」
「はい。今回の犯行には回術が使われた形跡があるんです」
「回術だと?」
 ザンの妄言は軽く流してフランの言葉に驚く。

「警察内部の協力者からのリークなのですが、御遺体の頭部は血痕が残らない方法で切断されていたそうです」
「ニュースでは見なかった情報だな」
「それは他の地域でも同じはずよ。そちらは【組合C∴S∴C∴】が手を回して箝口するのだけど。非魔法の手段ではまず不可能な手口なんだから」
「はい。具体的には高熱の刃物が使われた可能性が高いと」
「つまり【熱の拳カブダ・ハラーラ】ないし【熱の刃サイフ・ハラーラ】って事ね」
「おそらくは」
 冴子の推理にフランはうなずく。

 有力な魔術結社である【組合C∴S∴C∴】は、術者や異能力者の存在を世間から隠匿すべきという理念の元に活動している。
 術や異能力が犯罪に使われた場合に口止めくらいするだろう。
 同じ事が今回の事件でも行われたのだ。
 もっとも、今回の箝口の立役者が【組合C∴S∴C∴】かはわからないが。

 そして【熱の拳カブダ・ハラーラ】は掌からレーザー光線を放射し、【熱の刃サイフ・ハラーラ】はレーザーを光の刃のように放射する回術だ。
 そいつで人体を切断すれば傷口は焼き潰されて血は出ない。
 もちろん熱したナイフ程度の熱量ではそんな芸当はできない。
 術か異能を使わなければ不可能なやり方だ。
 だが得物に炎を宿らせる異能力【火霊武器ファイヤーサムライ】では少し違った状態になる。

 つまり今回の事件は術者の仕業だ。
 仮に回術士スーフィーでなくとも他の流派の術者がいる。
 さらに――

「――そして、もうひとつ」
「まだあるでゴザルか?」
 続くトーマスの言葉に、太っちょドルチェが訝しむ。
 舞奈も無言で先をうながす。
 どうやら禍我愚痴支部の優秀な諜報部は、昨日の夜半に起きた事件について一日足らずで相当の事を調べてくれたらしい。

「ああ。被害者は地元企業の役員らしい。その企業は数日前に狂える土の解体業者との契約を破棄している」
「その腹いせか報復か……でゴザルかな」
「それはまだ何とも。だが可能性は高いね」
 トーマスの答えに、ドルチェがふむとうなずく。
 舞奈も同意見だ。

 単純に考えれば、怪異の業者が仕事で無茶をやらかして人間の企業に切られ、その仕返しに回術士スーフィーを使って相手の役員を殺害したといったところか。
 まったく怪異どものやりそうな事だ。
 奴らは人間社会の法や規則など悪を成す足掛かりにしか考えていない。
 自分勝手にルールを利用し、都合が悪くなればルール無用で襲いかかる。
 奴らの下劣さは個体でも集団でも同じだ。
 脂虫も人間に変装した泥人間も、狂える土も同じだ。

「そうなると警察の手には負えないでやんすね」
「つまり俺たちの出番だな!」
 やんすの言葉にザンがいきり立ち、

「そこで今日は式神を使って事件現場を探ろうと思う」
「……」
 トーマス氏の台詞を聞いて座る。

 今回もまたザンや舞奈たちはギャラリーだ。

 だが、それも一理あっての事。
 今回も敵に術者がいるらしいと情報があったばかりだ。
 事前に式神による調査ができるのならそうすべきだろう。
 そうすれば、少なくとも前回のように式神を撃墜できるような相手が出てきた場合に人的被害は抑えられる。
 そういった思惑をザンが理解できるようになるのはどれほど先か……

 ……なので半刻ほど後。

 前回の調査の際と同じように机を端に退けてモニターが設置された会議室で、

「式神の準備ができたわ」
「こちらもオーケーです」
「では出発してくれ」
 魔術師ウィザード2人の合図とトーマス氏の指示のもと、

「おおっ動いた!」
「ザン殿、何度見ても珍しいのでゴザルなあ」
 前回と同じように人形サイズの式神が動き出す。
 ひとつは冴子の旧軍兵士。
 もうひとつは明日香の影法師。
 2体の式神は準備運動のように完全稼働のチェックをしてから――

「――消えた!? 失敗か!?」
「……違います」
「今回は術で姿を隠して偵察するでやんす」
「そんな事までできるのか」
 その姿が溶けるようにかき消えた。
 子供みたいに驚くザンに、横からやんす氏が解説する。

 何の事はない。
 冴子は式神に【物忌・改ものいみ・かい】【陽炎・改かげろう・かい】をかけたのだ。
 明日香は【隠形タルンカッペ】【迷彩タルヌンク】。
 割とお馴染みな二段構えの隠形術だ。

「式神が【偏光隠蔽ニンジャステルス】を使えるのか? チートじゃねぇか」
「言っとくが、あたしは異能力で高速化すらできないからな」
「いや、そりゃわかってるっすけど」
 不満そうなザンの隣で舞奈は口をへの字に曲げる。
 ザンも口を尖らせる。

 彼は高速化の異能【狼牙気功ビーストブレード】の持ち主だ。
 だがひとりの異能力者が持てる異能力はひとつ。
 だから術者が数多の術を操る様子が不公平に感じるのだろう。

 彼の友人でもある切丸もそうだった。
 あの作戦で、自分の持ち得ない力――認識阻害の国家神道【物忌・改ものいみ・かい】の注連縄を持っていたスプラを羨んでいた。
 だから、あの時、彼は怪異になってしまったのかもしれない。
 敵の道術という力に惑わされ、懐柔を受け入れてしまったのかもしれない。

 舞奈はザンに同じ轍を踏んでほしくなかった。
 だから――

「――明日香。【迷彩タルヌンク】の方だけ解除できるか?」
「えっ? 正常に施術されてるはずだけど」
「だからだよ。認識阻害だけかかってる状態にしてほしいんだ」
「何でよ?」
「試してみたい事があるんだよ」
 ふと思いついて言ってみた。

「まったく……」
 面倒くさそうな文句と共に、舞奈には影法師の姿が見えるようになる。
 光学迷彩を解除し、認識阻害だけで見えなくなっている状態になったのだ。
 そして認識阻害は舞奈には効かない。

「さっきまでいた場所に、ショボい方の式神がいるのがわかるか?」
「ショボいって何よ」
 ザンに問いかけ、ついでに皆の表情を見やる。

 ドルチェには式神は見えていないようだ。
 一般的に異能力者は術者の施術に対抗できない。扱う魔力のレベルが違うのだ。

 フランにも見えていない。
 こちらは単に明日香のほうがその方面の技術が上だからだろう。
 彼女は優秀な占術士ディビナーだが、騙し合いみたいな魔力の使い方に性格の悪い明日香ほど手馴れているようには思えない。

 トーマス氏も不思議そうな表情をしている。
 何故かやんす氏が(見えたでやんす)みたいな表情をしているが、単に向かいの壁にシミか虫でも見つけたのかもしれない。

「いや見えないけど……」
 もちろんザンにも見えていない。
 今はまだ。だが、

「見えるかどうかじゃなくて、わかるかっつってんだ。さっきまでいた場所にいるんだよ。見えなくなったって思いこまれてるだけだ」
 舞奈は言ってザンを見やる。

 術者じゃないザンは認識阻害を使えない。
 舞奈だって同じだ。
 だがコツをつかめば見破る事はできる。
 現に舞奈は普通に認識阻害を見破っている。

 目の前にあるものが本物か偽物か。
 それを様々な角度から疑い、確認しようとする事で、魔力によって脳の中に創り出された『見えない』という幻を追いはらう。
 それが舞奈が幻に対処する時の考え方だ。
 同じ事がザンにもできるようになれば、彼も目の前にぶらさげられた誘惑に惑わされずに正しい選択ができるかもしれない。
 そう思ったのだが……

「何も見えないでゴザル……」
「そう言われてみれば兵隊が見えるような気も……」
「そっちじゃねぇ」
「ちょっと、今、そんな事して遊んでる場合じゃないでしょ?」
「あっ」
 再び式神が見えなくなった。
 光学迷彩の魔術【迷彩タルヌンク】がかけ直されたのだ。

「まだ話の途中だろ……」
 舞奈はぶーたれる。

 だが、まあ、ザンより熟練者で普通に考えれば呑みこみも早いであろうドルチェも試したらしいが無理だった。
 ザンには時期尚早だ。
 そう思いなおす。

 思いこみを捨てるのは簡単じゃない。
 自分だって荒事に関係しない場面ではそういうところもあるのだろうし。
 だが今はきっかけだけでも構わない。
 今の話を覚えていてくれれば何かの機会に理解できるかもしれない。
 そんな事を考える舞奈の前で、

「もう行くわよ?」
「へいへい。行ってらっしゃい」
 見えない式神は開きかけのドアをこじ開けて部屋を出る。

「あっそこに何か見えた気が」
「……今は普通に目に見えないけどな」
「あとはわたしが説明するわ」
 明日香が式神を操りながら言葉を続ける。
 舞奈が隠形の仕組みを説明してマウントを取りたかったと思っているのだ。
 まったく。

「ひと口に隠形、身を隠すと言っても、その原理は大きく2種類に大別されます」
「そうなのか」
「ひとつは可視光に干渉して光学的に身を隠す、いわゆる光学迷彩です」
「……【偏光隠蔽ニンジャステルス】みたいなって事かい?」
「そうです」
 式神の操作に集中しながら明後日の方向を向いて話す明日香。
 対してザンは意外にも素直に話を聞いている。

 見た目も中身も女子小学生な眼鏡の話を冷やかしもせずに聞いているのは、明日香が舞奈の友人だからと言う理由も少しはあるだろう。
 舞奈はザンと実際に手合わせして実力の差を思い知らせた。

 だが、それより彼は第一印象より素直な性分なんじゃないかと舞奈は思う。
 彼が友人だった切丸を強者だと言ったのは、性分のせいもあるのではないか。
 けれども伸びしろは彼のほうがある気がする。

 ……単に舞奈がそう思いたいだけなのかもしれないが。

 何故なら舞奈は仲間だった切丸を討った。
 もちろん自分の選択は正しかったと納得はしているつもりだ。
 それでも、一片の後悔もないと言われれば嘘になる。
 だがザンは目の前にいる。
 彼が切丸を越えてくれたなら、あの日に舞奈が捨てたものを埋め合わせられる。
 そんな気がした。

「――それで、もうひとつは認識阻害。対象の意識に対するジャミングです」
「???」
「だから、見えないって思いこまされてるんだよ」
 続く言葉に困惑するザンに、舞奈がツッコむ。

「要は思いこみを捨てればいいんだ。そこに何かがいるのは確かなんだから、自分を信じて動くんだよ。それならできるだろう?」
「そうでやんすね。精神に影響をあたえる術への対抗策は確たる意志でやんす」
「そっかー」
 やんすも交えて皆で説明して、

「明日香ちゃんの説明はわかりやすいな」
「……悪かったな。説明が下手で」
 感心するザンに舞奈はむくれる。
 明日香が敬語で話すから説明もわかりやすかったと思いこんだのだ。
 素直な性分なのも良し悪しだ。

 と、まあ、そうこうするうちに……

「……この辺りが例の事件があった繁華街か」
「そうでやんすね」
 モニターには見慣れない街が映っていた。

 他の地域でも見かける活気のある繁華街。
 だが、街中がくわえ煙草の狂える土どもでいっぱいだ。
 いたるところで人の顔をした怪異どもが奇声をあげながら暴れまわっている。
 その合間を、市井の人たちが警戒するように行き交っている。
 まるで地獄の底が人の街に溢れ出たようだ。

「防犯も兼ねて、付近の狂える土を観察してみます」
「では、こちらも」
「了解。頼むよ」
 冴子と明日香の式神は手分けして街を歩く。
 狂える土どもは目に見えない小さな式神が歩き回る様子に気づいていない。
 そんな状況を幸いに……

「……どいつもこいつも悪そうな面してやがるな」
「そりゃまあ、狂える土でゴザルからなあ」
 モニターの見上げる視点から、皆で特に不審そうな怪異を探す。

 だが、それらしい人物が都合よく見つかったりは当然ながらない。
 暴れまわっている狂える土の全員が危険だと言えば危険だ。
 奴らのうち誰が人間の首をはねて持ち去っていても不思議じゃない。
 そのくらい、姿形だけを人に変えた怪異どもの暴れぶりは異常だ。

「首も見つからないでやんすね」
「流石に落ちてたら警察が回収すると思いますけど……」
 ボケたやんすにフランがツッコむ。

 それでも付近で暴れまわる狂える土どもの中に目的の殺人鬼はいない。
 何故なら冴子も明日香も式神越しに魔法感知できる。
 それに強い反応はないらしい。
 つまり周囲の狂える土どもは異能力こそ持っているが妖術師ソーサラーじゃない。

 そうこうするうちに2体の式神は繁華街をひと回りして……

「……予想行動可能時間の半分を過ぎたので、これより帰投します」
「こちらも同じく」
「了解。お疲れさま」
 時間切れだ。

 国家神術や陰陽術、戦闘魔術カンプフ・マギーによって召喚される式神は、ウアブ魔術で召喚される魔神とは違って長期間の維持はできない。
 長くて数時間だ。
 なので……

「……歩いて帰ってくるのか」
「他にどうやって帰るんだよ?」
 能天気な問答をするザンや舞奈を尻目に、2体の式神は来た道を戻っていく。

「鷹乃さんがいらっしゃれば、彼女の式神で他の式神を運べそうなんですけどね」
「まあ、できはするでやんすが……」
「式神が飛行機の式神に乗るでゴザルか」
「楽しそうだな……」
「ですよね!」
 その他ギャラリーの勝手な言い草にもかかわらず術者2人は式神を操作する。

 もちろん、その場で術を解除すれば式神も消える。
 だが持って行った非魔法のカメラやマイクを現地に置き捨てる事になる。

 なのでモニターの中で見覚えのある景色が逆向きに流れる様子を見やりながら、

「けど、現場周辺の調査に危険はないようだね」
「そうでやんすね。隠形した式神を見つけて倒せるレベルの敵は、前に舞奈さんが倒したあいつだけだったみたいでやんす」
「らしいな」
 トーマスらが現状を総括する。

 今回は式神が襲撃されたりはしなかった。
 その事実が確認できた事が今回の調査の唯一の収穫だ。
 なので、

「そういう訳だから、明日からは現地へ直接赴いて調査をしたい」
「待ってました!」
 トーマスの言葉にザンが歓声をあげた。

 その様に新たな事件の調査は、ゆっくりながらも一応の進展を見せた。

 帰投した式神から機材を回収した後に舞奈たちも帰った。

 そして翌日。
 ホームルーム前の教室で……

「……ま、気長に探すしかないさ」
「珍しく同意見ね」
「あるいは先方の諜報部が何かつかんでくれるか」
「あら、珍しく他人頼り?」
「期待くらいしてもいいだろ」
 2人で登校してきた舞奈と明日香は、

「ちーっす、テック。今日も早いな」
「おはよう工藤さん」
「おはよう舞奈、明日香。これ見て」
「ったく、また新しいトラブルか?」
 開口一番にうながされ、軽口を返しながらタブレットを覗きこむ。
 明日香も反対側から覗く。

 動画サイトから拾ってきた配信動画のようだ。
 だが、そこに映っていたものを見て、

「お、おう……」
「……」
 流石の舞奈も絶句した。
 隣の明日香なんか眼鏡が少しずり落ちている。

 動画の背景は何処かの施設の部屋の中。
 主役は2匹の狂える土だ。
 片方は似合わない女物のドレスを着こんだ太った中年男。
 中々に酷いインパクトだ。
 もう片方は男の方よりは若いが、それでも相応に年のいった女。
 だが尋常じゃない目つきと顔つきのせいで、男の方より恐ろしげに見える。

「親の顔が見てみたいぜ」
「この2人、血縁者よ。男の方がそうだと思うけど」
「そりゃどうも」
 明日香の分析に肩をすくめる。

 だが正直、そんな部分の答えなんかどうでもいい。
 この動画には、それより重大なツッコミどころがある。
 明日香も知ってて言っている。
 その信じられない事実とは……

「その……なんだ、テックさんよ」
 舞奈はやれやれと、ひとりごちるように問いかける。

「【機関】が一日がかりで調査しても見つからなくて長期戦を覚悟しててた殺人鬼を、どうやって見つけてきたのかを知りたいんだが……」
「……」
 続く言葉にテックは無言。
 たぶん、先方が配信した動画を再生しているだけなのだろう。

 動画の中の2匹の怪異が、スピーカーをオフにして再生していてもわかるくらい下品にけたたましく喚き散らしながら弄んでいた何か。
 それは先日の事件で犯人に持ち去られ、行方知れずだった犠牲者の頭部だった。
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愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

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