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第21章 狂える土
日常3
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月曜の午後に狂える土のグループを単身で襲撃した舞奈。
以前の戦闘で斥候の式神を倒した狙撃手が姿をあらわすも、鷹乃の式神やテックのドローンの力を借り、狙撃手を含むグループ全員を排除する事ができた。
そんな一大イベントがあった日の翌日。
つまり平和な火曜の放課後に――
「――別に気を使わなくていいのに」
「そういうんじゃないよ。気持ちだよ気持ち」
「ま、本人がそうしたいって言うんだから、気にする必要はないわ」
舞奈とテック、明日香は通学鞄を背負ったままぶらぶら歩く。
学校帰りに繁華街へ寄り道である。
舞奈や明日香が禍我愚痴支部に行かずに地元で油を売っていられる理由。
それは先方での今日の仕事が予期せず休みになったからだ。
舞奈が鷹乃やテックの協力を得て倒した狂える土のグループ。
そいつらを先方の諜報部が調査した結果、銃器の密輸に関わっていたらしい。
狙撃手がいたビルからは大量の火器や弾薬も見つかった。
そこが奴らのアジトでもあったのだろう。
賢明な諜報部の面々は、この事実を表の警察や各種メディアにリークした。
曰く、中東からの違法移民が国内で銃器を所持していた。
抗争が勃発して多数の死者も出た、と。
もちろん世間は大騒ぎ。
何せ証拠の死体も大量の銃も揃っているのだ。
しかも鷹乃の式神が派手にやらかして爆破事件として処理されていた。
なので警察も、たとえ内部に怪異の間者が紛れこんでいようと揉み消せない規模で動かざるを得なくなった。
今日は支部をあげてそちらの対応に取りかかるらしい。
と、いう訳で隠密活動のために他県から呼ばれた実行部隊には出番なし。
結果的には首尾よく奴らの企みのひとつを暴いた功績に対するボーナスの意味もこめて、今日の仕事は休みになった。
なので舞奈は協力してくれたテックに飯でも奢って労おうと思ったのだ。
まあ手伝ってくれたのは鷹乃も同じではある。
だが、あちらには報酬代わりのプレゼントを先に渡したし、飯を奢るならバイト先じゃないほうが良いだろう。
それに何よりテックは今回の戦闘のMVP。
禍我愚痴支部の面々や鷹乃や冴子や明日香までもが手を焼いた敵グループの狙撃手を、彼女が操るドローンが仕留めたのだ。
諜報部がアジトのビルをスムーズに調査できたのも彼女のおかげだ。
狙撃手を排除したついでにアジトにいた他の狂える土も始末しておいてくれた。
なので調査が妨害される事も銃を持ち去られる事もなかった。
奴らの悪事を防ぐ唯一の手段は武力で排除する事だ。
それ以外の穏便な方法は存在しない。
そういった意味では奴らは脂虫と同じだ。
「そういやあテック、そのドローンとやら、まだ持ってるのか?」
「今は貸し金庫に預けてある。家に置いておくより安全だし」
「いちおう警備にわたしの実家が携わってる会社だから、セキュリティ面での心配はないはずよ。必要があれば24時間いつでも取り出せるし」
「それヤバイ業者向けのサービスなんじゃないのか? まー安心っちゃ安心だが」
例のディフェンダーズ謹製の武装つきドローンは明日香の実家の息がかかった場所に安置されているらしい。
テックらしい堅実な判断だと思う。
と、3人は女子小学生の容姿に似合わぬ少し物騒な会話をしつつ……
「よう張! 来たぞ!」
「こんにちは」
目当ての『太賢飯店』にやってきた。
舞奈は我が物顔で、立てつけの悪いドアをガラリと開ける。
明日香も続く。
途端、
「アイヤー! 舞奈ちゃん、明日香ちゃん。久しぶりアルね」
体形に似合わぬスピードで飛んできた店主の張が出迎える。
例によって、かき入れ時も近いのに暇だったらしい。
「今日は上客を連れてきたんだ。失礼のないようもてなしてくれよ」
ニヤリと笑う舞奈を怪訝そうに見やった張の前に、
「お邪魔します」
苦笑しながらテックが顔を出す。
「テックちゃんアルね。今日はたんと食べていくアルよ」
「そうそう。なんたって、あたしの奢りだからな!」
「……舞奈ちゃん、ツケで奢る気アルね。驕れるものは久しからずアルよ」
舞奈の大言壮語に張が嫌そうに言葉をかぶせる。
隣でテックが小さく吹き出す様子を見やり、
「ったく、小粋なジョークでもてなしやがって」
むくれつつも、舞奈は慣れた調子でカウンターのいつもの席に腰かける。
明日香も続き、テックも舞奈の隣に座ってメニューを開く。
「何にするアルか?」
「じゃ、担々麺に餃子で」
「わたしは天津飯をいただくわ」
いつもの2人はメニューを見ずに惰性のまま注文し……
「……わたしは汁なし担々麺」
「サイドメニューはいいアルか?」
「じゃあ、このセットの点心ってやってる?」
「もちろんアルよ。食べきれなかったらお土産に包むアルよ」
「ありがとう」
テックも手際よく注文を決める。
ここに来ると聞いてから頭の中で食べたいものをチョイスしておいたのだろう。
そういうところは流石のテックだ。
……故に、あの時、的確に敵を仕留める事ができた。そう舞奈は思う。
後に聞いた話では、敵の狙撃手は回術を使う特別な狂える土だったらしい。
だがテックの用心深さと機転には敵わなかった。
それがモニター越しにドローンを操作するので危険はないとはいうものの、巡り巡れば人の命がかかっている仕事を彼女に託した理由でもある。
確かにテックに実戦経験はない。
だが今までも情報収集と言う形で舞奈や明日香をサポートしてくれた彼女は2人の事情を、怪異や異能力の使い手が跋扈する裏の世界の事情を知っている。
それにも増して冷静な判断ができる。
スーパーハッカーでもある彼女の判断のシビアさは場慣れた明日香に匹敵する。
そんな3人の小学生の注文を聞いて、カウンターの後ろに戻った張は……
「……舞奈ちゃん、ここのところ忙しかったアルか?」
「まあな」
手際よく料理の準備をしながら背中で問いかける。
麺を茹でながら天津飯の卵と点心を準備しながら餃子を焼く匂いと音に、思わず舞奈は口元を緩める。
最近は学校が終わってからすぐに埼玉に行っていた。
なので当然ながら張の店にも来ていなかった。
そういえば事前に断っていた訳でもないので心配させてしまっていたかもしれないと少し思う。なので、
「今度は何をやらかしたアルか?」
「あたしがやらかした訳じゃないけどな」
「いえ実は……」
太ましい張の背中に向かって2人して事情を話す。
埼玉の一角にある、怪異に実効支配された地域の事。
狂える土――中東から不正移民として国内に入りこんだ大量の人型怪異の事。
奴らの不審な動きの事。
現地での調査に複数の支部から集められた増援が協力している事。
舞奈と明日香もその一員である事。
斥候の式神を襲撃した狂える土のグループが引き起こした事件の事。
そこで舞奈たちがした、ちょっとした企みの事。
この件に関する特別な守秘義務とかはないので張に話すのは問題ない。
「あの事件の裏で、そんな事があったアルね」
「まあな」
「って事は、今朝のニュースの爆発事故も舞奈ちゃんのせいだったアルね」
「ビルを爆発させたのは鷹乃ちゃんだけどな……おっ待ってました」
余計なひと言にむくれた途端、給された熱々の担々麺を見やって笑う。
大盛の椀から立ち昇る、辛い湯気が鼻孔をくすぐる。
張の料理は驚くほど手際が良い。
そして今しがたの舞奈の話は少しばかり長かった自覚はある。
今の任務が始まって、まだ、それほど日は経ってないと思っていた。
だが短い期間で色々な事がありすぎたのも事実だ。
ちなみに鷹乃の式神は狙撃手を討とうとしてビルの壁を術で焼いた。
そいつが爆発事故として今朝のトップニュースになっていた。
まったく。
「明日香ちゃんも、舞奈ちゃんにつき合って大変だったアルね」
「いえ、それほどでも」
「どういう感想だよそりゃ……」
明日香の前に給された天津飯の、つやつやと甘い色に輝くあんを見やりながら舞奈は口をへの字に曲げる。
どうやら今の話を聞いて、舞奈が我儘で皆を振り回したと思ったらしい。
まったく。
しかも明日香も否定しないし。
「テックちゃんも、たんと食べるアルよ」
「ありがとう。いただきます」
テックの前にも美味そうな担々麺が給される。
こちらは舞奈の椀とは違って皿に盛られた平麺だ。
だが豆板醤の赤色と、豪華に盛られたひき肉、食欲をそそる辛い匂いは同じ。
テックは嬉しそうに箸を取り、麺を程よくかき混ぜてから少しつまんで頬張る。
「もちもちの麺、好きだから」
「なるほどな。あたしも今度、頼んでみるか」
「おすすめアルよ」
言ってみた途端に破顔する張を見やり、
「そういやあ張、そっちでも何かつかんでないか? 奴らの事」
ふと思いついて訪ねてみる。
人気のない中華料理屋を営む張の裏の顔は、怪異や異能の使い手が跋扈する裏の世界の事情に明るい情報屋だ。
彼から奴らについて話を聞ければ、今後の調査の役に立つ。
何故なら舞奈たちはまだ、今回の仕事の本来の目的である、狂える土どもの最近の不審な動きについて何もつかんでいないのだ。
なので何か都合のいい話でも聞けないか期待した舞奈だが……
「……ワタシも世界の情勢にそこまで詳しい訳じゃないアルよ」
「あんたがか?」
張の答えにちょっと拍子抜けし、
「アジアと中東じゃ事情も違うわよ」
「まあ、そういう事アル」
「そっかー。おっサンキュッ」
続く明日香の言葉に何となく納得する。
そうしながら給された焼きたての餃子をつまむ。
ラー油とタレを程よくつけ、ひと口、頬張る。
端はパリッと、中はモチモチした皮の食感、噛んだ途端に溢れ出る肉汁と、ひき肉とニラとタレのハーモニーを堪能する。
まあ、確かに今までだって張から中東の話を聞いた事はない。
舞奈がしなきゃならない仕事が、何かのついでで楽にスムーズに進む事はない。
なので気持ちを切り替えて絶品餃子を味わっていると――
「――こんばんは」
「おい見ろよ張! 客だぞ!」
「……舞奈ちゃんたちも客アルよ」
軽口に気を悪くする張が見やる前で、立てつけの悪いドアがガラリと開き、
「おや、舞奈さん。皆さんも」
「皆お揃いで、また何か企み事かい?」
制服姿の女子高生と女子中学生があらわれた。
楓と紅葉だ。
こちらも学校帰りなようだ。
少し早い夕食のつもりか。
桂木姉妹は駅前の高層マンションに住むブルジョワだが、姉の楓はポンコツな上に料理が致命的にできない。
手伝いを雇ってる風でもないので普段から外食がメインなのだろう。
「またって言われるほど、あたしが何かやらかした事あったっけ?」
「はは、ごめんごめん」
珍しい紅葉の軽口にむくれて答え、
「……もう済ませたところだ」
「詳しく聞かせてもらいましょうか?」
続く言葉に楓が身を乗り出す勢いで反応する。
こちらの事情に首を突っこみたくて仕方がないのだろう。
楓は人型怪異の排除を至上の喜びとする殺戮者だ。
そんな彼女は舞奈が常に怪異と揉めていて、うまく話しに乗れば殺しのおこぼれにあずかれると思っているのだ。
まったく。
だから今回の計画ではあえて楓には相談しなかったのだ。
絶対に話がややこしくなるから……。
だが、まあ終わった事を話すのなら問題ない。なので、
「大将、注文いいかな?」
「何にするアルか? たんとサービスするアルよ!」
「じゃあ……」
紅葉と楓が慣れた調子で張に注文する側で……
「……という訳なんだ」
「そんな事があったんですか」
「舞奈ちゃんたちも大変だったね」
舞奈は2人にも事情を話した。
同じ話を2回するのもなんだかなあと思った。
だが彼女らも舞奈と同じ仕事人だ。
事情を伏せる必要はない。
そんな彼女は……
「フィクサーも遠慮せずわたしたちにも話をしてくだされば」
「いや、5万匹のヤニカスを虐殺する仕事じゃないから」
予想通りに口を尖らせる。
そんな様子を見やって舞奈は苦笑する。
だが、実は笑える状況ではなかったりする。
楓は脂虫と呼ばれる人型怪異を憎み、惨殺/虐殺を愉しむ生粋の殺戮者だ。
あの人間の皮をかぶった喫煙者どもが、姉妹から弟を奪ったからだ。
そして先日、同じように煙草をくわえた中東産の怪異が男児を殺した。
ニュースでは変哲のない殺人として報じられた事件の裏の事情に舞奈たちより早く楓が気づいていたら、おそらく彼女らは舞奈以上の事をしでかしただろう。
割と最悪に近い状況だと思う。
単に無策で手を出して狙撃手の餌食になる危険があったのも危惧のひとつだ。
だが、それ以上に、魔神なりなんなりを使って狂える土どもを一掃しようとしていた恐れが多分にある。
今の楓にはそれができる。
しかも最近は忘れがちだが彼女らは元連続脂虫殺害犯【メメント・モリ】だ。
西に脂虫がいれば殲滅するし、東で狂える土を見ても同じようにするだろう。
だが奴らは表向きは難民として国内に入りこんでいる。
何の前触れもなく殺しまくられたら方々は大パニックだ。爆発事故や銃の密輸どころの騒ぎではない。そもそも【機関】はヴィランじゃない。
だから今回の作戦で、舞奈は楓に話をふらなかった。
同じ理由でフィクサーも彼女らじゃなく舞奈に話を持ってきたのだろう。
ある意味、趣味で殺しをしている楓と違って舞奈や明日香は仕事人だ。
だがまあ、事が終わった後で話を聞いたからか、
「けど、そいつらは舞奈ちゃんたちが片づけてくれたんだよね……」
「正確には、一番ヤバい奴はこっちの大将の手柄だけどな」
紅葉はむしろ安堵したように舞奈たちを見やる。
彼女も舞奈が常に怪異どもと揉めていて、最期には人の皮をかぶった害畜どもを確実に排除すると信じているのだ。
それも信頼の一種だと言えばその通りだ。
それは楓も同じなのだろう。
「流石はテックさん。次こそはわたしにも」
「う、うん……」
「それまでは我々にとっては爪を研ぐ時間ですね」
「次こそは話に乗れる前提なのか」
「もちろん、ルーシア王女から何か連絡があったら御一報さしあげますよ?」
「……よろしく頼むよ」
楓は思いのほか普通に反応してくれた。
こちらも、たぶん楓がやりたかった事を舞奈が終わらせたからだと思う。
なので、その後は他愛もない世間話などしながら食事を楽しむ。
連日の出張のせいで楓たちとも話せていなかったのは事実だ。
そんなこんなで食事も済ませ、デザートの杏仁豆腐も平らげ……
「……ごちそうさま、店主。今日も美味しかったよ」
「支払いはこれで」
「毎度ありアル」
楓が慣れた調子でカードを差し出す。
黒地に金の縁取りなんか入った成金趣味のカードだ。
そんなカードを受け取った張がほくほくしながら会計し、
「じゃ、あたしはツケで」
「……知ってるアルよ」
「そこまで嫌そうにするこたないだろう……」
言った途端に張はジト目で見てきた。
まったく!
「払うわよ。お金、持ってるし」
「よろしければ建て替えましょうか?」
「いいよ」
テックと楓に左右から言われて舞奈はむくれる。
特に楓の余裕しゃくしゃくな上から目線が気に入らない。しかも、
「あたしが好きでツケにしてるんだから」
「…………」
ムキになって続けた台詞にテックが「うわあ……」みたいな目で見てきた。
まったくもう!
ちなみに明日香は張の店の支払いは引き落としにしているらしい。
彼から他にも高価な情報や魔道具を買っているからだ。
傍目にはツケですらない超VIP待遇である。
これだからブルジョワは!
と、まあ、そんな感じで店を出て楓たちと別れ、
「これから用事とかあるのか?」
「ないけど? まっすぐ家に帰るつもり」
「そっか。じゃあ送ってくよ」
「……暇なのね」
「まあな」
言った途端、テックにツッコまれて苦笑する。
割と急めに休みが決まって時間を持て余しているという理由は少しある。
それは明日香も同じなのだろう。
用意周到な彼女だが、それは別に仕事がいきなり休みになった場合にすぐできる暇潰しを常に用意しているという意味じゃない。
なので、
「で、ボブだと思って撃ったそいつはボブじゃなくて」
「舞奈、その話、好きなの?」
「あんりゃ、おまえに話した事ってあったっけ?」
「そうじゃないけど、いろんな人から……」
3人で馬鹿話をしながら大通りを歩くうち……
「……あっ! マイだ! さっきぶりー!」
「こんにちは。3人でお出かけ?」
「ちっす。まあな。ちょっくら御食事会と洒落こんでたんだ」
「わっ。仲良しさんだ」
チャビーと園香に声をかけられた。
「如月さんに、九杖さんもこんにちは」
「こんにちは」
「明日香ちゃんも、みんなもこんにちは」
隣の明日香が会釈する。
小夜子とサチも挨拶を返す。
こちらも放課後に4人で何処かに行っていたのだろう。
天気もいいし、絶好の散歩日和ではある。
「あのね、公園におっきな野良の子がいて」
「ああ、あのトラ縞の……」
「うん! その子がね――」
園香たちは4人で公園に行っていたらしい。
そこでも楽しいことがあったのだろう。
興奮冷めやらぬまま語る幼女の言葉にテックが耳を傾ける。
スーパーハッカーのテックは意外に動物好きでもある。
「そういえば、わたしも猫の写真を撮ってた」
「わっ可愛い!」
「何処の子なんだろう?」
「えっと……埼玉?」
「「埼玉!?」」
お礼とばかりにテックが見せた携帯の写真に皆は驚き、盛り上がる。
「例のビルの近くにいたのかしら?」
「うん」
明日香も携帯を覗きこむ。
テックのドローンが狙撃手を仕留めたビルには猫が住みついていたらしい。
それを写真に収めるあたりがテックらしい。
しかも本来の仕事には一切の影響なしに。
だが、そこは密輸した銃器が溜めこまれた狂える土どものアジトだった。
奴らのように人を憎み美を憎む怪異どもに、見た目の可愛らしい猫が見つかったらどうなるかは火を見るよりも明らか。
それを舞奈たちは阻止した事になる。
奴らが排除されていなければ引き起こしたであろう他の惨事と同じように。
なので、
「テックの奴、何時の間に」
少し誇らしい気分でひとりごちた。
途端……
「舞奈ちゃんたち、何かあったの?」
「……何かあったの?」
「いや実はな……」
サチと小夜子がステレオで尋ねてきた。
素直で心優しいサチは純粋に舞奈たちを気遣っているのだ。
だが小夜子は、また舞奈がトラブルを起こしたと疑ってかかっているのだ。
なんか睨んできてるし。
ちなみに小夜子は自分の知らない場所で事態が動くのが嫌いだ。
良く言えば危機管理意識の高い、悪く言えばネガティブな彼女は自分の周囲の危険をすべて把握して備えていたいと思っている。
特にパートナーでもあるサチの前では。
そして幸か不幸か園香とチャビーはテックの写真に夢中になっている。
どうでもいいが明日香もかぶりつきで写真を見ている。
なので舞奈は小夜子とサチに最近の仕事の事や、先日の計画の成果を話す。
3回目なので、もう慣れた。
「お疲れさま、2人とも」
「……そんな話、わたしたちにはなかったのに」
「いやだから、小夜子さんが行くと仕事の内容が変わっちゃうから」
楓と同じパターンの会話に苦笑する。
小夜子も楓と同様、喫煙者の排除に異様に執着する殺戮者だ。
より惨たらしく。より多く、隙あらば奴らを根絶やそうと狙っている。
何故なら彼女も脂虫に幼馴染を奪われたからだ。
そして同じ被害がサチに及ぶ可能性を危惧して絶えず警戒している。
正直、舞奈たちより早く彼女ら(というか小夜子)が奴らの情報をつかんでいても、今頃は埼玉の一角は火の海だっただろうと舞奈は思う。
もう【機関】も【組合】も鎮静化が不可能なほどの大惨事だったはずだ。
そのような事態を防いだだけでも舞奈のした事は意味があると思うのだが……。
そんな事を考えながら、舞奈はやれやれと苦笑する。
友人たちは事件のどさくさに撮られた猫の写真で盛り上がっている。
と、まあ、そのように火曜日の放課後はのんびりと過ぎていく。
それは舞奈たちが手に入れた久しぶりの、そしてささやかな平穏でもあった。
以前の戦闘で斥候の式神を倒した狙撃手が姿をあらわすも、鷹乃の式神やテックのドローンの力を借り、狙撃手を含むグループ全員を排除する事ができた。
そんな一大イベントがあった日の翌日。
つまり平和な火曜の放課後に――
「――別に気を使わなくていいのに」
「そういうんじゃないよ。気持ちだよ気持ち」
「ま、本人がそうしたいって言うんだから、気にする必要はないわ」
舞奈とテック、明日香は通学鞄を背負ったままぶらぶら歩く。
学校帰りに繁華街へ寄り道である。
舞奈や明日香が禍我愚痴支部に行かずに地元で油を売っていられる理由。
それは先方での今日の仕事が予期せず休みになったからだ。
舞奈が鷹乃やテックの協力を得て倒した狂える土のグループ。
そいつらを先方の諜報部が調査した結果、銃器の密輸に関わっていたらしい。
狙撃手がいたビルからは大量の火器や弾薬も見つかった。
そこが奴らのアジトでもあったのだろう。
賢明な諜報部の面々は、この事実を表の警察や各種メディアにリークした。
曰く、中東からの違法移民が国内で銃器を所持していた。
抗争が勃発して多数の死者も出た、と。
もちろん世間は大騒ぎ。
何せ証拠の死体も大量の銃も揃っているのだ。
しかも鷹乃の式神が派手にやらかして爆破事件として処理されていた。
なので警察も、たとえ内部に怪異の間者が紛れこんでいようと揉み消せない規模で動かざるを得なくなった。
今日は支部をあげてそちらの対応に取りかかるらしい。
と、いう訳で隠密活動のために他県から呼ばれた実行部隊には出番なし。
結果的には首尾よく奴らの企みのひとつを暴いた功績に対するボーナスの意味もこめて、今日の仕事は休みになった。
なので舞奈は協力してくれたテックに飯でも奢って労おうと思ったのだ。
まあ手伝ってくれたのは鷹乃も同じではある。
だが、あちらには報酬代わりのプレゼントを先に渡したし、飯を奢るならバイト先じゃないほうが良いだろう。
それに何よりテックは今回の戦闘のMVP。
禍我愚痴支部の面々や鷹乃や冴子や明日香までもが手を焼いた敵グループの狙撃手を、彼女が操るドローンが仕留めたのだ。
諜報部がアジトのビルをスムーズに調査できたのも彼女のおかげだ。
狙撃手を排除したついでにアジトにいた他の狂える土も始末しておいてくれた。
なので調査が妨害される事も銃を持ち去られる事もなかった。
奴らの悪事を防ぐ唯一の手段は武力で排除する事だ。
それ以外の穏便な方法は存在しない。
そういった意味では奴らは脂虫と同じだ。
「そういやあテック、そのドローンとやら、まだ持ってるのか?」
「今は貸し金庫に預けてある。家に置いておくより安全だし」
「いちおう警備にわたしの実家が携わってる会社だから、セキュリティ面での心配はないはずよ。必要があれば24時間いつでも取り出せるし」
「それヤバイ業者向けのサービスなんじゃないのか? まー安心っちゃ安心だが」
例のディフェンダーズ謹製の武装つきドローンは明日香の実家の息がかかった場所に安置されているらしい。
テックらしい堅実な判断だと思う。
と、3人は女子小学生の容姿に似合わぬ少し物騒な会話をしつつ……
「よう張! 来たぞ!」
「こんにちは」
目当ての『太賢飯店』にやってきた。
舞奈は我が物顔で、立てつけの悪いドアをガラリと開ける。
明日香も続く。
途端、
「アイヤー! 舞奈ちゃん、明日香ちゃん。久しぶりアルね」
体形に似合わぬスピードで飛んできた店主の張が出迎える。
例によって、かき入れ時も近いのに暇だったらしい。
「今日は上客を連れてきたんだ。失礼のないようもてなしてくれよ」
ニヤリと笑う舞奈を怪訝そうに見やった張の前に、
「お邪魔します」
苦笑しながらテックが顔を出す。
「テックちゃんアルね。今日はたんと食べていくアルよ」
「そうそう。なんたって、あたしの奢りだからな!」
「……舞奈ちゃん、ツケで奢る気アルね。驕れるものは久しからずアルよ」
舞奈の大言壮語に張が嫌そうに言葉をかぶせる。
隣でテックが小さく吹き出す様子を見やり、
「ったく、小粋なジョークでもてなしやがって」
むくれつつも、舞奈は慣れた調子でカウンターのいつもの席に腰かける。
明日香も続き、テックも舞奈の隣に座ってメニューを開く。
「何にするアルか?」
「じゃ、担々麺に餃子で」
「わたしは天津飯をいただくわ」
いつもの2人はメニューを見ずに惰性のまま注文し……
「……わたしは汁なし担々麺」
「サイドメニューはいいアルか?」
「じゃあ、このセットの点心ってやってる?」
「もちろんアルよ。食べきれなかったらお土産に包むアルよ」
「ありがとう」
テックも手際よく注文を決める。
ここに来ると聞いてから頭の中で食べたいものをチョイスしておいたのだろう。
そういうところは流石のテックだ。
……故に、あの時、的確に敵を仕留める事ができた。そう舞奈は思う。
後に聞いた話では、敵の狙撃手は回術を使う特別な狂える土だったらしい。
だがテックの用心深さと機転には敵わなかった。
それがモニター越しにドローンを操作するので危険はないとはいうものの、巡り巡れば人の命がかかっている仕事を彼女に託した理由でもある。
確かにテックに実戦経験はない。
だが今までも情報収集と言う形で舞奈や明日香をサポートしてくれた彼女は2人の事情を、怪異や異能力の使い手が跋扈する裏の世界の事情を知っている。
それにも増して冷静な判断ができる。
スーパーハッカーでもある彼女の判断のシビアさは場慣れた明日香に匹敵する。
そんな3人の小学生の注文を聞いて、カウンターの後ろに戻った張は……
「……舞奈ちゃん、ここのところ忙しかったアルか?」
「まあな」
手際よく料理の準備をしながら背中で問いかける。
麺を茹でながら天津飯の卵と点心を準備しながら餃子を焼く匂いと音に、思わず舞奈は口元を緩める。
最近は学校が終わってからすぐに埼玉に行っていた。
なので当然ながら張の店にも来ていなかった。
そういえば事前に断っていた訳でもないので心配させてしまっていたかもしれないと少し思う。なので、
「今度は何をやらかしたアルか?」
「あたしがやらかした訳じゃないけどな」
「いえ実は……」
太ましい張の背中に向かって2人して事情を話す。
埼玉の一角にある、怪異に実効支配された地域の事。
狂える土――中東から不正移民として国内に入りこんだ大量の人型怪異の事。
奴らの不審な動きの事。
現地での調査に複数の支部から集められた増援が協力している事。
舞奈と明日香もその一員である事。
斥候の式神を襲撃した狂える土のグループが引き起こした事件の事。
そこで舞奈たちがした、ちょっとした企みの事。
この件に関する特別な守秘義務とかはないので張に話すのは問題ない。
「あの事件の裏で、そんな事があったアルね」
「まあな」
「って事は、今朝のニュースの爆発事故も舞奈ちゃんのせいだったアルね」
「ビルを爆発させたのは鷹乃ちゃんだけどな……おっ待ってました」
余計なひと言にむくれた途端、給された熱々の担々麺を見やって笑う。
大盛の椀から立ち昇る、辛い湯気が鼻孔をくすぐる。
張の料理は驚くほど手際が良い。
そして今しがたの舞奈の話は少しばかり長かった自覚はある。
今の任務が始まって、まだ、それほど日は経ってないと思っていた。
だが短い期間で色々な事がありすぎたのも事実だ。
ちなみに鷹乃の式神は狙撃手を討とうとしてビルの壁を術で焼いた。
そいつが爆発事故として今朝のトップニュースになっていた。
まったく。
「明日香ちゃんも、舞奈ちゃんにつき合って大変だったアルね」
「いえ、それほどでも」
「どういう感想だよそりゃ……」
明日香の前に給された天津飯の、つやつやと甘い色に輝くあんを見やりながら舞奈は口をへの字に曲げる。
どうやら今の話を聞いて、舞奈が我儘で皆を振り回したと思ったらしい。
まったく。
しかも明日香も否定しないし。
「テックちゃんも、たんと食べるアルよ」
「ありがとう。いただきます」
テックの前にも美味そうな担々麺が給される。
こちらは舞奈の椀とは違って皿に盛られた平麺だ。
だが豆板醤の赤色と、豪華に盛られたひき肉、食欲をそそる辛い匂いは同じ。
テックは嬉しそうに箸を取り、麺を程よくかき混ぜてから少しつまんで頬張る。
「もちもちの麺、好きだから」
「なるほどな。あたしも今度、頼んでみるか」
「おすすめアルよ」
言ってみた途端に破顔する張を見やり、
「そういやあ張、そっちでも何かつかんでないか? 奴らの事」
ふと思いついて訪ねてみる。
人気のない中華料理屋を営む張の裏の顔は、怪異や異能の使い手が跋扈する裏の世界の事情に明るい情報屋だ。
彼から奴らについて話を聞ければ、今後の調査の役に立つ。
何故なら舞奈たちはまだ、今回の仕事の本来の目的である、狂える土どもの最近の不審な動きについて何もつかんでいないのだ。
なので何か都合のいい話でも聞けないか期待した舞奈だが……
「……ワタシも世界の情勢にそこまで詳しい訳じゃないアルよ」
「あんたがか?」
張の答えにちょっと拍子抜けし、
「アジアと中東じゃ事情も違うわよ」
「まあ、そういう事アル」
「そっかー。おっサンキュッ」
続く明日香の言葉に何となく納得する。
そうしながら給された焼きたての餃子をつまむ。
ラー油とタレを程よくつけ、ひと口、頬張る。
端はパリッと、中はモチモチした皮の食感、噛んだ途端に溢れ出る肉汁と、ひき肉とニラとタレのハーモニーを堪能する。
まあ、確かに今までだって張から中東の話を聞いた事はない。
舞奈がしなきゃならない仕事が、何かのついでで楽にスムーズに進む事はない。
なので気持ちを切り替えて絶品餃子を味わっていると――
「――こんばんは」
「おい見ろよ張! 客だぞ!」
「……舞奈ちゃんたちも客アルよ」
軽口に気を悪くする張が見やる前で、立てつけの悪いドアがガラリと開き、
「おや、舞奈さん。皆さんも」
「皆お揃いで、また何か企み事かい?」
制服姿の女子高生と女子中学生があらわれた。
楓と紅葉だ。
こちらも学校帰りなようだ。
少し早い夕食のつもりか。
桂木姉妹は駅前の高層マンションに住むブルジョワだが、姉の楓はポンコツな上に料理が致命的にできない。
手伝いを雇ってる風でもないので普段から外食がメインなのだろう。
「またって言われるほど、あたしが何かやらかした事あったっけ?」
「はは、ごめんごめん」
珍しい紅葉の軽口にむくれて答え、
「……もう済ませたところだ」
「詳しく聞かせてもらいましょうか?」
続く言葉に楓が身を乗り出す勢いで反応する。
こちらの事情に首を突っこみたくて仕方がないのだろう。
楓は人型怪異の排除を至上の喜びとする殺戮者だ。
そんな彼女は舞奈が常に怪異と揉めていて、うまく話しに乗れば殺しのおこぼれにあずかれると思っているのだ。
まったく。
だから今回の計画ではあえて楓には相談しなかったのだ。
絶対に話がややこしくなるから……。
だが、まあ終わった事を話すのなら問題ない。なので、
「大将、注文いいかな?」
「何にするアルか? たんとサービスするアルよ!」
「じゃあ……」
紅葉と楓が慣れた調子で張に注文する側で……
「……という訳なんだ」
「そんな事があったんですか」
「舞奈ちゃんたちも大変だったね」
舞奈は2人にも事情を話した。
同じ話を2回するのもなんだかなあと思った。
だが彼女らも舞奈と同じ仕事人だ。
事情を伏せる必要はない。
そんな彼女は……
「フィクサーも遠慮せずわたしたちにも話をしてくだされば」
「いや、5万匹のヤニカスを虐殺する仕事じゃないから」
予想通りに口を尖らせる。
そんな様子を見やって舞奈は苦笑する。
だが、実は笑える状況ではなかったりする。
楓は脂虫と呼ばれる人型怪異を憎み、惨殺/虐殺を愉しむ生粋の殺戮者だ。
あの人間の皮をかぶった喫煙者どもが、姉妹から弟を奪ったからだ。
そして先日、同じように煙草をくわえた中東産の怪異が男児を殺した。
ニュースでは変哲のない殺人として報じられた事件の裏の事情に舞奈たちより早く楓が気づいていたら、おそらく彼女らは舞奈以上の事をしでかしただろう。
割と最悪に近い状況だと思う。
単に無策で手を出して狙撃手の餌食になる危険があったのも危惧のひとつだ。
だが、それ以上に、魔神なりなんなりを使って狂える土どもを一掃しようとしていた恐れが多分にある。
今の楓にはそれができる。
しかも最近は忘れがちだが彼女らは元連続脂虫殺害犯【メメント・モリ】だ。
西に脂虫がいれば殲滅するし、東で狂える土を見ても同じようにするだろう。
だが奴らは表向きは難民として国内に入りこんでいる。
何の前触れもなく殺しまくられたら方々は大パニックだ。爆発事故や銃の密輸どころの騒ぎではない。そもそも【機関】はヴィランじゃない。
だから今回の作戦で、舞奈は楓に話をふらなかった。
同じ理由でフィクサーも彼女らじゃなく舞奈に話を持ってきたのだろう。
ある意味、趣味で殺しをしている楓と違って舞奈や明日香は仕事人だ。
だがまあ、事が終わった後で話を聞いたからか、
「けど、そいつらは舞奈ちゃんたちが片づけてくれたんだよね……」
「正確には、一番ヤバい奴はこっちの大将の手柄だけどな」
紅葉はむしろ安堵したように舞奈たちを見やる。
彼女も舞奈が常に怪異どもと揉めていて、最期には人の皮をかぶった害畜どもを確実に排除すると信じているのだ。
それも信頼の一種だと言えばその通りだ。
それは楓も同じなのだろう。
「流石はテックさん。次こそはわたしにも」
「う、うん……」
「それまでは我々にとっては爪を研ぐ時間ですね」
「次こそは話に乗れる前提なのか」
「もちろん、ルーシア王女から何か連絡があったら御一報さしあげますよ?」
「……よろしく頼むよ」
楓は思いのほか普通に反応してくれた。
こちらも、たぶん楓がやりたかった事を舞奈が終わらせたからだと思う。
なので、その後は他愛もない世間話などしながら食事を楽しむ。
連日の出張のせいで楓たちとも話せていなかったのは事実だ。
そんなこんなで食事も済ませ、デザートの杏仁豆腐も平らげ……
「……ごちそうさま、店主。今日も美味しかったよ」
「支払いはこれで」
「毎度ありアル」
楓が慣れた調子でカードを差し出す。
黒地に金の縁取りなんか入った成金趣味のカードだ。
そんなカードを受け取った張がほくほくしながら会計し、
「じゃ、あたしはツケで」
「……知ってるアルよ」
「そこまで嫌そうにするこたないだろう……」
言った途端に張はジト目で見てきた。
まったく!
「払うわよ。お金、持ってるし」
「よろしければ建て替えましょうか?」
「いいよ」
テックと楓に左右から言われて舞奈はむくれる。
特に楓の余裕しゃくしゃくな上から目線が気に入らない。しかも、
「あたしが好きでツケにしてるんだから」
「…………」
ムキになって続けた台詞にテックが「うわあ……」みたいな目で見てきた。
まったくもう!
ちなみに明日香は張の店の支払いは引き落としにしているらしい。
彼から他にも高価な情報や魔道具を買っているからだ。
傍目にはツケですらない超VIP待遇である。
これだからブルジョワは!
と、まあ、そんな感じで店を出て楓たちと別れ、
「これから用事とかあるのか?」
「ないけど? まっすぐ家に帰るつもり」
「そっか。じゃあ送ってくよ」
「……暇なのね」
「まあな」
言った途端、テックにツッコまれて苦笑する。
割と急めに休みが決まって時間を持て余しているという理由は少しある。
それは明日香も同じなのだろう。
用意周到な彼女だが、それは別に仕事がいきなり休みになった場合にすぐできる暇潰しを常に用意しているという意味じゃない。
なので、
「で、ボブだと思って撃ったそいつはボブじゃなくて」
「舞奈、その話、好きなの?」
「あんりゃ、おまえに話した事ってあったっけ?」
「そうじゃないけど、いろんな人から……」
3人で馬鹿話をしながら大通りを歩くうち……
「……あっ! マイだ! さっきぶりー!」
「こんにちは。3人でお出かけ?」
「ちっす。まあな。ちょっくら御食事会と洒落こんでたんだ」
「わっ。仲良しさんだ」
チャビーと園香に声をかけられた。
「如月さんに、九杖さんもこんにちは」
「こんにちは」
「明日香ちゃんも、みんなもこんにちは」
隣の明日香が会釈する。
小夜子とサチも挨拶を返す。
こちらも放課後に4人で何処かに行っていたのだろう。
天気もいいし、絶好の散歩日和ではある。
「あのね、公園におっきな野良の子がいて」
「ああ、あのトラ縞の……」
「うん! その子がね――」
園香たちは4人で公園に行っていたらしい。
そこでも楽しいことがあったのだろう。
興奮冷めやらぬまま語る幼女の言葉にテックが耳を傾ける。
スーパーハッカーのテックは意外に動物好きでもある。
「そういえば、わたしも猫の写真を撮ってた」
「わっ可愛い!」
「何処の子なんだろう?」
「えっと……埼玉?」
「「埼玉!?」」
お礼とばかりにテックが見せた携帯の写真に皆は驚き、盛り上がる。
「例のビルの近くにいたのかしら?」
「うん」
明日香も携帯を覗きこむ。
テックのドローンが狙撃手を仕留めたビルには猫が住みついていたらしい。
それを写真に収めるあたりがテックらしい。
しかも本来の仕事には一切の影響なしに。
だが、そこは密輸した銃器が溜めこまれた狂える土どものアジトだった。
奴らのように人を憎み美を憎む怪異どもに、見た目の可愛らしい猫が見つかったらどうなるかは火を見るよりも明らか。
それを舞奈たちは阻止した事になる。
奴らが排除されていなければ引き起こしたであろう他の惨事と同じように。
なので、
「テックの奴、何時の間に」
少し誇らしい気分でひとりごちた。
途端……
「舞奈ちゃんたち、何かあったの?」
「……何かあったの?」
「いや実はな……」
サチと小夜子がステレオで尋ねてきた。
素直で心優しいサチは純粋に舞奈たちを気遣っているのだ。
だが小夜子は、また舞奈がトラブルを起こしたと疑ってかかっているのだ。
なんか睨んできてるし。
ちなみに小夜子は自分の知らない場所で事態が動くのが嫌いだ。
良く言えば危機管理意識の高い、悪く言えばネガティブな彼女は自分の周囲の危険をすべて把握して備えていたいと思っている。
特にパートナーでもあるサチの前では。
そして幸か不幸か園香とチャビーはテックの写真に夢中になっている。
どうでもいいが明日香もかぶりつきで写真を見ている。
なので舞奈は小夜子とサチに最近の仕事の事や、先日の計画の成果を話す。
3回目なので、もう慣れた。
「お疲れさま、2人とも」
「……そんな話、わたしたちにはなかったのに」
「いやだから、小夜子さんが行くと仕事の内容が変わっちゃうから」
楓と同じパターンの会話に苦笑する。
小夜子も楓と同様、喫煙者の排除に異様に執着する殺戮者だ。
より惨たらしく。より多く、隙あらば奴らを根絶やそうと狙っている。
何故なら彼女も脂虫に幼馴染を奪われたからだ。
そして同じ被害がサチに及ぶ可能性を危惧して絶えず警戒している。
正直、舞奈たちより早く彼女ら(というか小夜子)が奴らの情報をつかんでいても、今頃は埼玉の一角は火の海だっただろうと舞奈は思う。
もう【機関】も【組合】も鎮静化が不可能なほどの大惨事だったはずだ。
そのような事態を防いだだけでも舞奈のした事は意味があると思うのだが……。
そんな事を考えながら、舞奈はやれやれと苦笑する。
友人たちは事件のどさくさに撮られた猫の写真で盛り上がっている。
と、まあ、そのように火曜日の放課後はのんびりと過ぎていく。
それは舞奈たちが手に入れた久しぶりの、そしてささやかな平穏でもあった。
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