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第21章 狂える土

ただの傷の舐め合いかもしれないけれど

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 平和な土曜に出席した禍川支部奪還作戦参加者の合同葬儀。
 退屈なスピーチが終わった後は、お待ちかねの追悼パーティー。
 だがビュッフェテーブルに並んだ御馳走を前に舞奈が舌なめずりした途端……

「……志門舞奈さんと、安倍明日香さんですね」
 見知らぬ女性に声をかけられた。さらに、

「あんたが仲間を捨てて逃げたからじゃないのか!?」
「……ったくデートの最中に」
「でなきゃBランクが死ぬ訳ねぇだろ!?」
 近くで別の参加者同士の乱闘騒ぎが起きて……

「いってらっしゃい。怪我しないようにね」
「心配せんでも、こんな席で人様に怪我させたりしないよ」
 ったく、気楽な野次馬ムーブ決めやがって。
 苦笑しつつ、手にしたチキンを振りつつ見送る明日香に背中で答える。

 明日香が気楽なのは、今回の騒ぎが何かの妨げになっていないからだ。
 2人の今日の仕事は催事への参加だ。
 大人しくスピーチを聞いて、飯を食って帰れば任務達成だ。
 なので会場が荒れようが騒ぎが起きようが明日香のスケジュールに影響はない。
 状況がひっ迫していた件の作戦の最中とも、責任と実家の威信がかかった先日までの警戒態勢とも事情が違うアウェイ故の気楽さだ。
 まあ開催側だったり警備を受け持っていたなら反応も違ったのだろうが。
 そんな事を考えながら苦笑する舞奈の視線の先で――

「――俺たちの支部じゃ、切丸がいちばん強かったんだ!」
 男は拳を握りしめながら激昂して叫ぶ。

 年の頃は大学生ほどか。
 中肉中背の、まあ良く言えば精悍で野性味あふれる顔立ちの男だ。
 だが、それより舞奈は……

(……あの野郎、死んだあとまで周りに迷惑かけやがって)
 男が吠えた名前を聞いて、口元に少しだけ笑みを浮かべる。

 切丸とは舞奈たちのチームにいた短刀使いの少年の名だ。
 正直、問題児ではあった。
 歳の割に少しばかり腕は立ったが、それ故にか精神的に未熟で我も強かった。
 いわゆる生意気な少年だ。
 悶着を起こして舞奈と斬り結んだ事もあった。

 それより問題なのは、チームが分断され、再会した彼が煙草を吸っていた事。
 彼は敵に取りこまれて怪異になっていたのだ。
 そして自ら手にかけたトルソの亡骸を抱えて舞奈たちの前にあらわれた。
 だから舞奈は彼を討った。
 自分の選択が間違っていたとは思っていないが、心残りはある。

 だから正直なところ、目の前で起きている乱闘騒ぎが、その最初の段階の再演のような気がして気に入らないという感情が半分。
 残りの半分は、いい機会だと思う気持ちだ。
 何故なら今の舞奈には、あの時に出来なかった事ができる気がする。
 何ら被害なく相手をいなし……わだかまりなく矛を収めさせる事ができる。
 そうすれば彼は人間のままでいられる、
 そんな気がしたのだ。

 何せ今は平和な土曜日の昼間のパーティーの最中だ。
 差し迫ったタイムリミットも責任もない。
 場所だって臭い下水道じゃなく小奇麗なパーティー会場だ。
 時間にも状況にも余裕がある。
 心ゆくまで彼の感情につき合ってやるのもやぶさかじゃない。

「おい君たち! 何をしている!?」
 警備員が駆けつけてくる。
 大人の異能力者が2人。
 ひとりは警棒を放電させ、もうひとりは手袋に霜をまとわせている。
 それぞれ【雷霊武器サンダーサムライ】【氷霊武器アイスサムライ】か。
 痺れさせ、凍らせて取り押さえる算段だろう。
 流石は本部。怪異や怪人へ対処する【機関】の総本山だ。それでも――

「――あっキミ!」
「あたしの地元じゃあ、あたしがいると警備も仕事をおしつけてくるんだ」
 舞奈は警備員の前に跳び出し、背中でひらひら手を振って押し止める。

 若い方が舞奈も一緒に取り押さえようとする。
 だが年輩の方に制止される。
 流石は本部。相手が誰だか一目でわかる人間もいるらしい。
 だから舞奈は悠々と、

「よっ兄ちゃん、ちょっと良いかい?」
「なんだテメェは!」
 男2人の間に割って入る。
 殴られて座りこんでる方をかばうように。

「舞奈どの!?」
「あんたも黙って殴られるこたないだろうに」
 避けれる程度の腕はあるはずだ。
 苦笑しつつ、背後でビックリする小太りな彼をちらりと見やる。
 そして興奮した対面の男に向き直る。

「あの作戦、数人のチームにわかれてたって知ってるよな?」
「当然だろう! それがどうした!?」
「あんたの友達はこっちの兄ちゃんと同じチームだったのか?」
「くっそれは……」
 尋ねた途端に男は言いよどむ。
 案の定、勢いのまま生き残りに難癖をつけただけだったようだ。

 そもそも切丸は舞奈たちのチームにいた。
 そして後ろの小太りな彼はそうじゃない。
 すべてが終わって彼が挨拶に来たと明日香から聞くまで、舞奈は彼の安否どころか存在すら知らなかった。

 だから舞奈は不敵に笑う。
 そういう事情なら、そもそも目前の彼の相手は舞奈の役目だ。
 背後の彼に丸投げしていい仕事じゃない。

「あたしのチームはAランクが4人いたぜ。でも生き残ったのは2人だ。そのくらい酷い戦場だったんだ。正直、本人が生き残っただけでも奇跡だよ」
「じゃあ何か!? 切丸が弱かったから死んだってのか!?」
「そこまでは言ってないよ。ちょっとばかり運が悪かっただけだ」
「運だと!? 運であいつが死んでたまるかよ!」
 言ってみた途端、相手は激高する。

 失言だったかな、と内心で舞奈は舌打ちする。
 正論が通じるくらいなら、こんな騒動になってはいない。
 正直、事態を鎮静化させるだけなら黙って殴られていた後ろの彼の振舞いの方が理にかなっているのだろう。
 そもそも彼は、あの地獄のような戦場を想像すらできないはずだ。
 なにせBランクの切丸が最強だったという支部の管轄だ。
 相手する怪異もたかが知れているはずだ。
 腕っぷしとは関係なく気を抜けば、小さな幸運に見放されたら容易く命を失う四国の一角の、あるいは巣黒みたいなヤバい場所ではないはずだ。
 そんな戦場があるだなんて思いもしないはずだ。

 それにも増して、彼の怒りの奥底にあるのは友人の死を認めたくない気持ちだ。
 あいつが死んでいいもっともらしい理由なんて糞くらえ。
 それは舞奈があの事件の元凶である殴山一子にぶつけた感情でもある。
 彼の気持ちを否定できる正当な理由なんて舞奈には思いつかない。
 それでも――

「――だいたい、おまえは何者なんだよ!?」
「後ろの兄ちゃんと同じさ。あの作戦の生き残りだよ」
 激昂する男を真正面から見やりながら、舞奈は答える。

 身長差のせいで見上げる格好になるのは仕方がない。
 そのせいでギャラリーが不安そうにしているのもまあ……仕方がない。
 特に知人もいないこの場所で、子供がしゃしゃり出てきて大の男を怒らせて、部屋の壁まで蹴り飛ばされて大怪我しそうとか思われている自覚はある。
 そう思った途端、

「テメェみたいなガキが! 戦場で何をしてやがった!? 切丸はおまえみたいなガキをかばって死んだんじゃないのか!?」
「あいつにかばわれるほど落ちぶれてねぇよ!」
「な……んだと!?」
 売り言葉に買い言葉。
 流石にそれは有り得ねえよ!
 どんな状況だよ!?
 内心でも力の限り絶叫する。

 だが相手からすれば目前の生意気なガキが亡き友人を侮辱したと映ったはず。
 正直なところ失言に続く失言だという自覚はある。
 だから――

「――このガキ! もう許さねぇ!」
「おいおい」
 怒り狂った男は抜く手も見せずに得物を構える。
 予想した通り左右2本の短刀。
 切丸と同じ得物だ。

 覚えのあるシチュエーションに、見覚えのある得物。
 二度と見る事はないと思っていた構え。
 だから少しだけ目を細める舞奈めがけて――

「――テメェに礼儀ってものを教えてやる!」
 男は斬りかかってきた。

 いきなりの刃物沙汰にギャラリーが色めきだつ。
 何人かは露骨に動揺する。
 まあ無理もない。
 はた目には、いい年の大人が子供に斬りかかる構図だ。

 視界の端で、焦った表情の若い警備員を年輩の方が笑顔で制止する。
 あのおっさん肝が座ってるなあと舞奈は思う。
 下手を打つと責任問題でキャリアが終わるはず。
 目の前の子供が何者かを正確に把握していないとできない振舞いだ。

 ついでに少し離れた場所で明日香が大仰に肩をすくめるのも見えた。
 ったく、こっちはこっちで。
 言葉を誤ったのはわかってるよ。
 性格悪い奴だな!

 そんな風に余所見をしながら、舞奈は跳び退って斬撃を避ける。避ける。
 稲妻のような勢いで何度も繰り出される刃を、気を散らしながら避ける程度の事は舞奈にとって造作ない。

 対して男も斬る。斬る。
 ひと目でわかる人外のスピードは異能力によるものだ。
 彼もまた切丸と同じ【狼牙気功ビーストブレード】らしい。

 スピードアップの異能力で繰り出される目にも止まらぬ無数の斬撃。
 それを難なく避け続ける女子小学生。
 そんな状況を、ギャラリーは驚愕の表情で見守っている。
 男も驚きながら、それでも喰らいつくように斬撃を繰り出す。
 一打目は寸止めのつもりだったようだが、追撃はどうだか疑わしい。
 手加減をする余裕がなくなったというところか。

 もっとも、彼がいくら本気になっても舞奈に当てる事はできない。
 舞奈は卓越した感覚で空気の流れすら読み取り、周囲や相手自身の筋肉の動きまで察して対処する事ができる。
 だからこそのSランクだ。
 故に近接攻撃は近接攻撃だからと言う理由で舞奈に対しては無意味。
 如何に素早かろうが絶対に当たらない。

 相手もそれを察し始めたようだ。
 怒りの表情が驚愕に、動揺と困惑に変わる。
 だが、それでも喰らいつく。
 そのガッツは中々のものだと思った。
 亡き友人を侮辱した不心得者に一矢報いようと必死なのだろう。

 だが不意に、目前の男がニヤリと笑う。
 もちろん舞奈も気配で察した。
 背後がテーブルなのだ。

 好機とふんだか男は大きく振りかぶる。
 だが舞奈にとっても好機。
 大ぶりの隙をつき、後ろ手でビュッフェの肉に刺さっていたフォークを拝借。
 もちろん肉もだ。
 ひと口で食ってから、

「んおっほ!」
 クロスしながら振り下ろされた双刀の斬撃をフォークひとつで受け止める。
 切丸が発打で放っていたのと同じ技だ。
 両手の得物の威力を一点に集中させようとした場合の最適解なのだろうか?

 なるほど彼の斬撃には切丸のそれと比べてキレはない。
 だが上背のぶんだけパワーはある。
 そんな思い出の中より少し重い斬撃を受け止めながら肉を咀嚼し、

「さっすが【機関】本部の御用達だ。欠けてすらいねぇ」
 舌なめずりし、フォークを見やって舞奈は笑う。
 もちろん仮に両断されても余裕で避けられたが。

 そして肉も美味い。
 テーブルの皿の上に放置されて冷めかけているのにやわらかくてジューシーだ。
 さぞ高級な牛肉なのだろう。
 かかっているソースも程よいコクと酸味で肉の美味さをひきたてている。

「舐めるな!」
「食っちまったよ!」
 男は続けざまに斬りかかる。
 先程までよりなお速い、信じられないような斬撃の嵐。
 正直なところスタミナも切丸より上のようだ。

 だが舞奈に対して無力だという事実は変わらない
 並の怪異や怪人ならとうにミンチになってるレベルの連撃を、舞奈は事もなげに避け、受け流し、あしらい続ける。

 ギャラリーは固唾を飲んで見守る。
 だが察しの良い何人かは気づいたようだ。
 彼の太刀は素早いが直線的すぎる。
 とんでもなく速いが、避けるのは意外に楽だ。

 ……そこだけが、あの憎らしくも懐かしい切丸と同じだ。

 だから舞奈はテーブルの上の皿に盛られたシュウマイを刺してつまむ。
 ほどよい一口サイズのシュウマイの、モチモチとした薄皮を噛みしめる。
 途端に口の中に溢れ出す肉汁。
 咀嚼するたびにやわらかい肉と玉ねぎのアンサンブルが口腔を満たす。
 うーん! デリシャス!

「このガキ! 馬鹿にしてるのか!?」
 目前の男はキレる。

 ……まあ、こんな事を勝負の最中にしていたら、切丸だってキレただろう。

 トルソやバーンも思わず苦笑いしたはずだ。
 スプラも言葉が出ずに困っただろう。
 ピアースだけが大道芸的に感心してくれたかもしれない。

 そんな架空の光景が脳裏に浮かび、あわてて手近なからあげをつまむ。

 ……手羽先だった!

 クリスマスのチキンかと思うくらい大ぶりな手羽先。
 その甘辛いタレが乗ったパリパリした革の味と歯ごたえ、肉のやわらかさのハーモニーを楽しむ。
 舌を使って骨に残った肉を削ぎ取り、染みたタレの風味を楽しむ。
 もちろん豪雨のように前面から降りそそぐ刃をいなしながら。
 舞奈にとって手羽先を食べながら無数の斬撃を避ける程度は容易い。
 少なくとも剣戟をかわしながら手羽先を食べるほどの集中力は要しない。

 そんな舞奈を、ギャラリーがちょっとアレな目で見やっていた。
 目前の男も。
 具体的には普段の舞奈が桂木楓を見るような目つきだ……。

 正直なところ少々ふざけ過ぎた自覚はある。
 だが見ている明日香だけチキン食ってるのは不公平だ。
 舞奈だってビュッフェの御馳走を食べたい。
 何せ、そいつを目当てに朝食を抜いて来たのだ。
 まだまだ食べたりない。

「なに遊んでるのよ」
「うっせぇ!」
 明日香が綺麗に食い終わったチキンの骨を振りながら野次ってきた。
 自分が渦中にいないと思って好き勝手に言いやがって!
 だが、そんな彼女を見やり――

「――小学生くらいの女の子が2人?」
「まさか奴は!?」
 ギャラリーの大半も気づいたらしい。
 目前で【狼牙気功ビーストブレード】の猛攻を避けつつ肉をつまんでいる少女が何者かに。
 まあ【機関】の作戦では【掃除屋】として明日香と一緒に何かするので、他所ではセットで覚えられていたのだろう。
 だから――

「――あれは巣黒支部のSランク、志門舞奈でやんす! 本気をだしたら、ここに居る面々が束になっても勝てない超人でやんすよ!」
「……やんす?」
 出っ歯の眼鏡の一言を皮切りに。会場が騒然となる。

「俺もそいつの噂は聞いたことくらいはあるが――」
「まさか現実に――」
「異能力を使う素振りも見せずに【狼牙気功ビーストブレード】を軽々とあしらうあの動き! あの食い意地! あっしのデータと完全に一致するでやんす!」
「言われてみれば確かに!」
 疑惑の声も、やんすの力強い返しで確信へと変ずる。

「それに……」
「まだあるのかっ!?」
「あっし、先ほど彼女がその…………女性の事務官のお、お、おしりを触っているところを見てしまったでやんす……」
「それなら間違いないな……」
「……いや触ったけどさ」
 そこまで頬を赤らめて言い淀む事じゃないだろう! 童貞か?
 あんたたちのデータの中じゃあたしはどういう扱いになってるんだ!?
 だいたい女の尻を触らずに何処を触るんだよ!
 一瞬の隙をついて手羽先の骨をテーブルの空いた皿に置いた舞奈の前で、

「おまえが……っ!?」
 目前の男も、それとわかるくらい動揺する。

 まあ、そりゃそうだろう。
 何せ【機関】におけるランクの最高は通常A。
 Sランクなんて普通の感覚なら実在すら疑わしい雲の上の存在……らしい。
 そいつが散々に追い回していた目の前の子供だと気づいたのだ。
 礼儀を教えてやるどころじゃないだろう。

 だから舞奈もそろそろ潮時だろうと判断して――

「――なっ!?」
 男の懐に跳びこむと同時に両手の短刀を弾き飛ばす。
 相手は抵抗すらできない。
 驚いた瞬間に攻勢に出られる状況に慣れてないのだ。
 並の怪異や怪人……Sランクが出張る必要のない程度の敵が相手なら有り得ない状況だからだ。

 宙を回転しながら飛んでいった短刀が、避けた誰かの残像に突き刺さる。
 そいつが軽く睨んでくるが礼儀正しく無視。

 何故なら短刀を弾き飛ばされた目前の男は舞奈を見やっていた。
 呆然と、だが確たる渇望を湛えた瞳で。

「……あいつの最後を教えてくれよ。勇敢だったか?」
 ボソリと男は言った。
 先ほどまでの威勢の良さが嘘のように。

 彼だって別に暴れたかったわけじゃない。
 心に空いた空白をどう埋めて良いのかがわからなかったのだ。
 ここに居る他の参加者たちと、そして舞奈と同じように。
 だから舞奈は相手に謝罪を求める代わりに、

「ゾンビどもを避けて下水道を通ったんだが、地上と地下から強襲されて、あたしたちが地上の敵を片づける事になった。あいつは地下。あたしは地上だ」
 静かに語る。
 そうする事で舞奈も心にわだかまっていた何かが浄化される気がした。
 あの出来事を過去として語る事で。
 それが今日、舞奈がこの場所に来た理由のような気がした。

「……」
 そんな舞奈の言葉に、彼は黙って耳を傾ける。
 子供の言葉を一言も聞き漏らすまいと真摯に見やる。
 気が立っていただけで、根は悪い奴じゃないのだろう。
 だから舞奈も言葉を続ける。

「だが出入り口を爆破されて……それっきりだ。以降、人の姿の奴を見ていない」
「じゃ、じゃあ、まだ生きてるかもしれないって事か?」
「どうだろうな。埋まってるなら誰かが見つけてると思うが。あっちの方の復興も進んでるみたいだし」
 嘘ではないが正しくもない顛末を語る。
 食いついてくる彼からそっと目を逸らす。
 こういう時に子供の背丈は便利だと少し思う。

 実際には、この話には続きがある。
 その後にスプラとバーンを失った舞奈たちの前に切丸はあらわれた。
 だが彼はトルソの亡骸を抱え、煙草を吹かせていた。
 人間ではなく怪異になっていたのだ。
 だから舞奈は奴に引導を渡した。

 舞奈は自分の選択を後悔していないが、この場で正直に話す事もないと思った。
 舞奈の言い回しから察しの良い何人かが気づいたようだが何も言わない。
 明日香も特に口を挟んでこなかった。
 本当の事を言っても余計なトラブルが増えるだけだと知っているからだ。
 そういう意味で明日香は正直さに何の価値も見出していない。

 舞奈も大筋では同じだ。
 だが加えて自分自身も、そう思いこみたかったのかもしれないと思う。
 怪異と化した切丸も、半身だけになったトルソも、性質の悪い幻影だと。
 本物の切丸とトルソは別の穴から地上に逃れて今も何処かにいると。
 だが、そんな考えを気取られるのが嫌で、

「あと、ここに居る全員に勝てるってのは買いかぶりすぎだよ」
「そうでやんすか?」
「ああ、そうでやんす」
 先ほどのメガネ君にニヤリと笑う。
 いきなり話を振られてビックリする彼から目をそらす。
 そして、こちらを注目するギャラリーを見渡し、

「何人か術者がいる。しかも手練れだ。そいつら全員が結託して建物ごと吹っ飛ばそうとしてきたら、流石にひとりじゃ対処できん」
 それっぽいと感じた何人かと目を合わせながら答える。
 超常の力を操る術者は立ち振る舞いからして余人と違う。

 見やった大半は可愛い女の子だ。
 だが何人か爺さんもいる。
 彼女ら、彼らは一様に驚きの表情を見せる。
 一目で術者だと気づかれたことに驚いているのだ。
 明日香は涼しい顔で肉を食っていた。まったく。

「あ、あんた。奴らの親玉を倒したって本当か?」
「どんな奴だった……?」
 ギャラリーの何人かがおずおずと尋ねてきた。
 舞奈は警備員をちらりと見やり、特に止められない事を確認して、

「きったねぇ脂虫のババアだったよ。こーんな大きな怪異のロボットに乗ってて」
「要は魔獣みたいなものか……?」
「そんな奴を殺ったのか……!?」
「ああ、核とレーザーで消し炭にしてやった。あたしひとりの力じゃないけどな」
 できるだけ無難に答える。

 どうでもいいが年輩の警備員は若い方にドヤ顔していた。
 まるで舞奈の関係者みたいなドヤりっぷりだ。
 そんな様子に内心で苦笑する舞奈の元に……

「……じゃ、じゃあ! 俺も聞いていいすか!?」
「待ってくれ! 俺も!」
「おおい、パーティー終わる前に飯も食いたいんだが……」
 血気盛んな意欲のある若者が、あるいは中年男が殺到する。
 たちまち舞奈の周囲に人だかりができる。
 しんみりした追悼パーティーだったはず会場が、Sランクを囲む戦勝パーティーみたいになってしまった。

「好みのタイプはどんなですか!?」
「そりゃもちろん、おっぱいが大きい美人ちゃんさ!」
「あっあのっ! 現存するあらゆる魔術を操るって本当ですか!?」
「そんな奴はいねーよ。そもそもあたしは術とか使えないぞ」
「でっでも血の雨を降らせて怪異の群れを一掃したって……」
「知らない話なんだが……。やりそうな奴はいるがあたしじゃないぞ」
「じゃ、じゃあケルト魔術でビーム撃ってロボットをワンパンした話は!?」
「そいつはつばめちゃ……もうひとりのSランクだと思う」
「もうひとり!?」
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「支部にSランクが2人!?」
「せっ世界が滅びる!」
「いや、そうならないように頑張ってるんだよ。あんたらもな」
 とりとめもない質問に答えながら、活路を求めて周囲を見渡す。
 ヒーローインタビューも嫌いじゃないが、今は飯が食いたい。
 だが周囲を見渡す人の海には一片の隙もない。
 面倒な事になったと思っていると……

「……わたしも聞かせてもらっていいかしら? スプラの事を」
 ひとりの女性が舞奈の前に立った。
 先ほどの彼女だ。

 何時の間にか彼女の周囲だけ人の海が割れていた。

 何故なら、この悶着そのものがお気持ちによって引き起こされたものだ。
 だから、より強い別のお気持ちで割りこまれたら従うしかない。
 そう思わせるくらいに、生真面目で一見すると普通な彼女の言葉は重かった。
 だから――

「――スマン、続きはまた今度な」
「あっ!? 舞奈さん!」
 ギャラリーたちを置き去りにして、舞奈は手を引かれるまま会場を抜け出した。
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