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第20章 恐怖する騎士団
戦闘5 ~イレブンナイツvs銃技&戦闘魔術
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「――ヒューッ! こりゃ見事な手並みだ」
「この程度は造作もない」
軽口めいた幼女の賛辞に、剣鬼は抜き身の太刀を振り抜いた姿勢のまま笑う。
「……仲間の前で、貴様にそれを言う資格があるのか?」
側で皮肉を返すは同じようにレイピアを構えた長身のコルテロ。
剣鬼とコルテロの目前には巨大な球体。
球体戦車。
だが鋼鉄の装甲は袈裟斬りに両断されている。
廊下をまるごとふさぐサイズの球体の、左上の部分が斜めにずれ落ちる。
その向こう側に、不敵な笑みを浮かべるツインテールの少女が姿をあらわす。
側には同じくらいの背格好をした黒髪の少女。
志門舞奈と、そのパートナーである安倍明日香だ。
剣鬼とコルテロは『Kobold』支部ビル上層階のうちでも『ママ』の御所に近い最上階付近の一本道に座して侵入者を待ち構えていた。
そこにやってきたのが志門舞奈と安倍明日香。
遭遇に先駆けて奴らは球体戦車――クーゲルパンツァーをけしかけてきた。
問答無用だ。
戦車の装甲で斬撃を防ぎ、2人の騎士を押し潰そうとの算段であろう。
召喚したのは魔術師だという安倍明日香か。
まったく志門舞奈と同じくらい型破りで容赦のない油断ならない相手だ。
だが丸い強固な装甲も、鋭いレイピアと重い太刀の前には物ほどではなかった。
召喚魔法にあまりリソースを振り分けていなかったのかもしれない。
そう剣鬼は考えた。
魔術よる被造物はまぼろしの延長線上にあると聞く。
耐久力の礎になっているのは実在する物質の硬度そのものではない。
術者が術にこめた魔力だ。
だから機械部品の破片をまき散らしながら、球体の上半分は光の粉になって消える。
遺された下半分も同じように消滅する。
後には何も残らない。
だが、その向こう側で――
「――【魔力破壊】で構造を不安定化させて、強度が落ちた部分を見極めて一点集中打撃で破壊……といったところですか」
「見抜いたか。貴殿も術を使えるだけの凡愚ではないようだな」
安倍明日香が冷ややかな表情で講釈を垂れる。
対してコルテロが笑う。
だが敵にそれ以上の反応はなし。
けしかけた創造物を破壊されて悔しがる素振りはない。
所詮は小手調べだったのだろう。
あるいは敗れた事実そのものより敗北に至った手管に興味を引かれるタイプか。
そんなパートナーにかまわず、側の志門舞奈はニヤリと笑い、
「……ま、そいつはいいとして。どのルートで上を目指しても最後に通る場所にいるって事は、あんたたちが騎士どもの中で一番強いって事でいいのか?」
軽口めいた何食わぬ口調で問う。
剣鬼の半分ほどの背丈から見上げながら、だが臆する様子は微塵もない。
いつもながら何とも肝の据わった子供である。
剣鬼が志門舞奈と邂逅したのは3度目。
最初は『ママ』の作戦を妨害しようとする彼女を迎撃すべく疾走するバスの上で。
2度目は【機関】の執行人を襲撃して皆殺しにした後にあらわれた。
正直、奴に会えたのが嬉しくないと言えば嘘になる。
それが『ママ』を守る名目での作戦の最中だったとしても。
その上で奴の存在を『ママ』が恐れていたとしても。
何故なら奴は強く、剣鬼にとっての名誉は強敵と戦って倒す事だからだ。
そして巨大な球体戦車という障害物が消えて無くなってなお、両者の間にはあまりにも深く数多い溝が横たわっている。だから……
「……ここに貴様が来たという事は、他のチームは全滅か」
手にした抜き身と同じくらい鋭い声色で剣鬼は問う。
問いには答えず。
だが志門舞奈は気にする様子もなく、
「全滅かは知らんが、来るまでに3人は殺ったぜ」
拳銃を片手にニヤリと笑う。
イレブンナイツの同僚、しかも3人のチームが全滅し、殺害された。
スパーダたちのチームか?
あるいはポワンたち弁護士どもか?
だが敵のそんな言葉に剣鬼もコルテロも動じない。
守衛の配置の都合上、剣鬼たちの元にたどり着く前に他のチームと戦う必要がある。
それは最初からわかっていた事だ。
その決定に、誰も異を唱えなかった。
何故なら剣鬼とコルテロが強者だから。
剣鬼たちは『Kobold』内で、イレブンナイツの中ですら特別な存在だった。
強者である自分たちの露払いとして他の誰かが犠牲になるのは当然だった。
そんな剣鬼と轡を並べるコルテロは、
「先ほどの機械モドキを使ってか? 無粋だな」
氷の刃ように冷たく問う、
両者の間の、先ほどまで球体戦車が存在した空間に侮蔑の視線を向ける。
そんな彼の――剣鬼よりなお長身の騎士に答えたのは、
「そもそも殺しは無粋なものでは? 相手が人でも……」
安倍明日香だ。
こちらも氷像のように冷ややかに答える。
下フレームの眼鏡の奥の双眸は……
「……怪異でも」
コルテロが手にした煙草に注がれている。
武人にとって剣すら持たぬ球体の機械を戦に持ちだす行為が剣に対する冒涜であるのと同じくらい、人間である奴らにとって喫煙者――脂虫と呼ばれる怪異は生命への冒涜であり存在すら許されぬ絶対悪だ。
両者の溝を埋める手段はない。
だから――
「――怒るなよ。間違ったこたぁ言ってねぇだろ?」
志門舞奈はニヤリと笑う。
不敵な、そして『Kobold』最強の騎士2人との激戦をも厭わぬ表情で笑う。
あるいは望んでいるかのような。
「そう思うか」
年端もゆかぬ、だが油断ならぬ敵を真正面から見据えて剣鬼も笑い――
「――ならば! その捻くれた性根を叩き直してくれるわ!」
「へっ! やってみろよ!」
剣鬼と志門舞奈は同じタイミングで走る。その側で。
「子供とて容赦はせぬぞ。その首、貰い受ける」
「貴方にも消えてもらいますよ。他の騎士たちと同じように」
コルテロが動く。
同時に安倍明日香の周囲の空間がきしむ。詠唱のない魔術の行使か。
こうして【Kobold】と【機関】、両陣の最強による戦闘は幕を開けた。
剣鬼は志門舞奈との距離を一瞬で詰めつつ太刀を振るう。
一の太刀。
脳内のチップに与えられた【虎爪気功】――だが鍛錬によって生来の異能力と変わらぬ己が身の一部となった身体強化の能力を、研ぎ澄まされた技術で振るう。
大人の身の丈ほどもある鉄塊の重さを持つ斬撃が、弩の太矢の如く放たれる。
その速さと重さ、鋭利さは死そのものに等しい。
だが志門舞奈はあらかじめ斬撃を予測していたように跳んで避ける。
所見では驚愕を隠せなかった驚異的な回避力。
だが3度目の邂逅でもある今となっては既に慣れた。
だから剣鬼は間髪入れずに二の太刀を振るう。
突進の勢いを利用した、横薙ぎのギロチンの如く苛烈な一撃。
それすら奴は身を屈めて避ける。
剣圧で向かいの壁が斬り裂かれる。
風を斬る鋭い太刀が、小さなツインテールの先を散らす。
剣鬼は笑う。
最初から二の太刀を見据えて跳躍する時間を最小限に抑えた動きで避けたのだ。
そうでなければ回避が間に合わなかった。
そのように避けた童は流れるような動作で拳銃をジャケットの裏側に仕舞う。
そうしながら肩紐で背に提げた長物を構える。
カービン銃の、機関部に比べて小さな銃口をこちらに向ける。
何気なく、だが銃口はピタリと急所を捉えている。
そう認識するのと同時に剣鬼もはじかれたように跳んでいた。
脳内のチップが確実な『死』を告げたからだ。
その得物からはフルオートで無数の弾丸が放たれる。
防ぐ手段はない、と。
脳内に埋めこまれたチップは身体強化だけでなく予知の力をも与えてくれた。
剣鬼はその能力にも最大限に熟達した。
自らが最強であるために、剣鬼は心技体のいずれも軽んずる事なく鍛えあげた。
だから剣鬼は高精度で先読みした一瞬先の敵の動きに的確に対応できる。
放たれた銃弾すら切り払う事ができる。
故に無敗だった。
……今までは。
そんな剣鬼の予知に反して志門舞奈は撃たない。
予知ですらない何らかの手段で、避けられるのがわかるのだろう。
前回の、その前の戦闘でもそうだった。
奴は些細なきっかけから、まるで未来を見通すように何もかもに気づく。
そんな童の口元がニヤリと笑みの形に歪む。
剣鬼が避けた事で、フルオートの射撃は防げない事まで悟られたか。
如何に心技体――予知の異能と剣の技術と身体能力を鍛えても、機械仕掛けで無数に放たれる銃弾すべてに的確に対応する事はできない。
剣鬼は武人だ。
ギャグ漫画のなんちゃってサムライではない。
だが、そんな事は些事だ。
それより今は、奴に聞かねばならぬ話がある。
それは今の剣鬼にとって、奴との勝負そのものと同じくらい重要な事柄だった。
だから跳び退る志門舞奈を追うように、剣鬼は距離を詰めつつ太刀を振り下ろす。
志門舞奈は撃たない。
代わりに幅広のナイフを抜いて受け止める。
避けきれぬと判断したか?
あるいは言葉を投げかけようという剣鬼の思惑に気づいたか?
奴のすべてを見透かすような余裕の礎になっているものが何なのか、知りたくないと言えば嘘になる。
それを知る事で剣鬼は今よりもっと強くなれるはずだから。
だが今はそれより――
「――エスパダを何処へやった? 無事なのだろうな?」
剣鬼は太刀に力をこめながら問う。
鋼鉄と鋼鉄が押し合う金属質の鈍い音。
以前に【機関】の執行人を襲撃した際、不慣れな彼は敵に捕らわれた。
油断した隙に別の執行人に拘束され氷漬けにされたのだ。
志門舞奈もその場にいた。
エスパダの顔も知っているはずだ。
おそらく、その後の彼の処遇も。だが、
「さあ?」
志門舞奈は軽く答える。
そうしながら剣鬼の太刀を真正面から受け止め続ける。
鍛えあげ異能力で強化された筋力に加え、太刀にかけた大人の体重をだ。
加えて意地でも答えを引き出そうと睨みつける剣鬼の気迫をも。
その筋力、そして胆力は、とうてい子供のそれとは思えぬほど。
対して剣鬼は志門舞奈に蹴りを入れる。
察して跳び退ったピンク色の童を追うように踏みこみながら、
「答える気はないという事か?」
次なる斬撃を問いと同時に放つ。
「どうだろうな?」
太刀の重量に勢いを乗せた渾身の斬撃を、奴はナイフひとつで受け流す。
返された言葉の真意は奴の表情からはわからない。
なるほど志門舞奈は他者の一挙手一投足から次の動きを予測できる。
故に自身の思惑を隠すのも上手なのだろう。
まったく子供として、否、人間として食えない奴だ。
だが何故に隠し立てする必要がある?
……否、それより今は奴を倒すべきだ。
理由は何にせよ奴が問いから逃げるつもりなら、力づくで答えをつかむ。
今までだってそうしてきた。
そんな背中をエスパダにも見せて来た。
だから剣鬼は次なる言葉の代わりに太刀で突く。
音速に迫る矢のような突きを、志門舞奈は苦も無く避けつつ、
「やけに御執心じゃないか。これか?」
「貴……様っ! 許さんぞ! 次に言ったらその身を刻んで犬に喰わせてくれる!」
「えっ? ゴメン。そこまで怒ると思わなくて……」
下品な軽口を叩く。
剣鬼は激怒する。
振るった剣の剣圧が奴の頬に紅い筋を刻む。
だが奴が口元に浮かべた、少し申し訳なさそうな笑みは崩れない。
だが、いわば弟子のような青年を侮辱された剣鬼の怒りはおさまらない。
エスパダは若く見こみのある青年だった。
剣を志す者として、剣鬼は素直に彼に教えを授ける事を楽しんでいた。
彼の成長がかつての我が身のように感じられて嬉しかった。
それを……!
「奴には見どころがあるからだ! 今は未熟なれど我が指導を真摯に受け止め実直に修練に励んできた! いずれ大成するであろう!」
「そうかい」
激情にまかせるまま太刀を力まかせに叩きつける。
奴はナイフで受け止める。
同時に自ら身を浮かせ、斬撃のパワーを利用しながら跳び退る。
なるほど奴は物理法則を巧みに利用して攻撃を回避している。
使えるものは何でも利用する。
幼いながら鍛え抜かれた身体も、動体視力も、そうするための手段に過ぎない。
それが、いくら鍛えたとはいえ年端もゆかぬ子供が【機関】最強と目されるほどの強者であり続けられる理由のひとつだろう。
敵の実力を目の当たりにして剣鬼は冷静さを取り戻す。
その一方で志門舞奈は、
「けどさ、あんたが殺しまくった奴らや見殺しにした奴らの中にも、見どころのある奴はいたんじゃないのか?」
口元を皮肉な笑みの形に歪めて問いかける。
先ほどの侮辱を埋め合わせるつもりか?
つまらぬ問いだ。
「奴らは弱いから死んだ」
「勝手なこと言いやがって」
ひと言で戯言を両断する剣鬼の答えに口元を歪める。
そうしながらナイフを構え、だが何時でも改造ライフルを撃てるよう身構える。
剣鬼は構わず斬りかかる。
脳内のチップに警告はない。
それ以前に今は奴は撃たないと予感した。
そもそも剣鬼は間違ったことは言っていないと自負している。
世の中には2種類の人間がいる。
目前の童どもがするような人間と怪異との区別ではない。
強くなれる人間と、なれない人間の差だ。
前者は強さを求めて他のものを犠牲にすることができる。
後者は煩悩に支配され本能のまま低い場所に留まる。
イレブンナイツのメンバーすら例外ではない。
例えばスパーダたちのチームはうわついた学生気分が成長を阻害していた。
アッシュとドゥーも自分たちの狭い世界しか見ていなかった。
弁護士チームなんか口八丁で立場を得ただけの虫ケラ同然の屑だ。
目の前の童たちとの戦闘で奴らがどんな末路を迎えていようが自業自得だ。
何故なら奴らは強くなる努力ができなかった。
そう剣鬼は考えていた。
イレブンナイツにすらなれない一般の騎士どもに至っては語る事すら無駄の極み。
だが我が友コルテロは違う。
剣鬼と同じレベルまで心技体を鍛えあげた一流の剣士だ。
そして奴らに囚われたエスパダも一心に強くなりたいと願っている側の人間だ。
そのための努力も惜しまなかった。
その事実に志門舞奈も気づいて然るべきだと剣鬼は思う。
何故なら奴も、強くなれる側の人間だ。
力のためにすべてを犠牲にして努力できる類の人間だ。
でなければ、これほどまでの胆力と手管、身体能力を身に着ける事はできない。
だが、そんな童は――
「――言っとくが、そんな生き方じゃあんたは何も手に入れられやしないぜ?」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
剣鬼やコルテロと比べれば乳飲み子に等しい小娘の分際で。
世の理不尽の大半を親に肩代わりされているはずの歳で。
なのに、世の辛酸を味わい尽くした世捨て人のような底の知れない表情で。
「小娘が! 何を根拠に!?」
怒声と共に放った剣鬼の刃を、志門舞奈は苦も無く避ける。
そうしながら銃弾の代わりに言葉を放つ。
「力で奪ったものも、押さえつけてるものも、手をゆるめた途端に指の隙間から逃げちまう。そうやって何もかも無くすんだ。みんな同じさ」
「よもや貴様も予知の能力で未来が見通せるとでも言いたいのか?」
力まかせに振るった二の太刀を、
「んな訳あるか。そういう奴を、過去に何人も見てきただけだよ」
笑いながら避ける。
見てすらいなかった。
太刀も。剣鬼も。
まるで敵の後ろにいる誰かを――過去の幻影のような何かを睨むように。
それが奴が戦う理由か?
剣鬼は素直に知りたくなった。
だが奴は、すぐに我に返って口元を無理やりに笑みの形に歪め、
「だいたい予知とか柄じゃねぇよ! そういうのは連れの領分なんだ!」
言いつつパートナーの黒髪の少女を一瞥する。
そうしながら撃つ。シングルショット。
真っ直ぐ飛ぶ大口径ライフル弾を、剣鬼は切り払うまでもなく避ける。
そのままの勢いで斬りかかる。
そうしながら、釣られるように剣鬼ももうひとつの戦場を見やる。
そこでは長身の騎士と、長い黒髪の少女による激戦が繰り広げられていた――
「――貴様が志門舞奈の腰巾着ではない事はわかった。だが、ひとりで我が剣技の前に立ちふさがるのは少しばかり無謀だったようだな!」
声高に叫びながら、コルテロはレイピアで突く。
その勢いは剣鬼のそれを越えるほど。
それは太刀より細く鋭いレイピアの特性でもある。
対して安倍明日香は、
「貴方が弁だけが立つ訳ではない事もわかりました。ですが個人戦闘の状況分析について必ずしも的確とは言いかねますね。漫画はよく読まれる方ですか?」
冷ややかに答えながら、おそらく脳内で何かを施術する。
途端、周囲を舞う4枚の氷盾のうち2枚が動く。
ゆるやかだった軌道を鋭く変えて安倍明日香の前に飛翔する。
術者を守護する騎士の如く、コルテロの前に立ちふさがる。
「貴様!? 何がいいたい!」
コルテロの鋭い突きが氷盾の1枚を破壊する。
だが、もう1枚に受け止められる。
刃を受け止めた氷盾を、コルテロは二の太刀で叩き落とす。
一部から嫌味とも神経質とも評されるコルテロの口調と声色。
だが、あれはあれで彼の策だ。
相手の神経を逆なでして冷静さを失わせる。
力や技のみを鍛えた青二才は、奴の前で実力の半分も出し切れずに死ぬ。
だが安倍明日香は違うらしい。
底の知れないコルテロの言葉に怒らず、怯えず、惑わされない。
それどころか生意気な言葉を返し、逆に年上の男を挑発する。
手にしているが撃つ様子のない小型拳銃は護身用か?
あるいは敵の意識を銃に向けさせるための精神的な囮か?
奴も胆力があるだけではない。
知識を持ち機転も利き、何より……性格もかなり悪い。
こちらも子供とは思えない。
流石は腐っても魔術師、そして志門舞奈のパートナー。
そんな童の姿は気づくとそこになかった。
コルテロが二の太刀を振るう間に、残り2枚の氷盾を残して消えたのだ。
一拍ほど遅れて少し後方に出現する。
魔術による短距離転移で追撃を避けたか。
だがコルテロは逃げる獲物を追わずに逆に跳び退る。
先程まで安倍明日香がいた場所に、火球が浮かんでいたからだ。
詳しい術の名は知らぬが触れると爆発する代物のはずだ。
手榴弾程度の威力はあると見るべきか。
勢いのまま追っていれば、コルテロが四散して勝負は終わっていた。
そんなさりげない致命的な罠に、コルテロは気づいて避けた。
何故なら剣鬼の戦友でもあるコルテロは手練れ。
だが安倍明日香もまた相応な修羅場をくぐってきたようだ。
だから――
「味な真似を……何っ!」
「――魔弾!」
間髪入れずに左の掌を突きつけ、プラズマの砲弾を放つ。
しかも続けざまに何発も。
コルテロが火球の罠に気づいて避けると、奴も予測していたのだろう。
だから彼が火球に対処する間に呪文を唱えて強力な魔術を準備した。
まったく侮れぬ童だ。
砲弾のようなサイズのプラズマ塊が、連弩の勢いで放たれる。
未熟な――スパーダたちの水準なら避けようもない激しい雷撃の猛打。
だが広いとはいえ屋内の、しかも廊下でそんな手札を使ったら――
「――!?」
プラズマの砲弾のひとつが志門舞奈の背後めがけて飛ぶ。
ほれ見たことか!
位置的に2人が見えていて、しかも危ないと思っていた剣鬼は跳んで避けた。
だが奴らに背を向けていたはずの志門舞奈も――
「――おおい周り見て撃てよ」
「そっちの太刀筋に対処できるなら、流れ弾くらい余裕でしょ?」
「ったく、何もかもがてめぇの計算通りに動くと思うなよ」
見えていたように雷撃を避ける。
パートナーを見やりもせずに軽口を交わす。
そうしながら、会話の隙をついたはずの剣鬼の斬撃をも受け流す。
それこそスパーダたちがしていたゲームのように出来過ぎた完璧な動き。
あるいは奴らにとって、この程度の無茶は日常茶飯事だという事か?
奴らが過去にかいくぐってきた修羅場とは如何ほどのものだったのか?
しかも口ぶりからすると安倍明日香もこちらの状況を認識しているようだ。
そんな余裕があったのか?
むしろ剣鬼が奴らの変わらぬ姿に圧倒される。
一方、雷弾の猛打の狙いはコルテロだ。
だから当然ながら、迫り来るプラズマ砲弾の真っただ中にいた。
だが長身の騎士は避ける代わりに微妙だにせず立ち尽くし――
「――!」
真正面から迫るひとつをレイピアで切り払う。
細い刃が触れた途端、激しく放電するプラズマは霧散する。
コルテロは自ら作った砲弾ひとつ分の隙間に滑りこんで稲妻の猛打をしのぐ。
砲弾にまとわりついた放電が騎士の髪を、マントを焦がす。
だが命中打はない。
そう。彼の本来の異能力は【魔力破壊】。
斧使いのアッシュと同じ能力だ。
しかも練度も強度も奴に匹敵する。
そんな魔法消去の異能力をレイピアに宿らせ、予知を用いて自身に命中する致命的な雷弾のみを見極め、狙いすました一太刀で両断したのだ。
要は剣鬼が銃弾を切り払うのと同じ。
もちろん細く鋭いレイピアに斬撃は不向き。
だが実態を持たない魔術に触れて消去するだけならば問題はない。
こうして並の騎士なら成す術もない雷弾の雨もコルテロには効かぬと証明された。
そもそも手練れの【魔力破壊】など術者にとっては鬼門のはず。
それでも安倍明日香は口元を軽く歪めるのみ。
彼女のパートナーある志門舞奈も同じだ。
必殺の攻撃を避けられる程度で動じない胆力は流石だ。
2人で数多の修羅場をくぐってきたという情報に偽りはない。
あるいは……まさか先ほどの一撃を越えるような手札を持っている?
熟練した剣士2人と、銃弾と攻撃魔法を操る無頼な少女たちは動きを止める。
互いが互いの手札を見切り、一瞬の隙を伺うフェーズに入ったのだ。
だから――
「――まったく、しぶとい小娘よな」
「あたしも同じ事を考えてたよ。意見があったな」
剣鬼と舞奈。
「侮れぬ敵であることは認めねばならんようだな」
「ええ、そちらも敵として敬意に値するのは事実ですね」
コルテロと明日香。
互いの陣営で最強と目された両者は再び睨み合う。
「この程度は造作もない」
軽口めいた幼女の賛辞に、剣鬼は抜き身の太刀を振り抜いた姿勢のまま笑う。
「……仲間の前で、貴様にそれを言う資格があるのか?」
側で皮肉を返すは同じようにレイピアを構えた長身のコルテロ。
剣鬼とコルテロの目前には巨大な球体。
球体戦車。
だが鋼鉄の装甲は袈裟斬りに両断されている。
廊下をまるごとふさぐサイズの球体の、左上の部分が斜めにずれ落ちる。
その向こう側に、不敵な笑みを浮かべるツインテールの少女が姿をあらわす。
側には同じくらいの背格好をした黒髪の少女。
志門舞奈と、そのパートナーである安倍明日香だ。
剣鬼とコルテロは『Kobold』支部ビル上層階のうちでも『ママ』の御所に近い最上階付近の一本道に座して侵入者を待ち構えていた。
そこにやってきたのが志門舞奈と安倍明日香。
遭遇に先駆けて奴らは球体戦車――クーゲルパンツァーをけしかけてきた。
問答無用だ。
戦車の装甲で斬撃を防ぎ、2人の騎士を押し潰そうとの算段であろう。
召喚したのは魔術師だという安倍明日香か。
まったく志門舞奈と同じくらい型破りで容赦のない油断ならない相手だ。
だが丸い強固な装甲も、鋭いレイピアと重い太刀の前には物ほどではなかった。
召喚魔法にあまりリソースを振り分けていなかったのかもしれない。
そう剣鬼は考えた。
魔術よる被造物はまぼろしの延長線上にあると聞く。
耐久力の礎になっているのは実在する物質の硬度そのものではない。
術者が術にこめた魔力だ。
だから機械部品の破片をまき散らしながら、球体の上半分は光の粉になって消える。
遺された下半分も同じように消滅する。
後には何も残らない。
だが、その向こう側で――
「――【魔力破壊】で構造を不安定化させて、強度が落ちた部分を見極めて一点集中打撃で破壊……といったところですか」
「見抜いたか。貴殿も術を使えるだけの凡愚ではないようだな」
安倍明日香が冷ややかな表情で講釈を垂れる。
対してコルテロが笑う。
だが敵にそれ以上の反応はなし。
けしかけた創造物を破壊されて悔しがる素振りはない。
所詮は小手調べだったのだろう。
あるいは敗れた事実そのものより敗北に至った手管に興味を引かれるタイプか。
そんなパートナーにかまわず、側の志門舞奈はニヤリと笑い、
「……ま、そいつはいいとして。どのルートで上を目指しても最後に通る場所にいるって事は、あんたたちが騎士どもの中で一番強いって事でいいのか?」
軽口めいた何食わぬ口調で問う。
剣鬼の半分ほどの背丈から見上げながら、だが臆する様子は微塵もない。
いつもながら何とも肝の据わった子供である。
剣鬼が志門舞奈と邂逅したのは3度目。
最初は『ママ』の作戦を妨害しようとする彼女を迎撃すべく疾走するバスの上で。
2度目は【機関】の執行人を襲撃して皆殺しにした後にあらわれた。
正直、奴に会えたのが嬉しくないと言えば嘘になる。
それが『ママ』を守る名目での作戦の最中だったとしても。
その上で奴の存在を『ママ』が恐れていたとしても。
何故なら奴は強く、剣鬼にとっての名誉は強敵と戦って倒す事だからだ。
そして巨大な球体戦車という障害物が消えて無くなってなお、両者の間にはあまりにも深く数多い溝が横たわっている。だから……
「……ここに貴様が来たという事は、他のチームは全滅か」
手にした抜き身と同じくらい鋭い声色で剣鬼は問う。
問いには答えず。
だが志門舞奈は気にする様子もなく、
「全滅かは知らんが、来るまでに3人は殺ったぜ」
拳銃を片手にニヤリと笑う。
イレブンナイツの同僚、しかも3人のチームが全滅し、殺害された。
スパーダたちのチームか?
あるいはポワンたち弁護士どもか?
だが敵のそんな言葉に剣鬼もコルテロも動じない。
守衛の配置の都合上、剣鬼たちの元にたどり着く前に他のチームと戦う必要がある。
それは最初からわかっていた事だ。
その決定に、誰も異を唱えなかった。
何故なら剣鬼とコルテロが強者だから。
剣鬼たちは『Kobold』内で、イレブンナイツの中ですら特別な存在だった。
強者である自分たちの露払いとして他の誰かが犠牲になるのは当然だった。
そんな剣鬼と轡を並べるコルテロは、
「先ほどの機械モドキを使ってか? 無粋だな」
氷の刃ように冷たく問う、
両者の間の、先ほどまで球体戦車が存在した空間に侮蔑の視線を向ける。
そんな彼の――剣鬼よりなお長身の騎士に答えたのは、
「そもそも殺しは無粋なものでは? 相手が人でも……」
安倍明日香だ。
こちらも氷像のように冷ややかに答える。
下フレームの眼鏡の奥の双眸は……
「……怪異でも」
コルテロが手にした煙草に注がれている。
武人にとって剣すら持たぬ球体の機械を戦に持ちだす行為が剣に対する冒涜であるのと同じくらい、人間である奴らにとって喫煙者――脂虫と呼ばれる怪異は生命への冒涜であり存在すら許されぬ絶対悪だ。
両者の溝を埋める手段はない。
だから――
「――怒るなよ。間違ったこたぁ言ってねぇだろ?」
志門舞奈はニヤリと笑う。
不敵な、そして『Kobold』最強の騎士2人との激戦をも厭わぬ表情で笑う。
あるいは望んでいるかのような。
「そう思うか」
年端もゆかぬ、だが油断ならぬ敵を真正面から見据えて剣鬼も笑い――
「――ならば! その捻くれた性根を叩き直してくれるわ!」
「へっ! やってみろよ!」
剣鬼と志門舞奈は同じタイミングで走る。その側で。
「子供とて容赦はせぬぞ。その首、貰い受ける」
「貴方にも消えてもらいますよ。他の騎士たちと同じように」
コルテロが動く。
同時に安倍明日香の周囲の空間がきしむ。詠唱のない魔術の行使か。
こうして【Kobold】と【機関】、両陣の最強による戦闘は幕を開けた。
剣鬼は志門舞奈との距離を一瞬で詰めつつ太刀を振るう。
一の太刀。
脳内のチップに与えられた【虎爪気功】――だが鍛錬によって生来の異能力と変わらぬ己が身の一部となった身体強化の能力を、研ぎ澄まされた技術で振るう。
大人の身の丈ほどもある鉄塊の重さを持つ斬撃が、弩の太矢の如く放たれる。
その速さと重さ、鋭利さは死そのものに等しい。
だが志門舞奈はあらかじめ斬撃を予測していたように跳んで避ける。
所見では驚愕を隠せなかった驚異的な回避力。
だが3度目の邂逅でもある今となっては既に慣れた。
だから剣鬼は間髪入れずに二の太刀を振るう。
突進の勢いを利用した、横薙ぎのギロチンの如く苛烈な一撃。
それすら奴は身を屈めて避ける。
剣圧で向かいの壁が斬り裂かれる。
風を斬る鋭い太刀が、小さなツインテールの先を散らす。
剣鬼は笑う。
最初から二の太刀を見据えて跳躍する時間を最小限に抑えた動きで避けたのだ。
そうでなければ回避が間に合わなかった。
そのように避けた童は流れるような動作で拳銃をジャケットの裏側に仕舞う。
そうしながら肩紐で背に提げた長物を構える。
カービン銃の、機関部に比べて小さな銃口をこちらに向ける。
何気なく、だが銃口はピタリと急所を捉えている。
そう認識するのと同時に剣鬼もはじかれたように跳んでいた。
脳内のチップが確実な『死』を告げたからだ。
その得物からはフルオートで無数の弾丸が放たれる。
防ぐ手段はない、と。
脳内に埋めこまれたチップは身体強化だけでなく予知の力をも与えてくれた。
剣鬼はその能力にも最大限に熟達した。
自らが最強であるために、剣鬼は心技体のいずれも軽んずる事なく鍛えあげた。
だから剣鬼は高精度で先読みした一瞬先の敵の動きに的確に対応できる。
放たれた銃弾すら切り払う事ができる。
故に無敗だった。
……今までは。
そんな剣鬼の予知に反して志門舞奈は撃たない。
予知ですらない何らかの手段で、避けられるのがわかるのだろう。
前回の、その前の戦闘でもそうだった。
奴は些細なきっかけから、まるで未来を見通すように何もかもに気づく。
そんな童の口元がニヤリと笑みの形に歪む。
剣鬼が避けた事で、フルオートの射撃は防げない事まで悟られたか。
如何に心技体――予知の異能と剣の技術と身体能力を鍛えても、機械仕掛けで無数に放たれる銃弾すべてに的確に対応する事はできない。
剣鬼は武人だ。
ギャグ漫画のなんちゃってサムライではない。
だが、そんな事は些事だ。
それより今は、奴に聞かねばならぬ話がある。
それは今の剣鬼にとって、奴との勝負そのものと同じくらい重要な事柄だった。
だから跳び退る志門舞奈を追うように、剣鬼は距離を詰めつつ太刀を振り下ろす。
志門舞奈は撃たない。
代わりに幅広のナイフを抜いて受け止める。
避けきれぬと判断したか?
あるいは言葉を投げかけようという剣鬼の思惑に気づいたか?
奴のすべてを見透かすような余裕の礎になっているものが何なのか、知りたくないと言えば嘘になる。
それを知る事で剣鬼は今よりもっと強くなれるはずだから。
だが今はそれより――
「――エスパダを何処へやった? 無事なのだろうな?」
剣鬼は太刀に力をこめながら問う。
鋼鉄と鋼鉄が押し合う金属質の鈍い音。
以前に【機関】の執行人を襲撃した際、不慣れな彼は敵に捕らわれた。
油断した隙に別の執行人に拘束され氷漬けにされたのだ。
志門舞奈もその場にいた。
エスパダの顔も知っているはずだ。
おそらく、その後の彼の処遇も。だが、
「さあ?」
志門舞奈は軽く答える。
そうしながら剣鬼の太刀を真正面から受け止め続ける。
鍛えあげ異能力で強化された筋力に加え、太刀にかけた大人の体重をだ。
加えて意地でも答えを引き出そうと睨みつける剣鬼の気迫をも。
その筋力、そして胆力は、とうてい子供のそれとは思えぬほど。
対して剣鬼は志門舞奈に蹴りを入れる。
察して跳び退ったピンク色の童を追うように踏みこみながら、
「答える気はないという事か?」
次なる斬撃を問いと同時に放つ。
「どうだろうな?」
太刀の重量に勢いを乗せた渾身の斬撃を、奴はナイフひとつで受け流す。
返された言葉の真意は奴の表情からはわからない。
なるほど志門舞奈は他者の一挙手一投足から次の動きを予測できる。
故に自身の思惑を隠すのも上手なのだろう。
まったく子供として、否、人間として食えない奴だ。
だが何故に隠し立てする必要がある?
……否、それより今は奴を倒すべきだ。
理由は何にせよ奴が問いから逃げるつもりなら、力づくで答えをつかむ。
今までだってそうしてきた。
そんな背中をエスパダにも見せて来た。
だから剣鬼は次なる言葉の代わりに太刀で突く。
音速に迫る矢のような突きを、志門舞奈は苦も無く避けつつ、
「やけに御執心じゃないか。これか?」
「貴……様っ! 許さんぞ! 次に言ったらその身を刻んで犬に喰わせてくれる!」
「えっ? ゴメン。そこまで怒ると思わなくて……」
下品な軽口を叩く。
剣鬼は激怒する。
振るった剣の剣圧が奴の頬に紅い筋を刻む。
だが奴が口元に浮かべた、少し申し訳なさそうな笑みは崩れない。
だが、いわば弟子のような青年を侮辱された剣鬼の怒りはおさまらない。
エスパダは若く見こみのある青年だった。
剣を志す者として、剣鬼は素直に彼に教えを授ける事を楽しんでいた。
彼の成長がかつての我が身のように感じられて嬉しかった。
それを……!
「奴には見どころがあるからだ! 今は未熟なれど我が指導を真摯に受け止め実直に修練に励んできた! いずれ大成するであろう!」
「そうかい」
激情にまかせるまま太刀を力まかせに叩きつける。
奴はナイフで受け止める。
同時に自ら身を浮かせ、斬撃のパワーを利用しながら跳び退る。
なるほど奴は物理法則を巧みに利用して攻撃を回避している。
使えるものは何でも利用する。
幼いながら鍛え抜かれた身体も、動体視力も、そうするための手段に過ぎない。
それが、いくら鍛えたとはいえ年端もゆかぬ子供が【機関】最強と目されるほどの強者であり続けられる理由のひとつだろう。
敵の実力を目の当たりにして剣鬼は冷静さを取り戻す。
その一方で志門舞奈は、
「けどさ、あんたが殺しまくった奴らや見殺しにした奴らの中にも、見どころのある奴はいたんじゃないのか?」
口元を皮肉な笑みの形に歪めて問いかける。
先ほどの侮辱を埋め合わせるつもりか?
つまらぬ問いだ。
「奴らは弱いから死んだ」
「勝手なこと言いやがって」
ひと言で戯言を両断する剣鬼の答えに口元を歪める。
そうしながらナイフを構え、だが何時でも改造ライフルを撃てるよう身構える。
剣鬼は構わず斬りかかる。
脳内のチップに警告はない。
それ以前に今は奴は撃たないと予感した。
そもそも剣鬼は間違ったことは言っていないと自負している。
世の中には2種類の人間がいる。
目前の童どもがするような人間と怪異との区別ではない。
強くなれる人間と、なれない人間の差だ。
前者は強さを求めて他のものを犠牲にすることができる。
後者は煩悩に支配され本能のまま低い場所に留まる。
イレブンナイツのメンバーすら例外ではない。
例えばスパーダたちのチームはうわついた学生気分が成長を阻害していた。
アッシュとドゥーも自分たちの狭い世界しか見ていなかった。
弁護士チームなんか口八丁で立場を得ただけの虫ケラ同然の屑だ。
目の前の童たちとの戦闘で奴らがどんな末路を迎えていようが自業自得だ。
何故なら奴らは強くなる努力ができなかった。
そう剣鬼は考えていた。
イレブンナイツにすらなれない一般の騎士どもに至っては語る事すら無駄の極み。
だが我が友コルテロは違う。
剣鬼と同じレベルまで心技体を鍛えあげた一流の剣士だ。
そして奴らに囚われたエスパダも一心に強くなりたいと願っている側の人間だ。
そのための努力も惜しまなかった。
その事実に志門舞奈も気づいて然るべきだと剣鬼は思う。
何故なら奴も、強くなれる側の人間だ。
力のためにすべてを犠牲にして努力できる類の人間だ。
でなければ、これほどまでの胆力と手管、身体能力を身に着ける事はできない。
だが、そんな童は――
「――言っとくが、そんな生き方じゃあんたは何も手に入れられやしないぜ?」
口元に乾いた笑みを浮かべる。
剣鬼やコルテロと比べれば乳飲み子に等しい小娘の分際で。
世の理不尽の大半を親に肩代わりされているはずの歳で。
なのに、世の辛酸を味わい尽くした世捨て人のような底の知れない表情で。
「小娘が! 何を根拠に!?」
怒声と共に放った剣鬼の刃を、志門舞奈は苦も無く避ける。
そうしながら銃弾の代わりに言葉を放つ。
「力で奪ったものも、押さえつけてるものも、手をゆるめた途端に指の隙間から逃げちまう。そうやって何もかも無くすんだ。みんな同じさ」
「よもや貴様も予知の能力で未来が見通せるとでも言いたいのか?」
力まかせに振るった二の太刀を、
「んな訳あるか。そういう奴を、過去に何人も見てきただけだよ」
笑いながら避ける。
見てすらいなかった。
太刀も。剣鬼も。
まるで敵の後ろにいる誰かを――過去の幻影のような何かを睨むように。
それが奴が戦う理由か?
剣鬼は素直に知りたくなった。
だが奴は、すぐに我に返って口元を無理やりに笑みの形に歪め、
「だいたい予知とか柄じゃねぇよ! そういうのは連れの領分なんだ!」
言いつつパートナーの黒髪の少女を一瞥する。
そうしながら撃つ。シングルショット。
真っ直ぐ飛ぶ大口径ライフル弾を、剣鬼は切り払うまでもなく避ける。
そのままの勢いで斬りかかる。
そうしながら、釣られるように剣鬼ももうひとつの戦場を見やる。
そこでは長身の騎士と、長い黒髪の少女による激戦が繰り広げられていた――
「――貴様が志門舞奈の腰巾着ではない事はわかった。だが、ひとりで我が剣技の前に立ちふさがるのは少しばかり無謀だったようだな!」
声高に叫びながら、コルテロはレイピアで突く。
その勢いは剣鬼のそれを越えるほど。
それは太刀より細く鋭いレイピアの特性でもある。
対して安倍明日香は、
「貴方が弁だけが立つ訳ではない事もわかりました。ですが個人戦闘の状況分析について必ずしも的確とは言いかねますね。漫画はよく読まれる方ですか?」
冷ややかに答えながら、おそらく脳内で何かを施術する。
途端、周囲を舞う4枚の氷盾のうち2枚が動く。
ゆるやかだった軌道を鋭く変えて安倍明日香の前に飛翔する。
術者を守護する騎士の如く、コルテロの前に立ちふさがる。
「貴様!? 何がいいたい!」
コルテロの鋭い突きが氷盾の1枚を破壊する。
だが、もう1枚に受け止められる。
刃を受け止めた氷盾を、コルテロは二の太刀で叩き落とす。
一部から嫌味とも神経質とも評されるコルテロの口調と声色。
だが、あれはあれで彼の策だ。
相手の神経を逆なでして冷静さを失わせる。
力や技のみを鍛えた青二才は、奴の前で実力の半分も出し切れずに死ぬ。
だが安倍明日香は違うらしい。
底の知れないコルテロの言葉に怒らず、怯えず、惑わされない。
それどころか生意気な言葉を返し、逆に年上の男を挑発する。
手にしているが撃つ様子のない小型拳銃は護身用か?
あるいは敵の意識を銃に向けさせるための精神的な囮か?
奴も胆力があるだけではない。
知識を持ち機転も利き、何より……性格もかなり悪い。
こちらも子供とは思えない。
流石は腐っても魔術師、そして志門舞奈のパートナー。
そんな童の姿は気づくとそこになかった。
コルテロが二の太刀を振るう間に、残り2枚の氷盾を残して消えたのだ。
一拍ほど遅れて少し後方に出現する。
魔術による短距離転移で追撃を避けたか。
だがコルテロは逃げる獲物を追わずに逆に跳び退る。
先程まで安倍明日香がいた場所に、火球が浮かんでいたからだ。
詳しい術の名は知らぬが触れると爆発する代物のはずだ。
手榴弾程度の威力はあると見るべきか。
勢いのまま追っていれば、コルテロが四散して勝負は終わっていた。
そんなさりげない致命的な罠に、コルテロは気づいて避けた。
何故なら剣鬼の戦友でもあるコルテロは手練れ。
だが安倍明日香もまた相応な修羅場をくぐってきたようだ。
だから――
「味な真似を……何っ!」
「――魔弾!」
間髪入れずに左の掌を突きつけ、プラズマの砲弾を放つ。
しかも続けざまに何発も。
コルテロが火球の罠に気づいて避けると、奴も予測していたのだろう。
だから彼が火球に対処する間に呪文を唱えて強力な魔術を準備した。
まったく侮れぬ童だ。
砲弾のようなサイズのプラズマ塊が、連弩の勢いで放たれる。
未熟な――スパーダたちの水準なら避けようもない激しい雷撃の猛打。
だが広いとはいえ屋内の、しかも廊下でそんな手札を使ったら――
「――!?」
プラズマの砲弾のひとつが志門舞奈の背後めがけて飛ぶ。
ほれ見たことか!
位置的に2人が見えていて、しかも危ないと思っていた剣鬼は跳んで避けた。
だが奴らに背を向けていたはずの志門舞奈も――
「――おおい周り見て撃てよ」
「そっちの太刀筋に対処できるなら、流れ弾くらい余裕でしょ?」
「ったく、何もかもがてめぇの計算通りに動くと思うなよ」
見えていたように雷撃を避ける。
パートナーを見やりもせずに軽口を交わす。
そうしながら、会話の隙をついたはずの剣鬼の斬撃をも受け流す。
それこそスパーダたちがしていたゲームのように出来過ぎた完璧な動き。
あるいは奴らにとって、この程度の無茶は日常茶飯事だという事か?
奴らが過去にかいくぐってきた修羅場とは如何ほどのものだったのか?
しかも口ぶりからすると安倍明日香もこちらの状況を認識しているようだ。
そんな余裕があったのか?
むしろ剣鬼が奴らの変わらぬ姿に圧倒される。
一方、雷弾の猛打の狙いはコルテロだ。
だから当然ながら、迫り来るプラズマ砲弾の真っただ中にいた。
だが長身の騎士は避ける代わりに微妙だにせず立ち尽くし――
「――!」
真正面から迫るひとつをレイピアで切り払う。
細い刃が触れた途端、激しく放電するプラズマは霧散する。
コルテロは自ら作った砲弾ひとつ分の隙間に滑りこんで稲妻の猛打をしのぐ。
砲弾にまとわりついた放電が騎士の髪を、マントを焦がす。
だが命中打はない。
そう。彼の本来の異能力は【魔力破壊】。
斧使いのアッシュと同じ能力だ。
しかも練度も強度も奴に匹敵する。
そんな魔法消去の異能力をレイピアに宿らせ、予知を用いて自身に命中する致命的な雷弾のみを見極め、狙いすました一太刀で両断したのだ。
要は剣鬼が銃弾を切り払うのと同じ。
もちろん細く鋭いレイピアに斬撃は不向き。
だが実態を持たない魔術に触れて消去するだけならば問題はない。
こうして並の騎士なら成す術もない雷弾の雨もコルテロには効かぬと証明された。
そもそも手練れの【魔力破壊】など術者にとっては鬼門のはず。
それでも安倍明日香は口元を軽く歪めるのみ。
彼女のパートナーある志門舞奈も同じだ。
必殺の攻撃を避けられる程度で動じない胆力は流石だ。
2人で数多の修羅場をくぐってきたという情報に偽りはない。
あるいは……まさか先ほどの一撃を越えるような手札を持っている?
熟練した剣士2人と、銃弾と攻撃魔法を操る無頼な少女たちは動きを止める。
互いが互いの手札を見切り、一瞬の隙を伺うフェーズに入ったのだ。
だから――
「――まったく、しぶとい小娘よな」
「あたしも同じ事を考えてたよ。意見があったな」
剣鬼と舞奈。
「侮れぬ敵であることは認めねばならんようだな」
「ええ、そちらも敵として敬意に値するのは事実ですね」
コルテロと明日香。
互いの陣営で最強と目された両者は再び睨み合う。
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