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第20章 恐怖する騎士団
あいつが悪い ~イレブンナイツvsナワリ呪術&古神術
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支部ビル上層階を守るポワンとナルシス、アルティーリョら弁護士チーム。
3人の戦いは如月小夜子の【虐殺する火】による奇襲で始まった。
そこでいきなりアルティーリョ死亡。
灼熱地獄と化した廊下で残る2人は苦戦を余儀なくされる。
何故なら如月小夜子は十分な贄を得てパワーアップしていた。
九杖サチもパートナーへの想いで力を増していた。
だがその時、何者かが如月小夜子に不意打ちを仕掛けた!
アルティーリョだ。
彼は復活の大能力の所持者だったのだ。
蘇ったアルティーリョを加えて3対2になったポワンたち弁護士チームは、如月小夜子と九杖サチに反撃する。
それでも――
「――斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
「風の刃かァ!」
「ひいっ!? 顔はやめて!」
如月小夜子は至近距離から攻撃魔法を放つ。
広刃で鋭いかまいたちを、アルティーリョとナルシスが必死の形相で避ける。
その奥で焼け崩れていた壁が、術の余波を受けてスッパリ両断される。
「かけまくもかしこき志那都比古神――」
「――敵を戒む楔と化せ、羽毛ある蛇」
「くっ!? 動きが……」
叫びと祝詞が重なった途端、ポワンの身体が重くなる。
見やるとナルシスたちの動きも少しぎこちない。
周囲の空気を操って、こちらの動きを妨害しているらしい。
2人がかりで風の呪術を応用したか?
小癪な!
如月小夜子と九杖サチ。
性格も能力も正反対の彼女らはセットになると手強い。
もちろんポワンたち3人ともが脳内のチップに与えられた【虎爪気功】に加えて予知の能力を持つ最強の戦士。
だがナワリ呪術師である如月小夜子も【ジャガーの戦士】で強化されている。
しかも同じ術で九杖サチをも強化している。
だから両者の身体強化は互角……否、敵の方が強い!
パートナーを守りたいという如月小夜子の意思が、術の威力を高めているのだ!
だから予知能力をひっくり返しても勝ち筋が見えない。
まったく邪魔な事この上ない。
ポワンは思う。
どうせ如月小夜子の不意をついたなら致命傷を与えてくれれば良かったのに。
まったくアルティーリョは気が利かない!
口元を歪めながら拳を放つ。
ポワンと九杖サチの1対1の図式は変わらない。
だが過去の戦闘で何人もの異能力者や警察官を殺した必殺の拳は避けられる。
空気の妨害や身体能力の差だけじゃない。
敵の動きそのものも的確だ。
データでは九杖サチに武術の心得はないはずだが……?
思った途端、古神術士が手にしたリボルバー拳銃の銃身で北斗七星の刻印が輝く。
術者の技量をかさ増しする魔術がこめられているらしい。
なんと卑劣な!
奴は武道をかじってすらいないのに武道家と同等の技量を借りて戦っている!
歯噛みするポワンたちから少し離れた戦場で、
「ヒヒッ! 抵抗したって無駄だァ! 貴様には何も守れやしないぜェ!」
アルティーリョは両手のカギ爪を振りかざして如月小夜子に襲いかかる。
同じタイミングでナルシスも斬りかかる。
「……」
対して如月小夜子は跳び退る。
肩紐で提げたショットガンを背に戻して改造拳銃を抜く。
デザートイーグルの改造銃か。
銃身の下にマウントされたクローが生物のように不気味に蠢く。
そいつと左手からのばした光のカギ爪で、アルティーリョのカギ爪を受け止める。
その間、無言。
そんな様子にアルティーリョは調子づき、
「その女もォ! 貴様の目の前で斬り刻んでやるぜェ! あの男みてェによおォ!」
勢いのまま挑発する。
如月小夜子は過去に執行人だった幼馴染の彼氏を失っている。
それは今も奴のトラウマになっているはずだ。
そこをアルティーリョは突いたのだ。
相手の弱点を攻めれば勝てる。
それはネットの口論でもリアルの戦闘でも同じだ。
対して如月小夜子は……
「……あんなこと言ってるわ。さっき自分がどうなったか忘れたみたい」
アルティーリョを押し返し、ナルシスの曲刀を避けつつ足元の瓦礫に話しかける。
言われた言葉に答えはなし。
おのれ!
小癪にも利いていないアピールか!
そもそも話を聞いていないアピールまで!
何より、まともに会話する気は毛頭ないアピールまでしている!
まるでポワンら怪異の弁護士のネットでの戦術をコピーしたように!
さらにポワンの目前で、
「あ、『あの』とか『その』とか代名詞ばっかりだわ小夜子ちゃん! さ、さっき死んだ時に脳が不可逆のダメージを受けてばかになったのかしら?」
ポワンと戦っている九杖サチまでもが拙い口調で煽ってくる!
「それに無駄なのを承知で抵抗してるのも小夜子ちゃんじゃなくてむしろ……」
しかもアルティーリョの言葉尻を捉えて追撃!
よく聞いてたな!
ひょっとしてアルティーリョへの対策のつもりか?
奴らは武術に長けるイレブンナイツを相手取るために空気によってこちらの動きを妨げ普段は直接戦闘に参加しない九杖サチを身体強化と魔術の武具で強化した。
同じように如月小夜子のやや不安定なメンタルを2人がかりで守っている。
互いが互いの欠点を補っている。
鬱陶しい!
何が「小夜子ちゃん!」だ!
見せつけるように友だちぶりやがって!
同僚など利用していずれ蹴落とすだけの存在だと何故に理解できない!?
これだから人間は!
これだから能無しどもは!
内心で怒り狂うポワンの視界の隅で、
「てめぇッ!? 何しやがるッ!」
如月小夜子はアルティーリョのカギ爪に自身のカギ爪を絡ませる。
そうして受け止めた半裸の騎士を無理やりに浮かせる。
そのまま持ち上げ、
「おおっと!?」
横から斬りかかろうとしていたナルシスへの盾にする。
優男はとっさに曲刀の軌道をそらすも、勢いは殺せない。
反った鋭利な刃がアルティーリョの薄皮を削ぐ。
「何しやがるゥ! 何しやがるナルシス! 俺を斬るなァァァ!」
「ぷぷっ! そのまま仲良く死になさい!」
同士討ちする2人を嘲笑いながら力まかせに突き放し、
「貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
「ひいっ!?」
「糞がァッ!」
気化爆発で追撃する。
ナルシスとアルティーリョは際どく避ける。
おのれ!
2人がかりで相手しているのに! その体たらくは何だ!?
数の優位を生かせていない!
ポワンが歯噛みした瞬間――
『小夜子さん、聞こえますか?』
「――?」
如月小夜子の胸元から声。
「楓さん?」
如月小夜子は跳び退りながら胸元を見やる。
他のチームからの通信らしい。
これは逆転のチャンスでは?
当然ながら奴ら以外に侵入した他のチームも他のイレブンナイツが迎撃している。
その通信が仲間からのSOSなら奴にプレッシャーをかけられる。
何故なら奴ら人間の弱点は、他の人間に必要以上に共感する事。
だから無能な仲間が危機に陥ると、他の人間も連鎖的に弱体化する。
そういう隙をついて敵を皆殺しにした事がポワンには何度もある。
同じように今回も……!
ニヤリと笑うポワンだが……
『……そちら付近のカメラもスピーカーも壊れていますが、ご無事ですか?』
「わたしたちは大丈夫だけど、ちょっとぼやがあって……」
『……姉さん生きてるカメラが見つかったよ。うわっ無茶苦茶だ大魔法を閉鎖空間で使ったみたいだね』
『なるほど流石は小夜子さん。素晴らしい手管です』
如月小夜子と通信機は、騎士2人の攻撃を凌ぎながら緊張感のない会話をする。
通信の相手は桂木楓と桂木紅葉か。
それより待て。
カメラやスピーカー?
奴らに何の関係が?
そんなもの管理室の連中が管理するものだろう?
奴らの迎撃を受け持ったチームは誰だ!?
何をやっているんだ!?
戸惑い、焦りながら繰り出されたポワンの拳は九杖サチに避けられる。
そんな様子を尻目に、
『あっシャッターが動きそうですね。ひとりシャッターの下に誘導できますか?』
「……面白そうね。やってみるわ」
胸元から聞こえる声に如月小夜子は特に感慨もない口調で答える。
片手間にナルシスの曲刀、アルティーリョのカギ爪を避ける。
「させると思うか!?」
ポワンは拳を繰り出しながら叫ぶ。
九杖サチは辛くも避けるが、
『……この会話、相手に聞こえてますか? 盗み聞きする異能力?』
胸元の通信機が訝しむ。
「そうじゃなくて、強襲する作戦だったから音声を抑えてなくて」
『ああなるほど。別に構いませんよ』
そんな会話を聞きながら、ポワンは思わず鼻白む。
今の会話からすると2人は同僚に対してミスをした事になるはずだ。
それが糾弾されないのが気に入らない。
同僚に優位に立つ機会を、通信機の向こうの桂木楓は不問にしたのだ!
今まさにポワンが戦っている相手が仲間から傷つけられる機会が、つまらない気まぐれのせいで台無しになった!
まったく気に入らない!
それどころか……
『……こちらからも援護します』
通信機は何かの詠唱を始める。
こちらに対して何かするつもりか?
自分たちの敵はどうしたというのだ?
ポワンは口元を歪める。
訝しむ。
頭のどこかで警鐘が鳴る。
桂木楓はウアブ魔術という古代エジプトの魔術を操る魔術師だったはずだ。
奴が何処にいるのかも知らないが、こちらに何かできるのか?
それとも近くにいるのか?
そもそも奴は『ママ』が恐れ、ポワンたちが回避した災厄。
奴との戦闘を回避するために同じイレブンナイツを相手に面倒な根回しや心理戦を仕掛けたのだ、
なのに奴がこちらに手出ししてくるなんて想定外だ。
奴らを受け持った奴らは何をしているのだ!?
だが――
「――奴が何をしようが! その前に貴様らを始末してしまえば!」
「きゃっ!?」
ポワンは足元の焼けたコンクリートの砂を拾って九杖サチめがけて投げつけ、
「まずは貴様からだ! 全員でかかる!」
如月小夜子に殴りかかる。
「それは美しい考えだね!」
ナルシスも曲刀を構えて如月小夜子めがけて斬りかかる。
3人がかりでなら如月小夜子ひとりを瞬殺する事など容易い!
そうすれば桂木楓がどんな手出しをしても無駄だ。
そもそも桂木楓が修めたウアブ魔術は生命の操作に特化した流派。
ケルト魔術や陰陽術のような即効性のある致命的な呪詛の手札はないはず。だが、
「小夜子ちゃんに手出しはさせない! かけまくもかしこき――」
再び張り巡らされた障壁に阻まれる。
やむを得ず九杖サチをフリーにしたからだ。
渾身の力をこめたポワンの拳は宙で停止し、はじかれる。
ナルシスの曲刀も同じだ。
問答無用。
奴に触れる事すらできない。
先ほどより強度が高い。
パートナーを守るために行使する方が術の威力が上がっている?
ええい! 不愉快な!
ポワンは体勢を立て直しつつ、追撃しようと身構えて――
「――何っ!?」
跳び退る。
隣でナルシスも同じように跳ぶ。
脳内のチップに危険をほのめかされたからだ。
2人は同時に焼け崩れた壁を見やる。
焦げた通風口から、ひしゃげたパネルを跳ね飛ばして何かが噴き出した。
「なんて悪趣味な!」
「まったく同意見だ!」
ナルシスなんかと意見が合うのは面白くない。
だが道理ではあるだろう。
何故なら噴き出したのは大量の血だ!
ポワンはそれが桂木楓の仕業だと気づいた。
奴が修めたウアブ魔術には血肉を模した疑似生命を創造し操る手札がある。
たしか【創命の言葉】と言ったか?
肉の砲弾を放つ【肉の巨槌】【巨肉の群槌】らの基礎技術だ。
それを利用して意のままに操る事のできる血液を創造した。
そいつを通風ダクトを通じて送りこんできているのだ!
自分たち脂虫の体内を流れるヤニ色の体液とは違った赤いドロリとした液体。
血液。
それが触手のように蠢きポワンたちに襲いかかる。
その様子に生理的な嫌悪感と恐怖を感じずにはいられない。
「おいアルティーリョ! おまえも何か……」
対抗しろ!
先ほどから何もしていないだろう!?
そう言おうとして――
「放せッ! 放せェェェェェェェェェェェェェェェェェェ! 」
「なっ!?」
――絶句する。
何時の間にかアルティーリョは拘束されていた。
焼き砕かれた床から、瓦礫でできた数本の巨大な手が生えている。
そいつが半裸の騎士の手足をつかんでいるのだ。
「【捕縛する土】かぁ!? 貴様はこれを……!」
施術していたのか!
ポワンは叫ぶ。
九杖サチに防御をまかせ、如月小夜子が行使していた呪術がこれだ。
先ほど大量の贄を運んできたのと同じ技術で焼き砕かれた地面を操り、アルティーリョを捕まえたのだろう。
ポワンたちが3人で一斉に如月小夜子を片づけようとしたのと同じ。
奴らも2人で攻防を分担し、桂木楓の協力をも得て3人がかりでアルティーリョひとりを捉えたのだ。
おのれ! どこまでも鬱陶しい!
「貴方が喋るとサチに害だから。穢れるから……」
如月小夜子は呪文のように呪いの言葉をつぶやいている。
奴もまたパートナーへの想いを糧に呪文を強化しているのか?
糞ったれ!
貴様の想い方は少し歪んでる!
「おッ! おまえたちッ! 俺様をたすけろォ!」
焼き砕かれたコンクリートの腕が、無理やりにアルティーリョを運んでいく。
そういえば先ほど奴らが言っていたなと思い出す。
桂木楓の策略にあわせてシャッターの下に誘導すると。
最近の女子高生は、こういうのを『誘導する』って言うのか!?
バカにしやがって!
「まずはアルティーリョを何とかする!」
「やれやれ! 美しくないけど仕方がないね!」
奴の言葉に従うのは癪だ。
だが後で奴に対して優位に立てると考えれば悪い話でもない。
そんな算段をしながらポワンとナルシスはアルティーリョめがけて跳ぶが、
「くっ!?」
「なんだこれは!」
すぐに後退する。
何故なら桂木楓の血液が、無数の触肢になって襲いかかってきたからだ。
その様子は、さながら地獄の底から這い出した吸血蔓。
血の触肢のうちいくつかは半裸の騎士を拘束しようと前後左右に回りこむ。
他のいくつかは、その先端を鋭い刃や槍に変えて騎士を貫こうと鎌首をもたげる。
それだけじゃない。
「ああっ!? 可憐なボクのナニが撃たれた!」
九杖サチもリボルバー拳銃で援護する。
触肢や攻撃魔法のような派手さはないが、着実に2人の動きを妨害する。
そうするうちに、瓦礫の手はアルティーリョをがっちりと拘束したまま停止する。
シャッターの真下に到達したのだ。
「おッ、おィィィ!」
アルティーリョは焦る。
仰向けにされた騎士の目前、鈍く軋む音を立てながらシャッターが下り始める。
焼けた瓦礫の腕に四肢をつかまれたアルティーリョは動けない。
血の触肢に阻まれたポワンやナルシスは手を出せない。だから――
「――やめろ! やめろッ! やめろォォォッ!」
無防備なアルティーリョの腹めがけ、シャッターがゆっくり下がってくる。
「やめろォォォォォォォォッ!」
目を見開いて叫ぶアルティーリョの腹の上に、
「ぐぁっ!?」
重い防火シャッターがのしかかる。
そのままモーターの力にまかせて半裸の騎士の腹を締め上げる。
騎士は兜の口の部分から泡を吐きながらシャッターに押しつぶされていく。
幸いにもアルティーリョの身体は【虎爪気功】で強化されている。
すぐに圧死することはない。
それに奴は大能力で復活できる。
そう考えて無理やりに次の一手に集中しようとするポワンの視界の端で、
「かけまくもかしこき――」
九杖サチは祝詞を唱え、神楽まで舞って障壁を強化する。
2人の少女の周囲が、それと判別できるほど光り輝く。
九杖サチの周囲にも先ほどポワンが破ったはずの障壁が再び張られている。
この機に乗じて身の安全を確保するつもりか?
だが、そうまでして今の状況で執拗に防御を固める必要があるのか?
訝しむポワンの前で――
「――ィギャアァァァァァァァ!」
如月小夜子は身動きの取れないアルティーリョの胸元をカギ爪でえぐる。
そのまま悶絶する騎士の胸の孔に手を突っこむ。
そこからヤニ色の何か――心臓を引きずり出して、
「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇!」
絶叫する。
次の瞬間、廊下が爆発した。
血の触肢を一瞬で焼き払い、ポワンの周囲が紅蓮の炎に包まれる。
床が、壁が、天井が、廊下という空間そのものが灼熱地獄に変換される。
爆風が四方八方からポワンを、側のナルシスをなぶる。
行き場のない爆発の圧力が、手の届くすべてを握りつぶそうとする。
九杖サチの強固な障壁に守られた2人以外のものすべてを!
これは【虐殺する火】!
今回の戦闘の最初の奇襲に使われた爆炎の大魔法!
それでも文字通り地獄の責め苦のような業火は弱まり、消える。
ポワンたちはチップの【虎爪気功】をフルパワーにして生きのびる事ができた。
だが今回はそれだけで終わらない。
呪術の煉獄をどうにか耐え忍んだポワンの、ナルシスの前で――
「――ギャアァァァァァァァ!」
復活したアルティーリョの胸を再び裂き、再生した心臓をえぐり出し、
「さらに焼け! 欠片も残らず貪り喰らえ! トルコ石の蛇よ!」
さらに同じ大魔法!
糞ったれ!
何という事だ!
確かにアルティーリョは復活する。
その際に破損した四肢も臓器も元に戻る。
それを利用して復活する臓器で無限に大魔法を使う算段だったか!?
何という卑劣!
何たる相手の人権を無視した残虐さ!
さらに……
「こ……今度は何だ……!?」
地獄のような廊下の奥から何かが飛んできた。
箱だ。
人ひとりが入るくらいの大きな箱。
中くらいの箱。
小さな箱。
……否。棺だ!
これも桂木楓の仕業か!?
奴は消し飛んだ触肢に代わって岩石で棺を創って飛ばしてきたのだ!
だが中には何が入ってるんだ?
ポワンとナルシスは満身創痍のまま成す術もなく見やる。
その目前で、大きい棺が開いて何かが転がり出た。
「――ひいっ!?」
2人の騎士は息を飲む。
それは、ひとりの騎士だった。
眼鏡をかけた騎士の亡骸。
細い槍でめった突きにされたようにボロボロになっている。
その容姿には見覚えがある。
イレブンナイツの他のチームのランツェだ。
たしか3人組のブレーン役だったはず。
根回しも政治も知らないガキだったが騎士としての腕前は確かだった。
そんなランツェが死体に……?
ならば他の棺には何が入っているのか?
何故、小さい?
戦慄する2人の前で、中くらいの棺が開く。
中身は騎士スパーダの上半身だった。
クソ生意気だった青二才の表情は、絶望と苦痛と憎悪に歪んでいた。
下半身は何か火のようなものに吹き飛ばされたらしい。
奴らの身に何があったのだ?
最後に空いた小さい棺の中身はアルコ少年の頭だった。
他の部分はなかった。
「これを桂木……楓がやったのか?」
震える声でポワンはひとりごちる。
桂木姉妹と相対したのは奴らだったのか?
この恐ろしい末路を『ママ』は恐れていたのか?
驚きと……絶望にポワンは目を見開く。
だが、さらに別の方向からも岩の棺。
中から放り出された大小2つの骸はアッシュとドゥー!
巨漢のアッシュの身体は数十の騎士と斬り合ったようにボロボロ。
ドゥー少年の身体は……身体の内側から食い荒らされたように穴だらけだ。
なんて惨い末路だろう!
それよりポワンにとって重要な事がある。
同僚がどんな惨事に見舞われたかなどという些事より大切な事が。
つまり他のチームの大半は敵に倒された事になる。
そして敵は健在。
今まさに危機に瀕したポワンたちに救いの手が差し伸べられる事はない。
「頭だけの子はいらないんだけど……」
如月小夜子はボソリと口走る。
その平坦な口調にポワンは恐怖を覚える。
今さらながら、この状況で最も重要な事を思い出した。
奴ら人間にとって脂虫――ポワンたち喫煙者は敵だ。
ポワンたちが人間の命なんかゴミ同然に思っているのと同じ。
奴らは害虫を殺すのと同じように自分たちを殺す。
慈悲などない。
ポワンは側のナルシスを盾にして逃げようと思った。
だが間に合わなかった。
4つの骸が如月小夜子の前に積み上がる。
側に少年の頭が転がる。
奴はランツェの、スパーダの、アッシュの、ドゥーの心臓をえぐり出す。
そしてアルティーリョのそれと一緒に握りつぶし――
「――我が手に宿れ! 左のハチドリ!」
「やぁめろぉぉぉぉぉぉぉ!」
叫びと共に、こちらに向けた掌から光線が放たれる。
これは【太陽の嘴】!
爆炎よりなお高熱のレーザー光線で焼き払う大魔法!
さらに複数の、しかもイレブンナイツの心臓を生贄に捧げて強化されている。
その凄まじい熱と光は崩れかけた床を、壁を、天井を剥ぎ取りながら廊下を丸ごと光の渦で満たす。
しかも、その上さらに、
「あ、ま、て、ら、す、お、ほ、み、か、み。――」
九杖サチも祝詞と共に、同じ光量のレーザーを放つ。
こちらは【十言神咒】!
生贄とは真逆の清らかな技術で放出される、だが同じくらい苛烈な光!
邪悪な、神聖な2つの光に飲まれながらポワンは一瞬だけ考える。
自分が何故こんな目に遭わなければならない?
今まで自分は賢明に完璧に立ち回ってきたはずだ。
他の馬鹿どものようなミスはしなかったはずだ。
自分の利益が最大になるように動いてきたはずだ。
自分の安全が確保され、不利益を被らないよう動いてきたはずだ。
計画も計算も完璧だったはずだ。
……否。
同僚の能力を読み違えていたのだ。
ポワンが仕事をまかせた同僚たちは、ポワンが期待したより無能だった。
だから負けた。
それだけでなく負債をポワンにまで押しつけて逝った。
そう!
俺は悪くない!
あいつらが悪い!
無能な味方が! 賢明で完璧な俺の足を――
そのように、同僚への不満と恨みを爆発させながらポワンの意識は途切れた。
だから自分以外の周囲の状況がどうなったのかを知る由もなかった。
だから、廊下を綺麗に焼き払ったレーザー光が収まった後。
彼の代わりを務めるように……
「……こちら【デスメーカー】。問題が発生したわ」
小夜子は胸元の通信機のチャンネルを合わせ、【機関】支部に連絡する。
『敵が強いかね?』
答えたのは技術担当官ニュットだ。
今日はソォナムがいないので、作戦のサポートは彼女がしている。
「そういう訳じゃないんだけど、階段室が倒壊して上の階に通行不能に……」
『むっ!? そちらは無事かね?』
「いえ、わたしたちも怪我ひとつないんだけど……」
『それは何よりなのだ。確認した限り上層階がまるごと落ちてくる様子は無いようなのだし、他の階段から登るのだよ』
「了解」
通信機の向こうのニュットの指示に、小夜子は素直に答える。
ニュットは雑で適当な性格ではある。
ジョークで他人を困らせる事も多々ある。
だが、あれでいて相談には親身にのってくれるのだ。
フォローも的確で、時には尻拭いに走り回ってくれたりもする。
だから仕事について安心して相談できる。
その結果、全体として仕事が上手に回る。
だから彼女の周囲の人間は土壇場で彼女を頼るようになる。
今もそうだ。
だから、
「行こう、サチ」
「ええっ!」
そう言って2人の少女は来た道を戻って行った。
後に遺された大災害の跡地のような悲惨な廊下の壁から、元は豪華な装飾の一部だったであろう焼け焦げた金属製の何かがボロリと床に落ちた。
だが、そんな様子を見ている者は誰もいなかった。
――そんな一幕があったのと同じ頃。
同じ『Kobold』支部ビルの、もう少しばかり上の階で――
「――どのルートで上を目指しても最後に通る場所にいるって事は、あんたたちが騎士どもの中で一番強いって事でいいのか?」
剣鬼の視線のはるか下で、小さなツインテールの少女が不敵に笑う。
その側には同じくらいの背格好をした黒髪の少女。
「……ここに貴様が来たという事は、他のチームは全滅か」
「全滅かは知らんが、来るまでに3人は殺ったぜ」
手にした刃と同じくらい剣呑な剣鬼の声色に、拳銃を片手にニヤリと笑う。
側のコルテロの氷のような視線も何処吹く風。
そう。
上層階の殿を守る剣鬼とコルテロの前に、志門舞奈と安倍明日香が立っていた。
3人の戦いは如月小夜子の【虐殺する火】による奇襲で始まった。
そこでいきなりアルティーリョ死亡。
灼熱地獄と化した廊下で残る2人は苦戦を余儀なくされる。
何故なら如月小夜子は十分な贄を得てパワーアップしていた。
九杖サチもパートナーへの想いで力を増していた。
だがその時、何者かが如月小夜子に不意打ちを仕掛けた!
アルティーリョだ。
彼は復活の大能力の所持者だったのだ。
蘇ったアルティーリョを加えて3対2になったポワンたち弁護士チームは、如月小夜子と九杖サチに反撃する。
それでも――
「――斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
「風の刃かァ!」
「ひいっ!? 顔はやめて!」
如月小夜子は至近距離から攻撃魔法を放つ。
広刃で鋭いかまいたちを、アルティーリョとナルシスが必死の形相で避ける。
その奥で焼け崩れていた壁が、術の余波を受けてスッパリ両断される。
「かけまくもかしこき志那都比古神――」
「――敵を戒む楔と化せ、羽毛ある蛇」
「くっ!? 動きが……」
叫びと祝詞が重なった途端、ポワンの身体が重くなる。
見やるとナルシスたちの動きも少しぎこちない。
周囲の空気を操って、こちらの動きを妨害しているらしい。
2人がかりで風の呪術を応用したか?
小癪な!
如月小夜子と九杖サチ。
性格も能力も正反対の彼女らはセットになると手強い。
もちろんポワンたち3人ともが脳内のチップに与えられた【虎爪気功】に加えて予知の能力を持つ最強の戦士。
だがナワリ呪術師である如月小夜子も【ジャガーの戦士】で強化されている。
しかも同じ術で九杖サチをも強化している。
だから両者の身体強化は互角……否、敵の方が強い!
パートナーを守りたいという如月小夜子の意思が、術の威力を高めているのだ!
だから予知能力をひっくり返しても勝ち筋が見えない。
まったく邪魔な事この上ない。
ポワンは思う。
どうせ如月小夜子の不意をついたなら致命傷を与えてくれれば良かったのに。
まったくアルティーリョは気が利かない!
口元を歪めながら拳を放つ。
ポワンと九杖サチの1対1の図式は変わらない。
だが過去の戦闘で何人もの異能力者や警察官を殺した必殺の拳は避けられる。
空気の妨害や身体能力の差だけじゃない。
敵の動きそのものも的確だ。
データでは九杖サチに武術の心得はないはずだが……?
思った途端、古神術士が手にしたリボルバー拳銃の銃身で北斗七星の刻印が輝く。
術者の技量をかさ増しする魔術がこめられているらしい。
なんと卑劣な!
奴は武道をかじってすらいないのに武道家と同等の技量を借りて戦っている!
歯噛みするポワンたちから少し離れた戦場で、
「ヒヒッ! 抵抗したって無駄だァ! 貴様には何も守れやしないぜェ!」
アルティーリョは両手のカギ爪を振りかざして如月小夜子に襲いかかる。
同じタイミングでナルシスも斬りかかる。
「……」
対して如月小夜子は跳び退る。
肩紐で提げたショットガンを背に戻して改造拳銃を抜く。
デザートイーグルの改造銃か。
銃身の下にマウントされたクローが生物のように不気味に蠢く。
そいつと左手からのばした光のカギ爪で、アルティーリョのカギ爪を受け止める。
その間、無言。
そんな様子にアルティーリョは調子づき、
「その女もォ! 貴様の目の前で斬り刻んでやるぜェ! あの男みてェによおォ!」
勢いのまま挑発する。
如月小夜子は過去に執行人だった幼馴染の彼氏を失っている。
それは今も奴のトラウマになっているはずだ。
そこをアルティーリョは突いたのだ。
相手の弱点を攻めれば勝てる。
それはネットの口論でもリアルの戦闘でも同じだ。
対して如月小夜子は……
「……あんなこと言ってるわ。さっき自分がどうなったか忘れたみたい」
アルティーリョを押し返し、ナルシスの曲刀を避けつつ足元の瓦礫に話しかける。
言われた言葉に答えはなし。
おのれ!
小癪にも利いていないアピールか!
そもそも話を聞いていないアピールまで!
何より、まともに会話する気は毛頭ないアピールまでしている!
まるでポワンら怪異の弁護士のネットでの戦術をコピーしたように!
さらにポワンの目前で、
「あ、『あの』とか『その』とか代名詞ばっかりだわ小夜子ちゃん! さ、さっき死んだ時に脳が不可逆のダメージを受けてばかになったのかしら?」
ポワンと戦っている九杖サチまでもが拙い口調で煽ってくる!
「それに無駄なのを承知で抵抗してるのも小夜子ちゃんじゃなくてむしろ……」
しかもアルティーリョの言葉尻を捉えて追撃!
よく聞いてたな!
ひょっとしてアルティーリョへの対策のつもりか?
奴らは武術に長けるイレブンナイツを相手取るために空気によってこちらの動きを妨げ普段は直接戦闘に参加しない九杖サチを身体強化と魔術の武具で強化した。
同じように如月小夜子のやや不安定なメンタルを2人がかりで守っている。
互いが互いの欠点を補っている。
鬱陶しい!
何が「小夜子ちゃん!」だ!
見せつけるように友だちぶりやがって!
同僚など利用していずれ蹴落とすだけの存在だと何故に理解できない!?
これだから人間は!
これだから能無しどもは!
内心で怒り狂うポワンの視界の隅で、
「てめぇッ!? 何しやがるッ!」
如月小夜子はアルティーリョのカギ爪に自身のカギ爪を絡ませる。
そうして受け止めた半裸の騎士を無理やりに浮かせる。
そのまま持ち上げ、
「おおっと!?」
横から斬りかかろうとしていたナルシスへの盾にする。
優男はとっさに曲刀の軌道をそらすも、勢いは殺せない。
反った鋭利な刃がアルティーリョの薄皮を削ぐ。
「何しやがるゥ! 何しやがるナルシス! 俺を斬るなァァァ!」
「ぷぷっ! そのまま仲良く死になさい!」
同士討ちする2人を嘲笑いながら力まかせに突き放し、
「貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
「ひいっ!?」
「糞がァッ!」
気化爆発で追撃する。
ナルシスとアルティーリョは際どく避ける。
おのれ!
2人がかりで相手しているのに! その体たらくは何だ!?
数の優位を生かせていない!
ポワンが歯噛みした瞬間――
『小夜子さん、聞こえますか?』
「――?」
如月小夜子の胸元から声。
「楓さん?」
如月小夜子は跳び退りながら胸元を見やる。
他のチームからの通信らしい。
これは逆転のチャンスでは?
当然ながら奴ら以外に侵入した他のチームも他のイレブンナイツが迎撃している。
その通信が仲間からのSOSなら奴にプレッシャーをかけられる。
何故なら奴ら人間の弱点は、他の人間に必要以上に共感する事。
だから無能な仲間が危機に陥ると、他の人間も連鎖的に弱体化する。
そういう隙をついて敵を皆殺しにした事がポワンには何度もある。
同じように今回も……!
ニヤリと笑うポワンだが……
『……そちら付近のカメラもスピーカーも壊れていますが、ご無事ですか?』
「わたしたちは大丈夫だけど、ちょっとぼやがあって……」
『……姉さん生きてるカメラが見つかったよ。うわっ無茶苦茶だ大魔法を閉鎖空間で使ったみたいだね』
『なるほど流石は小夜子さん。素晴らしい手管です』
如月小夜子と通信機は、騎士2人の攻撃を凌ぎながら緊張感のない会話をする。
通信の相手は桂木楓と桂木紅葉か。
それより待て。
カメラやスピーカー?
奴らに何の関係が?
そんなもの管理室の連中が管理するものだろう?
奴らの迎撃を受け持ったチームは誰だ!?
何をやっているんだ!?
戸惑い、焦りながら繰り出されたポワンの拳は九杖サチに避けられる。
そんな様子を尻目に、
『あっシャッターが動きそうですね。ひとりシャッターの下に誘導できますか?』
「……面白そうね。やってみるわ」
胸元から聞こえる声に如月小夜子は特に感慨もない口調で答える。
片手間にナルシスの曲刀、アルティーリョのカギ爪を避ける。
「させると思うか!?」
ポワンは拳を繰り出しながら叫ぶ。
九杖サチは辛くも避けるが、
『……この会話、相手に聞こえてますか? 盗み聞きする異能力?』
胸元の通信機が訝しむ。
「そうじゃなくて、強襲する作戦だったから音声を抑えてなくて」
『ああなるほど。別に構いませんよ』
そんな会話を聞きながら、ポワンは思わず鼻白む。
今の会話からすると2人は同僚に対してミスをした事になるはずだ。
それが糾弾されないのが気に入らない。
同僚に優位に立つ機会を、通信機の向こうの桂木楓は不問にしたのだ!
今まさにポワンが戦っている相手が仲間から傷つけられる機会が、つまらない気まぐれのせいで台無しになった!
まったく気に入らない!
それどころか……
『……こちらからも援護します』
通信機は何かの詠唱を始める。
こちらに対して何かするつもりか?
自分たちの敵はどうしたというのだ?
ポワンは口元を歪める。
訝しむ。
頭のどこかで警鐘が鳴る。
桂木楓はウアブ魔術という古代エジプトの魔術を操る魔術師だったはずだ。
奴が何処にいるのかも知らないが、こちらに何かできるのか?
それとも近くにいるのか?
そもそも奴は『ママ』が恐れ、ポワンたちが回避した災厄。
奴との戦闘を回避するために同じイレブンナイツを相手に面倒な根回しや心理戦を仕掛けたのだ、
なのに奴がこちらに手出ししてくるなんて想定外だ。
奴らを受け持った奴らは何をしているのだ!?
だが――
「――奴が何をしようが! その前に貴様らを始末してしまえば!」
「きゃっ!?」
ポワンは足元の焼けたコンクリートの砂を拾って九杖サチめがけて投げつけ、
「まずは貴様からだ! 全員でかかる!」
如月小夜子に殴りかかる。
「それは美しい考えだね!」
ナルシスも曲刀を構えて如月小夜子めがけて斬りかかる。
3人がかりでなら如月小夜子ひとりを瞬殺する事など容易い!
そうすれば桂木楓がどんな手出しをしても無駄だ。
そもそも桂木楓が修めたウアブ魔術は生命の操作に特化した流派。
ケルト魔術や陰陽術のような即効性のある致命的な呪詛の手札はないはず。だが、
「小夜子ちゃんに手出しはさせない! かけまくもかしこき――」
再び張り巡らされた障壁に阻まれる。
やむを得ず九杖サチをフリーにしたからだ。
渾身の力をこめたポワンの拳は宙で停止し、はじかれる。
ナルシスの曲刀も同じだ。
問答無用。
奴に触れる事すらできない。
先ほどより強度が高い。
パートナーを守るために行使する方が術の威力が上がっている?
ええい! 不愉快な!
ポワンは体勢を立て直しつつ、追撃しようと身構えて――
「――何っ!?」
跳び退る。
隣でナルシスも同じように跳ぶ。
脳内のチップに危険をほのめかされたからだ。
2人は同時に焼け崩れた壁を見やる。
焦げた通風口から、ひしゃげたパネルを跳ね飛ばして何かが噴き出した。
「なんて悪趣味な!」
「まったく同意見だ!」
ナルシスなんかと意見が合うのは面白くない。
だが道理ではあるだろう。
何故なら噴き出したのは大量の血だ!
ポワンはそれが桂木楓の仕業だと気づいた。
奴が修めたウアブ魔術には血肉を模した疑似生命を創造し操る手札がある。
たしか【創命の言葉】と言ったか?
肉の砲弾を放つ【肉の巨槌】【巨肉の群槌】らの基礎技術だ。
それを利用して意のままに操る事のできる血液を創造した。
そいつを通風ダクトを通じて送りこんできているのだ!
自分たち脂虫の体内を流れるヤニ色の体液とは違った赤いドロリとした液体。
血液。
それが触手のように蠢きポワンたちに襲いかかる。
その様子に生理的な嫌悪感と恐怖を感じずにはいられない。
「おいアルティーリョ! おまえも何か……」
対抗しろ!
先ほどから何もしていないだろう!?
そう言おうとして――
「放せッ! 放せェェェェェェェェェェェェェェェェェェ! 」
「なっ!?」
――絶句する。
何時の間にかアルティーリョは拘束されていた。
焼き砕かれた床から、瓦礫でできた数本の巨大な手が生えている。
そいつが半裸の騎士の手足をつかんでいるのだ。
「【捕縛する土】かぁ!? 貴様はこれを……!」
施術していたのか!
ポワンは叫ぶ。
九杖サチに防御をまかせ、如月小夜子が行使していた呪術がこれだ。
先ほど大量の贄を運んできたのと同じ技術で焼き砕かれた地面を操り、アルティーリョを捕まえたのだろう。
ポワンたちが3人で一斉に如月小夜子を片づけようとしたのと同じ。
奴らも2人で攻防を分担し、桂木楓の協力をも得て3人がかりでアルティーリョひとりを捉えたのだ。
おのれ! どこまでも鬱陶しい!
「貴方が喋るとサチに害だから。穢れるから……」
如月小夜子は呪文のように呪いの言葉をつぶやいている。
奴もまたパートナーへの想いを糧に呪文を強化しているのか?
糞ったれ!
貴様の想い方は少し歪んでる!
「おッ! おまえたちッ! 俺様をたすけろォ!」
焼き砕かれたコンクリートの腕が、無理やりにアルティーリョを運んでいく。
そういえば先ほど奴らが言っていたなと思い出す。
桂木楓の策略にあわせてシャッターの下に誘導すると。
最近の女子高生は、こういうのを『誘導する』って言うのか!?
バカにしやがって!
「まずはアルティーリョを何とかする!」
「やれやれ! 美しくないけど仕方がないね!」
奴の言葉に従うのは癪だ。
だが後で奴に対して優位に立てると考えれば悪い話でもない。
そんな算段をしながらポワンとナルシスはアルティーリョめがけて跳ぶが、
「くっ!?」
「なんだこれは!」
すぐに後退する。
何故なら桂木楓の血液が、無数の触肢になって襲いかかってきたからだ。
その様子は、さながら地獄の底から這い出した吸血蔓。
血の触肢のうちいくつかは半裸の騎士を拘束しようと前後左右に回りこむ。
他のいくつかは、その先端を鋭い刃や槍に変えて騎士を貫こうと鎌首をもたげる。
それだけじゃない。
「ああっ!? 可憐なボクのナニが撃たれた!」
九杖サチもリボルバー拳銃で援護する。
触肢や攻撃魔法のような派手さはないが、着実に2人の動きを妨害する。
そうするうちに、瓦礫の手はアルティーリョをがっちりと拘束したまま停止する。
シャッターの真下に到達したのだ。
「おッ、おィィィ!」
アルティーリョは焦る。
仰向けにされた騎士の目前、鈍く軋む音を立てながらシャッターが下り始める。
焼けた瓦礫の腕に四肢をつかまれたアルティーリョは動けない。
血の触肢に阻まれたポワンやナルシスは手を出せない。だから――
「――やめろ! やめろッ! やめろォォォッ!」
無防備なアルティーリョの腹めがけ、シャッターがゆっくり下がってくる。
「やめろォォォォォォォォッ!」
目を見開いて叫ぶアルティーリョの腹の上に、
「ぐぁっ!?」
重い防火シャッターがのしかかる。
そのままモーターの力にまかせて半裸の騎士の腹を締め上げる。
騎士は兜の口の部分から泡を吐きながらシャッターに押しつぶされていく。
幸いにもアルティーリョの身体は【虎爪気功】で強化されている。
すぐに圧死することはない。
それに奴は大能力で復活できる。
そう考えて無理やりに次の一手に集中しようとするポワンの視界の端で、
「かけまくもかしこき――」
九杖サチは祝詞を唱え、神楽まで舞って障壁を強化する。
2人の少女の周囲が、それと判別できるほど光り輝く。
九杖サチの周囲にも先ほどポワンが破ったはずの障壁が再び張られている。
この機に乗じて身の安全を確保するつもりか?
だが、そうまでして今の状況で執拗に防御を固める必要があるのか?
訝しむポワンの前で――
「――ィギャアァァァァァァァ!」
如月小夜子は身動きの取れないアルティーリョの胸元をカギ爪でえぐる。
そのまま悶絶する騎士の胸の孔に手を突っこむ。
そこからヤニ色の何か――心臓を引きずり出して、
「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇!」
絶叫する。
次の瞬間、廊下が爆発した。
血の触肢を一瞬で焼き払い、ポワンの周囲が紅蓮の炎に包まれる。
床が、壁が、天井が、廊下という空間そのものが灼熱地獄に変換される。
爆風が四方八方からポワンを、側のナルシスをなぶる。
行き場のない爆発の圧力が、手の届くすべてを握りつぶそうとする。
九杖サチの強固な障壁に守られた2人以外のものすべてを!
これは【虐殺する火】!
今回の戦闘の最初の奇襲に使われた爆炎の大魔法!
それでも文字通り地獄の責め苦のような業火は弱まり、消える。
ポワンたちはチップの【虎爪気功】をフルパワーにして生きのびる事ができた。
だが今回はそれだけで終わらない。
呪術の煉獄をどうにか耐え忍んだポワンの、ナルシスの前で――
「――ギャアァァァァァァァ!」
復活したアルティーリョの胸を再び裂き、再生した心臓をえぐり出し、
「さらに焼け! 欠片も残らず貪り喰らえ! トルコ石の蛇よ!」
さらに同じ大魔法!
糞ったれ!
何という事だ!
確かにアルティーリョは復活する。
その際に破損した四肢も臓器も元に戻る。
それを利用して復活する臓器で無限に大魔法を使う算段だったか!?
何という卑劣!
何たる相手の人権を無視した残虐さ!
さらに……
「こ……今度は何だ……!?」
地獄のような廊下の奥から何かが飛んできた。
箱だ。
人ひとりが入るくらいの大きな箱。
中くらいの箱。
小さな箱。
……否。棺だ!
これも桂木楓の仕業か!?
奴は消し飛んだ触肢に代わって岩石で棺を創って飛ばしてきたのだ!
だが中には何が入ってるんだ?
ポワンとナルシスは満身創痍のまま成す術もなく見やる。
その目前で、大きい棺が開いて何かが転がり出た。
「――ひいっ!?」
2人の騎士は息を飲む。
それは、ひとりの騎士だった。
眼鏡をかけた騎士の亡骸。
細い槍でめった突きにされたようにボロボロになっている。
その容姿には見覚えがある。
イレブンナイツの他のチームのランツェだ。
たしか3人組のブレーン役だったはず。
根回しも政治も知らないガキだったが騎士としての腕前は確かだった。
そんなランツェが死体に……?
ならば他の棺には何が入っているのか?
何故、小さい?
戦慄する2人の前で、中くらいの棺が開く。
中身は騎士スパーダの上半身だった。
クソ生意気だった青二才の表情は、絶望と苦痛と憎悪に歪んでいた。
下半身は何か火のようなものに吹き飛ばされたらしい。
奴らの身に何があったのだ?
最後に空いた小さい棺の中身はアルコ少年の頭だった。
他の部分はなかった。
「これを桂木……楓がやったのか?」
震える声でポワンはひとりごちる。
桂木姉妹と相対したのは奴らだったのか?
この恐ろしい末路を『ママ』は恐れていたのか?
驚きと……絶望にポワンは目を見開く。
だが、さらに別の方向からも岩の棺。
中から放り出された大小2つの骸はアッシュとドゥー!
巨漢のアッシュの身体は数十の騎士と斬り合ったようにボロボロ。
ドゥー少年の身体は……身体の内側から食い荒らされたように穴だらけだ。
なんて惨い末路だろう!
それよりポワンにとって重要な事がある。
同僚がどんな惨事に見舞われたかなどという些事より大切な事が。
つまり他のチームの大半は敵に倒された事になる。
そして敵は健在。
今まさに危機に瀕したポワンたちに救いの手が差し伸べられる事はない。
「頭だけの子はいらないんだけど……」
如月小夜子はボソリと口走る。
その平坦な口調にポワンは恐怖を覚える。
今さらながら、この状況で最も重要な事を思い出した。
奴ら人間にとって脂虫――ポワンたち喫煙者は敵だ。
ポワンたちが人間の命なんかゴミ同然に思っているのと同じ。
奴らは害虫を殺すのと同じように自分たちを殺す。
慈悲などない。
ポワンは側のナルシスを盾にして逃げようと思った。
だが間に合わなかった。
4つの骸が如月小夜子の前に積み上がる。
側に少年の頭が転がる。
奴はランツェの、スパーダの、アッシュの、ドゥーの心臓をえぐり出す。
そしてアルティーリョのそれと一緒に握りつぶし――
「――我が手に宿れ! 左のハチドリ!」
「やぁめろぉぉぉぉぉぉぉ!」
叫びと共に、こちらに向けた掌から光線が放たれる。
これは【太陽の嘴】!
爆炎よりなお高熱のレーザー光線で焼き払う大魔法!
さらに複数の、しかもイレブンナイツの心臓を生贄に捧げて強化されている。
その凄まじい熱と光は崩れかけた床を、壁を、天井を剥ぎ取りながら廊下を丸ごと光の渦で満たす。
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「あ、ま、て、ら、す、お、ほ、み、か、み。――」
九杖サチも祝詞と共に、同じ光量のレーザーを放つ。
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自分の利益が最大になるように動いてきたはずだ。
自分の安全が確保され、不利益を被らないよう動いてきたはずだ。
計画も計算も完璧だったはずだ。
……否。
同僚の能力を読み違えていたのだ。
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「全滅かは知らんが、来るまでに3人は殺ったぜ」
手にした刃と同じくらい剣呑な剣鬼の声色に、拳銃を片手にニヤリと笑う。
側のコルテロの氷のような視線も何処吹く風。
そう。
上層階の殿を守る剣鬼とコルテロの前に、志門舞奈と安倍明日香が立っていた。
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