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第20章 恐怖する騎士団

戦闘1

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 よく晴れた土曜の朝。
 旧市街地の一角に位置する女性支援団体『Kobold』巣黒支部ビル。
 早朝からフロント前に人通りがあるのは駅前の大通りだからか。
 そんな恵まれた立地の、過剰な資金が投入されていそうな豪華で小奇麗なビルの1階エントランスの無駄に大きな自動ドアが音もなく開いて、

「ちーっす……うわっ煙草臭ぇ」
「ちょっと。余計な悪目立ちしないでよ」
 女子小学生の2人組が入ってきた。
 ひとりはピンク色のジャケットを羽織った小さなツインテール。
 もうひとりは、ぐんじょう色のワンピース姿の長い黒髪。
 舞奈と明日香である。

 入念に準備が進められた『Kobold』巣黒支部ビル攻略作戦。
 その第一段階、ビルへの侵入は何の障害もなく普通に成功した。
 ニュットの見立て通りである。

 そもそも『Kobold』は表向きは女性支援を謳ったNPO団体。
 ビルも支援のための施設だ。
 そのために国からの助成金まで投入されている。
 自他共に認める女性である舞奈たちの来訪を拒否できる根拠はない。

 ……来訪だけは。

 団体とビルの性質ゆえに受付係とまばらな客は全員が女性。
 だが流石に小学生は珍しい。
 なのでソファに座って何かを待っている幸薄そうな女性も、カウンターでふんぞり返っている脂虫の受付係も2人に注視する。
 だが2人は動じることもなく、慣れた調子で待合用のソファに腰かける。

 もちろん来るのは初めてだ。
 舞奈も明日香も生活に困窮して他者に支援を求めたことはあまりない。
 むしろ怪異の被害に困った人々から助力を乞われる立場だ。
 今日も偽の女性支援団体の暗躍によって困っている人々を救うために来訪した。

 なので舞奈のジャケットの裏側には普段通りに拳銃ジェリコ941が収まっている。
 背負った子供らしいデザインのリュックサックの中身も長物だ。
 明日香は手ぶらだが、【工廠アルゼナル】の魔術で戦闘カンプフクロークと装備一式を召喚できる。

 そんな2人は隅のソファに並んで座り、怪しまれない程度に周囲を見渡す。

 女性支援の皮をかぶって悪事を働く怪異のフロント団体『Kobold』の拠点。
 だが一見すると普通のビルのエントランスだ。
 支部の受付より小奇麗で天井も高く、お洒落な装飾が施されている。
 いかにも困難を抱えた女性が好みそうなデザインだと舞奈は思う。

 だが受付の中年女が揃って脂虫なのは他の要素をぶち壊すマイナス要素だとも思う。
 まるでメルヘンのお城を占領した盗賊団の集会だ。
 悪党どもが民草を無理やりに集めて何か悪事を企んでいる絵面にしか見えない。
 過剰な装飾で団体や施設の後ろ暗さは誤魔化せても、関わっている人間(人じゃないけど)の胡散臭さは隠せない。

 奴らの掲げる女性支援なんて題目は嘘っぱちだ。

 奴らの正体は人間に化けた怪異。
 奴らの目的は慈善を騙った助成金の騙し取り。
 加えて身寄りのない若い女性を拉致して奴らの邪悪な目的のために利用している。
 そもそも女性が支援を要するような状況に陥ったのも、奴らの同族でもある人間に化けた怪異の官僚や政治家がでっちあげた数々の悪法のせいだ。

 何人かの薄幸そうな一般の女性が、ヤニの臭いに辟易しながら受付をしている。
 こんな胡散臭いエセ支援に頼らないといけない彼女らは紛れもなく被害者だ。
 訳もわからぬうちに職を奪われ、財産を奪われ、こうして貶められている。

 そんな中に、新たな客がやってきた。
 今度は女子高生の2人連れだ。
 巫女服がにこやかに会釈し、セーラー服が不機嫌そうにエントランスを見渡す。
 そして2人は舞奈たちとは別のソファに腰を落ち着ける。

 小夜子とサチである。
 サチの巫女服はともかく、小夜子の堂々とした制服姿は如何なものかと思う。
 だが小夜子の衣装は【機関】から支給されている戦闘タクティカルセーラー服。
 サチも同じ材質の実質的な戦闘服だ。
 作戦に際してのベストチョイスなのだろう。

 もちろん2人とも手ぶらだが問題はない。
 彼女らも腕の立つ呪術師ウォーロックだ。
 呪術を使って自分たちの得物を召喚できる。

 ちなみに小夜子、入館時からずっと不機嫌そうに周囲をぬめつけている。
 そんな彼女をサチが気づかっている。
 如何にも何かに悩んでそうなリアルな挙動だと舞奈は思う。
 実際はヤニの悪臭と、受付に脂虫がいっぱいいるのが気に入らないのだろうが。

 次いで見るからにリッチそうなブルジョワ姉妹がやってきた。
 楓と紅葉だ。
 2人とも無駄にセンスの良い私服姿。
 明日香の実家、民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】に委託して仕立てた、新素材による高い防刃性能とデザイン性を兼ね備えた特注品なのだそうな。
 正直、困難とも支援とも最も縁遠い2人である。

 そんな彼女ら(というか楓)の最近の悩み事は脂虫を殺せなかった事。
 今日、この施設で自身の願いを叶えて救われるのは彼女だけだ。
 何故なら眼鏡をかけていない楓は、今日は存分に殺す日だという決意のあらわれ。
 コンタクトレンズの素材は自身の手によるメジェド神だ。

 人に扮した邪悪な脂虫どもに、楓はどんな災厄をもたらすか?
 その恐ろしい未来を流石の舞奈も見透かすことはできない。
 このビルの上層階にいるはずの『ママ』とやらは、それを占術で視ただろうか?
 何か対策をしているだろうか?
 どちらにせよ、その『ママ』とやらの排除も舞奈たちの仕事のひとつだ。
 そうすれば『Kobold』は占術による社会的な防御手段を失い、公安や一般の警察が奴らの悪事を糾弾しやすくなる。

「じろじろ見ないの。チームごとに他人として侵入する手はずだって忘れたの?」
「いや、あれをガン無視とか逆に不自然だろ?」
 小突いてくる明日香に軽口を返す。
 小夜子たちも楓たちも女子中高生だ。
 舞奈ほどじゃないが職を失くした女性の中では浮いているし、挙動も妙だ。

 そんな中、次いでエントランスの自動ドアをくぐったのはベティとクレア。
 こちらもベティはラフな、クレアは大人っぽい私服姿だ。
 だが、どちらも動きやすいゆったりとしたデザインの衣服の下にレベル2ほどのボディーアーマーを着こんでいるのが動きでわかる。
 彼女らもプロだ。
 市民に扮して皆を守っていた警備員と同様、この手の準備についても余念はない。
 長物が必要になればベティがヴードゥー呪術で召喚できる。

 そんな事は知らぬはずの受付係が、ベティを見やって少し嫌な顔をする。
 ベティが陽気で長身で、浅黒い肌をしているからだ。

 舞奈はあまり詳しくないが、女性支援/平等/反差別といった聞こえの良い題目を掲げる界隈では人種による発言力のヒエラルキーが徹底しているらしい。
 平等で反差別なのに。
 その中でベティの存在はかなり強いカードらしい。
 つまり彼女が少しばかり派手に暴れても『それは差別です』と言えば許される。
 逆らう相手には差別者のレッテルを張って、さらに手酷い追撃もできる。

 ……まあニュットから聞いた与太なので何処まで本当なのかは疑わしいが。

 そして最後に大きなモールと小さなシャの登場だ。
 私服姿だからといってモールのサイズが変わる訳じゃない。
 覆面も【三日月】の教義なので外せない。
 なので威圧感はそのままエントランスの一角を占領する。
 一般の客が少し動揺する。
 ヤニ臭い受付も露骨に嫌そうな顔をするが、制止はしない。

 そのように皆が続々と到着する間……

「……おっ」
 舞奈はエントランスの奥に見知った顔を見つけた。

「あいつら、今日は背広着てるぞ。寒いのかな?」
 顔を向けないよう視界の端でに見やりながら苦笑する。

 アルティーリョとナルシス、ポワンだ。
 見間違えるはずもない。
 先日の如何にも変態らしい変態ムーブと、堅苦しい背広姿のギャップに笑う。
 そんな舞奈に、

「彼ら、Koboldの弁護士団を兼ねてたみたいね」
「なんだそりゃ?」
 明日香が合点がいったように答える。

「前に工藤さんが言ってたでしょ? ネットでアーティストを攻撃したり、『Kobold』の印象操作をしてる工作員がいるって」
「それが奴らだってのか?」
「十中八九。『Kobold』お抱えの弁護士だったらしいのよ」
 言いつつ携帯を見せてくる。

「ん。どれどれ……?」
 覗きこんだ画面には、すぐそこに居るのと同じような背広姿の3変態。
 偽装した人間の名前とセットで記載された紹介分には顧問弁護士とある。
 つまり奴らは騎士なだけでなく、胡散臭いNPO団体の活動そのものにも関わっていたという訳だ。まったく。

「そっか。ベンとかあいつららしいよな」
「……」
 そんな雑な感想を口走りつつ……

「……って、何か騒がしくないか?」
 ふと周囲を見回す。

 先程からベン野郎どもより気になっていた事があったのだ。
 妙に周囲がざわざわしていた。
 舞奈は理由を求めて何となく上の方を見やり……

「……あ」
 宙を舞う、ヤニ臭そうな受付のババアの首と目が合った。

 目を落とすと首のない受付係。
 先程まではあったであろう場所からヤニ色の飛沫を噴き出している。
 側には小夜子。
 何故かソファから立ち上がっている。
 というか【霊の鉤爪パパロイツティトル】の輝くカギ爪を横に薙いだ体勢だ。
 さらに側には少し頬を赤らめて恐縮しつつ、目を丸くするサチ。

「あーあ」
「……」
 舞奈は口をあんぐり開けて、常識はずれな惨事を見やる。
 明日香は無言。
 ブルジョワ客は(やりますね! グッドです小夜子さん!)みたいなウキウキ顔。

 まあ事情はわからなくもない。
 何せ相手は脂虫だ。
 人間相手のデリカシーなんてものはない。
 おそらくサチを相手に、何か小夜子の機嫌を損ねるような事を言ったのだろう。
 脂虫と人間が同居する環境ではよくある事だ。
 普段なら人間の側が傷ついて心に傷を負うだけで表面上は済んでしまう。
 だが、それで済むのは人間側が脂虫に的確に対処できる力と超法規的な権限を持っていない場合だけだ。そして殲滅と不退転の決意を胸に来訪していない。

 舞奈たちが、他の普通の客たちが呆然と見やる前で、汚い頭が宙を舞う。
 ヤニ色の飛沫で宙に弧を描きながら床に落ちる。

 ボトリ。

 ゴミひとつ落ちていないタイルの床を、断面からこぼれた臭そうな汚物が汚す。

――キャ――――――――ッ!

――殺しよ!

――女の子が首をはねたわ!

 ふと誰かがあげた悲鳴を皮切りに、女性たちが次々に絶叫する。
 まるでホラー映画かパニック映画のリハーサルのように見事な悲鳴大会だ。
 そりゃそうだろう。
 他の客は生活苦につけこまれて騙されそうになっていただけの普通の女性だ。

「……奴らの注意を引きつけるのは、大人組って手はずじゃなかったのか?」
 側の明日香に目をやり苦笑する舞奈に、

「ハハッ! 元気で良い事じゃないっすか!」
「フォローはわたしたちでしますので御安心を!」
 気軽に答えながらベティとクレアが動く。

「何するザマス! このメスガキ!」
 受付から他のババアが出てきて小夜子につかみかかろうとする。
 傍目には勇猛果敢なのか馬鹿なのか。

「まあまあ、未成年のする事じゃないっすか。怒るとみっともないっすよ?」
 そんな脂虫の肩を、ベティが半笑いのままつかむ。
 口先だけは真っ当な台詞を吐いているのが何ともはや。

 ついでに床に落ちた首をぐしゃりと踏みつぶす。
 ヤニ色の飛沫が飛散する。
 低位のヴードゥー女神官マンボでもあるベティは【豹の術クー・コポー】で身体を強化している。

 だが女は足元の元同僚ではなく肩にかかったベティの手を見やり、

「その汚い手を放しなさい! 黒人!」
 激昂する。
 だが、その台詞こそベティが狙っていたものだったらしい。

「おおっと、そいつは差別的発言って奴じゃないっすか? よくないっすね!」
 面白黒人は笑顔で言葉を続けながら、ヤニカス女にアッパーカットを叩きこむ。
 ババアには避ける暇もない。
 ロケットみたいな勢いで吹っ飛んで高い天井に激突。
 ヤニ臭い頭が見せかけだけの安い天井に埋まる。
 つながったままの胴体が汚いシャンデリアみたいに吊られて揺れる。

 そんな一幕がとどめになった。

――キャ――――――――ッ!

――暴動よ!

――ゴリラが人間を殴り殺したわ!

 たちまちエントランスはパニックになる。

 そのように、ごく自然な流れで大乱闘が始まった。
 急だが作戦開始だ。

 クレアは手にしたバッグの中から自然な挙動で得物を抜く。
 減音器サプレッサーつきの軍用拳銃FN ハイパワーだ。
 躊躇なく撃つ。
 自動ドアの駆動装置が壊れ、開いた状態で停止する。

「みなさん! ここは危険です! 外へ避難してください!」
 よく通る声で客たちに叫ぶ。

「あっありがとう金髪さん!」
「待って!」
 客たちも我に返って開きっぱなしの出口に向かう。

 パニックに陥った人間は大きなしっかりした声で命ずると従う。
 慌てふためく一般の人間の女性を、他人のふりをして外に逃がす算段だ。

 そんなアクションが自然にできるるあたりが流石はクレアだと思う。
 大人組にまともな人がいて良かった。
 何故なら『偶然に居合わせた』金髪の客に言われるがままビルの外に逃げる女性たちは『Kobold』に騙され、ゴリラの暴動に巻きこまれた二重の被害者だ。

 そんな彼女らと入れ替わるように、奥の階段から無数の足音。
 ガチャガチャとやかましい金属製の鎧の音。

「おっ来た来た」
 舞奈は見やる。
 集団で階段を駆け下りてくるのはコスプレじみた甲冑の騎士たち。
 隠し玉の騎士団がやってきたのだ。

 代わりに先ほどまではいた背広姿の3変態の姿がない。
 混乱のどさくさに上の階へ退避したのだろう。

 ……否。

 同じように上に向かうはずの舞奈たちを迎撃するべく持ち場に着いたのだ。
 他のイレブンナイツも同じだろう。
 まったく、驚くほど統制のとれた動きだ。
 あるいは奴らを束ねる『ママ』とやらの強制力がそれほどのものなのだろうか?

 代わりに受付の脂虫どもが本性をあらわしたかのように牙を向いて襲いかかる。
 カウンターに足をかけ、踏み砕きながら、長身のベティめがけて跳びかかる。
 スピードもパワーも人間のそれではない。
 屍虫に進行したのだ。
 つまり残された僅かな人間性すらかなぐり捨て、正真正銘の怪物と化した。

「面白くなってきたっすね!」
「逃げ遅れた客もいるんだ。怪我させんでくれよ」
 ベティがますます張り切りながら、襲い来る屍虫を殴り飛ばし、

「慣れてますんで、ご心配なく」
「ハハッ! そこにぬかりはありませんぜ!」
 人の好さそうな、あるいは陽気な声と共にモールと娑も動く。

 巨大なモールは騎士たちの前に立ちふさがる。
 対して騎士のひとりが問答無用で斬りつける。

 だが縦にも横にも騎士より大きなモールの巨躯は、まるで子供の前に立つ大人。
 あるいは人の前に建つ壁。
 子供が振るった貧弱な剣を、モールは素手で受け止める。

「何だと!? このバケモノ!」
 騎士は叫びながら剣を引き、再び斬りかかる。
 対してモールは、

「自覚はしてるんですが、怪異に言われると流石に嫌な気分しますね」
 苦笑しながら殴り飛ばす。
 ツッコミくらいの無造作な挙動。
 だが先ほどの派手なベティのアッパーを、モールのそれは余裕で越えた。
 騎士は明らかに喧嘩や格闘のそれとは違う猛スピードでお洒落な壁にぶち当たり、啓蒙ビデオで見た交通事故のダミー人形みたいな挙動で砕けて崩れて動かない。

「糞っ! 一斉にかかれ!」
 一団の後方に控えたリーダーらしき騎士の号令に、

「最初からそのつもりで来てるんで、存分にお相手しますよ」
 剣を振りかざして群がる騎士どもを、当たるは幸いに叩きのめす。

 以前にモールは、横着して正面からへし折ることもあると言っていた。
 だが実際はそんなものじゃない。
 騎士の頭をむんずとつかんで握りつぶす。
 あるいは、そのまま振り回して周りの敵をなぎ倒す。
 子供の草むしりでももう少し……といった雑さだ。

 だが、それだけで騎士どもは抵抗もなく薙ぎ払われる。
 圧倒的な力の差だけで蹂躙される。
 異能力で強化されているはずの騎士たちがだ。

 何せモールの巨躯は2メートルを超える動く壁。
 しかも身体強化の回術【強い体ジスム・カウィー】を使用しながら暴れまくるのだ。
 そのパワーは暴走バスを受け止めるレベル。

 つまり大型怪異や装脚艇ランドポッドが人間を襲っているようなものだ。
 人間レベルで少しばかり強いだけの騎士がどれだけ集まったところで、そんなバケモノを止められる訳がない。
 回術士スーフィーが【熱の刃サイフ・ハラーラ】【熱の拳カブダ・ハラーラ】を使うまでもない。
 そんな重機のような巨女と、

「おおいモール、もうちょっと丁寧に殺れよ」
「丁寧にやっても結果は同じだよ。それより数をこなさなきゃ」
「そうじゃなくて、殺しを愉しむ機会に感謝をだな……!」
 軽口を叩き合いつつ、

「あらよっと!」
 娑は息の根のある脂虫に超スピードで駆け寄って、とどめを刺す。

 怪異との最前線でもある香港出身の彼女は派手な攻撃魔法エヴォケーションをあまり使わない。
 戦闘スタイルとしては暗器使いだ。

 手近なデスクから事務用のボールペンを拝借する。
 あるいはカウンターから胡散臭い文面の誓約書を束でまるごとパクる。
 そいつを武具を強化する道術【金行・硬衣ジンシン・インイ】で強化する。
 鋼鉄のような硬度になったボールペンを、誓約書を、動かない怪異やまだ動いている怪異の急所に刺す。あるいは首に差しこむ。
 しかも熟達した【狼気功レアンチィーゴンズ】を使用した超スピードによって。
 素早い娑の動作は正確で丁重だ。言うだけの事はある。

 渾身の力で振り抜かぬとも、鋼鉄の紙を絶妙な角度で首に刺せば脂虫は死ぬ。
 鋭利にしたボールペンを正確無比に刺しても同じだ。
 そんな物理法則を熟知しているのだ。
 銃の代わりに拾った物を使う舞奈のような動きと言っても過言ではない。

 何故なら道術における攻撃魔法エヴォケーションは符を大量に消費する。
 道術を内包する妖術は、術者の外に魔力を放つのに向いていないからだ。
 それだけに頼ると雪崩れの如く押し寄せる怪異に対して手数が足りない事もある。
 銃でも弾が足りなくなる事がある。
 だから拾った物を強化し、接敵して刺して殺す。
 これなら消費するのは少量の魔力のみ。
 限られた手札で数多くの敵を屠るための最善手だ。
 もちろん娑ほどの術の精度と体術の腕前があったればこそ。

 まさに彼女の本来の名『シャ』だ。

 その無慈悲さと容赦のなさはモールに劣らない。
 2人そろって人権賞が狙えそうな凄まじい殺しっぷりだ。

 もちろんベティも負けてはいない。
 長身の、スマートな四肢から繰り出される砲撃のような蹴り。
 手にした警棒に【鉄の術クー・ガン】の効果を乗せて、パワーとスピードだけで叩き斬る。
 警備員にしてヴードゥー女神官マンボである彼女は浅黒い嵐と化し、見せかけだけの反差別主義者どもを次から次へとへし折り、叩きのめす。

 さらに避難誘導を終えたクレアも迎撃に加わる。
 他の3人と違って術を使った無茶な戦い方はできない彼女。
 だが数を減らした騎士たちを、瀕死の屍虫を軍用拳銃FN ハイパワーで着実に片付ける、

 騎士たちも、ババアどもも、もう舞奈や小夜子たちに構う余裕はない。
 自分たちが生き残るだけで精いっぱいだ。
 それすら傍目には困難に思える。

 そのように混乱どころか早くも4人に制圧されそうなエントランスを背に、

「非常に後ろ髪引かれますが、わたしたちはわたしたちの役目をこなしましょう」
「了解。行こうか」
 楓と紅葉は手はず通り、優雅な足取りで上の階へ向かう。
 彼女らを引き留める者はいない。

「今のうちよ、小夜子ちゃん」
「……ええ」
 本番前のウォーミングアップを済ませたサチと小夜子も別の階段を駆け上がる。
 そんな2組を見やり、

「わたしたちも行くわよ」
「りょーかい」
 明日香と舞奈もさらに別の階段へ。

 無駄に豪華な高層ビルにはエレベーターももちろんある。
 だが敵の拠点に設置されている設備に頼って移動するのは迂闊が過ぎる。
 何か細工されている可能性が多分にある。
 地道に階段を駆け上がるのが最も確実で安全だ。

 そんな理由とは無関係に舞奈は一瞬だけ立ち止まり、

「何やってるのよ? のんびりしてると、こっちが先に終わるわよ?」
「……別に。じゃーとっとと済ませなきゃな」
 明日香に急かされ階段を駆け上がる。
 そんな一行を、

「……来たね」
「そのようですね」
「俺たちで迎え撃つぞ!」
 物陰から、煙草をくわえた3人の男が見やっていた。

 弓使いのアルコ。
 槍使いのランツェ。
 大剣使いのスパーダ。
 イレブンナイツの騎士たちだ。

 そんな彼らは足元に煙草を捨てて踏み消し、エレベータで悠々と上へ向かった。
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