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第20章 恐怖する騎士団

誘拐1 ~シャーマニズムvsデスカフェ

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「――そんじゃ、そろそろおいとまするか。今日も美味かったぜ」
 舞奈はすっかり空になった椀と皿をカウンターに残して立ち上がる。
 張が商う『太賢飯店』は、今日も舞奈たち以外の客はいない。

 そして舞奈も『Kobold』『Bone』『デスカフェ』について収獲はなし。
 おまけに商店街にあらわれたというバスにも会えなかった。

 だが、まあ、無駄に焦っても仕方がないと気持ちを切り替える。
 今までの人生で、事態が思惑通りに進まないからと気をもんで良いことはなかった。

 隣でエビチリをつまんでいたチャムエルが「……ん」という表情を向ける。
 食うのに夢中になっていたらしい。
 もちろん顔は先ほどまでのボンネットではなく眼鏡の女性に戻っている。
 だが格好は全裸ストッキングのままなので、そういうAVの撮影にも見える。
 それがどんな趣旨の撮影なのか舞奈には見当もつかないが。

「毎度ありがとうアルよ」
 ニコニコ笑顔の張が、

「じゃ、今日もツケで」
「……」
 言った途端に嫌な顔をする。
 そんな様子を尻目に笑顔で手を振って店を出ようとして……

「……?」
 立ち止まる。
 足に何かしがみついているのに気づいたからだ。
 ちらりと見下ろすと、

「キュイ~♪」
 数匹のコメツカワウソがいた。

 ずいぶん元気で人懐っこいカワウソだ。
 舞奈の足に前足でしがみついたり、身体をくねらせ頬をすりつけたり。
 濡れた小さな手形や獣の体毛がこすれる感覚がこそばゆい。
 あるいはキュイキュイ鳴きながらスニーカーのつま先に乗って遊び始める。

「……ツケだよツケ。出世払いでまとめて払うよ」
 舞奈は思わず振り返って文句を言う。
 貯まりに貯まったツケに業を煮やした張が、術で何かしたと思ったのだ。
 普通の動物の挙動ではない。
 そもそも、こんな街中にカワウソはいないだろう。
 林は統零とうれ町のはずれにしかない。
 加えて張も、いちおうは道術を操る術者だ。だが、

「……? 舞奈ちゃん、それ以上どう出世するつもりアルか?」
 面白くもない冗談に怪訝そうに反応する張を見やり、

「舞奈さんは若いのに向上心があって素晴らしいですね」
 ついでにレンゲでエビチリをすくいながら面白そうに見てくる全裸を見やり、おまえの向上心と常識は何処に行ったよと苦笑しつつ……

「……おまえらじゃないのか? じゃあ誰だよ?」
 不信に思ってしゃがみこんでカワウソを見やる。

「キュキュッ♪」
「シャーマンの使い魔ですね。【牛羚羊の脚ニュンブ・ミグー】か何かで転移して来たんでしょう」
 何となくといった様子でチャムエルが知識を披露した途端、

「『デスカフェ』ガ、デタ」
「何だと?」
 不意に1匹のカワウソが人の言葉で喋った。
 舞奈は特に驚きもせず問い返す。

 単に超常現象に慣れて肝が据わっているという理由もある。
 だが、それ以上に獣の言葉の声色に、厄介なトラブルの気配を感じたからだ。
 悠長に驚いている暇はないと無意識に理性が感情を抑える。

「気ヲツケロッテ言ッタノニ」
「あれだけじゃ何に気をつけるのかわからないだろ」
 口ぶりからすると、この獣の背後にいるのはヘルビーストか。
 シャーマンも他の流派に及ばぬまでも【霊媒と心霊治療】の応用で動物を操る事ができると聞いている。
 ならば同じ技術を使った長距離転移【牛羚羊の脚ニュンブ・ミグー】が使われた理由も納得だ。
 ベリアルと肩を並べると謳われる彼女なら、大魔法インヴォケーションで使い魔を転移させて来るくらいの事は容易いのだろう。
 だからカワウソの文句に軽口を返し、

「ピンク、ノ、バス」
「ビンゴじゃねぇか。最初からそう言ってくれよ」
「……ニ、サラワレタ」
「何だと!? 誰がだ?」
「……コドモ?」
「ったく……」
 続く言葉に舌打ちしながら携帯を取り出してかける。
 判断は一瞬だ。
 幸いにしてテックには数コールで繋がった。
 感謝しかない。

『あっ舞奈。またトラブル?』
「急にスマン。デスカフェの正体は例のバスだ。今どこにいるかわかるか?」
 はやる気持ちを抑えて可能な限り要点を伝えようとする舞奈だが――

『――わかるもなにも大騒ぎよ。駅前の大通りを爆走してるわ』
「なんだよそりゃ」
『ニュースやネットは見てないの?』
「そんな場合じゃなかったんだよ。駅前だな!?」
 返ってきた意外な言葉に逆に驚く。

 舞奈が知らぬ間に事態は急展開していたらしい。
 というか、別の場所にいるならアナウンスするべきだと思うんだが。
 支援を受けたい女性も場所がわからないと困るだろうに。
 だが今は愚痴っていても仕方がない。

「すぐ行く! 明日香と……楓さんたちにも連絡を頼む! 家が近くのはずだ」
『了解』
 手早く用件を伝え、電話を仕舞いつつチャムエルを見やり、

「食ってる最中にすまんが急ぎの用事ができた。駅前まで送ってくれるか?」
「ふふっ承知いたしました」
 言い終わる間に全裸メガネはエビチリを平らげ、ハンカチで口を拭いていた。
 特に声を抑えていない先ほどの電話の内容は丸聞こえだ。

 そしてチャムエルの手の中で、用が済んだハンカチは虚空に消える。
 先ほど車に変身していた彼女は、重力場による時空の歪みを司る大天使サンダルフォンを奉ずる転移の魔術の使い手でもある。だが、

「駅前じゃ人が多すぎるアル。【転移門テレポート・ゲート】で転移するのは無理アルよ」
 張が冷静に指摘する。
 駅前に人目が多いのは事実だ。
 そして【組合C∴S∴C∴】は、長距離転移などという魔法なくしては絶対に起こり得ない奇跡を市井の人々に目撃させる行為を許さないだろう。それでも、

「カッコイイ車があるじゃないか!」
「ああ、そっちですね」
 言い残しつつ2人で店を飛び出す。
 どうせ足が無ければ走っていくつもりだったのだ。
 車でもあれば十分以上に役に立つ。

 そして店の外には不自然なほど人がいなかった。
 振り返ると、全裸メガネがニヤリと笑う。
 彼女が常に使っている認識阻害の技術を応用した人払いだ。

 そんなチャムエルは間髪入れずに施術を開始する。
 先ほどと同じように呪文もなく、全裸の周囲にあらわれた魔力のコードが絡みつく。
 だが今度は全身。
 光が治まった後に、そこには車のパーツでできたロボット生命体がいた。

 奇妙な機械音を立てながら、ロボチャムエルは変形する。

 その変形するひと手間は必要か?
 思う間に、ロボットの姿は可愛らしい軽自動車になった。
 舞奈は躊躇なく運転席側のドアを開けて乗りこむ。

「運転の仕方はわかるアルか!?」
 舞奈たちを追って張が店を飛び出してきた。

装脚艇ランドポッドより複雑じゃなきゃ勘でわかるさ!」
 だが舞奈は不敵な笑みで張に答える。
 そうしながらドアを閉める。

 直後、何の操作も同調もしていないのに軽自動車は走り出した。

 ……同じ頃。

「これって、どういうことなの……?」
 槙村音々は困惑する。
 何故なら音々は、ピンク色のバスに囚われていた。

 音々はバスの事をもっとよく知ろうと、人をかきわけ近づいた。
 バスの目的が女性支援だというなら仕事にあぶれた母親を支援してほしかった。

 濃く漂う煙草の悪臭に軽くむせた。
 そうするうちに主催者らしき煙草臭い中年女に声をかけられた。
 何故か母の名を確認された。
 反射的にはいと答えた。
 途端、バスの中から男が出てきて周囲を囲まれ、否応なく連れこまれた。
 抵抗する暇もなかった。

 今はバスの最後尾の席に座らされている。
 他に乗客はもちろんいない。
 代わりに座席にはダンボール箱が積み上がっている。
 外で配っていたアダルトグッズが仕舞われているのだろう。

 そして通路には音々を逃すまいと数人の男が詰めている。
 音々を捕まえた男たちだ。
 巷によくいる男性アイドル風……というか音々が知ってるAV男優を貧相にして柄を悪くしたような不気味な男たちだ。
 コスプレのような珍妙な格好をして、腰に何かを提げている。
 何より彼らも煙草臭い。

 中年女たちの姿はない。
 別のバスに乗っているのだろうか?

 それより自分は何故、誘拐されているのだろうか?
 煙草臭い彼ら、彼女らの目的は何だろうか?
 母に何か関係があるのだろうか?

 音々は意識して脳裏に疑問を重ねて怯えないようにする。
 自分はこれからどうなるのだろう、という問いから意図的に目をそらす。
 非現実的な状況の中で、せめて自分は非常識に取り乱したりしないように。
 あるいは無意識に誰かの姿を脳裏に描き、恐怖と困惑に抗おうとしている最中……

「……!?」
 不意に男たちが驚愕した。

 音々も視線を追って見やる。
 窓の外に、奇妙な仮面が張りついていた。

 ……否。

 正確に言えば、盾のように大きな仮面をかぶった浅黒い女だ。

「……!」
 男たちとは真逆に音々は歓喜する。
 それが今しがた思い浮かべたばかりの、音々のヒーローだったからだ。

「ヘルビーストさん!」
 叫んだ途端、浅黒い女が手にした槍が振るわれる。
 硬いガラスの窓が、スチロールか何かのようにあっけなく割れる。

 次の瞬間、彼女はバスの中に跳びこんできた。
 黒い疾風は男たちと音々の間を裂くように着地する。

「コンバンワ!」
 少し場違いな挨拶と共に、浅黒い腰みのの女は音々の前に立ちふさがる。 
 手にした槍を、狭い車内で器用に構えて男たちを牽制する。

「無事カ?」
「はい! 無事です!」
 背中の問いに、弾んだ声で答える。
 そうしながら音々は浅黒い女の腰みのにしがみつく。

 怖かった。
 訳がわからなかった。
 けれど彼女に会えて嬉しかった。
 あるいは彼女が音々を救いに来てくれると確信していた気すらする。

 一方、男たちは狭い通路を跳び退る。
 次いで鋼鉄がかすれる音。
 男たちが腰に提げていた剣を抜いたのだ。
 剣呑にギラリと光る長い凶刃に、音々は思わず息を飲む。だが、

「ふしだらな格好をしたおかしな女め!」
「何者だ!?」
 彼らはヘルビーストを恐れるように距離を取りつつ、剣を構えて罵倒する。
 その様子が、まるでドラマの三下のように見えて滑稽だった。

「貴様ハ、死ニ名ヲ問ウノカ?」
 対してヘルビーストは槍を構えて不敵に答える。

 あまりに非現実的な状況だ。
 まるで悪趣味なゲームかアニメの中みたいに。
 それでも浅黒い肌の彼女と一緒なら大丈夫だと音々には思えた。

「生意気な女め!」
「それなら我が騎士団の名の元に、成敗してやる!」
 チンピラみたいな怒声と共に、男たちの得物が燃えあがった。

 見やった音々は目を見開く。
 小さな「ひっ」という悲鳴と共に、浅黒い腰にしがみつく手に力が入る。
 音々は異能力【火霊武器ファイヤーサムライ】の事を知らない。
 そもそも異能力の存在を知らない。

「オマエタチニハ、無理ダ」
 対して平然と言い放つヘルビーストの、槍の穂先も燦然と輝く。

 もちろん音々は【雷の拳ウメメ・ングミ】と呼ばれる付与魔法エンチャントメントの存在も知らない。
 そもそもシャーマニズムについて、呪術に、魔法について知らない。
 技術的には敵の手品と大差ない事も。

 だが、その非現実的な輝きが美しいと思った。
 何故なら彼女は音々のヒーローだから。さらに、

「キュキュキュッ!」
 場違いに可愛らしい獣の声。
 同時にバスの座席の下から数匹の獣が飛び出した。
 コメツカワウソだ。
 それが大魔法インヴォケーションによる長距離転移【牛羚羊の脚ニュンブ・ミグー】によって呼び寄せられたのだと当然ながら音々は気づかない。そのための前提知識がない。

 だが数匹のカワウソは身をくねらせながら男たちの足元を走り回る。

「何だ!? こいつは!」
「小癪な獣め! 魔女の使い魔か!」
 剣を手にした男たちは無様に取り乱す。
 その隙をヘルビーストは逃さない。

「其ハ、コメツカワウソ」
 言いつつ素早く槍を突き出す。
 高速化の付与魔法エンチャントメントハイエナの脚フィシ・ミグー】を併用した素早い一撃。
 それは音々の目からは閃光のように見えた。だが――

「――おおっと! 無駄だぜ女!」
 閃光を、男は左の腕にマウントした小さな円形盾で受け止める。
 そのまま盾で槍を跳ね除ける。
 続けざまに燃える剣を構えて槍のリーチの内側に跳びこんでくる。

「ヘルビーストさん!」
「ダイジョウブ」
 悲鳴をあげる音々が見やる先、男は不意に吹き飛ばされる。

 それが高度な技術で制御された【空気の盾ヘワ・ニャオ】であることに音々は気づかない。
 バスが揺れたせいだと思った。
 偶然か、何かもっと運命のような大きな力が味方していると。
 何故なら浅黒い腰みのの彼女は音々のヒーローだから。だが……

「……マズイナ。動キヲ読マレテイル」
「えっ……?」
 ボソリとこぼした言葉に驚愕する。

 異能力は若い男にのみ宿る力だ。
 そして、ひとりの異能力者に宿る異能力はひとつ。
 得物を炎で包む異能力を持つ者は、相手の動きを読む異能力を使えない。
 そんな裏の世界での定石を、音々が知っている訳がない。
 それを理由に驚いた訳じゃない。
 ただヘルビーストの苦々しい口調に反応して、悲痛な驚きの声をあげた。

 それ以前に音々をかばうヘルビーストひとりに対して敵の数は多い。
 槍は狭い通路で敵を牽制するには向いているが、振り回しにくい。
 しかも……

「……おい! 例のものを用意しろ!」
「わかりました!」
 後ろに控えた男たちが、座席の下から何やら取り出し準備する。
 2人がかりで何本かのパイプを縦に繋ぐ。

 音々は気づいた。
 組み立て式の槍だ!
 ヘルビーストのそれより長い槍を作って対抗するつもりなのだ!

 先ほどのカワウソが再び跳び出し、作業の邪魔をする。
 だが別の男に追い払われて座席の下に逃げこむ。

 カワウソたちは身体強化の呪術【獅子の腕シンバ・ンコノ】で強化されている。
 だが、あくまで牽制にしかならない。
 手札を知られた後で盾や斬りこみ役の役目は果たせない。

 そんな事情を知らぬ音々にも事態がひっ迫している事はわかる。
 このままでは敵の槍が完成してしまう。
 数では不利なヘルビーストの唯一のアドバンテージが失われてしまう。

 音々の動揺を、ヘルビーストも察したようだ。
 浅黒い仮面の女の隙を見抜いたように男が切りこむ。
 ヘルビーストは燃える剣を槍ではじいて怯ませる。
 続けざまに身を引きながら槍も引き、次いで突き刺す。だが――

「――えっ!? そんな!」
 音々は再び悲痛な悲鳴をあげる。

 何故なら突き出したヘルビーストの槍は、バスの天井に深々と突き刺さった……

 ……しばし時間を遡る。

「おおい! 道そっちじゃないだろ」
 疾走する軽乗用車の運転席で、舞奈は目前のダッシュボードに叫ぶ。

 何故ならチャムエルが変身した軽自動車は、商店街の裏路地に滑りこんだ。
 駅前までショートカットするルートでもない。
 だが舞奈が文句を言った途端――

「――こっちで合ってますよ」
 目の前が一瞬だけブラックアウト。

 次の瞬間、フロントガラス越しに流れる風景は変わっていた。
 風の匂いも。

 さらに次の瞬間、可愛らしい軽自動車は駅前の裏路地から飛び出した。

 何のことはない。
 チャムエルは十八番の【転移門テレポート・ゲート】を使って駅前に転移したのだ。
 詠唱もゼスチャーもなく……というか変身した状態で使える技量は大したものだ。
 彼女も日々鍛錬を続け、自身の高等魔術を研き続けているのだろう。

 そして、もちろん人目につくようなヘマもしない。
 そのために路地裏に入り、路地裏から出て来た。

 さらに路地から顔を出した小柄な女が手を振る。
 転移先に協力者を配置し、人の目がない転移場所を確保させたらしい。
 中々に念の入った連携プレイだ。
 そう思いつつ前を向いた瞬間、

「……貴女が志門舞奈さんですか。お初にお目にかかります」
「うおっ」
 流石の舞奈も声をあげる。
 何故なら隣の席に、先ほど手を振っていた女が座っていた。
 空気の揺らぎ方からすると【小転移ブリンク】で転移して来たらしい。

「危ないだろ」
「御心配には及びませんよ。先輩には及ばぬまでも短距離転移には慣れてます故」
「そうじゃなくて、車の中にいきなり人が生えたら見てる人がビックリするだろうって言いたいんだ」
「そちらも問題ないですよ。皆あっちを見るのに夢中でしょうから」
 苦情に臆することなく彼女は指差す。
 まったく、これだから高等魔術師って奴は……。
 舞奈も形だけハンドルに手をやりながら、示された方向を見やる。

 そこでは下品な色合いのピンク色をしたバスが疾走していた。

「なるほど、こりゃ確かに品のないバスだ」
 軽口を叩きつつ観察する。

 バスの後方の窓から見える、大きい人影と小さい人影。
 相対する数人の人影。
 小さい人影は……音々だ。

 なぜ彼女が?

 だが詮索は後だ。

 そして音々をかばっているらしいヘルビースト。
 バスの中に協力者がいることに安堵する。
 だが、のんびりしている暇はない。
 窓越しに見える様子からすると戦況は思わしくなさそうだ。なので、

「じゃ、あたしも女性支援とやらを受けさせてもらいに行くか」
 躊躇なくドアを開ける。
 普通の車なら走行中にはオートドアロックがかかってドアは開かない。
 だが舞奈が乗っているのはチャムエルが変身したインチキ車だ。
 長距離転移が可能な代わりに、そんな余計な機能はない。

 それでもバスに合わせて疾走している車から、シートベルトなどもちろん無し。
 舞奈に正しい道交法の知識があったら少し違ったアクションをしたかもしれない。
 だが最強の小5女子には関係ない。

 左手の厚手の手袋と一体化したワイヤーショットを構える。
 当然ながら走る最中に突入の準備は澄ませていた。
 だが躊躇する。

 ワイヤーを絡みつける場所がないのだ。
 できれば一旦、バスの上にでも跳び移りたいが、残念ながらバスの上は空調設備が収まっているらしき薄く平たい箱状の出っ張り以外は平面だ。
 前側には乱雑にアンテナが生えている。
 だが、あれに引っ掛けて跳び移ろうとすると、たぶん折れる。

 逆にワイヤーショットの小口径弾22LRに、バスの窓を破って中の設備にワイヤーを巻きつけられるほどの威力や貫通力はない。
 そのように舞奈が攻めあぐねていると……

「……おっ?」
 バスの屋根から何かが生えた。
 深く突き出た槍の穂先だ。

「何らかの呪術で強化されているようです」
「……そういうことか」
 隣の術者の言葉に笑い、舞奈はワイヤーショットの狙いを定める。
 左の手袋の甲の金具の横に仕込まれた小さな引鉄を右手で引く。

 サイトなんか必要ない。
 風圧の計算も頭の中で済ませてある。
 何故なら疾走する車の中から互いに距離を詰め、縮めながら並走する別の車の天井に生えた小さな槍の穂先に当てる程度の神業は舞奈にとって容易い。
 少なくとも跳弾を当てようとするよりは。
 その確率は低く見積もって100%。

 だから手の甲のかすかな衝撃と共にフックつきワイヤーが放たれる。
 次の瞬間、まるで操られ誘導されたかのようにワイヤーは槍の穂先に巻きつく。

 勢いのまま舞奈は車外に身を躍らせる。
 躊躇はなし。
 そのまま振り子のようにバスの屋根に着地。

 左手のレバーを引いてワイヤーを切り離す。
 一瞬だけ足が宙に浮きかけ、あわてて室外機をつかんで体勢を立て直す。

 同時に槍はワイヤーを弾き飛ばしながら引っこむ。
 用が済んだのが手ごたえでわかったのだろう。
 舞奈がこうする事を預言で知ったか、あるいは校門で舞奈と会って直感したか。
 粋なシャーマンの計らいに口元の笑みで答える。

 疾走するバスの上を吹き抜ける風に飛ばされないよう身を低くして構える。
 そうして油断なく周囲を警戒する舞奈の目前に――

「――おおっと」
 何かが降り立った。
 それも複数。
 占術を使った正確な投射によって舞奈を迎撃しにあらわれたらしい。

 正確な預言や予知を用いれば、直感と戦闘技術を極限まで研ぎ澄ました舞奈の真似事をする程度は可能だという事か。
 特に投射される者の命が軽い場合は。

 だが、そんな事はどうでもいい。
 別に大したことをしたとも思ってないし、真似したければすればいい。
 舞奈は油断なく身構えながら迎撃部隊を観察する。

 時代錯誤な甲冑を着こんだ男たち。
 いずれも男性アイドル風の、粗悪なコピーみたいに全員が同じ顔をした優男。
 加えて全員がヤニ臭く、ヤニで濁った犯罪者の目つきをしている。
 頭こそレドームではないが、スピナーヘッドの同類といったところか。

 敵は強硬手段をとるにあたって障害を預言し、対抗策も用意したつもりらしい。
 でなければバスの上に跳び乗ってくる傾奇者を迎撃する準備はしない。
 奴らは舞奈を排除するために飛んできた。

 それでも舞奈は不敵に笑う。

 敵は預言で知識は得られても、舞奈という人間をよく理解できなかったようだ。
 何故に術も異能力も使えぬ小5女子が【機関】のSランクたり得ているかを。
 そのうえで先方から尻尾を出してくれた。
 むしろ情報を得たい舞奈にとっては棚から牡丹餅の儲けものだ。
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