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第20章 恐怖する騎士団
ヤツも来た
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常識的な槙村音々が、ささやかな非日常を楽しんだ朝。
あるいは舞奈が今日も毎度の非常識なトラブルに巻きこまれて疲れた朝。
そんな悲喜こもごもな平和な平日の、昼休憩。
「その……彼女は我が社の……関係者だったのよ」
「そうだったんだね」
明日香が柄にもなく言い辛そうに釈明する。
向かい合った音々は素直に相槌を打つ。
内容はもちろんヘルビーストの件だ。
地元の支部から脱走して巣黒市に赴き、その場の勢いでヤニ狩りしたヘルビーストから回収班の派遣を要請された受付嬢。
腰みの一丁の仮面女に場所を聞いても無駄なのは長いつき合いで知っている。
なので面識のある占術士2人に連絡した。
ひとりは【心眼】中川ソォナム。
もうひとりは県の支部の【トリックスター】白樫梢。
何故なら現役学生でもある占術士たちは学校だ。
その中で、この2人は特に設備もなく占術を行えるからだ。
つまり何処で死んだかわからない脂虫の位置を占える。
なお占術で得られる情報には個人差がある。
梢は面白おかしい結果を得やすい。トリックスターの面目如実だ。
なので面白い黒○ぼの人が面白い事をしながら学校に赴き、舞奈や明日香が面白おかしく困るヴィジョンを得た。
ついでにグレネードランチャーが必要になる知見も得た。
そこで本来の所属でもある県の支部を経由してニュットに伝えた。
一方、槙村音々と同じくらい常識的なソォナムは脂虫の死骸の位置を突き止めた。
チベットからの留学生でもあるソォナムは、困っている人を救いたい。
怪異の被害に困っている人も、事務の作業が行き詰っている人も。
さらにヘルビーストが舞奈や明日香のクラスメートらしい少女を巻きこんだ話は伝わっていたので、調べてみたら槙村音々の家の近くだった。
受付嬢は椰子実つばめに連絡。
つばめは霊的なネットワークに接触し、付近を根城にしている地域猫に尋ねた。
結果はビンゴ。
……という連絡を、舞奈と明日香は昼前に受けた。
なので2人はテックも交えて協議した結果、あの腰みのは明日香の家の関係者だったという体裁で可能な限り穏便にフォローしようという話しになった。
まあ今回に関しては【機関】も【安倍総合警備保障】の協力者だ。
あながち嘘ばっかりの説明でもない……と思う。
なので明日香は会社を代表し、
「関係各所には厳重な注意の上、同じ事が起こらないよう人員の管理を徹底させるわ」
野放図な他支部の執行人の尻拭いをしていた。
自分に落ち度がなくても詫びなきゃいけないのが大人だ。
その嫌な役回りは大人の世界に首をつっこんでるだけの子供も変わらない。
その一方で、クラスの別の場所ではチャビーと園香が歓談していた。
モモカも交えて楽しそうな様子だ。
漫画かファッションか色恋沙汰の話だろう。
見やるついでにチャビーと目が合う。
ツインドリルの幼女は無邪気な瞳で興味深そうにこっちを見てくる。
2人で楽しそうな内緒話をしてると思っているのだ。
小5の中でも特にお子様な幼女には、それ以外の世界なんて想像できない。
まあ、そういう世界を守りたくて今の仕事をしている訳だし、それはそれで明日香的には構わないのだが……
……そんな明日香に構わず、企業のトラブルに巻きこまれた体の槙村音々は。
「ううん、そんなのいいよ。わたしも……その、学校まで送ってもらったし、ちょっとビックリしたけど……」
はにかむような笑顔で答えながら、言葉を濁す。
楽しかった。
そう言いたいけど何となく言い出せない。
それ以上の感情はなかった。
音々は常識があって真面目だけれど、年齢相応の小学5年だ。
組織や会社の都合より自分の感情が優先される。
そんな女の子の気持ち的には、今朝の一件は詫びを入れられるような事じゃない。
と、そんな感じの音々の内心を察する術もない明日香は、
「あと勝手なお願いで本当に申し訳ないんだけど、この件は内密に……」
恐縮しながら言葉を続ける。
「わかってるよ。言いふらしたりしないから安心して」
対して音々も恐縮する。
そして少し考える。
そんな様子に、やっぱり何か条件つきかと微妙に戦々慄々な明日香に、
「明日香ちゃんは凄いな」
「えっ……?」
感慨深そうに言った。
拍子抜けした明日香は思わず首をかしげる。
「お家の会社の人の事なのに、自分の事みたいに真剣に考えてるんだ」
「えっそれはまあ……」
そこにツッコむの? みたいに明日香は逆に困惑する。
明日香も明日香で、ただ年齢不相応に有能なだけだ。
素手での核攻撃すら可能にする心の強さも、人間としての成熟度とは別物だ。
つまり了見が特に広い訳じゃない。
感情を理性で抑えないと生き残れない戦場以外の、普通の感覚がピンとこない。
そんな明日香の反応を見やって、音々は遠い目をする。
たぶん音々は母親の仕事について、そこまで親身には考えられない。
けど安部さんは……明日香は違う。
彼女の大人な態度を、音々は立派だと思った。
それは、それぞれ自分の周囲の世界の外をあまりよく知らない少女たちの、微笑ましいすれ違いであった。
その一方で……
「……それらしい情報は見当たらないわ。っていうか『デス・カフェ』って名前だけで何か調べてくれって言われても困るんだけど」
「そこをテック様の力で何とかできないものなのか?」
「無茶言わないで。何とかって、どうしろって言うのよ……?」
タブレット端末を操作するテックと舞奈が微妙にもめていた。
「どうしろって……そりゃもう……ハッキングとかして……」
「ハッキングって何処によ?」
「そりゃもう……なあ?」
「……」
「……」
「だいたい、そういう訳がわからない調査って舞奈たちのが得意な気がするんだけど」
「訳わからないっておまえ、人を何だと思ってやがる」
「奇遇ね。意見が合ったわ」
「ちぇっ」
口論に負けた舞奈は口を尖らせる。
普段から表情が乏しく口数も少ないテック。
だが語る言葉は確かな知識と常識に裏打ちされた本物だ
言い合いじゃ絶対に勝てない。
そんな2人が見やる画面に表示された検索サイトの情報窓には『デス』と『カフェ』にちなんだ見るからにどうでもいい情報が並んでいる。
こちらはヘルビーストから賜った預言の言葉について調べていた。
だが進展はなし。
朝方に舞奈たちがグレネードランチャーのついでに聞いた「『デス・カフェ』に気をつけろ」という預言の言葉。
預言したヘルビーストはキャリアの長い占術士でもあるらしい。
だが占術士からは、それ以上の情報はなかった。
預言や占術は時空の狭間から情報を召喚する術だ。
得られた人外の情報を、人が理解できるよう解釈するのも術者の腕前とされている。
だが相手は基本的なコミュニケーションすらおぼつかない腰みの仮面だ。
なので過度な期待をするのは無駄だと判断。
分析は自分達でやろうと思った。
というかテックに頼めば何とかしてくれるだろうと思った。
だが結果はこの通り。
舞奈はネットtの仕組みをよく知らない。
なので、よく知らないもの繋がりで、機械による占術的なものだと認識している。
テックが持っているのは情報を召喚する魔法の板だと。
逆にテックも舞奈や明日香の情報網に底知れないものを感じている。
あらゆる物理的な制約を無視できる魔法の目。魔法の耳。
人ならぬ者(猫とか)とすら意思疏通が可能な超技術。
さらには異形や奇跡についての知識。
それらとアクセス可能な彼女らの活動を、ネットやハッキングで調べられる程度の情報でサポートできるなら安いものだとテックは思う。
……途切れた魔法の続きを何とかしてくれと丸投げされても困るとも。
それもまた認識の違いが生んだ、不幸なボタンのかけちがいである。
そんな風に2人と2人がそれぞれ恐縮し、煮詰まっていると、
「マイちゃーん! 明日香ちゃーん! 大変なのー!」
割烹着姿の桜がけたたましく教室に駆けこんできた。
給食当番の食器を返却に行って、何か見つけてきたらしい。
「……」
「走り回る前に着替えろよ。ほこりがついたら割烹着の意味ないだろ」
テックは無言で、舞奈は面倒くさそうに桜を見やる。
正直、今は忙しい。
桜のどうでもいい遊びにつき合ってる暇は無い。
「そんな事はどうでもいいのー! とにかく大変なのー!」
「どうしたよ? また不審者か?」
舞奈は嫌そうに返事をする。
できれば適当に相手して追い払いたかったのだが、
「違うのー! マイちゃんたちに、すっごいお客さんが来てるのー!」
「あたしと明日香に? また上級生か?」
「都内の超有名なお嬢様学校の人なのー!」
「んなところに知り合いなんていないんだが……」
まくしたてられて仕方なく立ち上がる。
用事があると言うんだから会ってみない事には始まらない。
桜の様子からして、知らんぷりしても良いことは無さそうだ。
まったく【機関】の関係者も小学生もたくさんいるのに、何故に厄介事は自分たちばっかり名指しでやってくるのか。
舞奈はやれやれと肩をすくめながら桜に続く。
向こうで聞いてたらしい明日香も音々に会釈しながら舞奈に続く。
そんな2人の背中に無言で手を振りながら、テックは再びタブレットを調査する。
どうせ訳のわからないものを訳がわからないまま調べるのだが、横から舞奈にせっつかれながらするよりは落ち着いてやったほうがマシかもしれない。
それでも舞奈の行き先が少し気になって、ひそひそ声に聞き耳をたてる。
――あれ見て、あの噂の私立中学の……
――すっげぇ美人!
――制服が可愛いー!
――知り合いに会いに来たんだって!
――誰の知人かしら? いいなー
――隣のクラスの志門さんと安倍さんらしいわ!
――また志門かよ! なんでいつもアイツらばっかり……
そんな自分のクラスや周りのクラスのひそひそ話を聞きながら、
「早く早く!」
「わかってるよ。……誰だろう?」
興奮を隠せぬ様子で急かす桜に訝しみつつも大人しく続く。
廊下は妙に人が多くて軽い人だかりになっている。
そんな人ごみを、桜は自分がアイドルにでもなった気分でかき分けて進む。
舞奈も明日香も訳がわからぬまま続く。
そして廊下にいた何者かは話しこんでいた三つ編みから目を離してこっち向く。
どうやら委員長が相手していてくれたらしい賓客は、
「はろー!」
「……んだよ、おまえらか」
ブレザーの制服を着た、アホっぽい長髪の女子中学生だった。
隣にいるのは同じ制服でショートカットのちょっとアホっぽい女子中学生。
陽子と夜空だ。
実は首都圏で超有名なお嬢様学校の生徒だったらしい。
「……混沌魔術で武装した不審者じゃねえか」
ボソリとひとりごちる。
しかも陽キャの。
「ありがとね、お嬢ちゃん」
「どういたしまして! 桜なのー!」
ニコニコと労う陽子に、桜が無意味にポーズをとったりして謎の絡み方をする。
自分の存在をアピールしたいのだろう。
そんな桜を夜空はニコニコしながら見送る。
慣れているやら素なのやら、
夜空が名家の出だとは聞いている。
ブルジョワだし、通っている学校も相応のところなのだろうと勝手に解釈する。
それに、まあ、2人が黙っていれば綺麗な中学生の先輩なのは客観的な事実だ。
そんなのが、いきなり教室にやって来たら小学生が大騒ぎするのも当然か。
教室に戻るついでに目が合った委員長まで(こんな友人がいるなんて志門さんは流石なのです!)みたいな表情をしているのだから相当なものだ。
なので好奇の視線を逃れるようにその場を離れる。
その足で4人して屋上に。
「あんたたちの学校って、屋上に入れるんだ?」
「普段は鍵がかかってますが」
陽子や夜空が通う学校自体は割とまともなとこらしい。
彼女にしては珍しい普通の疑問に明日香は事もなげに答えつつ、何処からともなく取り出した細い何かで鍵を開ける。
学校のセキュリティを警備会社の社長令嬢が自らヘアピン一本で突破するのは如何なものかと思うが、そもそも不審者は校門で排除する想定だ。
落下の危険のある屋上には開錠技術とかない生徒が入れなければ十分だ。
そういう判断を平然とするあたりが如何にも明日香と明日香の実家だと思う。
続く2人も、そんな眼鏡の鍵開けをワクワクした目で見ている。
とんだ不良どもだ。
数秒もたたずにドアが開く。
当然ながら、ドアを開けた向こうは人っ子ひとりいない屋上だ。
と、思ったら……
「内緒話にはもってこいだぜ」
「じゃあ、あれは何よ?」
「……壁をよじ登って来たんだろ? あんまり見るなよ。面倒だから」
隅できゅいきゅい言ってるみゃー子を睨む。
まったく面倒な時に。
だがまあ、そういう種類の奇行なのか今は積極的にこちらに絡んでくる様子はない。
なので礼儀正しく無視して、
「東京くんだりから何しに来やがった」
「安心して。許可はちゃんととったから」
「そういう問題じゃねぇ」
「じゃ、何なのよ?」
「来るのが大変だったと御気遣いされているのでは?」
「そんな事? ヘリならすぐよ」
「おまえら、この前タクシーで帰ってなかったか?」
軽口を叩く舞奈に陽キャどもも笑顔で軽口を返し、
「あたしの学校の近くでね、人さらいバスが出たのよ」
「なんだそりゃ」
再び珍しく真面目な口調で、そう言った。
「バスを使って人さらいという事?」
「そんな派手な事したら、流石に警察が動くんじゃないのか?」
明日香と舞奈は顔を見合せ、
「しかも怪異の仕業とも限らんだろう」
「何よもー! バレないようにさらってるの!」
「普通の人間がするような事じゃないですわ」
「そりゃそうなんだが。どうやってバスでこっそり誘拐すんだよ?」
言い募る陽子と夜空に舞奈は困る。
だが、そもそも制服を見ただけで大騒ぎになるような学校の生徒が誘拐されたら事はもっと大きくなると思う。
ニュースにだってなるはずだ。
首都圏の有名校と比べれば場末な当校ですら襲撃事件の翌日にはテレビ局が来た。
正直、2人が単独で動く状況にはならない気がする。
不自然な話ではある。
だが洒落や酔狂にしては手がこみすぎている。
それに2人は陽キャだが、こういう冗談は言わないと舞奈は知っている。
だから、どうしたものかと次の言葉を考えあぐねていると……
「……あ、いた」
ドアをがチャリと開けてテックが来た。
「何かわかったのか?」
「舞奈が欲しい情報かは知らないけど」
そう前置きして語り出す。
「例の団体が女性支援の名目でバスを走らせてるみたい」
「バスだと?」
「ええ。パートナーや保護者から虐待を受けてる女の子を保護する目的らしいけど」
「虐待って……バスで運ぶほどいるのか? 何処の国の話だよ」
テックの言葉に苦笑する。
バスという単語に陽子と夜空が反応する。
一方、明日香はふむと考える。
その挙動で舞奈も気づいた。
そういうケースに、ひとつだけ心当たりがある。
交際相手や親が脂虫の場合だ。
臭くて邪悪な喫煙者は隣人を害し続ける怪異だ。
だが肉体的には人間と大差ないので、子を成す事もある。
そうした子供の半生は地獄だ。
脂虫は他者に愛情を注ぐことがないからだ。
自分の子供であっても同じ。
嘲り、利用し、怒りや悪意をぶつけて苦しめる。
時に物理的にも痛めつけ、命を奪う事もある。
そういう状況から、えり子が自力で脱したと聞く。
だが他の子供たちが同じとは限らない。
守る必要があると言われれば納得はできる。
それでも……
「……その利用者のうち何人かが『消えてる』みたい」
テックは無表情のまま言葉を続け、
「正確なところは時間をとって調べないとわからないけど」
そう締める。
舞奈を見送ってから、テックはひとり調査を続けてくれていた。
感謝しかない。
その結果、奴らの正体に繋がりそうな物騒な情報を見つけた。
まあ単に隣に舞奈がいない方が調査がはかどるというだけの事かもしれないが……
……ともかく実際のところ、社会的に人を『消す』事なら【機関】もする。
怪異として排除した脂虫どもを。
逆に怪異との戦闘で命を落とした異能力者たちを。
そんな事を考える舞奈の側で、
「そっちの子のが、わかってるじゃない」
陽子がテックを見やって笑う。
「わたしたちの学校の子も何人かいなくなっているんです」
「そういう事か……」
夜空の言葉で話の繋がりに気づいて舌打ちする舞奈に、
「そして、その正体はつかめていない」
陽子の肩にかかった髪から出てきた、ピンク色のハリネズミが後を継ぐ。
「わたしたちだけでなく公安の術者たちも調べてくれているわ」
「そんな事になってたのか」
「でも調査も陽動も不自然に空振りするの。相手は占術士を擁する組織よ」
「それで、あたしに頼ろうって訳か」
合点がいった。
一連の事件が人間の顔と身分を簒奪した怪異による組織だった悪事だとしたら、表の世界が不自然に静かな理由もわかる。
国内の報道機関は怪異の巣窟らしい。
だから怪異による犯罪を意図的に報道しないことで事件を隠蔽することができる。
警察による捜査を阻害することもできる。
だから動けるのは怪異の存在を認知している者たちだけ。
学校の友人を害されたらしい陽子たち。
担当地域で好き勝手された公安たち。
両者がそれぞれ、その人さらいバスとやらを調べたのだろう。
どちらも強力な術者だ。
普通なら敵が何を企んでいようが看破できる。
だが敵が預言で危機を察せられるなら事情は違う。
預言や占術の精度にもよるが、自分たちがどうやって悪事を暴かれ、裁かれるかを予見できるならこちらの裏をかくのも用意だ。
もちろん公安にもハッカーくらいいるだろう。
だがハッキングも結果から逆算して対策されれば効果は薄い。
つまり手札も手の内も問答無用でバレるのだ。
煙に巻かれもするだろう。
そして、そういう事情なら舞奈に頼ろうとする理由もわかる。
舞奈の強みは術でもハッキングでもない。
術者でもハッカーでもないからだ。
ちょっとばかり目端が利いて力こぶが大きいだけの子供だ。
だから舞奈の調査を敵は警戒しない……できない。
ただ勘がいいだけの術も異能力も使えない子供が何となく敵の正体を見破る。
そんな預言の結果を、まともな人間なら一笑にふす。
そこは怪異でも同じだ。
奴らは人の心を持たないだけで、有利不利の判断はできる。
ある意味で、善良だが馬鹿な陽キャどもとは真逆な存在だ。
そんな奴らが逆に舞奈を過剰に警戒した場合、一般的な調査に対応するリソースが大幅に裂かれるはずだ。つけ入る隙ができる。
そうハリネズミが考えたのだろう。
混沌魔術によって生まれた落とし子は、術者には理解できない逆の資質を持つ。
一般的に陽キャの反対は常識人だ。
彼女が善良なのは、それでも善なる魔術によって形作られているからだ。
そして先ほど、舞奈は何故に自分ばかりに厄介事が集中するのかと内心で嘆いた。
だが理由は明白なのだ。
術も異能も使えぬSランク。
その存在は敵にとっても味方にとってもイレギュラーだ。
怪異にとっては手頃な獲物のように見えるのに、数多の怪異を屠ってきた最強。
だから膠着した状況を打開すべく、皆が舞奈の力を借りようとする。
舞奈がまだ知らない、だが守りたいものを守るために。
だから、
「そのバスの名前、『デスカフェ』って言うんじゃないか?」
「知らないわよ」
「さあ、そこまでは……」
舞奈の言葉に陽子と夜空は顔を見合せ、
「あんたたちも注意するのよ」
「へいへい……あっ」
上空からけたたましいローター音。
以前に乗った輸送機ほどではないものの、ジャケットや髪をはためかせる爆風。
顔をかばった腕ごしに見やると、真上にヘリコプターがホバリングしていた。
前言どおりに自家用ヘリで退散するつもりらしい。
操縦席に乗っているのは小太りなピーター・セン氏だ。
まったく、これだからブルジョワは。
「上空侵犯で撃ち落とされるなよ!」
「だから! 許可はとったって言ってるでしょ!」
「へいへい!」
ヘリに乗りこむ陽子と軽口を交わし、
「皆様方も御達者でー!」
終始にこやかな夜空に明日香とテックが手を振る返す。
そして2人を回収した自家用ヘリは、驚くほどあっけなく去っていった。
まったく来る時も帰る時も派手な奴だ。
抜けるような青空の中、遠ざかっていくヘリを見やりながら、
「ったく、好き放題にして行きやがって」
舞奈はやれやれと肩をすくめた。
だが口元にはニヤリと笑み。
表向きは女性支援団体の『Kobold』『Bone』。
女子供への支援の皮をかぶって人をさらう『デスカフェ』。
学校を襲撃した所属不明な脂虫たち。
ヤニ臭い陰謀のピースが、少しずつパズルにはまり始めていた。
あるいは舞奈が今日も毎度の非常識なトラブルに巻きこまれて疲れた朝。
そんな悲喜こもごもな平和な平日の、昼休憩。
「その……彼女は我が社の……関係者だったのよ」
「そうだったんだね」
明日香が柄にもなく言い辛そうに釈明する。
向かい合った音々は素直に相槌を打つ。
内容はもちろんヘルビーストの件だ。
地元の支部から脱走して巣黒市に赴き、その場の勢いでヤニ狩りしたヘルビーストから回収班の派遣を要請された受付嬢。
腰みの一丁の仮面女に場所を聞いても無駄なのは長いつき合いで知っている。
なので面識のある占術士2人に連絡した。
ひとりは【心眼】中川ソォナム。
もうひとりは県の支部の【トリックスター】白樫梢。
何故なら現役学生でもある占術士たちは学校だ。
その中で、この2人は特に設備もなく占術を行えるからだ。
つまり何処で死んだかわからない脂虫の位置を占える。
なお占術で得られる情報には個人差がある。
梢は面白おかしい結果を得やすい。トリックスターの面目如実だ。
なので面白い黒○ぼの人が面白い事をしながら学校に赴き、舞奈や明日香が面白おかしく困るヴィジョンを得た。
ついでにグレネードランチャーが必要になる知見も得た。
そこで本来の所属でもある県の支部を経由してニュットに伝えた。
一方、槙村音々と同じくらい常識的なソォナムは脂虫の死骸の位置を突き止めた。
チベットからの留学生でもあるソォナムは、困っている人を救いたい。
怪異の被害に困っている人も、事務の作業が行き詰っている人も。
さらにヘルビーストが舞奈や明日香のクラスメートらしい少女を巻きこんだ話は伝わっていたので、調べてみたら槙村音々の家の近くだった。
受付嬢は椰子実つばめに連絡。
つばめは霊的なネットワークに接触し、付近を根城にしている地域猫に尋ねた。
結果はビンゴ。
……という連絡を、舞奈と明日香は昼前に受けた。
なので2人はテックも交えて協議した結果、あの腰みのは明日香の家の関係者だったという体裁で可能な限り穏便にフォローしようという話しになった。
まあ今回に関しては【機関】も【安倍総合警備保障】の協力者だ。
あながち嘘ばっかりの説明でもない……と思う。
なので明日香は会社を代表し、
「関係各所には厳重な注意の上、同じ事が起こらないよう人員の管理を徹底させるわ」
野放図な他支部の執行人の尻拭いをしていた。
自分に落ち度がなくても詫びなきゃいけないのが大人だ。
その嫌な役回りは大人の世界に首をつっこんでるだけの子供も変わらない。
その一方で、クラスの別の場所ではチャビーと園香が歓談していた。
モモカも交えて楽しそうな様子だ。
漫画かファッションか色恋沙汰の話だろう。
見やるついでにチャビーと目が合う。
ツインドリルの幼女は無邪気な瞳で興味深そうにこっちを見てくる。
2人で楽しそうな内緒話をしてると思っているのだ。
小5の中でも特にお子様な幼女には、それ以外の世界なんて想像できない。
まあ、そういう世界を守りたくて今の仕事をしている訳だし、それはそれで明日香的には構わないのだが……
……そんな明日香に構わず、企業のトラブルに巻きこまれた体の槙村音々は。
「ううん、そんなのいいよ。わたしも……その、学校まで送ってもらったし、ちょっとビックリしたけど……」
はにかむような笑顔で答えながら、言葉を濁す。
楽しかった。
そう言いたいけど何となく言い出せない。
それ以上の感情はなかった。
音々は常識があって真面目だけれど、年齢相応の小学5年だ。
組織や会社の都合より自分の感情が優先される。
そんな女の子の気持ち的には、今朝の一件は詫びを入れられるような事じゃない。
と、そんな感じの音々の内心を察する術もない明日香は、
「あと勝手なお願いで本当に申し訳ないんだけど、この件は内密に……」
恐縮しながら言葉を続ける。
「わかってるよ。言いふらしたりしないから安心して」
対して音々も恐縮する。
そして少し考える。
そんな様子に、やっぱり何か条件つきかと微妙に戦々慄々な明日香に、
「明日香ちゃんは凄いな」
「えっ……?」
感慨深そうに言った。
拍子抜けした明日香は思わず首をかしげる。
「お家の会社の人の事なのに、自分の事みたいに真剣に考えてるんだ」
「えっそれはまあ……」
そこにツッコむの? みたいに明日香は逆に困惑する。
明日香も明日香で、ただ年齢不相応に有能なだけだ。
素手での核攻撃すら可能にする心の強さも、人間としての成熟度とは別物だ。
つまり了見が特に広い訳じゃない。
感情を理性で抑えないと生き残れない戦場以外の、普通の感覚がピンとこない。
そんな明日香の反応を見やって、音々は遠い目をする。
たぶん音々は母親の仕事について、そこまで親身には考えられない。
けど安部さんは……明日香は違う。
彼女の大人な態度を、音々は立派だと思った。
それは、それぞれ自分の周囲の世界の外をあまりよく知らない少女たちの、微笑ましいすれ違いであった。
その一方で……
「……それらしい情報は見当たらないわ。っていうか『デス・カフェ』って名前だけで何か調べてくれって言われても困るんだけど」
「そこをテック様の力で何とかできないものなのか?」
「無茶言わないで。何とかって、どうしろって言うのよ……?」
タブレット端末を操作するテックと舞奈が微妙にもめていた。
「どうしろって……そりゃもう……ハッキングとかして……」
「ハッキングって何処によ?」
「そりゃもう……なあ?」
「……」
「……」
「だいたい、そういう訳がわからない調査って舞奈たちのが得意な気がするんだけど」
「訳わからないっておまえ、人を何だと思ってやがる」
「奇遇ね。意見が合ったわ」
「ちぇっ」
口論に負けた舞奈は口を尖らせる。
普段から表情が乏しく口数も少ないテック。
だが語る言葉は確かな知識と常識に裏打ちされた本物だ
言い合いじゃ絶対に勝てない。
そんな2人が見やる画面に表示された検索サイトの情報窓には『デス』と『カフェ』にちなんだ見るからにどうでもいい情報が並んでいる。
こちらはヘルビーストから賜った預言の言葉について調べていた。
だが進展はなし。
朝方に舞奈たちがグレネードランチャーのついでに聞いた「『デス・カフェ』に気をつけろ」という預言の言葉。
預言したヘルビーストはキャリアの長い占術士でもあるらしい。
だが占術士からは、それ以上の情報はなかった。
預言や占術は時空の狭間から情報を召喚する術だ。
得られた人外の情報を、人が理解できるよう解釈するのも術者の腕前とされている。
だが相手は基本的なコミュニケーションすらおぼつかない腰みの仮面だ。
なので過度な期待をするのは無駄だと判断。
分析は自分達でやろうと思った。
というかテックに頼めば何とかしてくれるだろうと思った。
だが結果はこの通り。
舞奈はネットtの仕組みをよく知らない。
なので、よく知らないもの繋がりで、機械による占術的なものだと認識している。
テックが持っているのは情報を召喚する魔法の板だと。
逆にテックも舞奈や明日香の情報網に底知れないものを感じている。
あらゆる物理的な制約を無視できる魔法の目。魔法の耳。
人ならぬ者(猫とか)とすら意思疏通が可能な超技術。
さらには異形や奇跡についての知識。
それらとアクセス可能な彼女らの活動を、ネットやハッキングで調べられる程度の情報でサポートできるなら安いものだとテックは思う。
……途切れた魔法の続きを何とかしてくれと丸投げされても困るとも。
それもまた認識の違いが生んだ、不幸なボタンのかけちがいである。
そんな風に2人と2人がそれぞれ恐縮し、煮詰まっていると、
「マイちゃーん! 明日香ちゃーん! 大変なのー!」
割烹着姿の桜がけたたましく教室に駆けこんできた。
給食当番の食器を返却に行って、何か見つけてきたらしい。
「……」
「走り回る前に着替えろよ。ほこりがついたら割烹着の意味ないだろ」
テックは無言で、舞奈は面倒くさそうに桜を見やる。
正直、今は忙しい。
桜のどうでもいい遊びにつき合ってる暇は無い。
「そんな事はどうでもいいのー! とにかく大変なのー!」
「どうしたよ? また不審者か?」
舞奈は嫌そうに返事をする。
できれば適当に相手して追い払いたかったのだが、
「違うのー! マイちゃんたちに、すっごいお客さんが来てるのー!」
「あたしと明日香に? また上級生か?」
「都内の超有名なお嬢様学校の人なのー!」
「んなところに知り合いなんていないんだが……」
まくしたてられて仕方なく立ち上がる。
用事があると言うんだから会ってみない事には始まらない。
桜の様子からして、知らんぷりしても良いことは無さそうだ。
まったく【機関】の関係者も小学生もたくさんいるのに、何故に厄介事は自分たちばっかり名指しでやってくるのか。
舞奈はやれやれと肩をすくめながら桜に続く。
向こうで聞いてたらしい明日香も音々に会釈しながら舞奈に続く。
そんな2人の背中に無言で手を振りながら、テックは再びタブレットを調査する。
どうせ訳のわからないものを訳がわからないまま調べるのだが、横から舞奈にせっつかれながらするよりは落ち着いてやったほうがマシかもしれない。
それでも舞奈の行き先が少し気になって、ひそひそ声に聞き耳をたてる。
――あれ見て、あの噂の私立中学の……
――すっげぇ美人!
――制服が可愛いー!
――知り合いに会いに来たんだって!
――誰の知人かしら? いいなー
――隣のクラスの志門さんと安倍さんらしいわ!
――また志門かよ! なんでいつもアイツらばっかり……
そんな自分のクラスや周りのクラスのひそひそ話を聞きながら、
「早く早く!」
「わかってるよ。……誰だろう?」
興奮を隠せぬ様子で急かす桜に訝しみつつも大人しく続く。
廊下は妙に人が多くて軽い人だかりになっている。
そんな人ごみを、桜は自分がアイドルにでもなった気分でかき分けて進む。
舞奈も明日香も訳がわからぬまま続く。
そして廊下にいた何者かは話しこんでいた三つ編みから目を離してこっち向く。
どうやら委員長が相手していてくれたらしい賓客は、
「はろー!」
「……んだよ、おまえらか」
ブレザーの制服を着た、アホっぽい長髪の女子中学生だった。
隣にいるのは同じ制服でショートカットのちょっとアホっぽい女子中学生。
陽子と夜空だ。
実は首都圏で超有名なお嬢様学校の生徒だったらしい。
「……混沌魔術で武装した不審者じゃねえか」
ボソリとひとりごちる。
しかも陽キャの。
「ありがとね、お嬢ちゃん」
「どういたしまして! 桜なのー!」
ニコニコと労う陽子に、桜が無意味にポーズをとったりして謎の絡み方をする。
自分の存在をアピールしたいのだろう。
そんな桜を夜空はニコニコしながら見送る。
慣れているやら素なのやら、
夜空が名家の出だとは聞いている。
ブルジョワだし、通っている学校も相応のところなのだろうと勝手に解釈する。
それに、まあ、2人が黙っていれば綺麗な中学生の先輩なのは客観的な事実だ。
そんなのが、いきなり教室にやって来たら小学生が大騒ぎするのも当然か。
教室に戻るついでに目が合った委員長まで(こんな友人がいるなんて志門さんは流石なのです!)みたいな表情をしているのだから相当なものだ。
なので好奇の視線を逃れるようにその場を離れる。
その足で4人して屋上に。
「あんたたちの学校って、屋上に入れるんだ?」
「普段は鍵がかかってますが」
陽子や夜空が通う学校自体は割とまともなとこらしい。
彼女にしては珍しい普通の疑問に明日香は事もなげに答えつつ、何処からともなく取り出した細い何かで鍵を開ける。
学校のセキュリティを警備会社の社長令嬢が自らヘアピン一本で突破するのは如何なものかと思うが、そもそも不審者は校門で排除する想定だ。
落下の危険のある屋上には開錠技術とかない生徒が入れなければ十分だ。
そういう判断を平然とするあたりが如何にも明日香と明日香の実家だと思う。
続く2人も、そんな眼鏡の鍵開けをワクワクした目で見ている。
とんだ不良どもだ。
数秒もたたずにドアが開く。
当然ながら、ドアを開けた向こうは人っ子ひとりいない屋上だ。
と、思ったら……
「内緒話にはもってこいだぜ」
「じゃあ、あれは何よ?」
「……壁をよじ登って来たんだろ? あんまり見るなよ。面倒だから」
隅できゅいきゅい言ってるみゃー子を睨む。
まったく面倒な時に。
だがまあ、そういう種類の奇行なのか今は積極的にこちらに絡んでくる様子はない。
なので礼儀正しく無視して、
「東京くんだりから何しに来やがった」
「安心して。許可はちゃんととったから」
「そういう問題じゃねぇ」
「じゃ、何なのよ?」
「来るのが大変だったと御気遣いされているのでは?」
「そんな事? ヘリならすぐよ」
「おまえら、この前タクシーで帰ってなかったか?」
軽口を叩く舞奈に陽キャどもも笑顔で軽口を返し、
「あたしの学校の近くでね、人さらいバスが出たのよ」
「なんだそりゃ」
再び珍しく真面目な口調で、そう言った。
「バスを使って人さらいという事?」
「そんな派手な事したら、流石に警察が動くんじゃないのか?」
明日香と舞奈は顔を見合せ、
「しかも怪異の仕業とも限らんだろう」
「何よもー! バレないようにさらってるの!」
「普通の人間がするような事じゃないですわ」
「そりゃそうなんだが。どうやってバスでこっそり誘拐すんだよ?」
言い募る陽子と夜空に舞奈は困る。
だが、そもそも制服を見ただけで大騒ぎになるような学校の生徒が誘拐されたら事はもっと大きくなると思う。
ニュースにだってなるはずだ。
首都圏の有名校と比べれば場末な当校ですら襲撃事件の翌日にはテレビ局が来た。
正直、2人が単独で動く状況にはならない気がする。
不自然な話ではある。
だが洒落や酔狂にしては手がこみすぎている。
それに2人は陽キャだが、こういう冗談は言わないと舞奈は知っている。
だから、どうしたものかと次の言葉を考えあぐねていると……
「……あ、いた」
ドアをがチャリと開けてテックが来た。
「何かわかったのか?」
「舞奈が欲しい情報かは知らないけど」
そう前置きして語り出す。
「例の団体が女性支援の名目でバスを走らせてるみたい」
「バスだと?」
「ええ。パートナーや保護者から虐待を受けてる女の子を保護する目的らしいけど」
「虐待って……バスで運ぶほどいるのか? 何処の国の話だよ」
テックの言葉に苦笑する。
バスという単語に陽子と夜空が反応する。
一方、明日香はふむと考える。
その挙動で舞奈も気づいた。
そういうケースに、ひとつだけ心当たりがある。
交際相手や親が脂虫の場合だ。
臭くて邪悪な喫煙者は隣人を害し続ける怪異だ。
だが肉体的には人間と大差ないので、子を成す事もある。
そうした子供の半生は地獄だ。
脂虫は他者に愛情を注ぐことがないからだ。
自分の子供であっても同じ。
嘲り、利用し、怒りや悪意をぶつけて苦しめる。
時に物理的にも痛めつけ、命を奪う事もある。
そういう状況から、えり子が自力で脱したと聞く。
だが他の子供たちが同じとは限らない。
守る必要があると言われれば納得はできる。
それでも……
「……その利用者のうち何人かが『消えてる』みたい」
テックは無表情のまま言葉を続け、
「正確なところは時間をとって調べないとわからないけど」
そう締める。
舞奈を見送ってから、テックはひとり調査を続けてくれていた。
感謝しかない。
その結果、奴らの正体に繋がりそうな物騒な情報を見つけた。
まあ単に隣に舞奈がいない方が調査がはかどるというだけの事かもしれないが……
……ともかく実際のところ、社会的に人を『消す』事なら【機関】もする。
怪異として排除した脂虫どもを。
逆に怪異との戦闘で命を落とした異能力者たちを。
そんな事を考える舞奈の側で、
「そっちの子のが、わかってるじゃない」
陽子がテックを見やって笑う。
「わたしたちの学校の子も何人かいなくなっているんです」
「そういう事か……」
夜空の言葉で話の繋がりに気づいて舌打ちする舞奈に、
「そして、その正体はつかめていない」
陽子の肩にかかった髪から出てきた、ピンク色のハリネズミが後を継ぐ。
「わたしたちだけでなく公安の術者たちも調べてくれているわ」
「そんな事になってたのか」
「でも調査も陽動も不自然に空振りするの。相手は占術士を擁する組織よ」
「それで、あたしに頼ろうって訳か」
合点がいった。
一連の事件が人間の顔と身分を簒奪した怪異による組織だった悪事だとしたら、表の世界が不自然に静かな理由もわかる。
国内の報道機関は怪異の巣窟らしい。
だから怪異による犯罪を意図的に報道しないことで事件を隠蔽することができる。
警察による捜査を阻害することもできる。
だから動けるのは怪異の存在を認知している者たちだけ。
学校の友人を害されたらしい陽子たち。
担当地域で好き勝手された公安たち。
両者がそれぞれ、その人さらいバスとやらを調べたのだろう。
どちらも強力な術者だ。
普通なら敵が何を企んでいようが看破できる。
だが敵が預言で危機を察せられるなら事情は違う。
預言や占術の精度にもよるが、自分たちがどうやって悪事を暴かれ、裁かれるかを予見できるならこちらの裏をかくのも用意だ。
もちろん公安にもハッカーくらいいるだろう。
だがハッキングも結果から逆算して対策されれば効果は薄い。
つまり手札も手の内も問答無用でバレるのだ。
煙に巻かれもするだろう。
そして、そういう事情なら舞奈に頼ろうとする理由もわかる。
舞奈の強みは術でもハッキングでもない。
術者でもハッカーでもないからだ。
ちょっとばかり目端が利いて力こぶが大きいだけの子供だ。
だから舞奈の調査を敵は警戒しない……できない。
ただ勘がいいだけの術も異能力も使えない子供が何となく敵の正体を見破る。
そんな預言の結果を、まともな人間なら一笑にふす。
そこは怪異でも同じだ。
奴らは人の心を持たないだけで、有利不利の判断はできる。
ある意味で、善良だが馬鹿な陽キャどもとは真逆な存在だ。
そんな奴らが逆に舞奈を過剰に警戒した場合、一般的な調査に対応するリソースが大幅に裂かれるはずだ。つけ入る隙ができる。
そうハリネズミが考えたのだろう。
混沌魔術によって生まれた落とし子は、術者には理解できない逆の資質を持つ。
一般的に陽キャの反対は常識人だ。
彼女が善良なのは、それでも善なる魔術によって形作られているからだ。
そして先ほど、舞奈は何故に自分ばかりに厄介事が集中するのかと内心で嘆いた。
だが理由は明白なのだ。
術も異能も使えぬSランク。
その存在は敵にとっても味方にとってもイレギュラーだ。
怪異にとっては手頃な獲物のように見えるのに、数多の怪異を屠ってきた最強。
だから膠着した状況を打開すべく、皆が舞奈の力を借りようとする。
舞奈がまだ知らない、だが守りたいものを守るために。
だから、
「そのバスの名前、『デスカフェ』って言うんじゃないか?」
「知らないわよ」
「さあ、そこまでは……」
舞奈の言葉に陽子と夜空は顔を見合せ、
「あんたたちも注意するのよ」
「へいへい……あっ」
上空からけたたましいローター音。
以前に乗った輸送機ほどではないものの、ジャケットや髪をはためかせる爆風。
顔をかばった腕ごしに見やると、真上にヘリコプターがホバリングしていた。
前言どおりに自家用ヘリで退散するつもりらしい。
操縦席に乗っているのは小太りなピーター・セン氏だ。
まったく、これだからブルジョワは。
「上空侵犯で撃ち落とされるなよ!」
「だから! 許可はとったって言ってるでしょ!」
「へいへい!」
ヘリに乗りこむ陽子と軽口を交わし、
「皆様方も御達者でー!」
終始にこやかな夜空に明日香とテックが手を振る返す。
そして2人を回収した自家用ヘリは、驚くほどあっけなく去っていった。
まったく来る時も帰る時も派手な奴だ。
抜けるような青空の中、遠ざかっていくヘリを見やりながら、
「ったく、好き放題にして行きやがって」
舞奈はやれやれと肩をすくめた。
だが口元にはニヤリと笑み。
表向きは女性支援団体の『Kobold』『Bone』。
女子供への支援の皮をかぶって人をさらう『デスカフェ』。
学校を襲撃した所属不明な脂虫たち。
ヤニ臭い陰謀のピースが、少しずつパズルにはまり始めていた。
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