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第20章 恐怖する騎士団

ヤツが来た

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「それじゃあ行ってくるね! ママ!」
「行ってらっしゃい! バス停まで気をつけて行くのよ」
「もぅっ、そんな心配しなくても大丈夫だってば!」
 槙村音々は母親に挨拶しながら元気に家を出る。
 目指す先は数日前から運行しているスクールバスのバス停だ。
 先日に不審者騒ぎがあってから、学校側が手配してくれたらしい。

「まったく、お母さんったら」
 口を尖らせつつも、口元にやわらかい笑みを浮かべる。
 出がけに走ったので少しずれた眼鏡の位置を直す。

 音々と母親の仲は悪くはない。
 母は美人でスタイルも良いし、何より娘である自分を気にかけてくれている。
 大人として、女性として尊敬もしている。
 まあ少し心配性気味なきらいもあるが。

 それでも母親の事を包み隠さず他人に話せるかと言うと、話は別だ。
 正直なところ音々が品行方正に振る舞う理由に、母親の仕事への負い目がないと言えば嘘になる。せめて自分は真面目で目立たず常識的でありたいと思っている。

 音々は母と二人暮らしだ。
 父親は音々が幼い頃に家を出ていったらしい。
 それから母は女手ひとつで音々を育ててくれた。

 そんな母の仕事は不定期だ。
 業界では相当に人気があって引く手あまたらしいのだが、撮影も打ち合わせもない時は家で1日中のんびりしていたりもする。
 だが最近は仕事が上手くいっていないらしい。
 何かトラブルがあった訳じゃなく、法改正(?)のせいらしい。
 それについて母は娘の前で愚痴をこぼすことはないのだが、元気がないのは音々にもわかる。音々が他人に話したくない仕事に、だが母は誇りと愛着を持っていた。

 親が普通の仕事をしているクラスメートが羨ましくないと言っても嘘になる。
 たとえばモモカこと花園桃花の家は花屋だ。
 物静かな真神園香の父は商社に勤めていると聞いている。
 仕事の伝手で知り合ったという他国の王族(!)が以前に学校訪問に来ていた。
 おさげで眼鏡のクラス委員、梨崎紗羅の父は運輸会社の社長だ。
 同じく眼鏡の安倍明日香の親も社長らしい。
 彼女もあまり家の話はしないので詳細はわからないが。

 そして志門舞奈。
 彼女の家庭の事情も良く知らないが、とにかく顔が広い子だ。
 つい先日も高等部のアイドル桂木楓と親しそうに話していた。
 あまつさえ楓は自分たちを家までタクシーで送ってくれた。
 騒がしいクラスメートの郷田桜と4人でかしましく喋りながら帰宅した。
 そんな日常の中のちょっとした非日常に想いを巡らせて微笑みつつ……

「……!?」
 いきなり何かに引っ張られた。
 そう思った次の瞬間、音々は狭い路地を転がった。

 鈍い痛みと困惑の中で、路地裏に引きずりこまれたと気づく。
 無我夢中で起き上がろうと顔を上げる。

 目の前に男がいた。
 薄汚い野球のユニフォームを着こんだ、くわえ煙草の団塊男。
 いつか学校に入りこんできた不審者たちと同じ格好だ。
 不審者の口元に嗜虐的な笑みが浮かぶ。

 音々は路地にへたり込んだまま後ずさる。
 だが背後を塀に阻まれて恐怖に顔を歪める。

 目の前の悪臭を放つ団塊男が、これから何をするかはよく知っている。
 主に母親の仕事のせいで。

 ……そして自分がどうなるかも。

 母親は自分の仕事に愛着を持っている。
 だが自分は違う。
 というか母も仕事でもないのにこんな目に遭うのは嫌だろう。

 それでも音々にはどうすることもできない。
 逃げたいけれど、足がすくんで動かない。
 自分が安倍明日香や志門舞奈みたいに強かったらよかったのにと思う。
 彼女らは先日の騒ぎで不審者を倒した(!)。
 だが自分は違う。
 だから、せめて臭くて醜い団塊男がのばした手を見ないよう目をつむる。途端――

 ――音。何かが何かに突き刺さるような。

 そのまま、しばし目を閉じたまま震えていたが何も起きない。
 音々はゆっくり顔を上げる。

 目の前には先ほどの男。
 だが動かない。
 男の腹から何かが飛び出ている。
 下腹部ではない。
 母の仕事のせいで、男のそのあたりの構造は熟知している。
 そもそも男はズボンを穿いたままだ。

 尖ったナイフの刃先のような何かが、薄汚いユニフォームの腹から生えていた。

 それが音々が呆然と見やる前で、男の腹から引き抜かれる。
 男は腹にぽっかり開いた穴からヤニ色の飛沫を吹き出しながら崩れ落ちる。
 打ち捨てられた人形のように何の抵抗もなく路地を這う。
 それが特殊効果や演技なのか、本当に……なのかは音々には判断できない。
 別に音々は(舞奈や明日香と違い)そういう方面の人体知識が豊富な訳じゃない。

 そんな男を挟んだ音々の向かい側で、ゆっくり槍を引いたのは、

「無事カ?」
「えっ?」
 腰みの一丁の女だった。

 何かの見まちがいだと思って思わず目をつむる。
 そして再び目を開くと、

「えっ……?」
 腰みの一丁の女がいた。
 まばたきしても変わらない。

 浅黒い肌をした、背の高い女だ。
 手には槍を手にしている。
 顔には巨大な仮面をかぶっている。
 顔を模した不思議な文様が描かれた、何処かの部族の盾みたいな楕円形の仮面だ。
 仮面をかぶっているのに女だとわかったのは身体のラインからという理由もある。
 だが、何より……

「……!?」
 音々は声もなく驚く。

 胸が、丸出しなのだ。
 重厚な黒檀のように浅黒い、だがグラビアも顔負けなほど形の良い2つの乳房。
 それらが恥ずかしげもなくあらわになっている。

 普通の子供なら、そういう人なんだなあと思うだけだろう。
 だが音々は、このサイズの乳房で普段からブラジャーを着けていないと垂れてしまう事を知っている。乳房の自重でクーパー靭帯が切れてしまうのだ。
 だから母親は気を使っていたし、音々も気をつけるよう言われていた。
 ブラジャーのサイズがバストに合っていないと他にも様々な問題が起きる。

 だが逆に音々は怪異や魔法について知らない。
 呪術師ウォーロックの一派であるシャーマンの存在も。
 シャーマニズムにおける身体強化の付与魔法エンチャントメント獅子の腕シンバ・ンコノ】を恒常的に使用できる技量の凄まじさについても、そうすることによる筋肉や靭帯への影響も。

 だから音々は、彼女は普段はブラを着けているのだと思った。
 そして今しがた服を脱いだのだと。

 以上の理由から、こう判断した。

 ……そういうAVの撮影だと。

 シチュエーションも配役も何もかもがアウトすぎて、こう……新法うんぬん以前に普通に考えて発禁待ったなしだとは小学生の音々でも思う。
 だが母親の仕事は常に新しいものを模索している。
 そんな事をぐるぐると考えていた音々は……

「……日本語、ワカラナイ?」
「えっ? あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます……?」
 トップレスの片言の人に日本語の会話を心配されて、あわてて答える。

 いや片言もキャラづけなのだろう。
 そう考えた。
 そのように理屈づければ合点がいく。
 というか、他に納得できる理由を思いつかない。

「ダイジョウブ、カー。ヨカッタ」
「あ、はい」
「オマエ、サィモン・マイナー、カ?」
「えっ? あ、いえ、違います」
(サィモン……志門さん?)
 浅黒い仮面の女の出し抜けな問いに、とっさに答えながらも訝しむ。
 志門舞奈に女友達が多いのは公然の事実だが、こういうのもアリなのだろうか?

「ジャア、アンジェ、カ?」
「い、いえ……」
(アンジェって誰!?)
 次に出て来た知らない名前に困惑し、

「アンジェ、ジャナイ」
(えっ? 違うんだ?)
 取り消されて戸惑う。
 何とも自由なキャラづけである。

「アベ・アスカ、カ?」
「違いますが……」
(安倍さんの事? あの2人の知り合いなの?)
 言い直された知った名前に再び訝しみ、

「……ソレモソウカ」
(えぇ……? なんで納得したんだろう……?)
 反応に困る。

 安倍明日香の親も社長だと聞いている。
 でも何をしている会社の社長なのだろう?
 そう音々は思った。
 何故なら普通の女子小学生が、民間警備会社PMSCなんて職種にピンとくる訳がない。

 それでも自分は目の前の女の人が探しているらしい名前を知っている。
 だから、なけなしの常識にすがるように、

「あ、あの……志門さんと安倍さんのいる場所はわかります」
 申し出る。
 それが常識的で善良な振舞いだからだ。

「ソウカ! ドッチダ?」
「ええっと、今から学校だから……」
「……イブリガッコ?」
「こっち、だ」
 言って歩きだそうとする。
 口で説明しても無駄だと思ったからだ。
 学校まで案内したほうが早いだろう。
 それをして良いのかどうかは知らないが。

 だが、すぐに、色々な問題に気づいて立ち止まる。
 音々が動かない男優(?)を見やる視線に気づいたか、

「ソウダッタ」
(えっ今どこから?)
 女は携帯を取り出す。
 仮面の裏側から出てきたようにも、胸の谷間から出てきたようにも見えた。

「モシモシ。ヘルビースト、ダ」
(もしもしって言うんだ!?)
『ヘルビーストさん~~? 何処にいるんですかぁ~? 先方から連絡があって、みんなで探してたんですよぉ~~』
 携帯から女の声が溢れ出す。

 少し間延びした可愛らしい声だ。
 男性が聞けば100人中100人は好きになる声色だと思う。
 だが正直、絶妙に作られた声色だと音々は気づいた。
 要はクラスメートのモモカのぶりっ子が極まった感じだ。
 母の同業者の多くがそうしているから判別できる。

「脂虫、イッコ消シタ」
『あっはぁ~い。すぐに清掃班を回しますねぇ~。場所はぁ……あ、いいですソーちゃんか梢ちゃんに占ってもらいますから』
(あ。最後ちょっとキャラ崩れた)
 続く会話を聞きつつ音々は苦笑する。

 占ってってもらうと聞いた気がした。
 それも何らかのキャラづけだろうか?
 何のために!?

「サィモン・マイナー、二、アッタ」
『舞奈ちゃんにぃ~? じゃあ代わってもらってもぉ……』
「サィモン・マイナー、ジャナイ」
『えっ?』
(その言い方だと相手の人がわからないんじゃ……?)
「アベ・アスカ、デモナイ」
『ええ~っ、まさか一般の人に見られたんですかぁ~~?』
(わかるんだ!?)
「ダイジョウブ。無事ダ」
『?? とにかくぅ~すぐに戻ってくださいねぇ~? 巣黒すぐろ支部にで構いませんからぁ~~!』
「ワカッタ」
 そう会話を終えて女は電話を切る。
 そして次の瞬間、それを再び何処へとも知らぬ場所へ仕舞う。

「問題ナカッタ」
(今の、問題ないんだ……?)
 常識の真逆にいるような女の言動に困惑し、

「行コウ」
「え。何処に……?」
(わたし、この人が呼ばれた場所なんて知らないし……)
 割と本気で困る音々に、

「サィモン・マイナー、アベ・アスカ、ノトコロ。……学校?」
(えっ!? 今の電話の話、理解してない!?)
 女は背を向けて表通りに出ようとする。

 音々はあわてる。
 電話の相手を完全スルーなのもそうだが、そっちには通行人がいる!
 この容姿の人が出て行ったら常識的とも穏やかとも真逆な事態になる!

「ダイジョウブ。見エナイ」
「いえ見えてますが……」
 おっぱいが。
 ボソボソとツッコんだ途端、女の姿が『消えた』。

「ええっ?」
 音々は仰天する。

 シャーマニズムのひとつ【蜃気楼の狐サラビ・ンブウィハ】。
 光学迷彩による隠形術は、流派を問わず初歩の術だ。

 だが、そんなことは音々にわかる訳がない。
 普通の小学生は(舞奈と違って)目では見えないものに対処する事もない。
 だからまばたきしたり、手の甲でこすったりしても周囲には誰もいない。
 どこか行っちゃったのかな?
 それなら学校に急がないと遅刻しちゃう……と思った途端、

「ダイジョウブ。ココニイル」
「ひっ!?」
 いきなり目の前の何もない空間に仮面があらわれた。
 心臓が止まるかと思った。

 トリック?
 何かのドッキリ?
 特殊効果?
 困惑する音々にお構いなく、

「行コウ」
 仮面は再び消えた。

「……行きましょうか」
 音々は理解を諦めて歩き出す。

 まあ事情はどうであれ、彼女は音々の恩人だ……と思う。
 そんな彼女は志門さんや安倍さんに用があるらしい。
 自分も学校に向かってるし、目的地は同じだ。

 そういう訳で、音々は馴れた通学路をひとり歩く。
 不審者に襲われている間にスクールバスが行ってしまったからだ。

 だが正確にはひとりじゃない。
 側には姿が見えない腰みのの女がいる。
 冷静になって存在を意識すると、気配や息遣いでなんとなくわかる。
 名前は……たしか電話の相手はヘルビーストさんと言っていたか。

 昔に漫画で読んだ、槍の妖怪に取り憑かれた主人公みたいだと思った。
 まあ今は槍を持ってるのもヘルビーストさんだが。
 そんな事を考えつつ……

「……あっ」
 ふと気づいた。
 自分以外の生徒が歩いていない。
 普通ならバス通学を希望しない生徒を見かけるはずなのに。

 迂闊だった。
 いろいろしている間に大幅に時間をくってしまったのだ。
 このままでは遅刻だ。
 遅刻は非常識だし、目立つので嫌だ。だから、

「あの……走っても良いですか? 時間がないので」
「急グノカ?」
「あっはい」
「ソウカ」
 問いかけた途端に、ヘルビーストは姿をあらわす。
 ひょいと音々を抱えあげ、

「ドッチダ?」
「ええっと、まっすぐ行って、曲がり角を左に……わあっ!?」
 音々が言った途端に走り出した。

 猛スピードで!

「…………!」
 一瞬、息ができなくなった。
 子供を抱えて走るにしては速い。
 というより人じゃないレベルで速い。
 車に乗った……というか車になった気分だ。

 先を走っていたマウンテンバイクを後ろから追い抜く。
 というか、車道を走っている車を普通に追い越している。

 何故ならヘルビーストは【ハイエナの脚フィシ・ミグー】を行使していた。
 シャーマニズムによる高速化の術だ。
 だが、そんな技術的な下地を音々は知る由もなく、

「わっ! え、えっと、そこインド人のお店のところを右に……」
 必死で頭を働かせて道順を指示する。
 レースゲームは早すぎて苦手なのに!

 音々の心の悲鳴に答えるようにヘルビーストは立ち止まり、

「ムズカシイ。マッスグ行コウ」
「えっ? でも家があるから……」
「ダイジョウブ」
 そう言って今度は……飛び上がった!

 こちらもシャーマニズムのひとつ【鳶の翼ンウィウィ・ンバワ】。
 掛け値なしに高位の術だ。
 だが音々には奇跡の貴賤なんてわからない。
 さっきから信じられないような非常識な出来事の連続だ。

「……!」
 あまりの事に叫ぶ事すら出来ない。
 歩き慣れたはずの周囲を航空写真みたいに上から俯瞰する視点にたまげながら、

「ドッチダ?」
「あ、あっちです」
 校舎と校庭が見えた方向をどうにか見つけて指差す。

「アレカ!」
 ヘルビーストは飛んでいった。
 一瞬だった。

 ……そして2人は姿を消したまま丁度いい茂みの陰に降り立ち、顔を出す。

 皆は登校の真っ最中だ。
 音々は間に合ったらしい。
 というか、むしろ普段よりかなり早い。
 途中から信じられないようなショートカットをしたせいだ。

「おはようございます」
「はい、おはようございます」
「オハヨウ、モール」
 壁みたいに大きな警備員さんに挨拶しながら校門をくぐる。
 見やると警備員室の壁を小室さん(みゃー子)が垂直に這っていた。
 それはそれで非常識だが、こちらは毎度の事なので慣れている。

 音々も信じられないような体験をした。
 最初に襲われた時は怖かったけど、槍を持った浅黒い女の人との通学は不思議で刺激的で……楽しかった。音々は束の間、非日常を楽しんでいた。
 だから、

「あ、あの……」
 ありがとうございます、と隣で姿を消していたヘルビーストに言いかけた途端、

「サィモン・マイナー!」
「あ、いえ、あの子は小室さんで、志門さんじゃないです」
 ヘルビーストは走っていった。
 音々の制止も聞いていない。

 気づくとみゃー子の隣に姿をあらわして、2人で仲良く壁を這い回っていた。
 まあ本人は満足しているようなので……

「……し、失礼します」
 音々はペコリと一礼してから生徒の波に乗って歩き出した。

 ……そんな心温まる、ささやかな出来事があったのと同じ頃。

「――そんなヤバい奴がいたのか」
「いえ、気はいい人なんですよ」
「そりゃ奈良坂さんの周りの人間関係はいつも良好だぜ」
 小さなツインテールの小学生と、ぽやぽやとした眼鏡の女子高生が並んで歩く。
 志門舞奈と奈良坂だ。
 2人は並んで登校していた。

 奈良坂は【機関】の寮に住んでいる。
 そこには相当人数の執行人エージェントも住んでいる。
 あえて地元の支部じゃない最前線に送りこまれた猛者や術者だ。
 その中には、もうひとりのSランクこと椰子実つばめもいるらしい。

 もちろん学校側からは安全のため集団登校が推奨されている。
 だが(主につばめのせいで)旅団単位の戦力を一度に動かしても仕方ない。
 なので、あえて少数で時間をずらして登下校しているらしい。
 他の生徒の安全を考えての方策だ。
 異能力者たちはBランク以上を含む少人数のグループで。
 奈良坂は術者なのでひとりでだ。

 そんなところに舞奈と出くわしたのだ。
 舞奈は舞奈で、ちょっと泥人間の数が多くて旧市街地入りが遅れたら、明日香が園香やチャビーを連れて先に行っていた。まったく友達甲斐がない事この上ない。

 そんな2人が話していたのは、かつて支部にいたと言う執行人エージェントの話だ。

 ベリアルと同期の非常に強力なシャーマンらしい。
 シャーマニズムを極めグレートスピリットと半ば一体化し、魔法戦闘のみならず預言をもこなす文武両道の実力者だという(奈良坂の)話だ。
 だが彼女は仮面の他は腰みの一丁で、意思疏通も困難だと言う。
 聞いただけでヤバイ奴だ、
 だから普段は支部の建物内に軟禁状態か、外出時には見張りがつくという。
 その役目も主にベリアルだったらしい。

 要するにみゃー子みたいなものだろうか?
 そんなのとタッグを組まされるベリアルもいい面の皮だと思う。
 それを呑気に、気の良い人と称する奈良坂の感覚も大概だと思う。
 そんな事を考えながら学校に到着する。

「おはようございます舞奈様、奈良坂さんも」
「おはようございます」
「おはようさんっす」
「あ、どうも。おはようございます」
「ちーっす。3人とも一緒なんて珍しいなあ」
 校門で巨女のモールに金髪のクレア、面白黒人のベティに挨拶し……

「……おい」
 校門横の警備員室を見やって口をへの字に曲げる。

 みゃー子が壁を垂直に這い回っていたからだ。
 まったく。
 先日はテレビ局のカメラ小僧どもが朝から周囲をうろうろしていた。
 余計な面倒スクープの種は摘んでおくべきだと思うのだが。

「見てたんなら止めてくれよ……」
 やれやれと苦笑しながら警備員の3人を見やり、

「……特におまえ! らしくもねぇ」
 横で見ていた明日香にツッコむ。

 薄情にも舞奈を置いて先に登校していた彼女は、こんな所で油を売っていたらしい。
 園香やチャビーはいない。
 先に教室に行ったのだろう。
 だから奈良坂ともども、明日香が無言で見やる視線を追って――

「――久シブリ【鹿】。元気ダッタカ?」
「あっどうも」
「…………!?」
 呑気に挨拶を返す奈良坂の隣で、舞奈も柄にもなく驚愕した。

 みゃー子と一緒に、腰みの一丁の仮面の女が壁を這い回っていた。
 そいつが奈良坂を見つけて挨拶してきたのだ。
 彼女の言う【鹿】と言うのは【機関】での奈良坂のコードネームだ。

「お久しぶりです。でも学校でその名前で呼ばれると困っちゃいます」
「ソウカ。久シブリ……メガネ!」
「はい」
(奈良坂さんはそれで良いのか)
 腰みのと奈良坂の会話を聞いていた舞奈は、

「彼女、巣黒支部うちに元いた執行人エージェントよ。今は群馬支部のヘルビースト」
「……らしいな」
 小声で話しかけてきた明日香の言葉に肩をすくめてみせる。

「サィモン・マイナー、アベ・アスカ。会エテヨカッタ」
「あ、ああ。初めまして」
 ヘルビーストは今度はこっちに顔(というか巨大な仮面)を向けてきた。
 舞奈は動揺しながらも可能な限り何食わぬ口調で挨拶を返す。

 聞いていた以上にいろいろアウトな感じだ。
 だがまあ、噂と見た目に反して礼儀正しいみたいなのが不幸中の幸いだ。

 とりあえず登校中の他の生徒の目を考慮して警備員室に入る。
 みゃー子は放置だ。
 そんな中でヘルビーストは、
 
「MGL、カエシテ」
 出し抜けに舞奈にそう言った。

「?」
「禍川、ニ、オイテアッタノ」
「ああ……」
 続く言葉で思い出す。

 ミルコー MGL。
 壊滅した禍川支部で見つけた連装型グレネードランチャーだ。

 舞奈はそれを完全体になった殴山一子との戦闘で使った。
 だが回収はしていない。
 それどころじゃなかったのだ。

「すまん。失くした」
「エエ……」
 答えた途端にうなだれる。
 こんなナリなのに意外に度量が小さい女なのかと訝しむ舞奈に、

「カッコヨク名前ヲ書イテモラッタノニ……」
「あれ、あんたの名前だったのか……」
 女はボソリと言い募る。

 まあ思い起こせば、MGLのレンコン型のシリンダー部分に何か書いてあった。
 赤いペンキで雑に『HELLBEAST』と。

 ひょっとして彼女もベリアル同様、禍川支部にいた時期があるのだろうか?
 そして今は亡き【禍川総会】のヤンキーたちを知っていたのだろうか?
 あのグレネードランチャーミルコー MGLも友人たちとの思い出の品だったりするのだろうか?
 そういう事情なら申し訳ない事をしたと思う。

 だが無いものは無いし、どうしたものかと考える舞奈の背後から――

「――それなら御心配なく。あれ書いたのわたしですから」
「姉さんがルーシア王女から依頼されて書いてたらしいんだ」
 ガチャリと警備員室のドアを開け、楓と紅葉がやってきた。

「県の支部から急きょ要請されて持ってきたのだが……」
 糸目のニュットもいる。
 手にしているのは巨大なリボルバー付きの連装型グレネードランチャーミルコー MGL
 もちろん例のものとは違う新品だ。
 何処かから調達してきたらしい。そして、

「こうやって……」
 楓は手にしたスプレー缶で、

「こう」
 MGLのシリンダーにプシューっとスプレーする。
 途端、あの時に見た『HELLBEAST』のペイントが浮かびあがる。

「カッコヨクナッタ」
「それは何より」
 ヘルビーストは満足したらしい。
 グレネードランチャーMGLを手にしたまま大きな仮面の下で、たぶん笑った。
 そして仮面の裏に(おそらく【猿の手キマ・ンコノ】の呪術によって)仕舞いつつ、

「ソウソウ。サィモン・マイナー、アベ・アスカ。モウヒトツ話ガアル」
「何だよ?」
 朝から疲れた舞奈と明日香に仮面を向けた。

 ……と、まあ、そのように朝から余計な用事を済ませた2人は教室へ。

「――にしても、うちのクラスの女子に案内させたって正気かよ」
「出来る限りフォローするしかないわね」
「余計なトラブルの種になる気しかしないんだがな」
「それにしても、誰かしら?」
「男子じゃないって覚えててくれただけでも重畳だ。半分に絞れる! やれやれだ」
「……西園寺さんだったりしないかしらね」
「だと良いんだけどな」
 その様に後始末を押しつけられてぶーたれながらドアを開けた2人を、

「あっ安倍さんとマイだ! マイおはよー」
「マイちゃん、置いてきぼりにしちゃってごめんね」
「良いってことさ」
 先に来ていたチャビーと園香が出迎えた。
 舞奈は素知らぬ表情で挨拶を返し、

「おっ音々じゃないか。昨日はお疲れさん」
「おはよう、槙村さん」」
「あ、おはよう志門さん、安倍さん」
 2人と歓談していたらしい音々にも挨拶する。

 少し離れた場所で麗華様が男子どもを相手に大騒ぎしていた。
 朝から野良ビーバーの群に会ったらしい。
 昨晩の動物番組の影響だろう。
 つまりビーバーより与太映えしそうな腰みのと会ったのは麗華様じゃない。残念。

「……志門さんたち、いつも大変だね」
「そういうこと言ってくれるの、おまえだけだよ」
 謎の労わりを見せる音々に軽く返す。
 音々の何故か訳知り顔な様子も特に気にしない。
 何故なら舞奈たちには、腰みのの尻拭い以外にも差し迫った用事ができていた。

「ちーっす、テック」
「おはよう」
 自席に鞄を置く間も惜しんで、

「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なに? ビーバーなら昨日のテレビを観て思いついたんだと思うけど」
「そいつなら、あたしも観たよ。5匹の親子連れってところまで同じだぜ」
「そう」
「まあ、そいつは良いとして……」
 軽口に軽口を返し、

「……『デス・カフェ』って何かわかるか?」
 問いかける。
 それが差し迫った用事の正体だ。

 ヘルビーストがMGLのついでみたいに言った、来訪の本当の理由。
 彼女がグレートスピリットから受け取った大いなる啓示。
 つまり預言だ。

「『デス・カフェ』に気をつけろ。そう預言されたのよ」
 舞奈の言葉を明日香が継ぐ。

 魔法戦闘のみならず預言をもこなす文武両道のシャーマンの預言。
 はた迷惑な来訪者がもたらしたそれが、テックが調べてくれた胡散臭い団体『Kobold』『Bone』と同様に戒厳令下の状況を打開する鍵になる。
 2人はそう考えていた。
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