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第20章 恐怖する騎士団

常識的な彼女

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「……つまりバスもおまえの差し金だって訳か」
「わたしのっていうか、家のね」
「明日香ちゃんの会社のバスなんだね」
「安倍さんすごーい!」
 大通りを歩きながら話す舞奈と明日香、園香の隣でチャビーが感激する。
 側の小洒落たブロック塀の上で、野良のシャム猫が上品に座って欠伸する。
 一見だけすれば天気も良い平和な朝だ。

「昨日の帰りにちらっと見たけど、確かにそんな感じのバスだったわね」
「でも、あれなら人数が集まっても襲いたくならないわ」
「ふふっ言えてるかも」
 4人の後ろには仲睦まじい小夜子とサチが続く。
 サチの軽口に、珍しく小夜子がおかしそうに笑う。

 昨日の帰りのホームルームで、臨時のバス通学が連絡された。
 有事にともなう登下校時の生徒の安全確保のためだ。
 あわせてバス通学を希望しない者も集団登下校を推奨された。

 なので今朝は注意を守った大人数での登校だ。
 バスを使わないのは家が近いという理由もある。
 だが舞奈や明日香たちがいるからという理由も大きい。
 何せ最強Sランクに魔術師ウィザード1名、呪術師ウォーロック師2名による鉄壁の守りの布陣だ。
 正直、バスより強い。
 そんな事を考えて不敵に笑った途端、

「おっ明日香ん家のバスだ」
 車道をブルーグレーのバスが通った。
 広告も見映えのする装飾もない。
 ゴシック体で会社名だけが書かれた、どう見ても本来は民間用じゃないデザイン。
 小夜子いわく「そんな感じ」な物々しいバスだ。
 だが外観のキナ臭さとは裏腹に、乗客は無邪気な初等部低学年の子供たちから上は高校生までかしましい学生たち。
 先日から生徒を送り迎えしてる警備会社のバスだ。

「委員長がいたね」
 窓から手を振る眼鏡を目ざとく見つけて園香が笑う。
 釣られて皆もバスに手を振る。

 流石に【機関】のSランクほどじゃないが、こちらの警備も負けてない。

 今回の件には明日香の実家【安倍総合警備保障】の威信がかかっているからだ。
 何せ堅実な守りで海外でも多くのシェアを持つ民間警備会社PMSCだ。
 それが平和ボケした小さな島国のスクールの生徒すら守れなかったなどと悪評がたっては他国での仕事にも影響する。この業界でも信用は大事なのだ。

 なので同業他社の力をも借り、全力以上の力で生徒たちを警護している。
 バスのクルーは戦場での運送に手慣れたその手のプロ。
 それだけでなく通学路にもそれとなく人員を配して安全の確保に努めている。
 それは良いのだが……

(……バス停のベンチにひとり。喫茶店の客に扮してひとり)
(わかってるわよ)
 舞奈と明日香は目を配らせて苦笑する。

 生徒たちの安全を死守すべく御町内に配置された警備員たち。
 あるいは傭兵たち。
 彼らは周囲に無用な威圧感をあたえぬよう市民に扮して警戒している。

 だが心身を鍛えあげた戦闘のプロは、些細な振舞いからして余人とは違う。
 生活に追われてだらけきった市民に完全に同化する事はできない。
 ありていに言うと浮いている。かなり……
 何人かは上手く市民のふりができている人員もいるっぽい。
 だが、こういう状況では、ひとりでもバレていると意味がない。

 まあ彼らはスパイじゃなく警備員だ。
 普段の護衛の仕事では物々しい威圧感も仕事のうちだ。
 そのすべてを唐突に抑えろと言われても困るだろう。

 それに、まあ、それはそれで不審者も襲いたくならなくて好都合かもしれない。
 そう自分を納得させながら、表向きは何事もなく学校に到着する。
 そして小夜子やサチと別れて自分たちのクラスに入った途端……

「……気がついたか?」
「ああ。バス停のベンチにひとりいた」
「喫茶店のカウンターからじっとこっち見てる人もいたね」
「うん。狙撃されるかと思った……」
 これである。
 登校して早々に聞こえてきた男子の会話に、

(クラス中の噂になってんじゃねぇか……)
 舞奈は頭をかかえる。

 別に舞奈のクラスの男子どもは特別に勘が鋭い訳じゃない。
 むしろ平和ボケした部類に入ると思う。
 そいつらがこの調子ということは、学校中が同じ状況だと考えるべきだ。しかも、

「俺さ、バスの窓からAVがこっち向いて笑顔で手を振ってるのが見えたんだ……」
「実は僕も……」
「そういえば、まきむら菜々子にちょっと似てた気が……」
 男子どもは隅でボソボソと、割と衝撃的な事実を告げる。
 例の新法で新作が出なくなったAV女優の幻でも見たのだと思っているらしい。

(【組合C∴S∴C∴】の高等魔術師まで駆り出されてるのか)
 舞奈はやれやれと苦笑する。

 こちらも本来なら有り難いと思うべきところではある。
 多彩な魔術を誇る高等魔術師の目があれば有事の際に心強い。

 だが子供の護衛をする時くらい服を着てくれと切に思う。
 彼女たち本人は他者の目を気にしない。
 そのせいで、下手をすると生徒の身の安全と同じくらい守らなくちゃいけない大切なものが色々と台無しになってる気がする。初等部の低学年だっているのに……。

 やれやれ。

 何時の間にか、園香とチャビーは向こうで委員長と楽しそうに話している。
 先ほどバスで見かけた話でもしてるのだろう。
 代わりに、

「おはよう。さっそく使わせてもらってるわ。バス」
「おっ、ちーっす」
「満足してもらえたなら光栄よ」
 テックがやってきた。
 そちらの学区を回るバスも着いたらしい。

 その一方で、

「街じゅうがキナ臭い男たちでいっぱいだよ……」
「また不審者が襲って来るのかな……?」
 男子たちの不安も徐々にエスカレート。
 この調子だと他のクラスも似た状況化もしれない。
 そのように不安がる男子たちの会話を聞くともなしに……

「……これ、逆効果なんじゃないのか?」
 思わず舞奈は苦笑する。
 側で明日香が嫌な顔をするが、別に舞奈も素直な感想を言っただけだ。

 まあ所詮は彼らは普通の小5だ。
 武装した不審者と、奴らを警戒する警備の人員を見分けろと言うのも酷な話だ。
 だが警備員や傭兵が無駄に警戒されている状況は問題だ。
 有事の際に思わぬ不慮の事態に繋がる可能性もある。

「明日香のところの警備員も、他社の傭兵も、煙草は吸わないのよね?」
「もちろんよ」
「そりゃそうだろう……」
 同じ事を考えていたらしいテックの問いに何気に答え、

「……なるほどな」
 舞奈は気づく。

 単に「くわえ煙草はヤバい奴だから近づくな」という当然の事を改めて周知できれば問題は解決する。煙草を吸ってない普通の人間は見た目はアレでも問題ない。
 それは平時でも気をつけなきゃいけないことだし、理にかなっている。
 流石はテックだ。
 だが、どういう手段で全校生徒に伝えたものか……。

「噂にして流布するのはどう?」
「なるほど冴えてるな。流石だぜ」
 続くテックの言葉にニヤリと笑い、

「だが高等部や中等部は執行人エージェントの連中にまかせれば良いとして……」
 ひとりごちる。

 高等部には諜報部のチー牛たちがたくさんいる。
 いっそ支部からでも指示してもらって声かけしてもらえば事は済む。
 中等部もだいたい同じ状況だ。

 だが初等部で知ってる執行人エージェントなんて3年生のえり子くらいだ。
 物量でどうこうする事はできない。

「――きゅいー! きゅいー!」
 気づくとみゃー子がアザラシの物真似をしながら床を転がっていた。

 彼女もどういう手段でか登校してきたらしい。
 まったく気楽なものだ。
 何が気に入ったのか、物静かな槙村音々にからんでいる。
 音々は足元を見やって困っている。

「やめろよみゃー子。せめて相手を考えろ」
「きゅいー」
 舞奈は席まで出向いてみゃー子を追い払ってから、

「……すまん音々。本当にどうしようもない奴だなあいつは」
「あ、ううん。ありがとう志門さん」
 安心させるように笑いかける。
 音々も普通に笑みを返す。
 特に気にしていないようで、ひと安心。

 そんな様子を、明日香とテックが後ろから見やって苦笑する。
 舞奈がまた女子に手を出していると思っているらしい。
 まったく。

 さらに気づくと向こうでチャビーがみゃー子(アシカ?)と遊んでいた。
 追い払ったみゃー子はそっちに行ったらしい。
 みゃー子はきゅいきゅい鳴きながら、何処から持ってきたやらボールを鼻先で弾いて遊んでいる。チャビーは面白そうに、委員長は何か言いたげな表情で見ている。
 そういえば園香は何処に行ったんだろう? と思った途端……

「……音々ちゃん、今、お話いいかな?」
「あっ真神さん。どうしたの?」
 側に園香がいた。
 少し困惑顔の音々を安心させるように微笑みながら、

「あのね、今朝くらいからガタイの良い人たちが街にいるでしょ? その人たち、明日香ちゃんの会社のガードマンなんだって」
「うん」
「うん。この前、武装した不審者が校庭に押し入ってきたから、その人たちから皆を守るために街を見張っててくれてるの」
「そうだったんだ」
 穏やかに説明する園香。
 素直に聞く音々。

 背後で明日香が小さく手をふって笑う。
 園香は彼女の差し金らしい。

(ドヤ顔なのは構わんが、おまえの手柄じゃないからな)
 視線で釘を刺す舞奈の側で、

「でね、顔が怖いから皆は警戒してるみたいなんだけど、不審者じゃないから気にしなくて大丈夫なの」
「そうだよね」
「ガードマンは絶対に煙草を吸わないから、それを皆に伝えられたら良いんだけど」
「……そういう事情ならわかったわ。みんなに話してみるね」
「わっありがとう」
 園香のお願いに、音々は快く答えてくれた。
 あまりに話がスムーズに進み過ぎて拍子抜けするほどだ。

「みんなって?」
「音々ちゃんは児童会の役員をしてるから」
「ああ、そういうことか」
 首をかしげる舞奈に園香が答える。
 児童会というのは初等部における生徒会みたいなものだ。
 特に権力とかはないが、いろいろな立場の生徒や教師と接する機会も多い。

 なるほど控え目で常識的な音々は、そういう地味な仕事に向いている。
 この調子なら児童会の中でも割と信頼されているはずだ。
 それは舞奈のように腕っぷしが強いだけの、明日香のように容赦なく勝利を奪う、あるいはテックのように専門性の高すぎる人間にはできない仕事だ。

 そんなn音々は児童会の面子に協力を募って事実を広めてくれるらしい。
 こいつは重畳。
 もちろん事実を納得できる形で彼女に伝えてくれた園香のおかげでもある。
 まったく持つべきものは友人だ。

 まあ、そもそも【機関】の関係者は学校の役員にはなれない。
 重要な案件がバッティングする事態を避けるためだ。
 なので舞奈も児童会の存在をすっかり失念していたのは彼女らには内緒だ。

「スマン音々。今度この埋め合わせはするよ」
「ふふっおかしな志門さん。安倍さんの会社の事なのに。お手伝いしてるの?」
「手伝いって……まあ、そんな感じかな」
 うっかり失言を常識的に訝しむ音々を、笑って誤魔化す。

 と、まあ、舞奈たちの懸念はこのように意外な形で解決された。

 そんなこんなで放課後。
 4年生と5年生が当番制で世話をしているウサギ小屋の前で、

「マイちゃーん、鍵を返してきたのー」
「おう! おつかれさん!」
 用務員室の方向から走ってきた桜に舞奈は手を振り返す。

 2人はウサギ小屋の当番を終えていた。
 戒厳令下でも、ウサギが餌を食べなくなる訳じゃない。
 なので普段通りに小屋を掃除し、近所のスーパーから貰って来てあった新鮮なクズ野菜を餌箱に盛り、白とグレーのふわふわな元気なウサギと少し触れ合った。
 それは良いのだが……

「じゃ、帰るか」
「でもバスが行っちゃったのー」
「そりゃまーな」
 小中高で共有している校庭を見やって桜がぶーたれる。

 学園の規模に比べて狭いグラウンドはがらんとして人っ子ひとりいない、
 先日から始業前と放課後は行き帰りのバスの臨時の停留所になっているのだ。
 だが帰りのバスは出てしまったようだ。

 まあ、こちらも仕方がない。
 バスにだってスケジュールはある。
 当番の子ひとりをいつまでも待つ訳にはいかないだろう。

 ちなみに明日香も当然のようにいない。
 ウサギ当番の舞奈を気にもせずに、園香とチャビーを急かして帰ってしまった。
 チャビーの家にはネコポチがいるからだ。
 まったく。

 なので仕方なく、2人してだらだらと校門前まで歩きながら、

「しゃーない。ちょっと遠回りになるが、あたしが送ってやるよ」
 舞奈は殊勝にも護衛を申し出る。

 桜の家のある伊或いある町は方向が違うし距離もある。
 だが舞奈はどうせ新開発区を踏破するのだ。
 ついでに寄っても運動量はさほど変わらない。
 それで桜の身の安全を保障できるなら安いものだと思う。

 何故なら先日の襲撃犯どもを差し向けた者の正体を舞奈は知らない。
 昨日にテックが暴いた『Kobold』『Bone』という組織の名前の他は。
 だから奴らの次の攻撃を警戒する必要がある。
 登下校時には街中に警備員たちが配されているが、彼らにまかせきりにして何か取り返しのつかない事態になった場合、後悔するのは舞奈だ。だけど、

「でもマイちゃんはタイヤがついてないのー?」
 桜は訳のわからん受け答えしながら首をかしげ……

「……あっひょっとしてリヤカーで運んでくれるの? さっすがマイちゃんなのー!」
 良いこと思いついた! みたいな表情で言い切った。

「そういう意味か! バスを体の良い足だと思ってやがるな」
 舞奈は桜をジト目で見やる。

 つまり連日の不審者騒ぎも桜にとっては他人事だったのだ。
 生徒の安全を考えて配されたバスも、彼女にとっては便利でラクチンくらいの感覚だったらしい。まったく人の気も知らないで。
 そんな事を考えながら、舞奈がやれやれと肩を落とした、その時、

「あっ志門さんに郷田さん。ウサギ当番お疲れさま」
「どうもさん。今しがた終わったところだ」
 落ち着いた声色に振り返る。

 校舎の方向から見慣れた人影が歩いて来た。
 委員長や明日香とは少し違う雰囲気の、物腰のやわらかい眼鏡。

「音々ちゃんなのー」
「そっちは児童会の仕事か?」
「ええ。この前の騒ぎから書類の整理がたまってて」
「そりゃお疲れさん」
 音々の言葉に苦笑する。
 こんな状況だからと言って、児童会の仕事が減る訳でもないらしい。

 正直なところ学校側は今回の騒ぎをあまり重く見てはいない。
 先日の襲撃は突発的なもので、もう解決したと思っているのだ。
 警備会社の気合の入りように比べて不用心だと舞奈は思う。

 だが、まあ、それも妥当な対応だとも思う。
 学校は勉強したり社会のルールを学ぶところだ。
 キナ臭く後ろ暗い裏の世界のルールを叩きこむ場所じゃない。

「そういや音々、おまえん家って何処だっけ?」
「駅前の方だけど……?」
 唐突な問いかけに答えながら音々は訝しみ、

「じゃあぐるっと回ることになるのか……しゃあない」
 だが続く舞奈の挙動で気づいたらしい。

「えっいいよ。遠いし……」
 音々はあわてて言い募る。

 舞奈はついでに音々も送っていこうと思ったのだ。
 今しがた桜にそうするつもりだったのだ。物はついでだ。
 そんな舞奈の思惑に気づいて遠慮するところが常識人の音々らしい。

「大丈夫なのー! マイちゃんのリヤカーなら2人乗ってもすぐなのー」
「引かねぇからな! 自分で歩け。元気な2本の脚が泣くぞ」
 続く桜の妄言を切って捨てる。
 まったく非常識な桜らしい。
 もちろん褒める気なんか毛頭ないが。なので、

「ま、くっちゃべってても仕方ない。行くぞ。桜ん家からでいいな」
 舞奈は2人を先導して歩き出す。

「おっ舞奈様! 会社のバスは行っちゃいましたよ?」
「ああ知ってるよ」
 警備員室からニヤニヤ声をかけてきた面白黒人に、面白くもなさそうに答える。
 先日の襲撃では獅子奮迅の大活躍だったベティだが、今は退屈しのぎに舞奈にからんできている。暇を持て余していたらしい。まったく。

「ベティさん、さよならなのー」
「さようならー」
「皆さんもお気をつけて。あ、舞奈様にリヤカーで運んでもらうと速いっすよ」
「運ばねぇよ! ……さっきの会話を聞いてやがったな」
「えっ?」
 軽口にツッコみがてら、ひとりごちた舞奈に音々が訝しむ。

 先ほど話していた場所は校門前の警備員室からは相応な距離がある。
 だが面白黒人のベティは身体能力も目や耳の良さも舞奈と同じかそれ以上。
 あの距離の会話を普通に聞くくらいは訳はない。
 まあ、そこに気づくあたりが音々の常識人たる所以だ。

 桜は「ほらベティさんもそう言ってるし」みたいな顔でこっちを見ている。
 そんな非常識な挙動を礼儀正しく無視し――

「――2人では足りないのでしたら3人ではどうでしょうか?」
「今度は楓さんか」
 警備員室から出て来た楓に反応する。

「高等部の桂木楓さんなのー。マイちゃんは女の人の知り合いがいっぱいなのー」
「あっ初めまして」
 桜が物珍しそうに楓を見やる。
 音々は礼儀正しく一礼する。

「あんたも生徒会の仕事……じゃないよな」
 できないはずだし。
 訝しむ舞奈に、

「先日は小夜子さんたちが不審者に襲われたそうで、他にいないか自主的に校内を見回っていたところです」
「そうかい」
「ちなみに紅葉ちゃんは、お友達を送って先に帰りました……」
「そりゃそうだろうな」
 楓はにこやかな笑顔で答える。
 だが舞奈はジト目で見やるのみ。

 先日の騒ぎで、小夜子は脂虫を何匹かまとめて爆破した。
 その話を聞いた楓は自分も脂虫を殺したくなって、校内を徘徊していたのだ。
 その事実に付き合いの長い舞奈は気づいていた。だが、

「楓さん、凄いのー」
「生徒会のお仕事ですか?」
「いえ、役員ではありませんので」
「じゃあ本当に自主的に!? 流石です!」
 桜と音々は素直に感心する。
 まるで生まれて初めて人徳というものを知ったファンタジー原住民だ、

 2人がそれほど楓と面識がないこともある。
 楓が美人の才女として学園の有名人だからという理由もある。
 桜に至っては委員長から彼女の良い話をいくらか聞いてもいるのだろう。
 才色兼備の彼女が純粋な善意から校内の見回りをしていたと思っているのだ。

 だが楓の人となりを一般人のクラスメートに指摘するのも無粋なので、

「流石に今の今まで潜伏されてたりとかしないだろう」
「ええ。残念ながら臭いすらありませんでした。ですので警備員室のルージュちゃんと遊んでいたところです」
「そうかい」
「ニャー」
 楓の語りを聞き流し、警備員室の窓から顔を出す子猫に手を振り、

「暇ならあたしの友達を家まで送るのも手伝ってくれよ」
 軽口めかして提案する。

「えっそんな、悪いよ」
 音々は慌てる。
 だが楓は(なるほど!)みたいな表情で、

「もちろん構いませんよ。振り落とされないように頑張ってリヤカーに乗ってます」
「この野郎、皆して人を何だと思ってやがる」
 そんな事を言い出した。

 舞奈は(な? こいつの本性これだぞ?)みたいな表情で音々を見やる。
 だが常識的な彼女は楓の妄言を小粋なジョークと判断した様子。
 上面の良い人間は何をやっても許されるから始末におけない。
 まったく。
 これで舞奈をリヤカーいじりしてきてないのは音々だけだ。
 口をへの字に曲げる舞奈を見やり、

「ふふっ冗談ですよ」
 楓は言いつつ携帯を取り出す。
 しめしめ。

 どうせ楓の事だ。
 舞奈が一緒だと脂虫に会いやすいとか失礼な事を考えているのだろう。
 だから舞奈たちを連れて街をひと回りする算段らしい。
 そこまでして小夜子がうらやましかったのだろうか?

 だが、まあブルジョワの彼女は息を吸うくらいの感覚でタクシーを呼ぶ構えだ。
 これで舞奈もリヤカーを引かずに済む。

 まあ桜の家に寄ってから駅前に行くと結構な大回りにはなる。
 だがタクシーの料金は舞奈の懐からは出ない。
 そう考えて舞奈はほくそえんだ。

 そして間もなくタクシーが到着し、ベティに見送られつつ皆で乗りこむ。
 そして――

「――音々さんは児童会のお仕事をされていたのですか。素晴らしいです」
「ありがとうございます」
「桜はマイちゃんとウサギ当番をしてたのー」
「桜さんも立派ですね。ちなみにわたしは自主的な見回りを終えた後、警備員室でルージュちゃんの相手をしていました」
「流石です楓さん」
「凄いなのー」
「さっきも言わなかったか? それにそれ、単に遊んでたんじゃ……」
 タクシーの中で、女子小学生3人と女子高生はかしましいトークを続ける。
 タクシーの運ちゃんが忍耐強い人なのが不幸中の幸いだ。

 そうしながらも楓は窓から周囲を警戒している。
 というか脂虫を探している。
 見つけたら跳び出していって殺すつもりなのだろうか……?

「――バーストちゃんはあまり懐いてくれませんが、とても可愛い家族です」
「桜の家のタマも可愛いのー。でもフリスビーを取ってきてくれないのー」
「猫はフリスビー取らんだろう。困らせてやるなよ」
「みんな猫を飼ってるんだね。いいなー」
 そのように4人は束の間の旅路の間、とりとめもない話をした。

 猫のこと。
 流行りのこと。
 好きな食べ物のこと。
 苦手な教科のこと。
 漫画やアニメのこと。
 ファッションのこと。
 友人のこと。

 だが、そういえば親の仕事の話題だけは出なかった。

 そもそもアパートに一人暮らしの舞奈からも。
 御両親と折り合いの悪い楓からも。
 おそらく親の仕事とか何も気にしてなさそうな桜からも。
 そして常識的な音々からも。
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