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第19章 ティーチャーズ&クリーチャーズ

クモ! クモ! クモ! レスキュー大作戦2

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 よく晴れた休日の午前。
 街はずれの、木々がほどほどに生え並んだ林の中ほど。
 蜘蛛を追って探索する舞奈たちの前で……

「……止まれ。何かいる」
 少し離れた場所にある茂みがゆれた。

「さっそく見つかった……かな?」
「あたしが知ってる例の蜘蛛とはサイズが違う気がするんだが……」
 側で身構えるキャロルに答えながら、舞奈は訝しむ。

 茂みのゆれ方。
 空気の流れが教えてくれる茂みの中の何かの体積。
 どちらも、それが猫か大きめのウサギくらいのサイズだと告げている、
 おそらく毛むくじゃらの。
 舞奈たちが追っているはずの蜘蛛よりいくらか大きい。

 まあ探している蜘蛛とは別の生きものじゃないかと見当をつける。
 というか、そう願いたい。
 餌の食い過ぎか何かでデカくなったとか今さら言われても困る。
 チャビーが持ってきた虫かごに入らないと色々と面倒なのもあるが、単純にこんな大きな猫くらいのサイズの極彩色の毒蜘蛛とか見たくないし対処もしたくない。
 そんなことを考える最中――

「――来るわ!」
「何っ!?」
 明日香が警告。
 舞奈が空気の流れをつかむより早く。

 まさか魔法?

 一瞬の躊躇の隙に茂みの中から茶色い何かが跳び出す。
 予想通りに猫くらいの大きさの毛むくじゃら。
 そいつはしなやかな動作で一行の目前に降り立ち――

「――ナァ~~」
 鳴いた。

「なんだ猫じゃん」
「あ、猫ですね」
 気が抜けたようにひとりごちるキャロル。
 一瞬遅れてオウム返しするレイン。
 舞奈も見やる。

 猫だ。

 目の前にちょこんと座っているのは1匹の大きな猫。
 可愛らしいが何処か精悍な顔立ちをした、若くて美しい野生の猫だ。
 ふさふさと生え揃った短い毛並みはジャガーのような斑点模様と縞模様。
 猫は微妙だにしないままクリクリした大きな目で一行を見上げる。
 あまりに無防備に一心不乱に見てくるので、あまり野性っぽく見えなくもある。

「見て見てチャビーちゃん、ゾマちゃん、猫だよ。可愛いね」
「うんうん! ネコポチとちょっと似てる!」
「大きくて立派な猫ですよね」
 なごむ梢と小学生たちの後ろで、

「ヤマネコですね」
 明日香が眼鏡の位置を直しながら発言する。
 ヤマネコというのはイエネコではない猫の総称だ。
 猫ならヤマネコなのは当然ではある。

 それはともかく明日香がちょっと嬉しそうなのは、出てきたのが猫だからだ。
 奴の動きに素早く気づいたのもそのせいだろうか?
 好きだからという理由で舞奈より先に猫の動きに反応するなんて流石は明日香だ。

「……ヌマルネコ?」
 ボソリと言ったメリルに、

「なんだそりゃ?」
「動物園にいたのよ。なんか面白い顔した珍しい猫が」
「ったく日本を満喫しやがって……」
「マヌルネコのこと? ここら辺にはいないんじゃないかしら。これは野猫(野生化した元イエネコ)だと思うわ」
 明日香が得意満面に知識を披露する。

「ノネコ? ノネコもかわいい」
 メリルはニコニコと猫を見やる。

「安倍さんスゴイ! ねこ博士だ!」
「うんうん、すごく物知りだね」
 チャビーと園香が歓声をあげる。

 そんな様子を見やって舞奈もくすりと笑う。
 猫サイズのジャガー模様のヤマネコは探していた相手とは少し違うが、同じサイズの極彩色の毒蜘蛛が茂みの中から跳び出してくるよりずっといい。

「ひょっとして例の蜘蛛、こいつの腹の中だったりしてね」
「まあ発信機の反応はだいたい同じ位置ですが……」
 キャロルが何気に軽口を叩き、明日香も何の気なしに乗っかり、

「えっ!? ブラボーちゃん食べられちゃったの!?」
「わわっ!?」
「おおい適当なこと言わんでくれ」
 チャビーが悲痛な声をあげ、園香がビックリ、舞奈が口をへの字に曲げる。
 そして次の瞬間――

「――あっ」
 ヤマネコが動いた。

 目にも止まらぬスピードで一行との距離をゼロに詰める。
 どうやら狙いはキャロル。
 ハイスピード・ヴィランのファイヤーボールも常時の動体視力は人並。
 反応する間もない。

 なのでヤマネコは、無防備なキャロルの足元にうずくまる。
 そのままジーンズを履いたティーンエイジャーの足元に――

「――わわわっ!」
 頬ずりする。
 しかもタワシでこするように力強く激しく情熱的に。

 次いでバターになりそうな勢いで足元をグルグル回りながらスリスリする。
 これには流石のキャロルもビックリ仰天。
 見ていた他の一行も呆然とする。

「ちょっ!? なにすんのよこいつっ!」
 キャロルは猫を捕まえようとしゃがみこむ。だが――

「――あっ」
 ヤマネコはしなやかな動作でキャロルの手を逃れ、同じくらいしなやかな金髪ティーンエイジャーの背中に跳び乗る。
 そのままゴロンゴロンと超高速のローリング。
 キャロルの肩に、後頭部に全身をなすりつける。

「キャロルさん、すごい好かれてますね」
「あはは……」
 呑気にキャロルの苦境を見やる梢。
 隣で苦笑するレイン。
 無言で目を丸くする園香とチャビー。

「……ま、蜘蛛が近くにいるのは確かみたいだな」
 舞奈はニヤリとほくそ笑む。

 何故なら舞奈は気づいた。
 このヤマネコの猛烈なラブアタックは蜘蛛の毒によるものだろう。
 つまり蜘蛛は催淫作用のある毒を使って捕食者を淫乱にし、難を逃れたのだ。
 そして、おそらく今も茂みの近くで身を潜めている。
 おそらく茂みのさらに後ろか?
 だから発信機の反応もそこにある。
 ムクロザキはともかくとして、チャビーが悲しい思いをしなくて何より。

 あとは首尾よく猫をどうにかして近くに隠れている蜘蛛を見つけ出せば、探検はちょっと早いが無事に成功する。

「見てないでたすけてよー何これ!」
「あんたも良かったじゃないか。若くてピッチピチの男子だぞ」
「猫じゃん!」
 舞奈の軽口にキャロルが悲痛な声をあげ、

「あの一瞬で猫の――見えたんだ。舞奈ちゃんはやっぱり凄いね」
「あはは……」
 梢が明後日な方向の感想を述べてレインが苦笑し、

「……ラリネコ?」
「ごめんねメリルちゃん、チャビーちゃんいるからそういうのは……あと梢さんも」
「……すいません調子にのりました」
 ボソリと言った幼女に園香が困る。
 梢が詫びる。

 そうする間にもヤマネコはこする。
 キャロルはあわてる。

 舞奈は苦笑しながら振り返って、最後尾の明日香を見やる。
 蜘蛛の位置を再確認してもらおうと思ったのだ。
 だが肝心の携帯を持った明日香は……

「……」
 キャロルをガン見していた。
 少し悔しそうな表情だ。
 猫と触れ合いまくっている彼女がうらやましいらしい。
 まったく。
 そんな明日香の服の裾を、

「ねこ、すき?」
 くいくいっとメリルが引っ張った。

「ええまあ……」
 何の気なしに答えた明日香を、

「……?」
 幼女はそのまま近くの茂みに引っぱっていく。

 一方、盛大にブレイク中のヤマネコは不意にこする動作を止め、

「あいたっ!」
 キャロルの金髪を足蹴にして枝に跳び乗り、そのまま枝伝いに去って行った。
 蜘蛛の毒の影響から抜け出したらしい。

「もうっ! 何なのよ!」
「……正気に戻るのが麗華様より早いな」
「泥だらけになったじゃん……」
 どうにか猫から逃れたキャロルは嫌そうに砂埃を払いつつ、

「あっちょっとメリルを何処に連れてくのよ」
「引っぱってるのは、あんたの所の連れ子だろ?」
 明日香とメリルに気づいてあわてる。

 そのまま見やる2人の前で、メリルと明日香は近くの木の側の茂みに消える。
 何となく注視する2人の前で……

(……あっ超能力サイオン使った)
(……氷を出したな)
 茂みに薄く霜が張る。
 おそらくメリルが【冷却能力クリオキネシス】を使ったのだろう。
 明日香だけを引っ張っていったのは他の面子に超能力サイオンの使用を悟られないためか。

 苦笑する舞奈とキャロルの前に、メリルと明日香が出てきた。

「にゃー」
 幼女は満面の笑みを浮かべ、勝ち誇ったようにVサイン。
 明日香はべったりとメリルに抱きついている。

 どうやらメリル、得意の【冷却能力クリオキネシス】で猫の像でも作って見せたらしい。
 張の店での『桃』のお返しといったところか。
 猫なら何でもいいらしい明日香もずいぶん安い女になったものだと舞奈は思う。

「……おおい、おまえまで蜘蛛に咬まれたんじゃないだろうな?」
 言いつつやれやれと苦笑すると、

「明日香ちゃん、メリルちゃんと仲良しだ」
「安倍さんいいなー」
 園香も釣られるように笑い、チャビーも2人にくっつく。

「ったく」
 舞奈は明日香の手から携帯をパクる。
 アプリの使い方はテックから聞いていた。
 だが半分くらい忘れていたので見よう見まねでアプリを操作しながら、

「しかも遊んでる間に逃げられてるじゃねぇか」
 口をへの字に曲げる。

 たぶん、こうやって発情させた他の動物を使って場をかき乱し、その隙に捕食者から逃れるのが蜘蛛の生存戦略なのだろう。
 つまり奴は聴覚刺激に敏感だ。
 大きい騒ぎを起こすと一目散に逃げる。

 現に発信機との距離を確認する限り、蜘蛛とずいぶん距離が離れてしまった。
 全速力に近いスピードでこの場を離れたのだろう。
 蜘蛛が健在だと確認できたのは良かったが、探検は振出しに戻ってしまった。

 舞奈が見やる携帯を覗きこみ、

「ああ、そいつで蜘蛛を追跡してるのね」
「今気ぃついたみたいに言いやがって」
「いやほら、あたしたちの役目は護衛だし」
「ったく……」
 のんびり言ったキャロルに舞奈は苦笑し、

「アプリでブラボーちゃんの位置がわかるんだよ!」
「逃げた蜘蛛には発信機が仕込まれていて、それを追跡できるんです」
 チャビーの言葉を継いで明日香が答える。途端、

「蜘蛛に発信機?」
「まあ変だと思う気持ちはわかる」
 キャロルは訝しむ。
 その気持ちはわかると舞奈は思ったが……

「それ、ひょっとして」
「知ってるアプリなのか……?」
 キャロルの反応は少し違っていた。
 彼女にしては珍しく一瞬だけ考えこんでから……

「……ま、歩きながら話そっか」
 何食わぬ表情で言った。

 そして周囲の安全を確認した後、一行は探検を再開。

「……でね、その子は先生がひょいって捕まえてくれて」
「初等部の榊先生、頼りになるよね」
 チャビーは歩きながら、梢たちに蜘蛛探しの経緯を話していた。
 ちなみに『その子』というのは蜘蛛のことだ。
 ムクロザキこと黒崎先生が蜘蛛を可愛がってる(らしい)ことを知っているチャビーは、探している蜘蛛のことを『奴』とか言わない。

「でね、もう1匹の子はみゃー子ちゃんが捕まえてきてくれたの」
「クラスのお友達?」
「外に逃げてたんですか? 大変ですね」
「うん。外の壁に張りついてたんだって」
「えっ……?」
「?? 蜘蛛が?」
 続く説明にレインが困る。
 梢も困る。
 別にチャビーが説明足らずな訳じゃない。
 みゃー子の言動を一般の人に説明しようとすると普通はそうなる。なので、

「みゃー子ちゃんっていうあだ名のお友達が外側の窓から入ってきて……」
「校舎の外壁に蜘蛛がいて、それを壁を這っていって捕ってきたんですよ」
 園香と明日香が補足するが、

「どういう状況……?」
「人が……ですか?」
 梢もレインも混乱するのみ。
 説明がわからないんじゃなくて、状況が理解できないのだ。

「それから麗華ちゃんが服を脱ぎ始めてね」
「服っ!?」
「どういう状況? ねえ、それどういう状況なの!?」
 高校生が状況を飲みこむ前にチャビーがさらに話を続ける。

超能力サイオンによるこうげき……?」
「聞いたことのない種類の超能力サイオンね……」
「言っとくが、異能力者の養成校とかじゃないからな、うちの学校」
 真面目な顔でボソリと言ったキャロルに思わずツッコみ、

「それより、さっきの話の続きを話せよ」
 声を潜めながら見やる。
 そんな舞奈を見返したキャロルは一瞬だけ考えてから……

「……ちょっと見覚えがあるのよね、あのアプリ」
「そりゃまあ英語のアプリみたいだが」
「それもまあそうなんだけど、なんていうか……やばいブツ?」
 枝をかき分けて歩きながらキャロルは言った。

「やれやれ、警戒して正解だったぜ」
 同じようにマシエトで枝を薙ぎながら舞奈も答える。
 ちょっと難しい顔をする。
 もちろん枝をいなしつつ会話する程度は舞奈にとって造作ない。

 だが問題なのは話の内容だ。
 テックの懸念通り、ムクロザキから受け取ったのは問題のあるアプリらしい。
 まったく、あの女は……。

 背後を……返した携帯のアプリを監視している明日香を盗み見る。

 コンピューターウィルスというのだったか?
 アプリや機械を害する悪意あるプログラムの存在を、先日にテックから聞いた。
 人を蝕むWウィルスの脅威をしのいだばかりだというのに、すぐこれだ。

「まったく、何にでもウィルス仕込みやがって。ネットの金でも盗むのか?」
「あーアプリにトロイの木馬やバックドアが仕掛けられてる話してる? そうじゃなくてアプリそのものがヤバイのよ」
「おいおい。ペットの追跡用なんだろう?」
 キャロルの返しに、舞奈は口をへの字に曲げる。
 新しく出てきた訳のわからない単語を意図的に無視するとしても、アプリそのものに問題があるというのはどういう意味だろう?

「まあ、追跡用には違いないけどね……」
 言いつつキャロルは顔をしかめる。
 何か嫌な事でもあったようにも、単に言い辛いようにも見える。
 両方なのかもしれない。

 だが舞奈にはアプリの何処に問題があるのかわからない。
 見てみて、触ってみて、それでもこいつはペットの追跡アプリだ。
 対象に仕込まれた発信機を追跡するだけの。
 あるいは後でテックに調べてもらえば何かわかるのかもしれない。

 首をかしげる舞奈の沈黙を、意味が通じていないと思ったのだろう。

「知ってる限り相当に胡散臭い代物よ。使ってる奴らも追跡する対象も……」
 さらに言葉を続けようとして、だがキャロルは言いあぐねる。

 そこで舞奈も流石に気づいた。
 キャロルはその先をチャビーや園香に聞かせたくないと思っている。
 心情的にか、あるいは裏の世界に関わる者の守秘義務的に。

 この胡散臭い追跡アプリ、おそらく本来はヴィランやそれに関わる組織や悪党どもの間で使われているものなのだろう。
 そう考えるとひとつ納得できることがある。
 大きいとはいえ所詮は蜘蛛サイズの生物の体内に仕込める発信機のことだ。
 それが魔術や超能力サイオンによって生み出されたと考えればキャロルの反応にも納得だ。

 追跡する対象も本来はペットではないのだろう。
 悪党どもが逃したくないと思っている……例えば人質とか。

 そう言えば先の一連の事件で絆を結んだサイキック暗殺者のリンカー姉妹……クラリス・リンカーとエミル・リンカーは違法な研究施設から救出されたと聞いた。
 さらった子供を自分たちの思い通りに使える超能力者サイキックに育てる施設らしい。
 悪党どもには魔術結社と違って魔法戦力を集める真っ当な手段はない。
 故にそうした法的のみならず倫理的にも反する手段を使うしかない。

 狭い日本と違って平和維持組織だけでは魔法とそれに関わる諸々すべてを監視できない米国の、それもまた闇の部分のひとつであろう。

 舞奈はキャロルやメリルがヴィランをやっている理由を知らない。
 ミスター・イアソンとのやり取りから、平和で楽しいだけの暮らしをしていた訳ではないことは察せられるが。
 それを今、詮索する気は舞奈にはない。
 胡散臭い追跡アプリの何が気に入らないのかも。だから代わりに、

「まったくムクロザキは、何から何までロクなもの見つけてこないな」
 誤魔化しがてら妙齢の生物教師にいろいろ押しつける。

 そのくらい引き受けてもらってもバチは当たらんと舞奈は思う。
 あと状況によっては後で彼女にもう少し詳しい話を聞くことになるだろう。
 例えば蜘蛛や追跡アプリの入手先とか。
 そんなことを考えて口をへの字に曲げて……

「……おおい明日香。方向は合ってるんだろうな?」
「胡散臭いアプリによると、蜘蛛は確かにこの先よ」
 少し声のボリュームを上げて、後ろで携帯を監視していた明日香に問いかける。
 対して明日香も難しい表情で答える。
 言われるまでもなく何度か確認した雰囲気だ。

 何故なら先ほどから進むにつれ空気が湿ってきていた。
 かすかに水が流れる音も聞こえる。
 水辺に集う鳥の声や、遠くで動く小動物の気配も増えてきているように思える。

「ってことは、つまり奴はこいつを渡ったってことか……」
「そ、そういうことになりますね……」
 一行は林の木々が途切れたところで立ち止まる。
 舞奈は目前を見やって口をへの字に曲げる。
 レインが困ったように追従する。

 先ほどより少し明るい日差しの中、近くの木の枝の上で小鳥がさえずる。

 少し離れた場所で水を飲んでいたタヌキと目が合う。
 タヌキは林の中に逃げ去る。

 そう。

 一行の目前には、大きな川が流れていた。
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