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第19章 ティーチャーズ&クリーチャーズ

依頼 ~迷子の蜘蛛探し

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 平和な朝のホームルームに突如あらわれた毒蜘蛛。
 奴に噛まれた犠牲者は、みだらな気分になって服を脱ぐ。
 しかも飼い主であるムクロザキが逃がした4匹のうち1匹は校外へと逃げた。

 蜘蛛は雨が降ると大繁殖する。
 天気予報によると来週は雨。

 このまま手をこまねいていれば、来週の頭にはストリッパーが大発生する。
 蜘蛛捕獲のタイムリミットは今週末だ。

 そのように朝から愉快な……否、笑えない流出事件があった日の放課後……

「……やれやれ、今日は朝から酷い目にあったぜ」
 舞奈はやれやれとため息をつく。
 もっとも酷い目は朝で終わった訳じゃないが。
 何故なら放課後も人災に由来する本来しなくていい捜索をしなくちゃいけない。
 というか、たぶん本当に酷い目はこれからだ。

 と、憂鬱な気分でだらだら帰り支度をしていると――

「――マイちゃん」
「園香か」
 声をかけられた。
 虚勢のように半ば意図的に笑みを浮かべて振り返り、

「どうしたよ?」
「今日、時間空いてるかな?」
「予定はないが、何かあるのか?」
 帰り支度の手を止めぬまま何食わぬ口調で答える。
 意識して平静を装ったのは、問う園香の声色に少し焦りを感じたからだ。

 園香は小5らしからぬ大人びたナイスバディの持ち主だ。
 ふんわりボブの童顔と裏腹な、女子高生と見まごうばかりに完成された曲線美。
 大ぶりに膨らんだ、それでいて若々しく張りのある胸。
 ワンピースのスカート越しにすらやわらかいと察せられる形の良いヒップ。
 ギリギリ十代(下限値)のすべやかな肌。

 そのせいかは知らないが、園香は過去に度々トラブルに巻きこまれている。
 誘拐されたこともある。

 今回もその類だろうか?
 蜘蛛探しも大事だが、こちらも無下にはできない。
 そう思った矢先に、

「よかった! 今日の夕ご飯、家でいっしょにどうかな!?」
 少し前のめり気味に誘われた。

「お、おう?」
 柄にもなく舞奈は戸惑う。

 園香にしては珍しいアグレッシブな言動だ。
 舞奈を見つめる切羽詰まった視線に、何かあったっけと考えて……

(あれか……)
 舞奈は気づいた。

 原因は朝のホームルームでの失言だ。
 件の大きな蜘蛛を見て、つい「ゆがいたら食えそうだ」とか口走ったのだ。
 それを聞いた園香がビックリした様子だったのを覚えている。
 なので帰りに舞奈が新開発区で蜘蛛や錆食い虫を口に入れたりしないよう、お腹いっぱいにして送り出す必要があると考えているらしい。
 何のことはない。
 舞奈自身が由来のトラブルだった……。なので、

「そ、そうだな。願ったりかなったりだ」
 こちらも普段とは逆に腰が引け気味に答える。

 だが、園香はスタイルが良いだけでなく料理の腕もプロ並み。
 思いがけず彼女の料理を腹いっぱいに食べられてラッキーなのは本当だ。

 なにせ舞奈の最近の朝晩は白湯ともやしだ。
 何故ならヘルバッハとの決戦で得た巨額の報酬を、無軌道な寄進とツケの支払いで瞬時に使い切るという悪い意味での奇跡をおこしたばかりだからだ。
 なので人間らしい夕食が食べられるなんて久しぶりだ。
 蜘蛛も捨てたものじゃない。

 そのように両者とも内心とは裏腹に終始笑顔のまま話がまとまった途端、

「マイ! ゾマの家でご飯食べるの?」
「まあな」
 帰り支度を終えたチャビーがやってきた。
 三食をきちんと食べてる幼女は元気もいいし妙なところで察しもいい。
 妙な責任や義理立ての必要もない彼女からすれば、厄介な毒蜘蛛騒ぎも平和な日常を彩る愉快なイベントのひとつだ。

「それじゃあ安倍さんも呼んで一緒に食べようよ!」
「あたしは構わんが……おまえはいいのか?」
「うん、大丈夫だよ」
「やった!」
 無邪気な幼女の問いをそのままふると、園香はにこやかに答える。
 なのでチャビーは大喜びして飛んでいき、

「なら買い物はあたしも付き合うし、食費も出すよ明日香が」
「ねえねえ! 安倍さん! あっテックも……!」
「やれやれ、楽しいパーティーになりそうだ」
 みるみるうちに園香の家でのプチパーティーが決定した。
 そして……

「……パパ、オッケーだって」
「わーい!」
「さっすが親父さん。話がわかるぜ」
 園香が携帯で親御さんの許可を貰い、その足で皆でスーパーへ。
 今日は珍しくテックも一緒だ。

「何にするんだ? 夕飯」
「みんなでたくさん食べられるものがいいよね」
「何買えばいいの?」
「それじゃあね……」
 園香が慣れた調子で買い物の指示を出す。
 真神邸で、普段から家族の食事を担っているのは彼女だったりする。
 メニューも既に決まっているようだ。
 流石は園香。
 舞奈とテックは園香の指示通りに食材をカゴに入れる係だ。

「手分けして買おうぜ」
「うん」
「じゃあこっちは肉、肉、肉……っと。このくらいで足りるかな?」
「量は良いけど、もう少し選んだ方が……」
「プロがやってる店なんだ。食えんようなものは置いてないだろう」
「……いいけど。そういえばチャビーと明日香は何処?」
「そういや見てないな……」
 買い物かごを片手に目当ての肉や野菜と一緒に明日香たちを探す。
 そして耳の良い舞奈が2人の話し声を発見。

「……おっいたいた」
「そっち?」
「ああ、2人ともいる」
 テックと2人で様子をうかがうと……

「この玩具は買ったよ。ネコポチが喜んで噛んでた」
「まあ可愛らしい」
「……」
「……」
 明日香はチャビーと一緒にペット用品売り場で油を売っていた……。

 そのように珍しく目だった悶着もなく買い物を終えて真神邸へ。
 人数が人数なので買った食材の量も相応になった。
 だが舞奈がいれば運ぶのは問題ない。
 テックも軽めの食材が入ったスーパーの袋を手にして物珍しそうに見やりながら、何処となくうきうきした表情で続く。
 園香も持てるだけは手伝ってくれる。
 もちろんチャビーと、明日香にも持たせた。強制的に。

「おおい、園香ん家に行くんじゃなかったのか?」
「日比野さんの家に寄るのよ。鞄だけ置いてきたほうが楽でしょ?」
「まったくおまえは……」
 よほどネコポチを見たいらしい。
 なのでチャビーの家に寄る。
 ついでに親御さんに挨拶して、チャビーの夕飯は園香の家でお呼ばれだと伝える。

 そのように紆余曲折の末に園香の家に到着。
 こちらのご両親にも挨拶する。

 園香は鞄を置くのも早々に、買ってきた食材を手馴れた調子でテーブルに並べる。
 そして夕食の準備に取りかかる。

 舞奈とテックも言われるがまま調理を手伝う。
 園香の家事の手際は、舞奈が戦闘に臨むのと同じくらい完璧だ。
 この場のリーダーは園香だ。
 舞奈は大人しく指示に従っていればいい。

「あら、お豆腐がとても揃って切れてるわね」
「うんうん。テックちゃんはすごく器用で丁寧なんだよ」
「……ありがとう」
 かしましい小学生に釣られて園香母もやってきて、楽しそうに手伝ってくれる。

 お母さんは娘の園香に似ておっとり大人しい大人の女性だ。
 もちろんムクロザキなんかと違って常識人。
 当然ながら人妻なので色気もあって、スタイルも最高だ。
 だが迂闊にお胸やおしりに手を出したりしたら園香との交友関係に深刻なヒビが入るのは明確なので、舞奈は大人しく食材を切る作業に専念する。

 その間、明日香はチャビーとネコポチを構って遊んでいた……。
 お邪魔して早々にチャビーは手馴れた調子で勝手にリビングを閉め切って、ケージに入れて連れてきたネコポチを解放して遊び始めた。
 いつもそうしているのだろう。
 家が近い園香とチャビーは互いの家で遊ぶことも多い。
 今日は明日香も一緒だ。
 ここまで堂々と手伝う気がないと、むしろ清々しいくらいだ。
 園香父はリビングで2人の話し相手になりつつも、少しばかり困惑していた。

 まあ明日香が食材に余計なことをしないようネコポチが気をそらせておいてくれたと考えれば、まんざら悪い話でもないのかもしれない。
 そうとでも考えなければ釈然としないし。

 と、まあ、そのように特に滞りもなく夕食の支度が整った食卓で……

「……っていうことがあったんだよ」
「えぇ……」
「そ、そうか……」
 チャビーは園香のご両親に今日の騒ぎのことを話していた。
 無邪気な幼女は友人の親御さんに対しても普段からこんな感じなのだろう。

 話の中身は平和な朝のホームルームで唐突に机を蹴倒した明日香の事、机の引き出しから出てきた毒々しいピンクの蜘蛛の事、ムクロザキの事、2匹目の蜘蛛の事、麗華様の奇行と、窓の外に張りついてた3匹目を捕まえてきたみゃー子のこと。

「先生が学校で飼っている……毒蜘蛛?」
「今のチャビーちゃんや園香のクラスって、3階の教室よね……?」
 顔を見合わせるご両親が少しばかり困惑気味なのは仕方がない。
 舞奈だって聞いただけなら同じ反応をする。

 そんな微妙な空気が流れるダイニングの、大きめのテーブルを囲んでいるのは園香のご両親と園香、チャビー、テックに明日香に舞奈。

「そろそろ煮えてきたかな」
「そうみたいだな。いい匂いがするぜ」
 園香に促されるまま舞奈は腰を浮かせる。
 今晩の主役は大きな蜘蛛じゃなく、テーブルの中央に据えられた大きな鉄鍋だ。

 いい感じに周囲にたちこめる湿度と熱に口元の笑みを広げる。
 そうしながら火傷しないよう気をつけて鍋の蓋をとる。
 途端、食卓にはすき焼きの甘辛い香りが、皆の顔には笑みが広がる。

 本来は大きめサイズなのだが人数のせいで少し手狭なテーブルの主役はすき焼きだ。
 パーティーサイズの大きな鉄鍋にぎっしり詰まった具材がグツグツ煮える。
 肉と野菜、醤油と砂糖とみりんの香りが混ざり合い、否が応でも食欲をそそる。
 鍋の隅に添えられた豆腐やしらたきも、いい感じにタレの色が染みて食べごろだ。
 皆の手元の小皿に溶かれた卵が、まるで何かの魔法が皆のプラスの感情を反映したかのように美しい黄金色に輝く。

 食材のストックがある限り気兼ねなく好きなだけ食べられるすき焼きは、今日のパーティーの趣旨を考えればベストチョイス。
 これなら舞奈が帰りに拾い食いする心配もない。

「マイちゃんと、担任の先生と、みゃー子ちゃんが捕まえてくれたんだよ」
「そ、そうなのか……」
「皆さん頼りになる方でよかったわね……」
 園香のフォローで流石のご両親も納得する。
 信頼と言うのは普段の言動の積み重ねなんだなあと、ふと思う。

 そうしながら程よく煮えた大きな牛肉を野菜と一緒に小皿に取り分ける。
 溶き卵にさっと潜らせ、口に含む。
 例えようもなくやわらかな薄切り牛肉と、しんなり煮えた白菜、箸の先に混じったえのきの細やかな食感を甘辛いタレとなめらかな卵の風味と一緒に愉しむ。
 皆も各々の流儀で鍋に箸をつけ、タレの染みた肉と野菜を心ゆくまで堪能する。
 極上のひと時だ。

「マイちゃん、いっぱい食べてね」
「ああ、腹いっぱいいただくよ」
 園香は手際よく煮えた食材を端に寄せ、新鮮な肉と野菜を鍋に入れる。
 甘辛い熱の中、目の前の牛肉が食材の色からすき焼きの色に変わる様を見やる皆の笑顔がますます大きく広がる。

 舞奈も御言葉に甘えて、味色の染みた豆腐をいただく。
 園香母が豆腐すくいを差し出すより早く、大ぶりな豆腐を箸で器用に鍋からつまむ。
 その程度は造作ない。
 プチ尊敬の眼差しをスパイスに、そのまま豆腐を溶き卵に少し浸して口に運ぶ。
 木綿ごし豆腐のしっかりした舌触り、タレと卵のハーモニーを堪能する。

 その側で、明日香は両親の反応を違う意味で捉えたのだろう。

「本人には危険生物の管理を徹底するよう厳重に指導いたしますので……」
「あ、ああ、それはどうも……」
 厳粛な表情で頭を下げた。
 そのままキリッとした表情でしらたきをいただく。
 園香父は少し面食らう。

 先ほどまではチャビーとネコポチと遊びまくってた明日香。
 だが彼女は学校の警備を担う民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】の社長令嬢。
 加えて無辜の市民を怪異から守護する【機関】の仕事人トラブルシューター

 それは明日香にとって単なる立場ではない。
 彼女の生き方そのものだ。
 それらに付随する称賛と権限を、彼女は実力で勝ち取ってきた。

 だから明日香は舞奈とは別の意味で責任感が強い。
 ムクロザキが仕出かしたこととはいえ、生徒に危険が及べば自分の責任だ。
 もちろんムクロザキ本人にも厳重な指導をするのだろう。
 舞奈もそれには賛成だ。

 そんな明日香の足元で、茶トラの子猫が「ナァ~」と鳴く。
 明日香は猫をガン見する。

「ネコポチー。安倍さん今ご飯食べてるから邪魔しちゃダメだよー?」
「大丈夫よ日比野さん、ネコポチちゃんは可愛いもの」
「ナァー」
「そうか……」
 子猫を見てにやける様子に園香父は別の意味で面食らう。
 数秒前のキリッとした表情からこの変わりようである。

「あっこの野郎、さては明日香に生肉ねだるつもりか?」
「ネコポチは肉を生のまま食べたりしないよ? チーかまや猫のごはんを食べるの」
 苦笑する舞奈の隣でチャビーが首をかしげる。
 テックが小さく「でも猫だから……」とつぶやく。
 園香は「あはは」と笑う。
 そんな様子を見やり、呑気に見上げるネコポチを見やり……

「……むつみ先生、ブラボーちゃんがいなくなって心配してるよね」
 チャビーはひとりごちるように言った。
 黒崎むつみ先生というのはムクロザキの本名だ。

 ネコポチは親猫を亡くし廃ビルをねぐらにしていたところをチャビーに拾われた。
 一度は行方不明になって、その後にチャビーの家の猫になった。
 以来、チャビーはネコポチを兄妹のように可愛がっている。
 だが……

(……蜘蛛のことよね?)
(……蜘蛛のことだよな?)
 園香母と園香父は顔を見合わせる。

(ムクロザキがか?)
(それはないわね。絶対に)
(……)
 舞奈と明日香、テックも顔を見合わせる。
 ムクロザキがそういう考えを抱くという思考に至らないのだ。
 なまじ、あの傍迷惑な生物教師の人となりを知っているからかもしれない。
 そもそも心配するくらいなら度々逃がしたりはしないと思うし。

 だがチャビーはそうは考えない。
 彼女自身が大切な何かを失ったからだ。
 代わりに手に入れた家族でもある子猫を心の底から愛しているからだ。

 あるいは明日香が猫に対するような感情を、ムクロザキも飼っている危険動物を相手に抱いていると思っているのかもしれない。
 まあ、そういう意味でなら舞奈も納得はできるかもしれない。
 もちろん悪い意味で。

 それはともかく、そのように身近な小動物を慈しむ以外の生き方をチャビーが知らないのは彼女が幼く世間を知らないからではある。
 だが、それは彼女の美点でもある。だから、

「ねえマイ、ブラボーちゃんを探しに行こうよ」
 当然のことのようにチャビーは言った。
 ブラボーというのは校外に逃げた蜘蛛の名前だ。
 アルファ、ブラボー、チャーリー、デルタのブラボーちゃんだ。

 足元でネコポチが「ナァー」と鳴く。
 舞奈は(おまえは留守番だがな)と念押しするように無言で子猫を見下ろし、

「まあどうせ誰かが探さなきゃならんが……」
「やった! さすがマイ!」
 控えめに同意する。
 途端、チャビーの表情が明るくなる。

 もちろん舞奈の理由はチャビーとは少し違う。
 例の蜘蛛の体液には催淫作用がある。
 あの厄介な蜘蛛に噛まれると、人はみだらな気分になって服を脱ぐ。
 さらに蜘蛛は雨が降ると産卵し繁殖する。
 そして最悪なことに、天気予報では来週の頭に雨が降る。
 奴が放置されたまま来週になると、街の何処かで大惨事がおこる。
 つまり噛んだ相手をストリップさせる蜘蛛が大発生する阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
 多くの人が心に癒せぬ傷を負うだろう。
 犠牲になるのはチャビーや園香かもしれないし、たまたま蜘蛛と知らないおっさんとセットで出くわした舞奈自身かもしれない。
 そんな舞奈の内心の焦りを知ってか知らずか、

「何処に探しに行くつもりなのかね?」
「新か……出巣黒須ですくろす市の近くの林です」
 園香父のもっともな問いに答えたのは、肉と白菜を静かに食んでたテックだ。

「もうわかったの?」
「まあ、テックちゃんが調べてくれたの? 凄いわね」
「……ありがとう」
 少し驚く明日香と一緒に、園香母もニコニコ笑う。
 対してテックも照れたように微笑む。

 最初はテックがあまりに喋らないので気をもんでいた園香母。
 だが、そういう性格なのだと察してからは可愛く見えてきたらしい。
 言われてみれば娘の園香は余人に心配かけない程度に世間話はしたりする。
 よく遊びに来るチャビーや舞奈、明日香は言わずもがな。
 繊細な難しい子が珍しいのかもしれない。
 そんな園香母の言葉に、こちらも普段はされない対応なのか少し照れつつ、

「うん。発信機の場所を地図で照会できたから」
「意外にまともに使えるアプリだったのね」
「にしても、えらく遠くまで運ばれたものだな……」
 答えるテックに意外そうに納得する明日香。
 舞奈はやれやれと苦笑する。

「発信機……?」
 園香母が訝しみ、

「あそこか……」
 父も少し難しい顔をする。
 側で園香も少しバツの悪い顔をする。

 いずれも妥当な反応だ。

 学校で飼っている生き物の捜索に発信機という単語は普通は出てこない。
 そもそも催淫作用を持つ毒のある蜘蛛というのが普通じゃないが。

 加えて園香たちは以前ツチノコ探しに行って少しばかり危険な目にあった。
 不運にも居合わせた脂虫に襲われたのだ。
 幸いにも萩山が居合わせて事無きを得たが、親御さんには心配をかけた。
 その問題の場所が例の森だ。
 まったく蜘蛛もロクでもないところで降りたものだ。
 流石はムクロザキの蜘蛛だぜ、と舞奈は内心で舌打ちする。

「今週末に皆で行きたいな。マイちゃんもいるし、いいでしょ? パパ」
 園香は言いつつ舞奈を見やり、父親を見やる。

 あんがい園香もただ舞奈の拾い食いを心配しただけじゃなく、こうやってムクロザキの蜘蛛探しを手伝ってくれるつもりだったのかもしれない。
 何故なら園香は他者の痛みを、心のあたたかさを当然のように理解できる。

 対して父は娘を見て、舞奈を見て、素早く考えをまとめ、

「林には5人で行くのかね?」
「わたしは行かない」
 確認の言葉に答えたのはテック。
 ご両親が虚をつかれた表情になる。

「……わたしは行かない。調べるところまで」
「テックちゃんはいつもそうなんだよ。遠くからフォローしてくれるの」
「そ、そうか……」
 娘の補足に、とりあえず形の上だけは納得する。

 テックは情報収集のプロフェッショナルだが徹底したインドア派だ。
 別に危険な場所じゃなくてもフィールドワークはしない。

 静かに、だが力強く言い切ったテックに、彼女を知らない父は面食らいつつも、

「それじゃあ先生か、大人の人に一緒に行ってくれるよう頼んできなさい。それができたら行っても構わないよ」
「ありがとう、パパ」
 そう答えた。

 その答えもまた適切だと舞奈には思える。
 チャビーの少しずれているとはいえ他者を思いやる優しさ。
 受け入れようとする娘の心意気。
 それらを頭ごなしに否定したくはないのだろう。
 だが今回は舞奈が一緒だというものの、クラスメートを保護者代わりにするのは彼の矜持が良しとしない。
 その折衷案として合理的な判断だ。

 本来は言われるまでもなくそうするべきなのだと舞奈は思う。
 というか事件の元凶であるムクロザキが率先して人を集めて探すべきなのだ。

 社会人として。
 教師として。
 人として。

 ……ともかく、その後も皆は歓談を楽しみながら、すき焼きを満喫した。

 そして舞奈とテックは腹ごなしに片づけを手伝い、明日香とチャビーはネコポチと遊んでからパーティーはお開きになった。
 舞奈と明日香はチャビーとテックを家に送っていった。
 明日香とは統零とうれ町で別れ、舞奈はアパートのある新開発区へ。

 正直なところ少しばかり遅い帰宅になった。
 だが珍しく幸先の良いことに、新開発区では毒犬の1匹とすら遭遇しなかった。
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