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第18章 黄金色の聖槍

たぶん、いつも、そこに

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「こりゃ凄い。本当にフィルムになってるぜ」
「上映中に喋らないの」
「へいへい」
 薄闇の中ひとりごちつつ、隣の明日香の小言を聞き流す。
 そんな2人を反対側の隣の席から園香がちらりと見やって微笑む。
 さらに隣のチャビーとテックは、巨大なスクリーンの中で繰り広げられるディフェンダーズとヴィランとの戦いにかぶりつきだ。
 迫力のある効果音とヒーローたちの台詞が、映画を否が応でも盛り上げる。
 みゃー子は普通に映画鑑賞という彼女的には最大級に謎な行為に勤しんでいる。

 一連の事件の後始末も大概は終わった、とある土曜日。
 場所は商店街の一角にある映画館。
 舞奈は明日香や園香、クラスの皆と映画の試写会に来ていた。

 実はディフェンダーズたち、一連の活動を映画の撮影と言う体で誤魔化していた。
 つまり今回の映画の舞台は神秘的な極東の地。
 ここ最近のごたごたもそのせいだ、と。

 そのせいか先日、関係者の所に試写会のチケットが送られてきた。
 気を利かせたつもりかチケットの数には余裕があった。
 なので今日は皆を誘って見に来たのだ。

 それにしても何時の間に撮影なんかしたのやら。
 ヒーローたちが舞奈たちと共闘している間に探知魔法ディビネーションが使われたのだろう。
 おそらく【協会S∴O∴M∴S∴】の術者によって。

 そう思うと少し微妙な気分ではある。
 皆も舞奈も割と切羽詰まった戦いをしていたのに。

 だがまあ、だから【協会S∴O∴M∴S∴】も術者を派遣してサポートしてくれたのだと考えれば納得はできる。というか納得するより他はない。今さら文句を言う伝手もないし。

 それに何より、出来上がった映画は中々の力作だ。
 ミスター・イアソンは舞奈が知ってるミスター・イアソンよりずっとダンディで高潔なヒーローで、クイーン・ネメシスはパワフルで恐ろしいヴィランだ。
 廃墟をバックに2人のマッチョが激戦を繰り広げる様子は圧巻。
 炎と冷気と筋肉が激突する様子に、CGによる紛い物だと信じているチャビーや園香たちですら夢中になって見入っている。

 実物を見ていた……というか当事者だった舞奈と明日香も画面を見やる。
 だが地上からの援護は編集で誤魔化され、他のヒーローたちの仕業になっている。
 何故なら舞奈たちは役者じゃないし、民間警備会社PMSCの社長令嬢である明日香の顔が全国公開されると地味にいろいろと都合が悪いらしい。
 なので少しばかり展開の辻褄が合わないのは御愛嬌。
 この時分は別の戦場で戦っていたはずのシャドウ・ザ・シャークが、別に得意でもない雷撃でクイーン・ネメシスを撃ち落とそうとしている。

 そのように先日まで轡を並べて共闘していた気心の知れた仲間たち。
 彼ら、彼女らを今になって大きなスクリーン越しに見るのも妙な気分だ。

 けど、もう少し前には舞奈はヒーローたちの事をほとんど知らなかった。
 なので映画のダイジェストで情報を収集した。
 そういう視点で見ると、映画の中のヒーローたち、ヴィランたちも、ある意味で彼らの本当の姿なのだと思う。
 舞奈が裏の世界でも、表の世界でも舞奈であると同じくらい。
 あるいは舞奈が最後まで理解することができなかったヘルバッハ――バッハ王子もまた確かに彼自身だったのと同じくらいに。

 スクリーンの中でほくそ笑むドクター・プリヤは幼い容姿ながら謎めいた人物だ。
 ノリノリでヴィランの思惑を解説する様子も彼女らしい。

 シャドウ・ザ・シャークも知的で神秘的な東洋の女ヒーローだ。
 何と言うか詐欺なんじゃないかってくらいまともなインテリ美女に見える。
 奴の突飛な言動に振り回された自分が何だったのかと思えるほどに……。

 タイタニアとスマッシュポーキーは知ってる通りの凸凹コンビだ。
 だがイリアやKAGEの素の姿を知っている手前、彼女たちだけが自分のすべてを映画で見せていると信じられるほど舞奈は素直な人間じゃない。
 この2人も、もっと深く知ればアレな面も見えてくるかもしれないと思える。
 それも悪くないとも。

 舞奈は口元に笑みを浮かべながら画面に見入る。

 対する敵役ヴィランたちもダイジェストで、そして実際に戦って話してみた彼女ら彼らと同じくらいクセの強い人物ばかりだ。

 ファイヤーボールは相変わらず勝気であかぬけたハイスピードビッチだ。
 同じスピード系のライバルでもあるスマッシュポーキーと、聞き覚えのある軽口を叩き合いながら激戦を繰り広げている。

 対してイエティはぶっきらぼうな氷の巨人。
 その中身が幼女だと知ったら映画ファンたちは驚くだろう。
 舞奈は映画の中のイエティの台詞が知的なのに驚いた。
 片言みたいな口調なのに。

 クラフターも相変わらずの狂人キャラっぷりだ。
 サメvsゾンビの一騎打ちシーンで、シャドウ・ザ・シャークことKAGEが本気で引いてるみたいなのに少し笑った。

 クラフターの策略にはまったシャドウの危機一髪に、他の仲間たちが駆けつける。
 そちらも小夜子たちではなくディフェンダーズの他の面子だ。
 ヒーローたちが傷ついた仲間をかばいながらゾンビどもを蹴散らす様子に、見ていた一般の観客たちは胸をなでおろしながらも興奮する。

 そしてシーンが変わってリンカー姉弟の登場だ。
 エミルの心境の変化のせいか、作中のエミール・リンカーもスクリーンの大画面で本当の名前と性別を明らかにした。
 つば付き帽子の下からあらわれた長いツインテールに、観客たちは思わず魅入る。
 実際は明日香との戦闘で負けたついでにバレたのだったか。
 どうやら、その前後のシーンだけ一連の事件の後で別撮りしたらしい。
 ひょっとしてヴィランの一部は【協会S∴O∴M∴S∴】と仲がいいのだろうか?

 名実ともにリンカー姉妹として再出発したクラリスとエミルは以前に増して新規撮りの露出が多く、特撮の名目で超能力サイオンを使ったアクションも台詞も……

「……あれ、クラリスちゃんって映画じゃ前からあんなキャラだったのか?」
「前の映画よりちょっと明るい子になったかな?」
 訝しむ舞奈に園香が答える。
 テックも無言で同意する。

 だが舞奈の目から見ると、明るいというよりノリがおかしい。
 本物のクラリスとも少し違う。

 と思いながら見ていると――

「――!?」
 クラリス・リンカー、ヴィラン仲間のクラフターと並んで高笑い。
 これには舞奈も思わずビックリ。

 どうやらクラフター氏、エミルに合わせて心機一転しようとしていたクラリスに何やら言い含めて自分の芸風を真似させているらしい。
 内気で妙に人擦れしてない彼女は断り切れなかったか、口車に乗せられたか。

 あの野郎! 清純なクラリスちゃんに何てことを!

 舞奈は思わず腰を浮かせかける。
 だが目前のクラリスもクラフターもスクリーンに映っている虚像だ。
 本物の彼女らは今ごろ遠い海の向こうにいる。

 妙なタイミングでスタンディングオベーションの構えにはいった舞奈を、園香やテックが怪訝そうに見やる。そんな一団とは少し離れた別の席で……

(みんな相変わらずだなあ……)
 紅葉もポップコーン片手に映画を楽しんでいた。
 映画ファンの彼女にとって、新作の試写会は激務に対する何よりの報酬だ。

 そんな彼女が見やる先、大画面の中では紆余曲折の末、ヴィランたちがディフェンダーズと同盟を結んで今回の映画の真の敵である悪魔に立ち向かおうとしていた。
 敵と味方が一時的に協力する王道展開だ。
 共通の敵である悪魔の巨大ロボット(歩行屍俑のことらしい)に対抗すべく、ヴィランの死神デスリーパーは巨大なモンスターを召喚する。
 その際にぶちあげた口上が、古代の最悪の呪文で怪物を呼び出すと言うものだ。
 死神は珍しく熱の入った口調で、その呪文が如何に狂気と混沌に満ちた忌まわしく冒涜的な代物であるかを力説している。
 シャドウ・ザ・シャークが凄い真面目な表情で聞いている。

 実際は姉である楓と協力して召喚したマンティコアを指す文句に紅葉は苦笑する。
 楓たちは俳優じゃないので、姉妹のことも映画ではオフレコだ。
 クレジットに名を残すチャンスを逃した事実を惜しむ気持ちと、裏方として協力できて光栄だと思う静かな興奮は半々くらい。

 だが紅葉と共にヒーローたちに協力した姉は今は側にはいない。
 紅葉はバスケ部の彼女と一緒に見に来ている。

 楓は貰ったチケットを使わず猫に変身して映画を覗き見しているらしい。
 それが共闘相手への仁義だとか意味不明なことを言っていた。
 その訳のわからなさには、古代の最悪の呪文呼ばわりも止む無しと思う。

 ……苦笑した途端、クラフターも『最凶の悪霊』に力を借りて巨大ミイラを創造。

 悪霊もとい紅葉は思わず真顔になる。
 だが、すぐに口元に微笑を浮かべ、

(あの人も相変わらずだなあ……)
 画面の中で縦横無尽に暴れまくるクラフターと巨大ミイラを見やる。

 自由すぎる彼女に影響され、紅葉がウアブ呪術の暗黒面に手をのばしたのは事実だ。
 そう言う意味で彼女はライバルであり師でもある。
 先日の決戦では共作の巨大ミイラで歩行屍俑を相手に暴れまくったのも事実だ。
 自分らで生み出した怪物を操り、他の怪物どもを圧倒するのが楽しいと思ったのも。
 ならば自分も姉のことは言えない。

 そう思って口元にやわらかな笑みを浮かべた途端、今度は――

「――紅葉ちゃん真剣に観すぎ」
「えっ?」
 隣のマネージャーが睨んできた。

「わたしが知らない間にクラフターのファンになってる!?」
「ええっちょっと待って千景。そういう訳じゃ……」
 詰め寄ってきた嫉妬深い彼女に、しどろもどろな返事を返す。
 そのように紅葉も勝ち取った平和を謳歌していた。

 また別の席では……

「……映画館で映画が観られるなんて夢みたいなのー。萩山のおじさん凄いのー」
「桜さん、映画を観ている最中は喋ったらダメなのです」
(俺まだ大学生なんだけど……)
 小言ながらもはしゃぐ桜を委員長がたしなめる。
 側でおじさんことフード男の萩山と、その隣の席のえり子が苦笑する。

 試写会のチケットはえり子や萩山たちのところにも送られてきた。
 なのでえり子は、友人でもある委員長や桜を誘って観に来ることにした。
 先日は萩山に保護者役を頼みに行った。
 パンツの件は見なかったことにした。

 スクリーンの中ではファーレンエンジェルとウィアードテールが戦っている。
 かたや新進気鋭の妖艶な美女ヴィラン。
 かたや今回のゲスト、日本のアイドル魔法少女こと神話怪盗ウィアードテール。
 割と夢の対戦カードだ。

 ウィアードテールは元より女児向け雑誌のアイドルなので出演OK。
 なのでディフェンダーズと協力してヴィランと戦う様子もフィルムになっている。
 だが両者の戦闘を間近で見ていた萩山やえり子は部外者なので映っていない。
 まあ単に戦力外でもあったからという理由もある……。

「あのね、桜、この前イアソンさんに【シロネン】でケーキ奢ってもらったのー。今日も奢ってもらえるとおじさんをミスター・イアソンと同じくらい尊敬するのー」
「桜さん、そんなに露骨に人にものをせがむとみっともないのです。あと映画館で喋ったらダメです」
 桜が萩山を見上げ、委員長がたしなめる。
 そんな桜から微妙に視線をそらしながら……

「い、いいぜ。そのくらい、お安い御用だ……」
 萩山は血を吐くような表情で答えた。
 子供を相手に見栄を張ろうとするハゲである。

 そんな萩山を見やりながら、えり子は内心、苦笑していた……

 ……その様に皆は各々のスタイルで試写会を堪能した。

 その翌日の日曜日。
 廃ビルが立ち並ぶ新開発区の一角。
 それでも人里に近い場所に位置するアパートの前で、

「志ぃ門! こんな日曜の朝っぱら出かけるのか!?」
「まあな!」
「ハイキングか!?」
「おう! そんなところだ!」
「気をつけて行って来いよ!」
「わかってるって!」
 管理人室から聞こえてくる大声に同じボリュームで返す。
 そして舞奈はひとり口元に笑みを浮かべて歩き出す。
 向かう先は新開発区の奥の方向。

 ここらでは珍しく雲ひとつない空の下。
 廃ビルの合間を普段と同じに乾いた……だが何処か爽やかな朝の風が吹く。

「……ま、寝て過ごすよりハイキングに向いた天気なのは確かだな」
 抜けるような青空を見上げながら歩く。
 舞奈に最初にそう言ったのは、日曜の朝に突如としてやってきた、金髪の生え際がダイナミックに後退したマッチョでお節介なヒーローだった。
 そんな彼との会話を想い出すのは悪い気分じゃない。

 あの時と同じように、早朝の新開発区に泥人間はいない。
 あの時と同じように、大きな戦闘があった後だからだ。
 今回の泥人間はヘルバッハ率いる怪異の勢力として駆り出され、全滅した。

 だが今日に限っては泥人間を天敵とするはずの泥犬までいない。
 気配すらない。
 奴らの発生源である淀んだ魔力ごとヘルバッハの儀式に使いこまれてしまったとかそんな感じだろうか?
 まあ静かなのは悪い事じゃない。

 目的地は決まっているが、少し遠回りして先日に使ったルートをたどる。
 数日前、舞奈たちは複数のチームに別れ、中心部を目指して侵攻した。

 見やると崩れかけたアスファルトの所々が焼け焦げている。
 側の地面は巨大な足跡にえぐられ、霜が溶けてぬかるんで固まっている。
 そんな様子を見やって舞奈は口元をゆるめる。

 あの日、舞奈たちとディフェンダーズはここでヴィランと戦闘した。
 ファイヤーボールとイエティだ。
 舞奈とミスター・イアソンはファイヤーボールを辛くも倒した。
 同時に明日香と他のヒーローたちもイエティを打ち破った。
 あの時は空を黒雲に覆われた薄闇の中でも敵と味方の位置関係、戦場の状況は把握できていると思っていた。
 だが、それをさんさんと照り輝く日の下で見てみると思った以上に酷い状態だ。

 それでも舞奈の目的地はここじゃない。
 だから訳もなく、巨大な凹になった足跡の端を危なげなく歩きながら先を急ぐ。

 次いで差し掛かったのは崩れかけた廃ビルが立ち並ぶ戦場跡。
 足元は無数の巨大な足跡に踏み固められ、瓦礫や謎の破片が散乱し、元が荒れ地だか道路だか、あるいは小屋でも建っていたのか判別もつかない有様だ。

 先日はこの一帯で、ウォーメイジ隊が歩行屍俑どもと死闘を繰り広げた。
 鋼鉄の巨人がかすめ、流れ弾をくらった廃ビルは他の場所以上にボロボロだ。
 何時、何処のビルが倒壊してもおかしくない。
 舞奈がのんびり歩いていられるのは、硬いものや重いものが降ってきたり倒れてきたりしても卓越した感覚で空気の流れを感じて避けられるからだ。

 だが如何に卓越した舞奈の目でもゴードン機の足跡を見分けることは不可能だった。
 あの時、成り行きで舞奈が搭乗したウォーメイジ。
 あの機体だけ複座だったが、足回りの構造はたぶん他のと共用だ。

 だから連なり、重なり合った巨大な足跡を目で追いながら、レナの魔術で20年後からあらわれたカリバーンのキャタピラ跡を何となく探す。
 魔術であらわれた装脚艇ランドポッドは虚像だが、地に刻まれた足跡は残るはずだ。

 現代とは違う技術で造られた夢の中の20年後の装脚艇ランドポッドの足跡。
 だが残念ながら、こちらも他の幾つもの足跡にまぎれて見つからない。

 それでも、あの時、確かに舞奈は20年後でできなかったことを成し遂げた。
 あるいは四国の一角で。
 舞奈は仲間を守り通すことができた。

 そう考えて口元を緩めた途端、見覚えのあるタイヤ跡を見つけて足を止める。

 あの時あらわれたトルソとバーンの2台の軽自動車も魔術による虚像だ。
 だが、あの時かけられた彼らの言葉は舞奈の記憶の中に残る本物だ。
 四国の一角で守れなかったトルソもバーンもスプラも切丸も、ピアースも。

 舞奈が彼らのことを覚えている限り、彼らはいなくなったりしない。
 そう信じることで、たぶん舞奈も本当の意味で喪失を乗り越えられる気がした。
 ただ全ての元凶をこの世から消し去り、一連の事件に終止符を打っただけでなく。

 だから、そうやって記憶を頼りに辿り着いた先。
 そこは新開発区の中心部だった。

 先日はヒーローや皆と共に死に物狂いで辿り着いた場所。
 だが妨害や障害がなければ、舞奈の健脚なら小一時間で到達できる。
 まるで必死に生きた時間を後になって振り返ると、思い出と言う名のひとときの白昼夢にまとめることができてしまうように。
 あるいは地味なシーンをカットして編集した映画のように。

 けれど舞奈は、そういう人の心の働きを悪い事だと思いたくはなかった。
 人生という長い旅路を征く中で、重すぎる荷物を落とさず、なくさず、それでいて潰されないためには持ち運びやすいようにまとめなくちゃいけない。
 要約して、あるいは都合よく改変して。
 あんがい大人たちは当然のようにやっていることなのかもしれない。
 そう思いたかった。
 それが小5の舞奈より多くの記憶や想いを抱えているはずの大人たちが、何食わぬ顔で日々を過ごしていられる秘訣だと。だから……

「麗華様、○んこ片づけてってくれよ……」
 廃墟の中の開けた場所の、ひときわ日の差す一点を見やって舞奈は苦笑する。
 激闘の末、ヘルバッハが倒された場所だ。

 あの時、ぶちまけられた黄金色の中に倒れていたヘルバッハの遺体は今はない。
 何処かの魔術結社なり【機関】なりスカイフォールの術者が片づけたのだろう。
 奴はスカイフォール王国の元王子で、魔術を用いて世に仇成した大罪人だ。
 加えて、あの赤い石でできた仮面から知識を得ていた。
 奴の遺体を放置する理由はない。

 Wウィルスとヴィランにまつわる一連の事件が終わった後、舞奈は彼を憎んでいなかった。というより何かの特別な感情を抱けるほど彼のことを知らなかった。

 対してヘルバッハにとどめを刺した、麗華様の黄金色の聖槍はそのままだ。
 麗華様はお腹が弱い癖に口が卑しいのでよく腹を下す。
 家では親御さんや使用人やデニスやジャネットが面倒を見ているらしい。
 幼少のみぎりから要介護な愉快でユニークな麗華様だ。
 自宅も公共の往来も、汚れをそのままにしておくといろいろ都合が悪い。
 だが用がなければ人なんて寄りつきもしない新開発区のど真ん中でしたものを、いちいち気にする物好きはいない。だから……

「草生えてるじゃねぇか……」
 汚れを見下ろしながら、新開発区に住んでる物好きな舞奈は苦笑する。

 乾いてガビガビになった元黄金の端々から、逞しくも雑草が生えてきていた。
 ヘルバッハの身体の陰になって糞がかからなかった地面をご丁寧に避けて、若々しい緑色の芝が人型にくりぬかれたように生え揃っている。

 植物というのはそういうのものだと理科の授業で聞いたことがある。
 人が捨てたものを糧とし、日の光を浴びて草木は育つ。
 草木が育ち、そうして成った果実を人が喰らう。
 そうやって世界は回っていると。

 ならば対抗ウィルスを宿したプリンセスの血肉の成れ果てを糧にして育った芝は、どんな草木に育つのだろうかと少し気になった。

 この小さな雑草が、プリンセスパゥワーとやらですくすく育ち、花を咲かせ、木になり、林になり、やがて森になったら愉快だろうなと舞奈は思う。
 新開発区の一角を覆うような、生命あふれる尊い場所になれば楽しいと思う。
 そうしたらプリンセスの森とでも呼ばれるのだろうか?
 あるいは麗華の森か?

 そして魔法の森の奥深くから、失ったものすべてが出てきたら楽しいと思う。
 夢の中でも。
 現実でも。
 舞奈の記憶の中にいて、だけど、もう会えない人たちがすべて。
 いつかリコに語った荒唐無稽なお話のように。

 それが子供っぽい夢物語だなんてことは百も承知だ。
 だが、そもそも舞奈は小5の子供だ。
 荒唐無稽な夢を見たからと言って文句を言われる筋合いはない。

 深呼吸をする。
 気のせいか空気が美味い。
 日当たりのせいか糞のせいか、このあたりだけ草が生え揃っているからだろう。
 明るい日の光の下でなら普通に見渡せる遠くの廃ビル群も蔦や苔に覆われていて、こうしてのんびり眺めてみると中々の風情だ。

 何故だか楽しい気分になって、思わず口元に笑みを浮かべる。

 その正体は、たぶん開放感だ。
 今はしたいことをしていいし、したくないことはしなくていい。
 一瞬のタイミングを見計らって重大な決断を下さなくていいし、何かを誰かを失わないよう警戒しなくていい。
 朝から特に目的もないハイキングを楽しんでもいい。
 今の舞奈にはそれができる。

 何故なら廃墟の奥地で舞奈がやるべきことは終わった。
 戦いも、追悼も、その他の諸々を含めて全部。

 何より今日は日曜日だ。

 幸い今から旧市街地を目指しても昼前には余裕で着ける。
 そうしたら何をして休日を過ごそう?

 スミスや張の店でも冷やかしてみるか?

 九杖邸に押しかけて日曜をだらだらと過ごすか?

 園香に連絡をつけてサプライズデートと洒落こむのもいいだろう。

 あるいは明日香や麗華様が休日に何をしているのか見に行ってやるか?

 何をするのも舞奈の自由だ。
 何故なら楽しい日曜日は始まったばかりだ。

 だから人型にくりぬかれたプチ芝生に背を向け、舞奈は笑顔で歩き出す。

 崩れかけたビル壁の上でまどろんでいたロシアンブルーに「よっ」と挨拶する。
 猫が返事のようにあくびをする様子を見やって笑う。

 途中でいい感じの木の枝を見つけて拾う。
 それを雲ひとつない空に向かって振り回す。

 そうやって振り向くことなく、調子はずれの鼻歌を歌いながら舞奈は歩み続けた。
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