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第18章 黄金色の聖槍

取り戻した日常1

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 ヴィランたちを率いるヘルバッハからの宣戦布告。
 対する【機関】、魔術結社、ヒーローたち、各組織の精鋭からなる攻撃部隊。
 舞奈と明日香も部隊の一員として新開発区に乗りこみ、ヴィランどもを蹴散らし、歩行屍俑の大群をかいくぐって新開発区の中心部に到達し、ヘルバッハと相対した。

 舞奈たちとヘルバッハとの死闘は、呆気ない幕切れを迎えた。
 黒騎士にとどめをさしたのは舞奈の銃弾でも明日香の攻撃魔法エヴォケーションでもなかった。
 いきなり飛んできた麗華様だった。

 だが直接の原因はどうあれヘルバッハ討伐作戦は成功した。
 巣黒すぐろ市は、舞奈や明日香の大切な人々は、そして世界はWウィルスの脅威を逃れることができた。

 つまりヴィランとWウィルスにまつわる一連の事件は終結した。
 各組織は事態の収拾へと向けて動き始めた。
 ディフェンダーズ、魔術結社、スカイフォールの術者たち。
 もちろん【機関】の大人たちも後始末に奔走している。
 だが実行部隊の、しかも子供にできることは残っていない。

 だから舞奈たちは自ら勝ち取った平和を、皆より一足先に満喫していた。
 だが、それもまたヴィランとの決戦という非日常から日常への回帰のひとつの形だ。

「今回の件、恩に着るぜ」
「ご協力に感謝します」
「こちらこそ。君たちの勇気と実力によって、今回もまた未然に災厄が防がれた」
「そうです。お礼を言うのはわたしたちのほうですよ」
「ははっよせやい」
 商店街の外れに座するバス停で、2人の子供と3人の大人が笑い合う。
 舞奈と明日香。
 対するは公安3人組。コート姿の朱音と、深編笠のフランシーヌ。
 横には婦警コス姿のKAGEもいる。

 各組織と連携して国難を防ぐという大任を見事に果たした公安の術者たち。
 この地での役目を終えた3人は首都圏へ帰るのだ。
 そんな彼女らを、舞奈たちは見送りに来ていた。
 本当は盛大な見送りをすべきなのだろう。
 だが他の組織は未だ多忙で、目立つことは避けたいという職務上の理由もあり、暇していたSランクの舞奈と明日香の2人に見送られての凱旋となった。

 抜けるような青空を、白い雲がのんびりとたゆたう。
 まるでWウィルスの脅威を駆逐し平和を勝ち取った英雄たちを労うように。

「本当の事だ。それに君たち2人だけじゃない。君たちの友人も皆、気高い心と勇気を持った猛者たちばかりだ」
「その通りです。今回の勝利もまた得難い仲間と皆で勝ち取ったものなのです」
「……かもしれないな」
 朱音のさらなる賛辞に舞奈は笑う。
 続く台詞はKAGEが言うと胡散臭く聞こえるが、今回ばかりは気にしない。
 明日香もまんざらではない表情だ。

 今回の勝利が2人だけでつかんだものじゃないと、舞奈と明日香は知っている。
 単にとどめを刺したのがうん……麗華様だからというだけじゃない。

 志を同じくして決戦に臨んだ多くの仲間。
 小夜子たちや楓たち、つばめたち、警備員や他支部や魔術結社の友人たち。
 しんがりを守ってくれた陽子たちや奈良坂、諜報部の皆。
 2人を先に行かせて歩行屍俑を食い止めてくれたヒーローたち。
 激戦の末、力を貸してくれたヴィランたち。
 装脚艇ランドポッドを駆って歩行屍俑と戦ってくれた王国の騎士たち。空自の陰陽師たち。
 最後の戦いにゲシュタルトで力を貸してくれたリンカー姉妹。

 誰ひとり欠けても勝利はなかった。
 もとより誰かひとり欠けた時点で舞奈にとっての完璧な勝利はなかった。
 あの廃墟の戦場で走り来る、仲間たちの姿は見られなかった。

 だから舞奈は誇らしげに笑う。
 舞奈のずっと見たかった光景を見せてくれた仲間たちに。

 だが朱音たちが考えているのは麗華様のことだった。
 何故なら朱音たちは麗華と面識がない。
 当然ながら普段の言動や人となりなんて知らない。
 資料で見た限りでは彼女は怪異とも魔法とも裏の世界とも無縁な一般人の少女だ。
 しかもプリンセスの血を引いているせいで、2年前に誘拐され、一連の事件の間にも誘拐され襲撃されている。

 そんな麗華様は人類の敵を自ら倒さんと、迷わず、臆さず立ち上がった。
 思いもよらない作戦を立案し、実行した。
 糞尿で友を救い、敵を倒すなんて普通の人間は思いつかない。
 思いついても羞恥心や世間体や常識やいろいろなものに阻まれて諦めてしまう。

 だが麗華様は信じた道を突き進んだ。
 文字通り、その身ひとつで。

 その結果、Wウィルスで世界を蝕まんとしていたヘルバッハは倒された。

 そんな彼女の行いを、朱音たちは偉業だと認識した。
 十代の少女が成し遂げただなんて信じられない。
 だが志門舞奈の友人ならば有り得ると。

 もちろん資料には麗華様の人となりに良い事なんて何も書いてなかった。
 だが、そもそも記録の上では朱音だって筋金入りの問題児だ。
 舞奈だって挙動には問題がある。金まわりとか。
 なので人を常識と非常識に大別すれば、麗華は舞奈と同じ非常識サイドの英雄だ。

 ……という思惑を舞奈が知ったら割と本気で気を悪くしていた。

 だが相手の心など読めない彼女らが、互いの思い違いに気づくことは無かった。

 そんな平和なやり取りの最中、バス停の前に市営バスが停まる。
 子供たちに手を振られながら大人3人はバスに乗りこみ――

「――おっ間に合った!」
「乗り遅れると待つ時間が長いデスからね!」
 反対側から巨漢の仏術士とロシア美女が走ってきた。
 グルゴーガンとプロートニクだ。
 普段は半裸なプロートニクも、今日は珍しく服を着ている。
 あの格好で公共機関を使うと苦情が山のように送られて来るからだろう。

「おっ舞奈と明日香じゃねぇか!」
「お見送りありがとうスパシーバデース!」
「のんびり見送ってる場合じゃねぇだろ! 早く乗れって!」
「ははっ! それじゃあまたな!」
 舞奈に急かされ、他支部の2人はバスに乗りこむ。

「おや、そちらも同じバスですか」
「途中まで一緒デス」
「それは楽しい旅路になりそうだ」
 和気あいあいと公安組が出迎える。
 何時の間に仲良くなったのやら。

 バスは待ちかねたようにドアを閉めて走り出す。
 舞奈と明日香は遠ざかっていくバスを見送る。

 そんな風に公安と他支部の術者たちは来た時と同じようにあっさり帰って行った。

 ……そして、また別の日。
 商店街の一角に座する、今度は市営のタクシー乗り場で、

「じゃ、あたしたちも帰るわね。楽しかったわ」
「お世話になりました」
「おう、元気でな」
 ニッコリ笑う陽子と一礼する夜空。
 舞奈も何食わぬ笑みを返す。
 バカだけど嘘はつけない彼女らが、楽しんでもらえたのは本当なようで何より。

「支払いを確認しました。迅速な対応ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。陽子ちゃんたちをありがとう」
 そしてピーター・センも、携帯片手の明日香とビジネススマイルを交わす。

 最後はなんだか有耶無耶になってはいたが、いちおう舞奈と明日香は彼女らの護衛を引き受けた立場だ。
 陽キャはともかく保護者はそのことを理解してくれていたらしい。
 始終変わらずラフな格好だったくせに、端々で妙に礼儀正しい中年男だ。

 陽子たち2人も首都圏に帰ると言い出した。
 たっぷり遊んで、戦って、満足したからだろう。
 まったく自由な奴だ。

 だがヘルバッハとの戦いに彼女らも手を貸してくれたことは事実だ。
 それにピーター・センも、どうやらチャビーの危機を救ってくれたらしい。
 何より舞奈自身も道楽につき合わされて辟易しながらも、陽キャの中学生どもと友人たちと遊び、時に語らった時間が楽しくなかったといえば嘘になる。だから、

「また気が向いたら遊びに来いよ」
「当然よ! その時はまたよろしくね! 格安で!」
「社交辞令を、社交辞令として受け取れよ。あと格安とかそっちが言うことじゃねぇ」
「もー細かいことは気にしないの」
「あんたなあ……」
 軽口と笑顔と苦笑を交わす。
 2人は慣れた調子のピーター・センに連れられてタクシーに乗りこむ。

 そしてタクシーも、2人が見やる先で走り去る。
 後ろの窓から手を振るブルジョワの陽キャどもに、シートベルトしろよと内心で思いながら何となく手を振り返す。

 たぶんタクシー代も明日香への支払いも、奴らにとっては端金なのだろう。
 先ほどの格安で! ってのは、こちらにあわせた冗談だったのだろうか?
 えり子や萩山たちと、駄菓子を喰いながら駄弁った時間を思い出す。
 だが陽キャの考えなんか理解できたと思うと癪なので、

「あたしたちも帰るか」
「ええ」
 明日香に笑顔で声をかけながら、見やりもせずに歩き出した。

 あるいは。また別の日。
 統零とうれ町の限りなく新開発区に近い一角。
 ネオンの『画廊・ケリー』のケの字が消えかけた看板の店で……

「……今回もこいつに命を救われたよ。恩に着るぜ」
 奥の部屋で、舞奈はスミスに改造ライフルマイクロガラッツを手渡す。
 長物のメンテナンスと保管はスミスにまかせているのだ。

「ふふ、役に立ったのなら良かったわ」
「役に立ったっていうかな……」
 カイゼル髭をゆらして笑うハゲマッチョに、舞奈は微妙に言いよどむ。

 正直なところ今回、決め手になったのはスミスが設えてくれた特殊弾じゃない。
 麗華様だった。
 だが改造ライフルマイクロガラッツを道中で、ヘルバッハとの戦闘で活用したのも事実だ。
 というか、そう考えないとやっていられない感じも少しする。
 そんな事を考えながら舞奈が苦笑していると――

「――スミス! しもん! にせスミスがきたぞ!」
「偽とか言うなよ……どっちだ?」
 リコに呼ばれて表へ出向く。

 幼女はガタイの良い客はみんなスミスの偽物だと思っているらしい。
 そして過去に店を訪れたマッチョは2人。
 ミスター・イアソンとクイーン・ネメシスのどちらだろうかと思いつつ……

「……よっ店番か? 感心だな」
 店へと続くドアを開けるとミリアム氏がいた。後者だ。
 それに、

「ふーん、悪くない店じゃないか」
 金髪ツインテールの勝気な少女。

「こんにちは。可愛い妹さんね」
「リコはそういうのとは違うけどな。2人ともまた会えて何よりだ」
 ウェーブのかかった長い金髪の大人しげな少女。
 エミルとクラリスのリンカー姉妹も一緒だ。

 ヴィランを率いてヘルバッハに対抗するというベリアルの今回の任務も終わった。
 従って配下にしていたヴィランたちも解放されたと聞いていた。
 だから3人は一緒にいる。
 ある意味で2人は自分たちの力でMumを取り戻したと言えなくもない。

「おひめさまだ」
 そんな2人をリコがまじまじと見やる。

「ん? ……ああ金髪だからか」
「でも言われて悪い気はしないわ。リコちゃんもお姫様みたいに可愛いわよ」
 エミルは何故か上から目線で、クラリスは身を屈めてお姉さん視点で笑いかける。
 そんな2人をリコはクリクリした大きな目で見やり……

「……?」
 不思議そうな目でエミルを見やる。

 まあリコが界隈じゃ珍しい金髪の女の子をお姫様だと思っているのは本当だ。
 だが、それを初見の知らない子にピンポイントで看破されたのが不思議なのだ。
 そういうところでリコは割と鼻が利く。

「な、なんだよ……」
 エミルは思わずたじろぐ。
 リコはじーっとエミルを見つめる。
 クラリスはちょっと困る。
 そうやって2人はしばらく睨み合う。

 リコはエミルの秘密を暴こうと何か考えているのだろう。
 対してエミルは得意の【精神読解マインド・リード】でリコの、あるいは舞奈の表層思考を読んで、疑われたのを察して対策を練ろうとしている。
 いわば小さな魔法戦闘だ。

 両者はそのまま微妙だにしない。
 クラリスが気づかうように、舞奈とミリアム氏が興味深そうに2人を見守る。
 しばらくそうしていた挙句……

「……デカイ毛虫なんかでビックリする訳ないだろ! やっぱり子供だな!」
 エミルはリコに向かっていきなり叫ぶ。

「……!? やっぱりおまえ、リコのあたまがよめるのか!」
 そんなエミルにリコはビックリ。

「エミル……」
「お、おう……」
 クラリスと舞奈も苦笑する。

「えっ!?」
 一瞬遅れてエミルも気づいたらしい。

 実はリコ、以前にゴードン氏が心を読めるんじゃないかと疑ってはぐらかされた。
 なので子供なりに手札を用意していたのだろう。
 相手が驚くような何かを無言で念じて反応を見るつもりだったらしい。
 要は思念のフェイントだ。
 それが足元に毛虫がいるという子供らしいものだったという訳だ。
 対してエミルは脅かそうと思われたと勘違いして得意満面にマウントを取った。
 だが反応した時点でリコの思惑通りだ。
 たぶん相手の考えを予想する癖がついていれば、あるいは単に注意深く思考を読んでいたら簡単に看破できたトリックだ

「haha、そういうところだぞ」
 事情を察したミリアム氏は苦笑し、

「あんしんしろ! リコはくちがかたいにんげんなんだ!」
「そいつはたすかるよ、お嬢ちゃん」
 抱っこをせがむリコをひょいと抱え上げて肩車する。

 もちろんリコは他人の秘密を口外するような人間じゃない。
 幼女のくせに、そういうところはしっかりしている。
 それでもリコは目の前の大女に対し、秘密を厳守するとか口約束をするより何かの代償を支払わせた方が信用してもらえると思ったのだろう。
 まったく誰に似たんだか。

 そんな様子をエミルが面白くなさそうに見やる。
 まあ、こちらも、これを機会に頭を使うことを覚えた方がいい気がする。
 ミリアム氏と共にヴィランとして生きていくなら、彼女らは先日に成し遂げたようなファインプレーをこれから何度も成功させていかなければならない。

「あ~ら、いらっしゃい」
 改造ライフルマイクロガラッツをチェックして仕舞い終えたスミスがやってきた。

「おお店主、実はこのあいだ買ったラーメンが気に入ってな、子供たちとお揃いで買いに来たんだ。ミソのと……おまえらはどれがいい?」
「ふふっ、好きなのを選んで」
「わたしはこのいちごタンメンにしようかしら。可愛いし」
「いやクラリスちゃん、いちごはおやつで……タンメンはごはんで……」
(そういうの苦手なのか?)
(いいだろう別に!)
「へへっ! じゃあ僕は小倉抹茶の奴を買ってやる! 志門舞奈への勝利記念だ!」
「誰が負けたよ。っていうか食い物で遊ぶな」
 3人は楽しげにキーホルダーを選ぶ。
 そしてミリアム氏が会計をして、珍しい異国の釣り銭を肴に盛り上がる。

「喜んでもらえて良かったわ」
「haha! それじゃあリコちゃんはこっちだ」
 言いつつミリアム氏はリコ持ち上げ、スミスの肩に乗せ、

「うわっMum何を!?」
「いいからいいから」
 代わりにエミルを肩車する。

「いや、僕は別に……」
「haha! まあ、たまにはいいだろう」
 抵抗しながらもまんざらでもない様子のエミルを見上げて笑い、

「それじゃあ店主……また来るぜ」
「あら嬉しい。待ってるわ」
 挨拶を交わし、背を向けて歩き出す。

 そう言えば彼女の奢りで飯を食う約束をしていたことを忘れていた。
 だが、それは次の機会でも構わないだろうと思いなおす。
 屈強なヴィランと強力なサイキック暗殺者。
 そんな彼女と共闘するような異例のトラブルに、もう二度と関わらないでいられると思えるほど舞奈は自分の運を過信していない。だから、

「しー! ゆー!」
「SEE! YOU!」
 3人の背中に酷い発音の英語をぶつけ、同じボリュームで怒鳴り返される正確な発音に笑顔で耳を傾けた。

 ……そんなこんなで数日後。
 学校が再開した初の登校日のホームルーム前。

「……そんなことがあったのか」
 舞奈はテックの机の横の並べた椅子に座って腕組みする。
 舞奈たちがヘルバッハを倒すべく新開発区に赴いている間、テックはスピナーヘッドの襲撃を受けたらしい。

「すまん、守ってやれなくて」
 少し凹む。
 リンカー姉妹たちが奴の大群と相対したとは聞いていた。
 その時点で、そういう可能性に気づくはずだった。
 だがテックは特に気にする様子もなく、

「それは大丈夫。……守ってくれた人がいるから」
「守ってって……誰にだ?」
「……メンター・オメガ」
「映画に出てた奴か?」
 首をかしげる舞奈に、少し嬉しそうに答える。

「ディフェンダーズの影の首領。ほら、わたしが隣町で買ったフィギアの人」
「ああ……」
 そう言えば、そんなこともあったなと思い出す。
 その事を、何故か今まで失念していた。

「――あ。ゾマおはよう」
「おはようテックちゃん、マイちゃん」
「よう園香。元気だったか?」
「うん。でも実はね……」
 園香もスピナーヘッドに襲われたらしい。

「おまえもか」
「うん。でも、もうひとりのひとが守ってくれたんだよ」
「誰? この中から」
「わっ携帯にディフェンダーズの図鑑だすごい。……この人かな?」
「ファーレンエンジェル」
「うんうん、エンジェルさん」
「ヴィラン同士で内輪もめか? にしても、無事で良かったよ」
「ありがとうマイちゃん」
 訝しみながらも気づかう舞奈に、園香も笑みを返す。
 そんなところに、

「あっ! みんな揃ってる! 聞いて聞いて~!」
「うっすモモカ。どうしたよ?」
 花屋のモモカがやってきた。

「あのね! この前、ヴィランに襲われちゃったのよ~!」
「なんだと!?」
「でも格好いいお兄さんが助けてくれたの~」
「どんな?」
「こーんな!」
 テックの問いに答えて上半身をそらして走る真似をする。
 格好いいお兄さんとやらの物真似だろうか?
 以前に麗華や明日香が話していた不審者と特徴が一致する。
 まあモモカが外見より中身で人を判断する人間でよかったと思った。
 まあ例の彼が風呂に入ったらイケメンだった可能性もなくはないが……。

 ……ともかく、ヴィランたちの魔の手は舞奈の友人たちにも及んでいた。
 だがヘルバッハ攻略戦に直接参加まではしなかった数多の術者たちが、舞奈が守れなかった皆を代わりに守ってくれたのだ。
 つまり皆がそれとなく強力な魔術師ウィザードや志ある執行人エージェントに守られていた。
 少し自分が不甲斐ないとは思うものものの、悪い気はしない。
 そんな事を考える舞奈の側で……

「……そこにあらわれたのが謎の老婆。彼女はわたくしの素性とプリンセスパゥワーを見抜いて言いましたのよ! 面白い娘だって!」
「お、おう。芸風変えたのか? 西園寺」
「プリンセスパワーって何だよ?」
「それ、ネットの読みものによくある王子様の台詞なんじゃないのか?」
「で、どうなったんだよ?」
 麗華様はワンマンショーを開催していた。
 まったく何があってもぶれない麗華様だ。
 男子はマンネリ気味につき合う。
 側に控えたデニスとジャネットも苦笑する。

 だが、まあ今回に限っては気が大きくなるのも仕方がない。
 過程はどうあれ彼女は一連の事件の黒幕であるヘルバッハを倒したのだ。
 その手段がどうであろうとも、その事実は変わらない。
 だから、頼むから守秘義務に抵触するようなことを口走らんでくれよと見やる舞奈の前で、麗華様は満面の自尊心が暴走したヤバイい笑みを浮かべ……

「ほら……アレですわ、アレ。いい感じになって、ほら……」
「わかんねーよ」
 ツッコまれて考えて……

「……ふ」
「ふ?」
「ふふっ! 貴方がたではわたくしのレベルについて来られないですわ!」
「ひょっとしてオチ考えてなかったのか?」
「違いますわ! 本当に状況が複雑すぎて貴方がたには理解できないんですよの!」
 自爆した。
 冗談みたいなトークだが麗華様は本気だ。
 本気で状況を理解していないし、後で考えて余計に訳わからなくなったのだろう。

「すンませン、麗華様もあんまり理解してないンす」
「公職の方からも口止めされておりまして……」
「おまえらがそういうこと言うと訳ありっぽくて格好いいなあ」
「いつも麗華様のフォロー大変だね」
 男子たちも慣れた調子で適当に解釈し、優しい視線を白黒2人に向ける。

 例によって今回も麗華たちに対して守秘義務に対する注意事項は口頭でのみ。
 デニスやジャネットは本人もいろいろあるし口外もしないだろうと予想はできる。
 だが麗華様が、信頼のなさと頭の悪さのダブルパンチで結果的に秘密を厳守してくれるだなんて、よく思いついたものだと感心する。

 舞奈がやれやれと苦笑していると、久々に聞いたチャイムが鳴る。
 皆ががやがや微妙に新鮮な気持ちで席に着くと、

「ホームルームを始めるぞ」
 ドアをガラリと開け、小太りな担任と小柄な副担任の鹿田先生がやってきた。

「まずはルーシア王女とレナ王女が近々スカイフォール王国に帰られるそうだ。なので最期にクラスに遊びに来てくださった」
「みんな、お久しぶり」
「お世話になった皆様に御挨拶に来ました」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!」」」
 担任の話に続いて入ってきたレナとルーシアが一礼した途端に歓声をあげ、

「あと、こちらも突然だが鹿田先生も任期の終了が決まった」
「短い間でしたがお世話になりました。とても楽しかったですよ」
「ええーそんなー!」
「行かないで先生ー! もっと遊んで!」
 次なる連絡で泣き崩れる。
 相も変わらず単純でわかりやすい男子たちである。

 だが気持ちはわからなくもない。
 小柄な人好きのする副担任がクラスの皆と上手くやっていたのも、金髪のプリンセスだちが人気者だったのも事実だ。
 彼女らの本来の目的とは無関係に。
 ヴィランともWウィルスとも関係のない場所で、彼女たちは彼女たち自身の美貌とカリスマ性で異国の小学生たちと絆を結んでいた。なので、

「記念写真を撮ろうよ!」
「さんせー!」
 チャビーの思いつきをきっかけに、皆で記念写真を撮ることになった。

 担任と副担任が近くの教室に断りをいれる。
 その間に子供たちは教室の後ろに椅子を並べて2列に並ぶ。
 割と要領がいい。

 撮影係は王女たちの護衛として来ていたゴードン氏だ。
 金髪の生え際が派手に後退した壮年の騎士は、教室の真ん中に古めかしいカメラを据え置いて誇らしげに笑う。
 そうする様は、まるで教室の一角にヨーロッパの小国が出現したよう。
 ライトの代わりは窓から差しこむうららかな日差しだ。

 実はマーサも一緒に来ていたりする。
 だがメイドは何食わぬ顔で担任や鹿田先生と一緒に生徒たちの横に並んでいる。
 ずっと前からクラスの一員だったみたいに自然なスマイルを浮かべて。
 この人は本当に……。

「それでは準備はいいですかな」
「ゴードンさんだけにカメラをまかせてしまって申し訳ないのです」
「お気になさらず。姫様たちの撮影はいつもしておりますからな」
 生真面目な、そして真っ当な感覚を持った委員長がすまなさそうに労う。
 対してゴードンは気さくに答え、

「ルーシアさんたちの撮影を……」
「いつも……」(ゴクリ)
「そういう意味じゃないわよ」
 余計なことを口走った男子どもをレナが睨む。

「それでは参りますぞ――」
 ゴードンがシャッターを切ろうとした瞬間――

「――カニカニ……カニカニカニ……」
「ぎゃーサソリですわ!」
「麗華ちゃん、カニだよ?」
「おおい押すな西園寺……ああっ」
 みゃー子がいらんことして男子がひとり押し出されて見切れてしまった。

「大事なときにやめろよみゃー子」
 舞奈は睨む。

「すいませんゴードンさん。もう一度……」
 担任はゴードンに頭を下げ――

「――でも皆様、とても生き生きとした表情をなさっていますわ」
 ルーシアのひと言で、記念写真はそれに決定した。
 まあ言われてみれば皆の驚いた表情にも構図にも躍動感があって、いい意味でも悪い意味でもクラスの雰囲気が出ている気がする。
 皆の人となりもひと目でわかる。
 この状況で隙なくニコニコしている鹿田先生とかマーサさんとか……。

「レナさん! 埋め合わせに第2パンツください!」
「なに訳のわからない寝言言ってるのよ!」
 ボコオッ!

「ああっレナ!?」
「いえ御気遣いなくルーシアさん、これも御褒美ですので……ふう」
 見切れた男子が調子に乗って、今度はレナに顔面をグーで殴られていた。
 舞奈の目から見ても割とイイ感じにクリーンヒットしたようだが、当の男子は鼻血をたらしながらも至福の表情を浮かべている。
 妙な性癖に目覚めなければいいが。

 なのでルーシアも特に気にする様子もなく微笑む。
 そんなルーシアの笑みを見やって、ゴードンも優しげな笑みを浮かべる。
 キャリアも長いはずの彼は、ずっと昔から王女たちを見守っていた。
 彼女らが喜んでいた時も
 悲しんでいた時も。

(そういやあ鹿田先生、独身らしいぞ)
(どうした? いきなり)
 舞奈はゴードンにだけ【精神読解マインド・リード】で聞こえるように思念を集中する。
 そういえば彼には電車で再開した時に不本意ながらも童貞にツッコミをいれて悲しい想いをさせてしまったことを思い出したのだ。
 帰国を控えたイイ年の彼に、もう少し何かしてもバチは当たらないと思った。

(まあ担任の榊先生も独身だが)
(……何が言いたいんだおまえは。だいたい私が……などおこがましいわ)
(そう卑下するなよ。あんた自分が思ってるより気は若いぜ。鼻字とか)
 珍しくもごもごした感応しずらい【精神感応テレパシー】に軽い調子で返した途端、

(や、か、ま、し、い、わ!!)
 かなりガチ目に睨まれた。
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