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第18章 黄金色の聖槍
戦闘3-3 ~銃技&戦闘魔術vsヘルバッハ
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黒く不吉な雲の上を、3機の輸送機が並んで飛ぶ。
いずれの尾翼にも空自のマークが描かれている。
新開発区の中心部の、地上の大気は大量のWウィルスを含んでいる。
それによって舞奈たちの切り札である特殊弾は無力化されてしまう。
だから麗華様たちプリンセスは輸送機のキャビンで再び入浴の儀式を行い、特殊弾の中身と同じ対抗ウィルスを散布して大気中のWウィルスを除去する算段だ。
そんな儀式のためにプリンセスたちと湯船を積んだVIP機は中央の1機。
左右の2機は予備の湯の輸送を兼ねた護衛だ。
そんな3機を取り囲むように怪異の群れが飛来する。
ハゲワシに似た飛行型の怪異――怪鳥だ。
対して護衛の輸送機から合計4機のドローンが放たれる。
人間サイズのステルス戦闘機を象ったドローンは、空自の陰陽師が操る式神だ。
「ドーター1から各機へ。これより敵怪異を殲滅する」
「「了解!」」
リーダーの号令の元、戦闘機たちはフォーメーションを維持したままエアショーのように旋回しつつ機銃を斉射。
何匹かの怪鳥を木端微塵に打ち砕く。
残った怪鳥の群は4機の式神めがけて襲いかかる。
その間に、中央の1機のキャビン下部の左右数か所にポン付けされたノズルから霧状の何かが噴射される。
霧はウィルスと反応して輝きながら、黒雲を薄れさせながら下界に降りそそぐ。
簡易儀式によって生成された聖水の散布が開始されたのだ。
その効果は地上からでも確認できた。
「……今度は何だ?」
身構える舞奈の周囲に降りそそぐ細い湿った何か。
霧のようなそれは周囲の大気と反応して薄ぼんやりと輝いている。
同時に周囲が少しクリアになる。
思わず見やった上空に、ちらりと見える輸送機の機影。
かすかに聞こえる特徴的なローター音。
どうやら上空の輸送機から何かを散布しているらしい。
対抗ウィルスだろうか?
だが――
「――ひっ!」
舞奈に斬りかかろうとしていたヘルバッハの目の前に火球が出現。
明日香の【火球・弐式】だ。
ヘルバッハは回避もできず激突。
つんのめった体勢のまま顔面が爆発し……
「……なんだ、こけおどしか!」
それだけ。
周囲の大気による魔力の抑制効果はほぼそのまま。
せっかく散布された対抗ウィルスだが、思ったほどの効果はないらしい。
上空から散布しているせいで効果が拡散しているのだろうか?
だが舌打ちしつつも意図的に考えないようにヘルバッハに改造拳銃を向ける。
「楽しそうだな! 得意の【戦場の奸智】は使えないのか?」
「ほざけ!」
挑発しながら撃つ。
同時にヘルバッハの姿が【空間跳躍】でかき消える。
舞奈は真後ろに足を払う、
予想通りにあらわれた黒騎士が足を取られて転ぶ。
がら空きになったボディに蹴りを入れ、血反吐を吐かせながら荒れ地を転がす。
だが必殺の特殊弾がセットされた改造ライフルに手をかけた瞬間、ヘルバッハは再び短距離転移して距離を取る。
直後に横から【雷弾・弐式】をまともに喰らって再び吹き飛ぶ。
結局、舞奈たちのやらなきゃいけないことは先ほどまでと同じだ。
撃っても蹴っても立ち上がって、致命的な攻撃だけはしっかり避けるヘルバッハの隙を誘うべく、タコ殴りにする作業を続けるのだ。
奴は殴山一子とWウィルスを使って四国の一角を滅ぼした。
ルーシアを、レナを悲しませた。
多くの人たちを自身の野望に巻きこみ、彼女ら、彼らの人生を少しずつ狂わせた。
だから奴を討つ。
そのために舞奈はここにやってきた。
だが、こんなことになるなら少し無理して重火器でも持ちこめばよかったか?
膠着した戦況と言う思考の空白に悔恨が滑りこむ。
あるいは騎士団のウォーメイジを1機、拝借してこればよかったか?
いや、装脚艇の動力も魔力だ。
魔力を抑制するWウィルスが濃く漂うこの場所では使えないだろう。
だから四国の件でも投入が遅れたのだと今さら気づく。
そんな風に半ば無意識に斬撃を避けつつ拳と蹴りと銃弾を浴びせながらも、堂々巡りの思考を続ける舞奈の――
(――志門舞奈! 無事?)
(なんだよ! ずいぶん手間取ってるじゃないか!)
脳裏に声。
正確には【精神感応】による脳内への通信。
クラリスとエミルだ。
(元気なようで何よりだ。そっちは片づいたのか?)
(歩行屍俑はまだ残ってるけど、別のチームやスカイフォールの騎士団と合流したから時間の問題だと思うわ。あと……変な生き物とか)
(変な生き物?)
(魔術師の式神……かな? 大きなライオンみたいな、蛇みたいな……?)
(やれやれ、楓さんの仕業だな……)
クラリスと脳内で会話しながら苦笑し、
(僕たちのことはどうでもいい! そっちは大丈夫なのか!?)
(おおっと、そりゃスマン)
ツッコんでくるエミルに答える。
そうしながら超高速で繰り出される2本の剣をのらりくらりと避ける。
高速化の魔術【加速能力】をフルパワーにして仮面の下の形の良い顔を真っ赤にしながら必死で剣を振るうヘルバッハを一瞥しつつ、
(別に遊んでた訳じゃないよ。用意した特殊弾が効かないんだ。空気にも高密度のWウィルスを混ぜこまれてる)
(そういうこと……)
(奴のフニャフニャ剣はどうとでも避けられるが、当てて倒せる手札がない。書き取りの宿題みたいな退屈な作業をしてる最中だ)
「貴様! このわたしを侮辱――ぶべっ!?」
精神感応の最中に襲いかかってきたヘルバッハの顔面にハイキックをねじこむ。
ヘルバッハは地面をゴロゴロ転がる。
そこに【火球・弐式】が数発まとめてぶちこまれるが大した効果はない。
直後に虚空から数発のグレネードランチャーが飛んできて直撃。大爆発。
姿を消して援護に徹する明日香の忍耐も限界に達しようとしている。
(この会話、【思考感知】で読めるのか?)
(ケルト魔術の読心術よね? こちらからの『声』はそんなに強く聞こえないけど、貴女が考えたことは筒抜けよ)
(なるほど他人の電話を聞いてるみたいなものか)
クラリスの答えに納得しながら改造ライフルに手をのばす。
途端、ヘルバッハは【空間跳躍】で目前から消え、少し離れた場所に出現する。
短距離転移で体勢を立て直しつつ距離を取ったのだ。
舞奈は舌打ちする。
やはり致命的な結果につながる攻撃だけをピンポイントで避けてくる。
その思考がクラリスたちに届いたのだろう。
(スカイフォールの王女たちが何か始めるみたい。さっき戦線を離脱したわ)
(……さっき何か降ってきたのはそれか。でも駄目だ。効いてない)
(そんな……)
クラリスが舞奈を安心させようと伝えてくれた情報を、申し訳ないが切って捨てる。
途端に脳内会話なのにわかるほど絶句した姉に代わり――
(――そういうことなら話は簡単だ! ゲシュタルトでサポートする!)
(そりゃ有り難いが……)
エミルの思念が割って入る。
次の瞬間、姉妹は施術でもするかのように一瞬だけ沈黙し、
(安倍明日香! おまえも心を開け! 僕たちが力を貸してやる)
(協力に感謝するわ)
今度は明日香の表層思考が聞こえてきた。
(……具体的にはどうなるんだよ?)
(彼女らの魔力を借りて術が使えるの)
(3人分の魔力ってことか?)
(そんなもんじゃない! 僕らのゲシュタルトを甘く見るなよ!)
(そいつは心強いぜ)
エミルの言葉にニヤリと笑う。
そうしながら迫ってきた2連続の斬撃を無意識に避ける。
そのまま足払いからのハイキックで、手にした剣を蹴り飛ばす。
そういえば彼女らの本当の十八番は施術のサポートだと聞いたことがある。
エミルの口ぶりからすると、その効果は数倍程度ではなさそうだ。
つまりWウィルスが魔術を阻害する中、それすら凌駕するほどの力技で押して押して押しまくれるということだ。
万策が尽きた後の問答無用の力技は嫌いじゃない。
ちらりとヘルバッハの様子を見やると、見えない明日香を露骨に警戒していた。
ビンゴだ。
Wウィルスによる減衰を上回る威力の攻撃魔法は有効な手段らしい。
――と思った途端、虚空から雷撃。
ヘルバッハは短距離転移で避けつつ、かなり後ろまで距離を取る。
早速の【雷弾・弐式】。
だが先ほどまでの雷撃とは明らかに様子が違う。
なるほどゲシュタルトで強化された雷弾は、輝きもサイズも大魔法と同等だ。
「なっ!?」
さらに追い打ちのように同じものが2発。
何時か大頭を消費して放ったのと同じ艦砲射撃の如くプラズマの砲弾を、ある程度なら連射できるらしい。頼もしいことこの上ない。
舞奈も奴との距離を詰める。
同時に握りしめた改造拳銃の内側から熱。
ジャケットの裏側の拳銃からも。
明日香も考えることは同じのようだ。
今がヘルバッハを倒す最大のチャンスだ。
あるいは特殊弾を使うまでもなく奴を消し炭にできる可能性も無くはない。
対して奴も【空間の小倉庫】で2本の剣を取り寄せ、両手に握って身構える。
覚悟を決めたか。
あるいは舞奈を相手に小細工による回避や防護は逆効果だと判断したか。
周囲に数多の火球【火嵐・弐式】が降りそそぐ。
「他人事だと思って無茶しやがって」
苦笑しながら舞奈は走る。
爆炎を目くらましに接敵しろと言いたいらしい。
いつもながらの無茶ぶりだ。
だが気分は悪くない。
舞奈も思考は読まれているのだから小細工は無駄だ。
何も考えずに距離を詰めて、何も考えずに撃てばいい。
綿密に策を練るのは柄じゃないのだ。
だから舞奈は特撮のような爆炎の中を、全力で走って、走って……
……同じ頃。
上空を飛行中の輸送機のキャビンに設えられた浴場で、
「どう? 姉さま」
「残念ながら目立った効果は上がっていないと……」
「なんですって! こうなったら意地の見せ所よ!」
「意地ってどんな!?」
「もっと身体をこすって垢を出すのよ!」
「落ち着きなさいませレナ! そんなにゴシゴシこすったらお肌が荒れますわ!」
王女たちも奮闘(?)していた。
その側で……
「……」
「お加減でもすぐれないのですか? 麗華」
湯船の中で麗華様は黙りこくってうつむいていた
ルーシアが心配して覗きこむと、歯を食いしばって妙な表情をしていた。
実は麗華様、フォート・マーリン級の客室でドリンクをたくさん飲んでいた。
茶菓子もたらふく食べていた。
スカイフォールの旬の果物をふんだんに使ったドリンクも、良質な小麦を使ったクッキーも大変に美味で、調子に乗っておかわりしまくっていたのだ。
その効果が、入浴して身体があたたまった今になってあらわれてきたらしい。
具体的に言うと、膀胱がかなり危険な状態だ。
だが流石に今、この場所でいたすのは気が引ける。
前回の儀式のときは志門舞奈にひっかけて誤魔化せた(と本人は思っている)。
だが王女2人と自分しかいない今の状況でその手は使えない。
かと言って風呂を上がって花を摘みに行く選択肢はなし。
今そんなことをしたらレナやルーシアに手柄を取られてしまう。
自分がちやほやされなくなってしまう。
だから普段からポンコツなのに加えて上記の通り限界なのを我慢しているせいでさらに血の巡りが悪くなった脳みそでいろいろ、いろいろ考えた末……
「……そうですわ!」
「あっちょっと、いきなり立つと危ないわよ」
麗華は唐突に立ち上がる。
「ルーシア! レナ! 民草はわたくしのプリンセスパゥワーが欲しくて欲しくてたまらないのに足りないから困ってるのですわね?」
「ええ、まあ……」
「大体そんな感じだけど……」
割と端々に勘違いのある麗華の言葉を、大筋は間違ってないので肯定する。
勝手に作られた造語についても特にツッコまない。
「そういうことなら話は簡単ですわ! わたくしが直接――」
――出向いて御小水をひっかけてやりますわ
そう麗華様はおっしゃった。
「麗華!?」
「正気なの!?」
プリンセス2人はビックリ仰天。
正直、耳を疑った。
麗華の発想の凄まじさに恐れをなした。
パンツを通販で売られたくらいで動揺した自身が小さい人間のように思えた。
庶民としての生活が長かったからなのでしょうか?
思わず、そんな失礼なことを考えたりもした。
だが2人とも、その案が風呂の残り湯を散布するより確実なことにも気づいた。
儀式の効果が薄いのは噴霧された対抗ウィルスが拡散しているからだ。
だが限られた範囲に原液を降りそそげば効果はある。
でも自分たちには絶対に無理だと思った。
だから麗華を止めなかった。
そして勢いのついた麗華様は止まらない。
麗華様はブレーキがぶっ壊れた狂犬なのだ。
特にツッコミ役のデニスやジャネットがいないときは。
何より臨界間際の膀胱と、ちやほやされる未来を両方とも守る道は他にない。
プリンセス2人がどう思おうが麗華様の了見は狭くて小さい。
だが、その狭い世界を守るために必死なのだ。
「さあ下僕たち! わたくしのプリンセスパゥワーを下々に知らしめるため、王家の威光を世に知らしめるため力を貸してくださいまし!」
「えっ麗華? 何処に向かって叫んで――」
「――いいだろう」
「「あっ!?」」
いきなり叫んだ麗華への答えは、キャビンのドアを開けてあらわれた。
レナが驚いたのは高高度を飛行中の航空機の内外を隔てるドアが開いたからだ。
ルーシアが驚いたのは、風を操って気圧差を無理やりに抑えこんだ凄まじく高度で強力な呪術に気づいたからだ。
麗華様はどちらにも気づかなかった。
だが勢いだけは誰にも負けなかった。
「君は本当にそれでいいんだな?」
空いたドアから入って来て問うたのは公安の猫島朱音。
側にはフランシーヌもいる。
彼女らも地上の戦闘を仲間にまかせ、麗華たちの元にやってきた。
梵術士である朱音は【迦楼羅天の飛翔】で空を飛べる。
フランシーヌも修験術による飛行術【迦楼羅・鳥船・飛翔】で飛行可能だ。
そして朱音が戦う理由は子供たちを、若人たちの清き心と選択を守ること。
だから――
「――もちろんですわ!」
麗華様は躊躇なく答える。
もはや後には引けない……どころか謎の強キャラ的人物に認められて無茶苦茶にテンションが上がっていた。
もう気分は伝説の槍を携えて騎士に突撃する英雄物語の主人公だ!
そんな一見すると怖れ知らずの戦士のような表情を見やり、朱音はうなずく。
フランシーヌも力強くうなずく。
そういえば彼女は志門舞奈のクラスメートだったな(ですね)。
そんな失礼な納得の仕方をする。
それだけで話は決まった。
そして同じ頃。
地上の別の戦場では、
「クラリス、エミル、大丈夫か?」
「え、ええ……」
「僕たちは大丈夫だけど……」
クイーン・ネメシスの問いかけに、リンカー姉妹は集中しながら答える。
「ゲシュタルトの超能力が、あればあるだけ吸われるんだ! なんて奴だ!」
そう叫びながらエミルは激怒する。
彼女らのMumは、側で援護するベリアルと顔を見合わせる。
そして再び高高度。
輸送機のキャビンのドアが開き、2人の術者が飛翔する。
ひとりはフランシーヌ。
もうひとりは空中で胡坐をかいた足の上に麗華様を乗せた猫島朱音。
梵術士は【迦楼羅天の飛翔】で飛ぶ際に舞踏することはない。
代わりに仏像のような胡坐をかいたポーズをとる。
そのポーズのまま、何時でもひっかけられるようにワンピースのドレスを着こんだ麗華様を育児用肩紐を使って抱えているのだ。
KASC攻略戦の時の舞奈や明日香と似た状況だ。
「怖くありませんか?」
「へっちゃらですわ」
フランシーヌの問いに、麗華様は不敵に答える。
怖れるものなど何もない。
何故なら麗華様はプリンセスだから! 英雄だから!
ようやく世界が! 時代が! わたくしに追いついたようですわね!
「早速お出ましのようだ」
言いつつ朱音が見やる先。
そこには怪鳥の群が待ち受けていた。
朱音とフランシーヌは不敵に笑う。
麗華様は(大きなカラスがたくさんいますわ)くらいにしか思わない。
何せ今の自分は無敵だし……正直、早く用事を済ませたい。
早くちやほやされたいし、実は先ほど膀胱から再コールがあった。
「おっ! やってるじゃないかい!」
「我々も援護させていただこう!」
「かたじけない!」
空自の式神――4機のステルス戦闘機が3人を囲むように並ぶ。
そんな2人と4機めがけて怪鳥どもが襲いかかる。
怪鳥どもは飛来しながらくちばしを広げ、奇声とともに火弾を、光弾を吐く。
体内で生成した分泌物に【火霊武器】【雷霊武器】を付与しているのだ。
そんな火矢の一斉攻撃に対し、
「集団防護!」
リーダーの号令の元、戦闘機たちが機体下部のウェポンベイを開く。
内部に仕込まれた符を放つ。
4機で放った数多の符は空中で無数の盾となり、麗華たちと式神を守るように並ぶ。
即ち【大裳・磐楯法】【六合・木楯法】【天后・水楯法】【大陰・鉄楯法】。
無数の火矢が無数の盾を砕く爆炎を斬り裂きながら、4機は機銃で反撃する。
何匹かの怪鳥が、盾を砕いた爆炎と同じ色に爆ぜて消える。
「突っ切るぞ!」
宣言しつつ、無茶な機動に備えて【四大天王の法】を行使する。
一緒に麗華の身体も強化する。
術者は、あるいは異能力者の異能がそうであれば、付与魔法を自分自身と同じ質量までのものを装備品とみなし、同じ効果を及ぼすことができる。
大人の朱音であれば装備品と麗華をまとめて強化する程度は造作ない。
その間に先行した戦闘機たちが機銃で、あるいはウェポンベイからミサイルの如きエレメントの弾丸を無数に放って怪鳥どもを蹴散らす。
そうして作られた花道を、朱音とフランシーヌは速度を上げて飛翔する。
「大丈夫か?」
「だ……大丈夫ですわ!」
朱音の問いに、答える麗華の顔色は先ほどまでと比べてなお悪い。
怖がっている……のではもちろんない。
麗華様、今度はお腹が痛くなってきたのだ。
何故なら身体強化の呪術は感覚を鈍らせる術ではない。
高高度を高速で飛行することによってポンポンが冷えるのは止められないし、急激な冷えによって横隔膜が刺激されることを防ぐこともできない。
加えて麗華様、客間でドリンクと一緒にクッキーもたらふく食べていた。
前も後も火の車。
まさに内なる四面楚歌な麗華様は……
……同じ頃。
再び地上の戦場で、
「目くらましごときで――」
「――だが効いてるみたいじゃないか!」
爆炎の中から跳び出しながら、片手で構えた改造拳銃を撃つ。
放たれた銃弾は【炎榴弾】。
リンカー姉妹のゲシュタルトにより強大な魔力を借り受けている明日香。
今の状態で銃にかける付与魔法を行使すると、例え薬室が強化されていようが問答無用で銃が破裂しかねない。
だから術者の魔力を1発の弾頭に収束させる【炎榴弾】だ。
そんなレベルの魔力が凝縮された火球がヘルバッハの顔面めがけて飛ぶ。
騎士は防御魔法が間に合わないか両手の剣でブロックする。
だが火球は顔面をまともに捉えて大爆発。
ヘルバッハは派手に吹き飛ぶ。
その際、またしても剣を落とした左手がピクリと動いたのを舞奈は見逃さない。
よもや【智慧の大門】の指輪か?
だが奴が指輪で逃げ出す前に、片付けてしまえば事は終わる。
空中で白目を剥きかけたヘルバッハめがけ、左手の拳銃で追撃。
こちらに込められた魔術は【滅光榴弾】。
輝く銃弾が黒騎士の身体に突き刺さって大爆発。
後ろに2回ほど跳んで十分に距離を取った舞奈の目前、それまでヘルバッハがいた場所にキノコ雲が吹き上がる。
減衰されてはいるものの核攻撃が騎士をまともに捉えたのだ。
そこに更なる追撃。
側に姿をあらわした明日香の掌からも同じ色の光線が飛ぶ。
こちらは術者自身が攻撃魔法のように直に放つ核攻撃【滅光大撃】。
明日香も同じレベルの大魔法を使って追撃したのだ。
(終わった……の……?)
(安倍明日香! いくらゲシュタルトが強力だからって程度を考えろよ!)
(お2人の協力に感謝するわ)
エミルの苦情を聞き流す。
先ほどからの僅かな攻防で山もりの大頭と同程度の魔力を融通させられた彼女らに対してこの塩対応。まったく良い面の皮だ。
だが――
「――まだだ」
舞奈は油断なく身構えたまま。
2つの魔法の核爆発のキノコ雲が止んだ後、そこには……
「何……故……」
「アテクシ……が……?」
……更地の砂ではない何かがいた。
「国際テロリスト【A∵H∵O∵】首領テロドス?」
「殴山一子だと!?」
銀色の機械のような身体をした怪異。
ディフェンダーズの資料で見たテロドスと、見間違うはずもない殴山一子。
だが過去に倒したはずの完全体は、2人の目の前で砕けて消える。
その後ろには左の掌をかざした体勢のヘルバッハ。
奴は【智慧の大門】の指輪で逃げた訳ではなかった。
完全体に転化できる手下を召喚して盾にしたのだ。
大気中のWウィルスによって減衰したとはいえ2発の戦術核の直撃を防ぐには、そうする意外に方法はなかった。
それは奴の奥の手でもあったのだろう。
だが舞奈は訝しむ。
奴がそうする理由がわからないのだ。
そんな便利な手札があるのなら、これほどまでにボコボコに蹴られ、殴られ追い詰められる前に手下を呼び寄せて対抗しようとは思わなかったのか?
あるいは先ほど、そのまま逃げたら駄目だったのか?
手下は召喚した直後に消えた。
奴にとって戦況が不利なことには変わりないはずだ。
あるいは、この場所に留まらなければいけない理由が奴にはあるということか?
そもそも奴は、具体的に何をしようとしていたのだ?
あるいは今も何かをしようとしているのか?
奴自身の喉元に手が届きかけた今になっても舞奈には何ひとつわからない。
舞奈の知らない事を知っているはずの明日香も、他の術者たちも。
だから……
「……あんたの儀式が成功したら、この場所で具体的に何がおきる?」
改造ライフルを手に取り油断なく身構えながら静かに問う。
「……じきにわかるさ。運命の時は間もなく訪れる」
「仕込みは済んでたってことか?」
「ああ、その通りだ」
答えに目を細める明日香を無言で制止する。
奴がこの場所に留まっている理由はわかった。
どうやら儀式とやらは既に完成していたらしい。
後は時間だけが問題だったのだろう。
だから仮面から得た魔術とWウィルスで得た力を防御力に全振りして、時間稼ぎをしていたつもりか。
だが、そうまでして奴が成し遂げたかった事とは何だろうか?
答えを聞いた今ですら見当もつかない。
ここまで何もかもを利用して、計画して、目指すもの以外のものを何もかもかなぐり捨てて、そういう生き様は自分や一樹、美香と少し似ている気がする。
だが、そうまでして奴が得たいと思っているものが何なのか本気でわからない。
何らかの利益を得ようとしているにしろ、あるいは自棄になって世界に復讐しようとしているにしろ、もっと安易で確実な方法がいくらでもあったように思える。
この方法じゃなければ成し得ないものとは、何だろうか?
それを奴に直に尋ねても、異世界の扉がどうとかと戯言が返ってくるだけだ。
それも時間稼ぎのための策だったのだろうか?
あるいは……彼は本当に倒すべき敵なのだろうか?
少しだが奴と話していてわかった。
奴は了見が狭くて小さいだけで、根は悪い奴じゃない。
奴の中の小さな世界を守るために必死だっただけだ。
少なくとも以前に相対したKASCの悪党どもや、今しがた束の間の再開をしたばかりの殴山一子どもとは根本から違う。
他者の痛みがわからないのではなく世間知らずなだけだ。
舞奈はふと思う。
奴の今までの企みは、すべてが目的を果たすためのものだったのだろう。
ならば、その目的とやらを果たした後なら更生できるのではないだろうか?
真人間になって、罪を償うことができるのではないだろうか?
……トルソが切丸に託し、だが果たされなかった何かのように。
あるいはベリアルがトルソに与えたのと同じ贖罪の機会を、奴に与えないことがフェアなことだと胸を張って言えるのか?
あの醜い殴山一子と同じ存在に、自分自身がなってはいないか?
息子を取られた腹いせに四国の一角を滅ぼしたような理不尽な暴力を、奴に振るおうとしてはいないか?
(……貴女が最良だと思うことをすればいいと思うわ)
舞奈の迷いに寄り添うように、ささやくようなクラリスの思念。
(でも躊躇だけはしないで。戦場で迷いは禁物だもの)
(あんたたちのMumの教えかい?)
(貴女の心の中から見つけた言葉よ)
(そうだっけか)
心の中でクラリスと語らう。
彼女の言葉で、存在で、張り詰めた舞奈の心が和らいだのは事実だ。
だから身構える。
もう誰も悲しまなくて済む結末のために。
そう思った、その時――
「――!?」
舞奈は気づいた。
ヘルバッハの背後から、何かが物凄い勢いで飛んできた。
人のようだ。
それも2人。
公安の猫島朱音とフランシーヌ草薙だ。
おそらく術を使って高速飛行しているのだろう。
あぐらをかいたポーズの朱音は両腕で何かを抱えている。
こちらも人だ。
舞奈たちと同じくらいの年頃の少女?
麗華様!?
舞奈の視界ギリギリの距離で、麗華は何だか物凄い形相で何やら叫びながら、とんでもなく下品なポーズでこちらに向かって足を広げる。
舞奈の様子に何かを察してヘルバッハは振り返り――
「――跳べ!! 明日香!」
舞奈は叫ぶ。
牽制代わりに改造ライフルを全弾ぶっ放しつつ自身も地面を転がって――
――同じ頃。
麗華様が去って静けさを取り戻したフォート・マーリン級のブリッジで……
「……?」
ニュットが訝しむ。
不意にマーサが何か口ずさみ始めたのだ。
耳慣れぬリズムの、だが心地よいそれは唄だった。
母親の抱擁のように穏やかで、やさしげで、けれど何処か儚げなハミング。
「何の歌だか?」
「いえ」
問うニュットにマーサは一度、口ずさむのを止め……
「バッハ様が小さい頃、好きだった曲なんですよ……」
口元に寂しげな笑みを浮かべ、遠い目をして答えた。
いずれの尾翼にも空自のマークが描かれている。
新開発区の中心部の、地上の大気は大量のWウィルスを含んでいる。
それによって舞奈たちの切り札である特殊弾は無力化されてしまう。
だから麗華様たちプリンセスは輸送機のキャビンで再び入浴の儀式を行い、特殊弾の中身と同じ対抗ウィルスを散布して大気中のWウィルスを除去する算段だ。
そんな儀式のためにプリンセスたちと湯船を積んだVIP機は中央の1機。
左右の2機は予備の湯の輸送を兼ねた護衛だ。
そんな3機を取り囲むように怪異の群れが飛来する。
ハゲワシに似た飛行型の怪異――怪鳥だ。
対して護衛の輸送機から合計4機のドローンが放たれる。
人間サイズのステルス戦闘機を象ったドローンは、空自の陰陽師が操る式神だ。
「ドーター1から各機へ。これより敵怪異を殲滅する」
「「了解!」」
リーダーの号令の元、戦闘機たちはフォーメーションを維持したままエアショーのように旋回しつつ機銃を斉射。
何匹かの怪鳥を木端微塵に打ち砕く。
残った怪鳥の群は4機の式神めがけて襲いかかる。
その間に、中央の1機のキャビン下部の左右数か所にポン付けされたノズルから霧状の何かが噴射される。
霧はウィルスと反応して輝きながら、黒雲を薄れさせながら下界に降りそそぐ。
簡易儀式によって生成された聖水の散布が開始されたのだ。
その効果は地上からでも確認できた。
「……今度は何だ?」
身構える舞奈の周囲に降りそそぐ細い湿った何か。
霧のようなそれは周囲の大気と反応して薄ぼんやりと輝いている。
同時に周囲が少しクリアになる。
思わず見やった上空に、ちらりと見える輸送機の機影。
かすかに聞こえる特徴的なローター音。
どうやら上空の輸送機から何かを散布しているらしい。
対抗ウィルスだろうか?
だが――
「――ひっ!」
舞奈に斬りかかろうとしていたヘルバッハの目の前に火球が出現。
明日香の【火球・弐式】だ。
ヘルバッハは回避もできず激突。
つんのめった体勢のまま顔面が爆発し……
「……なんだ、こけおどしか!」
それだけ。
周囲の大気による魔力の抑制効果はほぼそのまま。
せっかく散布された対抗ウィルスだが、思ったほどの効果はないらしい。
上空から散布しているせいで効果が拡散しているのだろうか?
だが舌打ちしつつも意図的に考えないようにヘルバッハに改造拳銃を向ける。
「楽しそうだな! 得意の【戦場の奸智】は使えないのか?」
「ほざけ!」
挑発しながら撃つ。
同時にヘルバッハの姿が【空間跳躍】でかき消える。
舞奈は真後ろに足を払う、
予想通りにあらわれた黒騎士が足を取られて転ぶ。
がら空きになったボディに蹴りを入れ、血反吐を吐かせながら荒れ地を転がす。
だが必殺の特殊弾がセットされた改造ライフルに手をかけた瞬間、ヘルバッハは再び短距離転移して距離を取る。
直後に横から【雷弾・弐式】をまともに喰らって再び吹き飛ぶ。
結局、舞奈たちのやらなきゃいけないことは先ほどまでと同じだ。
撃っても蹴っても立ち上がって、致命的な攻撃だけはしっかり避けるヘルバッハの隙を誘うべく、タコ殴りにする作業を続けるのだ。
奴は殴山一子とWウィルスを使って四国の一角を滅ぼした。
ルーシアを、レナを悲しませた。
多くの人たちを自身の野望に巻きこみ、彼女ら、彼らの人生を少しずつ狂わせた。
だから奴を討つ。
そのために舞奈はここにやってきた。
だが、こんなことになるなら少し無理して重火器でも持ちこめばよかったか?
膠着した戦況と言う思考の空白に悔恨が滑りこむ。
あるいは騎士団のウォーメイジを1機、拝借してこればよかったか?
いや、装脚艇の動力も魔力だ。
魔力を抑制するWウィルスが濃く漂うこの場所では使えないだろう。
だから四国の件でも投入が遅れたのだと今さら気づく。
そんな風に半ば無意識に斬撃を避けつつ拳と蹴りと銃弾を浴びせながらも、堂々巡りの思考を続ける舞奈の――
(――志門舞奈! 無事?)
(なんだよ! ずいぶん手間取ってるじゃないか!)
脳裏に声。
正確には【精神感応】による脳内への通信。
クラリスとエミルだ。
(元気なようで何よりだ。そっちは片づいたのか?)
(歩行屍俑はまだ残ってるけど、別のチームやスカイフォールの騎士団と合流したから時間の問題だと思うわ。あと……変な生き物とか)
(変な生き物?)
(魔術師の式神……かな? 大きなライオンみたいな、蛇みたいな……?)
(やれやれ、楓さんの仕業だな……)
クラリスと脳内で会話しながら苦笑し、
(僕たちのことはどうでもいい! そっちは大丈夫なのか!?)
(おおっと、そりゃスマン)
ツッコんでくるエミルに答える。
そうしながら超高速で繰り出される2本の剣をのらりくらりと避ける。
高速化の魔術【加速能力】をフルパワーにして仮面の下の形の良い顔を真っ赤にしながら必死で剣を振るうヘルバッハを一瞥しつつ、
(別に遊んでた訳じゃないよ。用意した特殊弾が効かないんだ。空気にも高密度のWウィルスを混ぜこまれてる)
(そういうこと……)
(奴のフニャフニャ剣はどうとでも避けられるが、当てて倒せる手札がない。書き取りの宿題みたいな退屈な作業をしてる最中だ)
「貴様! このわたしを侮辱――ぶべっ!?」
精神感応の最中に襲いかかってきたヘルバッハの顔面にハイキックをねじこむ。
ヘルバッハは地面をゴロゴロ転がる。
そこに【火球・弐式】が数発まとめてぶちこまれるが大した効果はない。
直後に虚空から数発のグレネードランチャーが飛んできて直撃。大爆発。
姿を消して援護に徹する明日香の忍耐も限界に達しようとしている。
(この会話、【思考感知】で読めるのか?)
(ケルト魔術の読心術よね? こちらからの『声』はそんなに強く聞こえないけど、貴女が考えたことは筒抜けよ)
(なるほど他人の電話を聞いてるみたいなものか)
クラリスの答えに納得しながら改造ライフルに手をのばす。
途端、ヘルバッハは【空間跳躍】で目前から消え、少し離れた場所に出現する。
短距離転移で体勢を立て直しつつ距離を取ったのだ。
舞奈は舌打ちする。
やはり致命的な結果につながる攻撃だけをピンポイントで避けてくる。
その思考がクラリスたちに届いたのだろう。
(スカイフォールの王女たちが何か始めるみたい。さっき戦線を離脱したわ)
(……さっき何か降ってきたのはそれか。でも駄目だ。効いてない)
(そんな……)
クラリスが舞奈を安心させようと伝えてくれた情報を、申し訳ないが切って捨てる。
途端に脳内会話なのにわかるほど絶句した姉に代わり――
(――そういうことなら話は簡単だ! ゲシュタルトでサポートする!)
(そりゃ有り難いが……)
エミルの思念が割って入る。
次の瞬間、姉妹は施術でもするかのように一瞬だけ沈黙し、
(安倍明日香! おまえも心を開け! 僕たちが力を貸してやる)
(協力に感謝するわ)
今度は明日香の表層思考が聞こえてきた。
(……具体的にはどうなるんだよ?)
(彼女らの魔力を借りて術が使えるの)
(3人分の魔力ってことか?)
(そんなもんじゃない! 僕らのゲシュタルトを甘く見るなよ!)
(そいつは心強いぜ)
エミルの言葉にニヤリと笑う。
そうしながら迫ってきた2連続の斬撃を無意識に避ける。
そのまま足払いからのハイキックで、手にした剣を蹴り飛ばす。
そういえば彼女らの本当の十八番は施術のサポートだと聞いたことがある。
エミルの口ぶりからすると、その効果は数倍程度ではなさそうだ。
つまりWウィルスが魔術を阻害する中、それすら凌駕するほどの力技で押して押して押しまくれるということだ。
万策が尽きた後の問答無用の力技は嫌いじゃない。
ちらりとヘルバッハの様子を見やると、見えない明日香を露骨に警戒していた。
ビンゴだ。
Wウィルスによる減衰を上回る威力の攻撃魔法は有効な手段らしい。
――と思った途端、虚空から雷撃。
ヘルバッハは短距離転移で避けつつ、かなり後ろまで距離を取る。
早速の【雷弾・弐式】。
だが先ほどまでの雷撃とは明らかに様子が違う。
なるほどゲシュタルトで強化された雷弾は、輝きもサイズも大魔法と同等だ。
「なっ!?」
さらに追い打ちのように同じものが2発。
何時か大頭を消費して放ったのと同じ艦砲射撃の如くプラズマの砲弾を、ある程度なら連射できるらしい。頼もしいことこの上ない。
舞奈も奴との距離を詰める。
同時に握りしめた改造拳銃の内側から熱。
ジャケットの裏側の拳銃からも。
明日香も考えることは同じのようだ。
今がヘルバッハを倒す最大のチャンスだ。
あるいは特殊弾を使うまでもなく奴を消し炭にできる可能性も無くはない。
対して奴も【空間の小倉庫】で2本の剣を取り寄せ、両手に握って身構える。
覚悟を決めたか。
あるいは舞奈を相手に小細工による回避や防護は逆効果だと判断したか。
周囲に数多の火球【火嵐・弐式】が降りそそぐ。
「他人事だと思って無茶しやがって」
苦笑しながら舞奈は走る。
爆炎を目くらましに接敵しろと言いたいらしい。
いつもながらの無茶ぶりだ。
だが気分は悪くない。
舞奈も思考は読まれているのだから小細工は無駄だ。
何も考えずに距離を詰めて、何も考えずに撃てばいい。
綿密に策を練るのは柄じゃないのだ。
だから舞奈は特撮のような爆炎の中を、全力で走って、走って……
……同じ頃。
上空を飛行中の輸送機のキャビンに設えられた浴場で、
「どう? 姉さま」
「残念ながら目立った効果は上がっていないと……」
「なんですって! こうなったら意地の見せ所よ!」
「意地ってどんな!?」
「もっと身体をこすって垢を出すのよ!」
「落ち着きなさいませレナ! そんなにゴシゴシこすったらお肌が荒れますわ!」
王女たちも奮闘(?)していた。
その側で……
「……」
「お加減でもすぐれないのですか? 麗華」
湯船の中で麗華様は黙りこくってうつむいていた
ルーシアが心配して覗きこむと、歯を食いしばって妙な表情をしていた。
実は麗華様、フォート・マーリン級の客室でドリンクをたくさん飲んでいた。
茶菓子もたらふく食べていた。
スカイフォールの旬の果物をふんだんに使ったドリンクも、良質な小麦を使ったクッキーも大変に美味で、調子に乗っておかわりしまくっていたのだ。
その効果が、入浴して身体があたたまった今になってあらわれてきたらしい。
具体的に言うと、膀胱がかなり危険な状態だ。
だが流石に今、この場所でいたすのは気が引ける。
前回の儀式のときは志門舞奈にひっかけて誤魔化せた(と本人は思っている)。
だが王女2人と自分しかいない今の状況でその手は使えない。
かと言って風呂を上がって花を摘みに行く選択肢はなし。
今そんなことをしたらレナやルーシアに手柄を取られてしまう。
自分がちやほやされなくなってしまう。
だから普段からポンコツなのに加えて上記の通り限界なのを我慢しているせいでさらに血の巡りが悪くなった脳みそでいろいろ、いろいろ考えた末……
「……そうですわ!」
「あっちょっと、いきなり立つと危ないわよ」
麗華は唐突に立ち上がる。
「ルーシア! レナ! 民草はわたくしのプリンセスパゥワーが欲しくて欲しくてたまらないのに足りないから困ってるのですわね?」
「ええ、まあ……」
「大体そんな感じだけど……」
割と端々に勘違いのある麗華の言葉を、大筋は間違ってないので肯定する。
勝手に作られた造語についても特にツッコまない。
「そういうことなら話は簡単ですわ! わたくしが直接――」
――出向いて御小水をひっかけてやりますわ
そう麗華様はおっしゃった。
「麗華!?」
「正気なの!?」
プリンセス2人はビックリ仰天。
正直、耳を疑った。
麗華の発想の凄まじさに恐れをなした。
パンツを通販で売られたくらいで動揺した自身が小さい人間のように思えた。
庶民としての生活が長かったからなのでしょうか?
思わず、そんな失礼なことを考えたりもした。
だが2人とも、その案が風呂の残り湯を散布するより確実なことにも気づいた。
儀式の効果が薄いのは噴霧された対抗ウィルスが拡散しているからだ。
だが限られた範囲に原液を降りそそげば効果はある。
でも自分たちには絶対に無理だと思った。
だから麗華を止めなかった。
そして勢いのついた麗華様は止まらない。
麗華様はブレーキがぶっ壊れた狂犬なのだ。
特にツッコミ役のデニスやジャネットがいないときは。
何より臨界間際の膀胱と、ちやほやされる未来を両方とも守る道は他にない。
プリンセス2人がどう思おうが麗華様の了見は狭くて小さい。
だが、その狭い世界を守るために必死なのだ。
「さあ下僕たち! わたくしのプリンセスパゥワーを下々に知らしめるため、王家の威光を世に知らしめるため力を貸してくださいまし!」
「えっ麗華? 何処に向かって叫んで――」
「――いいだろう」
「「あっ!?」」
いきなり叫んだ麗華への答えは、キャビンのドアを開けてあらわれた。
レナが驚いたのは高高度を飛行中の航空機の内外を隔てるドアが開いたからだ。
ルーシアが驚いたのは、風を操って気圧差を無理やりに抑えこんだ凄まじく高度で強力な呪術に気づいたからだ。
麗華様はどちらにも気づかなかった。
だが勢いだけは誰にも負けなかった。
「君は本当にそれでいいんだな?」
空いたドアから入って来て問うたのは公安の猫島朱音。
側にはフランシーヌもいる。
彼女らも地上の戦闘を仲間にまかせ、麗華たちの元にやってきた。
梵術士である朱音は【迦楼羅天の飛翔】で空を飛べる。
フランシーヌも修験術による飛行術【迦楼羅・鳥船・飛翔】で飛行可能だ。
そして朱音が戦う理由は子供たちを、若人たちの清き心と選択を守ること。
だから――
「――もちろんですわ!」
麗華様は躊躇なく答える。
もはや後には引けない……どころか謎の強キャラ的人物に認められて無茶苦茶にテンションが上がっていた。
もう気分は伝説の槍を携えて騎士に突撃する英雄物語の主人公だ!
そんな一見すると怖れ知らずの戦士のような表情を見やり、朱音はうなずく。
フランシーヌも力強くうなずく。
そういえば彼女は志門舞奈のクラスメートだったな(ですね)。
そんな失礼な納得の仕方をする。
それだけで話は決まった。
そして同じ頃。
地上の別の戦場では、
「クラリス、エミル、大丈夫か?」
「え、ええ……」
「僕たちは大丈夫だけど……」
クイーン・ネメシスの問いかけに、リンカー姉妹は集中しながら答える。
「ゲシュタルトの超能力が、あればあるだけ吸われるんだ! なんて奴だ!」
そう叫びながらエミルは激怒する。
彼女らのMumは、側で援護するベリアルと顔を見合わせる。
そして再び高高度。
輸送機のキャビンのドアが開き、2人の術者が飛翔する。
ひとりはフランシーヌ。
もうひとりは空中で胡坐をかいた足の上に麗華様を乗せた猫島朱音。
梵術士は【迦楼羅天の飛翔】で飛ぶ際に舞踏することはない。
代わりに仏像のような胡坐をかいたポーズをとる。
そのポーズのまま、何時でもひっかけられるようにワンピースのドレスを着こんだ麗華様を育児用肩紐を使って抱えているのだ。
KASC攻略戦の時の舞奈や明日香と似た状況だ。
「怖くありませんか?」
「へっちゃらですわ」
フランシーヌの問いに、麗華様は不敵に答える。
怖れるものなど何もない。
何故なら麗華様はプリンセスだから! 英雄だから!
ようやく世界が! 時代が! わたくしに追いついたようですわね!
「早速お出ましのようだ」
言いつつ朱音が見やる先。
そこには怪鳥の群が待ち受けていた。
朱音とフランシーヌは不敵に笑う。
麗華様は(大きなカラスがたくさんいますわ)くらいにしか思わない。
何せ今の自分は無敵だし……正直、早く用事を済ませたい。
早くちやほやされたいし、実は先ほど膀胱から再コールがあった。
「おっ! やってるじゃないかい!」
「我々も援護させていただこう!」
「かたじけない!」
空自の式神――4機のステルス戦闘機が3人を囲むように並ぶ。
そんな2人と4機めがけて怪鳥どもが襲いかかる。
怪鳥どもは飛来しながらくちばしを広げ、奇声とともに火弾を、光弾を吐く。
体内で生成した分泌物に【火霊武器】【雷霊武器】を付与しているのだ。
そんな火矢の一斉攻撃に対し、
「集団防護!」
リーダーの号令の元、戦闘機たちが機体下部のウェポンベイを開く。
内部に仕込まれた符を放つ。
4機で放った数多の符は空中で無数の盾となり、麗華たちと式神を守るように並ぶ。
即ち【大裳・磐楯法】【六合・木楯法】【天后・水楯法】【大陰・鉄楯法】。
無数の火矢が無数の盾を砕く爆炎を斬り裂きながら、4機は機銃で反撃する。
何匹かの怪鳥が、盾を砕いた爆炎と同じ色に爆ぜて消える。
「突っ切るぞ!」
宣言しつつ、無茶な機動に備えて【四大天王の法】を行使する。
一緒に麗華の身体も強化する。
術者は、あるいは異能力者の異能がそうであれば、付与魔法を自分自身と同じ質量までのものを装備品とみなし、同じ効果を及ぼすことができる。
大人の朱音であれば装備品と麗華をまとめて強化する程度は造作ない。
その間に先行した戦闘機たちが機銃で、あるいはウェポンベイからミサイルの如きエレメントの弾丸を無数に放って怪鳥どもを蹴散らす。
そうして作られた花道を、朱音とフランシーヌは速度を上げて飛翔する。
「大丈夫か?」
「だ……大丈夫ですわ!」
朱音の問いに、答える麗華の顔色は先ほどまでと比べてなお悪い。
怖がっている……のではもちろんない。
麗華様、今度はお腹が痛くなってきたのだ。
何故なら身体強化の呪術は感覚を鈍らせる術ではない。
高高度を高速で飛行することによってポンポンが冷えるのは止められないし、急激な冷えによって横隔膜が刺激されることを防ぐこともできない。
加えて麗華様、客間でドリンクと一緒にクッキーもたらふく食べていた。
前も後も火の車。
まさに内なる四面楚歌な麗華様は……
……同じ頃。
再び地上の戦場で、
「目くらましごときで――」
「――だが効いてるみたいじゃないか!」
爆炎の中から跳び出しながら、片手で構えた改造拳銃を撃つ。
放たれた銃弾は【炎榴弾】。
リンカー姉妹のゲシュタルトにより強大な魔力を借り受けている明日香。
今の状態で銃にかける付与魔法を行使すると、例え薬室が強化されていようが問答無用で銃が破裂しかねない。
だから術者の魔力を1発の弾頭に収束させる【炎榴弾】だ。
そんなレベルの魔力が凝縮された火球がヘルバッハの顔面めがけて飛ぶ。
騎士は防御魔法が間に合わないか両手の剣でブロックする。
だが火球は顔面をまともに捉えて大爆発。
ヘルバッハは派手に吹き飛ぶ。
その際、またしても剣を落とした左手がピクリと動いたのを舞奈は見逃さない。
よもや【智慧の大門】の指輪か?
だが奴が指輪で逃げ出す前に、片付けてしまえば事は終わる。
空中で白目を剥きかけたヘルバッハめがけ、左手の拳銃で追撃。
こちらに込められた魔術は【滅光榴弾】。
輝く銃弾が黒騎士の身体に突き刺さって大爆発。
後ろに2回ほど跳んで十分に距離を取った舞奈の目前、それまでヘルバッハがいた場所にキノコ雲が吹き上がる。
減衰されてはいるものの核攻撃が騎士をまともに捉えたのだ。
そこに更なる追撃。
側に姿をあらわした明日香の掌からも同じ色の光線が飛ぶ。
こちらは術者自身が攻撃魔法のように直に放つ核攻撃【滅光大撃】。
明日香も同じレベルの大魔法を使って追撃したのだ。
(終わった……の……?)
(安倍明日香! いくらゲシュタルトが強力だからって程度を考えろよ!)
(お2人の協力に感謝するわ)
エミルの苦情を聞き流す。
先ほどからの僅かな攻防で山もりの大頭と同程度の魔力を融通させられた彼女らに対してこの塩対応。まったく良い面の皮だ。
だが――
「――まだだ」
舞奈は油断なく身構えたまま。
2つの魔法の核爆発のキノコ雲が止んだ後、そこには……
「何……故……」
「アテクシ……が……?」
……更地の砂ではない何かがいた。
「国際テロリスト【A∵H∵O∵】首領テロドス?」
「殴山一子だと!?」
銀色の機械のような身体をした怪異。
ディフェンダーズの資料で見たテロドスと、見間違うはずもない殴山一子。
だが過去に倒したはずの完全体は、2人の目の前で砕けて消える。
その後ろには左の掌をかざした体勢のヘルバッハ。
奴は【智慧の大門】の指輪で逃げた訳ではなかった。
完全体に転化できる手下を召喚して盾にしたのだ。
大気中のWウィルスによって減衰したとはいえ2発の戦術核の直撃を防ぐには、そうする意外に方法はなかった。
それは奴の奥の手でもあったのだろう。
だが舞奈は訝しむ。
奴がそうする理由がわからないのだ。
そんな便利な手札があるのなら、これほどまでにボコボコに蹴られ、殴られ追い詰められる前に手下を呼び寄せて対抗しようとは思わなかったのか?
あるいは先ほど、そのまま逃げたら駄目だったのか?
手下は召喚した直後に消えた。
奴にとって戦況が不利なことには変わりないはずだ。
あるいは、この場所に留まらなければいけない理由が奴にはあるということか?
そもそも奴は、具体的に何をしようとしていたのだ?
あるいは今も何かをしようとしているのか?
奴自身の喉元に手が届きかけた今になっても舞奈には何ひとつわからない。
舞奈の知らない事を知っているはずの明日香も、他の術者たちも。
だから……
「……あんたの儀式が成功したら、この場所で具体的に何がおきる?」
改造ライフルを手に取り油断なく身構えながら静かに問う。
「……じきにわかるさ。運命の時は間もなく訪れる」
「仕込みは済んでたってことか?」
「ああ、その通りだ」
答えに目を細める明日香を無言で制止する。
奴がこの場所に留まっている理由はわかった。
どうやら儀式とやらは既に完成していたらしい。
後は時間だけが問題だったのだろう。
だから仮面から得た魔術とWウィルスで得た力を防御力に全振りして、時間稼ぎをしていたつもりか。
だが、そうまでして奴が成し遂げたかった事とは何だろうか?
答えを聞いた今ですら見当もつかない。
ここまで何もかもを利用して、計画して、目指すもの以外のものを何もかもかなぐり捨てて、そういう生き様は自分や一樹、美香と少し似ている気がする。
だが、そうまでして奴が得たいと思っているものが何なのか本気でわからない。
何らかの利益を得ようとしているにしろ、あるいは自棄になって世界に復讐しようとしているにしろ、もっと安易で確実な方法がいくらでもあったように思える。
この方法じゃなければ成し得ないものとは、何だろうか?
それを奴に直に尋ねても、異世界の扉がどうとかと戯言が返ってくるだけだ。
それも時間稼ぎのための策だったのだろうか?
あるいは……彼は本当に倒すべき敵なのだろうか?
少しだが奴と話していてわかった。
奴は了見が狭くて小さいだけで、根は悪い奴じゃない。
奴の中の小さな世界を守るために必死だっただけだ。
少なくとも以前に相対したKASCの悪党どもや、今しがた束の間の再開をしたばかりの殴山一子どもとは根本から違う。
他者の痛みがわからないのではなく世間知らずなだけだ。
舞奈はふと思う。
奴の今までの企みは、すべてが目的を果たすためのものだったのだろう。
ならば、その目的とやらを果たした後なら更生できるのではないだろうか?
真人間になって、罪を償うことができるのではないだろうか?
……トルソが切丸に託し、だが果たされなかった何かのように。
あるいはベリアルがトルソに与えたのと同じ贖罪の機会を、奴に与えないことがフェアなことだと胸を張って言えるのか?
あの醜い殴山一子と同じ存在に、自分自身がなってはいないか?
息子を取られた腹いせに四国の一角を滅ぼしたような理不尽な暴力を、奴に振るおうとしてはいないか?
(……貴女が最良だと思うことをすればいいと思うわ)
舞奈の迷いに寄り添うように、ささやくようなクラリスの思念。
(でも躊躇だけはしないで。戦場で迷いは禁物だもの)
(あんたたちのMumの教えかい?)
(貴女の心の中から見つけた言葉よ)
(そうだっけか)
心の中でクラリスと語らう。
彼女の言葉で、存在で、張り詰めた舞奈の心が和らいだのは事実だ。
だから身構える。
もう誰も悲しまなくて済む結末のために。
そう思った、その時――
「――!?」
舞奈は気づいた。
ヘルバッハの背後から、何かが物凄い勢いで飛んできた。
人のようだ。
それも2人。
公安の猫島朱音とフランシーヌ草薙だ。
おそらく術を使って高速飛行しているのだろう。
あぐらをかいたポーズの朱音は両腕で何かを抱えている。
こちらも人だ。
舞奈たちと同じくらいの年頃の少女?
麗華様!?
舞奈の視界ギリギリの距離で、麗華は何だか物凄い形相で何やら叫びながら、とんでもなく下品なポーズでこちらに向かって足を広げる。
舞奈の様子に何かを察してヘルバッハは振り返り――
「――跳べ!! 明日香!」
舞奈は叫ぶ。
牽制代わりに改造ライフルを全弾ぶっ放しつつ自身も地面を転がって――
――同じ頃。
麗華様が去って静けさを取り戻したフォート・マーリン級のブリッジで……
「……?」
ニュットが訝しむ。
不意にマーサが何か口ずさみ始めたのだ。
耳慣れぬリズムの、だが心地よいそれは唄だった。
母親の抱擁のように穏やかで、やさしげで、けれど何処か儚げなハミング。
「何の歌だか?」
「いえ」
問うニュットにマーサは一度、口ずさむのを止め……
「バッハ様が小さい頃、好きだった曲なんですよ……」
口元に寂しげな笑みを浮かべ、遠い目をして答えた。
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