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第18章 黄金色の聖槍
戦闘3-2 ~銃技&戦闘魔術vsヘルバッハ
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「――野郎! フニャフニャ避けやがって!」
「ハハッ! 心の中で散々に見くびっていた私に成す術もないようだな!」
改造拳銃を構えて叫ぶ舞奈。
対して【加速】を使って横向きに高速移動しながらヘルバッハは嘲笑う。
数々の障害を潜り抜けて新開発区の中心部にたどり着いた舞奈と明日香。
だがヘルバッハは自身のみならず大気に混ぜこまれた高密度のWウィルスに守られていた。そんな相手に2人は攻めあぐねていた。
「さっきまでの威勢はハッタリか!? サィモン・マイナー!」
「うるせぇ!」
「ぶふっ!?」
ツッコミ代わりに3発、見舞う。
いずれも顔面にクリーンヒット。
正直、【思考感知】で心を読み、【戦場の奸智】で一瞬先の未来を先読みして高速移動する相手の鼻面に鉛弾をぶちこむ程度は舞奈にとって容易い。
だが【燃弾】がかけられた炎の大口径弾は顔面で派手に爆発するのみ。
仮面に当たった1発は普通に無傷。
仮面の下に当たった2発は細いあごと綺麗な口元を漫画みたいに歪ませるが、こちらも次の瞬間カートゥーンみたいに元に戻る。
ありていに言うと強烈なビンタ程度にしか効いていない。
周囲の大気に満ちているWウィルスが付与魔法の威力を削ぎ、奴の身体に満ち溢れるウィルスは強固に保菌者の身体を守る。
いわば環境自体が奴専用の【装甲硬化】みたいなものだ。
その効果はプリンセスの垢に宿る対抗ウィルスを込めた特殊弾に対しても同じ。
現に先ほど1ダースまとめてぶちこんだ大口径ライフル弾に奴は耐えた。
だが舞奈も手がない訳ではない。
口の中に改造ライフルの銃口を突っこんで、ゼロ距離でぶっ放すのだ。
少しばかりえげつない絵面になるが他に手段はない。
たとえ口腔に直接ぶちこまれた特殊弾にすら耐えたとしても、発砲された弾頭の熱と勢いに神経が耐えられないはずだ。
あるいは喉に詰まって呼吸を阻害するかもしれない。
そうなれば奴が悶絶している間にウィルスの範囲外まで運びこんで、プレス機か溶鉱炉にでも放りこんでやればいい。
それだけのことを奴はした。
だが貴重な特殊弾の残りは改造ライフルの弾倉ひとつ分。
次に無駄撃ちしたら完全にアウトだ。
だから読心でも未来予知でもフォローできない致命的な隙を作るべく、改造拳銃に持ち替えて大口径弾を目鼻にぶちこんでやろうと試みている最中だ。
だが流石の舞奈も近接戦闘の最中の精密射撃を好きに成功させられる訳じゃない。
敵の【戦場の奸智】も馬鹿じゃないらしく、顔が歪む程度の着弾は割り切って無視しながらも致命的な一撃だけをピンポイントで避けるようになってきた。
あるいは敵に本来の【思考感知】の使い方をされている?
フェイントを意識してしまうせいで本命の打撃が筒抜けなのかもしれない。
そう考えて無念無想を意識した途端――
「――Ouch! 貴様! 子供じみた真似を!」
「スマンが子供なんでな!」
ヘルバッハは不意に悲鳴をあげつつウサギのように跳び退る。
黒ウサギを追いかけるように、騎士の足元から瓦礫が飛ぶ。
姿を消した明日香の援護(?)だ。
おそらく【力波】あたりを応用して瓦礫を射出したのだろう。
大気中に含まれた高密度のWウィルスは明日香の魔術をも減衰させる。
四国での状況がさらに酷くなった感じだ。
明日香も件の轍を踏まえて対策はしていたようだが、それでも万全ではない。
だから手近にある硬いものをぶつけることにしたのだ。
魔術による斥力場はウィルスで減衰するが、飛んだ瓦礫と慣性はそのまま。
魔力を収束して一瞬に解き放てば用は足る。
だが、こちらもWウィルスで強化された相手に対しては力不足。
男子のいたずら程度の効果しかない。
つまり敵の攻撃は当たらない。
対して、こちらの攻撃は当てられるが効かない。
千日手だ。
十分に対策を練ったはずなのに、思いもよらぬ苦境に舞奈は口元を歪める。
……そんな風に地上での戦闘が膠着しているのと同じ頃。
上空のフォート・マーリン級のブリッジで、ニュットにソォナム、副官のマーサら術士たちもまた新開発区中心部の大気に混ざる高密度のWウィルスに気づいていた。
機甲艦もまた超巨大な魔道具だ。
魔力がなければ航行状態を維持できない。
その航行に支障をきたすレベルの魔力の低下が発覚し、術士団の探知魔法やソォナムの占術で調べたていたところ、この事態に気づいたのだ。
このままでは舞奈たちはヘルバッハを排除できない。
なので対応策を求めていたところに……
「……話は聞かせてもらいましたわ!」
「むむっ!?」
ブリッジの一角に設えられた自動ドアが音をたてて開く。
その奥から3つの人影が歩み来た。
威風だけは堂々とあらわれたのは麗華様だ。
左右にちょっと恐縮した様子のデニスとジャネットを従えている。
志門舞奈のクラスメートである西園寺麗華はプリンセスのひとりだ。
先日の儀式で摂取した彼女のエキスによって、皆はWウィルスが蔓延する新開発区の中心部近くでも活動することができた。
彼女の垢や汗は、Wウィルスへの対抗薬なのだ。
なので念のための護衛も兼ねてフォート・マーリン級に同乗してもらっていた。
まあ実際は特別なことをして目立ちたい一心の麗華様が、今回の一件に何とかもう一枚かみたいと駄々をこねたからなのだが。
ニュットは麗華の人となりを、情報としては知っていたが直に話したことはない。
とりあえず彼女に任せる役割とかはもうないので客間でくつろいでもらっていた。
だが彼女も何かに感づいてブリッジを訪れたのだろう。
魔術的な装飾の施された、素養のない余人の目には異様に映るはずの空中戦艦のブリッジを臆するところなく練り歩く様子に、只ならぬものを感じ取る。
まあ実際のところ麗華様の観察力がないだけなのだが。
本人は(広い部屋だなあ)くらいにしか思っていないのだ。
ある意味で大物ではある。そんな麗華様は、
「わたくしのプリンセスの力が再び必要な時が来たということですわね!」
無駄にプリンセスという部分に力を入れて宣言する。
歩く間ずっと考えていた台詞を噛まずに言えて御満悦だ。
麗華様は魔術や怪異のことなんか知らないし、説明されても理解できなかった。
だが自分が目立つキーワードであるプリンセスという単語だけは覚えている。
「あっ麗華様ほんとうに話ちゃんと聞いてたンすね」
「理解してるかどうかは疑問ですが」
隣でジャネットがボソリと言って、デニスがやれやれと苦笑する。
もちろん彼女が騒動の原因と現状、作戦の目的を理解などしている訳がない。
だが前日の儀式で何かとちやほやされた麗華様。
どうやら皆が何かに困っていて、なんか王族がいるだけで解決する的な状況なのは理解していた。麗華様は自分が目立てるかどうかには敏感なのだ。
正直、風呂につかるだけで有り難がられる状況はとても気分が良かった。
なので、また同じ事がおこらないかと期待していた。
そこで今回のトラブルだ。
右往左往する大人たちの様子から何となく困ってる雰囲気だけは察して、勢いのまま名乗り出たのだ。
たぶん今回の状況もプリンセスなら何とかできる。
そしてプリンセスだからという理由で、王女様の家来っぽい人たちやディフェンダーズのヒーローたちやヴィランにまでちやほやされるのだ!
さらに今はルーシアやレナも何だかよくわからない用事で出払っている。
今、この場所にいるプリンセスは自分ひとり!
雑に見積もって前日の3倍はちやほやされるに違いない! ……と。
「いやしかしなのだな……」
さしもののニュットも困る。
「ええっと……」
マーサも困る。
艦長のおっさん術士も、ブリッジに詰めた他の術者たちも困る。
当然だ。
彼らは魔法や怪異、超常現象のエキスパートなのだ。
頭のネジがゆるんだ非魔法の子供の相手なんて専門外だ。
正直、この忙しい大変なときにしゃしゃり出てきて仕事を増やして欲しくない。
普段の志門舞奈が感じている気苦労を、期せず味わうことになった術者たち。
「……ご迷惑をおかけします」
「みんな困ってるンすよ……」
デニスは周囲を、ジャネットは麗華を見やって苦笑する。
だが麗華は動じない。
言いたいことが言えたので、得意げに笑ってみせる。
女子小学生のくせに、現場を引っかき回すだけ引っかき回して役に立つことは何もしない無能な上司みたいなムーブだ。
「え、ええっと……具体的にはどうするつもりなのかね?」
「えっ? うーんそうですわねー。……この前の儀式をもう1回やるのですわ!」
尋ねられてとっさに思いついたことを口に出す。
具体案を聞かれるだなんて思ってもいなかった口ぶりだ。
「ええ……」
「そんなことをして何の意味が……?」
ニュットは困る。
マーサも困る。
艦長も、他の術者たちもざわざわする。
麗華様は特に何も考えずちやほやされる方法を模索してるだけで、別に状況を打開しようとか考えている訳じゃない。
というか何がどうなっているか理解すらしていない。
ただ勢いだけで動いているのだ。
そんな麗華様の人となりを、この場にいる全員が理解した。
だから丁重に客間にお引き取りいただこう。
あと鍵もかけておこう。皆がそう考えた、その時――
「――何くだらないことで揉めてるんだい!」
何処からともなく一喝。
しわがれてはいるが、よく通る張りのある声。
続いて先ほどの自動ドアから歩み来るは人影ひとつ。
今度は小柄な老婆だ。
地味な色合いだが仕立ての良い着物を着こみ、顔には幾重もの齢が刻まれた、小さくしなびた婆さんだ。
だが背筋がしゃんとのびているせいで、この場の誰より威厳ありげに見える。
老婆の鋭い眼光に、その場にいる誰もが言葉を失う。
もちろん麗華様以外は。
そんな動じない……というか反応できない麗華様を老婆は一瞥し、
「こんな尋常小学校に通ってるような子供が文字通りひと肌脱ごうと言ってるっていうのに、図体だけデカイ大人どもがごちゃごちゃ文句ばかり並べなさって!」
「彼女は5年生なのだ。高等小学校相当なのだよ……」
「だまらっしゃい!」
果敢にもツッコミを入れるニュットを再び一喝する。
たまらずニュットは首をすくめる。
ヌカに釘のような飄々とした糸目も、雷帝の如く老婆の迫力にはかなわない。
まるで魔力の伴わない落雷や精神拘束の魔術のようだと、術士たちは揃って思った。
「しかし彼女の言動にはその……いろいろ問題が……」
「一般人の、しかも子供にそういった判断は……」
それでもニュットはごにょごにょ言い募る。
マーサも一緒になって釈明する。
だが老婆の勢いは留まるところを知らない。
「しかしもかかしもあるもんかい! 子供の判断なんか間違いだらけで当然だわ!」
文字通り雷鳴のような大声で怒鳴りつける。
「それでも子供の心意気を汲んで、上手くやってやろうってのが大人の甲斐性なんじゃないのかい!? まともに判断できることだけが唯一の取り柄だろうに!」
「あちしは高校生なのだよ……」
「だまらっしゃい!」
再びツッコミを入れたニュットを怒鳴りつける。
そんな様子を見て、麗華は気分が良かった。
なんか周囲の大人たちよりさらに偉そうな婆さんが出てきて、なんか自分を上げまくってくれているのだ。ネットで読んだお話の主人公になった気分だ。
そんな老婆は一瞬だけ虚空を睨みつけ……
「……ここから空自に連中に連絡はつくかい?」
「つ、つくのだよ……?」
「そうかい。なら風呂を用意させな」
「風呂なのだか!?」
出した指示に糸目は驚く。
「そいつでもう一度スカイフォールの儀式を執り行って、上空から聖水を散布してやるのさ。そうすれば空気中のウィルスは除去できるはずだよ」
「そんな無茶な……」
「オスプレイのキャビンになら風呂場くらい造れるはずだよ! ごねるようならあたしの名前を出しな!」
老婆は言い放つ。
これには皆もビックリ仰天。
この老婆、先ほど麗華が言い放った妄言を本当に実行しようとしているのだ。
上空でプリンセスが入浴した風呂の湯を散布するという形で。
だが、その案が実行不可能ではないことも一同は理解していた。
成功すれば作戦の最大の障害をクリアできることにも。
だから――
「――言っとくが急場ごしらえ丸出しのちゃちなもの持ってきたら承知しないよ! プリンセスの儀式の場に相応しいゴージャスな風呂をこしらえてくるんだよ!」
「ゴージャス!」
「わ、わかったのだよ……」
ニュットは反論すらせず遣いに出る。
というか口答えできる雰囲気ではない。
議論の成り行きは理解できなかったがゴージャスと言う単語だけに反応して目を輝かせる麗華様を、同じくらいの背丈の老婆は不敵な笑みを浮かべて見やる。
「存分にプリンセスの力を見せつけてきな!」
「当然ですわ!」
老婆の言葉に、麗華様は何も考えず得意満面な笑みを返す。
そんなちょっと……アレなコンビの爆誕に、一同は言葉を失うしかなかった。
同じ頃。
再び地上では……
「……ぐっ……ど、どうした? 思うほど容易にわたしを倒せないようだな?」
「その状況で強がり言える根性だけは認めてやるよ」
舞奈たちとヘルバッハが死闘を繰り広げていた。
ヘルバッハは2本の剣を構え、【加速】の加速にまかせて襲いかかる。
舞奈は難なく跳んで避ける。
敵が【思考感知】で読んだ思考を元にしたフェイントより巧みに。
それどころか斬撃を避けられ体勢を崩しかけた騎士の足を払って転倒させる。
受け身を取ろうと頭をかばった脇腹に渾身のハイキック。
「ぐはっ……!?」
もんどりうって地面を転がる騎士が息を吸う暇も与えず蹴る。蹴る。
たまらず取り落とした左右の剣の片方を遠くへ蹴り飛ばし、さらに蹴る。
蹴る。蹴る。蹴る。
ウィルスの力で実質的な不死を体現した黒騎士は、フンコロガシが転がす土団子のようになすすべもなくゴロゴロと地面を転がる。
ちなみに、これをやるのも何回目かだ。
Wウィルスで強化された奴の肉体は銃弾も拳も等しく防ぐ。
ならば逆に蹴りも改造拳銃と同程度の効果はある。
鍛え抜かれた脚力による打突のラッシュはストッピングパワーも相応。
衝撃で敵の次の手を封じることができる。
そもそも素早い舞奈に敵は手出しすることすらできない。
今しがたのように反撃されて一方的に地を這うしか術はない。
一見すると女子小学生が一方的に黒騎士に暴行を加えている今の状況。
だが舞奈もステゴロでは奴に致命傷を与えることはできない。
拳銃弾でも同じだ。
改造ライフルに装填された特殊弾も、ただ撃っても無駄弾だ。
だから敵が回避する余裕もないくらい蹴って蹴って蹴りまくる。
十分に痛めつけてから背負った改造ライフルに手をのばし――
「――Please,Brigit! Galient’s chain!」
「おっと今度は考えたな! だが、そいつは前にも見たぜ」
必死で手をのばしたヘルバッハの掌からのびるナイフの鎖。
敵の手札はWウィルスによる超耐久力だけじゃない。
未来予知の魔術【戦場の奸智】を使っている。
あるいは【思考感知】で舞奈の表層思考を読むことも。
それらで真に致命的な攻撃だけを察知して死に物狂いで抵抗することができる。
口に改造ライフルの銃口を突っこまれ、Wウィルスに対する対抗ウィルスがたっぷり収まった特殊弾をぶちこまれそうになった今しがたのように。
そんな攻防も、もう何度かした。
そして今回の窮地に彼が頼った手札は【ガリア人の刃鎖】。
Wウィルスが塗られ、触れるだけで耐性を無視して感染する恐るべき魔術の刃だ。
実際、以前に舞奈も命を失いかけた。
だがタネが割れてしまえばものの数ではない。
触れないように余裕をもって避けようと思えばそうするのは簡単だ。
舞奈は身を屈めつつ横に跳んで避ける。
だが敵もその対応を読んでいたか、あるいは【戦場の奸智】に示唆されたか、蹴りのラッシュが止まった隙に手をついて立ち上がろうとする。途端――
「――がはっ!?」
ヘルバッハのついた手の下で何かが爆ぜる。
ゴリアテだ。
姿を消したままの明日香の仕業だろう。
事前に【機兵召喚】で召喚し、影の中に隠しておいた超小型の自爆戦車を黒騎士の手の下にもぐりこませて爆破したのだ。
だが派手に吹き飛んで落ちてきて、ワンバウンドしたヘルバッハは無傷。
よろよろと立ち上がる。
大気中のWウィルスのせいで、式神の威力も減じているのだ。
加えて同じウィルスがヘルバッハ自身を強化している。
舞奈は口元を歪めながら黒騎士を、そして周囲を見やる。
先ほどより空が暗い。
考えられるとすれば、Wウィルスが集まって来ている?
奴がしようとしていた儀式はそのためのものだったのだろうか?
どちらにせよ状況が長引けば不利になるのは舞奈たちだ。
何か別の一手が必要だ。
油断なく身構えながら……その手札は舞奈たちの手元にはない。
だが、さらに同じ頃。
新開発区の中心部から少し離れた戦場で――
「――今だイアソン!」
「――サイ・ブラスト!」
クイーン・ネメシスが熱し、凍らせて脆くした歩行屍俑の土手っ腹を、ミスター・イアソンの必殺の一撃が穿つ。
次の瞬間、腐った鋼鉄の巨人は粉々に砕けて消える。
ヴィランとヒーローの姉弟は息の合った作業のように、怪異どもを粉砕していた。
側では巨大なイエティが、吹雪を噴いて歩行屍俑を凍らせる。
クラフターと紅葉の巨大ゾンビが暴れまわり、叩きのめす。
スカイフォール騎士団のウォーメイジたちも着実に歩行屍俑どもを片付けている。
指揮機が【精神剣】で敵の動きを止め、他の騎士たちが叩きのめす。
あるいはレナの、ルーシアの援護を受けつつ重機関銃をぶっ放す。
さらに頭上から降り注ぐ火球の雨、氷柱の雨、無数の剣、グレネードに落雷。
そしてサメ。
巨大な兵器をもたないヒーローたちヴィランたち、協力者たちも、それぞれの術と得物で足元の泥人間どもを殲滅している。
「だいぶ片づいてきたな」
激戦の中、廃ビルの上に降り立ったクイーン・ネメシスは戦場を見やって笑い――
「――で、おまえらは何してるんだ?」
「それは私も知りたいな」
側の死神と女子高生に問いかける。
ボロボロのローブを着こんだ死神は、骸骨じみた顔で柄にもない苦笑を返す。
デスリーパーが楓と協力して創造した巨大マンティコアは、今や無数の動物が混ぜ合わさった異形のキメラと化していた。
楓が戦闘しながら効率的な形状を模索しているからだ。
巨大な獅子はいきなり大蛇になって歩行屍俑を絞め砕く。
かと思えば巨大なカギ爪を生やした何本もの腕や触手や尻尾で周囲の怪異を八つ裂きにして、攻撃魔法で焼き払う。
やりたい放題だ。
それらに逐一現存する動物の構造との共通点を見つけ、細かく補正し強化しているデスリーパーも良い付き合いだ。
そのように、今や歩行屍俑と戦っていたチーム全員が合流していた。
舞奈と明日香が果てない激戦を繰り広げている間に、包囲の輪は狭まっている。
そんな中、6本腕の装脚艇、阿含を駆って戦うルーシアの元に、
『ルーシア様、レナ様、宜しいですか?』
『どうしたのよ?』
マーサからの通信。
上空のフォート・マーリン級からだ。
問うたのは妹のレナだ。
対してマーサは少し深刻な面持ちで、
『実は……』
かいつまんで状況を説明する。
新開発区の中心部に濃く集うWウィルス。
舞奈たちがヘルバッハを倒すためには再びウィルスを除去しなければいけない。
ルーシア達が素早く理解したのは、新開発区中心部の空が不自然に暗くなっていることに気づいていたからだ。
そして麗華が考えた(とマーサは説明した。面倒だし)Wウィルス除去の秘策。
即ち輸送機に設えた儀式場で簡易的な入浴の儀を執り行い、残り湯を散布して大気中のWウィルスを洗い流す。
「わたくし達の力が、もう一度、必要だということですね」
『恐縮ですがお願いできませんでしょうか?』
『問題ないわよ。こっちはあらかた片づいたし、ディフェンダーズや【機関】の皆様と合流したわ』
「こちらも了解しました。回収をお願いします」
『かしこまりました』
マーサと言葉を交わした直後、魔術による転送が始まる。
その僅かな間、ルーシアは外部モニターを見やる。
在りし日と同じように無我夢中で戦う【禍川総会】の異能力者たちを。
彼らはレナがルーン魔術で召喚した式神だ。
異能力者の故人を無敵の式神として呼び出す大魔法【勇者召喚】で。
だから術者であるレナか、彼らを知っている自分がいなくなれば彼らは消える。
現に舞奈の記憶から呼び出されたカリバーンと見知らぬ勇士たちは彼女が先に行った後しばらくして消えた。だから……
(……皆さま、行ってまいります)
そう強く念じた直後、視界が魔術の色に染まった。
……その様に2機の装脚艇が戦場から消える様を、
「上空から【智慧の大門】で回収か。魔法の王国の術士団はやることが違うぜ」
歩行屍俑を片付けながら、クイーン・ネメシスが見やっていた。
「……あいつ、苦戦してるのか? らしくもない」
「まあ相手が相手だ。そういうこともあるさ」
「志門舞奈……」
側でサポートしていたエミルとクラリスも、不安げに中心部の方向を見やる。
そんな2人をクイーン・ネメシスは見やり、
「やれやれ、しょうがないな」
口元を笑みの形に歪める。
「イアソン! おまえんところの面子で子供たちを守ってやっちゃあくれないか? 中の2人をゲシュタルトでサポートさせる」
「この距離からですか!?」
「面白そうデスね」
言った言葉にイアソンより早く反応したのはシャドウ・ザ・シャークとプリヤ。
ヒーローとかヴィランというより技術的な理由で注視するのが術者である彼女たちらしい。そして話が早い。だから、
「ディフェンダーズ! これよりリンカー姉妹を護衛する! 今日だけは大いなる災厄に抗うために彼女たちと共闘だ!」
「「「「了解!」」」」
ミスター・イアソンの号令の元、他のディフェンダーズたちも周囲を固める。
その輪の中心で、
「行くよ、姉さん」
「……ええ」
エミルと、クラリスは手をつなぎ、静かに目を閉じて集中を始めた。
そして再び上空。
巨大なフォート・マーリン級の上部に広がる発着場に降り立った輸送機の前で――
「――ま、次第点と言ったところだね」
小柄な老婆は満足げにひとりごちる。
V-22J。通称セイクリッドオスプレイ。
米国のV-22オスプレイを対怪異用に改良した聖なる軍用機だ。
我が国の優れた鍛冶技術にて設えられたローターは回転により特殊な電磁波を放つ。
それは神術【鳴弦法】と同様の効果を持ち、低級の怪異を怯ませる。
そんな輸送機のキャビンの内部は、立派な風呂場になっていた。
普段は無骨な配線剥き出しのキャビンも、今や明るい色の防水タイルが隙間なく敷き詰められ、揺れに備えた取っ手も抜かりなく設置されている。
そして狭いながらも子供が3人ゆったり入れる大きさのゴージャスな湯船。
「需品部のみんなにも手伝ってもらって急いで作ったですぅ」
高い位置にあるコックピットから返事が返る。
彼女が最も機体を揺らさずに飛べることを知っている老婆はニヤリと笑い、
「また、いちばん不安なのが乗って来たね……」
「ひどいですぅ。リーダーたちは式神で護衛する役目なのですぅ~」
「そうかい。なら、あたしもそっちに合流しようかね」
(若い者にはっぱをかけて、自分だけ遊んでたんじゃ格好がつかないからね)
パイロットを務める同僚と軽口を叩き合う。
そして背後に並んだ3人のプリンセスに向き直る。
「後は頼んだよ! 子供たち!」
「もちろんですわ!」
「了解よ!」
「かしこまりました!」
かけた言葉に、麗華と2人の王女が勢いよく答えた。
「ハハッ! 心の中で散々に見くびっていた私に成す術もないようだな!」
改造拳銃を構えて叫ぶ舞奈。
対して【加速】を使って横向きに高速移動しながらヘルバッハは嘲笑う。
数々の障害を潜り抜けて新開発区の中心部にたどり着いた舞奈と明日香。
だがヘルバッハは自身のみならず大気に混ぜこまれた高密度のWウィルスに守られていた。そんな相手に2人は攻めあぐねていた。
「さっきまでの威勢はハッタリか!? サィモン・マイナー!」
「うるせぇ!」
「ぶふっ!?」
ツッコミ代わりに3発、見舞う。
いずれも顔面にクリーンヒット。
正直、【思考感知】で心を読み、【戦場の奸智】で一瞬先の未来を先読みして高速移動する相手の鼻面に鉛弾をぶちこむ程度は舞奈にとって容易い。
だが【燃弾】がかけられた炎の大口径弾は顔面で派手に爆発するのみ。
仮面に当たった1発は普通に無傷。
仮面の下に当たった2発は細いあごと綺麗な口元を漫画みたいに歪ませるが、こちらも次の瞬間カートゥーンみたいに元に戻る。
ありていに言うと強烈なビンタ程度にしか効いていない。
周囲の大気に満ちているWウィルスが付与魔法の威力を削ぎ、奴の身体に満ち溢れるウィルスは強固に保菌者の身体を守る。
いわば環境自体が奴専用の【装甲硬化】みたいなものだ。
その効果はプリンセスの垢に宿る対抗ウィルスを込めた特殊弾に対しても同じ。
現に先ほど1ダースまとめてぶちこんだ大口径ライフル弾に奴は耐えた。
だが舞奈も手がない訳ではない。
口の中に改造ライフルの銃口を突っこんで、ゼロ距離でぶっ放すのだ。
少しばかりえげつない絵面になるが他に手段はない。
たとえ口腔に直接ぶちこまれた特殊弾にすら耐えたとしても、発砲された弾頭の熱と勢いに神経が耐えられないはずだ。
あるいは喉に詰まって呼吸を阻害するかもしれない。
そうなれば奴が悶絶している間にウィルスの範囲外まで運びこんで、プレス機か溶鉱炉にでも放りこんでやればいい。
それだけのことを奴はした。
だが貴重な特殊弾の残りは改造ライフルの弾倉ひとつ分。
次に無駄撃ちしたら完全にアウトだ。
だから読心でも未来予知でもフォローできない致命的な隙を作るべく、改造拳銃に持ち替えて大口径弾を目鼻にぶちこんでやろうと試みている最中だ。
だが流石の舞奈も近接戦闘の最中の精密射撃を好きに成功させられる訳じゃない。
敵の【戦場の奸智】も馬鹿じゃないらしく、顔が歪む程度の着弾は割り切って無視しながらも致命的な一撃だけをピンポイントで避けるようになってきた。
あるいは敵に本来の【思考感知】の使い方をされている?
フェイントを意識してしまうせいで本命の打撃が筒抜けなのかもしれない。
そう考えて無念無想を意識した途端――
「――Ouch! 貴様! 子供じみた真似を!」
「スマンが子供なんでな!」
ヘルバッハは不意に悲鳴をあげつつウサギのように跳び退る。
黒ウサギを追いかけるように、騎士の足元から瓦礫が飛ぶ。
姿を消した明日香の援護(?)だ。
おそらく【力波】あたりを応用して瓦礫を射出したのだろう。
大気中に含まれた高密度のWウィルスは明日香の魔術をも減衰させる。
四国での状況がさらに酷くなった感じだ。
明日香も件の轍を踏まえて対策はしていたようだが、それでも万全ではない。
だから手近にある硬いものをぶつけることにしたのだ。
魔術による斥力場はウィルスで減衰するが、飛んだ瓦礫と慣性はそのまま。
魔力を収束して一瞬に解き放てば用は足る。
だが、こちらもWウィルスで強化された相手に対しては力不足。
男子のいたずら程度の効果しかない。
つまり敵の攻撃は当たらない。
対して、こちらの攻撃は当てられるが効かない。
千日手だ。
十分に対策を練ったはずなのに、思いもよらぬ苦境に舞奈は口元を歪める。
……そんな風に地上での戦闘が膠着しているのと同じ頃。
上空のフォート・マーリン級のブリッジで、ニュットにソォナム、副官のマーサら術士たちもまた新開発区中心部の大気に混ざる高密度のWウィルスに気づいていた。
機甲艦もまた超巨大な魔道具だ。
魔力がなければ航行状態を維持できない。
その航行に支障をきたすレベルの魔力の低下が発覚し、術士団の探知魔法やソォナムの占術で調べたていたところ、この事態に気づいたのだ。
このままでは舞奈たちはヘルバッハを排除できない。
なので対応策を求めていたところに……
「……話は聞かせてもらいましたわ!」
「むむっ!?」
ブリッジの一角に設えられた自動ドアが音をたてて開く。
その奥から3つの人影が歩み来た。
威風だけは堂々とあらわれたのは麗華様だ。
左右にちょっと恐縮した様子のデニスとジャネットを従えている。
志門舞奈のクラスメートである西園寺麗華はプリンセスのひとりだ。
先日の儀式で摂取した彼女のエキスによって、皆はWウィルスが蔓延する新開発区の中心部近くでも活動することができた。
彼女の垢や汗は、Wウィルスへの対抗薬なのだ。
なので念のための護衛も兼ねてフォート・マーリン級に同乗してもらっていた。
まあ実際は特別なことをして目立ちたい一心の麗華様が、今回の一件に何とかもう一枚かみたいと駄々をこねたからなのだが。
ニュットは麗華の人となりを、情報としては知っていたが直に話したことはない。
とりあえず彼女に任せる役割とかはもうないので客間でくつろいでもらっていた。
だが彼女も何かに感づいてブリッジを訪れたのだろう。
魔術的な装飾の施された、素養のない余人の目には異様に映るはずの空中戦艦のブリッジを臆するところなく練り歩く様子に、只ならぬものを感じ取る。
まあ実際のところ麗華様の観察力がないだけなのだが。
本人は(広い部屋だなあ)くらいにしか思っていないのだ。
ある意味で大物ではある。そんな麗華様は、
「わたくしのプリンセスの力が再び必要な時が来たということですわね!」
無駄にプリンセスという部分に力を入れて宣言する。
歩く間ずっと考えていた台詞を噛まずに言えて御満悦だ。
麗華様は魔術や怪異のことなんか知らないし、説明されても理解できなかった。
だが自分が目立つキーワードであるプリンセスという単語だけは覚えている。
「あっ麗華様ほんとうに話ちゃんと聞いてたンすね」
「理解してるかどうかは疑問ですが」
隣でジャネットがボソリと言って、デニスがやれやれと苦笑する。
もちろん彼女が騒動の原因と現状、作戦の目的を理解などしている訳がない。
だが前日の儀式で何かとちやほやされた麗華様。
どうやら皆が何かに困っていて、なんか王族がいるだけで解決する的な状況なのは理解していた。麗華様は自分が目立てるかどうかには敏感なのだ。
正直、風呂につかるだけで有り難がられる状況はとても気分が良かった。
なので、また同じ事がおこらないかと期待していた。
そこで今回のトラブルだ。
右往左往する大人たちの様子から何となく困ってる雰囲気だけは察して、勢いのまま名乗り出たのだ。
たぶん今回の状況もプリンセスなら何とかできる。
そしてプリンセスだからという理由で、王女様の家来っぽい人たちやディフェンダーズのヒーローたちやヴィランにまでちやほやされるのだ!
さらに今はルーシアやレナも何だかよくわからない用事で出払っている。
今、この場所にいるプリンセスは自分ひとり!
雑に見積もって前日の3倍はちやほやされるに違いない! ……と。
「いやしかしなのだな……」
さしもののニュットも困る。
「ええっと……」
マーサも困る。
艦長のおっさん術士も、ブリッジに詰めた他の術者たちも困る。
当然だ。
彼らは魔法や怪異、超常現象のエキスパートなのだ。
頭のネジがゆるんだ非魔法の子供の相手なんて専門外だ。
正直、この忙しい大変なときにしゃしゃり出てきて仕事を増やして欲しくない。
普段の志門舞奈が感じている気苦労を、期せず味わうことになった術者たち。
「……ご迷惑をおかけします」
「みんな困ってるンすよ……」
デニスは周囲を、ジャネットは麗華を見やって苦笑する。
だが麗華は動じない。
言いたいことが言えたので、得意げに笑ってみせる。
女子小学生のくせに、現場を引っかき回すだけ引っかき回して役に立つことは何もしない無能な上司みたいなムーブだ。
「え、ええっと……具体的にはどうするつもりなのかね?」
「えっ? うーんそうですわねー。……この前の儀式をもう1回やるのですわ!」
尋ねられてとっさに思いついたことを口に出す。
具体案を聞かれるだなんて思ってもいなかった口ぶりだ。
「ええ……」
「そんなことをして何の意味が……?」
ニュットは困る。
マーサも困る。
艦長も、他の術者たちもざわざわする。
麗華様は特に何も考えずちやほやされる方法を模索してるだけで、別に状況を打開しようとか考えている訳じゃない。
というか何がどうなっているか理解すらしていない。
ただ勢いだけで動いているのだ。
そんな麗華様の人となりを、この場にいる全員が理解した。
だから丁重に客間にお引き取りいただこう。
あと鍵もかけておこう。皆がそう考えた、その時――
「――何くだらないことで揉めてるんだい!」
何処からともなく一喝。
しわがれてはいるが、よく通る張りのある声。
続いて先ほどの自動ドアから歩み来るは人影ひとつ。
今度は小柄な老婆だ。
地味な色合いだが仕立ての良い着物を着こみ、顔には幾重もの齢が刻まれた、小さくしなびた婆さんだ。
だが背筋がしゃんとのびているせいで、この場の誰より威厳ありげに見える。
老婆の鋭い眼光に、その場にいる誰もが言葉を失う。
もちろん麗華様以外は。
そんな動じない……というか反応できない麗華様を老婆は一瞥し、
「こんな尋常小学校に通ってるような子供が文字通りひと肌脱ごうと言ってるっていうのに、図体だけデカイ大人どもがごちゃごちゃ文句ばかり並べなさって!」
「彼女は5年生なのだ。高等小学校相当なのだよ……」
「だまらっしゃい!」
果敢にもツッコミを入れるニュットを再び一喝する。
たまらずニュットは首をすくめる。
ヌカに釘のような飄々とした糸目も、雷帝の如く老婆の迫力にはかなわない。
まるで魔力の伴わない落雷や精神拘束の魔術のようだと、術士たちは揃って思った。
「しかし彼女の言動にはその……いろいろ問題が……」
「一般人の、しかも子供にそういった判断は……」
それでもニュットはごにょごにょ言い募る。
マーサも一緒になって釈明する。
だが老婆の勢いは留まるところを知らない。
「しかしもかかしもあるもんかい! 子供の判断なんか間違いだらけで当然だわ!」
文字通り雷鳴のような大声で怒鳴りつける。
「それでも子供の心意気を汲んで、上手くやってやろうってのが大人の甲斐性なんじゃないのかい!? まともに判断できることだけが唯一の取り柄だろうに!」
「あちしは高校生なのだよ……」
「だまらっしゃい!」
再びツッコミを入れたニュットを怒鳴りつける。
そんな様子を見て、麗華は気分が良かった。
なんか周囲の大人たちよりさらに偉そうな婆さんが出てきて、なんか自分を上げまくってくれているのだ。ネットで読んだお話の主人公になった気分だ。
そんな老婆は一瞬だけ虚空を睨みつけ……
「……ここから空自に連中に連絡はつくかい?」
「つ、つくのだよ……?」
「そうかい。なら風呂を用意させな」
「風呂なのだか!?」
出した指示に糸目は驚く。
「そいつでもう一度スカイフォールの儀式を執り行って、上空から聖水を散布してやるのさ。そうすれば空気中のウィルスは除去できるはずだよ」
「そんな無茶な……」
「オスプレイのキャビンになら風呂場くらい造れるはずだよ! ごねるようならあたしの名前を出しな!」
老婆は言い放つ。
これには皆もビックリ仰天。
この老婆、先ほど麗華が言い放った妄言を本当に実行しようとしているのだ。
上空でプリンセスが入浴した風呂の湯を散布するという形で。
だが、その案が実行不可能ではないことも一同は理解していた。
成功すれば作戦の最大の障害をクリアできることにも。
だから――
「――言っとくが急場ごしらえ丸出しのちゃちなもの持ってきたら承知しないよ! プリンセスの儀式の場に相応しいゴージャスな風呂をこしらえてくるんだよ!」
「ゴージャス!」
「わ、わかったのだよ……」
ニュットは反論すらせず遣いに出る。
というか口答えできる雰囲気ではない。
議論の成り行きは理解できなかったがゴージャスと言う単語だけに反応して目を輝かせる麗華様を、同じくらいの背丈の老婆は不敵な笑みを浮かべて見やる。
「存分にプリンセスの力を見せつけてきな!」
「当然ですわ!」
老婆の言葉に、麗華様は何も考えず得意満面な笑みを返す。
そんなちょっと……アレなコンビの爆誕に、一同は言葉を失うしかなかった。
同じ頃。
再び地上では……
「……ぐっ……ど、どうした? 思うほど容易にわたしを倒せないようだな?」
「その状況で強がり言える根性だけは認めてやるよ」
舞奈たちとヘルバッハが死闘を繰り広げていた。
ヘルバッハは2本の剣を構え、【加速】の加速にまかせて襲いかかる。
舞奈は難なく跳んで避ける。
敵が【思考感知】で読んだ思考を元にしたフェイントより巧みに。
それどころか斬撃を避けられ体勢を崩しかけた騎士の足を払って転倒させる。
受け身を取ろうと頭をかばった脇腹に渾身のハイキック。
「ぐはっ……!?」
もんどりうって地面を転がる騎士が息を吸う暇も与えず蹴る。蹴る。
たまらず取り落とした左右の剣の片方を遠くへ蹴り飛ばし、さらに蹴る。
蹴る。蹴る。蹴る。
ウィルスの力で実質的な不死を体現した黒騎士は、フンコロガシが転がす土団子のようになすすべもなくゴロゴロと地面を転がる。
ちなみに、これをやるのも何回目かだ。
Wウィルスで強化された奴の肉体は銃弾も拳も等しく防ぐ。
ならば逆に蹴りも改造拳銃と同程度の効果はある。
鍛え抜かれた脚力による打突のラッシュはストッピングパワーも相応。
衝撃で敵の次の手を封じることができる。
そもそも素早い舞奈に敵は手出しすることすらできない。
今しがたのように反撃されて一方的に地を這うしか術はない。
一見すると女子小学生が一方的に黒騎士に暴行を加えている今の状況。
だが舞奈もステゴロでは奴に致命傷を与えることはできない。
拳銃弾でも同じだ。
改造ライフルに装填された特殊弾も、ただ撃っても無駄弾だ。
だから敵が回避する余裕もないくらい蹴って蹴って蹴りまくる。
十分に痛めつけてから背負った改造ライフルに手をのばし――
「――Please,Brigit! Galient’s chain!」
「おっと今度は考えたな! だが、そいつは前にも見たぜ」
必死で手をのばしたヘルバッハの掌からのびるナイフの鎖。
敵の手札はWウィルスによる超耐久力だけじゃない。
未来予知の魔術【戦場の奸智】を使っている。
あるいは【思考感知】で舞奈の表層思考を読むことも。
それらで真に致命的な攻撃だけを察知して死に物狂いで抵抗することができる。
口に改造ライフルの銃口を突っこまれ、Wウィルスに対する対抗ウィルスがたっぷり収まった特殊弾をぶちこまれそうになった今しがたのように。
そんな攻防も、もう何度かした。
そして今回の窮地に彼が頼った手札は【ガリア人の刃鎖】。
Wウィルスが塗られ、触れるだけで耐性を無視して感染する恐るべき魔術の刃だ。
実際、以前に舞奈も命を失いかけた。
だがタネが割れてしまえばものの数ではない。
触れないように余裕をもって避けようと思えばそうするのは簡単だ。
舞奈は身を屈めつつ横に跳んで避ける。
だが敵もその対応を読んでいたか、あるいは【戦場の奸智】に示唆されたか、蹴りのラッシュが止まった隙に手をついて立ち上がろうとする。途端――
「――がはっ!?」
ヘルバッハのついた手の下で何かが爆ぜる。
ゴリアテだ。
姿を消したままの明日香の仕業だろう。
事前に【機兵召喚】で召喚し、影の中に隠しておいた超小型の自爆戦車を黒騎士の手の下にもぐりこませて爆破したのだ。
だが派手に吹き飛んで落ちてきて、ワンバウンドしたヘルバッハは無傷。
よろよろと立ち上がる。
大気中のWウィルスのせいで、式神の威力も減じているのだ。
加えて同じウィルスがヘルバッハ自身を強化している。
舞奈は口元を歪めながら黒騎士を、そして周囲を見やる。
先ほどより空が暗い。
考えられるとすれば、Wウィルスが集まって来ている?
奴がしようとしていた儀式はそのためのものだったのだろうか?
どちらにせよ状況が長引けば不利になるのは舞奈たちだ。
何か別の一手が必要だ。
油断なく身構えながら……その手札は舞奈たちの手元にはない。
だが、さらに同じ頃。
新開発区の中心部から少し離れた戦場で――
「――今だイアソン!」
「――サイ・ブラスト!」
クイーン・ネメシスが熱し、凍らせて脆くした歩行屍俑の土手っ腹を、ミスター・イアソンの必殺の一撃が穿つ。
次の瞬間、腐った鋼鉄の巨人は粉々に砕けて消える。
ヴィランとヒーローの姉弟は息の合った作業のように、怪異どもを粉砕していた。
側では巨大なイエティが、吹雪を噴いて歩行屍俑を凍らせる。
クラフターと紅葉の巨大ゾンビが暴れまわり、叩きのめす。
スカイフォール騎士団のウォーメイジたちも着実に歩行屍俑どもを片付けている。
指揮機が【精神剣】で敵の動きを止め、他の騎士たちが叩きのめす。
あるいはレナの、ルーシアの援護を受けつつ重機関銃をぶっ放す。
さらに頭上から降り注ぐ火球の雨、氷柱の雨、無数の剣、グレネードに落雷。
そしてサメ。
巨大な兵器をもたないヒーローたちヴィランたち、協力者たちも、それぞれの術と得物で足元の泥人間どもを殲滅している。
「だいぶ片づいてきたな」
激戦の中、廃ビルの上に降り立ったクイーン・ネメシスは戦場を見やって笑い――
「――で、おまえらは何してるんだ?」
「それは私も知りたいな」
側の死神と女子高生に問いかける。
ボロボロのローブを着こんだ死神は、骸骨じみた顔で柄にもない苦笑を返す。
デスリーパーが楓と協力して創造した巨大マンティコアは、今や無数の動物が混ぜ合わさった異形のキメラと化していた。
楓が戦闘しながら効率的な形状を模索しているからだ。
巨大な獅子はいきなり大蛇になって歩行屍俑を絞め砕く。
かと思えば巨大なカギ爪を生やした何本もの腕や触手や尻尾で周囲の怪異を八つ裂きにして、攻撃魔法で焼き払う。
やりたい放題だ。
それらに逐一現存する動物の構造との共通点を見つけ、細かく補正し強化しているデスリーパーも良い付き合いだ。
そのように、今や歩行屍俑と戦っていたチーム全員が合流していた。
舞奈と明日香が果てない激戦を繰り広げている間に、包囲の輪は狭まっている。
そんな中、6本腕の装脚艇、阿含を駆って戦うルーシアの元に、
『ルーシア様、レナ様、宜しいですか?』
『どうしたのよ?』
マーサからの通信。
上空のフォート・マーリン級からだ。
問うたのは妹のレナだ。
対してマーサは少し深刻な面持ちで、
『実は……』
かいつまんで状況を説明する。
新開発区の中心部に濃く集うWウィルス。
舞奈たちがヘルバッハを倒すためには再びウィルスを除去しなければいけない。
ルーシア達が素早く理解したのは、新開発区中心部の空が不自然に暗くなっていることに気づいていたからだ。
そして麗華が考えた(とマーサは説明した。面倒だし)Wウィルス除去の秘策。
即ち輸送機に設えた儀式場で簡易的な入浴の儀を執り行い、残り湯を散布して大気中のWウィルスを洗い流す。
「わたくし達の力が、もう一度、必要だということですね」
『恐縮ですがお願いできませんでしょうか?』
『問題ないわよ。こっちはあらかた片づいたし、ディフェンダーズや【機関】の皆様と合流したわ』
「こちらも了解しました。回収をお願いします」
『かしこまりました』
マーサと言葉を交わした直後、魔術による転送が始まる。
その僅かな間、ルーシアは外部モニターを見やる。
在りし日と同じように無我夢中で戦う【禍川総会】の異能力者たちを。
彼らはレナがルーン魔術で召喚した式神だ。
異能力者の故人を無敵の式神として呼び出す大魔法【勇者召喚】で。
だから術者であるレナか、彼らを知っている自分がいなくなれば彼らは消える。
現に舞奈の記憶から呼び出されたカリバーンと見知らぬ勇士たちは彼女が先に行った後しばらくして消えた。だから……
(……皆さま、行ってまいります)
そう強く念じた直後、視界が魔術の色に染まった。
……その様に2機の装脚艇が戦場から消える様を、
「上空から【智慧の大門】で回収か。魔法の王国の術士団はやることが違うぜ」
歩行屍俑を片付けながら、クイーン・ネメシスが見やっていた。
「……あいつ、苦戦してるのか? らしくもない」
「まあ相手が相手だ。そういうこともあるさ」
「志門舞奈……」
側でサポートしていたエミルとクラリスも、不安げに中心部の方向を見やる。
そんな2人をクイーン・ネメシスは見やり、
「やれやれ、しょうがないな」
口元を笑みの形に歪める。
「イアソン! おまえんところの面子で子供たちを守ってやっちゃあくれないか? 中の2人をゲシュタルトでサポートさせる」
「この距離からですか!?」
「面白そうデスね」
言った言葉にイアソンより早く反応したのはシャドウ・ザ・シャークとプリヤ。
ヒーローとかヴィランというより技術的な理由で注視するのが術者である彼女たちらしい。そして話が早い。だから、
「ディフェンダーズ! これよりリンカー姉妹を護衛する! 今日だけは大いなる災厄に抗うために彼女たちと共闘だ!」
「「「「了解!」」」」
ミスター・イアソンの号令の元、他のディフェンダーズたちも周囲を固める。
その輪の中心で、
「行くよ、姉さん」
「……ええ」
エミルと、クラリスは手をつなぎ、静かに目を閉じて集中を始めた。
そして再び上空。
巨大なフォート・マーリン級の上部に広がる発着場に降り立った輸送機の前で――
「――ま、次第点と言ったところだね」
小柄な老婆は満足げにひとりごちる。
V-22J。通称セイクリッドオスプレイ。
米国のV-22オスプレイを対怪異用に改良した聖なる軍用機だ。
我が国の優れた鍛冶技術にて設えられたローターは回転により特殊な電磁波を放つ。
それは神術【鳴弦法】と同様の効果を持ち、低級の怪異を怯ませる。
そんな輸送機のキャビンの内部は、立派な風呂場になっていた。
普段は無骨な配線剥き出しのキャビンも、今や明るい色の防水タイルが隙間なく敷き詰められ、揺れに備えた取っ手も抜かりなく設置されている。
そして狭いながらも子供が3人ゆったり入れる大きさのゴージャスな湯船。
「需品部のみんなにも手伝ってもらって急いで作ったですぅ」
高い位置にあるコックピットから返事が返る。
彼女が最も機体を揺らさずに飛べることを知っている老婆はニヤリと笑い、
「また、いちばん不安なのが乗って来たね……」
「ひどいですぅ。リーダーたちは式神で護衛する役目なのですぅ~」
「そうかい。なら、あたしもそっちに合流しようかね」
(若い者にはっぱをかけて、自分だけ遊んでたんじゃ格好がつかないからね)
パイロットを務める同僚と軽口を叩き合う。
そして背後に並んだ3人のプリンセスに向き直る。
「後は頼んだよ! 子供たち!」
「もちろんですわ!」
「了解よ!」
「かしこまりました!」
かけた言葉に、麗華と2人の王女が勢いよく答えた。
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