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第18章 黄金色の聖槍
戦闘2-5 ~装脚艇vs歩行屍俑
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未だ濃いWウィルスが残留する黒い空の下。
廃墟を吹き抜ける乾いた風に、腐った鋼鉄が軋む音と、錆の臭いが濃く混じる。
そんな新開発区の中心部に近い一角を、
「アーガスさんたちは大丈夫かな?」
「ディフェンダーズとヴィランが勢ぞろいして、懲戒担当官ベリアルまでいるのよ。あの面子で何かあるようなら天災だと思って諦めるしかないわ」
「ははっ仰る通りだぜ」
軽口を叩き合いつつ2人の少女が廃墟の通りを走る。
舞奈と明日香だ。
歩行屍俑の群との乱戦の最中、2人はクイーン・ネメシスと入れ替わるように戦場を離れ、ディフェンダーズとヴィランたちを残して先を急いでいた。
何故なら今回の作戦の最終目的はヘルバッハが儀式を終える前に排除すること。
そしてタイムリミットは着々と迫っている。
仲間たちが巨大な敵を喰い止めている間に少数で先行し、ヘルバッハと相対できるのは最強Sランクの舞奈と明日香の2人しかいない。
「おっと!」
舞奈の頭上から巨大な拳が降ってくる。
通りすがった歩行屍俑が巨大な拳で殴りかかってきたのだ。
もちろん舞奈は苦も無く避ける。
舞奈と明日香を取り囲んでいるのは廃ビルだけじゃない。
ディフェンダーズたちと戦っているのが歩行屍俑どものすべてじゃないらしい。
中心部付近にも数多くの歩行屍俑が跋扈している。
そんな中を2人は突っ切っている。だから、
「明日香!」
側を走っていた黒髪の少女の頭上からも、巨大な拳が振り下ろされる。
しかも複数。
腐った鋼鉄の群が、ぐんじょう色のワンピースを容赦なく叩き潰し――
「――何?」
「……呼んだだけだ」
「そう」
声は反対側から。
盗み見たつば付き三角帽子の下の、長い黒髪がなびく。
明日香の口元には不敵な笑み。
彼女も【戦術的移動】による短距離転移で打撃を避けられる。
しかも肩にかけたクロークの端から焼け焦げたルーンは落ちない。
今や彼女はルーンを使わず意思だけで【戦術的移動】を使うことができる。
貴重な【反応的移動】の回数を減らすまでもない。
加えて先ほどや、殴山一子と戦った時のように周囲に泥人間や屍虫はいない。
舞奈や明日香にとっては雑魚とはいえ、群れ成して囲まれている最中に歩行屍俑の一撃に対処するのが困難なのは事実だ。
いちおう奴らも並の異能力者が一対一なら苦戦する相手なのだ。
だが巨大でのろまな巨人だけが相手なら舞奈ほど動体視力はなくても回避は余裕。
だから次々に襲いかかる鋼鉄の巨拳を2本の脚で、魔術で跳んで余裕をもってかいくぐりつつ、舞奈と明日香は瓦礫が散乱する廃墟の通りを駆ける。
ヘルバッハが待つ新開発区中心部を目指して。
そんな最中、
「おっ! 丁度いいぜ」
「殿下たちが間に合ったみたいね」
目の良い舞奈が空を見やって笑う。
明日香も釣られて笑う。
上空から幾つかの丸いものが降りてきていた。
パラシュートだ。
ぶらさがっているのは以前に四国でちらりと見た装脚艇。
たしかウォーメイジと言ったか。
2人が見やる前で、パラシュートたちはみるみるうちに降りてくる。
豆粒みたいに見えた鋼鉄の人影も、すぐに巨人サイズになる。
そして地面に近づくと姿勢制御しながら着地。
素人目にもスムーズな動作で、あの粗忽な騎士たちも本業の訓練はちゃんとしてるんだなと優しい気持ちで笑う。
歩行屍俑どもとは違って綺麗に磨きあげられた装甲を淡い日光に輝かせながら、味方の巨人が次々に地に降り立つ様子は中々の壮観。
思わず見惚れるうちに空が暗くなり、
「おおっと」
1機が舞奈の真上に降りてきた。
側の廃屋を蹴散らしながら、とっさに跳んだ舞奈の残像を踏みつぶして着地。
舞奈じゃなければ御陀仏だった。
まあ足場も悪いし、こんなこともあるだろうと苦笑した途端……
「……って、おおい」
続けざまに跳んだ残像の上に白いシートが降ってくる。
パージしたパラシュートだ。
まあ先方だって足に目がついている訳じゃないし……。
だが舞奈は退避した先の廃屋の影から、さらに跳び出す。
直後、ウォーメイジはよろけた拍子にビルの壁を突き崩す。
「ふぁっきゅー」
新たに隠れた廃ビルの影で口をへの字に曲げ、一瞬前まで潜んでいた廃屋が崩れる音と様子を確認しつつ、他の機体より大柄なウォーメイジを睨みつける。
まったく。
だが、まあ舞奈に気づかないのも無理はない。何故なら……
『レナ様の準備ができる前に接敵か……』
拡声器から漏れる、ゴードン氏のものらしき声。
顔は見えないが金髪の生え際が派手に後退している壮年の男の、声色に滲む焦り。
なにせ舞奈たちの前にも後ろにも歩行屍俑がひしめいているのだ。
近くに降りてきた彼らも当然ながら敵地の真っただ中だ。
足元に気を配っている場合じゃない。
『仕方ない。皆の者、攻撃を開始する』
ゴードン氏の時の声。
拡声器から声が響くのは魔法による通信妨害や欺瞞への対策か?
あるいは切り忘れているだけか?
さっきも思ったが、この機体だけ他のウォーメイジと形が違う。
コックピットのある胴体が少し左右に大きく、少し人型を逸脱している。
高齢のゴードン氏に配慮した複座型の指揮機とでもいったところか?
ともかく装脚艇たちは、甲冑のような装甲を淡い日光に輝かせながら戦闘開始。
最初に動いたのはゴードン氏の機体。
突きつけた掌からワイヤーを射出する。
舞奈のワイヤーショットと似た代物のようだ。
黒い非実体の何かに覆われたワイヤーの先端が触れた途端、敵機の動きが止まる。
彼の【精神剣】を応用した攻撃手段だ。
異能力者も超能力者も、彼ら自身が運転するヴィークルは魔法的には身体の一部。
慣れた機体ならばなおのこと。
自身の身体に作用する異能力や付与魔法を機体の能力として使用可能だ。
あの四国での作戦で、トルソやバーンが自分たちの軽自動車を強化し、バンパーに炎をまとわせていたのと同じ原理だ。
感傷を誤魔化すように思考を切り替える。
巨大な怪異には意思があるのか?
あるいは中にも怪異が乗っていてそちらが気絶なりするのだろうか?
そう考えた途端、そういえば先ほどから明日香がいないと気づく。
ゴードン氏の機体が降ってきた時にはぐれたのだろう。
まあ今や舞奈たちはただ敵地にいるのではなく、周囲には味方の装脚艇もいる。
2人で並んで行動するメリットも薄い。
舞奈が苦笑する間にも戦況は動く。
動きが止まった敵めがけて数機のウォーメイジが殺到する。
掌からのばした【氷結剣】による冷気の剣が敵の手足を凍らせて自由を奪う。
続けざまに他の機体が【放電剣】の稲妻の剣で滅多切り。
歩行屍俑は完全に沈黙する。
少し諜報部の戦い方に似た無駄の多い動きだが、堅実なことには違いない。
現にそうやってウォーメイジ隊は次々に歩行屍俑を屠っていく。
ディフェンダーズやヴィランたちが散々に苦労させられた鋼鉄の巨人を、同程度の巨人の部隊が着実に倒していく様は中々に壮観。
そんな様子を見やりながら、戦場を潜り抜ける算段を立てていると――
『――くっ』
ゴードン氏のウォーメイジが敵機の剣を受け止めていた。
側面からの奇襲に対応が遅れたようだ。
幸いにも敵の得物は叩き斬るための西洋剣だ。
受け止めても衝撃以上のダメージはない。
だがコンビネーションの起点でもある彼が抑えこまれていると後が続かない。
しかも他の敵機も近づいてきている。
「ったく、世話焼かせやがって」
舞奈は廃屋の影から跳び出して走る。
廃屋と変わらぬサイズの動く脚の側を駆け抜け、ゴードン機を抑えこんでいる敵機の背後に回りこむ。
「おっと」
押された拍子によろめいた歩行屍俑の偏平足を跳んで避ける。
左手で取り出した手榴弾のピンを歯で引き抜く。
流れるような動作で関節の隙間の中に放りこむ。
跳び退って手近な壁に隠れる。
直後、爆発。
足首を吹き飛ばされた歩行屍俑は転倒する、
『何が起きた!?』
ゴードン機は拡声器から驚きの声を垂れ流しつつも体勢を立て直す。
身を屈め、アームガードを展開した鉄拳を敵機のコックピット叩きこむ。
歩行屍俑は完全に沈黙する。
そこらへんの動きはバッチリだ。
それに彼らは敵の急所も把握しているらしい。まあ当然か。
『サィモン・マイナーか!?』
さらにゴードン機は膝をつく。
まあ流石に舞奈がいるのに気づいたのだろう。
「そこが開くのか」
巨人の頭が前に倒れ、コックピットが露出する。
舞奈が知っている他の装脚艇や歩行屍俑みたいに背中から乗り降りすると後ろの人が前の人の邪魔になるから上からも乗れるようになっているらしい。
あるいは撃破されて後ろから逃げる事態を想定されていないか。
そんなコックピットから顔を出したのは予想通りのゴードン氏だ。
「……っていうか、あんたが操縦してたのか。無理するなよ」
「やかましい!」
乗っていたのはゴードンひとりらしい。
複座機なのに。
彼の派手に後退した生え際を見やって舞奈はひとつ思いつく。
「いやそれはどうでもいい。すまんが時間がない。突破するために力を貸して欲しい」
「よかろう、ちょうど指揮機は複座だ。後ろに乗れ」
「席が空けれるなら、あたしが動かすよ」
「いや超能力を持たぬ者には……ああっ!?」
ゴードンが驚き叫ぶ僅かな間に機体を駆け上がってコックピットにたどり着く。
壮年の男をお姫様抱っこして後部座席に放りだし、代わりにシートに座る。
思った通り。
飛行機に似た大量の計器が並んだコンソールには見覚えがある。
いつか20年後の夢の中で見た鋼鉄の巨人のコックピットと同じだ。
それらが記憶と同じ代物なら、舞奈はこれを動かすことができる。
「最初は確か……機体との同調だったな。こいつ何で動いてるんだ?」
「レナ様が創られた魔法石だが」
「おっそりゃ重畳。そんなんなってるのか」
ゴードンの答えにニヤリと笑う。
舞奈はレナと心を通わせることができた。
こいつも何かの縁だろう。
そう考えてほくそ笑みながらコンソール隅に刻まれた『RENA002』の文字をなぞり、記憶にある手順通りに操作した途端……
「……おい」
コンソールの明かりがいくつかまとめて消灯する。
手順は間違っていない。
舞奈が知っている通りの同調失敗の反応だ。
「こんな同調率が……!? 一般人にしても有り得ない数値だろう……」
「いいだろう別に。こいつが5割を超えたの新記録なんだ」
「5パーだ! 5パー!」
驚く……というか呆れるゴードン氏を意図的に無視して、
「……マニュアルの切り替えはこのスイッチか?」
「装脚艇をマニュアルだけで操作だと!? 無理だ! 不可能だ!」
怒声を背に操作した途端、幾つかの明かりが復活する。
「あんたにゃ無理でも、あたしにはできるんだ」
同時に外部モニターの中に迫り来る2機の歩行屍俑。
舞奈はいくつかのボタンと操縦スティックを操作する。
次の瞬間ウォーメイジは2機の敵機をたちまちに叩き伏せる。
夢の中でもそうだった。
舞奈は機体と同調することができなかった。
だが並のパイロットには不可能なマニュアルによる操作ができた。
「……なんと!?」
ゴードンが仰天する。
正直、舞奈の自信の根拠は【精神読解】で心が読める彼にはわかったはずだ。
だから何故こいつを動かせるのかとは問わない。
だが実際に見てみないと信じられないことも世の中にはある。
20年後の夢の中でトレーニングしただなんて、どんなに強く信じていても傍目には妄想にしか見えないという自覚くらいはある。
というか、しばらく前のテックや皆の反応で理解した。ちぇっ。
それは良いのだが、
「武器はないのか?」
背後に問う。
流石の20年後の夢の中の舞奈も、ステゴロで何機も敵を倒したりはしてない。
仲間と自分の生命がかかっている状況で銃砲が存在するのに徒手空拳で遊んでいる暇はなかったし、何よりバカみたいだ。
そんなことを考えながら開きっぱなしのハッチに気づいて閉めた途端、
『ないわよ』
「うわっ」
前の通信モニターに明日香が映る。
『ディンクさん、通信もお借りします』
『ヒヒッ構いませぬぞ。今の奏者は明日香様ですでな』
驚く舞奈を他所に、明日香はモニター端に映るコックピットの天井に張りついている蜘蛛みたいな小男と会話する。
少し姿を見ない間に、こちらもちゃっかり機体を借りていたらしい。
しかも単座のだ。
察するに元々のパイロットが小男で明日香が女子小学生だからどうにかコックピットに収まっている状況なのだろう。
だがまあ、それはいい。
「武器がないってどういうことだよ?」
『本来、装脚艇は戦闘用じゃないのよ。施術のサポートの名目で所有を許可されてるから、人間同士の戦闘で使う銃火器は常用してないわ』
「じゃあ異能力でどつき倒すしかないってことか?」
『本来はね。けど――』
『――お待たせしたですぅ! これからそっちに例のものを送るですぅ!』
不意に通信に割りこんできた声。
聞き覚えがある。
以前にKASC攻略戦の際に、式神で手伝ってくれた空自の陰陽師だ。
……地声も同じだったらしい。
苦笑する舞奈のウォーメイジの前で転移の気配。
陰陽術の重力操作によるものだろう。
直後、地面に何かが転がり落ちる。
陸自の重機関銃だ。
『今回だけは「戦闘中に偶然に拾った」名目で陸自の備品を使えるわ』
「巨人用の持ち手と引鉄が付いた奴をか?」
『どうやら先方に、フィクサーか鷹乃さんから話が行ってるみたいなのよ』
「そいつは重畳」
軽口を叩きながらも舞奈はいくつかのレバーと操縦桿を操作する。
ウォーメイジは巨大な機械の脚で重機関銃を蹴り上げ、機械の腕でキャッチする。
その鮮やかなアクションに、後部座席のゴードンが息を飲む気配。
「見事な手管だが、ものを拾うモーションパターンあるぞ」
「……機体を動かせるかのチェックを兼ねてたんだ」
ボソリと言ったゴードンに渋面で答えつつ、スロットルレバーを引き絞る。
ウォーメイジは得物を抱えて身を屈め、足裏の無限軌道で疾走する。
舞奈が知ってる20年後の機体より心なしか反応が良い。
手近な敵との距離を見計らって操縦桿を動かす。
ウォーメイジは腰だめに重機関銃を構えて立ち止まる。
コックピットの舞奈の前に、戦闘用じゃないはずなのに何故か降りてきた照準装置のサイトの中心に敵機を捉え、引鉄を引く。
轟音と振動と共に、重機関銃が超大口径ライフル弾をばらまく。
歩行屍俑は蜂の巣になる。
狙いも上々!
そうやって移動と射撃を繰り返し、舞奈は次々と敵機を墜とす。
そこは20年後と同じだ。
僚機たちも舞奈に倣い、やや拙いながらも着実に敵の数を減らしていく。
別の地点では明日香の機体も猛威を振るっていた。
大魔法みたいなサイズのプラズマ砲を続けざまに放って敵を次々に撃墜する。
かと思えば周囲を旋回する納屋くらいのサイズの氷塊が、不用意に近づいてきた敵にぶちかまして吹き飛ばす。鋼鉄でできた巨人をだ。
術そのものは彼女が多用している【雷弾・弐式】【氷盾】。
だが砲撃の威力はいつか大頭を使って行使し、巨大屍虫を屠った砲撃と同格。
氷の盾も同レベルに強化されている。
どうやら装脚艇の魔力の源である魔法石から魔道具を使う要量で魔力を引き出して利用し、術の威力を押し上げることができるらしい。
なるほど施術のサポートという名目も納得はできる。
「……これならレナ様を待たずにリンクが使えるな?」
「ん?」
後部座席のゴードンがひとりごちた途端……
(こちらゴードン。これよりレナ様の指示を待たずにリンクを開始する)
(……もう始まってるんだナ)
(……そういうことか)
頭の中に何かが流れこむ。
同じ戦場で戦っている他の面子の思考と視界。
なるほど彼の【精神読解】によって味方全員の表層意識を繋いだらしい。
それによって何が得られ、何ができるかを把握しようと意識を凝らし――
(――そこの【火霊武器】、突出しすぎてるな)
操縦桿を操りながら舞奈の意識は他の仲間に向かう。
そうしながら、ほぼ手癖で照準をあわせて引鉄を引く。
外部モニターの中で歩行屍俑が穴だらけになって吹き飛ぶ。
操作系統が20年後の夢の中と同じすぎて、無意識にできるという理由も少しある。
だが同じ状況で、夢の中では僚機が敵の特機に単身で相対し非業の最後を迎えた。
現実の世界でも駐車場で無茶な先行をしたバーンを舞奈は救えなかった。
今の仲間を同じように失うのは嫌だ。
そう思った途端、レーダーの中で突出した1機の速度が鈍る。
僚機と歩調を合わせるように。
まるで舞奈の想いが通じたように――否、実際に表層思考が伝わったのだ。
何故なら今の舞奈と騎士団たちは【精神感応】【精神読解】で繋がっている。
だから舞奈の口元に……笑みが浮かぶ。
(ジェイク! 後ろにいる! 【偏光隠蔽】だ!)
状況に、背後から奇襲された夢の中の僚機の姿がダブる。
(【透明化能力】だと!)
驚いたジェイクの思考。
だがモニターの端に映った機体は素早く【放電剣】を行使、武装していない方の腕の掌から稲妻の剣をのばして背後の虚空を両断。
次の瞬間、何もなかったはずの空間から歪な人型があらわれる。
上下に両断された歩行屍俑だ。
装脚艇の魔力で焼き切られた上半身が地を転がり、下半身が倒れる。
舞奈は笑う。
だが、すぐに口元を引き締めて――
(――そこの3機! 回避行動だ! 【氷霊武器】じゃ防げん!)
念じた途端、あわてて跳んで転倒しかけた僚機の肩をかすめて何かが地面を穿つ。
その危ういがどうにか無事な姿が、ピアースの最後の記憶を塗り替える。
胸中に沸き起こる安堵を何故か誤魔化しがてら、
「糞ったれ狙撃だ! そっちか……そっちのビルの上!」
声に出した指示の通りに【氷結剣】がこもった超大口径ライフル弾の雨が、ビルの上に陣取った歩行屍俑を氷漬けの蜂の巣にする。
銃を痛める付与魔法を重機関銃で撃ったら後の整備が大変だとは思う。
だが今は気にしない。
気にしている暇などない。
「止まるな! 動き続けろ! 撃て! 敵の目標にならずに敵を標的にするんだ!」
(そうすれば死なないから……死ぬ可能性を少しでも減らせるから)
『ああ! わかってるさサィモン・マイナー!』
『了解なんだナ!』
舞奈の指示を、思惑をなぞるように騎士たちは確実に攻撃を回避する。
そして堅実に1機ずつ敵を葬り去っていく。
もしも、あの時、仲間たちがこう動いてくれていたらよかったのに。
誰も、何も失わずに勝利だけを得られたらいいな。
そんな女子小学生の子供じみた願いを、大人たち皆で叶えようとするように。
そうやって超能力を通じて騎士たちの安堵が、高揚が舞奈に伝わって、その感覚を頼りに次なる敵を探して騎士たちに指示する。
彼らが舞奈の意図の通りに動くのは、舞奈が最強だと知っているからだ。
何故なら以前、舞奈は麗華を救うために彼らを圧倒した。
だが、それだけじゃない。
過去の偉業を超えるほど今の舞奈の指示は的確で素早い。
その意図は仲間を失った記憶に根差している。
守れなかった悔恨と強く結びついている。
新たな仲間を守りたいという意思と、生き残るための知見に繋がっている。
だから誰もが従う。
今の舞奈は彼らすべての身を案じる母親であり、叱咤する父親だ。
歳の差など関係ない。
誰もが舞奈のような動きを目指し、舞奈のようになろうとする。
心を繋ぐ手段そのものは単なる【精神感応】【精神読解】の応用。
だが繋がれている心そのものは本物だ。
だからこそ舞奈と心が繋がった装脚艇たちは、巨大な舞奈の手足であるかのように統制の取れた最強の戦闘単位となって敵を次々に撃破する。
そのように、たちまち歩行屍俑の群れの半分ほどが一掃される。
舞奈にとっては造作もない。
「志門舞奈よ……」
「ん?」
ふとゴードンが語りかける。
「そなたが過去の戦場で見たもの、感じたこと、出会った人々はその……なんだ、そなたの中で生きておると私は思う」
ひとりごちるような小さな声で語る後部座席のゴードンの表情は見えない。
だが舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。
その表情も彼からは見えていないだろうことに何故か安堵しながら、
「だから、そなたは……胸を張って生きるが良い。そなたの生き方を、その結果を、我々は尊重する。そなたが最強だからと言う理由だけで無く、な」
「……さんきゅ」
何食わぬ調子を意図して保ったままスロットルと操縦桿を操作する。
複座型のウォーメイジは敵機を次々に撃墜する。
自分だけマニュアル操作をしている中、操作を意識しすぎるとリンクのノイズになりはしないだろうかと特に意味もなく考える。
それに足元を泥人間がうろつき始めている。
劣勢な歩行屍俑どもの援護のつもりか?
足元に気をつけるよう他の機体に伝えるべきだろう。
そんなことを考えつつ、頭の片隅でゴードン氏の言葉の意味に想いを巡らせる。
彼はリンクを通じて、舞奈が度重なる戦場で体験したことを知ったのだ。
舞奈が何を想ったかも。
誰と出会い、失ったかを。
もちろん20年後の夢の中でのことも。
だから、そんなことを言ったのだろう。
超能力ではなく自分の口で伝えたのも彼なりの照れ隠しか。
「おお、来られたか!」
ゴードンのわざとらしい大声に、外部モニターを見やる。
空から新たな2体の装脚艇が降りてくるところだった。
1機は他の機体と同じようにパラシュートに釣られたウォーメイジ。
もう1機は単体で、あぐらをかいた格好で降りてくる。
自力で飛行できる機体なのだろうか?
「見よ志門舞奈、レナ様のRWカスタムとルーシア様の阿含だ」
『R02! 機体同調率が0になってるわよ!? ゴードン無事!? 意識はある!?』
通信モニターに少しあせった様子のレナが映る。
なるほど同調率は、常時はパイロットのバイタルチェックにも使われているか。
20年後の夢の中でも、現実でも、同調に失敗したままマニュアルで操縦している舞奈がイレギュラーなのは変わらないらしい。
「ゼロじゃないぞ。6%もあるだろう?」
『志門舞奈!? なんでこんなところにいるのよ!?』
「ちょっと機体を借りただけだ。ゴードンさんなら後ろにいるよ」
夢の中で、現実で、それぞれ初めて会った時みたいに怒鳴ってくる彼女を見やりながら舞奈は笑う。
実は夢の中で、舞奈はレナを抱いたことがある。
その時に感じた彼女の体重、匂い、肌の感触とやわらかさを無意識に思い出し……
『ちょっと! ゴードンに何したのよ!?』
「……別にあたしは何もしてないからな」
血相を変えるレナに、舞奈は不貞腐れた渋面を作ってみせる。
頭頂がねっとしして妙に生あたたかい。
かすかに加齢した血の匂いがする。
……何故なら後部座席のゴードンが盛大に鼻血を噴き出していた。
廃墟を吹き抜ける乾いた風に、腐った鋼鉄が軋む音と、錆の臭いが濃く混じる。
そんな新開発区の中心部に近い一角を、
「アーガスさんたちは大丈夫かな?」
「ディフェンダーズとヴィランが勢ぞろいして、懲戒担当官ベリアルまでいるのよ。あの面子で何かあるようなら天災だと思って諦めるしかないわ」
「ははっ仰る通りだぜ」
軽口を叩き合いつつ2人の少女が廃墟の通りを走る。
舞奈と明日香だ。
歩行屍俑の群との乱戦の最中、2人はクイーン・ネメシスと入れ替わるように戦場を離れ、ディフェンダーズとヴィランたちを残して先を急いでいた。
何故なら今回の作戦の最終目的はヘルバッハが儀式を終える前に排除すること。
そしてタイムリミットは着々と迫っている。
仲間たちが巨大な敵を喰い止めている間に少数で先行し、ヘルバッハと相対できるのは最強Sランクの舞奈と明日香の2人しかいない。
「おっと!」
舞奈の頭上から巨大な拳が降ってくる。
通りすがった歩行屍俑が巨大な拳で殴りかかってきたのだ。
もちろん舞奈は苦も無く避ける。
舞奈と明日香を取り囲んでいるのは廃ビルだけじゃない。
ディフェンダーズたちと戦っているのが歩行屍俑どものすべてじゃないらしい。
中心部付近にも数多くの歩行屍俑が跋扈している。
そんな中を2人は突っ切っている。だから、
「明日香!」
側を走っていた黒髪の少女の頭上からも、巨大な拳が振り下ろされる。
しかも複数。
腐った鋼鉄の群が、ぐんじょう色のワンピースを容赦なく叩き潰し――
「――何?」
「……呼んだだけだ」
「そう」
声は反対側から。
盗み見たつば付き三角帽子の下の、長い黒髪がなびく。
明日香の口元には不敵な笑み。
彼女も【戦術的移動】による短距離転移で打撃を避けられる。
しかも肩にかけたクロークの端から焼け焦げたルーンは落ちない。
今や彼女はルーンを使わず意思だけで【戦術的移動】を使うことができる。
貴重な【反応的移動】の回数を減らすまでもない。
加えて先ほどや、殴山一子と戦った時のように周囲に泥人間や屍虫はいない。
舞奈や明日香にとっては雑魚とはいえ、群れ成して囲まれている最中に歩行屍俑の一撃に対処するのが困難なのは事実だ。
いちおう奴らも並の異能力者が一対一なら苦戦する相手なのだ。
だが巨大でのろまな巨人だけが相手なら舞奈ほど動体視力はなくても回避は余裕。
だから次々に襲いかかる鋼鉄の巨拳を2本の脚で、魔術で跳んで余裕をもってかいくぐりつつ、舞奈と明日香は瓦礫が散乱する廃墟の通りを駆ける。
ヘルバッハが待つ新開発区中心部を目指して。
そんな最中、
「おっ! 丁度いいぜ」
「殿下たちが間に合ったみたいね」
目の良い舞奈が空を見やって笑う。
明日香も釣られて笑う。
上空から幾つかの丸いものが降りてきていた。
パラシュートだ。
ぶらさがっているのは以前に四国でちらりと見た装脚艇。
たしかウォーメイジと言ったか。
2人が見やる前で、パラシュートたちはみるみるうちに降りてくる。
豆粒みたいに見えた鋼鉄の人影も、すぐに巨人サイズになる。
そして地面に近づくと姿勢制御しながら着地。
素人目にもスムーズな動作で、あの粗忽な騎士たちも本業の訓練はちゃんとしてるんだなと優しい気持ちで笑う。
歩行屍俑どもとは違って綺麗に磨きあげられた装甲を淡い日光に輝かせながら、味方の巨人が次々に地に降り立つ様子は中々の壮観。
思わず見惚れるうちに空が暗くなり、
「おおっと」
1機が舞奈の真上に降りてきた。
側の廃屋を蹴散らしながら、とっさに跳んだ舞奈の残像を踏みつぶして着地。
舞奈じゃなければ御陀仏だった。
まあ足場も悪いし、こんなこともあるだろうと苦笑した途端……
「……って、おおい」
続けざまに跳んだ残像の上に白いシートが降ってくる。
パージしたパラシュートだ。
まあ先方だって足に目がついている訳じゃないし……。
だが舞奈は退避した先の廃屋の影から、さらに跳び出す。
直後、ウォーメイジはよろけた拍子にビルの壁を突き崩す。
「ふぁっきゅー」
新たに隠れた廃ビルの影で口をへの字に曲げ、一瞬前まで潜んでいた廃屋が崩れる音と様子を確認しつつ、他の機体より大柄なウォーメイジを睨みつける。
まったく。
だが、まあ舞奈に気づかないのも無理はない。何故なら……
『レナ様の準備ができる前に接敵か……』
拡声器から漏れる、ゴードン氏のものらしき声。
顔は見えないが金髪の生え際が派手に後退している壮年の男の、声色に滲む焦り。
なにせ舞奈たちの前にも後ろにも歩行屍俑がひしめいているのだ。
近くに降りてきた彼らも当然ながら敵地の真っただ中だ。
足元に気を配っている場合じゃない。
『仕方ない。皆の者、攻撃を開始する』
ゴードン氏の時の声。
拡声器から声が響くのは魔法による通信妨害や欺瞞への対策か?
あるいは切り忘れているだけか?
さっきも思ったが、この機体だけ他のウォーメイジと形が違う。
コックピットのある胴体が少し左右に大きく、少し人型を逸脱している。
高齢のゴードン氏に配慮した複座型の指揮機とでもいったところか?
ともかく装脚艇たちは、甲冑のような装甲を淡い日光に輝かせながら戦闘開始。
最初に動いたのはゴードン氏の機体。
突きつけた掌からワイヤーを射出する。
舞奈のワイヤーショットと似た代物のようだ。
黒い非実体の何かに覆われたワイヤーの先端が触れた途端、敵機の動きが止まる。
彼の【精神剣】を応用した攻撃手段だ。
異能力者も超能力者も、彼ら自身が運転するヴィークルは魔法的には身体の一部。
慣れた機体ならばなおのこと。
自身の身体に作用する異能力や付与魔法を機体の能力として使用可能だ。
あの四国での作戦で、トルソやバーンが自分たちの軽自動車を強化し、バンパーに炎をまとわせていたのと同じ原理だ。
感傷を誤魔化すように思考を切り替える。
巨大な怪異には意思があるのか?
あるいは中にも怪異が乗っていてそちらが気絶なりするのだろうか?
そう考えた途端、そういえば先ほどから明日香がいないと気づく。
ゴードン氏の機体が降ってきた時にはぐれたのだろう。
まあ今や舞奈たちはただ敵地にいるのではなく、周囲には味方の装脚艇もいる。
2人で並んで行動するメリットも薄い。
舞奈が苦笑する間にも戦況は動く。
動きが止まった敵めがけて数機のウォーメイジが殺到する。
掌からのばした【氷結剣】による冷気の剣が敵の手足を凍らせて自由を奪う。
続けざまに他の機体が【放電剣】の稲妻の剣で滅多切り。
歩行屍俑は完全に沈黙する。
少し諜報部の戦い方に似た無駄の多い動きだが、堅実なことには違いない。
現にそうやってウォーメイジ隊は次々に歩行屍俑を屠っていく。
ディフェンダーズやヴィランたちが散々に苦労させられた鋼鉄の巨人を、同程度の巨人の部隊が着実に倒していく様は中々に壮観。
そんな様子を見やりながら、戦場を潜り抜ける算段を立てていると――
『――くっ』
ゴードン氏のウォーメイジが敵機の剣を受け止めていた。
側面からの奇襲に対応が遅れたようだ。
幸いにも敵の得物は叩き斬るための西洋剣だ。
受け止めても衝撃以上のダメージはない。
だがコンビネーションの起点でもある彼が抑えこまれていると後が続かない。
しかも他の敵機も近づいてきている。
「ったく、世話焼かせやがって」
舞奈は廃屋の影から跳び出して走る。
廃屋と変わらぬサイズの動く脚の側を駆け抜け、ゴードン機を抑えこんでいる敵機の背後に回りこむ。
「おっと」
押された拍子によろめいた歩行屍俑の偏平足を跳んで避ける。
左手で取り出した手榴弾のピンを歯で引き抜く。
流れるような動作で関節の隙間の中に放りこむ。
跳び退って手近な壁に隠れる。
直後、爆発。
足首を吹き飛ばされた歩行屍俑は転倒する、
『何が起きた!?』
ゴードン機は拡声器から驚きの声を垂れ流しつつも体勢を立て直す。
身を屈め、アームガードを展開した鉄拳を敵機のコックピット叩きこむ。
歩行屍俑は完全に沈黙する。
そこらへんの動きはバッチリだ。
それに彼らは敵の急所も把握しているらしい。まあ当然か。
『サィモン・マイナーか!?』
さらにゴードン機は膝をつく。
まあ流石に舞奈がいるのに気づいたのだろう。
「そこが開くのか」
巨人の頭が前に倒れ、コックピットが露出する。
舞奈が知っている他の装脚艇や歩行屍俑みたいに背中から乗り降りすると後ろの人が前の人の邪魔になるから上からも乗れるようになっているらしい。
あるいは撃破されて後ろから逃げる事態を想定されていないか。
そんなコックピットから顔を出したのは予想通りのゴードン氏だ。
「……っていうか、あんたが操縦してたのか。無理するなよ」
「やかましい!」
乗っていたのはゴードンひとりらしい。
複座機なのに。
彼の派手に後退した生え際を見やって舞奈はひとつ思いつく。
「いやそれはどうでもいい。すまんが時間がない。突破するために力を貸して欲しい」
「よかろう、ちょうど指揮機は複座だ。後ろに乗れ」
「席が空けれるなら、あたしが動かすよ」
「いや超能力を持たぬ者には……ああっ!?」
ゴードンが驚き叫ぶ僅かな間に機体を駆け上がってコックピットにたどり着く。
壮年の男をお姫様抱っこして後部座席に放りだし、代わりにシートに座る。
思った通り。
飛行機に似た大量の計器が並んだコンソールには見覚えがある。
いつか20年後の夢の中で見た鋼鉄の巨人のコックピットと同じだ。
それらが記憶と同じ代物なら、舞奈はこれを動かすことができる。
「最初は確か……機体との同調だったな。こいつ何で動いてるんだ?」
「レナ様が創られた魔法石だが」
「おっそりゃ重畳。そんなんなってるのか」
ゴードンの答えにニヤリと笑う。
舞奈はレナと心を通わせることができた。
こいつも何かの縁だろう。
そう考えてほくそ笑みながらコンソール隅に刻まれた『RENA002』の文字をなぞり、記憶にある手順通りに操作した途端……
「……おい」
コンソールの明かりがいくつかまとめて消灯する。
手順は間違っていない。
舞奈が知っている通りの同調失敗の反応だ。
「こんな同調率が……!? 一般人にしても有り得ない数値だろう……」
「いいだろう別に。こいつが5割を超えたの新記録なんだ」
「5パーだ! 5パー!」
驚く……というか呆れるゴードン氏を意図的に無視して、
「……マニュアルの切り替えはこのスイッチか?」
「装脚艇をマニュアルだけで操作だと!? 無理だ! 不可能だ!」
怒声を背に操作した途端、幾つかの明かりが復活する。
「あんたにゃ無理でも、あたしにはできるんだ」
同時に外部モニターの中に迫り来る2機の歩行屍俑。
舞奈はいくつかのボタンと操縦スティックを操作する。
次の瞬間ウォーメイジは2機の敵機をたちまちに叩き伏せる。
夢の中でもそうだった。
舞奈は機体と同調することができなかった。
だが並のパイロットには不可能なマニュアルによる操作ができた。
「……なんと!?」
ゴードンが仰天する。
正直、舞奈の自信の根拠は【精神読解】で心が読める彼にはわかったはずだ。
だから何故こいつを動かせるのかとは問わない。
だが実際に見てみないと信じられないことも世の中にはある。
20年後の夢の中でトレーニングしただなんて、どんなに強く信じていても傍目には妄想にしか見えないという自覚くらいはある。
というか、しばらく前のテックや皆の反応で理解した。ちぇっ。
それは良いのだが、
「武器はないのか?」
背後に問う。
流石の20年後の夢の中の舞奈も、ステゴロで何機も敵を倒したりはしてない。
仲間と自分の生命がかかっている状況で銃砲が存在するのに徒手空拳で遊んでいる暇はなかったし、何よりバカみたいだ。
そんなことを考えながら開きっぱなしのハッチに気づいて閉めた途端、
『ないわよ』
「うわっ」
前の通信モニターに明日香が映る。
『ディンクさん、通信もお借りします』
『ヒヒッ構いませぬぞ。今の奏者は明日香様ですでな』
驚く舞奈を他所に、明日香はモニター端に映るコックピットの天井に張りついている蜘蛛みたいな小男と会話する。
少し姿を見ない間に、こちらもちゃっかり機体を借りていたらしい。
しかも単座のだ。
察するに元々のパイロットが小男で明日香が女子小学生だからどうにかコックピットに収まっている状況なのだろう。
だがまあ、それはいい。
「武器がないってどういうことだよ?」
『本来、装脚艇は戦闘用じゃないのよ。施術のサポートの名目で所有を許可されてるから、人間同士の戦闘で使う銃火器は常用してないわ』
「じゃあ異能力でどつき倒すしかないってことか?」
『本来はね。けど――』
『――お待たせしたですぅ! これからそっちに例のものを送るですぅ!』
不意に通信に割りこんできた声。
聞き覚えがある。
以前にKASC攻略戦の際に、式神で手伝ってくれた空自の陰陽師だ。
……地声も同じだったらしい。
苦笑する舞奈のウォーメイジの前で転移の気配。
陰陽術の重力操作によるものだろう。
直後、地面に何かが転がり落ちる。
陸自の重機関銃だ。
『今回だけは「戦闘中に偶然に拾った」名目で陸自の備品を使えるわ』
「巨人用の持ち手と引鉄が付いた奴をか?」
『どうやら先方に、フィクサーか鷹乃さんから話が行ってるみたいなのよ』
「そいつは重畳」
軽口を叩きながらも舞奈はいくつかのレバーと操縦桿を操作する。
ウォーメイジは巨大な機械の脚で重機関銃を蹴り上げ、機械の腕でキャッチする。
その鮮やかなアクションに、後部座席のゴードンが息を飲む気配。
「見事な手管だが、ものを拾うモーションパターンあるぞ」
「……機体を動かせるかのチェックを兼ねてたんだ」
ボソリと言ったゴードンに渋面で答えつつ、スロットルレバーを引き絞る。
ウォーメイジは得物を抱えて身を屈め、足裏の無限軌道で疾走する。
舞奈が知ってる20年後の機体より心なしか反応が良い。
手近な敵との距離を見計らって操縦桿を動かす。
ウォーメイジは腰だめに重機関銃を構えて立ち止まる。
コックピットの舞奈の前に、戦闘用じゃないはずなのに何故か降りてきた照準装置のサイトの中心に敵機を捉え、引鉄を引く。
轟音と振動と共に、重機関銃が超大口径ライフル弾をばらまく。
歩行屍俑は蜂の巣になる。
狙いも上々!
そうやって移動と射撃を繰り返し、舞奈は次々と敵機を墜とす。
そこは20年後と同じだ。
僚機たちも舞奈に倣い、やや拙いながらも着実に敵の数を減らしていく。
別の地点では明日香の機体も猛威を振るっていた。
大魔法みたいなサイズのプラズマ砲を続けざまに放って敵を次々に撃墜する。
かと思えば周囲を旋回する納屋くらいのサイズの氷塊が、不用意に近づいてきた敵にぶちかまして吹き飛ばす。鋼鉄でできた巨人をだ。
術そのものは彼女が多用している【雷弾・弐式】【氷盾】。
だが砲撃の威力はいつか大頭を使って行使し、巨大屍虫を屠った砲撃と同格。
氷の盾も同レベルに強化されている。
どうやら装脚艇の魔力の源である魔法石から魔道具を使う要量で魔力を引き出して利用し、術の威力を押し上げることができるらしい。
なるほど施術のサポートという名目も納得はできる。
「……これならレナ様を待たずにリンクが使えるな?」
「ん?」
後部座席のゴードンがひとりごちた途端……
(こちらゴードン。これよりレナ様の指示を待たずにリンクを開始する)
(……もう始まってるんだナ)
(……そういうことか)
頭の中に何かが流れこむ。
同じ戦場で戦っている他の面子の思考と視界。
なるほど彼の【精神読解】によって味方全員の表層意識を繋いだらしい。
それによって何が得られ、何ができるかを把握しようと意識を凝らし――
(――そこの【火霊武器】、突出しすぎてるな)
操縦桿を操りながら舞奈の意識は他の仲間に向かう。
そうしながら、ほぼ手癖で照準をあわせて引鉄を引く。
外部モニターの中で歩行屍俑が穴だらけになって吹き飛ぶ。
操作系統が20年後の夢の中と同じすぎて、無意識にできるという理由も少しある。
だが同じ状況で、夢の中では僚機が敵の特機に単身で相対し非業の最後を迎えた。
現実の世界でも駐車場で無茶な先行をしたバーンを舞奈は救えなかった。
今の仲間を同じように失うのは嫌だ。
そう思った途端、レーダーの中で突出した1機の速度が鈍る。
僚機と歩調を合わせるように。
まるで舞奈の想いが通じたように――否、実際に表層思考が伝わったのだ。
何故なら今の舞奈と騎士団たちは【精神感応】【精神読解】で繋がっている。
だから舞奈の口元に……笑みが浮かぶ。
(ジェイク! 後ろにいる! 【偏光隠蔽】だ!)
状況に、背後から奇襲された夢の中の僚機の姿がダブる。
(【透明化能力】だと!)
驚いたジェイクの思考。
だがモニターの端に映った機体は素早く【放電剣】を行使、武装していない方の腕の掌から稲妻の剣をのばして背後の虚空を両断。
次の瞬間、何もなかったはずの空間から歪な人型があらわれる。
上下に両断された歩行屍俑だ。
装脚艇の魔力で焼き切られた上半身が地を転がり、下半身が倒れる。
舞奈は笑う。
だが、すぐに口元を引き締めて――
(――そこの3機! 回避行動だ! 【氷霊武器】じゃ防げん!)
念じた途端、あわてて跳んで転倒しかけた僚機の肩をかすめて何かが地面を穿つ。
その危ういがどうにか無事な姿が、ピアースの最後の記憶を塗り替える。
胸中に沸き起こる安堵を何故か誤魔化しがてら、
「糞ったれ狙撃だ! そっちか……そっちのビルの上!」
声に出した指示の通りに【氷結剣】がこもった超大口径ライフル弾の雨が、ビルの上に陣取った歩行屍俑を氷漬けの蜂の巣にする。
銃を痛める付与魔法を重機関銃で撃ったら後の整備が大変だとは思う。
だが今は気にしない。
気にしている暇などない。
「止まるな! 動き続けろ! 撃て! 敵の目標にならずに敵を標的にするんだ!」
(そうすれば死なないから……死ぬ可能性を少しでも減らせるから)
『ああ! わかってるさサィモン・マイナー!』
『了解なんだナ!』
舞奈の指示を、思惑をなぞるように騎士たちは確実に攻撃を回避する。
そして堅実に1機ずつ敵を葬り去っていく。
もしも、あの時、仲間たちがこう動いてくれていたらよかったのに。
誰も、何も失わずに勝利だけを得られたらいいな。
そんな女子小学生の子供じみた願いを、大人たち皆で叶えようとするように。
そうやって超能力を通じて騎士たちの安堵が、高揚が舞奈に伝わって、その感覚を頼りに次なる敵を探して騎士たちに指示する。
彼らが舞奈の意図の通りに動くのは、舞奈が最強だと知っているからだ。
何故なら以前、舞奈は麗華を救うために彼らを圧倒した。
だが、それだけじゃない。
過去の偉業を超えるほど今の舞奈の指示は的確で素早い。
その意図は仲間を失った記憶に根差している。
守れなかった悔恨と強く結びついている。
新たな仲間を守りたいという意思と、生き残るための知見に繋がっている。
だから誰もが従う。
今の舞奈は彼らすべての身を案じる母親であり、叱咤する父親だ。
歳の差など関係ない。
誰もが舞奈のような動きを目指し、舞奈のようになろうとする。
心を繋ぐ手段そのものは単なる【精神感応】【精神読解】の応用。
だが繋がれている心そのものは本物だ。
だからこそ舞奈と心が繋がった装脚艇たちは、巨大な舞奈の手足であるかのように統制の取れた最強の戦闘単位となって敵を次々に撃破する。
そのように、たちまち歩行屍俑の群れの半分ほどが一掃される。
舞奈にとっては造作もない。
「志門舞奈よ……」
「ん?」
ふとゴードンが語りかける。
「そなたが過去の戦場で見たもの、感じたこと、出会った人々はその……なんだ、そなたの中で生きておると私は思う」
ひとりごちるような小さな声で語る後部座席のゴードンの表情は見えない。
だが舞奈の口元にも笑みが浮かぶ。
その表情も彼からは見えていないだろうことに何故か安堵しながら、
「だから、そなたは……胸を張って生きるが良い。そなたの生き方を、その結果を、我々は尊重する。そなたが最強だからと言う理由だけで無く、な」
「……さんきゅ」
何食わぬ調子を意図して保ったままスロットルと操縦桿を操作する。
複座型のウォーメイジは敵機を次々に撃墜する。
自分だけマニュアル操作をしている中、操作を意識しすぎるとリンクのノイズになりはしないだろうかと特に意味もなく考える。
それに足元を泥人間がうろつき始めている。
劣勢な歩行屍俑どもの援護のつもりか?
足元に気をつけるよう他の機体に伝えるべきだろう。
そんなことを考えつつ、頭の片隅でゴードン氏の言葉の意味に想いを巡らせる。
彼はリンクを通じて、舞奈が度重なる戦場で体験したことを知ったのだ。
舞奈が何を想ったかも。
誰と出会い、失ったかを。
もちろん20年後の夢の中でのことも。
だから、そんなことを言ったのだろう。
超能力ではなく自分の口で伝えたのも彼なりの照れ隠しか。
「おお、来られたか!」
ゴードンのわざとらしい大声に、外部モニターを見やる。
空から新たな2体の装脚艇が降りてくるところだった。
1機は他の機体と同じようにパラシュートに釣られたウォーメイジ。
もう1機は単体で、あぐらをかいた格好で降りてくる。
自力で飛行できる機体なのだろうか?
「見よ志門舞奈、レナ様のRWカスタムとルーシア様の阿含だ」
『R02! 機体同調率が0になってるわよ!? ゴードン無事!? 意識はある!?』
通信モニターに少しあせった様子のレナが映る。
なるほど同調率は、常時はパイロットのバイタルチェックにも使われているか。
20年後の夢の中でも、現実でも、同調に失敗したままマニュアルで操縦している舞奈がイレギュラーなのは変わらないらしい。
「ゼロじゃないぞ。6%もあるだろう?」
『志門舞奈!? なんでこんなところにいるのよ!?』
「ちょっと機体を借りただけだ。ゴードンさんなら後ろにいるよ」
夢の中で、現実で、それぞれ初めて会った時みたいに怒鳴ってくる彼女を見やりながら舞奈は笑う。
実は夢の中で、舞奈はレナを抱いたことがある。
その時に感じた彼女の体重、匂い、肌の感触とやわらかさを無意識に思い出し……
『ちょっと! ゴードンに何したのよ!?』
「……別にあたしは何もしてないからな」
血相を変えるレナに、舞奈は不貞腐れた渋面を作ってみせる。
頭頂がねっとしして妙に生あたたかい。
かすかに加齢した血の匂いがする。
……何故なら後部座席のゴードンが盛大に鼻血を噴き出していた。
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