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第18章 黄金色の聖槍

戦闘1-5 ~混沌魔術etc.vsファーレンエンジェル

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 えり子が最初に萩山と出会ったのはKASC支部攻略戦より前のことだ。
 上級生とツチノコ狩りに出かけた時だった。
 林の奥で脂虫に襲われた子供たちの前に、金髪をなびかせながら彼があらわれた。
 ナイフを持った脂虫どもを、彼はギターをかき鳴らして撃退した。

 えり子だって祓魔師エクソシストなのだから、同じことはできたはずだ。
 だが当時は友人の前で術を使うべきか躊躇して、その機会を逃した。
 だから彼には感謝している。

 その後、月日を重ねたつい先日に、えり子は彼と再会した。
 意外にも家が近所だったのだ。

 落ち着いて話しをした等身大の彼は、思っていたほど強くも格好良くもなかった。
 おまけに髪は偽物だった。
 だが少し気弱な大人の彼を、えり子は誠実な人物だと思った。

 だからヴィランとヘルバッハを巡る作戦のチーム分けで、自分と同じ部隊に彼が振り分けられたのが嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 そして今日。
 舞奈たちがファイヤーボールとイエティと戦っている頃。
 あるいは楓やスカイフォールの王女たちがデスリーパーらと戦っている頃。
 それらとは別の新開発区の一角で……

「……ひまねー」
 長髪を手でいじりながら、女子中学生があくびまじりに言った。
 美音陽子。
 首都圏からの客人という触れこみだが、実は神話怪盗ウィアードテールらしい。

「そうですねー」
 隣で月瑠尼壇げるにだん夜空がニコニコと相槌を打つ。
 2人が着こんでいるのは首都圏の私立中学の制服だ。
 お洒落なブレザーの制服も、彼女らが着ていると何処かバカっぽく見える。
 そんな2人を見やりながらアハハと笑うセーラー服姿の奈良坂。
 サングラスで目元を、パーカーのフードで禿頭を隠した長身の萩山。
 少し離れた場所では学ラン姿のチー牛たちが歓談している。

 自由すぎるので突入メンバーから外された陽子と夜空。
 純粋に戦力外なえり子、奈良坂、萩山、諜報部の異能力者たち。
 そんな補欠扱いの一行は、突入地点の後方で待機していた。

 新開発区の乾いた風が不気味な音色を奏でる。
 だが、のんびりした補欠部隊は特に気にする様子もない。
 この緊張感のなさが……いや、何でもない。
 とりあえずここにいて仕事してる感を演出しつつ、作戦が手筈通りに進めば来るはずのない敵を待ち続けるのがえり子たちの今回の任務だ。
 予備役といえば聞こえは良いが、要するに役割が何もないのだ。それでも、

「しっかりして。この中じゃウィアードテールがいちばん強いんだから」
 えり子の思考を読んだように、陽子の肩でピンク色のハリネズミが苦言を呈する。
 ルビーアイは混沌魔術で生み出されたスードゥナチュラル生物だそうな。
 だがカラフルな小動物を象った落とし子は、主とは真逆に真面目で知的で良心的だ。

 そんな彼女の見立てが、理に適っているのも事実だ。
 えり子も昔と比べて格段に腕は上がっているが、主力には程遠い。
 自分と同じ祓魔師エクソシストとして見ると夜空も同じ水準に思える。
 奈良坂は仏術士としては実は有能なのだが、戦闘センスのなさが致命的。
 悪魔術師の萩山も、主力部隊ではなくこちらに配属されたということは同じレベルなのだろう……。
 もちろん異能力者たちは問題外。
 なので単に性格がアレだからという理由で主力を外された神話怪盗ウィアードテールこと陽子が一番の実力者だというのは事実だ。
 だがそんな彼女は、

「えへへー」
(不安だわ……)
 ハリネズミが苦笑した途端に、

「あっちょうちょだわ!」
 いきなり走り出した。
 見ていたえり子もビックリ仰天。

「ああっ!? 待ちなさい陽子!」
 陽キャの肩でハリネズミも慌てる。
 だがバカな陽キャを止められる者などいようはずもなく……

「行っちゃいましたね……」
「そうっすね……」
 目を丸くする奈良坂と萩山の前で、長髪の後姿は廃ビルの影に消えた。
 駄目な人の見本のような陽子の言動に、2人も絶句するしかない。

「陽子ちゃんが自由ですいません」
「いえその、仕方ないっすよ……」
 夜空がニコニコ詫びて、萩山がどうしたらわからない感じで答える。
 割と彼には最年長の威厳を見せて欲しかった気がしなくもない。
 だが彼はKASC攻略戦の際にウィアードテールに命を救われているらしい。
 頭が上がらないのだろう……。

「陽子殿は本当に自由でござるなー」
 異能力者たちも呑気に笑う。
 いちおう面子の中で一番強いメンバーがいなくなったというのにこの緊張感のなさ。
 えり子の脳裏を『ゆでガエル理論』『正常性バイアス』という言葉が浮かぶ。
 だが、おそらく異能力者を除く一行の中で最も弱いえり子に出来ることもなく、

「萩山さんのデーモンって、どのくらいの間もつ……んですか?」
「ごめん、その、歌ってる間しか維持できないから……」
「そう」
 問いかける。
 慣れない敬語など使ったせいで少し不自然な感じになった。
 だが答えはギターをかき鳴らしながら普通に返ってきた。
 彼が大人だからだろう。

「えっと、えり子ちゃんの天使はどのくらい持続するの?」
「わたしの天使なら今から召喚しても作戦終了まではもつけど」
 逆に問いかけてきた彼に答える。
 目線を合わせようとしているのか中途半端な前かがみのせいで、とんでもなく不審な格好になっている事実を指摘したほうがいいのかどうか迷いながら、

「そっか。じゃ、えり子ちゃんと……夜空さんも天使の召喚をお願いします」
「わかったわ」
「了解いたしました」
 彼の指示に従って聖句を唱える。
 造物魔王デミウルゴスの魔力を仮初の命に変える【天使の召喚アンヴァカシオン・デュヌ・アンジュ】によって、えり子の周囲に数匹のブタを象った天使が出現する。
 夜空の前には人型の天使がひとりあらわれる。
 精悍な顔つきの女性――新しいバージョンの『夜闇はナイト』だ。
 彼女の友人である陽子が神話怪盗ウィアードテールだというのは本当なのだろう。

 祓魔師エクソシストの中でもアモリ派に属する夜空の天使は肉感的な質感を特徴とする。
 対して物質を穢れと見なすカタリ派のえり子が操る天使は肉より霊に近く、ファンタジックな造形と微かな燐光が特徴だ。
 数は関係ない。
 単に夜空は1体の強力な天使を召喚し、えり子は複数体の簡易シューターを召喚したというだけのことだ。

 そんな2人と、2人が召喚した天使たちを萩山は静かに見つめる。
 サングラスで目元を隠した彼の表情はわからない。
 だが悪魔術は、祓魔術エクソシズムを会得できなかった者の受け皿なのだと聞いたことがある。
 そんな彼の内心など気にも留めずに、

「えり子ちゃん、上達しましたねぇ」
「夜空殿も見事でござる」
「ニュー夜闇はナイトを生で見られるなんて、僕はなんて幸せなんだ!」
 奈良坂やチー牛たちが天使を褒め称える。
 そんな風に緊張感無く、主力の陽子を欠いたまま一行がくつろいでいる最中……

「……!」
 乾いた風の音が不意に消えた。
 代わりに周囲に響き渡る、荘厳たるハレルヤコーラス。

 同時に世界が変容した。
 と思った瞬間――

「――えり子ちゃん! 見ちゃダメだ!」
「えっ?」
 ギターをかき鳴らす音と叫び声。
 一瞬、遅れて視界を覆う大人の手。
 先日に2人でいるところを警官に見咎められて難癖をつけられたせいか距離感に気を使っていた彼が、そういうことをするのは意外なので少し驚いた。

 それでも状況は理解できる。
 周囲に造物魔王デミウルゴスの魔力が満ちている。
 祓魔術エクソシズムによる戦術結界【聖域の創造プティ・クレアシオン】によるものだろう。
 なら異常事態だ。
 えり子も夜空も戦術結界を張れるほど祓魔術エクソシズムに習熟していない。
 他の祓魔師エクソシストによる攻撃だ。
 術者が2人して遊んでいる場合じゃない。
 えり子は萩山の手を無理やりに引きはがして周囲を見渡し……

「……なるほど」
 萩山の行動の意味が理解できた。
 結界の内観は術者によって千差万別だが、今回の術者はかなり……アレだ。

 先ほどまで立ち並んでいた光量とした廃ビルの群は、今や艶めかしく身をくねらせる裸婦が描かれた宗教画と化していた。
 地面はH.R.ギーガーの絵画のように淫猥な孔が並ぶ。
 散乱する瓦礫すら樹脂でできた娘と化している。
 何と言うか……まるで変態パーティーの会場のようだ。

「……残念ながら志門舞奈はいないわよ」
「――それは惜しかったわねン」
 ひとりごちた言葉に答えた鼻にかかったような声に、思わず見やる。

 戸惑う一行がいる場所から少し離れた、ガレキが積み上がった小丘。
 そこに、ひとりの女がいた。
 何と言うか、祓魔師エクソシストに対する冒涜を体現したような女だった。

 小3女子のえり子から見ても、真っ先に気になるのはメロンのような巨大な乳。
 風もないのにたゆんたゆんと揺れている。
 際どく改造された修道服の、大胆に開いた胸元からは豊満な胸の谷間が、腰元のスリットからは見せつけるように白い四肢が顔を覗かせる。
 誘うようになびく金髪。
 目元を隠す、悪魔を象ったような黒いマスク。
 背には左右非対称に配置された3枚の黒い翼。

「ファーレンエンジェル……」
 誰ともなく呟く声。
 黒い天使は満足げにうなずきながら、

「まあいいわン。お仕事だもの、お嬢ちゃんたちにも愛を教えてあげるわよン」
 たわわな胸をふるわせて十字架を取り出す。
 磔の裸婦を意匠された大ぶりな十字架。
 その一辺を引き抜く。中身は刃。
 十字剣だ。
 黒い天使の誘惑するようにみだらな動作と、鼻にかかった声に、

「それはもう少し改まった場所でさせていただきますわ!」
 意外にも凛とした声色で夜空が答える。
 同時に側の天使が粒子ビームを放つ。
 えり子も天使に命じて掃射を開始する。
 即ち【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】。造物魔王デミウルゴスの魔力をビームに変えて放つ術。

 だがファーレンエンジェルは胸を揺らながら走りつつ、逆向きに十字を切る。
 途端、黒い天使の前に艶めかしい壁があらわれる。
 壁は粒子ビームを吸収して消滅させる。
 即ち【ジェリコの壁ミュール・ドゥ・ジェリコ】。造物魔王デミウルゴスの魔力を壁へと変えるアモリ派の呪術。
 ファーレンエンジェルは天使たちの一斉砲火を、同じ力で防いだのだ。

祓魔師エクソシスト!?」
「アモリ派だわ!」
 奈良坂とえり子が同時に叫ぶ。

 何本かのビームは壁の脇を抜けてファーレンエンジェル本体に迫る。
 だが黒い天使は事もなげに避ける。
 もちろん【サムソンの怪力フォルス・デュ・サムソン】による身体強化の賜物ではあるのだろう。
 だが、それ以上に彼女は修羅場に慣れている。
 補欠扱いのえり子にすらわかる。

 先ほど彼女は志門舞奈を知っている口ぶりだった。
 えり子は結界のアレさを揶揄したつもりだったが、彼女としては舞奈くらいの腕前の相手との戦闘を予想していたのかもしれない。
 彼女自身は天使を召喚していない理由も、必要ないからだろう。

「あらわれやがれ! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
 萩山は【機関】から支給された脂袋を放り出しつつギターを奏でる。
 デーモンを呼び出し、悪魔術【屍操りゾンビー・ゾンク】で操った脂虫と合成してアークデーモンを召喚するつもりだ。
 アークデーモンの戦闘能力は魔術師ウィザードの創造物にすら匹敵する。
 だが施術には少しばかり時間がかかる。

「ならば拙者たちが……!」
「行くでござるよ!」
 異能力者たちがへっぴり腰で得物を構えて突撃する。
 手にした木刀や折り畳み式の槍の穂先に炎が、稲妻が宿る。

「あっ待ってください!」
 奈良坂が止める。
 その様子が普段の彼女に似合わず切羽詰まっているとえり子が思った刹那――

「――身体が動かないでござる!?」
「身体が動かないということは、身体を動かせないということでござる!」
「そんなバカな!? バカです。バカです……」
 異能力者たちの動きが一斉に止まる。
 立ち尽くしたまま驚き叫ぶ以外に何もできない。
 頭も少しヘンになったようだ。

 ファーレンエンジェルが使った呪術は【憑依金縛りポセスィヨン・パラリィジィ】。
 対象の精神を縛ることで肉体の動きを止める【聖別と祓魔】技術のひとつだ。
 いわば超能力サイオン精神檻マインド・ケージ】、ケルト魔術【人間の束縛ホールド・パーソン】と同等の術。
 そんな効果を、弱いとはいえ真っ当な人間に強制させるなど並の腕前ではない。

 えり子と夜空の天使が引き続き【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】で弾幕を張る。
 だが黒い天使は疾風のように機敏な動きでビームを避ける。
 まるで志門舞奈のように。

「わっわたしが相手です!」
 奈良坂が金剛杵ヴァジュラを構え、動けないチー牛たちの前に踊り出る。
 女子高生の身体に宿る妖術は【増長天法ヴィルーダケナ・ダルマ】【持国天法ドゥリタラーシュトレナ・ダルマ】。
 仏術士が誇る二段重ねの付与魔法エンチャントメントで強化された身体能力は、スペックの上ではファーレンエンジェルのそれを凌駕する。だが……

「あら、仲間をかばって自分から前に出るのン? 成長したわねン」
「えっ?」
 ファーレンエンジェルは奈良坂が放った【帝釈天法インドレナ・ヴィデュット】――砲撃に匹敵する凄まじい雷撃を横に跳んで避けながら、口元に笑みすら浮かべて奈良坂に接敵。

「……でも相変わらず弱いわねン」
「きゃんっ!?」
 十字剣を振るうまでもなく蹴り飛ばす。
 一瞬のことだった。
 歯牙にすらかけられなかった。
 どれほど身体を強化しても、反射神経とセンスのなさは致命的だ。
 奈良坂はガレキを跳ね飛ばしながら淫口を広げた地面をゴロゴロ転がり、えり子の側に建っていた宗教画に描かれた裸婦のおっぱいに顔面から激突してひっくり返る。
 強化のおかげか、割と本気で蹴られたのに痛そうじゃなかったのが幸いか。

「むしろ以前より弱くなってない?」
「ええっ!?」
 尻餅をつきながら追い打ちにショックを受けた奈良坂をかばうように、

「奈良坂さん! 俺が替わります!」
 今度は2体の少女の形をした何かが跳び出る。
 アークデーモンだ。
 入れ替わりに奈良坂は這うように退る。

「ドクター・プリヤ以外の悪魔術師って、初めて見たわン」
 ファーレンエンジェルは口元を妖艶に歪めて笑い、

「にしても可愛らしいデーモンねン。子供、好きなのン?」
「いや、そういう訳じゃ……」
 ギターをかき鳴らしながら早くも気圧される萩山。
 割と情けない挙動ではある。
 だが、今の面子の中では彼のアークデーモンが一番強いのも事実だ。

 それに2体のデーモンの動き方は、心なしか志門舞奈に似ている。
 彼女に救われたという萩山が、その目で見た最強の身体能力と戦闘技術をデーモンのイメージに込めているなら、黒い天使が相手でも勝機はある。

 だから2体の小柄なデーモンはアークエンジェルの斜め左右に散る。
 両手に銃に似たオブジェを形作って元素の魔弾を放つ。
 交差射撃だ。

 火弾【灼熱ブレイズ】。
 氷の矢【冷気フリーズ】。

 雷弾【閃雷スパーク】。
 石弾【岩裂弾マイン・ブレス】。

 無数の元素の弾丸が、文字通り四方八方から黒い天使に襲いかかる。
 銃器携帯/発砲許可証シューティング・ライセンスなど持たぬ魔術結社のデーモンも、術者がイメージした凄まじい銃技を魔弾による射撃に応用することはできる。

 加えて萩山自身もギターをかき鳴らす。
 フードを脱いだ彼の頭で、虹色をしたスピリチュアルな頭髪がなびく。
 自分の中のイメージと激情をロックンロールに変え、森羅万象に宿る魔力を賦活して呪術にしている間は彼の頭にも髪が生えるらしい。
 そんな彼が行使した術は【まぬけウィットレス】。
 対象の心を惑わし集中力を削ぐ術だ。
 もちろん対象は術者の任意。
 攻撃魔法エヴォケーションで自身のデーモンを傷つけぬよう考えてもいる。だが……

「……その程度の術には効いてあげる訳にはいかないわねン」
 ファーレンエンジェルには無力。
 萩山が相手に気圧されているからだ。

「それにデーモンちゃんたちも、あの子の動きには程遠いわよン」
 不敵な笑みと同時に、十字剣の剣先が光に包まれる。
 即ち【アブラハムの剣エペ・デュ・アブラアム】。
 得物を粒子ビームでコーティングする呪術だ。

 黒い天使は呪術の弾幕をかい潜り、2体のデーモンを両断する。
 まるで志門舞奈のように。

「俺のデーモンが……!?」
「彼を守って!」
「頼みましたわ!」
 驚く萩山を守るように、えり子と夜空の天使がファーレンエンジェルに肉薄する。
 だが成す術もなく両断される。
 時間稼ぎにすらならない。

「ビジュアル系としては面白かったけど、お姉さんの相手は荷が重かったみたいねン」
 萩山が退く間もなくファーレンエンジェルの十字剣が迫り――

 ――砕けた。

 黒い天使は根元からへし折られた剣の柄を一瞥する。
 予想外の攻撃に驚いた様子で……だが口元にはかすかな笑み。
 そんな彼女の足元に、折れた刃が突き刺さる。

 冷たく輝く鉄隗に、ひとりの少女が映りこむ。
 年の頃は中学生ほど。
 シルクの手袋をはめた、形の良い指に握られたステッキ。
 肩にはピンク色のハリネズミ。
 髪型はリボンで結ったポニーテール。
 ビビットなドレスのスカートの端でフリルが揺れる。

「ウィアードテール! デビュー! ……決まったわね!」
「最後のがなければね」
 少女の肩でハリネズミがツッコむ。

 神話怪盗ウィアードテール。
 首都圏を中心に活躍している、子供向け雑誌で人気のアイドル怪盗である。
 えり子が生で見るのは実は初めて。
 陽子がそうだと聞いてはいたが、実際に見ると感慨もひとしおだ。
 そして萩山が彼女に救われるのは2度目だ。

「魔法少女!? 相手にとって不足はないわン」
 ファーレンエンジェルは折れた剣の柄を捨てて十字を切る。

「黒い人だ! 何だかよくわからないけど、あんたをやっつければいいのね!」
「まあ間違ってはいないけど……」
 ハリネズミの苦笑を他所に、ウィアードテールはいきなり走る。

 対するファーレンエンジェルが行使したのは【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】。
 しかも先ほどのアークデーモンや、えり子や夜空の天使と同じ速度で連射。

 それに対してウィアードテールは瓦礫に吸いこまれるように消える。
 光の矢は魔法少女の残像を射抜き、奥にあった廃屋を蜂の巣にする。
 角度を使った転移術は【混沌変化】の中でも初歩の技術らしい。

「……その動き、その……言動。混沌魔術の魔法少女なのねン」
「ええ! そんな感じ!」
 ひとりごちるファーレンエンジェルの背後にウィアードテールが跳び出る。
 そのままの勢いでステッキから放たれたのは虹色に輝く色彩の槍。

 ファーレンエンジェルも見ずに避ける。
 槍は虚空を斬り裂き廃ビルのコンクリート壁に吸いこまれるように消える。
 次の瞬間、ビルが内側から爆ぜる。

 混沌と狂気から生み出された色彩の槍の効果はランダムだ。
 物質を透過したかと思えば、次にまったく同じ状況で地球上のどんな化学反応とも異なる物理法則によって大爆発を引き起こしたりもする。

「あっ! 避けた!」
「そりゃ避けるわよン」
「避けたら当たらないじゃない! あたしは! 何で避けたかって聞いてるの!」
「ええ……」
「いや、だからぁン……」
 肩のハリネズミ、ヴィランすら困惑する妄言を吐きつつ、

「えいっ!」
 ウィアードテールは今しがた思いついたような唐突な挙動でカードの束を投げる。
 束は飛びつつランダムに広がり、カードの散弾と化して黒い天使を襲う。

 対してファーレンエンジェルは短い聖句と共に【ジェリコの壁ミュール・ドゥ・ジェリコ】で防護。
 滑らかな遮蔽に阻まれカードは地に落ちる。

 土神ツァトグァの魔力で強化されたカードそのものは色彩の槍とは違って通常の物質だ。
 十分な強度があれば物理的な遮蔽で防ぐこともできる。
 そうした知識を、黒い天使は持っていた。
 だがウィアードテールもさるもの。

「かかったわね! 今のはフェイントよ!」
「言っちゃダメよ!? ウィアードテール!」
 バカ丸出しの叫びと共に、すかさず取り出した次のカードは巨大化する。
 自身と同じくらいのサイズになった巨大カードを海老ぞりになるくらい振り上げ、

「かくご! チョイサー!」
 天使の壁を両断する。
 だが壁の向こうにファーレンエンジェルはいない。

「……あれ?」
「あっちに逃げたわ!」
 ハリネズミが指さした先、壁から少し離れた後方にたたずむ黒い天使。
 ファーレンエンジェルもまた壁を目くらましに距離を取っていた。
 さらに両手で掲げられたロザリオ。

「これでお、し、ま、い、ねン」
 口元に笑みを浮かべながら、聖句の最後の一句を唱えて施術を完成させる。
 ロザリオはまばゆく輝き、

「――防御して! ウィアードテール!」
 えり子の叫び。
 同時にロザリオから数多の尾を引く光弾がばら撒かれる。
 造物魔王デミウルゴスの魔力を無数の粒子ビームと化す【輝雨の誘導アンズイール・ドゥ・ブリエ・プリュイ】の呪術。
 粒子ビームの雨は一斉に軌道を変え、ウィアードテールめがけて突き進み、

「ああっ!?」
 無数のビームが重なり合った着弾地点、アホ面を晒しながら明後日の方向を見ていたウィアードテールの後頭部でビームが爆発。
 周囲がまばゆい光に包まれる。

「「「ウィアードテール!」」」
 奈良坂や萩山、洗脳が解けた異能力者たちが驚き見やる目前で――

「――もう! あったま来た!」
 閃光と爆煙が去った後にはキレた様子のウィアードテール。
 その周囲にも同じポーズをした無数のウィアードテール。
 ギャラリーたちは、ファーレンエンジェルすらも目を丸くする。

 次の瞬間、中央のひとり以外は光の粉と化して一斉に消える。
 ウィアードテールは無数の落とし子を召喚し、ビームの掃射を防ぐ盾にしたのだ。

 バカは考えない分、気づいたら、思いついたら行動は早い。
 あるいは気づいてすらいなかったのかもしれない。
 バカは思いつきで動くから、その行動や結果を予測できる者などいない。

「こうなったら! ハイパーモードよ!」
「えっ? ……ああ。あれ、そんな名前にしたのね」
 ウィアードテールはスカートのフリルの隙間から何かを取り出す。
 用いた技術は角度を利用した転移術。
 取り出したものは新たなステッキ。

「イーッツ・アー……あー……………………」
「MAKEOVER……」
 ウィアードテールが勢いよく叫び、トーンダウンし、萩山が小声で補足する前で、

「……その必要はないわよン」
 ファーレンエンジェルが鼻にかかった声で告げる。

「ええっと…………」
 無視して決め台詞の続きを考えるウィアードテール。

「あの、MAKEOVER……」
 ぼそぼそ言う萩山。
 そんな年上たちに代わって、

「どういうこと?」
「そうねン。わたしが今、使える最強の技を破られたから……ってとこかしらン?」
 えり子の問いに黒い天使は律義に答える。
 少し疲れた様子だったので、大人も大変なのかなと少し思った。
 大変な理由は目の前の陽キャだが。

「それに、そろそろ他の用事に取りかからなきゃならないのよン」
「他の用事?」
 オウム返しのえり子の問いには答えぬまま、黒い天使は取り出した何かを放る。
 数個のロザリオだ。
 次いでファーレンエンジェルは十字を切って、

「あっ!」
「皆さん! 防護を!」
 あせったハリネズミの声に応じてえり子と夜空が聖句を唱える。
 萩山がギターをかき鳴らす。
 途端、一行の目前に有機の壁が出現する。
 その後ろでガレキまみれの大地が隆起して壁になる。
 即ち【ジェリコの壁ミュール・ドゥ・ジェリコ】【堅岩甲クラッグ・クローク】。
 一行の周囲には【完徳者の盾ブクリエ・ドゥ・パルフェ】による見えざるバリアが形成される。

 次の瞬間、ロザリオが爆ぜる。
 目もくらむような反応爆発は【閃光の爆球スフェール・デュ・エクレール】。

 そして光が止んだ後、そこに黒い天使はいなかった。
 結界も解除され、周囲は荒涼としているが健全な新開発区の廃墟に戻っていた。

「大したことないじゃない!」
「調子に乗らないの」
 鼻息を荒くするウィアードテール。
 肩の上で苦笑するハリネズミ。
 だが皆がウィアードテール――陽子に向ける視線は尊敬の眼差しだ。
 首都圏で人気の神話怪盗は、今しがたも彼女ら、彼らの希望を守った。
 その事実は揺るがない。
 だが、そのとき……

「……ところで、この近くで陽子さんを見かけませんでしたか? 髪の長い中学生くらいの女の子なのですが」
「「えっ!?」」
 真面目な表情で問いかける奈良坂に、一同は目を丸くした。
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