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第18章 黄金色の聖槍
戦闘1-4 ~セイズ呪術etc.vsデスリーパー
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新開発区の廃墟の通りを、圧倒的な呪術の風が吹き荒れる。
ファントムがデスリーパーの魔力を借りて【風の刃の氾濫】を行使したのだ。
「くっ……!」
歯を食いしばる紅葉の目前で、大地と岩石の壁があっさり吹き飛ぶ。
サチと小夜子、紅葉が3人がかりで建てた呪術の壁がだ。
3人は身をかがめ、【護身神法】に守られ、呪術の強風と砕けた岩石の欠片、跳び来る瓦礫に辛くも耐える。
「姉さま! あちらが!」
「ええ! 存じております!」
少し離れたもうひとつの戦場からプリンセスたちの声。
一瞬遅れて紅葉たち3人の周囲の風が変わる。
ゆるやかで静謐な大気の動き。
穏やかな風は物理法則に逆らうように突風を和らげ、3人を守る。
ルーシアのセイズ呪術【吹きすさぶ守護者】だ。
そうするうちにファントムが放った【風の刃の氾濫】が鎮まる。
紅葉たちは3人がかりで、ルーシアの力をも借りて、ようやく敵の攻撃を防いだ。
「くっ……強い!」
紅葉は立ち上がりつつ口元を歪める。
周囲には壁の片鱗どころか、散らばっていた瓦礫すらまばらだ。
呪術の強風に吹き散らされたのだ。
扱いやすいが威力は弱いはずの風の呪術で、この被害。
かつて紅葉が楓と協力して放った【地の刃の氾濫】と大差ない威力だ。
それは大人であるファントムが、デスリーパーが、紅葉たちとは比べ物にならないほど長い期間を習練と研鑽に充て、数多くの実戦を経験してきたからだろう。
間違いない、彼女らは紅葉たちより格上だ。
だが疑問は残る。
それほどまでの術者が何故、ヴィランとして自分たちと戦うのだろう?
唯々諾々とヘルバッハに従うだけの人間に、これほどの術は使えない。
何故なら人が使う呪術は、魔術は――魔法は強いプラスの感情が生み出す。
だから――
「――貴女は何のために戦う!?」
紅葉は身構えながら問いかける。
そうしながら懐から取り出した数本の小枝を放り投げる。
続けて施術。
ウアブ呪術【ヘビの杖】によって小枝それぞれがヘビと化して襲いかかる。
そんな様子を見やりつつ、
「フフ。楽しいから……かしら?」
ファントムは妖艶な唇を笑みの形に変えつつ答える。
フードに隠された目元は見えない。
「術者として己を高めるのも、スリリングな戦いもね」
楽しげに言いつつファントムも紅葉と同様に小枝を投げる。
だが、その数は紅葉の倍近く。
それらすべてを同じ術で蛇に変え、紅葉のヘビを迎撃しつつ残りをけしかける。
とっさに反応できない紅葉に跳びかかる数匹のヘビが――
「――貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
爆発する。
小夜子の【捕食する火】。
対象の周囲の空気を火に変えて爆破する恐るべきナワリ呪術。
そんな魔法の気化爆発で焼かれ、小枝に戻って砕け散るヘビを見やりながら、
「なら貴女たちは何のために戦うの?」
ファントムの妖艶な唇もまた問いを形作る。
「それを貴女に言う必要はないわ」
小夜子は即答しつつ、さらに踏みこみながらファントムに掌を向ける。
同時にファントムは跳び退って何かを避ける。
鋭く薙ぐように空気が軋む。
だが、それだけ。
小夜子は跳び退りつつ舌打ちする。
紅葉に気を取られていたはずの敵への奇襲を避けられたからだ。
小夜子の掌の先で蠢いた風の正体は、空気の刃。
ナワリ呪術【切断する風】は空気を鋭利な刃にする。
だが容易だが弱い空気の呪術が十分な威力を発揮するには接敵する必要がある。
距離を取りつつ【風の守護】で防護されれば薄布が相手でも無力化される。
そのように手馴れた動きで呪術を避けつつ妖艶に笑うファントムを見やり――
「――復讐だよ」
紅葉は短機関銃の弾倉を交換しながら先ほどの問いに答える。
「わたしたちは怪異に弟を殺された」
語りつつ、こちらを向いたファントムめがけて撃つ。フルオート。
黄金色の短機関銃が、肌もあらわな美女の周囲に小口径高速弾をばらまく。
手加減なし。
何故なら敵の【屈強なる身体】が強力だということは、貫通力に優れる特殊弾で蜂の巣にしても命に関わることは無いということだ。
だが彼女の場合は、それ以前の問題だった。
「仇を探しているの?」
ファントムは避けるそぶりも見せない。
だが銃弾の雨は、そそり立った大地の壁に阻まれて地に落ちる。
地面を構成する土や岩を遮蔽にする【地の守護】を、紅葉に問いを返しながら、ファントムは空気を操るように軽々と使いこなす。
「いいや、弟を手にかけた怪異はもういない」
自分たちの知らない何処かで永遠に葬り去られた。たぶん志門舞奈によって。
口惜しむような台詞と裏腹に、紅葉の口元には凛とした笑みが浮かぶ。
そんな表情を見やってファントムは少し戸惑う。
その隙を好機と見なし、紅葉は短く施術。奉ずる神はゲブ神。
大地から弾丸を飛ばす【地の矢】の連射。
だが銃弾に匹敵する数多の岩石弾は、敵を避けるように明後日の方向へ飛散する。
風の呪術【風の守護】で防がれたのだ。
それでも紅葉は口元に笑みを浮かべる。
弾丸はフェイント。
矢継ぎ早に同じ神の呪文を唱えて【地の一撃】を施術する。
だが足元から繰り出された巨大な拳を、ファントムは常識外の跳躍で避ける。
彼女の身体強化【屈強なる身体】も、紅葉とは比べ物にならないほど協力だ。
さらにファントムは落下の最中に施術。
空気の弾丸【風の矢】。
見えざる気弾の掃射が紅葉の、小夜子の【護身神法】を叩く。
不可視だが威力が低すぎて紅葉には使いこなせなかった空気の矢を、ファントムは落下と着地の隙をなくすために活用してみせた。
その威力は紅葉の【地の矢】と同等だ。
小夜子が心の底から不愉快そうに口元を歪める。
攻撃によって何らかの術を妨害されたようだ。
紅葉は心の中でシュウ神を奉ずる呪文を唱えながら距離を詰め、
「だから同じことを二度と繰り返さない。人を害する怪異の企みを未然に叩き潰す。それが、わたしの復讐だ」
言い放ちつつ、掌を突きつける。
途端、紅葉の目前で風が唸る。
空気の拳を繰り出す【風の一撃】が、着地直後のファントムを打ち据える。
「それが貴女の生きる目的なのね。悪くないわ」
ファントムは吹き飛ばされる勢いのまま距離を取りつつ着地する。
そうしながらは妖艶に……少し羨むように笑う。
一方、小夜子はアサルトライフルを構えつつも……
「……そう。守ることが……わたしが生きる目的」
釣られるように笑う。
かつて小夜子もまた大事な幼馴染を失った。
小夜子は舞奈たちと共に復讐を果たした。
そして新たに守りたい女性を見つけた。
防御をまかせるという建前で背にかばった少女は、今や小夜子の生きる目的だ。
今度こそ……絶対に守り抜く。
小夜子は油断なく身構えながら、それでも背後のサチをちらりと盗み見る。
だが気づかれて笑みを返されて驚き、それでも笑う。
そして、もう一方の戦場でも……
「……君も同じなのかね? 東洋の狂犬――いや、桂木楓よ」
「まあ、そんなところでしょうか」
死神の問いに、楓も笑顔で答える。
楓とデスリーパーの勝負は互角。
変身の魔術を駆使して縦横無尽に攻める楓を、デスリーパーは同じ術で生み出した鍛え抜かれた身体にインプットされた体術で凌ぐ。
変身中の楓にルーシアの【勇猛たる戦士の旋律】は効果がない。
レナの【雷弾】は強力すぎて使えない。誤射の危険があるだからだ。
だから勝負は膠着したまま。
「あの忌まわしい事件があって以来、その真相を知った今、わたしは奴らの同類を殺しまくっているんですよ。爆破し、斬り刻み、もっと酷いやりかたでも殺しましたよ」
口元を凶悪な笑みの形に歪めつつ、楓の拳がワニの顎と化して死神を襲う。
攻撃用の魔神を繰り出す【魔神の裁き】。
包帯のような魔力の残滓を散らしながら顎を広げるワニを、デスリーパーは素早く身を屈めて避ける。
「どの殺しも大変、愉快な経験でした。それが、わたしの生きる理由です」
「誠にユニークな答えだ。なるほど流石は狂犬」
「ナチュラルにわたしの妹をディスらないでくださいよ」
「いや君のことだよ」
続く楓の妄言に、デスリーパーはまさかのツッコミを入れ、
「……ですが弟は、わたしたちのしていることを受け入れてくれると思いますよ」
(何故なら瑞葉は自身の意思で執行人になったのですから)
だが次いで浮かんだ楓の笑みは、意外にも紅葉と同じくらい爽やかだった。
そんな様子を見やり、空虚なはずの骸骨の顔が笑みの形に歪む。
否。知識のある者が注意深く観察しなければわからない程度に、死神の顔には乾いた白い皮膚がついている。
骸骨と言うよりミイラだ。
骨と皮膚と強靭な筋肉、生命活動に必要な臓器や器官のみ持つ究極の痩身。
身体変化の魔術【変身術】によりフライ級の俊敏さとスーパーヘビー級のパワーを併せ持った理論上最強の格闘家の身体を人工的に再現している。
それが死神の正体だと楓は気づいた。
デスリーパーは強力な攻撃魔法を使えるだけじゃない。
瞬間的な格闘戦力に特化した身体に変ずることで施術の隙を埋めることもできる。
楓は【高度な生命操作】を敵を惑わす奇策に使っている。
楓が医学を志すと同時に独創的なアーティストでもあるからだ。
対してデスリーパーは同じ技術を、ひたすら自身を強化するために使っている。
それが可能なのは、デスリーパーが操作すべく生命と肉体に対する正確で綿密な知識を持っているからだ。
だから死神は空中を滑るように移動するより速く、痩せ細った2本の脚で跳び退る。
同時に骸骨にしか見えないミイラの腕で、大鎌を楓に向かって突きつける。
避ける暇もなかった。
大鎌の先からギラリと金属色に光る刃が飛ぶ。
死神の鎌の柄の正体はウアス杖。
剣呑にカーブした刃の正体は【隕鉄の巨刃】で創造された魔術の刃だ。
避けようのない距離から放たれた巨刃。
だが次の瞬間、対する楓の腹が『開いた』。
女子高生の身体が風船のように膨らみ、セーラー服の上着とスカートの間が口になったかのように大きく開口する。
次いで飛んできた金属の巨刃を挟みこんで閉じる。
魔法消去の魔術【あらがう言葉】と、変身の魔術【変身術】の合わせ技だ。
異形に変じた身体の隙間には得物の代わりに無数のスカラベが設置されている。
それらを『消費』して無謀な消去を繰り返し、相手の術を一瞬ですり潰す。
そんな魔術の裏技的な応用により、以前に楓は完全体と化した死塚不幸三の魔術すら消去したことがある。
だが今回、無数の魔法消去にさらされた魔術の刃は無傷。
代わりに死神の手に残ったウアス杖が真っ二つに折れる。
「なるほど効果的な……魔法消去の使い方だ。だが……惜しかったな」
ミイラの顔に疲弊した表情を浮かべ、それでも死神は嗤う。
楓が裏技的な本気で消去を仕掛けたのと同じ。
デスリーパーも自身の得物を犠牲にするのも構わず【あらがう言葉】で楓の魔術に対して消去を試み、楓の消去の強度を削ぐことで己が魔術を死守したのだ。
本気と本気の消去勝負は年季の差でデスリーパーに分があった。
金属の刃が楓の身体を切り裂く直前、見えざる何かに阻まれて消える。
サチの【護身神法】だ。
だが魔術の刃をまともに受け止めた障壁も消える。
注連縄も千切れる。
「ほう、げに不可思議なる東洋の防御魔法よ」
デスリーパーは嗤う。
楓が消去を試みる直前まで刃は障壁を通過した。
だが消去に失敗し、刃が本体にダメージを与える直前に弾いた。
無機質なバリアにできる芸当ではない。
神術の中核を成す【防護と浄化】技術による、最も効率的な防御魔法だ。
一方、楓は【影走り】で退いてレナの側に並ぶ。
再び魔法戦闘を挑むほうが勝率が高いと判断したのだ。
楓にしては珍しく堅実な、そして少しばかり弱気な選択。
だが代わりに――
「――レナ、バックアップをお願いします」
「姉さま!?」
「ルーシアさん!?」
入れ替わるように飛び出したのはルーシアだ。
「ほう」
死神のフードの下の、ミイラの口元に笑みが浮かぶ。
楓と相対していた時の、好敵手を前にした笑みとは少しだけ違う表情。
何故なら一見すると虚ろに見える眼窩の先。
駆けるルーシアの挙動は、気弱な少女のそれではなかった。
力強い戦士の疾走。
用いている付与魔法も【勇猛たる戦士の旋律】ではない。
身体強化の仏術【増長天法】、筋力強化の仏術【持国天法】を併用し、圧倒的な身体能力と筋量にまかせて地を駆ける。
走るフォームも訓練と経験を積んだ戦士の動きだ。
「……【皮かぶり】か」
デスリーパーは嗤う。
ルーシアが本当に行使しているのはセイズ呪術のひとつ【皮かぶり】。
英霊の姿を模して力を借りる強力な大魔法だ。
そして戦闘に特化した肉体を、神経を研究したデスリーパーだからわかる。
彼女の身体に宿り、守護しているのは本物の戦士だ。
ルーシアは滑るような挙動でデスリーパーの懐に潜りこむ。
反応する暇も許さず足払い。
魔術で再現した最高の反射神経を持つはずの死神ですら追えない動き。
勢いに乗った一撃に足をすくわれ辛くも体勢を立て直すデスリーパーの脇腹に狙いを定め、軸足を入れ替えながら勢いを乗せたハイキック。
ドレスのスカートが鋭い蹴りにひるがえる。
「ぐはっ!」
打撃の音と衝撃。
ボロボロのローブがくの字に曲がる。
さらに蹴り。
辛くも体勢を立て直した死神は折れた杖を捨て、両腕をクロスさせ受け止める。
ルーシアの白い足と、デスリーパーのミイラのように細い腕。
どちらも外見からは想像もつかない力によってせめぎ合う。
「偉大なる戦士よ。名を問うても構わないかね?」
死神は問う。
「……月輪」
声色だけはルーシアの、だが穏やかで落ち着いた大人の声が答える。
ドレスの少女は足を引く。
間髪入れず、拳を繰り出す。
あまりの勢いに両腕で防御するしかできない死神めがけて容赦ないパンチの嵐。
殴る。殴る。殴る。
己が身に仏術士である月輪を宿らせたルーシアの怒涛の攻めだ。
ヤンキーたちの頂点に立っていた男の、嵐の如く無数の拳に死神は怯む。
「そなたも戦う理由は復讐かね?」
「いいえ」
表情の読めぬ骸骨の問いに、ルーシアは落ち着いた口調で答える。
身体に英霊を宿す【皮かぶり】の行使中、術者の感情は抑制される。
だが、それだけじゃない。
むしろ逆だ。
激しい戦闘の最中にあって。
心の傷に触れられるように問われて。
それでも平常心でいられるからこそ【皮かぶり】を維持できる。
魔法の王国スカイフォールの王女たり得る。
だから――
「――なんとっ!?」
ルーシアの鋭い拳がデスリーパーの頬骨をかすめる。
バランスのとれた最強の肉体によるブロックすら貫き通す一撃。
月輪はそうやってヤンキーたちを束ねてきた。
次の瞬間、ルーシアはデスリーパーを蹴り飛ばすように距離をとる。
「月輪様に、【禍川総会】の皆様に、顔向けできる生き方がしたいからです」
間髪入れずに追撃。
死神が反応すらできない速度で。
ルーシアが見てきた月輪そのままの速度で。だから――
「――見事なりルーシア王女。今、この時、そなたは確かに『生きている』」
デスリーパーは骸骨の虚ろな口を広げて笑う。
ボロボロのローブのみぞおちには深く、深く正拳突きが埋まっていた。
ハイキックよりなお重い、強い、魂のこもった必殺の拳が。
「……そなたが友の事、申し訳なく思う。我はヘルバッハを止められなかった。我がこの国に呼ばれたのは彼の地でのすべてが終わった後だったのだよ」
骨ばった身体をくの字に折り曲げながら骸骨は語る。
友とは無論、彼女が失った月輪の、【禍川総会】の仲間のことだ。
その事実を死神も知っていたのだろう。
だが無関係だった。
その言葉に嘘偽りがないと、拳を交わしたルーシアは確信した。だから……
「……良いのです。わたしにとっても……あの悲劇はもう終わったのですから」
ルーシアも拳をめりこませたまま、月輪のものではない自分自身の笑みを浮かべる。
民を導き慈しむ王女の笑みを。
そんな、ひとつの勝負の結末を見やりながら、
「姉さま……」
レナは安堵したように微笑む。
たぶんルーシアは、喪失に折り合いをつけることができた。
仕返しに何かを葬り去ることではなく、許すことで。
側の楓も、まあ納得した表情を浮かべてみせる。
そして、もうひとつの戦場でも……
「……ここまでのようね」
ファントムも両手を上げて立ち止まる。
「なんだと? 勝負はまだ――」
「――勝負はついてないけど、わたしの気は済んだのよ。貴女たちだって、ウォーミングアップで必要以上に消耗したくはないでしょ?」
「ウォーミングアップって……」
妖艶な美女は事もなく言いつつ笑う。
それでも油断なく身構える小夜子や他の面々の前で、
「あっ逃げたわ!」
死神の側まで跳び退る。
紅葉たちが追うように楓らと合流するのを待ち、
「ときにスカイフォールの王女たちよ、上空に機甲艦を控えさせておられるな」
「何故それを!?」
デスリーパーは目前のルーシアを、見守るレナを交互に見やる。
驚愕を隠すように睨みつけるレナに、
「天が墜ちてくると思うほどの強大な魔力、気づかぬ訳なかろうて」
デスリーパーは苦笑を返す。
「早々に戻られるが良かろう。バッハ王子……ヘルバッハの次なる手駒は大陸の大型怪異……歩行屍俑の大群だ。じきに汝らが誇る装脚艇の騎士らが必要となる」
「それじゃあ……」
「異世界の扉から強者を呼び出すって、このこと?」
続く言葉にサチが、小夜子が納得し、
「何故そのようなことを我々に?」
楓が訝しむ。
「礼だよ」
「礼……ですか?」
「そなたらと逆に、我々のように老いた魔道士が『生きている』ためには常に若々しい生命の輝きが必要なのだよ」
言いつつデスリーパーの身体が地面に沈む。
影と化して移動する【影走り】の魔術。
この魔術を使えば、ルーシアの最後の一撃を避けることができたのでは?
そうレナは思うが口には出さない。
何故なら奴の言葉の意味を、スカイフォールの王女は理解できる。
デスリーパーは楓やルーシアたちを倒したかったんじゃない。
戦いたかったのだ。
口さがない言い方をするなら、若い女の子とじゃれ合いたかった。
何故なら魔力の源はプラスの感情だ。
長い月日を経る中で経験や技術と引き換えに擦り減ってしまう新鮮で力強い感情のうねりを、年若い術者と語らい、魔術を、拳を交わすことで取り戻したかったのだ。
要は孫と遊びたいおじいちゃんのようなものだ。
齢を得た術者とはそういうものだと、師でもある父に聞いたことがある。
この大変なときに傍迷惑な話ではある。
だが年若い術者が、熟練の術者との戦闘で多くのものを得たのも事実だ。
さらに奴は重要な情報をもたらしてくれた。
だから怒るべきか感謝するべきかを悩むレナの側で、
「我々……?」
楓が訝しむようにファントムを見やる。
途端、妖艶なウアブ呪術師は楓の視線を逃れるように、
「楽しい戦いだったわ」
「あっ!」
言って投げキスなどしつつ、あわてるサチや小夜子たちを尻目に影に跳びこむ。
他の転移や付与魔法と同様に【影走り】も熟練によって効果を拡張できるらしい。
そんな使い方もできるのかと楓が感心する間に、影は走り去った。
後には呆然とたたずむ楓たち6人だけが残された。
「……」
一行は、それぞれの想いを抱いて影が消えた路地を見やる。
激しい魔法戦闘が終わった後の廃墟の街を、一陣の乾いた風が吹き抜けた。
ファントムがデスリーパーの魔力を借りて【風の刃の氾濫】を行使したのだ。
「くっ……!」
歯を食いしばる紅葉の目前で、大地と岩石の壁があっさり吹き飛ぶ。
サチと小夜子、紅葉が3人がかりで建てた呪術の壁がだ。
3人は身をかがめ、【護身神法】に守られ、呪術の強風と砕けた岩石の欠片、跳び来る瓦礫に辛くも耐える。
「姉さま! あちらが!」
「ええ! 存じております!」
少し離れたもうひとつの戦場からプリンセスたちの声。
一瞬遅れて紅葉たち3人の周囲の風が変わる。
ゆるやかで静謐な大気の動き。
穏やかな風は物理法則に逆らうように突風を和らげ、3人を守る。
ルーシアのセイズ呪術【吹きすさぶ守護者】だ。
そうするうちにファントムが放った【風の刃の氾濫】が鎮まる。
紅葉たちは3人がかりで、ルーシアの力をも借りて、ようやく敵の攻撃を防いだ。
「くっ……強い!」
紅葉は立ち上がりつつ口元を歪める。
周囲には壁の片鱗どころか、散らばっていた瓦礫すらまばらだ。
呪術の強風に吹き散らされたのだ。
扱いやすいが威力は弱いはずの風の呪術で、この被害。
かつて紅葉が楓と協力して放った【地の刃の氾濫】と大差ない威力だ。
それは大人であるファントムが、デスリーパーが、紅葉たちとは比べ物にならないほど長い期間を習練と研鑽に充て、数多くの実戦を経験してきたからだろう。
間違いない、彼女らは紅葉たちより格上だ。
だが疑問は残る。
それほどまでの術者が何故、ヴィランとして自分たちと戦うのだろう?
唯々諾々とヘルバッハに従うだけの人間に、これほどの術は使えない。
何故なら人が使う呪術は、魔術は――魔法は強いプラスの感情が生み出す。
だから――
「――貴女は何のために戦う!?」
紅葉は身構えながら問いかける。
そうしながら懐から取り出した数本の小枝を放り投げる。
続けて施術。
ウアブ呪術【ヘビの杖】によって小枝それぞれがヘビと化して襲いかかる。
そんな様子を見やりつつ、
「フフ。楽しいから……かしら?」
ファントムは妖艶な唇を笑みの形に変えつつ答える。
フードに隠された目元は見えない。
「術者として己を高めるのも、スリリングな戦いもね」
楽しげに言いつつファントムも紅葉と同様に小枝を投げる。
だが、その数は紅葉の倍近く。
それらすべてを同じ術で蛇に変え、紅葉のヘビを迎撃しつつ残りをけしかける。
とっさに反応できない紅葉に跳びかかる数匹のヘビが――
「――貪り喰らえ、トルコ石の蛇!」
爆発する。
小夜子の【捕食する火】。
対象の周囲の空気を火に変えて爆破する恐るべきナワリ呪術。
そんな魔法の気化爆発で焼かれ、小枝に戻って砕け散るヘビを見やりながら、
「なら貴女たちは何のために戦うの?」
ファントムの妖艶な唇もまた問いを形作る。
「それを貴女に言う必要はないわ」
小夜子は即答しつつ、さらに踏みこみながらファントムに掌を向ける。
同時にファントムは跳び退って何かを避ける。
鋭く薙ぐように空気が軋む。
だが、それだけ。
小夜子は跳び退りつつ舌打ちする。
紅葉に気を取られていたはずの敵への奇襲を避けられたからだ。
小夜子の掌の先で蠢いた風の正体は、空気の刃。
ナワリ呪術【切断する風】は空気を鋭利な刃にする。
だが容易だが弱い空気の呪術が十分な威力を発揮するには接敵する必要がある。
距離を取りつつ【風の守護】で防護されれば薄布が相手でも無力化される。
そのように手馴れた動きで呪術を避けつつ妖艶に笑うファントムを見やり――
「――復讐だよ」
紅葉は短機関銃の弾倉を交換しながら先ほどの問いに答える。
「わたしたちは怪異に弟を殺された」
語りつつ、こちらを向いたファントムめがけて撃つ。フルオート。
黄金色の短機関銃が、肌もあらわな美女の周囲に小口径高速弾をばらまく。
手加減なし。
何故なら敵の【屈強なる身体】が強力だということは、貫通力に優れる特殊弾で蜂の巣にしても命に関わることは無いということだ。
だが彼女の場合は、それ以前の問題だった。
「仇を探しているの?」
ファントムは避けるそぶりも見せない。
だが銃弾の雨は、そそり立った大地の壁に阻まれて地に落ちる。
地面を構成する土や岩を遮蔽にする【地の守護】を、紅葉に問いを返しながら、ファントムは空気を操るように軽々と使いこなす。
「いいや、弟を手にかけた怪異はもういない」
自分たちの知らない何処かで永遠に葬り去られた。たぶん志門舞奈によって。
口惜しむような台詞と裏腹に、紅葉の口元には凛とした笑みが浮かぶ。
そんな表情を見やってファントムは少し戸惑う。
その隙を好機と見なし、紅葉は短く施術。奉ずる神はゲブ神。
大地から弾丸を飛ばす【地の矢】の連射。
だが銃弾に匹敵する数多の岩石弾は、敵を避けるように明後日の方向へ飛散する。
風の呪術【風の守護】で防がれたのだ。
それでも紅葉は口元に笑みを浮かべる。
弾丸はフェイント。
矢継ぎ早に同じ神の呪文を唱えて【地の一撃】を施術する。
だが足元から繰り出された巨大な拳を、ファントムは常識外の跳躍で避ける。
彼女の身体強化【屈強なる身体】も、紅葉とは比べ物にならないほど協力だ。
さらにファントムは落下の最中に施術。
空気の弾丸【風の矢】。
見えざる気弾の掃射が紅葉の、小夜子の【護身神法】を叩く。
不可視だが威力が低すぎて紅葉には使いこなせなかった空気の矢を、ファントムは落下と着地の隙をなくすために活用してみせた。
その威力は紅葉の【地の矢】と同等だ。
小夜子が心の底から不愉快そうに口元を歪める。
攻撃によって何らかの術を妨害されたようだ。
紅葉は心の中でシュウ神を奉ずる呪文を唱えながら距離を詰め、
「だから同じことを二度と繰り返さない。人を害する怪異の企みを未然に叩き潰す。それが、わたしの復讐だ」
言い放ちつつ、掌を突きつける。
途端、紅葉の目前で風が唸る。
空気の拳を繰り出す【風の一撃】が、着地直後のファントムを打ち据える。
「それが貴女の生きる目的なのね。悪くないわ」
ファントムは吹き飛ばされる勢いのまま距離を取りつつ着地する。
そうしながらは妖艶に……少し羨むように笑う。
一方、小夜子はアサルトライフルを構えつつも……
「……そう。守ることが……わたしが生きる目的」
釣られるように笑う。
かつて小夜子もまた大事な幼馴染を失った。
小夜子は舞奈たちと共に復讐を果たした。
そして新たに守りたい女性を見つけた。
防御をまかせるという建前で背にかばった少女は、今や小夜子の生きる目的だ。
今度こそ……絶対に守り抜く。
小夜子は油断なく身構えながら、それでも背後のサチをちらりと盗み見る。
だが気づかれて笑みを返されて驚き、それでも笑う。
そして、もう一方の戦場でも……
「……君も同じなのかね? 東洋の狂犬――いや、桂木楓よ」
「まあ、そんなところでしょうか」
死神の問いに、楓も笑顔で答える。
楓とデスリーパーの勝負は互角。
変身の魔術を駆使して縦横無尽に攻める楓を、デスリーパーは同じ術で生み出した鍛え抜かれた身体にインプットされた体術で凌ぐ。
変身中の楓にルーシアの【勇猛たる戦士の旋律】は効果がない。
レナの【雷弾】は強力すぎて使えない。誤射の危険があるだからだ。
だから勝負は膠着したまま。
「あの忌まわしい事件があって以来、その真相を知った今、わたしは奴らの同類を殺しまくっているんですよ。爆破し、斬り刻み、もっと酷いやりかたでも殺しましたよ」
口元を凶悪な笑みの形に歪めつつ、楓の拳がワニの顎と化して死神を襲う。
攻撃用の魔神を繰り出す【魔神の裁き】。
包帯のような魔力の残滓を散らしながら顎を広げるワニを、デスリーパーは素早く身を屈めて避ける。
「どの殺しも大変、愉快な経験でした。それが、わたしの生きる理由です」
「誠にユニークな答えだ。なるほど流石は狂犬」
「ナチュラルにわたしの妹をディスらないでくださいよ」
「いや君のことだよ」
続く楓の妄言に、デスリーパーはまさかのツッコミを入れ、
「……ですが弟は、わたしたちのしていることを受け入れてくれると思いますよ」
(何故なら瑞葉は自身の意思で執行人になったのですから)
だが次いで浮かんだ楓の笑みは、意外にも紅葉と同じくらい爽やかだった。
そんな様子を見やり、空虚なはずの骸骨の顔が笑みの形に歪む。
否。知識のある者が注意深く観察しなければわからない程度に、死神の顔には乾いた白い皮膚がついている。
骸骨と言うよりミイラだ。
骨と皮膚と強靭な筋肉、生命活動に必要な臓器や器官のみ持つ究極の痩身。
身体変化の魔術【変身術】によりフライ級の俊敏さとスーパーヘビー級のパワーを併せ持った理論上最強の格闘家の身体を人工的に再現している。
それが死神の正体だと楓は気づいた。
デスリーパーは強力な攻撃魔法を使えるだけじゃない。
瞬間的な格闘戦力に特化した身体に変ずることで施術の隙を埋めることもできる。
楓は【高度な生命操作】を敵を惑わす奇策に使っている。
楓が医学を志すと同時に独創的なアーティストでもあるからだ。
対してデスリーパーは同じ技術を、ひたすら自身を強化するために使っている。
それが可能なのは、デスリーパーが操作すべく生命と肉体に対する正確で綿密な知識を持っているからだ。
だから死神は空中を滑るように移動するより速く、痩せ細った2本の脚で跳び退る。
同時に骸骨にしか見えないミイラの腕で、大鎌を楓に向かって突きつける。
避ける暇もなかった。
大鎌の先からギラリと金属色に光る刃が飛ぶ。
死神の鎌の柄の正体はウアス杖。
剣呑にカーブした刃の正体は【隕鉄の巨刃】で創造された魔術の刃だ。
避けようのない距離から放たれた巨刃。
だが次の瞬間、対する楓の腹が『開いた』。
女子高生の身体が風船のように膨らみ、セーラー服の上着とスカートの間が口になったかのように大きく開口する。
次いで飛んできた金属の巨刃を挟みこんで閉じる。
魔法消去の魔術【あらがう言葉】と、変身の魔術【変身術】の合わせ技だ。
異形に変じた身体の隙間には得物の代わりに無数のスカラベが設置されている。
それらを『消費』して無謀な消去を繰り返し、相手の術を一瞬ですり潰す。
そんな魔術の裏技的な応用により、以前に楓は完全体と化した死塚不幸三の魔術すら消去したことがある。
だが今回、無数の魔法消去にさらされた魔術の刃は無傷。
代わりに死神の手に残ったウアス杖が真っ二つに折れる。
「なるほど効果的な……魔法消去の使い方だ。だが……惜しかったな」
ミイラの顔に疲弊した表情を浮かべ、それでも死神は嗤う。
楓が裏技的な本気で消去を仕掛けたのと同じ。
デスリーパーも自身の得物を犠牲にするのも構わず【あらがう言葉】で楓の魔術に対して消去を試み、楓の消去の強度を削ぐことで己が魔術を死守したのだ。
本気と本気の消去勝負は年季の差でデスリーパーに分があった。
金属の刃が楓の身体を切り裂く直前、見えざる何かに阻まれて消える。
サチの【護身神法】だ。
だが魔術の刃をまともに受け止めた障壁も消える。
注連縄も千切れる。
「ほう、げに不可思議なる東洋の防御魔法よ」
デスリーパーは嗤う。
楓が消去を試みる直前まで刃は障壁を通過した。
だが消去に失敗し、刃が本体にダメージを与える直前に弾いた。
無機質なバリアにできる芸当ではない。
神術の中核を成す【防護と浄化】技術による、最も効率的な防御魔法だ。
一方、楓は【影走り】で退いてレナの側に並ぶ。
再び魔法戦闘を挑むほうが勝率が高いと判断したのだ。
楓にしては珍しく堅実な、そして少しばかり弱気な選択。
だが代わりに――
「――レナ、バックアップをお願いします」
「姉さま!?」
「ルーシアさん!?」
入れ替わるように飛び出したのはルーシアだ。
「ほう」
死神のフードの下の、ミイラの口元に笑みが浮かぶ。
楓と相対していた時の、好敵手を前にした笑みとは少しだけ違う表情。
何故なら一見すると虚ろに見える眼窩の先。
駆けるルーシアの挙動は、気弱な少女のそれではなかった。
力強い戦士の疾走。
用いている付与魔法も【勇猛たる戦士の旋律】ではない。
身体強化の仏術【増長天法】、筋力強化の仏術【持国天法】を併用し、圧倒的な身体能力と筋量にまかせて地を駆ける。
走るフォームも訓練と経験を積んだ戦士の動きだ。
「……【皮かぶり】か」
デスリーパーは嗤う。
ルーシアが本当に行使しているのはセイズ呪術のひとつ【皮かぶり】。
英霊の姿を模して力を借りる強力な大魔法だ。
そして戦闘に特化した肉体を、神経を研究したデスリーパーだからわかる。
彼女の身体に宿り、守護しているのは本物の戦士だ。
ルーシアは滑るような挙動でデスリーパーの懐に潜りこむ。
反応する暇も許さず足払い。
魔術で再現した最高の反射神経を持つはずの死神ですら追えない動き。
勢いに乗った一撃に足をすくわれ辛くも体勢を立て直すデスリーパーの脇腹に狙いを定め、軸足を入れ替えながら勢いを乗せたハイキック。
ドレスのスカートが鋭い蹴りにひるがえる。
「ぐはっ!」
打撃の音と衝撃。
ボロボロのローブがくの字に曲がる。
さらに蹴り。
辛くも体勢を立て直した死神は折れた杖を捨て、両腕をクロスさせ受け止める。
ルーシアの白い足と、デスリーパーのミイラのように細い腕。
どちらも外見からは想像もつかない力によってせめぎ合う。
「偉大なる戦士よ。名を問うても構わないかね?」
死神は問う。
「……月輪」
声色だけはルーシアの、だが穏やかで落ち着いた大人の声が答える。
ドレスの少女は足を引く。
間髪入れず、拳を繰り出す。
あまりの勢いに両腕で防御するしかできない死神めがけて容赦ないパンチの嵐。
殴る。殴る。殴る。
己が身に仏術士である月輪を宿らせたルーシアの怒涛の攻めだ。
ヤンキーたちの頂点に立っていた男の、嵐の如く無数の拳に死神は怯む。
「そなたも戦う理由は復讐かね?」
「いいえ」
表情の読めぬ骸骨の問いに、ルーシアは落ち着いた口調で答える。
身体に英霊を宿す【皮かぶり】の行使中、術者の感情は抑制される。
だが、それだけじゃない。
むしろ逆だ。
激しい戦闘の最中にあって。
心の傷に触れられるように問われて。
それでも平常心でいられるからこそ【皮かぶり】を維持できる。
魔法の王国スカイフォールの王女たり得る。
だから――
「――なんとっ!?」
ルーシアの鋭い拳がデスリーパーの頬骨をかすめる。
バランスのとれた最強の肉体によるブロックすら貫き通す一撃。
月輪はそうやってヤンキーたちを束ねてきた。
次の瞬間、ルーシアはデスリーパーを蹴り飛ばすように距離をとる。
「月輪様に、【禍川総会】の皆様に、顔向けできる生き方がしたいからです」
間髪入れずに追撃。
死神が反応すらできない速度で。
ルーシアが見てきた月輪そのままの速度で。だから――
「――見事なりルーシア王女。今、この時、そなたは確かに『生きている』」
デスリーパーは骸骨の虚ろな口を広げて笑う。
ボロボロのローブのみぞおちには深く、深く正拳突きが埋まっていた。
ハイキックよりなお重い、強い、魂のこもった必殺の拳が。
「……そなたが友の事、申し訳なく思う。我はヘルバッハを止められなかった。我がこの国に呼ばれたのは彼の地でのすべてが終わった後だったのだよ」
骨ばった身体をくの字に折り曲げながら骸骨は語る。
友とは無論、彼女が失った月輪の、【禍川総会】の仲間のことだ。
その事実を死神も知っていたのだろう。
だが無関係だった。
その言葉に嘘偽りがないと、拳を交わしたルーシアは確信した。だから……
「……良いのです。わたしにとっても……あの悲劇はもう終わったのですから」
ルーシアも拳をめりこませたまま、月輪のものではない自分自身の笑みを浮かべる。
民を導き慈しむ王女の笑みを。
そんな、ひとつの勝負の結末を見やりながら、
「姉さま……」
レナは安堵したように微笑む。
たぶんルーシアは、喪失に折り合いをつけることができた。
仕返しに何かを葬り去ることではなく、許すことで。
側の楓も、まあ納得した表情を浮かべてみせる。
そして、もうひとつの戦場でも……
「……ここまでのようね」
ファントムも両手を上げて立ち止まる。
「なんだと? 勝負はまだ――」
「――勝負はついてないけど、わたしの気は済んだのよ。貴女たちだって、ウォーミングアップで必要以上に消耗したくはないでしょ?」
「ウォーミングアップって……」
妖艶な美女は事もなく言いつつ笑う。
それでも油断なく身構える小夜子や他の面々の前で、
「あっ逃げたわ!」
死神の側まで跳び退る。
紅葉たちが追うように楓らと合流するのを待ち、
「ときにスカイフォールの王女たちよ、上空に機甲艦を控えさせておられるな」
「何故それを!?」
デスリーパーは目前のルーシアを、見守るレナを交互に見やる。
驚愕を隠すように睨みつけるレナに、
「天が墜ちてくると思うほどの強大な魔力、気づかぬ訳なかろうて」
デスリーパーは苦笑を返す。
「早々に戻られるが良かろう。バッハ王子……ヘルバッハの次なる手駒は大陸の大型怪異……歩行屍俑の大群だ。じきに汝らが誇る装脚艇の騎士らが必要となる」
「それじゃあ……」
「異世界の扉から強者を呼び出すって、このこと?」
続く言葉にサチが、小夜子が納得し、
「何故そのようなことを我々に?」
楓が訝しむ。
「礼だよ」
「礼……ですか?」
「そなたらと逆に、我々のように老いた魔道士が『生きている』ためには常に若々しい生命の輝きが必要なのだよ」
言いつつデスリーパーの身体が地面に沈む。
影と化して移動する【影走り】の魔術。
この魔術を使えば、ルーシアの最後の一撃を避けることができたのでは?
そうレナは思うが口には出さない。
何故なら奴の言葉の意味を、スカイフォールの王女は理解できる。
デスリーパーは楓やルーシアたちを倒したかったんじゃない。
戦いたかったのだ。
口さがない言い方をするなら、若い女の子とじゃれ合いたかった。
何故なら魔力の源はプラスの感情だ。
長い月日を経る中で経験や技術と引き換えに擦り減ってしまう新鮮で力強い感情のうねりを、年若い術者と語らい、魔術を、拳を交わすことで取り戻したかったのだ。
要は孫と遊びたいおじいちゃんのようなものだ。
齢を得た術者とはそういうものだと、師でもある父に聞いたことがある。
この大変なときに傍迷惑な話ではある。
だが年若い術者が、熟練の術者との戦闘で多くのものを得たのも事実だ。
さらに奴は重要な情報をもたらしてくれた。
だから怒るべきか感謝するべきかを悩むレナの側で、
「我々……?」
楓が訝しむようにファントムを見やる。
途端、妖艶なウアブ呪術師は楓の視線を逃れるように、
「楽しい戦いだったわ」
「あっ!」
言って投げキスなどしつつ、あわてるサチや小夜子たちを尻目に影に跳びこむ。
他の転移や付与魔法と同様に【影走り】も熟練によって効果を拡張できるらしい。
そんな使い方もできるのかと楓が感心する間に、影は走り去った。
後には呆然とたたずむ楓たち6人だけが残された。
「……」
一行は、それぞれの想いを抱いて影が消えた路地を見やる。
激しい魔法戦闘が終わった後の廃墟の街を、一陣の乾いた風が吹き抜けた。
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