416 / 531
第18章 黄金色の聖槍
戦闘1-3 ~ウアブ魔術etc.vsデスリーパー
しおりを挟む
崩れかけた廃ビルが並ぶ新開発区の大通り。
「それにしても楓さんに王族の知り合いまでいたなんて。……舞奈ちゃんにまで」
言いつつ小夜子は、何時にも増して不機嫌そうな表情を廃屋のひとつ向ける。
歩く背中で、肩紐で肩に吊ったアサルトライフルが揺れる。
着こんでいるのは高等部指定のデザインのセーラー服。
高い防刃/防弾性能を持つ戦闘セーラー服だ。
「ルーシアちゃんもレナちゃんも、とっても素直で可愛いわ」
対して隣で微笑むサチの衣装は巫女装束。
戦闘セーラー服同様に防刃効果を持つ。
小夜子は自分の知らないところで話が進んでいたのが気に入らないのだ。
対してサチは新しい知人を歓迎している。
2人はいつもこんな感じだ。
舞奈と明日香、ディフェンダーズがファイヤーボール、イエティと戦っている頃。
小夜子たちのチームも別ルートで新開発区に侵入していた。
こちらの面子は小夜子とサチ、桂木姉妹、レナとルーシアの6人だ。
皆の手首には防御魔法の媒体となる注連縄が結ばれている。
それによってサチによる不可視の障壁【護身神法】で守られている。
「まあ父に連れられて行ったパーティーで何度か話しただけなんですけどね」
「小さい頃だったし、当時はお互いの立場なんて考えてもいなかったしね」
答える楓と紅葉が着こんでいるのも小夜子と同じセーラー服。
中等部の紅葉だけが少し違ったデザインだ。
スポーツで鍛えられた紅葉の手の中で、特注品の短機関銃が黄金色に光る。
「その……瑞葉様のこと、申し訳ございません。わたくしたちが、あの頃に魔法について話さえしていれば……」
「姉さま……」
ルーシアとレナが着こんでいるのは上品なデザインの戦闘ミニドレス。
こちらも新素材で創られ防刃効果を持つ特別な品だ。
ちなみにマーサや騎士団の面々はいない。
作戦の次のフェイズに備えて上空のフォート・マーリン級で待機している。
装脚艇と同源の強大な魔力によって浮遊する空中戦艦、機甲艦だ。
「それはあり得ない前提でしょう」
沈むルーシアと歩を合わせて廃墟の通りを歩きつつ、楓は何気ない口調で答える。
楓と紅葉の最愛の弟、桂木瑞葉。
当時は執行人だった少年は、怪異の罠にかかって殉職した。
弟の死の真相を探る過程で2人は魔法の存在を知り、仕事人になった。
ルーシアは、楓たちが最初から魔法について知っていたら瑞葉は犠牲にならなかったのではないかと気にしているのだ。
彼女らが出会っていたのは幼い子供の頃だ。
もちろん術者として、魔法と無縁な無辜の友人にその秘密を話すことはできない。
だが自分が話していれば、楓たちは裏の世界の脅威に対して十分な備えができたと。
それでも、
「あの頃、ルーシアさんたちが魔法の世界の住人で、わたしたちが無邪気な子供だったのは事実です。それに……」
言って楓はニヤリと笑う。
その笑みにレナが思わずビクリと肩を震わせる。
「……弟を手にかけた者たちは皆、死にました。少なくともうちひとりには犯した罪の何割かでも苦痛と命で償わせてやれたと自負しています」
語る楓の口元の笑みは、サメのそれのように凄惨に歪んでいた。
それは彼女が復讐の権化として、亡き弟を弔うための恐ろしい計画を完遂したことを意味していた。だから――
「――だから、終わったのですよ」
不穏な彼女の笑みも、ギラついた双眸も、それでも何処か爽やかだった。
普段はおしゃれ眼鏡をかけている彼女が髪をほどき、メジェド神と同じ技術で創ったコンタクトをはめているのは今日が復讐と殺戮の日だからだ。
そんな彼女の横顔を見やり、
「舞奈様と、同じことをおっしゃるのですね」
ルーシアも釣られたように少し笑う。
レナも安堵したように。
だが次の瞬間――
「――止まって」
小夜子が押し殺した声で警告を発する。
彼女も同じ事件で、幼馴染を失った。
だから二度と同じ過ちを繰り返さぬよう警戒を怠らない。
立ち止まった6人の目前で、ぶれた映像のように幾つかの影があらわれる。
即ちウアブ魔術【消失のヴェール】【力ある秘匿のヴェール】。
認識阻害と光学迷彩、二段重ねの隠形術を解除したのだ。
楓が露骨に顔をしかめたのは、敵が使ったその技術が彼女の十八番だったからだ。
今回、彼女も小夜子も敵の認識阻害を察知できなかった。
だが小夜子は経験からくる勘と、煙立つ鏡の示唆で接敵に気づいた。
一行の目前で数多の影は2つに集い、2つの人影と化す。
ひとりは瓦礫まみれの地面の上を浮遊する、ボロボロのローブをまとった死神。
デスリーパー。
死神が骨のような両腕で携えているのは長い柄の大鎌。
鋭く剣呑にカーブした巨大な刃と柄の結合部にはジャッカル――死を司るアヌビス神のシンボルが装飾されている。
もうひとりは小麦色の肌もあらわな妙齢の美女。
こちらはファントム。
金装飾が施されたビキニの衣装の腰にはヒエログリフが描かれた黒い腰布。
腕から垂れる丈の長い薄絹のケープに、同じ色のフード。
身体の各所を飾るアクセサリに散りばめられた数多の宝石が妖艶に輝く。
手にした長杖の先には生命を司るアンク。おそらくウアブ呪術師だ。
「貴方がデスリーパーですか。お初にお目にかかります」
楓は優雅に一礼する。
手強い死神の襲撃について、ルーシアやレナ、明日香から聞いていた。
「……ほう、そなたが噂に聞く極東の狂犬か」
「狂犬……」
「同じ流派の術者の端くれとして、汝との出会いを歓迎しよう」
死神も何らかの伝手で楓たちのことを知っていたらしい。
むっとした楓と表情の読めぬ骸骨は睨み合う。
だが、すぐさま楓は口元にサメのような笑みを浮かべ、
「奴はわたしが引き受けます」
「手伝うわ!」
「わたくしもお供いたします!」
レナとルーシアと共に宣言する。
「了解! 姉さん! なら、わたしはファントムを引き受ける」
「わたしたちもこっちを手伝うわ」
「ええ!」
紅葉と小夜子、サチが妖艶な美女に向き直る。
「良かろう。では勝負といこうではないか。……そちらは頼むぞファントム」
「御意に」
話がまとまった途端にファントムが跳んで距離をとる。
こちらの出方をうかがっていたか。
小夜子たちも追うように場所を変える。次の瞬間、
「まずは小手調べといこうではないか」
デスリーパーが仕掛けた。
骸骨のような指を鳴らすと同時に廃ビルのあちこちから臭い人影があらわれる。
双眸をヤニ色に濁らせ薄汚い身なりをした、くわえ煙草の男女。
脂虫の群れだ。
事前に拉致され、【怪物の群の支配】で操られた喫煙者どもの集団。
くわえ煙草のゾンビどもが、日本刀や鉄パイプを振り上げながら襲いかかる。
だが楓も素早く施術する。
ゲブ神を奉ずる呪文を唱え、いくつかの石櫃を創造する。
ファラオが装飾された巨大な棺だ。
即ち【石の巨槌】。
石の棺は脂虫どもの頭上に落下してを叩き潰し、すり潰す。
ウアブ魔術師のアーティストが芸術性によって威力を強化した致死の打撃。
別の戦場でのイエティの拳の如く巨石の暴虐に、脂虫どもはひとたまりもない。
レナも【雷弾】によって粒子ビームを放ち、臭い群れを焼き払う。
背後で手出しするまでもなく見守るルーシアを振り返ってウィンクする。
だが喫煙者の群れなどデスリーパーにとって前座でしかない。
それが証拠に死神は、
「見事なり。この国の若き術者は皆、才と生気に溢れておる」
手下が屠られる様を見やりながら悠然と、むしろ愉しげに嗤う。
だから楓は間髪入れず、
「お褒め頂き光栄ですよ!」
叫びに続いて呪文。奉ずる神はヌン神。
本丸めがけて【大水球】を放つ。
虚空に出現した巨大な水の塊が、質量を加速に変えて死神めがけて突き進む。
その側で、レナは再び【雷弾】の粒子ビームを放つ。
今度は続けざまに数発。
ルーン魔術師は魔力が焼きつけられたルーンを用いて施術を簡略化することで、強力な魔術を矢継ぎ早に行使可能だ。
年若い2人の魔術師による猛攻を――
「――良い腕前だ、若きウアブ魔術師よ。もちろんレナ王女も」
デスリーパーは一瞬で創造した【骨の盾】で事もなげに防ぐ。
骨の盾に受け止められた水球が激しい音と飛沫をあげて破裂し、ビームが霧散する。
見た目に反して堅牢な盾だ。
さらに飛沫で乱反射した光線の残滓を、赤い砂塵のドームを展開して防ぐ。
こちらは【砂塵の盾】の魔術。
「まだ腕は鈍っておられないようですね。御老体」
「ハハ、まだ若人に醜態はさらせぬよ」
凄惨な楓の笑みすら骸骨の老人は軽く受け流し、
「では、こちらからだ」
言いつつ向けた鎌の先に巨大な頭蓋骨が出現する。
その有り得ないサイズは恐竜の骸の如く。
術者本人と同じくらい虚ろな双眸が赤く妖しく光り――
「――来るわ!」
レナが叫ぶと同時に放たれる。
即ち【骨の巨槌】。
しゃれこうべは先ほどの楓の水球に匹敵する勢いで飛来する。
対して楓は、あらかじめ宙に浮かばせていた岩の盾に指示する。
アーティスティックに装飾された4枚の【石の盾】が主を守るように動く。
さらに楓の周囲を砂塵のドームが覆う。
先ほどの死神と同じ【砂塵の盾】だ。
側のレナも、楓同様に周囲を警戒していた氷の盾【氷突盾《アイゼス・シュティッヒシルト》】で防御する。
もちろん2人ともサチの【護身神法】により守られている。
だが過信はしない。
何故なら神道に連なる防御魔法は穢れに弱い。
骨を創造する魔術により再現されたものであっても同様だ。
一カ所に集った岩の盾と氷の盾に受け止められ、骸骨は砕けて消える。
「く……っ!」
「強い……」
魔術の盾が受け止めた打撃の強さに楓が、レナが顔をしかめる。
対して死神は骸骨の虚ろな口元を嗤う形に歪めるのみ。
楓とレナ。
対するデスリーパー。
2対1で、攻撃魔法と防御魔法の勝負は互角。
否。
楓は口元を歪める。
前回の戦闘で、敵は大規模魔法攻撃を仕掛けてきたと聞いた。
それを使わないということは、こちらを格下だと思っているのだろう。
デスリーパーや楓が修めたウアブ魔術は、明日香の戦闘魔術とは違う。
ルーンで魔力をかさ増しできない都合で大規模攻撃魔術の難易度が高い。
本来は戦闘向きの魔術ではないのだ。
それをデスリーパーは熟達することで乗り越えた。
だが楓にはまだ無理だ。
それでも先達の技を見やって楓はニヤリと笑う。
死神の骨の魔術を真似て即興で呪文を唱える。奉ずる神はオシリス。
楓の目前に、脳裏に想い描いた通りに脈打つ肉の塊が出現する。
次の瞬間、砲弾のような勢いで放たれる。
即ち【肉の巨槌】。
以前に書物で少し見かけた、巨大な心臓を投げる魔術。
楓は死神が行使した骨の魔術を直に見て、インスピレーションを得て今まで使ったことのない魔術を成功させた。
もとより楓は【エレメントの創造】より【高度な生命操作】を得手とする。
「戦闘の最中に即興で術を放つとは愉快。なるほどそなたは『生きている』」
デスリーパーは虚ろな口元を広げて嗤う。
だが、それだけで勝負がつくはずもない。
心臓は死神の【骨の盾】に阻まれ、血しぶきと共に四散して消える。
だが次の瞬間、
「何っ!?」
デスリーパーの足元から数多の腕が生えた。
太く逞しく毛むくじゃらな猿の手だ。
不気味な無数の腕が、浮かぶ死神の脚をつかみ、あるいは殴りかかろうとのびる。
即ち【巨肉の群槌】――数多の【肉の巨槌】を放つ魔術の応用だ。
即席の肉の魔術は、魔神より脆いが容易で数を放てると楓は気づいたのだ。
先ほどの一撃は術の試し撃ちにすぎない。
「ほう、これは独創的な魔術の使い方だ」
デスリーパーは空中を滑るような異様な動きで跳び退る。その隙に、
「レナさん、ルーシアさん、後ろはまかせましたよ」
「あっちょっと!」
楓は滑るような挙動でデスリーパーに接敵。
どちらも【変身術】による移動手段だ。
自身の身体を低位の魔神と同じ存在で上書きする付与魔法の影響下にある術者は、メジェド神と同様に多少なら物理法則を無視した挙動が可能。
だから楓はデスリーパーの目前でいきなり上下に分離。
スカートの上から眉と目だけが描かれたドームを生やした下半身は【創神の言葉】で生み出されたメジェド神の応用だ。
自身が上半身に変身すると同時に控えていた下半身を呼び出したのだ。
スカートを履いた女子高生の下半身は、目からレーザーを撃ちながら襲いかかる。
同時に左右に控えた2体の普通のメジェドが追従。
下半身と同じように【力ある光の矢】を撃ちまくる。
「実に愉快! 実にユニーク! このような魔術の使い方があろうとは!」
デスリーパーは骸骨の顔を破顔させつつ【骨の盾】を駆使してビームを防ぐ。
その隙に、上半身はゆっくりした独特な挙動でデスリーパーのさらに上空に移動。
頭上から【石の巨槌】を喰らわせる。
ファラオが描かれた巨大な棺が頭上から死神を襲う。
「おおっと! もちろん上の君を忘れていた訳じゃないよ」
前と上から追い詰められたデスリーパーは嗤いながら後ろに退く。
そうしながら鎌を振るって棺を粉々に破壊する。
魔術で創られた石の棺を砕いた刃もまた魔術。
だが死神が体勢を整えるより速く、上半身は下側をピラミッドにして突撃。
こちらは攻撃用のアーマーン神を召喚する【魔神の裁き】の応用だ。
得物の代わりに魔神を装備した女子高生の上半身は、【砂塵の盾】の砂塵のドームを突き破って骸骨の顔面にぶちかまして吹き飛ばす。
楓は魔術で変身しているので、ルーシアの【勇猛たる戦士の旋律】は役に立たない。
レナも十八番の【雷弾】を、高すぎる威力故に乱戦の最中には放てない。
実質的に、楓と死神の一騎打ちだ。
そんな楓の肉体を変則的に変形させる戦術に、
「そなたは実に厄介、そして不可解な敵よ! これほど胸踊る攻防は何時ぶりか」
デスリーパーも存在しないはずの舌を巻く。
接近戦に持ち込まれれば大規模攻撃魔術の使用が制限されると気づいているのだ。
自身と敵の強みを共に無にする楓の思い切りの良さに死神は面食らった。
だから骸骨の身体を無理やりに操作して体勢を立て直し、
「もしや何時かの人面の獣もそなたが……」
ふと思い出したようにひとりごちる。
「何かあったんですか?」
「いえその……」
元の姿に戻りつつ滑るように退りながら、楓は首をかしげてみせる。
レナとルーシアは少し気まずそうに目をそらし――
「――可愛らしいお嬢ちゃんたちの腕前、見せてもらうわよ」
少し離れた戦場で、フードで顔の上半分を隠した妙齢の美女が妖艶に笑う。
健康的な色合いの肌を申し訳程度に隠した黒い布が風に揺れる。
身体のあちこちを飾るアクセサリに散りばめられた宝石が優雅に光る。
こちらでは紅葉と小夜子、サチがファントムと相対していた。
こちらも先鋒は【罪囚の支配】で操った脂虫の群だ。
包帯のような魔力の帯が巻きついた喫煙者ゾンビの数は、紅葉が覚えたての同じ術で操れるよりはるかに多い。
だが紅葉が短い呪文を唱えると同時に正面の何匹かが爆発。
ヤニ色の飛沫をまき散らして四散する。
脂虫の血管を流れるヤニまみれの体液を沸騰させ発破する【煮える悪血】。
続く小夜子は残った群れの先頭の腹を斬り裂き、傷口に深く拳を押し入れる。
こちらは傷口を扉に見立てて得物を取り出す【供物の蔵】の呪術。
引き抜いた手の中で鉄色に光るは改造拳銃。
銃身の下に、銃剣のように設えられたチタン製のカギ爪が【霊の鉤爪】に光る。
恐ろしいナワリ呪術師はカギ爪を振るい、残る脂虫どもをズタズタに引き裂く。
ヤニ色の飛沫と肉片が【護身神法】にはじかれて消える。
「あら、可愛いだけのお嬢ちゃんじゃないってことね。お姉さんワクワクしちゃう」
手下を瞬時に屠られたファントムは妖艶に笑う。
だが小夜子の攻めは終わらない。
最後に残った……意図的に残した1匹の脂虫の頭をわしづかみにし、
「罪深き骸を我が槌と化せ! 煙立つ鏡!」
叫ぶと同時に、屍虫の身体が黒曜石へと変化し、砕ける。
小夜子の手の中には黒ずんだ頭蓋骨だけが遺される。
脂虫をアンデッド爆弾へと変化させる【頭蓋を加工する掌】。
紅葉は骸骨を投げる。
頭蓋は不自然な軌跡を描いてファントムめがけて誘導し、破裂。
黒ずんだ骨と破片が周囲一面に飛散する。
だがファントム本人には達しない。【風の守護】で防護したか。
「紅葉ちゃん!」
「ああ!」
小夜子と紅葉は勢いのまま距離を詰める。
ナワリ呪術による高速化【コヨーテの戦士】によって。
ウアブ呪術【屈強なる身体】で強化し、【爆風走】【爆地走】を併用して。
そのまま同時に斬りかかる。
小夜子は改造拳銃からのびる【霊の鉤爪】で。
紅葉は走りながら【地の手】で地面から掘り出した岩の剣を振り上げて。
「うふふ。情熱的なお嬢ちゃんは、わたしも大好きよ」
だがファントムはぬるりと避ける。
妖艶な美女は体術の腕前も並以上。
加えて風を操り加速する【爆風走】、大地の操作で移動を補佐する【爆地走】。
紅葉と同じ手札を使い、優雅に退って回避した。
避けるどさくさにファントムは2人に向かって手をかざす。
途端、足元から数多の何かが飛び出し2人を襲う。
ヤニ色に汚れた骨の弾丸だ。
敵のウアブ呪術師は、手下だった脂虫の死骸から【骨の矢】を放ったのだ。
さらにファントムは、いつの間にか手にしていた節くれだった鞭で打ち据える。
足元の脂虫から引き抜いた脊髄で作った骨の鞭。
こちらは【骨の手】の応用だ。
素早い反撃を避ける暇すらなかった。
小夜子と紅葉の左腕に巻かれた【護身神法】の注連縄が軋む。
体勢を立て直しつつ小夜子は舌打ちする。
幸いにも【護身神法】は破られていない。
だが敵は紅葉より場数を踏んだウアブ呪術師だ。
紅葉が使える術は相手も使えると考えた方がいいだろう。
次いでファントムは素早く施術。
紅葉と同じコプト語で唱えられた呪文で奉ずる神はアヌビス神。
三度、骨の呪術を使うつもりだろう。
「紅葉ちゃん、退いて!」
「かけまくもかしこき大山津見神――」
跳び退いた小夜子と紅葉の目前の地面が盛り上がって壁と化す。
背後のサチが行使した【地守法】だ。
さらに土壁の周囲にも壁が建ち、寄り集まり固まって強固な岩石の壁になる。
こちらは小夜子の【挺身する土】。
紅葉の【地の守護】。
一瞬遅れてファントムの足元から無数の何かが放たれる。
即ち【骨の衆矢】。
先ほどの【骨の矢】を無数に放つ術だ。
いびつに歪んだ脂虫の骨が、弾丸の雨と化して紅葉と小夜子を襲う。
だが辛くも建てた岩石の壁が、骨弾の掃射を弾き落とす。
「あら、話しに聞いていたよりずっとテクニシャンね。お姉さん濡れちゃいそう」
「腕のいい……先輩にいろいろ教わったからね」
妖艶に笑うファントムに、紅葉も涼やかな笑顔で答える。
胸中をよぎるは、いつか戦った死霊使いクラフターのこと。
流派こそ違う彼女との戦闘で、だが紅葉は多くのものを得た。
強者との戦いは紅葉を確かに強くした。
奇しくもスポーツにおけるライバルのように。
一方、小夜子は背後のサチをちらりと見やる。
扇情的な敵の言葉に、無垢な彼女が圧されていないか心配したからだ。
だが古神術士はリボルバー拳銃を構えたまま不敵に笑う。
そのように紅葉と小夜子が手を止めた隙にファントムはさらに距離を取る。
だが、それはちょうど銃の射程でもある。
だから2人は躊躇なく撃つ。
小夜子は改造拳銃を背のラックに預けてアサルトライフルを。
紅葉は黄金色に輝く短機関銃を。
2人がかりのフルオート射撃。
だが敵は瞬時に建てた【地の守護】【骨の守護】で苦も無く防ぐ。
銃の威力を瞬時に見抜いて二段構えの防御魔法。
並大抵の腕前ではない。
そんな彼女は土と骨の壁が崩れると同時にさらに跳びすさり、
「デスリーパー! 力をお貸しよ!」
「……いいだろう」
死神と目を配らせた次の瞬間、
「……!」
紅葉と小夜子、後ろのサチをも巻きこみ、突風が吹きつける。
敵は死神の魔力を借りて風の大規模攻撃魔法【風の刃の氾濫】を用いたのだ。
「それにしても楓さんに王族の知り合いまでいたなんて。……舞奈ちゃんにまで」
言いつつ小夜子は、何時にも増して不機嫌そうな表情を廃屋のひとつ向ける。
歩く背中で、肩紐で肩に吊ったアサルトライフルが揺れる。
着こんでいるのは高等部指定のデザインのセーラー服。
高い防刃/防弾性能を持つ戦闘セーラー服だ。
「ルーシアちゃんもレナちゃんも、とっても素直で可愛いわ」
対して隣で微笑むサチの衣装は巫女装束。
戦闘セーラー服同様に防刃効果を持つ。
小夜子は自分の知らないところで話が進んでいたのが気に入らないのだ。
対してサチは新しい知人を歓迎している。
2人はいつもこんな感じだ。
舞奈と明日香、ディフェンダーズがファイヤーボール、イエティと戦っている頃。
小夜子たちのチームも別ルートで新開発区に侵入していた。
こちらの面子は小夜子とサチ、桂木姉妹、レナとルーシアの6人だ。
皆の手首には防御魔法の媒体となる注連縄が結ばれている。
それによってサチによる不可視の障壁【護身神法】で守られている。
「まあ父に連れられて行ったパーティーで何度か話しただけなんですけどね」
「小さい頃だったし、当時はお互いの立場なんて考えてもいなかったしね」
答える楓と紅葉が着こんでいるのも小夜子と同じセーラー服。
中等部の紅葉だけが少し違ったデザインだ。
スポーツで鍛えられた紅葉の手の中で、特注品の短機関銃が黄金色に光る。
「その……瑞葉様のこと、申し訳ございません。わたくしたちが、あの頃に魔法について話さえしていれば……」
「姉さま……」
ルーシアとレナが着こんでいるのは上品なデザインの戦闘ミニドレス。
こちらも新素材で創られ防刃効果を持つ特別な品だ。
ちなみにマーサや騎士団の面々はいない。
作戦の次のフェイズに備えて上空のフォート・マーリン級で待機している。
装脚艇と同源の強大な魔力によって浮遊する空中戦艦、機甲艦だ。
「それはあり得ない前提でしょう」
沈むルーシアと歩を合わせて廃墟の通りを歩きつつ、楓は何気ない口調で答える。
楓と紅葉の最愛の弟、桂木瑞葉。
当時は執行人だった少年は、怪異の罠にかかって殉職した。
弟の死の真相を探る過程で2人は魔法の存在を知り、仕事人になった。
ルーシアは、楓たちが最初から魔法について知っていたら瑞葉は犠牲にならなかったのではないかと気にしているのだ。
彼女らが出会っていたのは幼い子供の頃だ。
もちろん術者として、魔法と無縁な無辜の友人にその秘密を話すことはできない。
だが自分が話していれば、楓たちは裏の世界の脅威に対して十分な備えができたと。
それでも、
「あの頃、ルーシアさんたちが魔法の世界の住人で、わたしたちが無邪気な子供だったのは事実です。それに……」
言って楓はニヤリと笑う。
その笑みにレナが思わずビクリと肩を震わせる。
「……弟を手にかけた者たちは皆、死にました。少なくともうちひとりには犯した罪の何割かでも苦痛と命で償わせてやれたと自負しています」
語る楓の口元の笑みは、サメのそれのように凄惨に歪んでいた。
それは彼女が復讐の権化として、亡き弟を弔うための恐ろしい計画を完遂したことを意味していた。だから――
「――だから、終わったのですよ」
不穏な彼女の笑みも、ギラついた双眸も、それでも何処か爽やかだった。
普段はおしゃれ眼鏡をかけている彼女が髪をほどき、メジェド神と同じ技術で創ったコンタクトをはめているのは今日が復讐と殺戮の日だからだ。
そんな彼女の横顔を見やり、
「舞奈様と、同じことをおっしゃるのですね」
ルーシアも釣られたように少し笑う。
レナも安堵したように。
だが次の瞬間――
「――止まって」
小夜子が押し殺した声で警告を発する。
彼女も同じ事件で、幼馴染を失った。
だから二度と同じ過ちを繰り返さぬよう警戒を怠らない。
立ち止まった6人の目前で、ぶれた映像のように幾つかの影があらわれる。
即ちウアブ魔術【消失のヴェール】【力ある秘匿のヴェール】。
認識阻害と光学迷彩、二段重ねの隠形術を解除したのだ。
楓が露骨に顔をしかめたのは、敵が使ったその技術が彼女の十八番だったからだ。
今回、彼女も小夜子も敵の認識阻害を察知できなかった。
だが小夜子は経験からくる勘と、煙立つ鏡の示唆で接敵に気づいた。
一行の目前で数多の影は2つに集い、2つの人影と化す。
ひとりは瓦礫まみれの地面の上を浮遊する、ボロボロのローブをまとった死神。
デスリーパー。
死神が骨のような両腕で携えているのは長い柄の大鎌。
鋭く剣呑にカーブした巨大な刃と柄の結合部にはジャッカル――死を司るアヌビス神のシンボルが装飾されている。
もうひとりは小麦色の肌もあらわな妙齢の美女。
こちらはファントム。
金装飾が施されたビキニの衣装の腰にはヒエログリフが描かれた黒い腰布。
腕から垂れる丈の長い薄絹のケープに、同じ色のフード。
身体の各所を飾るアクセサリに散りばめられた数多の宝石が妖艶に輝く。
手にした長杖の先には生命を司るアンク。おそらくウアブ呪術師だ。
「貴方がデスリーパーですか。お初にお目にかかります」
楓は優雅に一礼する。
手強い死神の襲撃について、ルーシアやレナ、明日香から聞いていた。
「……ほう、そなたが噂に聞く極東の狂犬か」
「狂犬……」
「同じ流派の術者の端くれとして、汝との出会いを歓迎しよう」
死神も何らかの伝手で楓たちのことを知っていたらしい。
むっとした楓と表情の読めぬ骸骨は睨み合う。
だが、すぐさま楓は口元にサメのような笑みを浮かべ、
「奴はわたしが引き受けます」
「手伝うわ!」
「わたくしもお供いたします!」
レナとルーシアと共に宣言する。
「了解! 姉さん! なら、わたしはファントムを引き受ける」
「わたしたちもこっちを手伝うわ」
「ええ!」
紅葉と小夜子、サチが妖艶な美女に向き直る。
「良かろう。では勝負といこうではないか。……そちらは頼むぞファントム」
「御意に」
話がまとまった途端にファントムが跳んで距離をとる。
こちらの出方をうかがっていたか。
小夜子たちも追うように場所を変える。次の瞬間、
「まずは小手調べといこうではないか」
デスリーパーが仕掛けた。
骸骨のような指を鳴らすと同時に廃ビルのあちこちから臭い人影があらわれる。
双眸をヤニ色に濁らせ薄汚い身なりをした、くわえ煙草の男女。
脂虫の群れだ。
事前に拉致され、【怪物の群の支配】で操られた喫煙者どもの集団。
くわえ煙草のゾンビどもが、日本刀や鉄パイプを振り上げながら襲いかかる。
だが楓も素早く施術する。
ゲブ神を奉ずる呪文を唱え、いくつかの石櫃を創造する。
ファラオが装飾された巨大な棺だ。
即ち【石の巨槌】。
石の棺は脂虫どもの頭上に落下してを叩き潰し、すり潰す。
ウアブ魔術師のアーティストが芸術性によって威力を強化した致死の打撃。
別の戦場でのイエティの拳の如く巨石の暴虐に、脂虫どもはひとたまりもない。
レナも【雷弾】によって粒子ビームを放ち、臭い群れを焼き払う。
背後で手出しするまでもなく見守るルーシアを振り返ってウィンクする。
だが喫煙者の群れなどデスリーパーにとって前座でしかない。
それが証拠に死神は、
「見事なり。この国の若き術者は皆、才と生気に溢れておる」
手下が屠られる様を見やりながら悠然と、むしろ愉しげに嗤う。
だから楓は間髪入れず、
「お褒め頂き光栄ですよ!」
叫びに続いて呪文。奉ずる神はヌン神。
本丸めがけて【大水球】を放つ。
虚空に出現した巨大な水の塊が、質量を加速に変えて死神めがけて突き進む。
その側で、レナは再び【雷弾】の粒子ビームを放つ。
今度は続けざまに数発。
ルーン魔術師は魔力が焼きつけられたルーンを用いて施術を簡略化することで、強力な魔術を矢継ぎ早に行使可能だ。
年若い2人の魔術師による猛攻を――
「――良い腕前だ、若きウアブ魔術師よ。もちろんレナ王女も」
デスリーパーは一瞬で創造した【骨の盾】で事もなげに防ぐ。
骨の盾に受け止められた水球が激しい音と飛沫をあげて破裂し、ビームが霧散する。
見た目に反して堅牢な盾だ。
さらに飛沫で乱反射した光線の残滓を、赤い砂塵のドームを展開して防ぐ。
こちらは【砂塵の盾】の魔術。
「まだ腕は鈍っておられないようですね。御老体」
「ハハ、まだ若人に醜態はさらせぬよ」
凄惨な楓の笑みすら骸骨の老人は軽く受け流し、
「では、こちらからだ」
言いつつ向けた鎌の先に巨大な頭蓋骨が出現する。
その有り得ないサイズは恐竜の骸の如く。
術者本人と同じくらい虚ろな双眸が赤く妖しく光り――
「――来るわ!」
レナが叫ぶと同時に放たれる。
即ち【骨の巨槌】。
しゃれこうべは先ほどの楓の水球に匹敵する勢いで飛来する。
対して楓は、あらかじめ宙に浮かばせていた岩の盾に指示する。
アーティスティックに装飾された4枚の【石の盾】が主を守るように動く。
さらに楓の周囲を砂塵のドームが覆う。
先ほどの死神と同じ【砂塵の盾】だ。
側のレナも、楓同様に周囲を警戒していた氷の盾【氷突盾《アイゼス・シュティッヒシルト》】で防御する。
もちろん2人ともサチの【護身神法】により守られている。
だが過信はしない。
何故なら神道に連なる防御魔法は穢れに弱い。
骨を創造する魔術により再現されたものであっても同様だ。
一カ所に集った岩の盾と氷の盾に受け止められ、骸骨は砕けて消える。
「く……っ!」
「強い……」
魔術の盾が受け止めた打撃の強さに楓が、レナが顔をしかめる。
対して死神は骸骨の虚ろな口元を嗤う形に歪めるのみ。
楓とレナ。
対するデスリーパー。
2対1で、攻撃魔法と防御魔法の勝負は互角。
否。
楓は口元を歪める。
前回の戦闘で、敵は大規模魔法攻撃を仕掛けてきたと聞いた。
それを使わないということは、こちらを格下だと思っているのだろう。
デスリーパーや楓が修めたウアブ魔術は、明日香の戦闘魔術とは違う。
ルーンで魔力をかさ増しできない都合で大規模攻撃魔術の難易度が高い。
本来は戦闘向きの魔術ではないのだ。
それをデスリーパーは熟達することで乗り越えた。
だが楓にはまだ無理だ。
それでも先達の技を見やって楓はニヤリと笑う。
死神の骨の魔術を真似て即興で呪文を唱える。奉ずる神はオシリス。
楓の目前に、脳裏に想い描いた通りに脈打つ肉の塊が出現する。
次の瞬間、砲弾のような勢いで放たれる。
即ち【肉の巨槌】。
以前に書物で少し見かけた、巨大な心臓を投げる魔術。
楓は死神が行使した骨の魔術を直に見て、インスピレーションを得て今まで使ったことのない魔術を成功させた。
もとより楓は【エレメントの創造】より【高度な生命操作】を得手とする。
「戦闘の最中に即興で術を放つとは愉快。なるほどそなたは『生きている』」
デスリーパーは虚ろな口元を広げて嗤う。
だが、それだけで勝負がつくはずもない。
心臓は死神の【骨の盾】に阻まれ、血しぶきと共に四散して消える。
だが次の瞬間、
「何っ!?」
デスリーパーの足元から数多の腕が生えた。
太く逞しく毛むくじゃらな猿の手だ。
不気味な無数の腕が、浮かぶ死神の脚をつかみ、あるいは殴りかかろうとのびる。
即ち【巨肉の群槌】――数多の【肉の巨槌】を放つ魔術の応用だ。
即席の肉の魔術は、魔神より脆いが容易で数を放てると楓は気づいたのだ。
先ほどの一撃は術の試し撃ちにすぎない。
「ほう、これは独創的な魔術の使い方だ」
デスリーパーは空中を滑るような異様な動きで跳び退る。その隙に、
「レナさん、ルーシアさん、後ろはまかせましたよ」
「あっちょっと!」
楓は滑るような挙動でデスリーパーに接敵。
どちらも【変身術】による移動手段だ。
自身の身体を低位の魔神と同じ存在で上書きする付与魔法の影響下にある術者は、メジェド神と同様に多少なら物理法則を無視した挙動が可能。
だから楓はデスリーパーの目前でいきなり上下に分離。
スカートの上から眉と目だけが描かれたドームを生やした下半身は【創神の言葉】で生み出されたメジェド神の応用だ。
自身が上半身に変身すると同時に控えていた下半身を呼び出したのだ。
スカートを履いた女子高生の下半身は、目からレーザーを撃ちながら襲いかかる。
同時に左右に控えた2体の普通のメジェドが追従。
下半身と同じように【力ある光の矢】を撃ちまくる。
「実に愉快! 実にユニーク! このような魔術の使い方があろうとは!」
デスリーパーは骸骨の顔を破顔させつつ【骨の盾】を駆使してビームを防ぐ。
その隙に、上半身はゆっくりした独特な挙動でデスリーパーのさらに上空に移動。
頭上から【石の巨槌】を喰らわせる。
ファラオが描かれた巨大な棺が頭上から死神を襲う。
「おおっと! もちろん上の君を忘れていた訳じゃないよ」
前と上から追い詰められたデスリーパーは嗤いながら後ろに退く。
そうしながら鎌を振るって棺を粉々に破壊する。
魔術で創られた石の棺を砕いた刃もまた魔術。
だが死神が体勢を整えるより速く、上半身は下側をピラミッドにして突撃。
こちらは攻撃用のアーマーン神を召喚する【魔神の裁き】の応用だ。
得物の代わりに魔神を装備した女子高生の上半身は、【砂塵の盾】の砂塵のドームを突き破って骸骨の顔面にぶちかまして吹き飛ばす。
楓は魔術で変身しているので、ルーシアの【勇猛たる戦士の旋律】は役に立たない。
レナも十八番の【雷弾】を、高すぎる威力故に乱戦の最中には放てない。
実質的に、楓と死神の一騎打ちだ。
そんな楓の肉体を変則的に変形させる戦術に、
「そなたは実に厄介、そして不可解な敵よ! これほど胸踊る攻防は何時ぶりか」
デスリーパーも存在しないはずの舌を巻く。
接近戦に持ち込まれれば大規模攻撃魔術の使用が制限されると気づいているのだ。
自身と敵の強みを共に無にする楓の思い切りの良さに死神は面食らった。
だから骸骨の身体を無理やりに操作して体勢を立て直し、
「もしや何時かの人面の獣もそなたが……」
ふと思い出したようにひとりごちる。
「何かあったんですか?」
「いえその……」
元の姿に戻りつつ滑るように退りながら、楓は首をかしげてみせる。
レナとルーシアは少し気まずそうに目をそらし――
「――可愛らしいお嬢ちゃんたちの腕前、見せてもらうわよ」
少し離れた戦場で、フードで顔の上半分を隠した妙齢の美女が妖艶に笑う。
健康的な色合いの肌を申し訳程度に隠した黒い布が風に揺れる。
身体のあちこちを飾るアクセサリに散りばめられた宝石が優雅に光る。
こちらでは紅葉と小夜子、サチがファントムと相対していた。
こちらも先鋒は【罪囚の支配】で操った脂虫の群だ。
包帯のような魔力の帯が巻きついた喫煙者ゾンビの数は、紅葉が覚えたての同じ術で操れるよりはるかに多い。
だが紅葉が短い呪文を唱えると同時に正面の何匹かが爆発。
ヤニ色の飛沫をまき散らして四散する。
脂虫の血管を流れるヤニまみれの体液を沸騰させ発破する【煮える悪血】。
続く小夜子は残った群れの先頭の腹を斬り裂き、傷口に深く拳を押し入れる。
こちらは傷口を扉に見立てて得物を取り出す【供物の蔵】の呪術。
引き抜いた手の中で鉄色に光るは改造拳銃。
銃身の下に、銃剣のように設えられたチタン製のカギ爪が【霊の鉤爪】に光る。
恐ろしいナワリ呪術師はカギ爪を振るい、残る脂虫どもをズタズタに引き裂く。
ヤニ色の飛沫と肉片が【護身神法】にはじかれて消える。
「あら、可愛いだけのお嬢ちゃんじゃないってことね。お姉さんワクワクしちゃう」
手下を瞬時に屠られたファントムは妖艶に笑う。
だが小夜子の攻めは終わらない。
最後に残った……意図的に残した1匹の脂虫の頭をわしづかみにし、
「罪深き骸を我が槌と化せ! 煙立つ鏡!」
叫ぶと同時に、屍虫の身体が黒曜石へと変化し、砕ける。
小夜子の手の中には黒ずんだ頭蓋骨だけが遺される。
脂虫をアンデッド爆弾へと変化させる【頭蓋を加工する掌】。
紅葉は骸骨を投げる。
頭蓋は不自然な軌跡を描いてファントムめがけて誘導し、破裂。
黒ずんだ骨と破片が周囲一面に飛散する。
だがファントム本人には達しない。【風の守護】で防護したか。
「紅葉ちゃん!」
「ああ!」
小夜子と紅葉は勢いのまま距離を詰める。
ナワリ呪術による高速化【コヨーテの戦士】によって。
ウアブ呪術【屈強なる身体】で強化し、【爆風走】【爆地走】を併用して。
そのまま同時に斬りかかる。
小夜子は改造拳銃からのびる【霊の鉤爪】で。
紅葉は走りながら【地の手】で地面から掘り出した岩の剣を振り上げて。
「うふふ。情熱的なお嬢ちゃんは、わたしも大好きよ」
だがファントムはぬるりと避ける。
妖艶な美女は体術の腕前も並以上。
加えて風を操り加速する【爆風走】、大地の操作で移動を補佐する【爆地走】。
紅葉と同じ手札を使い、優雅に退って回避した。
避けるどさくさにファントムは2人に向かって手をかざす。
途端、足元から数多の何かが飛び出し2人を襲う。
ヤニ色に汚れた骨の弾丸だ。
敵のウアブ呪術師は、手下だった脂虫の死骸から【骨の矢】を放ったのだ。
さらにファントムは、いつの間にか手にしていた節くれだった鞭で打ち据える。
足元の脂虫から引き抜いた脊髄で作った骨の鞭。
こちらは【骨の手】の応用だ。
素早い反撃を避ける暇すらなかった。
小夜子と紅葉の左腕に巻かれた【護身神法】の注連縄が軋む。
体勢を立て直しつつ小夜子は舌打ちする。
幸いにも【護身神法】は破られていない。
だが敵は紅葉より場数を踏んだウアブ呪術師だ。
紅葉が使える術は相手も使えると考えた方がいいだろう。
次いでファントムは素早く施術。
紅葉と同じコプト語で唱えられた呪文で奉ずる神はアヌビス神。
三度、骨の呪術を使うつもりだろう。
「紅葉ちゃん、退いて!」
「かけまくもかしこき大山津見神――」
跳び退いた小夜子と紅葉の目前の地面が盛り上がって壁と化す。
背後のサチが行使した【地守法】だ。
さらに土壁の周囲にも壁が建ち、寄り集まり固まって強固な岩石の壁になる。
こちらは小夜子の【挺身する土】。
紅葉の【地の守護】。
一瞬遅れてファントムの足元から無数の何かが放たれる。
即ち【骨の衆矢】。
先ほどの【骨の矢】を無数に放つ術だ。
いびつに歪んだ脂虫の骨が、弾丸の雨と化して紅葉と小夜子を襲う。
だが辛くも建てた岩石の壁が、骨弾の掃射を弾き落とす。
「あら、話しに聞いていたよりずっとテクニシャンね。お姉さん濡れちゃいそう」
「腕のいい……先輩にいろいろ教わったからね」
妖艶に笑うファントムに、紅葉も涼やかな笑顔で答える。
胸中をよぎるは、いつか戦った死霊使いクラフターのこと。
流派こそ違う彼女との戦闘で、だが紅葉は多くのものを得た。
強者との戦いは紅葉を確かに強くした。
奇しくもスポーツにおけるライバルのように。
一方、小夜子は背後のサチをちらりと見やる。
扇情的な敵の言葉に、無垢な彼女が圧されていないか心配したからだ。
だが古神術士はリボルバー拳銃を構えたまま不敵に笑う。
そのように紅葉と小夜子が手を止めた隙にファントムはさらに距離を取る。
だが、それはちょうど銃の射程でもある。
だから2人は躊躇なく撃つ。
小夜子は改造拳銃を背のラックに預けてアサルトライフルを。
紅葉は黄金色に輝く短機関銃を。
2人がかりのフルオート射撃。
だが敵は瞬時に建てた【地の守護】【骨の守護】で苦も無く防ぐ。
銃の威力を瞬時に見抜いて二段構えの防御魔法。
並大抵の腕前ではない。
そんな彼女は土と骨の壁が崩れると同時にさらに跳びすさり、
「デスリーパー! 力をお貸しよ!」
「……いいだろう」
死神と目を配らせた次の瞬間、
「……!」
紅葉と小夜子、後ろのサチをも巻きこみ、突風が吹きつける。
敵は死神の魔力を借りて風の大規模攻撃魔法【風の刃の氾濫】を用いたのだ。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる