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第18章 黄金色の聖槍
戦闘1-2 ~戦闘魔術etc.vsイエティ
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「巨大なかき氷にしてやるよ! デカブツ!」
「あんたに言われちゃ世話ないな! けどいい考えだ!」
2人のヒーローがイエティめがけて駆ける。
タイタニアとスマッシュポーキーだ。
屈強な女戦士は四肢をシャーマニズム【獅子の腕】でさらに強化して。
小柄な全身タイツの少女は【加速能力】で高速化し、両腕の円形盾でガードしながら砲弾のように――あるいは側の戦闘でのファイヤーボールのように突撃する。
舞奈とミスター・イアソンがファイヤーボールと戦っている側。
明日香と他のディフェンダーズの面々は巨大イエティと相対していた。
「ハハッ! デキルト良イナ!」
ヴィランの中でも、イエティの容姿は特に異様だ。
なにせ人の形をした巨大な氷の塊である。
だが目前に襲い来るそれは映画で見たよりはるかに異様。
とにかく大きいのだ。
以前に戦ったミノタウロスや歩行屍俑ほどもある。
言うなれば巨大イエティ。
十分な距離をとっているはずなのに、巨人がまとう霜と冷気が心身を震わせる。
巨人の足元の地面など出現した瞬間から凍りついている。
そんな氷塊の巨人は、
「ダガ、オマエタチニハ無理ダ!」
「何っ!?」
「うわあっ!」
相対的に子供みたいに小さな2人のヒーローを、身を屈めて殴りつける。
一撃で十分だった。
避ける余裕も防ぐ暇もなかった。
巨大な氷の拳と風圧で、2人のヒーローは凍りつきながら吹き飛ばされる。
次の瞬間、瓦礫まみれの地面に叩きつけられてそのままめりこむ。
「タイタニアさん! ポーキーさん!」
シャドウ・ザ・シャークが思わず叫ぶ。
ステッキに変形したシャーク・シューターを突きつけている。
とっさに【大天使の大気の召喚】の魔術を行使し、空気のクッションを創って2人を受け止め激突のショックを緩和したらしい。
そんな彼女の側で明日香は口元を歪める。
今度のイエティは巨体に似合わず素早く隙が無い。
しかも強い。
現に今の一撃も、ただ馬鹿力で殴っただけじゃない。
打撃の際に凄まじい冷気を帯びた衝撃波を放っていた。
超能力【氷結撃】ないし高等魔術【霜の新星】に匹敵する必殺の氷撃。
2人が身体強化されていなければ、あるいは防護されていなければ一瞬で凍結し、砕け散っていただろう。
シャーマンでもあるタイタニアは自身の周囲に【空気の盾】を張り巡らせていた。
スマッシュポーキーも【念力盾】で防護していた。……それだけではない。
「……すまないシャーク」
「命拾いしたよ」
2人のヒーローは氷の破片を撒き散らしながら瓦礫の中から跳び起きる。
幸いにもダメージは軽微。
シャドウ・ザ・シャークが【耐氷防御】によって2人を守っていたのだ。
本来はサメに関連した水や大気や大地の操作を得意とする彼女だが、冷気を防ぐくらいの氷の術なら使うことができるらしい。
強力な攻撃魔法のおかげで忘れがちだが彼女の本領は戦闘の補助だ。
最強Sランクがパートナーであるが故に明日香にはあまり馴染みのない細やかなサポートを、彼女は着実にこなしている。
「――守護」
もちろん明日香もただ見ていただけではない。
唱え終えた真言に続く魔術語に応じ、一行とイエティを分断するように氷の壁が創造される。イエティに劣らぬと自負できるほど冷たく分厚い氷壁だ。
即ち【氷壁・弐式】。
その後ろ側に、一瞬遅れて岩石の壁が建つ。
シャドウ・ザ・シャークの【石の防壁】。
彼女が得意とする岩石を創造して堅牢な壁と化す高等魔術。
術者たちはセオリー通りに魔術の壁を建てていた。
次いでドクター・プリヤがギターをつまびく。
途端、地面から湧き出た冷気と土砂が二枚重ねの壁にまとわりつく。
氷と岩石の壁が補強され、さらに分厚く硬くなる。
こちらは【氷霜衣】【堅岩甲】の呪術による壁の増強だ。
「ソンナ壁、吹キ飛バシテヤル!」
対する巨大イエティは身を屈めて大きく息を吸う。
吸いこまれて圧縮された空気が軋む不吉な音。
「こりゃヤバそうだ!」
「同感だ!」
スマッシュポーキーとタイタニアが、あわてて壁の内側に滑りこむ。
続けざまに明日香が行使した斥力場障壁【力壁】。
シャドウ・ザ・シャークの空気の障壁【風の防壁】。
二枚重ねの不可視のドームがヒーローたちを覆う。
直後、イエティが氷の息を吐いた。
高等魔術【寒極の暴撃】相当、さらに言うなら明日香自身の【冷気放射】を超えるほどの凄まじい吹雪の突風だ。
「くぅ……!」
「大自在天よ」
シャドウ・ザ・シャークが魔力を集中させて壁を支える。
明日香も呪句で氷の壁を補強する。
魔術の壁が、まるで台風のように吹きすさぶ氷の息に揺れる。
それでも二枚の壁がブリザードのような強風を、二重のドームが冷気を防ぐ。
だが巨人の猛攻は止まらない。
「オノレ! 厄介ナ魔術師ノ防壁メ!」
巨大なイエティは地響きをたてて歩み寄り、重機みたいな巨大な腕で壁を殴る。
解体現場のような恐ろしい轟音。衝撃。
ハンマーの如く鉄拳のラッシュに、強固な壁が薄板みたいにグラグラ揺れる。
「ひいっ! 壊れる!」
スマッシュポーキーが頭を抱える。
だが大げさな表現なのではないことは皆も承知だ。
氷の巨人の巨大な拳は見た目以上に強くて重い。
壁が破壊されるのも時間の問題だ。
だが術者たちも黙って見ている訳ではない。
魔術語とギターの音色と共に、壁越しに弾道を描いて数個の火球が放たれる。
明日香の【火球・弐式】。
ドクター・プリヤの【地獄の爆裂】。
魔術と呪術の砲撃が、巨人の腕や胴に当たって爆発する。だが、
「ハハッ! 効カナイナ!」
煮えたぎる火球が爆ぜた巨人の表面は僅かに削れて溶けるのみ。
溶けた氷もすぐさま凍って修復される。
次いでシャドウ・ザ・シャークが【創命撃】で創造したサメをけしかける。
空をたゆたう巨大なホオジロザメが、ギザギザの歯を剥き出しにして喰らいつく。
だが、こちらも自分以上に大きく硬い氷の巨人に有効打を与えられずに消える。
「有効的な対処法は?」
イエティが再び何事もなかったように壁を叩く中、明日香は努めて冷静に問う。
ディフェンダーズはヴィランと幾度も戦っている。
イエティとの戦闘にも慣れているはず。だが、
「実はですね、ディフェンダーズもイエティを倒したことはないんですよ」
「ええ……」
側のシャドウ・ザ・シャークは新たな魚を投げながら、言い辛そうに語る。
今度は【大天使の血肉の召喚】で創った魚を【操命弾】で投げる気だ。
だが壁を迂回して飛んだ鋭いカレイとヒラメも、硬い氷に弾かれて消える。
「毎回、撤退させることができるだけでして……いえね。あいつ割とクレバーで、戦況が不利になると逃げるんですよ」
「口からmysticな霜を噴き出して、気づくと跡形もなくいなくなってるデス」
「そうですか……」
プリヤも交えた解説に明日香は思わず口元を歪める。
そういえば映画でも明示的にイエティが倒される場面はなかった。
それは現実でも同じだったらしい。
明日香が、皆が、次の一手を打ちあぐねるうちに……
「……あっ!」
「タイタニア! ポーキー! 避けるデス!」
巨大イエティの渾身の拳が、ついに岩と氷の二段重ねの壁を破壊した。
危うく跳び退るタイタニアとスマッシュポーキー。
明日香も【戦術的移動】で回避。
少し離れた廃ビルの陰に移動する。
ドッグタグは落とさない。
今や明日香は意図的な転移に媒体は不要。
同時にドクター・プリヤはギターをかき鳴らす。
悪魔術【風乗り】で文字通りに風に乗って、滑るように距離をとる。
シャドウ・ザ・シャークも【影移動】で影と化す。
続けざまに振るわれる巨大な拳から逃れるように、コンクリート壁の上に移動する。
さらに影の中からあらわれると同時にサメ女ヒーローは施術。
イエティの周囲に流水のロープが出現し、巨大な両腕を縛りあげる。
即ち高等魔術【水の檻】。
シャドウ・ザ・シャークは不意をつき、水の拘束術で巨大な敵を拘束したのだ。
さらに銃に戻したシャーク・シューターから【急流の雨】で水弾を掃射。
続けざまに月の第1の護符を構え、疑似呪術【水の束縛】で拘束を強化。
「何ダト!?」
「やったぜ! シャーク!」
避難した廃ビルの陰でスマッシュポーキーが喝采をあげる。だが……
「ダガ水ノ縄ナド!」
「……ああっ!」
「なんだよ!? そりゃ!」
水の檻は凍りつき、そのまま巨人に吸収される。
氷の巨人があまりに冷たく、サイズも魔力もあまりに大きすぎるからだ。
「ならば! これなら……!」
シャドウ・ザ・シャークは続けざまに施術。
イエティの足元に堅牢な岩の枷があらわれ、拘束する。
こちらは【石の檻】。
さらに土星の第3の護符を掲げて【大地の束縛】で枷を強化する。
「今度は行けるか!?」
タイタニアがニヤリと笑う。だが、
「無駄ダッ!」
「ああ……っ!!」
こちらは純粋なパワーだけで引きちぎられる。
お返しとばかりに振るわれたイエティの拳をシャドウ・ザ・シャークは影に変じ、タイタニアとスマッシュポーキーは跳び退って避ける。
素早いとはいえ巨大な拳は、よく見ていれば回避は可能なのが幸いか。
そんな様子を廃ビルの陰からうがかいながら、明日香は口元を歪める。
常識外のパワーを持つ敵を相手に、こちらは力負けしている以上に泣き所がある。
どうもディフェンダーズはリーダーの役目をイアソンに丸投げしていたらしい。
彼が別行動をとっていると、割とこちらは烏合の衆だ。
タイタニアやスマッシュポーキーは言わずもなが、シャドウ・ザ・シャークも博識なブレーンだが地味に指示待ち人間なところがある。
ドクター・プリヤも論外。彼女は専門外の難しいことを考えないタイプだ。
明日香はちらりと、少し離れた場所でのもうひとつの戦闘を一瞥する。
舞奈とミスター・イアソンが戦っている最中だ。
だが素早いファイヤーボールを相手に手こずっている様子。
片手間に指示を出すのは無理そうだ。
こちらはこちらでなんとかするしかない。
式神は自身の影の中に準備状態で待機させてあるので何時でも奇襲は可能。
だが闇雲に仕掛けても戦力の無駄遣いだ。
高等魔術の大天使と違い、【機兵召喚】は再行使に時間がかかる。
もちろん大魔法は禁じ手だ。
数に限りのある大頭を温存したいという理由も少しある。
それより銃弾を戦術核にする【滅光榴弾】も、【断罪光】による街を斬り刻む威力のレーザー光線も、ここで使えば確実に仲間を巻きこむ。
核爆発の直前に舞奈やディフェンダーズ全員を退避させることは不可能。
こちらも舞奈ひとりとコンビを組んでいた時には考える必要のなかった問題だ。
だが今しなければならないのは不平不満の洗い出しじゃない。
目の前の敵を倒す算段をたてることだ。
だから明日香は――
「――魔弾」
牽制の【火球・弐式】を放った直後に【戦術的移動】で移動。
火球はドクター・プリヤを襲おうとしていた氷の巨人の肩に当たり、
「エエイ! チョコザイナ!」
(難しい日本語を知ってるわね)
イエティの巨大な拳が、転移前に明日香が隠れていた廃屋をバラバラにする。
新たな遮蔽の陰で、明日香は忌々しげに口元を歪める。
敵は視界の外からの攻撃の射点を正確に把握した。
巨大でパワフルで強固なだけでなく、敵には高い知性がある。
非常に厄介な状況だ。
だが明日香たちは奴を倒さなければならない。
だから再び巨大イエティに目を戻す。
今度は単に隙を探すためではなく、弱点を――形勢を覆す糸口を探るために。
そもそもイエティとはどういう存在なのだろうか?
見た目は人の形をした氷の塊。
しかもサイズを雑に変化させられる。
だが戦闘中に大きくなったり小さくなったりする訳ではないらしいので、何らかの術による創造物だろうと見当をつける。
高等魔術【北方の守護者の召喚】による大天使ウリエルか?
あるいはケルト魔術【氷の精霊の召喚】によるアイスエレメンタルか?
そう考えながら観察すると、イエティの身体を構成する半透明の氷の中、不自然に透明度の低い頭部に白い何かが埋まっているのを見つけた。
そういえば映画でもイエティの身体の一部は不透明だった。
たしか胸のあたりだったか。
そういうデザインかと思っていたが、考えてみれば不自然ではある。
目を凝らす。
ぱっと見は気泡が固まっているだけに見えるが、うずくまった人のようにも見える。
考えられる可能性は……異能力者か妖術師を魔力の源として閉じこめている?
あまり楽しくない予想だが、否定できる材料もないのは事実だ。
特に敵が割と倫理を無視できるヴィランである場合には。
明日香が考える間、側のシャドウ・ザ・シャークは【風の檻】を続けざまに行使して敵の動きを鈍らせようとしている。
だが効果は芳しくないようだ。
大気を用いた拘束術は容易で慣れれば連発もできる。
だが空気だけに拘束力は弱く、イエティのような相手に対しては無いも同じだ。
タイタニアとスマッシュポーキーも回避するので手一杯。
そんな様子を横目で見ながら、
「……質問ですが、過去にイエティの手足を胴から切り離したことはありますか?」
再び胸元の通信機に問いかける。
「いえ、ですからイエティ倒したことないんですよ……」
「そうですか……」
シャドウ・ザ・シャークの情けない答えに苦笑する。
だが逆にいえば、明日香の推論が間違っていると断ずる材料もないことになる。
だから……試してみる価値はある。
その判断に、舞奈と共に戦った2年間が影響していることは自覚している。
それ以前の明日香なら、同じ状況で違う判断を下しただろう。
明日香はもう一度、少し離れた場所で行われている高速戦闘を見やってから、
「イエティの頭部に身体を動かす魔力源が埋まっている可能性があります」
「なんだって!?」
「あくまで予測ですが」
こちらの戦場の仲間を見やってニヤリと笑う。
各々の判断で逃げ回る仲間の位置を、明日香は正確に把握している。
そのくらいは明日香からすれば当然だ。
スカイフォールの王女たちには敵わぬまでも戦術指揮の訓練は受けている。
クレアやベティを率いて戦ったことも何度かある。
リーダー不在のディフェンダーズをまとめ上げるくらいのことはできるはずだ。
そして勝利に導くことも。
そう考えて口元の笑みを広げた矢先に――
『――苦戦してるようだな』
「そっちこそ」
丁度良く胸元の通信機から声。舞奈だ。
『考えがある。そっちとこっちで同時に打撃を叩きこめるか?』
「……オーケー。30秒後に仕掛けるわ」
『そうこなくっちゃ!』
提案に対する明日香の返事は……判断は一瞬。
むしろ渡りに船だ。
なるほどイエティとファイヤーボールの間に何らかのシナジーがあると読んだか。
納得のできない話ではない。
氷の巨漢と炎のハイスピードガール。
考えてみれば、いかにも何か訳ありな組み合わせだ。
そして訳ありの内訳がリンカー姉妹が使うというゲシュタルトと同じなら、同時に攻勢に転じることで敵のリソースを二重に削ぐことができる。
明日香の口元にはサメのような剣呑な笑みが浮かんでいる。
だが眼鏡の奥の瞳に宿る光は冷徹なまま。
それが安倍明日香だ。
胸に熱い情熱を秘めたまま、冷静な判断を下すことのできる戦闘魔術師だ。
「奴の頭部を胴から切り離します。協力をお願いできますか?」
「イエティの首をはねるのか!」
「そりゃあいい!」
明日香の言葉に、通信機越しにタイタニアとスマッシュポーキーの喝采。
仲間たちも待っていたのだ。
反撃の狼煙を。
「方法はあるんですか?」
「はい。シャークさんは敵の拘束を頼みます。タイタニアさんとポーキーさんは引き続き撹乱を、プリヤさんにはサポートをお願いします」
「「「「了解!」」」」
シャドウ・ザ・シャークの問いに淀みなく答えつつ指示。
冷徹で的確な作戦立案は、もとより明日香の十八番だ。
それは舞奈と組んでいた頃から変わらない。
だから明日香の言葉が終わるが早いか、ディフェンダーズたちは一斉に動く。
「こっちだ! デクノボウ! ……あっタイタニアのことじゃないよ」
「こっちもだノウタリン! ……おおっとポーキーおまえのことじゃないからな」
スマッシュポーキーとタイタニアが、今まで以上に積極的に食らいつく。
相手の気をそらすためだ。
タイタニアは強力な風の拳【旋風の猛撃】で巨人の足元を打ち据える。
スマッシュポーキーはヒットアンドアウェイで撹乱する。
「ドッチモ! ドッチモ! マトメテ叩キ潰シテヤル!」
イエティは身を屈めて2人に拳を叩きつける。
だが2人のヒーローは器用に避ける。
スマッシュポーキーは言わずと知れた【加速能力】による超高速で。
タイタニアは素早さを増す【ハイエナの脚】を使っている。
「シャドウ・ザ・シャーク! 【水の防壁】を!」
「でも水ですよ!?」
「大丈夫です。わたしに考えがあります」
言って明日香はニヤリと笑う。
シャドウ・ザ・シャークは訝しみながらも素早く施術する。
明日香の自信あふれる冷徹な言葉には、窮地で他者を従わせる力がある。
側ではドクター・プリヤがギターを奏でている。
軽快なロックンロールによって行使されるは【魔力倍増】。
周囲の魔力を高める悪魔術だ。
そうするうちにシャドウ・ザ・シャークの施術も完成する。
術者たちとイエティを分断しようとするように巨大な流水の壁が出現する。
即ち【水の防壁】。
「何度ヤッテモ同ジコトダ!」
イエティは水の壁を強打する。
殴られた水の壁は凍りつく。
凄まじい冷気の力。
だが、その圧倒的なパワーが奴の命取り。
「何ッ!?」
腕が埋まった壁をそのまま凍らせた巨人は、半ば壁と一体化したまま動けない。
今度は先ほどの【水の檻】のように吸収したりもできないらしい。
高等魔術師が創造した壁が、あまりに重くて大きすぎるからだ。
氷の巨人を拘束する、巨大で堅牢な氷の枷だ。
そうやって仲間たちがイエティの動きを止める間に、
「ハヌッセン・文観」
明日香は錫杖を展開する。
聖なる杖【双徳神杖】の先端で、髑髏のオブジェが剣呑に輝く。
髑髏を囲う輪形に通された16個の遊環が涼やかな音色を奏でる。
そのまま――
「――投与」
熱線の魔術【熱波】を行使する。
突きだした明日香の杖の先からパワーアップした加熱の光線が放たれ、巨大イエティの首を炙る。
「ヌウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
驚愕か、それとも痛みかエラーを知覚する手段があるのか巨人が叫ぶ。
さらに側から、もう一条の熱線。
シャドウ・ザ・シャークのステッキからのびる【焔熱の光線】だ。
「炎術も堪能なんですね」
「得意ではないんですけどね」
不敵に微笑む明日香に、サメ型のマスクの口元がはにかむように笑う。
そもそも彼女は戦闘の最初に【耐氷防御】を使っていた。
仲間の力を底上げするサポート役は、得意でなくとも初歩の術は網羅している。
それも見習うべき彼女の実力だ。
「熱を首の中心に集中させてください」
「わかりました」
2人は熱線を集中させる。
「サセル……カ!」
イエティは吹雪を吐いて抵抗する。
だが吹雪はシャドウ・ザ・シャークと奴自身が創り出した氷の壁に阻まれる。
そうするうちに、氷の巨人の首が爆ぜた。
首の内側の氷が魔術の熱で溶かされ水になり、蒸気になり、爆発したのだ。
要は水蒸気爆発である。
首を失った胴はたちまち砕けて溶ける
やはり埋まっている何者かがイエティのエネルギー源になっていたようだ。
切り離された首も宙を舞いながら溶け落ち、中に入っていた何かが姿をあらわす。
うずくまった幼い少女だ。
少女はそのまま3回転して、
「ちゃくち」
四肢をのばし、何かの術でも使ったか器用に地に降り立つ。
銀色の長い髪が細やかになびく。
少女は呆然とする一向に向き直り……
「……こうさん」
可愛らしい仕草で細い両腕を上げてみせた。
「どういうことだ?」
「【智慧の大門】のゆびわ、もうない。にげられない。たたかえない。ファイヤーボールもまけた。だから、こうさん」
背丈が近いスマッシュポーキーの問いに、少女は幼いが淡々とした口調で答える。
そんな様子を見やって明日香は、一行は目を丸くする。
なるほどヘルバッハが手下に与えた【智慧の大門】の指輪は使い切りだったか。
それを今回の彼女らは持たされていない。
撤退を想定していない防衛戦だからか。
そんなことより、明日香はひとつ考え違いをしていた。
てっきりイエティは他の術者が創り出した創造物だと思っていた。
だがディフェンダーズすら今までは倒したことがなかったイエティの正体。
それは自身の超能力で作った氷の巨人を『かぶった』幼い少女だった。
「あんたに言われちゃ世話ないな! けどいい考えだ!」
2人のヒーローがイエティめがけて駆ける。
タイタニアとスマッシュポーキーだ。
屈強な女戦士は四肢をシャーマニズム【獅子の腕】でさらに強化して。
小柄な全身タイツの少女は【加速能力】で高速化し、両腕の円形盾でガードしながら砲弾のように――あるいは側の戦闘でのファイヤーボールのように突撃する。
舞奈とミスター・イアソンがファイヤーボールと戦っている側。
明日香と他のディフェンダーズの面々は巨大イエティと相対していた。
「ハハッ! デキルト良イナ!」
ヴィランの中でも、イエティの容姿は特に異様だ。
なにせ人の形をした巨大な氷の塊である。
だが目前に襲い来るそれは映画で見たよりはるかに異様。
とにかく大きいのだ。
以前に戦ったミノタウロスや歩行屍俑ほどもある。
言うなれば巨大イエティ。
十分な距離をとっているはずなのに、巨人がまとう霜と冷気が心身を震わせる。
巨人の足元の地面など出現した瞬間から凍りついている。
そんな氷塊の巨人は、
「ダガ、オマエタチニハ無理ダ!」
「何っ!?」
「うわあっ!」
相対的に子供みたいに小さな2人のヒーローを、身を屈めて殴りつける。
一撃で十分だった。
避ける余裕も防ぐ暇もなかった。
巨大な氷の拳と風圧で、2人のヒーローは凍りつきながら吹き飛ばされる。
次の瞬間、瓦礫まみれの地面に叩きつけられてそのままめりこむ。
「タイタニアさん! ポーキーさん!」
シャドウ・ザ・シャークが思わず叫ぶ。
ステッキに変形したシャーク・シューターを突きつけている。
とっさに【大天使の大気の召喚】の魔術を行使し、空気のクッションを創って2人を受け止め激突のショックを緩和したらしい。
そんな彼女の側で明日香は口元を歪める。
今度のイエティは巨体に似合わず素早く隙が無い。
しかも強い。
現に今の一撃も、ただ馬鹿力で殴っただけじゃない。
打撃の際に凄まじい冷気を帯びた衝撃波を放っていた。
超能力【氷結撃】ないし高等魔術【霜の新星】に匹敵する必殺の氷撃。
2人が身体強化されていなければ、あるいは防護されていなければ一瞬で凍結し、砕け散っていただろう。
シャーマンでもあるタイタニアは自身の周囲に【空気の盾】を張り巡らせていた。
スマッシュポーキーも【念力盾】で防護していた。……それだけではない。
「……すまないシャーク」
「命拾いしたよ」
2人のヒーローは氷の破片を撒き散らしながら瓦礫の中から跳び起きる。
幸いにもダメージは軽微。
シャドウ・ザ・シャークが【耐氷防御】によって2人を守っていたのだ。
本来はサメに関連した水や大気や大地の操作を得意とする彼女だが、冷気を防ぐくらいの氷の術なら使うことができるらしい。
強力な攻撃魔法のおかげで忘れがちだが彼女の本領は戦闘の補助だ。
最強Sランクがパートナーであるが故に明日香にはあまり馴染みのない細やかなサポートを、彼女は着実にこなしている。
「――守護」
もちろん明日香もただ見ていただけではない。
唱え終えた真言に続く魔術語に応じ、一行とイエティを分断するように氷の壁が創造される。イエティに劣らぬと自負できるほど冷たく分厚い氷壁だ。
即ち【氷壁・弐式】。
その後ろ側に、一瞬遅れて岩石の壁が建つ。
シャドウ・ザ・シャークの【石の防壁】。
彼女が得意とする岩石を創造して堅牢な壁と化す高等魔術。
術者たちはセオリー通りに魔術の壁を建てていた。
次いでドクター・プリヤがギターをつまびく。
途端、地面から湧き出た冷気と土砂が二枚重ねの壁にまとわりつく。
氷と岩石の壁が補強され、さらに分厚く硬くなる。
こちらは【氷霜衣】【堅岩甲】の呪術による壁の増強だ。
「ソンナ壁、吹キ飛バシテヤル!」
対する巨大イエティは身を屈めて大きく息を吸う。
吸いこまれて圧縮された空気が軋む不吉な音。
「こりゃヤバそうだ!」
「同感だ!」
スマッシュポーキーとタイタニアが、あわてて壁の内側に滑りこむ。
続けざまに明日香が行使した斥力場障壁【力壁】。
シャドウ・ザ・シャークの空気の障壁【風の防壁】。
二枚重ねの不可視のドームがヒーローたちを覆う。
直後、イエティが氷の息を吐いた。
高等魔術【寒極の暴撃】相当、さらに言うなら明日香自身の【冷気放射】を超えるほどの凄まじい吹雪の突風だ。
「くぅ……!」
「大自在天よ」
シャドウ・ザ・シャークが魔力を集中させて壁を支える。
明日香も呪句で氷の壁を補強する。
魔術の壁が、まるで台風のように吹きすさぶ氷の息に揺れる。
それでも二枚の壁がブリザードのような強風を、二重のドームが冷気を防ぐ。
だが巨人の猛攻は止まらない。
「オノレ! 厄介ナ魔術師ノ防壁メ!」
巨大なイエティは地響きをたてて歩み寄り、重機みたいな巨大な腕で壁を殴る。
解体現場のような恐ろしい轟音。衝撃。
ハンマーの如く鉄拳のラッシュに、強固な壁が薄板みたいにグラグラ揺れる。
「ひいっ! 壊れる!」
スマッシュポーキーが頭を抱える。
だが大げさな表現なのではないことは皆も承知だ。
氷の巨人の巨大な拳は見た目以上に強くて重い。
壁が破壊されるのも時間の問題だ。
だが術者たちも黙って見ている訳ではない。
魔術語とギターの音色と共に、壁越しに弾道を描いて数個の火球が放たれる。
明日香の【火球・弐式】。
ドクター・プリヤの【地獄の爆裂】。
魔術と呪術の砲撃が、巨人の腕や胴に当たって爆発する。だが、
「ハハッ! 効カナイナ!」
煮えたぎる火球が爆ぜた巨人の表面は僅かに削れて溶けるのみ。
溶けた氷もすぐさま凍って修復される。
次いでシャドウ・ザ・シャークが【創命撃】で創造したサメをけしかける。
空をたゆたう巨大なホオジロザメが、ギザギザの歯を剥き出しにして喰らいつく。
だが、こちらも自分以上に大きく硬い氷の巨人に有効打を与えられずに消える。
「有効的な対処法は?」
イエティが再び何事もなかったように壁を叩く中、明日香は努めて冷静に問う。
ディフェンダーズはヴィランと幾度も戦っている。
イエティとの戦闘にも慣れているはず。だが、
「実はですね、ディフェンダーズもイエティを倒したことはないんですよ」
「ええ……」
側のシャドウ・ザ・シャークは新たな魚を投げながら、言い辛そうに語る。
今度は【大天使の血肉の召喚】で創った魚を【操命弾】で投げる気だ。
だが壁を迂回して飛んだ鋭いカレイとヒラメも、硬い氷に弾かれて消える。
「毎回、撤退させることができるだけでして……いえね。あいつ割とクレバーで、戦況が不利になると逃げるんですよ」
「口からmysticな霜を噴き出して、気づくと跡形もなくいなくなってるデス」
「そうですか……」
プリヤも交えた解説に明日香は思わず口元を歪める。
そういえば映画でも明示的にイエティが倒される場面はなかった。
それは現実でも同じだったらしい。
明日香が、皆が、次の一手を打ちあぐねるうちに……
「……あっ!」
「タイタニア! ポーキー! 避けるデス!」
巨大イエティの渾身の拳が、ついに岩と氷の二段重ねの壁を破壊した。
危うく跳び退るタイタニアとスマッシュポーキー。
明日香も【戦術的移動】で回避。
少し離れた廃ビルの陰に移動する。
ドッグタグは落とさない。
今や明日香は意図的な転移に媒体は不要。
同時にドクター・プリヤはギターをかき鳴らす。
悪魔術【風乗り】で文字通りに風に乗って、滑るように距離をとる。
シャドウ・ザ・シャークも【影移動】で影と化す。
続けざまに振るわれる巨大な拳から逃れるように、コンクリート壁の上に移動する。
さらに影の中からあらわれると同時にサメ女ヒーローは施術。
イエティの周囲に流水のロープが出現し、巨大な両腕を縛りあげる。
即ち高等魔術【水の檻】。
シャドウ・ザ・シャークは不意をつき、水の拘束術で巨大な敵を拘束したのだ。
さらに銃に戻したシャーク・シューターから【急流の雨】で水弾を掃射。
続けざまに月の第1の護符を構え、疑似呪術【水の束縛】で拘束を強化。
「何ダト!?」
「やったぜ! シャーク!」
避難した廃ビルの陰でスマッシュポーキーが喝采をあげる。だが……
「ダガ水ノ縄ナド!」
「……ああっ!」
「なんだよ!? そりゃ!」
水の檻は凍りつき、そのまま巨人に吸収される。
氷の巨人があまりに冷たく、サイズも魔力もあまりに大きすぎるからだ。
「ならば! これなら……!」
シャドウ・ザ・シャークは続けざまに施術。
イエティの足元に堅牢な岩の枷があらわれ、拘束する。
こちらは【石の檻】。
さらに土星の第3の護符を掲げて【大地の束縛】で枷を強化する。
「今度は行けるか!?」
タイタニアがニヤリと笑う。だが、
「無駄ダッ!」
「ああ……っ!!」
こちらは純粋なパワーだけで引きちぎられる。
お返しとばかりに振るわれたイエティの拳をシャドウ・ザ・シャークは影に変じ、タイタニアとスマッシュポーキーは跳び退って避ける。
素早いとはいえ巨大な拳は、よく見ていれば回避は可能なのが幸いか。
そんな様子を廃ビルの陰からうがかいながら、明日香は口元を歪める。
常識外のパワーを持つ敵を相手に、こちらは力負けしている以上に泣き所がある。
どうもディフェンダーズはリーダーの役目をイアソンに丸投げしていたらしい。
彼が別行動をとっていると、割とこちらは烏合の衆だ。
タイタニアやスマッシュポーキーは言わずもなが、シャドウ・ザ・シャークも博識なブレーンだが地味に指示待ち人間なところがある。
ドクター・プリヤも論外。彼女は専門外の難しいことを考えないタイプだ。
明日香はちらりと、少し離れた場所でのもうひとつの戦闘を一瞥する。
舞奈とミスター・イアソンが戦っている最中だ。
だが素早いファイヤーボールを相手に手こずっている様子。
片手間に指示を出すのは無理そうだ。
こちらはこちらでなんとかするしかない。
式神は自身の影の中に準備状態で待機させてあるので何時でも奇襲は可能。
だが闇雲に仕掛けても戦力の無駄遣いだ。
高等魔術の大天使と違い、【機兵召喚】は再行使に時間がかかる。
もちろん大魔法は禁じ手だ。
数に限りのある大頭を温存したいという理由も少しある。
それより銃弾を戦術核にする【滅光榴弾】も、【断罪光】による街を斬り刻む威力のレーザー光線も、ここで使えば確実に仲間を巻きこむ。
核爆発の直前に舞奈やディフェンダーズ全員を退避させることは不可能。
こちらも舞奈ひとりとコンビを組んでいた時には考える必要のなかった問題だ。
だが今しなければならないのは不平不満の洗い出しじゃない。
目の前の敵を倒す算段をたてることだ。
だから明日香は――
「――魔弾」
牽制の【火球・弐式】を放った直後に【戦術的移動】で移動。
火球はドクター・プリヤを襲おうとしていた氷の巨人の肩に当たり、
「エエイ! チョコザイナ!」
(難しい日本語を知ってるわね)
イエティの巨大な拳が、転移前に明日香が隠れていた廃屋をバラバラにする。
新たな遮蔽の陰で、明日香は忌々しげに口元を歪める。
敵は視界の外からの攻撃の射点を正確に把握した。
巨大でパワフルで強固なだけでなく、敵には高い知性がある。
非常に厄介な状況だ。
だが明日香たちは奴を倒さなければならない。
だから再び巨大イエティに目を戻す。
今度は単に隙を探すためではなく、弱点を――形勢を覆す糸口を探るために。
そもそもイエティとはどういう存在なのだろうか?
見た目は人の形をした氷の塊。
しかもサイズを雑に変化させられる。
だが戦闘中に大きくなったり小さくなったりする訳ではないらしいので、何らかの術による創造物だろうと見当をつける。
高等魔術【北方の守護者の召喚】による大天使ウリエルか?
あるいはケルト魔術【氷の精霊の召喚】によるアイスエレメンタルか?
そう考えながら観察すると、イエティの身体を構成する半透明の氷の中、不自然に透明度の低い頭部に白い何かが埋まっているのを見つけた。
そういえば映画でもイエティの身体の一部は不透明だった。
たしか胸のあたりだったか。
そういうデザインかと思っていたが、考えてみれば不自然ではある。
目を凝らす。
ぱっと見は気泡が固まっているだけに見えるが、うずくまった人のようにも見える。
考えられる可能性は……異能力者か妖術師を魔力の源として閉じこめている?
あまり楽しくない予想だが、否定できる材料もないのは事実だ。
特に敵が割と倫理を無視できるヴィランである場合には。
明日香が考える間、側のシャドウ・ザ・シャークは【風の檻】を続けざまに行使して敵の動きを鈍らせようとしている。
だが効果は芳しくないようだ。
大気を用いた拘束術は容易で慣れれば連発もできる。
だが空気だけに拘束力は弱く、イエティのような相手に対しては無いも同じだ。
タイタニアとスマッシュポーキーも回避するので手一杯。
そんな様子を横目で見ながら、
「……質問ですが、過去にイエティの手足を胴から切り離したことはありますか?」
再び胸元の通信機に問いかける。
「いえ、ですからイエティ倒したことないんですよ……」
「そうですか……」
シャドウ・ザ・シャークの情けない答えに苦笑する。
だが逆にいえば、明日香の推論が間違っていると断ずる材料もないことになる。
だから……試してみる価値はある。
その判断に、舞奈と共に戦った2年間が影響していることは自覚している。
それ以前の明日香なら、同じ状況で違う判断を下しただろう。
明日香はもう一度、少し離れた場所で行われている高速戦闘を見やってから、
「イエティの頭部に身体を動かす魔力源が埋まっている可能性があります」
「なんだって!?」
「あくまで予測ですが」
こちらの戦場の仲間を見やってニヤリと笑う。
各々の判断で逃げ回る仲間の位置を、明日香は正確に把握している。
そのくらいは明日香からすれば当然だ。
スカイフォールの王女たちには敵わぬまでも戦術指揮の訓練は受けている。
クレアやベティを率いて戦ったことも何度かある。
リーダー不在のディフェンダーズをまとめ上げるくらいのことはできるはずだ。
そして勝利に導くことも。
そう考えて口元の笑みを広げた矢先に――
『――苦戦してるようだな』
「そっちこそ」
丁度良く胸元の通信機から声。舞奈だ。
『考えがある。そっちとこっちで同時に打撃を叩きこめるか?』
「……オーケー。30秒後に仕掛けるわ」
『そうこなくっちゃ!』
提案に対する明日香の返事は……判断は一瞬。
むしろ渡りに船だ。
なるほどイエティとファイヤーボールの間に何らかのシナジーがあると読んだか。
納得のできない話ではない。
氷の巨漢と炎のハイスピードガール。
考えてみれば、いかにも何か訳ありな組み合わせだ。
そして訳ありの内訳がリンカー姉妹が使うというゲシュタルトと同じなら、同時に攻勢に転じることで敵のリソースを二重に削ぐことができる。
明日香の口元にはサメのような剣呑な笑みが浮かんでいる。
だが眼鏡の奥の瞳に宿る光は冷徹なまま。
それが安倍明日香だ。
胸に熱い情熱を秘めたまま、冷静な判断を下すことのできる戦闘魔術師だ。
「奴の頭部を胴から切り離します。協力をお願いできますか?」
「イエティの首をはねるのか!」
「そりゃあいい!」
明日香の言葉に、通信機越しにタイタニアとスマッシュポーキーの喝采。
仲間たちも待っていたのだ。
反撃の狼煙を。
「方法はあるんですか?」
「はい。シャークさんは敵の拘束を頼みます。タイタニアさんとポーキーさんは引き続き撹乱を、プリヤさんにはサポートをお願いします」
「「「「了解!」」」」
シャドウ・ザ・シャークの問いに淀みなく答えつつ指示。
冷徹で的確な作戦立案は、もとより明日香の十八番だ。
それは舞奈と組んでいた頃から変わらない。
だから明日香の言葉が終わるが早いか、ディフェンダーズたちは一斉に動く。
「こっちだ! デクノボウ! ……あっタイタニアのことじゃないよ」
「こっちもだノウタリン! ……おおっとポーキーおまえのことじゃないからな」
スマッシュポーキーとタイタニアが、今まで以上に積極的に食らいつく。
相手の気をそらすためだ。
タイタニアは強力な風の拳【旋風の猛撃】で巨人の足元を打ち据える。
スマッシュポーキーはヒットアンドアウェイで撹乱する。
「ドッチモ! ドッチモ! マトメテ叩キ潰シテヤル!」
イエティは身を屈めて2人に拳を叩きつける。
だが2人のヒーローは器用に避ける。
スマッシュポーキーは言わずと知れた【加速能力】による超高速で。
タイタニアは素早さを増す【ハイエナの脚】を使っている。
「シャドウ・ザ・シャーク! 【水の防壁】を!」
「でも水ですよ!?」
「大丈夫です。わたしに考えがあります」
言って明日香はニヤリと笑う。
シャドウ・ザ・シャークは訝しみながらも素早く施術する。
明日香の自信あふれる冷徹な言葉には、窮地で他者を従わせる力がある。
側ではドクター・プリヤがギターを奏でている。
軽快なロックンロールによって行使されるは【魔力倍増】。
周囲の魔力を高める悪魔術だ。
そうするうちにシャドウ・ザ・シャークの施術も完成する。
術者たちとイエティを分断しようとするように巨大な流水の壁が出現する。
即ち【水の防壁】。
「何度ヤッテモ同ジコトダ!」
イエティは水の壁を強打する。
殴られた水の壁は凍りつく。
凄まじい冷気の力。
だが、その圧倒的なパワーが奴の命取り。
「何ッ!?」
腕が埋まった壁をそのまま凍らせた巨人は、半ば壁と一体化したまま動けない。
今度は先ほどの【水の檻】のように吸収したりもできないらしい。
高等魔術師が創造した壁が、あまりに重くて大きすぎるからだ。
氷の巨人を拘束する、巨大で堅牢な氷の枷だ。
そうやって仲間たちがイエティの動きを止める間に、
「ハヌッセン・文観」
明日香は錫杖を展開する。
聖なる杖【双徳神杖】の先端で、髑髏のオブジェが剣呑に輝く。
髑髏を囲う輪形に通された16個の遊環が涼やかな音色を奏でる。
そのまま――
「――投与」
熱線の魔術【熱波】を行使する。
突きだした明日香の杖の先からパワーアップした加熱の光線が放たれ、巨大イエティの首を炙る。
「ヌウゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
驚愕か、それとも痛みかエラーを知覚する手段があるのか巨人が叫ぶ。
さらに側から、もう一条の熱線。
シャドウ・ザ・シャークのステッキからのびる【焔熱の光線】だ。
「炎術も堪能なんですね」
「得意ではないんですけどね」
不敵に微笑む明日香に、サメ型のマスクの口元がはにかむように笑う。
そもそも彼女は戦闘の最初に【耐氷防御】を使っていた。
仲間の力を底上げするサポート役は、得意でなくとも初歩の術は網羅している。
それも見習うべき彼女の実力だ。
「熱を首の中心に集中させてください」
「わかりました」
2人は熱線を集中させる。
「サセル……カ!」
イエティは吹雪を吐いて抵抗する。
だが吹雪はシャドウ・ザ・シャークと奴自身が創り出した氷の壁に阻まれる。
そうするうちに、氷の巨人の首が爆ぜた。
首の内側の氷が魔術の熱で溶かされ水になり、蒸気になり、爆発したのだ。
要は水蒸気爆発である。
首を失った胴はたちまち砕けて溶ける
やはり埋まっている何者かがイエティのエネルギー源になっていたようだ。
切り離された首も宙を舞いながら溶け落ち、中に入っていた何かが姿をあらわす。
うずくまった幼い少女だ。
少女はそのまま3回転して、
「ちゃくち」
四肢をのばし、何かの術でも使ったか器用に地に降り立つ。
銀色の長い髪が細やかになびく。
少女は呆然とする一向に向き直り……
「……こうさん」
可愛らしい仕草で細い両腕を上げてみせた。
「どういうことだ?」
「【智慧の大門】のゆびわ、もうない。にげられない。たたかえない。ファイヤーボールもまけた。だから、こうさん」
背丈が近いスマッシュポーキーの問いに、少女は幼いが淡々とした口調で答える。
そんな様子を見やって明日香は、一行は目を丸くする。
なるほどヘルバッハが手下に与えた【智慧の大門】の指輪は使い切りだったか。
それを今回の彼女らは持たされていない。
撤退を想定していない防衛戦だからか。
そんなことより、明日香はひとつ考え違いをしていた。
てっきりイエティは他の術者が創り出した創造物だと思っていた。
だがディフェンダーズすら今までは倒したことがなかったイエティの正体。
それは自身の超能力で作った氷の巨人を『かぶった』幼い少女だった。
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