上 下
414 / 524
第18章 黄金色の聖槍

戦闘1-1 ~銃技&超能力vsファイヤーボール

しおりを挟む
 各勢力の総がかりでの温泉パーティーの翌日。
 ヘルバッハ討伐部隊は早朝から新開発区への侵攻を開始した。

 ヒーローチームに【機関】【組合C∴S∴C∴】【協会S∴O∴M∴S∴】の術者まで参加する攻撃部隊は複数のチームに別れて新開発区の中心部に向かって移動している。
 地の利も数も有利な攻撃側に対し、ヘルバッハ率いるヴィランは少数。
 なので個々のチームを少数ないし単体で迎撃せざるを得ないヴィランたちを、十分な戦力で各個撃破する算段だ。

 舞奈たちのチームメンバーは【掃除屋】と【ディフェンダーズ】の面々。

「この面子でこうやって歩くのも、大概に慣れたな」
「まだ3回目よ」
 改造ライフルマイクロガラッツ肩紐スリングで背負った舞奈が言いつつ笑う。
 側には三角帽子をかぶり、戦闘カンプフクロークを羽織った明日香。

「hahaha。我々も君たちのような力ある若者と共に戦えて頼もしい限りだ」
「そりゃこっちの台詞だ。頼むぜヒーローさんたち」
「無論だとも」
 軽口を叩く舞奈に、マッチョで派手な色のタイツ姿のミスター・イアソンが答え、

「今回はあたしたちだっているんだ! ヴィランなんか屁でもないね!」
 小太りなスマッシュポーキーが得意げに両手の円形盾を構えてみせる。

「調子に乗るんじゃないチビ。今回の敵は今までとは勝手が違う」
「そんなことわかってらい! なんだい! デカブツ!」
 浅黒い長躯をビキニアーマー姿のタイタニアが足元を見ながらツッコみ、スマッシュポーキーは見上げて怒る。

「ポーキーさんとタイタニアさんは何時も仲が良いですねえ」
 ナイスバディをピッチリした白黒のタイツに包んだシャドウ・ザ・シャークが笑う。
 その側で、エグイ角度のレオタード姿のドクター・プリヤが周囲を見やり、

「もうちょっと進むと、ヴァーチャルギアの結界の保護範囲を抜けるデス」
「じゃあ、そろそろってことか」
 警告する。
 ギターを構えた彼女の言葉に舞奈は、一同は表情を引き締めてうなずく。

 敵はプリンセスの対抗ウイルスを持っていない(通販でパンツを買ってなければ)。
 そしてWウィルスは脂虫を強化し人を害する。
 少なくともファイヤーボールにとっては、おそらく外見に反してまともな術者であるデスリーパーにとってもWウィルスは毒になる。
 ここより中央では活動できないはずだ。

「どうする? ここらで少し奴らを探すか?」
「いや、このまま進もうと思う。我々を待ち受けているのがスピナーヘッドやファット・ザ・ブシドーなら、もう少し先にいる可能性もある」
「それもそうか」
 問いかけた舞奈にミスター・イアソンは即答。
 流石はディフェンダーズのリーダーといったところか。
 なので皆が再び歩きだした途端――

「――いいや、止まるんだ」
 舞奈が制止する。

「「!?」」
 同時に目前に何かがあらわれた。
 ヒーローたちは驚く。
 なにせ直前まで気配もなかったのだ。
 近づいて来るのでなく、何の前触れもなく不意に『出現』した。
 あまりに通常の物理法則とかけ離れた現象。
 だが舞奈にとっては御馴染みの【智慧の大門マス・アーケインゲート】だ。

 長距離転移の大魔法インヴォケーションによって、あらわれたヴィランは2人。

 ……少なくとも人数は。

「また会えて嬉しいぜ、カワイ子ちゃん」
「この状況でそれ言う度胸は認めるよ」
 軽口にやれやれと肩をすくめるティーンエイジャーの少女。
 見事な身体のラインを覆うのは、深紅と黒のエグイ角度のレオタード。
 同じ色のブーツと手袋。
 エッジなデザインのマスクで隠された目元。
 ファイヤーボールだ。

「そっちのあんたも、いちおう2度目か」
「マトモニ戦ウノハ初メテダガナ」
 もうひとりは氷の巨人……というか人の形をした巨大な氷塊。
 出現と同時に地面に霜が張っていた。
 こちらはイエティ。
 奴とはスピナーヘッドとの戦闘の際に少しだけ会ったことがある。

 だが問題なのは、そのサイズ。

「……っていうか、この前よりデカくないか?」
「成長期ダカラナ!」
「そうかい」
 ひとりごちた途端に軽口を返されて口元を歪める。
 氷の岩のような大口から聞こえる硬い声が、重低音と化して臓腑をえぐる。
 見上げると首が痛い。

 以前にスピナーヘッドの加勢に来た時よりはるかに大きい。
 言うなれば巨大イエティだ。
 もっと以前に戦った魔獣ミノタウロスほどもある。
 しかも大男なのに、耳も頭も悪くないらしい。

 そんなヴィランのコンビに対し、

「わたしとシモン君でファイヤーボールを引き受ける! 皆はイエティを頼む」
 ミスター・イアソンの判断は一瞬。

「「「「了解!」」」」
 リーダーの指示に従いディフェンダーズは素早く動く。
 明日香も続く。

 本来ならスマッシュポーキーはファイヤーボールと戦いたかったはずだ。
 だが巨大なイエティを相手取るには人手が必要だ。
 セオリー通りなら魔術師ウィザードによる強力な打撃を確実なものとするべく、敵に食らいついて動きを止められる人間は多ければ多いほどいい。
 ファイヤーボールに必要以上に人員を割く余裕はない。
 そして、ひとりで他役をこなせるオールラウンダーはポーキーではなくイアソンだ。

 そういった判断が瞬時にできるミスター・イアソン。
 その判断を信頼しているメンバーたち。
 ディフェンダーズが米国の平和を守る平和維持組織たる所以だ。

「望ムトコロダ!」
「抜かるんじゃないよイエティ!」
 ヴィランたちも応じるように二手に別れる。
 多勢に無勢のはずだが勝算はあるようだ。
 敵も容易く各個撃破はさせてくれないらしい。

「ワカッテルサ! ファイヤーボール! コレヲ使エ!」
「サンキュ!」
 落雷のような叫びと共に、イエティの口から何かが吐き出される。
 ロケットに似たそれは空中で変形し、巨大なカギ爪を備えた小手と化す。
 迎撃の狙いを定める間もなく小手はファイヤーボールの左手に収まる。

 ファイヤーボールの専用武器、スラッシュクロー。
 映画と寸分違わず同じ獲物だ。
 彼女は映画の中で、左手に装備した巨大なクローでヒーローたちを苦戦させた。
 高速化の超能力サイオン加速能力アクセラレート】による火球の如く猛突撃に、クローの重さと鋭さを加えた必殺の突撃だ。
 映画ではミスター・イアソンの【念力盾サイオニック・シールド】、魔術師ウィザードの魔術の壁すら破るほど。

「いくよ! ミスター・イアソン!」
「望むところだ! ファイヤーボール!」
 身構えるマッチョの全身タイツめがけ、深紅の火球が襲いかかる。

 以前に舞奈を襲った際と同じ、攻撃魔法エヴォケーションの如く猛スピードの突撃。
 超強力な【加速能力アクセラレート】によって空気摩擦で身体が燃えるほど超高速で地を駆ける。
 しかも今回のファイヤーボールは重く鋭いスラッシュクローを構えている。

「くっ!?」
 イアソンが避ける間もない超高速の火の玉が、展開した【念力盾サイオニック・シールド】に激突。
 クローの重量による慣性すら勢いに変えたクリーンヒット。
 燃え上がる交通事故のような衝撃が不可視の障壁を激しく揺らす。

 一方、障壁に弾かれた火の玉は、

「まだまだ! あたしのターンはこれからだよ!」
 ヒーローが態勢を立て直す暇も与えず再突撃。
 それも何度も。
 重いクローに振り回される様子など微塵もない。
 むしろ、こちらが彼女の本領だ。

「今回は手を引いてくれファイヤーボール! ヘルバッハはこの国に不可逆な恐ろしい災厄をもたらそうとしている! そこまでは君の本望じゃないはずだ!」
 ミスター・イアソンは防御を固めながら必死で叫ぶ。

「坊ちゃん育ちの正義の味方に! こっちの都合をとやかく言われたくないね!」
 ファイヤーボールはにべもなく突っぱねる。
 マッチョなヒーローが素早い火球を捉えられないのをいいことに、周囲を飛び回りながら火砲の雨の如くラッシュを仕掛ける。
 その一方で……

(……因縁があるのか?)
 舞奈は拳銃ジェリコ941を抜いたまま動かない。

 横から仕掛けるタイミングがつかめない訳じゃない。
 何やら訳ありらしい2人の間に、割って入っていいものなのか躊躇したのだ。
 舞奈はファイヤーボールが根っからの悪人ではないと知っている。
 同じ理解と感情を万人に向ける我らがヒーローの説得に応じて彼女が矛を収めてくれるなら、それに越したことはない。
 だがファイヤーボールは容赦ないラッシュを続け……

「……うおぉっ!」
 ついにはカギ爪のついた猛スピードの火の玉が【念力盾サイオニック・シールド】を破壊する。
 舞奈の思惑より、ヒーローの信念より、敵は容赦がなかったようだ。
 防御魔法アブジュレーションを無理やり破られたイアソンは、それでも気合で持ちこたえる。
 そこに無慈悲な追い打ちをかけようとするファイヤーボールを――

「――せっかく勇気を出して告白したんだ! 可哀想な振り方してやるなよ!」
 舞奈が撃つ。
 足元を穿った大口径弾45ACPから逃れるようにファイヤーボールは跳び退る。
 猫のようにしなやかな身のこなしに舞奈が見惚れる間に、

「すまない! シモン君!」
「いいってことよ」
 体勢を立て直したミスター・イアソンは再び【念力盾サイオニック・シールド】を展開する。

「デートの誘いはお釈迦になっても! パーティーは始まったばかりだよ!」
 不敵な笑みと共に、再びファイヤーボールの猛ラッシュ。
 火球の嵐が襲う先は、またしてもミスター・イアソン。

 相手からしてもミスター・イアソンと舞奈のタッグは強敵だという自負はある。
 調子に乗っているように見えても余裕はないはずだ。
 だから各個撃破しようという思惑だろう。
 その際に素早く避けるが銃弾以上の火力を持たない舞奈より、攻防共に強力なヒーローたちのリーダーを先に落とそうと考えるのも妥当な判断だ。

「私とてやられっぱなしではないぞ!」
 対するイアソンも流石に今度は仕掛ける気になったようだ。だが、

「ハハッ! そいつはどうかな!?」
「おのれ……っ!」
 反撃の糸口すらつかめない。
 鋭くのばした不可視の刃【念力剣サイオニック・ソード】は容易く避けられる。
 ファイヤーボールのスピードに追いつけないのだ。
 広く超能力サイオンを会得したイアソンと【加速能力アクセラレート】を極めたファイヤーボールの差。
 あるいは親子ほど歳の差のある彼と彼女の柔軟性の差。
 ミスター・イアソンにもその自覚はあるのだろう、

「ならば! これなら!」
「無駄だね!」
 不意打ちのように放たれた【念動弾テレキネシス・バレット】。
 だが、それすら超スピードで弾幕の外側へと逃げられる。
 散弾の如く無数の瓦礫が、火球の残像すら捉えられずに虚空へ消える。
 近づかれぬよう牽制程度にはなったようだが、それだけだ。

 ミスター・イアソンは歯噛みする。
 勝敗以前に、そもそも彼には相手に当てられる手札がない。
 おそらく【転移能力テレポーテーション】を使わないのも、敵のスピードの前に効果がない上に転移直後の隙を狙われる危険の方が大きいと理解しているからだろう。
 一撃必殺の【念力撃サイオニック・ブラスト】など問題外。対して、

「シモン君! 注意したまえ!」
「わかってるって……おおっと!」
「ちっ! こっちは相変わらず、のらりくらりと避けてくれるね!」
 散発的な舞奈への打撃はすべて回避。

 そもそも肉体を用いた接近戦は舞奈には効かない。
 どんなに素早くても同じだ。
 舞奈は周囲の空気の動きを通じて相手の筋肉の動きすら読める。
 加えて今の彼女が相手なら、炎が放つ熱気を感じて避けることもできる。だから、

「なんで奴に味方するよ!?」
「あんたにゃあ関係ないっしょ!?」
 火球を余裕で回避しながら、それでも耐えかねたように叫ぶ。
 ファイヤーボールも叫ぶ。

 先ほどのイアソンとの問答で説得が無駄なのは理解した。
 だが彼女がヘルバッハに与する理由が知りたいのは本当だ。

 素早いラッシュを繰り出すファイヤーボール。
 機敏に確実に避ける舞奈。
 常識外のスピード勝負に今度はミスター・イアソンが手を出せずに見守る。
 急激に消費した超能力サイオンを回復する狙いもあるのだろう。

「大ありだ! あのロリコンの黒チン野郎が何しようとしてるか、あんただって知らない訳じゃないだろ!?」
「言ってくれるじゃないのさ!」
 火球の如き突撃を跳んで避けつつ叫ぶ舞奈に、振り向きざまに彼女は笑う。

 彼女はメインの目標を舞奈に変えたようだ。
 だが挑発に気分を害した様子ではない。
 ずっと以前に三剣悟に与していた祓魔師エクソシストのような、痴情のもつれとかではなさそうだと雑な予想をたてる舞奈に、

「仕事なんだよ! あたしたちだって! 食っていくには金がいるんだ!」
 先ほど以上の苛烈なラッシュを仕掛けながらファイヤーボールも叫ぶ。

「金も寝床も食い物も! トレーニングも教育も! 湯水みたいに当たり前に使えるそこの坊ちゃんやネメシスたちとは違うんだよ!」
「だから元王族の坊っちゃんに付き合ってるって訳か。糞ったれ!」
「あんただって同じじゃないのか!?」
「……ああそうだな!」
 ヤケクソに言い返す勢いで撃つ。
 慌てて避けたファイヤーボールの残像を大口径弾45ACPが穿つ。

 ミスター・イアソンとクイーン・ネメシスが姉弟だったこと。
 恵まれた環境で超能力サイオンと、少なくとも弟のほうは正義を愛する心を会得したこと。
 舞奈が薄々に感づいていたことが真実だと証明された。

 対してファイヤーボールが恵まれない環境から這い上がって今の場所にいることも。
 あたし『ら』ということは、姉妹か仲間でもいるのだろうか?

 そんな彼女の言葉を舞奈は否定できない。
 舞奈だって仕事人トラブルシューターなどという仕事を続けているのは報奨金のためだ。
 今回の作戦にしても【機関】から相応額の報酬を約束されている。
 小5の舞奈でも、彼女が金のために戦うことを責める筋合いはないことはわかる。

 自身の手の届かなかったスタートラインに生まれながら立っていたヒーローを、ファイヤーボールは面白く思っていなかったのだろう。
 娘とパパほど年の差のある富裕層に、事あるごとに説教されるなら尚更だ。
 それが彼女をヴィランたらしめている理由だというなら納得はできる。

「けどな! 言いたいことがあるのはそっちだけじゃねぇんだよ!」
 それでも舞奈は叫ぶ。

「人様の国に土足で入りこんで好き放題にやらかして! 泣き言ひとつで事が済むってなら警察も【機関】もヒーローもいらないだろ!」
 叫びながら撃つ。

 勝気で陽気なファイヤーボールを、舞奈は決して嫌いじゃない。
 何故なら舞奈はカワイ子ちゃんが大好きだ。
 過去に大事な女性を、守れなかったから。

 だが……だから彼女がヘルバッハの側についているのが気に入らなかった。
 ヘルバッハは舞奈の、皆の大事なものを踏みにじった。
 奴の行為に如何な理由があろうとも、同情する筋合いなどない。
 奴の野望を阻止すべく立ち向かおうとする舞奈たちの前に立ちふさがる敵も。

 矛盾する感情を振り切るように、拳銃ジェリコ941の銃口が定める先は彼女の締まった腹。
 付与魔法エンチャントメントを破壊して無力化する算段だ。
 身にまとった魔法は消える間際に術者を守るから、本人の負傷は最小限で済む。
 致命傷を与える危険を冒してまで背の改造ライフルマイクロガラッツを使うまでもない。
 そして空気の流れで相手の筋肉を読む舞奈は、クロスレンジで仕損じることもない。
 避けようもない角度とタイミングの銃撃。だが――

「――何!?」
「そんな事は知ってるよ!」
 至近距離から放たれた大口径弾45ACPは、深紅のレオタードに達する直前に弾かれる。

「【念力盾サイオニック・シールド】だと?」
 ショックを受けるより先に舞奈は跳び退りつつ訝しむ。

 前回の戦いで、奴は銃弾を跳ね返せるほどの【念力盾サイオニック・シールド】は使っていなかった。
 温存していたのだろうか?
 様子見とはいえ防御魔法アブジュレーションを出し惜しんで仕掛けてきたとも思えないが。
 そう考えると突撃の際に彼女の身体を覆う熱も、空気摩擦のせいだけにしては激しすぎる。まるでCGで加工されているという映画の中の炎のようだ。

「だからあたしとあんたは戦ってるんだろ!?」
「ああそうだな!!」
 両者ともさらに睨み合いつつ距離を取る。

 視界の端で、もうひとつの戦場を確認する。
 少し離れた場所では明日香たちが巨大イエティ相手に苦戦している。
 口から吹雪を吐く氷の巨人は想像以上に強敵らしい。
 ファイヤーボールのパワーアップの秘密を明日香に相談するのは無理そうだ。

「……イエティの【冷却能力クリオキネシス】との相乗効果によるものかもしれない」
 舞奈をかばうように前に出ながらミスター・イアソンが語る。
 戦えるくらいには回復したらしい。
 再会された敵のラッシュを【念力盾サイオニック・シールド】で防ぐ。
 加えて彼も見ていただけじゃなく、戦況を有利にすべく考えていたのだろう。

「相乗効果だと?」
 舞奈は首をかしげる。

 そうしながら思い出したように繰り出される奇襲を回避。
 以前に戦った時よりスタミナも明確に増えている。
 こちらも初戦からの短期間のトレーニングでどうこうなるレベルではない。
 何らかのからくりがあるのは瞭然だ。

「熟練した【冷却能力クリオキネシス】は周囲へ熱を放出し、【加熱能力パイロキネシス】は周囲から熱を奪う」
「そりゃまあ、わからん話じゃないが」
 イアソンの説明に、油断なく身構えながら舞奈は答える。

 そうする間にも、イアソンは火球のようなラッシュを防ぐ。
 今度は【念動盾テレキネシス・シールド】でファイヤーボールを抑えこんで突撃の威力を減じ、シールドの損耗を防ごうとしているようだが……長くもたないのは同じだろう。

 そして魔法は魔力で現実を改変する行為だ。
 改変の度合いが低い……物理法則に近い現象ほど少ない魔力で実現できる。
 つまり、ただ温度を下げるより、熱を周囲に追い出す方が効率的に冷却できる。
 温度を上げるより、周囲から熱を集める方が楽に加熱できる。
 単に高い魔力を持つのでなく『熟練した』術者は、そうした小狡いテクニックを使って魔法の威力と利便性を押し上げる。
 熱や冷気を『操る』ことに特化した呪術師ウォーロックの呪術と似た少しお得な魔法の使い方。
 舞奈が所詮は極限まで鍛えただけの小5女子の力で、物理法則を利用して魔法を越える結果を出すのと同じか。さらに、

「冷えた空間で【冷却能力クリオキネシス】はより少ない魔力で威力が増し、【加熱能力パイロキネシス】は熱い空間で容易に強化できる。姉上……クイーン・ネメシスもそうした効果を利用していた」
「イーヴル・ブラストって奴が」
「気づいていたか」
「まあな」
 続くマッチョな極彩色のマントの背中の言葉に笑う。

 クイーン・ネメシスが灼熱の拳【炎熱撃パイロ・ブラスト】から繰り出す必殺技。
 以前にミスター・イアソンを一撃で吹っ飛ばしたところを見た。
 だが実際は【炎熱撃パイロ・ブラスト】の直後に神速で行使した【氷結撃クリオ・ブラスト】を放っていた。

 同じことが、炎の突撃ファイヤーボールと氷の巨人イエティの間で行われていると彼は考えているのだろう。
 そう言う話ならイエティが今まで以上に大きく手強い理由もわかる。

 実は映画であまり組んだところを見たことがないファイヤーボールとイエティ。
 だが、それは両者の間にチームワークがないと断ずる理由にはならない。
 現実のヴィランは映画で見せない手札を持っていると、今の舞奈は知っている。

 ……だが、そういうことなら舞奈にもひとつ思い浮かぶことがある。

「あたしはゲシュタルトってのが怪しいと思う」
「リンカー姉弟が使っていた?」
「ああ」
 ラッシュを回避しながらの舞奈の言葉に、防御しながらイアソンが答える。

 ゲシュタルトとは【能力増幅サイ・アンプリファイ】を複数人で用いた活用法のひとつだ。
 超能力サイオンを高める超能力サイオンを互いにを行使し合って効果を何倍にも増幅させる。
 行使者同士の波長が合わないと使えない繊細な技術だが、その効果は絶大。
 映画ではリンカー姉弟の十八番だった。
 だが目前の炎と氷のヴィランが使えないと決めつける理由もない。

「ファイヤーボールの超能力サイオンの腕前では【能力増幅サイ・アンプリファイ】の応用は荷が重いだろう」
 言いつつイアソンは熟考し、

「だが対となる超能力者サイキック超能力サイオンをこめた媒体があれば不可能では……くっ!」
 答えた途端、【念力盾サイオニック・シールド】が再び砕ける。
 今度は突撃の余波を防げ切れずに吹き飛ばされたイアソン。
 彼をかばうように割って入りながら舞奈は拳銃ジェリコ941を両手で構える。

「内緒話は終わったかい!?」
「ああ! ちょうど今、話がまとまったところだ!」
 笑いながらラッシュを繰り出すファイヤーボール。
 同じ表情を浮かべて突撃をすべて避けながら舞奈も答える。

 奴とイエティが互いの超能力サイオンを高め合っているなら、媒体はスラッシュクローだ。
 ファイヤーボールの必殺の武器は、普段はイエティの氷の中にあるらしい。
 だから――

「――苦戦してるようだな」
『そっちこそ』
 舞奈は胸元の通信機に叫ぶ。
 気がそれたと思ったか真正面から跳びこんでくる火の玉を跳んで避けつつ、

「考えがある。そっちとこっちで同時に打撃を叩きこめるか?」
『……オーケー。30秒後に仕掛けるわ』
「そうこなくっちゃ!」
 提案に対する明日香の返事は……判断は一瞬だった。

「話は通した。行くぜ!」
「心得た!」
 舞奈の言葉に、【転移能力テレポーテーション】で体勢を立て直したイアソンは笑う。

 そして2人は同時に動く。

「今度は全力で行くぞ!」
 ミスター・イアソンが猛スピードで食らいつく。

「何度やっても……ちょっ!?」
 ファイヤーボールの口元が驚愕に歪む。
 全力の【加速能力アクセラレート】による瞬間的な超高速によってなら、ミスター・イアソンは僅かな間だけファイヤーボールの速度に対抗することも可能。
 彼の多彩な超能力サイオンは紛うことない本物だ。

 しかも何処からともなくギターの音色。
 向こうにいるプリヤだろう。
 おそらく使っているのは【魔力倍増ダブル・ダブル】。
 あちらはあちらでイエティに総攻撃を加える仲間をサポートしているのだ。
 ロックンロールを力とする悪魔術は補助魔法オルターレーションを容易に広範囲に行使できる。
 それによりイアソンの【加速能力アクセラレート】も強化されている。

 ファイヤーボールの軌道が少しばかり弱気にずれる。
 屈強な極彩色のマッチョに十八番を奪われて焦っているのだ。

 だが、それだけじゃない。

「シモン君!」
「わかってる!」
 ヒーローの叫びと同時に、拳銃ジェリコ941の内側から風。
 銃弾にイアソンの【念力撃サイオニック・ブラスト】がこめられたのだ。

「あんたたち何を……ってまさか!」
「たぶん、あんたが思った通りだ」
 口元に笑みを浮かべつつ、舞奈はファイヤーボールを狙い撃つ。
 もちろん銃口が定める先はスラッシュクロー。
 迫るイアソンに対処するのに必死な彼女の左腕に当てる程度は造作ない。
 だから次の瞬間――

「――しまった!?」
 ファイヤーボールの左腕が爆発。

 ミスター・イアソンはパワフルだが速度は人並。
 対して舞奈は確実に避けて当てるが、所詮、得物は拳銃だ。
 だが、それは舞奈が超能力サイオンによるサポートを受けなければの話だ。

 大口径弾45ACPの弾頭にこめられ圧縮された強大な超能力サイオン
 斥力場ともエネルギーとも異なる、だが急速に破裂し空気を押しのける何か。
 爆発そのものが微かな意思と感情を放つ、なりかけの魔法のような現象。
 いわば物理現象と霊障の中間点。
 超能力サイオンで生み出した【念動力サイコキネシス】のパワーを収束させ叩きつける必殺の攻撃手段。

 ファイヤーボールとイエティの間に余人の知らない絆があるのと同じ。
 舞奈とミスター・イアソンも、組むのはこれが初めてじゃない。
 彼の最大の攻撃魔法エヴォケーションを銃弾に込めるやり方だって、使うのは2度目だ。

 だからファイヤーボールの左腕から、ひしゃげた小手がはじけ飛ぶ。
 スラッシュクローを失ったヴィランは左手を押さえながらよろよろと立ち止まる。
 ずいぶん痛かったようだが、手そのものは無事な様子にほっとする。
 だが戦う力は残されていない。
 衝撃に耐えた反動で【加速能力アクセラレート】が消え、身体に宿る魔力も枯渇したのだろう。

 そして、それは彼女と共に自身を高め合っていたパートナーも同じだったらしい。
 少し離れた場所で、氷の巨人が崩れ落ちた。

「負けたよ。煮るなり焼くなり好きにしな」
 諦めた口調で両手を掲げるファイヤーボールに、

「君の降伏を認めよう。変身を解除したまえ。超能力サイオンも残り少ないはずだ」
 少し息を切らせながらも、いい年をした気高い坊ちゃんヒーローは紳士的に答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します

バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。 しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。 しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生ーーーしかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく・・? 少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。 (後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。 文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。 また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

処理中です...