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第18章 黄金色の聖槍

ヴィラン強襲2-2 ~戦闘魔術&ルーン魔術vsウアブ魔術

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「……なるほど見事だ。只の小娘とデクノボウの集団ではないようだな」
 デスリーパーの骸骨の口元が不気味な笑みの形に歪む。
 虚ろな眼窩の奥が、妖しく光る。

「なれば余が直々に相手をして進ぜよう」
「ジェイク! イワン! 下がりなさい! 姉さまも!」
「了解しました!」
「わかったんだナ!」
「レナ、後はまかせましたわよ!」
「無論よ姉さま!」
 骸骨が動くと同時に、レナの素早い指示。
 敵と味方の力量の差を見極める力はちょっとしたものだ。
 だから皆も躊躇なく彼女に従う。代わりに、

「サポートします」
「頼むわ!」
 今度は明日香がレナの側に立つ。
 レナと明日香。
 2人の魔術師ウィザードの口元には互いを意識した不敵な笑み。

 明日香が修めた戦闘魔術カンプフ・マギー
 それは大戦中に開発された比較的新しい、そして珍しい魔術の流派だ。
 その前身は仏術と、そしてレナが修めたルーン魔術。
 だから次の瞬間――

「――魔弾ウルズ
野牛ウルズ!」
 同時に魔術語ガルドル
 明日香は真言の代わりに左手で結んでいた帝釈天インドラの印をかざしながら。
 レナはルーンが彫られた金属片を手に。

 直後に閃光。轟音。
 明日香のかざした掌から目もくらむようなプラズマの砲弾が放たれる。
 レナの手からも同じくらい眩く輝く粒子ビームが発射される。

 即ち戦闘魔術カンプフ・マギー雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。
 ルーン魔術【雷弾ブリッツ・シュラーク】。
 それぞれの流派が誇る、基本故に強力な攻撃魔法エヴォケーション

 だが次の瞬間、デスリーパーの眼窩が光る。
 途端、死神の目前に、主を守るようにいびつな盾があらわれる。詠唱はなし。
 出現したのは白くねじれた骨を組み合わせたオブジェのような防盾。
 即ち【骨の盾サー・クス】。

 爆音。
 閃光。
 いびつな骨の盾に防護され、雷球とビームはオゾンの残り香を残して消える。

 ウアブ魔術/呪術において、脂虫等の屍肉を扱う術の象徴は再生の神オシリス。
 だが骨の術はアヌビス神――土星に宿る死の神の名の元に行使される。
 熟達したウアブ魔術師が創造した骨盾は、単なるカルシウムの塊ではない。
 主である魔術師ウィザードを強固に守る。

 それでも駄目押しとばかりに後ろに控えたルーシアが謡う。
 途端、プラズマとビームの残滓から、小さな稲妻と光線が無数に放たれる。
 即ち【こだまする呪雷エコエン・ガンディル・トゥーデン】。
 光源から無数の稲妻やビームを放つ、【とどろきわたる呪弾ブローレン・ガンド・クーレ】の上位版。
 2人の魔術師ウィザードが生み出した強烈な攻撃魔法エヴォケーションがあったればこそ可能な超攻撃。

 だが光輝と稲妻の雨すら、死神を守るいびつな骨に阻まれ空しく消える。
 かろうじて骨の盾をかいくぐった数条も、デスリーパーの周囲に不自然に吹き荒れた血の色の砂塵に吸いこまれて無に帰す。
 即ち【砂塵の盾サー・チャウ・シャイ】。
 鉄砂を生み出し、砂塵と化してまとうことにより身を守る防御魔法アブジュレーション
 以前に楓と紅葉が用いた【砂嵐の守護メケト・ジュア・シャイ】の簡易版でもある。
 そんな砂塵の盾を、デスリーパーは骨の盾の補助として使った。
 明日香が氷の壁と稲妻の壁でするような二重の防護。
 それは奴が魔法戦闘に習熟している証拠だ。
 そんな熟練の魔術師ウィザードは、

「実に見事な雷撃だ。スカイフォールの姫よ、そして黒髪の女魔術師よ」
 骸骨の口元を笑みの形に歪める。
 反撃とばかりに、痩せ細った掌を2人に向かってかざす。

「なれば我からの返礼はこれだ。アヌビスの聖名において――」
 虚ろな眼窩が光り、虚空に骨の刃があらわれる。
 いびつな巨獣の肋骨のように鋭くとがった巨大な骨の刃。

「――我が敵を打ち据えよ!」
 死神の命で、白い巨刃は鋭い風切り音をたてて回転しながら2人めがけて飛来する。

「――防御《アルギズ》」
「大鹿《アルギズ》!」
 2人は敵と同じように瞬時に展開した氷の盾で受け止める。
 明日香の前には戦闘魔術カンプフ・マギー氷盾アイゼス・シュルツェン】が4枚。
 レナの前にも同じ数の【氷突盾《アイゼス・シュティッヒシルト》】。
 小さいが強固な8つの氷盾に阻まれ、骨の刃は乾いた音をたてて砕ける。だが、

「では、これはどうかな?」
 デスリーパーは続けざまに頭蓋骨を3つ、虚空に生み出す。
 術者自身と同じく虚ろな眼窩で一行をぬめつける、巨大な不気味な頭蓋骨。
 それが次なる命令によって放たれる。

「ひっ!?」
「怯えてはなりませんイワン。レナならば平気です」
 迫り来る骸骨に、2人の背後でイアンが怖れおののく。
 だがルーシアや他の騎士たちも手出しできないという意味では同じだ。
 何故なら彼らは攻撃魔法エヴォケーションを防ぐ手立てを持っていない。
 イワンの【不屈の鎧コージャ・プローチヌィ】も熟練の魔術師ウィザードが繰り出す砲撃の前には無力。
 ルーシアも防御魔法アブジュレーションは使えるものの、やはり魔術師ウィザードが相手では分が悪い。
 だから2人の背後で言葉もなく、目を見開いて魔術師ウィザード同士の戦闘を見守るしかない。

 そんな骸骨の砲弾をも、レナと明日香は氷の盾を操って防御する。

「ウアブ魔術の【骨の巨刃デムト・クス・シェム】【骨の巨槌アハ・クス・シェム】です」
 明日香が敵の魔術を見抜く。
 側でレナが頷く。

「高等魔術の【骨の魔槍ボーン・スピア】ないし【骨の霊ボーン・スピリット】に相当します」
 普段通りにうんちくを語りながら、明日香は油断なく身構える。

 敵が行使したのは【高度な生命操作】を用いた攻撃魔法エヴォケーション
 ウアブ魔術の中でも珍しい部類に入る。
 岩や水、大気を生み出す【エレメントの創造】による攻撃とは違う。
 あるいは【魔神の裁きヘディ・アムムト】のような【魔神の創造】の応用とも異なる。
 それは敵が【高度な生命操作】技術に並ならぬ習熟をしていることを意味する。
 明日香が敵の手札を分析する間に、

駿馬エフワズ!」
 魔術語ガルドルと共に、側のレナの姿が複数にぶれる。
 被弾を肩代わりする分身を生み出すことで身を守る【鏡像分身シュピーゲル・ビルト】。

 だが明日香は同種の魔術を使えない。
 戦闘魔術カンプフ・マギーが開発された第二次世界大戦は、機関銃が登場した戦争でもある。
 無数の銃弾を吐き出す非魔法の銃器の前に、数回の攻撃を防ぐと消えてしまう虚像による防護は無意味だと習得の過程から除外された。
 その代わりに開発されたのが【反応的移動レアクティブ・ベヴェーグング】。
 戦闘魔術師カンプフ・マギーアは分身するのではなく被弾に応じて安全圏まで転移する。
 だから明日香は施術の代わりに、虚ろな眼窩をこちらに向ける骸骨を警戒する。

 デスリーパーは接敵後、初手から映画で使わなかった手札を繰り出してきた。
 魔術師ウィザードらしく強烈な攻撃魔法エヴォケーション
 こちらに敬意を表したつもりなのかもしれない。

 だが逆に、映画で使った手札を使わないと決めつけるのも早計だ。
 素早く敵に忍び寄って大鎌の一撃を喰らわせようとするウアブ魔術師を警戒する場合に、留意すべきは【影走りシュト・セケス】。その名の通り影と化して移動する。
 高等魔術の【影移動シャドウ・ムーブ】に相当する非実体化による短距離移動の魔術だ。
 短距離転移と違って空間の抜け道を作る訳じゃないので、斥力場によって抜け道を歪めて弾き返すことはできない。
 だが逆に移動を目で追うことができるので、魔法消去で対処は可能。
 影と化している間は抵抗も困難。
 しかも消去が成功すれば現実の身体に戻して吹き飛ばすことができる。
 あわよくば【変身術ケペル・ジェス・ケトゥ】を無理やりに解除して戦闘不能にできるかもしれない。

 なので相手が影へと転ずるタイミングを警戒する明日香に、

「――戦闘魔術カンプフ・マギーと言ったか。第三帝国の魔術」
 デスリーパーは虚ろな眼窩を向ける。

「成る程、其方が例の子供か」
 底知れぬ暗闇の奥に、奴の秘めたる意思の光を垣間見た気がした。
 だから明日香も下フレームの眼鏡の奥の双眸を細め、真正面から骸骨を見やる。
 そんな黒髪の魔術師ウィザードに目をやりながら、

「滅びた街を死の戒めより解放した2人の子供。その片割れたる東洋の若き女魔術師は成る程、この場にいる誰よりも『生きている』」
 死神は骸骨の口元を歪めて嗤う。
 その言葉に、明日香は骸骨の虚ろな眼窩を睨みつける。
 背後でルーシア王女が息を飲む気配。

 奴が言っているのは件の禍川支部奪還作戦のことだ。
 Wウィルスによって滅びた街で、明日香は攻撃部隊の一員として戦った。
 激戦の中で仲間はひとり、またひとりと倒れていった。
 最後に残った舞奈と明日香が、敵の親玉である殴山一子を討った。

 死の街となったそこに留学してたルーシアは辛くも逃げのびた。
 だが彼女を逃がすために戦った月輪尊師、【禍川総会】の異能力者たちは明日香と舞奈が駆けつけた時には息絶えていた。

 そして奇しくもウアブ魔術は死と生命を司る魔術。
 もし、目の前のヴィランが例の事件に関わっていたのだとしたら――

 ――思った瞬間、骨の雨。

 先ほどの巨大な頭蓋骨【骨の巨槌アハ・クス・シェム】が無数にあらわれ、雨の如く降り注ぐ。
 即ち【巨骨の群槌メシャ・アハ・クス・シェム】。
 巨大なだけでなく岩石に匹敵する硬度と重量を付与された骸骨の雨。
 無数の骸骨が迫る恐怖と、実質的な生命の危険を同時にもたらす死の乱舞。

 背後でイワンが恐怖のあまりうずくまる。
 ルーシアや他の騎士たちも思わず怯む。だが、

「ほう、素早いな」
 中空から数多の骨を放ちながら、デスリーパーの口元に浮かぶのは感嘆。

 何故ならレナの目前には分厚い氷の壁が築かれていた。
 即ち【氷壁ヴァント・デス・アイゼス
 次いで氷の壁の外側に、明日香の【氷壁・弐式アイゼスヴァント・ツヴァイ】が起立する。
 2人の魔術師ウィザードが2枚重ねた強固な氷壁は、骸骨の雨すら受け止める。それでも、

「くっ! なんて量!」
 敵の凄まじい火力にレナが露骨に驚愕する。
 側の明日香も表情にこそ出さないまでも敵の火力に舌を巻いたのは事実。

 明日香が知るウアブ魔術師の桂木楓は、妹でもあるウアブ呪術師の紅葉と協力することで大規模魔術攻撃【地の刃の氾濫ヌィ・デムト・ター】を実現せしめた。
 だが究極的には、魔術師ウィザードは単体で飽和攻撃が可能だ。
 何故なら魔術師ウィザードは己が意思を用いて魔力を創造し、軌跡と成す。
 だから理論上、扱うことのできる魔力は無限。
 呪術師ウォーロックのように周囲の環境、妖術師ソーサラーのように身体的な制限は存在しない。

 だが魔力の源は意思の力だ。
 これほどまでの魔力を創造し得る彼の心中を、年若い明日香は想像すらできない。
 齢を経た魔術師ウィザードは歳月とそれにより得た記憶を意思の力と成すのだろうか?
 あるいは長い月日の中で、彼はそれほどまでの経験を繰り返したのだろうか?
 例えば、あの日、明日香や仲間たちの身に起きたような出来事を、何度も――

 ――一瞬の物思いから醒めた刹那、氷の壁を鋭い刃が貫通する。

 骨ではない。
 大鎌の先から飛んだ【隕鉄の巨刃デムト・セヴァ・シェム】。
 金属の刃を生み出し放つウアブ魔術師だ。
 それを敵は、施術もなしに発射した。
 熟練の技により施術を簡略化したのとも少し違う。

 そんな不意打ちのように放たれた刃が、明日香が設置した外側の氷壁を貫いた。
 だが辛くもレナの内壁に阻まれて消える。
 それでも内壁に残る深い裂け目。

 明日香はとっさに張り巡らせた【雷壁ヴァント・デス・ブリッツ】の稲妻のドームを解除する。
 そうして「大自在天よ」と唱えて自身の氷壁の裂け目をふさぐ。

 ルーシアも短く謳い、レナの壁についた傷を修復する。
 即ち【冷ややかなる守護者カルド・バスキューター】。
 本来は冷気を操って壁にして防御するセイズ呪術だ。
 そんな様子を横目に、刃が飛んで遺された大鎌の柄を見やって合点がいった。

 柄の先端にはジャッカルの頭部を模した装飾。
 二股にわかれた石突。
 奴の大鎌の正体は、古代エジプトのウアス杖だった。

 デスリーパーは短い施術で杖の先に新たな刃を形作る。
 やはり大鎌の形はフェイク。
 実際は魔力を増幅させるウアス杖だったのだ。
 そこに、いつでも放てる状態に施術した【隕鉄の巨刃デムト・セヴァ・シェム】をセットしているのだ。

 影と化して相手に忍び寄るまでもない。
 気をゆるめれば、死神の鎌は距離とは無関係にこちらの命を刈り取る。
 そう思った次の瞬間――

「――!」
 デスリーパーは手にした大鎌の石突を背後に突く。
 その先で、ゴードンたちと同じ制服を着た貧相な男があらわれ、崩れ落ちる。

「チャーリー!?」
 レナの悲鳴。

 用を足していた騎士だ。
 彼自身の超能力サイオン透明化能力インビジブル】で透明化して敵の背後から襲いかかったのだ。
 だが奇襲は敵に見抜かれていた。
 攻撃魔法エヴォケーションが吹き荒れる魔法戦闘の最中、敵は透明化の微弱な魔力を感知したらしい。

「……伏兵か」
 骸骨の眼窩が見下ろす先で、みぞおちを強打された男がくの字になってうめく。

 デスリーパー。見た目によらず接近戦の訓練でもしているのだろうか?
 否、奴は魔術で身体を改造している。
 自身の身体を【変身術ケペル・ジェス・ケトゥ】で作り替える際に、効率的に動けるよう筋肉を計算された肉体を用意している。反射神経にも手を加えているようだ。
 医学の心得でもあるのだろうか?
 あるいはウアブ魔術を極めようとすると、必然的に手を出す領域なのだろうか?

 しかも相手の背後を取ったと完全に油断した、あまつさえ透明化以外に何ら防護の手段のない相手を、あえて傷つけず無力化する判断。
 ヴィランという肩書や容姿とのギャップに訝しむ明日香の前で、

「情けをかけた訳ではない。オーディンの御業の継承者たるルーン魔術師、フレイアの巫女たるセイズ呪術師に塩を送る気はないというだけのこと」
 しわがれた声で語りながら、デスリーパーは2人の王女を順繰りに見やって嗤う。

 側のレナが唇をかみしめる。
 ルーシアも。
 奴が言っているのはルーン魔術の大魔法インヴォケーション勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】のことだ。
 この術は術者やその同行者と強い絆で結ばれた故人を無敵の式神として召喚する。
 ただし対象は異能力者でなくてはならない。

 そしてデスリーパーは、年若い王女たちは勇者を召喚できないと考えているらしい。
 だが騎士団の誰かが犠牲になれば手札が増える。
 塩を送るとは、そういう意味だ。

 複数の術を操る術者は対象外なのでゴードンはぎりぎりアウトなのかも知れない。
 だが逆に故人が術者なら、ルーシアがセイズ呪術【皮かぶりベルセルク】で力を借りられる。
 こちらはサチの【神降しかみおろし】のように、使用者に英雄や高位の術者を憑依させる術だ。

 そしてルーシアは四国での惨劇で大勢の仲間を失っている。
 実は彼女がいれば【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】は無敵の軍勢を呼び出す秘術と化す。
 加えて理論上は【皮かぶりベルセルク】で月輪の力を借りることすらできる。
 その事実が、レナもルーシアも気に入らないようだ。

 対して明日香は見抜いた。
 幸か不幸か、デスリーパーは禍川支部の惨劇を引き起こした張本人ではない。
 あの無慈悲な戦場を、奴が望んだようには明日香は思えない。
 目前の死神は、うそぶきながらも無用の殺りくを回避した。
 奴は魔術師ウィザードであって殺人者ではない。
 死神のもうひとつの映画との違いだ。

 だが2人の王女はそうは思わなかったようだ。

「問おう。偉大なるスカイフォールの若き王女たちよ、汝らは『生きている』か?」
 デスリーパーの虚ろな眼窩が2人の王女に向けられる。
 レナは怒りをあらわに睨み返す。
 ルーシアは怯える。怖がりイアンの恐れとは違う、内なる何かに威圧されて。
 そんな2人を見やって死神は嗤う。

「汝らはヴァルハラの戦友に、『生きている』と宣言することができるか?」
「――!!」
「わたしの頭ごしに! 姉さまを苛めるな! 野牛ウルズ!!」
 怒りにまかせて投げつけたレナの金属片が、粒子ビームと化して飛ぶ。
 だが死神は、骨の盾で難なくビームを受け止める。

「こうなったら!」
 レナが懐から新たに取り出した金属片に刻まれたルーンを見やり、

「お待ちを、殿下」
 明日香が冷徹に制止する。

大魔法インヴォケーションは早計です」
「なんでよ!? 今ここで奴を仕留めなきゃ!」
「施術の瞬間に結界を解除されたら周囲へ甚大な被害が及びます」
 激昂して叫ぶレナに、さらに冷徹に正論をぶつけ、

「そんなこと――」
「――やりますよ。冷徹で極悪非道なヴィランなら」
 少なくとも、それを予測して動かなくてはいけない。
 魔法の国の王女なら。
 そんな思惑を言外にこめる。

「加えて敵の位置的にチャーリーさんを巻きこみます」
「くっ……!」
 レナは拳を握りしめたまま動かない。

 実のところ大抵の人間は明日香に正論で詰め寄られるとキレる。
 そういうところで、実は明日香はあまり気が利かない。
 鷹乃や麗華が明日香を目の敵にするのも、そのあたりに原因がある。

 だがレナは正論を理解して堪えることができる。
 そういったところは地味に指導者の器ではある。

 だが明日香とレナが、2人がかりで奴に圧されている事実は変わらない。
 結界という地の利を奴が握っている以上、大技で片付けられないのは明日香も同じ。
 ベルトにまとめたドッグタグを相手に密着させて雷撃の雨を降らせるという手段もなくはないが、今は肝心の猫に首輪をかけられる人物がいない。
 加えて奴の存在で、レナやルーシアが精神的に不安定になっているのも事実だ。
 それらを総括し、打開策を講じようとした明日香の脳裏に――

(――私に名案があります!)
 ゴードンの強い思念。

(先ほどの明日香様の思念を、何らかの手段で奴に叩きつければ隙を作れるやも――)
(――いえ、そこまで酷い絵面を考えたつもりは)
(わかりました。そのアイデアでいきましょう!)
(……)
 狼狽える明日香を尻目に、力強いルーシアの思念が状況を決める。

 ルーシアも意地になっているのかもしれない。
 自身たちのの弱みを突いたデスリーパーに、自分たちの力で抗したいと。

 だが、それは悪い考え方ではない。
 十分な力量と周囲のサポートがあれば、有能だが未熟な魔道士メイジを熟達した術者へと導くことができる。たぶん桂木姉妹がそうだったように。だから、

「わかったわ! いくわよ姉さま!」
「はい!」
 レナとルーシアが同時に施術。
 途端、一行の上空におぞましい人面の獣があらわれた。

 いびつな胴。
 前後左右で長さの違う、ねじれた脚。
 極めつけは悪夢と狂気が具現化したような悪魔の顔。
 デッサンすら人の感覚を逆なでするように微妙に歪んだ狂獣の姿。

 対象の精神に介入するルーン魔術【錯乱フェアヴィルング】。
 周囲の光を操り幻影を形作るセイズ呪術【まぼろしイルシオン】。
 他流派の魔術に比べて幻術の手札に乏しいルーン魔術を、呪術でカバーしたのだ。

 しかもゴードンの【精神感応テレパシー】ではサイズ感が上手に伝わらなかったらしい。
 一行の守護神のように中空に投影されているおどろおどろしいオブジェは、魔獣マンティコアに近しいサイズの巨獣だ。

「むっ!? 面妖な」
(そこまで大げさな反応をするほどのものではないのでは!?)
 さしもののデスリーパーも、滑るように後ずさる。
 明日香は憮然と死神を見やる。

「如何なる捻じ曲がった精神が、斯様な混沌に満ちた畏怖たる獣を生み出したか」
「骸骨が何を……!!」
 デスリーパーは度肝を抜かれた様子でひとりごちる。
 たまらず反論しかけた明日香の前で、さらに――

「――そこまでですよ!」
「そうデス! 覚悟するデス!」
 2つの人影がすっくと立った。
 ひとつはサメを象ったマスクをかぶったグラマラスな女性。
 もうひとつはマントを羽織った小柄な少女。
 外界と閉ざされているはずの結界の中にあらわれたのは――

「――ほう、シャドウ・ザ・シャークにドクター・プリヤか」
 デスリーパーはしわがれた声で笑う。
 だが構えには先ほどまでの余裕がない。

「逃しませんよデスリーパー!」
「今のYouは、Meたちに勝てないデス!」
「然り。魔術師ウィザード3人、呪術師ウォーロック2人の相手は老体にはちと荷が重いな」
 ヒーローの勝気な台詞に、老齢のヴィランはあっさりと頷く。
 状況の判断はできるらしい。

 そうしながら死神の眼窩が妖しく輝く。
 ボロボロのローブの袖からのびる骸骨の指で虚空を指差し――

「――これにて失礼させて頂こう。Please,Merlin!」
 消えた。
 反応する間もなかった。

 明日香は口元を歪める。
 ウアブ魔術師に長距離転移の手札はないはずだ。
 そう考えていたから奴の逃走に反応できなかった。

 そして明日香は舞奈とは違って放出される魔力の癖で気づいた。
 今しがた奴が使った魔道具アーティファクト
 それは以前にクラフターが使っていたものと同じ【智慧の大門マス・アーケインゲート】の指輪だ。

「Oops! horrified big daemon!」
「本当に禍々しくて恐ろしげですね。そりゃあデスリーパーも逃げますよ」
「うるさいですね」
 ヴィランと大差ないレオタードと、サメ女ヒーローが宙を見上げて驚く。
 側の明日香が口をへの字に曲げる前で狂獣は消える。
 2人の王女が術を解除したらしい。

 そして結界も解除された人気のない通りで、先ほどまで死神がいた場所を見やる。
 明日香も小型拳銃モーゼル HScを仕舞い、クロークも【工廠アルゼナル】を使って収納する。
 そうしながら――

「――本当にヴィランがわたしたちを狙ってきたわね」
 レナは口元を歪めてひとりごちる。そして、

「明日香様」
 ルーシアの声に明日香は振り返り――

「――先ほどの明日香様のお話、受けさせていただきます」
 続く言葉にうなずいた。

 同じ頃。
 首都圏某所の有名私立中学のとあるクラスで、

「例の街で、また面白そうなことが始まるみたいね」
「はい。わたしも主から天啓を受けましたわ」
 ブレザーの制服を着た長髪のアホっぽい少女の言葉に、同じ制服姿で短髪のちょっとアホっぽい少女がにこやかに答える。

「では、今度もまた予告状を?」
「でも何を盗んだらいいんだろう? 誰も悪いことしてないしなー」
「それもそうですわね」
 2人のアホは眉にシワを寄せて考えて――

「――hahaha! それなら僕にいい考えがあるよ」
 側にいた、ラフな格好をした小太りな中年男が答えた。
 少年のような瞳をしたアメリカ系の白人だ。

 都内の中学校の教室に、場違いな中年のアメリカ人。

 だが誰も訝しむ者はいない。
 なぜなら千の名と姿を持つ彼の姿は他の生徒には見えない。
 まるで童話のピーター・パンのように、彼と同じ子供のような瞳をした少年少女にしか彼の姿は見えない。そんな小太りは、

「今回の件、僕にまかせてくれないか?」
 2人の少女に向かってそう言って、笑った。
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