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第17章 GAMING GIRL

攻勢 ~銃技&戦闘魔術vs脂虫

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 結界に覆われた禍川支部ビル。
 その周囲には無数の屍虫、脂虫がひしめいている。
 舞奈たちが逃げこんだ直後、喫煙者どもが集まって来て包囲の輪に加わったのだ。

 そんな中、ビルを守る結界が不意に消えた。

 喫煙者どもはカギ爪を振り上げ、支部ビルめがけて殺到する。
 醜い女の姿の脂虫が、表の掲示板に貼られていた環境省のポスターを引きはがす。
 可愛らしいアニメ調の少女が描かれたポスターを、奇声をあげつつ踏みにじる。

 直後、側の壁をぶち破って半装軌車デマーグが跳び出してきた。
 無限軌道キャタピラが醜悪なヤニ女を踏みつぶす。
 半装軌車デマーグが去った後には、生前と同じくらい汚らしい色の汚泥が残る。

――そよ風にのってタンポポの綿毛が
――あの日を運んでくるよ

「なんで資材が、受付なんかに置いてあるのよ!」
「表に置いたっつったろ!? 出れたんだからいいじゃねぇか別に!」
「車庫は別にあるって意味よ!」
「んなもん知るか! あたしは車じゃねぇ!」
 荷台にはキレ気味な軽口を交わし合う明日香と舞奈。

 積みこんだ得物や弾薬に半ば埋まった2人の口元には軽薄な笑み。
 だが瞳に宿るは飢えた野獣の如く剣呑な光。
 明日香の下フレームの眼鏡が、怪異を挑発するようにギラリと光る。

 明日香はニュットから借り受けたルーンを使って最期の召喚を行使していた。
 半装軌車デマーグを召喚できるのは1回きり。だがフルスピードでかっ飛ばせば、顕現していられるギリギリの時間で目的の場所までたどり着ける算段だ。
 ちなみに銃や資材を運びなおす暇もなかったので受付の待合室で召喚した。
 受付には車用の出口がないので壁をぶち破って出てきたのだ。

 そんな移動用の式神の、運転席には運転手役の影法師。
 側にはノートパソコン。
 画面に映っているのは2ヵ所に大きくマーキングされた付近の地図。
 1ヵ所は今しがた跳び出してきた禍川支部ビル。
 もう1ヵ所は死酷人糞舎――四国の一角を覆う怪異の結界の中心地点。

 そんなパソコンからのびるコードは、側に設置されたスピーカーに繋がっている。
 大音響で流されるのは、双葉あずさの『GOOD NIGHT』。
 ポップだが何処か哀愁漂うイントロが、硝煙とヤニ臭い体液が臭う戦場に響く。

 実は死酷人糞舎の位置は出向前にテックが送ってくれたデータの中にあった。
 だから先ほど舞奈はテックに、双葉あずさの曲のデータを送ってもらったのだ。
 すべての元凶である殴山一子の元へと向かう短い旅路に、スプラやピアース、皆が聞きたいと言っていたあずさの曲が流れていると楽しいと思ったからだ。

 眼鏡君の格好いいアドレス名のパソコンには、あずさの曲があらかた入っていた。
 だからテックが新たに送ってくれたのは比較的マイナーなナンバーだ。
 今回の『GOOD NIGHT』もそのひとつ。
 マイナーだけあって初耳の曲だが、タイトルが気に入ったので最初にかけた。

――夏の日差しに、追われて、春が終わるころ
――青い空の下、君がいた
――学校も塾もぜんぶ放り出して、野ウサギのように野を駆けた

「――栄誉サガズ
 魔術語ガルドルと共に明日香が投げたヤンキーの首が、火球と化して飛翔する。
 火球は遠ざかる支部ビルの手前に落ちる。
 落ちた火球は爆ぜるように燃え広がり、灼熱のとばりになってビルを覆う。

 近接攻撃に対して炎で反撃する壁を創造する【火壁・弐式フォイヤーヴァント・ツヴァイ】の魔術。
 しかも大頭で大魔法インヴォケーションと化した業火の壁だ。
 燃え盛る炎は、消えた結界に変わって近づく怪異どもを飲みこみ、焼き払う。
 まるで施設の中で眠る【禍川総会】の元ヤンキーたちの魂が地獄の炎になって、群れ成す敵を次々にふんづかまえてヤキを入れているように。

 強固な結界の礎となっていた大頭を、明日香はすべて回収した。
 魔術師ウィザードにとって魔力は力だ。
 強大な魔力を秘める大頭は敵を殲滅する役に立つ。
 それに一命を賭して魔力の塊と化した彼らも、そろそろ貝のように閉じこもるのに飽きただろうと思った。そのほうがヤンキーらしい。

 そんな大頭のひとつを、ここで使うことは予め2人で決めてあった。
 大頭を回収すると、当然ながら結界は消える。
 代わりに英霊たちが眠る場所を守る何かを、遺していきたいと思った。
 そんな舞奈は、

「テックの奴、ゲームの度にこんなの抱えて撃ってやがるのか? 腰いわすぞ!」
 銃弾の嵐で怪異を蹴散らしながら軽薄に愚痴る。

 小さなツインテールをなびかせた少女の右手にはアサルトライフルガリルARM
 左手には軽機関銃ネゲヴ
 荷台の前端に並べたベンチの上に二脚バイポットを載せて撃っているのだ。
 2丁の長物が吐き出す弾丸の嵐で、蹴散らすというより木端微塵に砕いている。

 どちらも禍川支部で見つけたベリアルの遺産だ。
 側には他にも何種類かの長物と、有り余る弾薬がケースやベルトで転がっている。

――オレンジ色の空に急かされて
――小さく手を振りながら
――夕日に長くのびる君の影、見えなくなるまで見てた

 ゲームの中のテックと同じ得物で怪異どもを蹴散らしたら、ピアースが何処かで見ていて喜んでくれるだろうか?
 その是非はともかく、実質的な攻撃手段としての有用性は多分に議論の余地がある。
 そんなことを考えながら苦笑する舞奈に、

「ゲームの銃に重量はないわ」
 明日香は左右の屍虫どもめがけて短機関銃MP40を掃射しながらツッコむ。

「持ってる雰囲気が味わえる程度に設定された手ごたえと重さは体感できるけど、重いものは実物より軽めに設定されてるのよ」
「要は玩具の銃ってことか」
「ええ。使わないときは術者が使う倉庫みたいなインベントリに格納できるし、弾丸は拳銃も長物も関係なくすべての銃で共有できて、しかもドロップするんですって」
「ドロップってなんだ?」
「倒した敵の残骸を漁ると弾倉マガジンが出てくるそうよ」
「ははっ、そいつは面白そうだ」
「そりゃ面白いわよ。ゲームだもの」
 明日香は軽口めかしてうんちくを語る。
 舞奈も笑う。

 そんな知識を明日香はどこで仕入れたのだろうか?
 テックからだろうか?
 あるいは昨日、ピアースから聞いたのだろうか?

 楽しげなゲームの話をしながら明日香も短機関銃MP40をぶっぱなす。
 そんな彼女の口元にもサメのような笑み。
 半装軌車デマーグの前方で、左右で喫煙者どもが木端微塵に砕かれて後ろに流れていく。

 前で撃たれた奴が1匹くらいボンネットに乗り上げてこれば楽しいのにと思った。
 だがアサルトライフルガリルARM軽機関銃ネゲヴの掃射を浴びた屍虫も脂虫もバラバラだ。
 スプラみたいに面白おかしくはいかない。

――泥んこに汚れた服に靴
――ママに叱られながら
――うわの空で夜空を見上げながら、君のすがた探してた

「なによりゲームはやり直しが自由よ。負けそうだったり、展開が気に入らなければマップの最初から再チャレンジできるの。クリアすれば全員がその場に復帰するし、全滅してもスタート時点に戻るだけで死なないわ」
「死なないゲーム、か……」
 アサルトライフルガリルARM弾倉マガジンを交換しつつ、明日香のうんちくに苦笑する。
 掃射が止んだ隙に半装軌車デマーグの前に集まってきた屍虫どもを、明日香が放った雷撃の雨が消し炭にする。もう御馴染みの【雷嵐ブリッツ・シュトルム】。

 ゲームだったら、良かった。
 そうピアースが言っていた。
 舞奈もそんな世界が本当にあるのなら魅力的だと思う。

 気に入らなければやりなおせると言うのなら、怪異の結界に入ってからのすべてをやり直してみるのも悪くない。

 最初から奴らの注意を引かないようにすればよかった。
 いっそ明日香が運転して、車そのものに認識阻害をかければ良かったかもしれない。
 未成年の明日香に運転免許はないが、たぶん軍用車両を動かす訓練を受けている。なぜなら大抵の式神の技量は、術者がイメージ可能なレベルを大幅に上回ることはない。

 あるいはホームセンターなんかに寄らずに車を乗り潰せば良かったか。

 下水道も使わないほうが良かっただろう。
 そうすればトルソや切丸と別れずに済んだし、スプラも逝かずに済んだ。
 スーパーマーケットで面子が7人いれば、バーンが犠牲になることもなく乗れる車を見つけられたのかもしれない。

 最初から半装軌車デマーグを乗り継いでも良かった。
 そして最後はギャグ漫画のオチみたいに、皆でピアースの家まで走るのだ。

 何度でもやり直しができるなら、誰も犠牲にならない道筋を探ることだってできる。
 そもそも撃たれても、爆発に巻きこまれてもスタート地点とやらに戻るだけで死んだりはしないのだ。あるいは舞奈がゲームを最後までクリアすれば生き返る。
 ピアースも、トルソも、バーンもスプラも切丸も。
 あるいは【グングニル】の面子も。
 それなら陽介も、桂木姉妹の弟である瑞葉も、【雷徒人愚】の面々も。それに……

「ボスを倒してマップをクリアすると、空に『CONGRATULATIONS』って祝福のメッセージが表示されるんですって。それからマップ内で倒れた仲間が何処からともなくあらわれるそうよ。クリア報酬の分配のためらしいけど」
「……そいつは楽しそうだ」
 明日香のうんちくに、舞奈は口元に笑みを浮かべてみせる。
 目前に雲霞のようにあらわれる敵を蹴散らしながら。

 この先で舞奈がゲームをクリアしたら、もう会えないはずの仲間が待っている。
 ピアースもトルソもバーンもスプラも切丸も、【グングニル】も【雷徒人愚】も陽介も瑞葉くんもみんな。……美香と一樹も。
 そして舞奈は言うのだ。
 次のゲームではもっと上手くやろうぜ、と。
 すると皆は笑顔でうなずく。
 そうして次の冒険に出発するのだ。

 最高だ。
 そんな楽しいゲームはない。
 本当にそうだったらどれだけいいかと舞奈は思う。心の底から。

 けれど舞奈は最強なだけで、現実をゲームにすり替える伝手はない。

 だから人が死ぬ戦場ゲームで妥協するしかない。
 舞奈と側の明日香だけが無敵で、他の皆は次々に死んでゆく、つまらない最強ゲームで。

――ベッドの中で
――まどろみながら
――君の髪
――君の声
――何度も想い浮かべてた
――明日の朝、目覚めても忘れていないように

 遠くから巨大な何かが飛来する気配。

「……あんな風に飛んでくるんだなあ」
 空を見やると2つの影が、凄い勢いで近づいてくるところだった。
 その正体は2匹の巨大屍虫。

 奴らとはホームセンターと、下水道を出た場所で戦った。
 その巨体から繰り出される怪力と耐久力で一行を苦戦させた巨大屍虫。
 仕舞には大爆発し、一行は分断されスプラが犠牲となった。

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

「――魔弾ウルズ
 だが今回、側の明日香が新たな首を掲げて施術する。
 途端、モヒカン頭は魔力に還元される暇も惜しんでプラズマの砲弾と化して飛ぶ。
 大頭の魔力で大魔法インヴォケーションと化した【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】だ。

 まるで艦砲射撃の如く超巨大なプラズマの砲弾は続けざまに3発、放たれる。
 3つの光は遠く飛翔し、すべてが片側の巨大屍虫の影と重なる。
 途端、巨大な影が遠目でもわかるほど削れる。
 次の瞬間、木端微塵に砕けて消える。

 その間に無事な方の巨大屍虫の姿が、みるみる大きくなる。
 その巨大さが実感できる距離にまで落ちてきた敵めがけて明日香は次の首をかざす。
 
「――投与ギーボ
 茶髪の大頭が消えて光線が放たれ、低空まで迫った巨大屍虫のみぞおちを捉える。
 冷凍光線に射貫かれた巨大な怪異は、穿たれた中心から急速に凍る。
 凍結とそれによる細胞の破壊は一瞬で巨躯全体に広がる。
 凍りつくのではなく身体の芯まで氷の塊に変化させられる。
 即ち大魔法インヴォケーション化し、完全凍結の術と化した【冷波カルト・ヴェレ】。

 質量が変化したからか軌道を変えた巨大な氷像は半装軌車デマーグの目の前に落ちる。
 道路に叩きつけられた衝撃で粉微塵になって砕け散る。
 巨大屍虫の本体は瞬時に塵になって消えるが、凄まじい冷気による結露はそのまま。
 だから粉雪のような氷の破片を、タイヤと無限軌道キャタピラが踏みしめて進む。

 一行を苦戦させ、自爆によって甚大な被害をもたらした巨大な敵が接近すらできずに砕け散るさまを見やって舞奈は凄惨な笑みを浮かべる。明日香も同じ表情で笑う。

 敵は他のチームをあらかた片付け、リソースに余裕ができたのだろうか?
 あるいは2人の少女が自身の喉元に喰らいつこうとしているのに気づいたか?
 敵の質も量も、これまでの襲撃とは桁違い。
 まるで怪異のオンパレードだ。
 それでも戦力的には、巣黒支部で大量の銃火器と大頭を得た舞奈たちに分がある。

――拾い集めた宝物を捨てて
――泥のように深く眠ろう
――君のいた、あの日のその先に、出会えるように

 あるいは外から大量の資材を持ちこんで、こうやって圧倒的な火力で敵を圧倒し続けても良かったかもしれない。
 仕事を奪われた男どもに嫌な顔をされるだろうが、死なれるよりずっとマシだ。

「なあ明日香、向こうにやたら高いビルが見えるだろう?」
「……ああ、あれね。オーケー」
 舞奈の意図を察して明日香は素早く真言を紡ぐ。
 次いで魔術語ガルドル
 明日香が手にしたヤンキーの首が塵になって消える。
 同時に舞奈が手に取り構えたスナイパーライフルガラッツの内側から熱。

 舞奈は迷わず背の高いビルを照準器スコープに収める。
 ビルの一角で、舞奈と同じスコープが光る。
 舞奈は迷わず引鉄トリガーを引く。

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

 一瞬の後、肉眼でも見えるくらい派手にビルが爆発する。
 粉々になって砕けるガラスとコンクリートの破片。
 崩れ落ちる上層階。

 同時に飛来した大口径ライフル弾7.62×54ミリ弾が、側に浮かぶ【氷盾アイゼス・シュルツェン】をかすめる。
 だが死に際に焦って撃ったせいか狙いの雑な狙撃を無視して、

「イヤァァァッヘェイ!! あれ遠くから見るとキノコ雲が立つのか! 初めて見た」
「……悪かったわね」
 スナイパーライフルガラッツを下ろした舞奈は軽薄に叫んで笑う。
 明日香は割り切ったように口をへの字に曲げる。
 それでも2人ともが魔法の核爆発に、凄惨な光の宿った瞳を向ける。

 銃弾にこめられた核爆発の大魔法インヴォケーション滅光榴弾ヌクレアー・グラナーデ】を撃つのは3度目だ。
 1度目は蔓見雷人との決戦の際に。
 2度目はクイーン・ネメシスとの戦闘で。
 どちらも明日香のアドリブによって至近距離で発動し、短距離転移で回避した。

 そんな話をピアースや皆にしたら、驚いてくれただろうか?
 ゲームの中にも核攻撃の魔法はあるのだろうか?
 魔法の核爆発を、あの時に使えたら狙撃を止められただろうか?
 もし、あの時に狙撃手の存在に気づいていたら、彼を2人は救えただろうか?

――あの日、願ったような、大人になれなかったとしても
――君とした約束、守れたらいいな
――そうすれば、あの空は永遠になる

 遠くに気を取られている隙に、懲りずに左右から屍虫が跳びかかってきた。
 舞奈はピリリと痺れを感じた改造拳銃ジェリコ941改を抜いて撃ちまくる。

 銃口から撃ち出された小口径弾9ミリパラベラムには紫電が宿る。
 小さな攻撃魔法エヴォケーションのような電撃が屍虫の頭を粉砕き、胴を穿つ。
 傷口は高圧電流に焼かれて黒焦げだ。
 明日香の【衝弾ショッキエレンド・ムニツィオン】。
 異能力【雷霊武器サンダーサムライ】と同様に得物を帯電させる。

――どうよ! 俺ちゃんのスプラッシュアローは頼りになるだろう?

 放電しながら飛び散る屍虫どもの向こうに舞奈は何かを見ようとした。
 けど、そこには何もない。
 ただヤニと戦火に薄汚れた家屋と、うどん屋があるだけだ。

 そんな舞奈の反対側で、明日香が突き出した杖の先から炎がのびる。
 容赦なき【火炎放射フランメン・ヴェルファー】による地獄の業火が、屍虫どもをまとめて消し炭にする。
 火の粉を浴びただけでも引火し、火だるまになり周囲の同僚を巻きこんで炎上する。
 術者の憎悪と生格の悪さが疑似的なナパームを再現しているのだろう。
 あるいは怪異を精神的に害する少女の眼鏡が、術にも影響しているのだろうか?

――バァァァァニング!! 俺様の魔剣の力を見せてやるぜ!

 彼女も紅蓮の炎の向こうに何かを探しているが、見つからないようだ。

 ふと耳障りなエンジン音。
 背後を見やった舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 不細工な改造バイクにまたがった珍走団どもが追いかけてきた。
 タイヤをハの字に歪めたダサ車もいる。

 一行が結界に侵入して最初の出迎えは奴らだった。
 ダサ車の奴らが密造拳銃54式手槍を持っていた。
 そいつらにスプラの弓と舞奈の拳銃ジェリコ941、明日香の抑え気味な攻撃魔法エヴォケーションで対処した。

 男たちは舞奈と明日香の手管に驚愕していた。
 だが2人にとっては普通のことだ。
 そうでなければ生き残ってこれなかった。今までも。これからも。今回も。

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.
――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

 舞奈は肩紐スリングで肩に吊っていた短機関銃《マイクロガリル》を手に取り無造作に掃射。
 薄汚い色の特攻服を着こんだ脂虫どもの胴に風穴が開く。
 あるいは腕や頭が吹き飛び、ヤニ色の体液を振りまいてバイクから転げ落ちる。
 舞奈は笑う。
 怪異どもの残骸を、後続のバイクやダサ車が轢きながら迫り来る。

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

――形而的環境保全・衛生管理システム『マァトの天秤』起動

「銃が喋った!?」
 舞奈は驚きながら得物を見やる。

 正確には短機関銃《マイクロガリル》の銃身バレルの上側にあるレールに設置された金色の小箱。
 本来は照準器スコープを装着するためのレールに、楓から借りた魔道具アーティファクトがセットできたので着けておいたのだ。
 そいつが喋りながら、ワニの咢のように開く。
 幾重もの鋭い牙を再現するかのように、精緻かつ複雑に展開する。
 咢の最奥にはめこまれた大ぶりな瑠璃が輝く。

――執行対象を確認。モード・スィーパー。死鬼沸騰コープス・ボイリング
――慎重に照準を定めてトリガーを引いてください

 展開した小箱には、本体とは別に引鉄トリガーがついている。
 ワニの頭の後頭部と、顎の先だ。
 銃身の下に逆向きにセットしても使えるようにとの心遣いか。

 舞奈は言われるがまま、ワニの顎の先に設置された引鉄を引く。
 途端、顎の奥の瑠璃から青緑色の光線が放たれ、残る珍走団どもを射抜く。
 撃たれた脂虫どもの上半身が、水風船を膨らませるようにぶくぶくと膨張する。
 そして限界を超えて爆ぜる。
 ヤニ色をした臭い体液と肉片が周囲一面にぶちまけられる。

「ははっ! ゲームみたいだ!」
「というより楓さん、わたしたちの意図に気づいてたわね」
 舞奈は笑う。
 側で明日香が苦笑する。

 慎重に狙えと言いつつも、光線は狙いが少しくらい雑でも自動的に追尾する。
 ……否、露骨にホーミングし過ぎて後ろ向きに撃っても当たりそうだ。
 如何にも楓の作品らしい、脂虫を殺すための魔道具アーティファクトだ。
 だから舞奈は笑いながら何度も引鉄を引いて、脂虫どもを爆散させる。

 そのようにバイクを一方的に殲滅した後、後続のダサ車どもがハの字に曲がったタイヤで仲間の脂虫どもを轢き潰しながら、飛沫を踏みにじりながら続く。

――特定排除対象を確認。モード・シューター。断罪光パニッシャー・レイ
――熱力学処理を開始します。目標が完全に破壊されるまで照射を継続してください

 再びゲームめいたアナウンスとともに、ワニの顎がさらに展開する。
 より精緻に、大胆に、まるで咲き誇る花弁のように。

 舞奈が再び引鉄を引くと、花弁の中心から目もくらむような光が放たれる。
 圧倒的な輝き。凄まじい熱量。
 レーザーを照射されたダサ車が一瞬で焼き溶かされて爆ぜる。

 舞奈は獲物を横に振る。
 まばゆいレーザーは巨大な光の刃となって、群成すダサ車を焼き溶かす。
 熱したナイフでバターを切るように何の手ごたえもない。

――執行に必要なリソースが枯渇。トリガーを収納します

 声とともに花弁は折りたたまれ、小箱に戻る。

 だが、もう魔道具アーティファクトは必要ない。
 流石に敵も弾切れか、もはや周囲には屍虫も脂虫も数えるほどしかいない。

 それに目的地――死酷人糞舎が肉眼で見えるところまで近づいてきた。
 遠目にも見苦しい悪鬼のようなシルエット。
 人を象った人ならぬ怪異の悪意が形になったような歪な建築物。
 コンクリートでできた醜悪なオブジェ。

 人糞舎とは、人間に成りすました怪異どもが国内各所に建造した悪の施設だ。
 戦前から存在するらしい。
 その目的は人間社会の攪乱。
 報道を装った物理的な破壊活動で市民を害し、悪意ある誤情報で惑わし、かつては我が国が無謀な戦争へと突き進んだ遠因にもなった。

 そのうちひとつが、これから潰える。
 今までは怪異の存在を隠ぺいするため、市民への無用な不安を与えぬため見過ごされてきた人糞舎。そのひとつが暴走し、市民を残らず怪異と死体に変えてしまった。
 だから奴らは滅びる。
 舞奈が、明日香が奴らを殲滅する。その支配者である殴山一子を含めて。

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

 半装軌車デマーグは屍虫を轢きながら走る。
 巨大な鋼鉄が、喫煙者どもを轢き潰しながら走る。

「……トルソさん、大人だったな」
 ふと懐かしむように、堪えきれずに漏れ出すように、彼の名を口にする。
 2人だけの本当の決戦を前に、仲間たちの笑顔が自然に脳裏をよぎる。
 初めて会ったのは一昨日で、会えなくなったのは昨日なのに。

「ええ。バーンさんも術者に理解のあるいい人だった」
「スプラもな。ノリが良くて楽しい奴だった」
 2人の少女の口元には笑み。
 束の間、共に戦っただけのはずの仲間のことを語り合いながら。そして、

「ピアースも――」

――GOOD NIGHT.GOOD NIGHT.

 次の瞬間、周囲から無数のロケット弾69式が降り注いだ。
 避ける間もなく半装軌車デマーグに命中し、その周りにも降りそそいで爆発する。
 一瞬前まで荷台に舞奈と明日香を乗せて走っていた半装軌車デマーグが、くどいほどの爆発に包まれる。凄まじい爆風。灼熱。轟音。

 さらにビルの陰という陰から、議員に扮した背広姿の男女があらわれる。
 くわえ煙草の脂虫どもは、構えた密造ライフル97式自動歩槍を爆炎めがけて撃ちまくる。
 無数の小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾が、四方八方から炎の中めがけてぶちこまれる。
 そうやって鋼鉄の雨による恐ろしい処刑は終わった。

 くわえ煙草の議員どもは弾切れになった密造ライフル97式自動歩槍を下ろし――

――GOOD NIGHT.SEE YOU IN MY DREAMS……

 蜂の巣になった。
 射点は炎の中。

 爆炎を斬り裂いて放たれた無数の小口径ライフル弾5.56×45ミリ弾が、脂虫どもをボロ雑巾みたいにズタズタに撃ち抜き、引き千切り、薄汚い肉片に変えて吹き飛ばす。
 消えかけた炎を囲む背広の集団は一瞬で全滅した。

 瓦礫まみれの道路の片隅に崩れ落ちた1匹の脂虫の手がピクリと動く。
 瞬間、銃声とともに腕ごと消し飛ぶ。
 動くものなど何者も許さないとでも言うように。

 消えかけた炎が吹き散らされる。
 その中からあらわれたのは、銃を構えた2人の少女。
 舞奈と明日香だ。
 黒煙と炎で目元の見えない2人の口元に浮かぶは、サメのような凄惨な笑み。

 大頭を用いた【力盾クラフト・シュルツェン】。
 明日香がとっさに行使した大魔法インヴォケーションにより、2人は脂虫どもの猛攻を防いだ。
 あらゆる魔法の源である魔力の礎はイメージだ。
 だから輝かしい将来を一時、期待された【重力武器ダークサムライ】を想い浮かべながら明日香が張り巡らせた斥力場障壁は堅牢にして強固。

 そんな2人の前に、巨大で歪な建築物が起立する。

 即ち、死酷人糞舎だ。
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大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

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