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第17章 GAMING GIRL
禍川支部奪還 ~銃技&戦闘魔術&重力武器vs屍虫
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空を暗雲に閉ざされた月曜日の早朝。
女子小学生2人、男子高生1名の銀輪部隊が空き家の庭に勝手に駐輪、というか自転車を乗り捨て、周囲を警戒しながら各々の得物を手に移動する。
舞奈と明日香、ピアースである。
ピアース宅から禍川支部ビルへの移動は自転車だった。
舞奈と明日香も、彼が子供の頃に使っていた子供用自転車を借りた。
おかげで朝から自転車の空気を入れるひと仕事をする羽目になったが、代わりに案外スムーズに目的地の近くへたどり着けた。
だから勝手知ったる様子で細い路地を進むピアースについて歩きながら、
「舞奈ちゃんや明日香ちゃんたちとも、これでお別れなんだよね」
「ま、そういうことになるな」
感傷的な台詞に舞奈は思わず口元をゆるめる。
その前に、3人には支部ビル奪還という最後の戦闘が控えている。
それでも仲間との別れを惜しむ気持ちのほうが強いあたりも彼らしい。
まあ緊張や恐怖で委縮されるよりマシだと好意的に受け取ることにする。
そういう風に考えられるのも、彼に影響されたからだと少し思う。
もちろん一緒にここに来るはずだった4人の仲間のことを忘れた訳じゃない。
彼も舞奈も、明日香も。だから……
「……来年の夏にさ、ひまわり畑を見に行かないか?」
柄にもなくそんな台詞が口をつく。
この街に来る前の長い車旅の道すがら、2台並んだ軽乗用車から皆と見た景色。
時季外れのひまわり畑に花がないとぶー垂れる舞奈に、夏には見事な黄色い花が咲くんだよと彼は言った。そんな景色を、もう一度、彼と一緒に見るのも悪くない。
その時、そこに互いの新たな仲間がいたならば、もっといい。
そうすればバーンや、スプラや、トルソや切丸のことを、過去の出来事として懐かしむことができる気がする。
順当にいけば、彼の側にいるのは【禍川総会】の面子か。
対する舞奈と明日香の友人は……ニュットか? …まあいい。
最後に少しケチのついた感傷を誤魔化すように、
「じゃあ最後に、あたしと明日香の華麗な戦いっぷりを見ていけよ」
「ああ、参考にさせてもらうよ」
「参考って……。次期総長を目指すときのか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
軽口に、困るピアースを見やって舞奈は笑う。
側の明日香も口こそ挟まないものの悪い気分じゃないらしい。
そんな2人を……
「……そこのビルだよ」
珍しくピアースが制する。
途端、2人の表情が引き締められる。
舞奈も明日香も熟達した仕事人だ。
「どこの支部も、だいたいあんな感じなんだなあ」
近くの民家の塀の陰から顔を出し、舞奈は支部ビルを見やる。
地元の保健所と同じ敷地にある、妙に古めかしいコンクリート造りのビル。
玄関らしい大きな自動ドアの側には大きな掲示板。
そこに例の環境省のポスターが張り出されているのは職員による最後の抵抗か。
可愛らしいアニメ調の少女は、十字架や鳥居や除夜の鐘、可愛らしい軽乗用車や眼鏡をかけた知的な女性と同じように怪異を苦しめる聖なるシンボルだ。
そのシンボルが……激戦を生き抜いた勇士に加護をも与えてくれれば良いと思う。
側のピアースは、この戦闘を生き残れば偉大な任務を完遂できる。
明日香の与太ではないが、弱者だった彼が支部奪還に寄与したヒーローになるのだ。
それより禍川支部ビルと巣黒との一番の違いは、目立つところにある駐輪場だ。
大量のバイクが停めてある。【禍川総会】のものだろう。
妙ちくりんな改造もマフラーの改造もされていないシンプル故に、まあ格好いいバイクが、売り場もかくやと思えるほどずらりと並ぶ様は壮観だ。
台数が多いからかキチンと整列されている。
そんな様子を見ると、元チーマーだという彼らも根は良い奴なのだと思えてくる。
だが、そんな楽しげな施設の外を徘徊しているのは、不潔で邪悪な喫煙者ども。
何故ならビル全体が黒みがかった半円形のドームに包まれている。
戦術結界だ。おそらく月輪という仏術士による【地蔵結界法】だろう。
そいつが怪異の侵攻を防いでいるので、怪異どもが周囲にたむろっているのだ。
要はホームセンターと同じ状況だ。
舞奈は口元を歪める。
胸中をよぎる、言いようのない違和感。
建物を防護するなら、ホームセンターと同様に建物そのものを結界化するはずだ。
しかもドーム状の結界に収まっているのは古びた建造物とバイクだけ。
ビルの周囲にはヤンキーひとりすらいない。
話に聞いた【禍川総会】は血気盛んな元チーマーだったはずだ。
そんな奴らが、拠点の周囲にたむろう怪異どもを目の前に、屋内でじっとしていられるものだろうか?
まあ別に殴りに出てこいとまでは言わない。
だが辛抱たまらずガンつけに来る奴が何人かいても不思議ではないはずなのに。
正直、そいつらと共闘すれば最後の戦いは呆気なく終わるかもと思わなかった訳じゃない。まあヤンキーを当てにしていた訳でもないので、いなけりゃいないで構わんが。
あるいは月輪の厳命によって、損耗を抑えるべく籠城しているのかもしれない。
「……ダメだ。通信は繋がらないや」
「こっちも同じよ。結界に穴を開けるしかないみたい」
「まあ、仕方ない」
背後で通信機を操作する2人の言葉に苦笑する。
中と連絡を取れない以上、明日香が無理やり結界に穴を開けて侵入するしかない。
やれやれ、先にたどり着いたのが他のチームだったら面倒なことになっていた。
幸いにも敵の大半は屍虫。
脂虫が数匹ほど混じっているが、得物は密造拳銃。
大屍虫や長物は見当たらない。
舞奈が脂虫の数を減らせばピアースでも十分に対処できる。
「明日香が作業する間、あたしとピアースで時間を稼ぐ。すぐ終わりそうか?」
「なんとも。普通の戦術結界なら数分とかからないけど……あの結界、何か様子が違うような気がするのよ」
「了解。終わったら合図してくれ」
「わかったわ」
舞奈が急場で作戦をまとめ、
「先に行く! 合図したら続け!」
「わ、わかってる!」
ときの声とともに物陰から跳び出す。
走りながら改造拳銃を乱射。
否、乱射にあらず。
狙いすまされた小口径弾が、銃を手にした脂虫どもの脳天を違わず射抜く。
討ち損ねた何匹かが撃ち返してくる。
だが次の瞬間、舞奈は道路を転がる。
敵の小口径弾はコートの端をかすめて舞奈の頭上を通り過ぎる。
何発かは仲間の屍虫に当たる。ヤニ色の飛沫が飛び散る。
舞奈は転がる勢いのまま一挙動で立ち上がって、撃つ。撃つ。
今ので残った射手の位置がわかった。
転がりながら弾倉は交換している。
だから屍虫の群れにまぎれた脂虫たちを正確無比に屠る。
トルソが遺してくれた小口径弾。
そいつがSランクの手により、最終目的地を守る敵に紛れた厄介な射手を排除する。
そんな様子を見やり、
「凄えぇ!」
ピアースが改めて目を丸くする。
舞奈が無双するところなんて、この2日で見慣れた光景だと思うのだが。
それでも彼は激戦を重ねて急速に成長している。
昨晩【禍川総会】の一員になると決意したせいもあるかもしれない。
だから今までは目には映るが見ていなかった舞奈の立ち振る舞いとその意図を、理解することができるようになったのだろう。
そう考えれば彼は筋がいい。
あるいは将来、銃器携帯/発砲許可証すら手にすることができるかもしれない。
脳裏によぎった、そんな予感に舞奈は口元をゆるめ、
「来い! ピアース! あたしから離れるなよ」
「お、おうっ!」
合図に応じ、舞奈の後ろからピアースが跳び出す。
「うわあっ!」
遠くから撃ってきた何発かが、彼の周囲に張り巡らされた斥力場障壁を叩く。
両手で槍を手にしたままピアースは怯む。
流石の舞奈も射手のすべてを排除できたわけじゃない。
だがピアースの周囲を覆う障壁はビクともしない。
彼の異能力は【重力武器】。
得物の周囲に斥力場を形成する希少で強力な異能力。
激戦に次ぐ激戦で十分すぎる経験を積んだ異能力により形成された斥力場障壁は、最初のカーチェイスで銃弾を弾いた時より強度が上がっている。
大人だったトルソに影響されて、新たな強者が育ちつつある。そんな気がした。
だから舞奈の口元には笑み。
「あっちの方の守りを固める!」
「わかった!」
舞奈は短機関銃《マイクロガリル》に持ち替えながら、支部ビルの玄関の前へと移動する。
ピアースも続く。
舞奈は行く手を遮る屍虫どものカギ爪を避ける。
次いで短機関銃《マイクロガリル》を掃射。
屍虫どもをまとめて蜂の巣にする。
たまに飛んでくる小口径弾を横に跳んで避ける。
舞奈は苦も無く、正確無比に撃ち返して射手を仕留める。
「うわあっ!」
続くピアースは、それらすべてを斥力場障壁で防ぎながら走る。
小口径弾を、何匹かのカギ爪を弾き返す。
そして舞奈の背後に追いついたところで振り返る。
「うわあっ! うわあっ!」
背後を振り返って突く。
狙いは追いかけて来た1匹の屍虫だ。
障壁と同じ【重力武器】による斥力場が付与された槍が、屍虫の脇腹をかすめる。
屍虫は再びカギ爪を振り上げる。
そのまま頭を吹き飛ばされて転がる。
舞奈の援護だ。
次いで短機関銃《マイクロガリル》を掃射、ピアースの障壁に阻まれた他の屍虫どもも蜂の巣にする。
「すまない舞奈ちゃん!」
「いいってことよ!」
舞奈は笑う。
彼が積極的な攻めに転じる様が嬉しかった。
それは彼が、弱者だった過去の自分から別の何者かへ変わろうとしている証だから。
まあ悲鳴と掛け声の区別がつかないのが難点だが。
「……そっちはどうだ?」
問う舞奈の側、支部ビルの玄関の正面にあたる場所に、4枚の氷盾が浮かぶ。
明日香の【氷盾】だ。
その中心に、ぐんじょう色のワンピースを着こんだ黒髪の少女があらわれる。
明日香だ。
認識阻害【隠形】、光学迷彩【迷彩】。
二重の隠形で姿を隠して結界に穴を開けようと試みていたのだ。だが、
「やっぱり様子がおかしいわ」
「どういうことだ?」
「結界の強度が高すぎるし、穴を開ける取っ掛かりが何もないの。まるでコンクリートで密閉されたドアのない部屋に入ろうとしているみたい」
明日香の答えに口元を歪める。
結界とは、何らかの手段で周囲から隔離された空間だ。
出入りするには高度な魔法で穴を開けるか、強い魔力で破壊するかしかない。
あるいは術者を倒して結界を解除するか。
察するに結界に穴を開けるということは、結界という壁の何処かに隠されたドアや隙間を探し出して目前に顕現させるようなものだということか?
だが、目前の結界にはそれがない。
そう言いたいのだろう。
だから舞奈たちが近くに来たのを幸いに、隠形を解除したのだ。
二段構えの隠形を維持しながらより、そうでないほうが目前の作業に集中できる。
それでも簡単に穴を開けられそうではないらしい。
明らかに様子がおかしい。
そもそも、この結界を創り出した術者は支部の仏術士である月輪のはずだ。
術者は望む者を結界の中に招き入れることができる。
それに結界の中や周囲の出来事を察知することができる……はずだ。
加えて支部ビルを守っているはずの【禍川総会】とやらも、出てきて屍虫どもに応戦する気配すらない。まるで無人の施設に侵入しようとしているかのようだ。
だが舞奈たちのするべきことは変わらない。
明日香を、ピアースを連れて結界中に侵入するのだ。
相手に招くつもりがないなら、こちらから出向く。
そして明日香が支部ビル内の魔道具を修復する。
それが舞奈たちの使命だ。
そうすることが、トルソの、バーンの、スプラの犠牲に報いることになる。
切丸をあんな風にした忌まわしい敵に一矢報いることになる。
そしてピアースの輝かしい門出の、第一歩になる。
「無理やりにこじ開けるわ。10分守れる?」
「オーケー!」
冷徹な明日香に、いつもの口調で返事を返す。
そして舞奈は振り返りつつ、襲い来る屍虫どもを蜂の巣にする。
素早く弾倉を交換。
敵の侵攻を押しとどめようと明日香から距離を取る。
「うわあぁぁぁ!」
少し離れた場所ではピアースが怪異どもの攻撃を引きつけている。
単に【重力武器】による斥力場障壁で身を守りながら、うわうわ言っているだけだ。
たまに突き出す槍も、そこまで的確に当ってはいない。
彼の筋の良さを見抜いた舞奈も、別に槍の腕前がすぐ上がると思った訳じゃない。
彼が【禍川総会】の総長を目指すためには、まだまだ習練と時間が必要だ。
それでも屍虫どもはピアースの障壁にカギ爪で斬りかかる。
斥力場はそれらすべてを強固に防ぐ。
そうやって彼は敵の攻撃を引きつけている。
……その不屈さの背後に、舞奈はトルソを見たような気がした。
形のある武具じゃなくて心と想いを媒体にした【装甲硬化】。だから、
「このまま明日香を守ってふんばるぞ! もう一息だ!」
「ああ! まかせてくれ!」
舞奈の師事で、ピアースも明日香に背を向け槍を構える。
襲い来る数多のカギ爪を斥力場障壁で防ぐ。
そのうち最も隙の多い1匹めがけて槍で突く。
「え、ええい!」
多分に頼りない、いっそ素人のような刺突。
だが隣に舞奈がいて少し落ち着いていたからか、先ほどより狙いの良い一撃。
小学2年生の頃の舞奈よりは強いんじゃないかと思えるくらいの。
斥力場で覆われた槍の穂先に貫かれ、脂虫が崩れ落ちる。
「やった!」
「おっ上手くなってきたじゃないか!」
舞奈は笑う。
嬉しそうに笑みを返すピアースを横目に短機関銃《マイクロガリル》を構え、掃射する。
屍虫の群れが飛沫をあげながら踊る。
その間に、明日香はベルトからはずしたドッグタグを結界に張りつけている。
もはや正攻法で穴を開けるのは諦めたか。
雷撃の雨【雷嵐】を至近距離で行使して発破しようというのだろう。
ベルト1本分をすべて使った【雷嵐】。それも接射。
その威力は完全体をも瞬時に消滅させるほどだ。
逆に言えば、この不自然な結界はそこまでしなければ穴すら開けられないらしい。
明日香は真言を唱える。
「やあぁぁぁ!」
「その調子だピアース!」
ピアースは斥力場障壁で身を守りつつ、屍虫どもを槍で次々に貫く。
刃に斥力場が宿った黒い槍に穿たれた喫煙者どもが、ヤニ色の体液でアスファルトを汚しながら周囲に散らばる。
やはりコツをつかめば成長の早いタイプらしい。
その調子なら【禍川総会】でもすぐさま頭角をあらわすかもしれない。
舞奈も負けじとカギ爪を避けながら、目前に迫る1匹を左手のナイフで仕留める。
殺到する屍虫どもを短機関銃《マイクロガリル》で蜂の巣にする。
そうしながら油断なく周囲をうかがう。
今までのパターンでは数で埒が明かないと判断すると増援が来た。
密造ライフルやロケットランチャーを持った脂虫か?
大屍虫か?
あるいは跳んでくる巨大屍虫か?
残り僅かな時間にそのどれがあらわれても対処できるよう、路地の向こうを、中空を警戒する。だが増援の気配はない。
舞奈たちの行動の速さが敵の予想を上回っていたか?
そうするうちに背後で魔術語。
次いで閃光と衝撃、嗅ぎ慣れたオゾン臭。
「成功よ!」
明日香の声。
「ピアース! 早く中へ!」
「ちょっと待って! こいつらを片付けてから!」
言いつつピアースは斥力場に張りついた屍虫どもを突く。
穂先に鋭い斥力場で包んだ槍で、避けられようもない距離から次々に敵を貫く。
胴に巨大な風穴の開いた屍虫どもが倒れ伏す。
「ヒュー! やるねぇ!」
「舞奈さんたちのおかげだよ!」
舞奈は破顔する。
ピアースも満面の笑みを浮かべる。
その直後――
「――跳べ!! ピアース!」
「……えっ?」
舞奈は叫びつつ、ほぼ反射的に地面を転がる。
一瞬前に舞奈が立っていた地面に大穴。
アスファルトを穿つ凄まじい威力は大口径ライフル弾。
狙撃だ!
避けられたのは、増援を警戒していたからだ。
なので遠くのビルの数か所が不自然に光ったのに気づいた。
加えて舞奈は戦闘の最中、開けた場所で足を止めることはない。
3年前からそうだった。
それが遠くから狙ってくれと言っているようなものだということを、自身も優れた狙撃手だった舞奈は幼い頃から無意識に理解していた。
背後で明日香の氷の盾が2枚、砕ける。
被召喚物や誘導する魔法は未来予知に似た精緻なロジックによって動く。
もちろん【氷盾】も同じだ。
だから自動的に縦に4枚重なり、大口径ライフル弾を受け止めたのだ。
それでも、まともにくらった外側2枚の盾は木端微塵。
ひび割れた内側の盾が辛くも受け止めた弾頭がアスファルトを転がる。
魔術師の、中でも近代戦に対応した戦闘魔術に対しては狙撃すら無力。
だが舞奈は訝しむ。
大口径ライフル弾を用いた狙撃に、熟達した魔術師が創造した魔術の盾を2枚まとめて貫くほどの威力はない、対物ライフルや砲撃ではないのだ。
否、それを成し得る手段がひとつだけある。
破魔弾。魔術を含む魔法や異能力を破るための特殊弾だ。
舞奈も式神や術者を相手取る際に、ときおり用いることがある。
なるほど銃を使う敵が、強固な防御魔法で身を固めた術者に対して持ち出したと考えれば納得はできる。
と、いうことは――
「――無事か!?」
焦燥をこらえて一挙動で立ち上がりつつ、背後のピアースに目を戻す。
青年は笑っていた。
先ほどと同じ満面の笑みを浮かべながら――
「――ピアース!?」
口から赤いものを吐きながら崩れ落ちる。
「糞ったれ!」
舞奈は細面な青年に駆け寄りその身体を受け止める。
抱き止めた腕にぬるりと熱い何か。
彼を守る斥力場障壁は消えていた。
異能力による強化も防護も、使用者が死に瀕すると解除される。
敵が狙撃してくる可能性を見逃したのは舞奈のミスだ。
件のビルからここは、狙撃手じゃなくても選抜射手なら十分に狙える距離だ。
今まで密造ライフルやロケットランチャーを持ち出してきた敵が、狙撃を試みない理由なんてなかった。
戦闘中に足を止めるなと、もっと早く彼に言っておくべきだった。
破魔弾を【重力武器】で止めることはできない。
慣れているとかいないとかではない。
そもそも異能力では無理なのだ。
その事実を舞奈は彼に伝えていなかった。
彼の強固な障壁を、破れるものは皆無ではないと明確に教えてはいなかった。
この先、他の様々なノウハウと一緒に自然に覚えていけばいいと思っていたのだ。
彼には時間があると思っていた。もっと強く、賢くなるための時間が。
けれどSランクの舞奈は失念していた。
今まさに舞奈たちがいるこの場所は、一般的な【機関】各支部では最強であるAランクが次々に死んでいった地獄の戦場なのだということを。
「向こうの背の高いビルだ! 3つあるうちの全部にいる!」
悲鳴のように叫ぶ。
慟哭に答えるように、明日香がベルトを頭上高くに放り投げる。
吊られているのはドッグタグではなく数多の小頭。
彼女の奥の手だ。
次いで冷淡な声色で魔術語。
途端、すべてのタグが巨大な光球となる。
そして数多の光球それぞれから、目もくらむようなレーザー光線がのびる。
すなわち【熱光嵐】。
多数のレーザー光線を一斉に照射する魔術だ。
強力な攻撃魔法を誇る戦闘魔術師の手札の中でも群を抜いた威力を誇る。
数多の衝撃と放射熱で、周囲の民家の屋根の一部が焼き崩れる。
だが、そんなものは大事の前の些事だ。
レーザーは舞奈が指し示した3つのビルを出鱈目な火力でズタズタに焼き切る。
それが巨大な建築物だという事実も、狙撃するような距離も関係ない。
舞奈は斬り刻まれたビルが崩れ落ちる様子を睨むように見やる。
良好な視力でも見えるはずもない距離で、スナイパーライフルを手にした警官が吹き飛んだビルの屋上から放り出されてレーザーに焼かれる様子が見えた気がした。
銃を持った素人じゃない、相応の距離に当てられる射手は奴らにとっても貴重。
そう考えれば、奴らが最後まで出し惜しんでいた理由は納得できる。
「舞奈、早く! 時間がないわ!」
切羽詰まった明日香の声に振り返る。
明日香が開けた結界の穴が、早くも塞がろうとしている。
だから舞奈はピアースを抱えたまま、明日香に続いて結界の穴に跳びこんだ。
女子小学生2人、男子高生1名の銀輪部隊が空き家の庭に勝手に駐輪、というか自転車を乗り捨て、周囲を警戒しながら各々の得物を手に移動する。
舞奈と明日香、ピアースである。
ピアース宅から禍川支部ビルへの移動は自転車だった。
舞奈と明日香も、彼が子供の頃に使っていた子供用自転車を借りた。
おかげで朝から自転車の空気を入れるひと仕事をする羽目になったが、代わりに案外スムーズに目的地の近くへたどり着けた。
だから勝手知ったる様子で細い路地を進むピアースについて歩きながら、
「舞奈ちゃんや明日香ちゃんたちとも、これでお別れなんだよね」
「ま、そういうことになるな」
感傷的な台詞に舞奈は思わず口元をゆるめる。
その前に、3人には支部ビル奪還という最後の戦闘が控えている。
それでも仲間との別れを惜しむ気持ちのほうが強いあたりも彼らしい。
まあ緊張や恐怖で委縮されるよりマシだと好意的に受け取ることにする。
そういう風に考えられるのも、彼に影響されたからだと少し思う。
もちろん一緒にここに来るはずだった4人の仲間のことを忘れた訳じゃない。
彼も舞奈も、明日香も。だから……
「……来年の夏にさ、ひまわり畑を見に行かないか?」
柄にもなくそんな台詞が口をつく。
この街に来る前の長い車旅の道すがら、2台並んだ軽乗用車から皆と見た景色。
時季外れのひまわり畑に花がないとぶー垂れる舞奈に、夏には見事な黄色い花が咲くんだよと彼は言った。そんな景色を、もう一度、彼と一緒に見るのも悪くない。
その時、そこに互いの新たな仲間がいたならば、もっといい。
そうすればバーンや、スプラや、トルソや切丸のことを、過去の出来事として懐かしむことができる気がする。
順当にいけば、彼の側にいるのは【禍川総会】の面子か。
対する舞奈と明日香の友人は……ニュットか? …まあいい。
最後に少しケチのついた感傷を誤魔化すように、
「じゃあ最後に、あたしと明日香の華麗な戦いっぷりを見ていけよ」
「ああ、参考にさせてもらうよ」
「参考って……。次期総長を目指すときのか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
軽口に、困るピアースを見やって舞奈は笑う。
側の明日香も口こそ挟まないものの悪い気分じゃないらしい。
そんな2人を……
「……そこのビルだよ」
珍しくピアースが制する。
途端、2人の表情が引き締められる。
舞奈も明日香も熟達した仕事人だ。
「どこの支部も、だいたいあんな感じなんだなあ」
近くの民家の塀の陰から顔を出し、舞奈は支部ビルを見やる。
地元の保健所と同じ敷地にある、妙に古めかしいコンクリート造りのビル。
玄関らしい大きな自動ドアの側には大きな掲示板。
そこに例の環境省のポスターが張り出されているのは職員による最後の抵抗か。
可愛らしいアニメ調の少女は、十字架や鳥居や除夜の鐘、可愛らしい軽乗用車や眼鏡をかけた知的な女性と同じように怪異を苦しめる聖なるシンボルだ。
そのシンボルが……激戦を生き抜いた勇士に加護をも与えてくれれば良いと思う。
側のピアースは、この戦闘を生き残れば偉大な任務を完遂できる。
明日香の与太ではないが、弱者だった彼が支部奪還に寄与したヒーローになるのだ。
それより禍川支部ビルと巣黒との一番の違いは、目立つところにある駐輪場だ。
大量のバイクが停めてある。【禍川総会】のものだろう。
妙ちくりんな改造もマフラーの改造もされていないシンプル故に、まあ格好いいバイクが、売り場もかくやと思えるほどずらりと並ぶ様は壮観だ。
台数が多いからかキチンと整列されている。
そんな様子を見ると、元チーマーだという彼らも根は良い奴なのだと思えてくる。
だが、そんな楽しげな施設の外を徘徊しているのは、不潔で邪悪な喫煙者ども。
何故ならビル全体が黒みがかった半円形のドームに包まれている。
戦術結界だ。おそらく月輪という仏術士による【地蔵結界法】だろう。
そいつが怪異の侵攻を防いでいるので、怪異どもが周囲にたむろっているのだ。
要はホームセンターと同じ状況だ。
舞奈は口元を歪める。
胸中をよぎる、言いようのない違和感。
建物を防護するなら、ホームセンターと同様に建物そのものを結界化するはずだ。
しかもドーム状の結界に収まっているのは古びた建造物とバイクだけ。
ビルの周囲にはヤンキーひとりすらいない。
話に聞いた【禍川総会】は血気盛んな元チーマーだったはずだ。
そんな奴らが、拠点の周囲にたむろう怪異どもを目の前に、屋内でじっとしていられるものだろうか?
まあ別に殴りに出てこいとまでは言わない。
だが辛抱たまらずガンつけに来る奴が何人かいても不思議ではないはずなのに。
正直、そいつらと共闘すれば最後の戦いは呆気なく終わるかもと思わなかった訳じゃない。まあヤンキーを当てにしていた訳でもないので、いなけりゃいないで構わんが。
あるいは月輪の厳命によって、損耗を抑えるべく籠城しているのかもしれない。
「……ダメだ。通信は繋がらないや」
「こっちも同じよ。結界に穴を開けるしかないみたい」
「まあ、仕方ない」
背後で通信機を操作する2人の言葉に苦笑する。
中と連絡を取れない以上、明日香が無理やり結界に穴を開けて侵入するしかない。
やれやれ、先にたどり着いたのが他のチームだったら面倒なことになっていた。
幸いにも敵の大半は屍虫。
脂虫が数匹ほど混じっているが、得物は密造拳銃。
大屍虫や長物は見当たらない。
舞奈が脂虫の数を減らせばピアースでも十分に対処できる。
「明日香が作業する間、あたしとピアースで時間を稼ぐ。すぐ終わりそうか?」
「なんとも。普通の戦術結界なら数分とかからないけど……あの結界、何か様子が違うような気がするのよ」
「了解。終わったら合図してくれ」
「わかったわ」
舞奈が急場で作戦をまとめ、
「先に行く! 合図したら続け!」
「わ、わかってる!」
ときの声とともに物陰から跳び出す。
走りながら改造拳銃を乱射。
否、乱射にあらず。
狙いすまされた小口径弾が、銃を手にした脂虫どもの脳天を違わず射抜く。
討ち損ねた何匹かが撃ち返してくる。
だが次の瞬間、舞奈は道路を転がる。
敵の小口径弾はコートの端をかすめて舞奈の頭上を通り過ぎる。
何発かは仲間の屍虫に当たる。ヤニ色の飛沫が飛び散る。
舞奈は転がる勢いのまま一挙動で立ち上がって、撃つ。撃つ。
今ので残った射手の位置がわかった。
転がりながら弾倉は交換している。
だから屍虫の群れにまぎれた脂虫たちを正確無比に屠る。
トルソが遺してくれた小口径弾。
そいつがSランクの手により、最終目的地を守る敵に紛れた厄介な射手を排除する。
そんな様子を見やり、
「凄えぇ!」
ピアースが改めて目を丸くする。
舞奈が無双するところなんて、この2日で見慣れた光景だと思うのだが。
それでも彼は激戦を重ねて急速に成長している。
昨晩【禍川総会】の一員になると決意したせいもあるかもしれない。
だから今までは目には映るが見ていなかった舞奈の立ち振る舞いとその意図を、理解することができるようになったのだろう。
そう考えれば彼は筋がいい。
あるいは将来、銃器携帯/発砲許可証すら手にすることができるかもしれない。
脳裏によぎった、そんな予感に舞奈は口元をゆるめ、
「来い! ピアース! あたしから離れるなよ」
「お、おうっ!」
合図に応じ、舞奈の後ろからピアースが跳び出す。
「うわあっ!」
遠くから撃ってきた何発かが、彼の周囲に張り巡らされた斥力場障壁を叩く。
両手で槍を手にしたままピアースは怯む。
流石の舞奈も射手のすべてを排除できたわけじゃない。
だがピアースの周囲を覆う障壁はビクともしない。
彼の異能力は【重力武器】。
得物の周囲に斥力場を形成する希少で強力な異能力。
激戦に次ぐ激戦で十分すぎる経験を積んだ異能力により形成された斥力場障壁は、最初のカーチェイスで銃弾を弾いた時より強度が上がっている。
大人だったトルソに影響されて、新たな強者が育ちつつある。そんな気がした。
だから舞奈の口元には笑み。
「あっちの方の守りを固める!」
「わかった!」
舞奈は短機関銃《マイクロガリル》に持ち替えながら、支部ビルの玄関の前へと移動する。
ピアースも続く。
舞奈は行く手を遮る屍虫どものカギ爪を避ける。
次いで短機関銃《マイクロガリル》を掃射。
屍虫どもをまとめて蜂の巣にする。
たまに飛んでくる小口径弾を横に跳んで避ける。
舞奈は苦も無く、正確無比に撃ち返して射手を仕留める。
「うわあっ!」
続くピアースは、それらすべてを斥力場障壁で防ぎながら走る。
小口径弾を、何匹かのカギ爪を弾き返す。
そして舞奈の背後に追いついたところで振り返る。
「うわあっ! うわあっ!」
背後を振り返って突く。
狙いは追いかけて来た1匹の屍虫だ。
障壁と同じ【重力武器】による斥力場が付与された槍が、屍虫の脇腹をかすめる。
屍虫は再びカギ爪を振り上げる。
そのまま頭を吹き飛ばされて転がる。
舞奈の援護だ。
次いで短機関銃《マイクロガリル》を掃射、ピアースの障壁に阻まれた他の屍虫どもも蜂の巣にする。
「すまない舞奈ちゃん!」
「いいってことよ!」
舞奈は笑う。
彼が積極的な攻めに転じる様が嬉しかった。
それは彼が、弱者だった過去の自分から別の何者かへ変わろうとしている証だから。
まあ悲鳴と掛け声の区別がつかないのが難点だが。
「……そっちはどうだ?」
問う舞奈の側、支部ビルの玄関の正面にあたる場所に、4枚の氷盾が浮かぶ。
明日香の【氷盾】だ。
その中心に、ぐんじょう色のワンピースを着こんだ黒髪の少女があらわれる。
明日香だ。
認識阻害【隠形】、光学迷彩【迷彩】。
二重の隠形で姿を隠して結界に穴を開けようと試みていたのだ。だが、
「やっぱり様子がおかしいわ」
「どういうことだ?」
「結界の強度が高すぎるし、穴を開ける取っ掛かりが何もないの。まるでコンクリートで密閉されたドアのない部屋に入ろうとしているみたい」
明日香の答えに口元を歪める。
結界とは、何らかの手段で周囲から隔離された空間だ。
出入りするには高度な魔法で穴を開けるか、強い魔力で破壊するかしかない。
あるいは術者を倒して結界を解除するか。
察するに結界に穴を開けるということは、結界という壁の何処かに隠されたドアや隙間を探し出して目前に顕現させるようなものだということか?
だが、目前の結界にはそれがない。
そう言いたいのだろう。
だから舞奈たちが近くに来たのを幸いに、隠形を解除したのだ。
二段構えの隠形を維持しながらより、そうでないほうが目前の作業に集中できる。
それでも簡単に穴を開けられそうではないらしい。
明らかに様子がおかしい。
そもそも、この結界を創り出した術者は支部の仏術士である月輪のはずだ。
術者は望む者を結界の中に招き入れることができる。
それに結界の中や周囲の出来事を察知することができる……はずだ。
加えて支部ビルを守っているはずの【禍川総会】とやらも、出てきて屍虫どもに応戦する気配すらない。まるで無人の施設に侵入しようとしているかのようだ。
だが舞奈たちのするべきことは変わらない。
明日香を、ピアースを連れて結界中に侵入するのだ。
相手に招くつもりがないなら、こちらから出向く。
そして明日香が支部ビル内の魔道具を修復する。
それが舞奈たちの使命だ。
そうすることが、トルソの、バーンの、スプラの犠牲に報いることになる。
切丸をあんな風にした忌まわしい敵に一矢報いることになる。
そしてピアースの輝かしい門出の、第一歩になる。
「無理やりにこじ開けるわ。10分守れる?」
「オーケー!」
冷徹な明日香に、いつもの口調で返事を返す。
そして舞奈は振り返りつつ、襲い来る屍虫どもを蜂の巣にする。
素早く弾倉を交換。
敵の侵攻を押しとどめようと明日香から距離を取る。
「うわあぁぁぁ!」
少し離れた場所ではピアースが怪異どもの攻撃を引きつけている。
単に【重力武器】による斥力場障壁で身を守りながら、うわうわ言っているだけだ。
たまに突き出す槍も、そこまで的確に当ってはいない。
彼の筋の良さを見抜いた舞奈も、別に槍の腕前がすぐ上がると思った訳じゃない。
彼が【禍川総会】の総長を目指すためには、まだまだ習練と時間が必要だ。
それでも屍虫どもはピアースの障壁にカギ爪で斬りかかる。
斥力場はそれらすべてを強固に防ぐ。
そうやって彼は敵の攻撃を引きつけている。
……その不屈さの背後に、舞奈はトルソを見たような気がした。
形のある武具じゃなくて心と想いを媒体にした【装甲硬化】。だから、
「このまま明日香を守ってふんばるぞ! もう一息だ!」
「ああ! まかせてくれ!」
舞奈の師事で、ピアースも明日香に背を向け槍を構える。
襲い来る数多のカギ爪を斥力場障壁で防ぐ。
そのうち最も隙の多い1匹めがけて槍で突く。
「え、ええい!」
多分に頼りない、いっそ素人のような刺突。
だが隣に舞奈がいて少し落ち着いていたからか、先ほどより狙いの良い一撃。
小学2年生の頃の舞奈よりは強いんじゃないかと思えるくらいの。
斥力場で覆われた槍の穂先に貫かれ、脂虫が崩れ落ちる。
「やった!」
「おっ上手くなってきたじゃないか!」
舞奈は笑う。
嬉しそうに笑みを返すピアースを横目に短機関銃《マイクロガリル》を構え、掃射する。
屍虫の群れが飛沫をあげながら踊る。
その間に、明日香はベルトからはずしたドッグタグを結界に張りつけている。
もはや正攻法で穴を開けるのは諦めたか。
雷撃の雨【雷嵐】を至近距離で行使して発破しようというのだろう。
ベルト1本分をすべて使った【雷嵐】。それも接射。
その威力は完全体をも瞬時に消滅させるほどだ。
逆に言えば、この不自然な結界はそこまでしなければ穴すら開けられないらしい。
明日香は真言を唱える。
「やあぁぁぁ!」
「その調子だピアース!」
ピアースは斥力場障壁で身を守りつつ、屍虫どもを槍で次々に貫く。
刃に斥力場が宿った黒い槍に穿たれた喫煙者どもが、ヤニ色の体液でアスファルトを汚しながら周囲に散らばる。
やはりコツをつかめば成長の早いタイプらしい。
その調子なら【禍川総会】でもすぐさま頭角をあらわすかもしれない。
舞奈も負けじとカギ爪を避けながら、目前に迫る1匹を左手のナイフで仕留める。
殺到する屍虫どもを短機関銃《マイクロガリル》で蜂の巣にする。
そうしながら油断なく周囲をうかがう。
今までのパターンでは数で埒が明かないと判断すると増援が来た。
密造ライフルやロケットランチャーを持った脂虫か?
大屍虫か?
あるいは跳んでくる巨大屍虫か?
残り僅かな時間にそのどれがあらわれても対処できるよう、路地の向こうを、中空を警戒する。だが増援の気配はない。
舞奈たちの行動の速さが敵の予想を上回っていたか?
そうするうちに背後で魔術語。
次いで閃光と衝撃、嗅ぎ慣れたオゾン臭。
「成功よ!」
明日香の声。
「ピアース! 早く中へ!」
「ちょっと待って! こいつらを片付けてから!」
言いつつピアースは斥力場に張りついた屍虫どもを突く。
穂先に鋭い斥力場で包んだ槍で、避けられようもない距離から次々に敵を貫く。
胴に巨大な風穴の開いた屍虫どもが倒れ伏す。
「ヒュー! やるねぇ!」
「舞奈さんたちのおかげだよ!」
舞奈は破顔する。
ピアースも満面の笑みを浮かべる。
その直後――
「――跳べ!! ピアース!」
「……えっ?」
舞奈は叫びつつ、ほぼ反射的に地面を転がる。
一瞬前に舞奈が立っていた地面に大穴。
アスファルトを穿つ凄まじい威力は大口径ライフル弾。
狙撃だ!
避けられたのは、増援を警戒していたからだ。
なので遠くのビルの数か所が不自然に光ったのに気づいた。
加えて舞奈は戦闘の最中、開けた場所で足を止めることはない。
3年前からそうだった。
それが遠くから狙ってくれと言っているようなものだということを、自身も優れた狙撃手だった舞奈は幼い頃から無意識に理解していた。
背後で明日香の氷の盾が2枚、砕ける。
被召喚物や誘導する魔法は未来予知に似た精緻なロジックによって動く。
もちろん【氷盾】も同じだ。
だから自動的に縦に4枚重なり、大口径ライフル弾を受け止めたのだ。
それでも、まともにくらった外側2枚の盾は木端微塵。
ひび割れた内側の盾が辛くも受け止めた弾頭がアスファルトを転がる。
魔術師の、中でも近代戦に対応した戦闘魔術に対しては狙撃すら無力。
だが舞奈は訝しむ。
大口径ライフル弾を用いた狙撃に、熟達した魔術師が創造した魔術の盾を2枚まとめて貫くほどの威力はない、対物ライフルや砲撃ではないのだ。
否、それを成し得る手段がひとつだけある。
破魔弾。魔術を含む魔法や異能力を破るための特殊弾だ。
舞奈も式神や術者を相手取る際に、ときおり用いることがある。
なるほど銃を使う敵が、強固な防御魔法で身を固めた術者に対して持ち出したと考えれば納得はできる。
と、いうことは――
「――無事か!?」
焦燥をこらえて一挙動で立ち上がりつつ、背後のピアースに目を戻す。
青年は笑っていた。
先ほどと同じ満面の笑みを浮かべながら――
「――ピアース!?」
口から赤いものを吐きながら崩れ落ちる。
「糞ったれ!」
舞奈は細面な青年に駆け寄りその身体を受け止める。
抱き止めた腕にぬるりと熱い何か。
彼を守る斥力場障壁は消えていた。
異能力による強化も防護も、使用者が死に瀕すると解除される。
敵が狙撃してくる可能性を見逃したのは舞奈のミスだ。
件のビルからここは、狙撃手じゃなくても選抜射手なら十分に狙える距離だ。
今まで密造ライフルやロケットランチャーを持ち出してきた敵が、狙撃を試みない理由なんてなかった。
戦闘中に足を止めるなと、もっと早く彼に言っておくべきだった。
破魔弾を【重力武器】で止めることはできない。
慣れているとかいないとかではない。
そもそも異能力では無理なのだ。
その事実を舞奈は彼に伝えていなかった。
彼の強固な障壁を、破れるものは皆無ではないと明確に教えてはいなかった。
この先、他の様々なノウハウと一緒に自然に覚えていけばいいと思っていたのだ。
彼には時間があると思っていた。もっと強く、賢くなるための時間が。
けれどSランクの舞奈は失念していた。
今まさに舞奈たちがいるこの場所は、一般的な【機関】各支部では最強であるAランクが次々に死んでいった地獄の戦場なのだということを。
「向こうの背の高いビルだ! 3つあるうちの全部にいる!」
悲鳴のように叫ぶ。
慟哭に答えるように、明日香がベルトを頭上高くに放り投げる。
吊られているのはドッグタグではなく数多の小頭。
彼女の奥の手だ。
次いで冷淡な声色で魔術語。
途端、すべてのタグが巨大な光球となる。
そして数多の光球それぞれから、目もくらむようなレーザー光線がのびる。
すなわち【熱光嵐】。
多数のレーザー光線を一斉に照射する魔術だ。
強力な攻撃魔法を誇る戦闘魔術師の手札の中でも群を抜いた威力を誇る。
数多の衝撃と放射熱で、周囲の民家の屋根の一部が焼き崩れる。
だが、そんなものは大事の前の些事だ。
レーザーは舞奈が指し示した3つのビルを出鱈目な火力でズタズタに焼き切る。
それが巨大な建築物だという事実も、狙撃するような距離も関係ない。
舞奈は斬り刻まれたビルが崩れ落ちる様子を睨むように見やる。
良好な視力でも見えるはずもない距離で、スナイパーライフルを手にした警官が吹き飛んだビルの屋上から放り出されてレーザーに焼かれる様子が見えた気がした。
銃を持った素人じゃない、相応の距離に当てられる射手は奴らにとっても貴重。
そう考えれば、奴らが最後まで出し惜しんでいた理由は納得できる。
「舞奈、早く! 時間がないわ!」
切羽詰まった明日香の声に振り返る。
明日香が開けた結界の穴が、早くも塞がろうとしている。
だから舞奈はピアースを抱えたまま、明日香に続いて結界の穴に跳びこんだ。
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