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第17章 GAMING GIRL

回想1

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 首尾よく終わったヴィラン拠点攻略戦、及び双葉あずさの新曲お披露目コンサートから数日後。よく晴れた平日の早朝。
 商店街の一角の、蔵乃巣くらのす学園の通学路に指定された大通りを――

「――つまりボブだと思って撃ったそいつは、実はボブじゃあなかった訳だ」
「……最低ね。ジョンも良い面の皮だわ」
「ははっ、だろう?」
 通学鞄を背負った女子小学生が、他愛もない女子トークなどしつつ並んで歩く。

 ひとりは鍛え抜かれた四肢を隠し切れない小さなツインテール。
 もうひとりは華奢な身体をサロペットに包んだすっきりボブカット。
 舞奈とテックだ。

 普段より早い時間に旧市街地に着いた舞奈は、珍しくテックと鉢合わせたのだ。
 なので平和な大通りを、舞奈はだらだら、テックは無口に歩きつつ、

「おっこのポスター、また新しいのに着替えたのか」
「……今日から」
「知ってたのか?」
「ちょっと前に環境省のサイトに告知があったから」
「そりゃ凄い、流石はテック様だ」
 開店準備中の喫茶店の前で立ち止まる。

 正確にはレンガ造りっぽい店舗の隣の掲示板に貼ってあったポスターの前。
 見やる舞奈は口元には笑み。
 側のテックも表情こそ薄いながらも同じ感じだ。

 2人が見やるポスターには3人の女の子が描かれている。
 可愛らしい赤ん坊を抱えた小学生くらいの少女。
 その後ろに立つ、少し地味な感じの女子高生くらいな女の人。

 少し前に発表されてから、実は舞奈にしては珍しく登下校時に注視していたのだ。
 定期的に違う衣装で描かれたポスターに張り替えられるからだ。
 しかも描き手は女子高生の地味さが気になるのか、衣装が変わるたびに胸のサイズが大きくなっている。

 どのバージョンも可愛らしい衣装の胸は、日に日に膨らむ形の良い乳袋。
 スカートには切れ上がった小股が不自然な影として表現されていて、身体知識と想像力を駆使すれば服の下の身体の形の美しさを堪能できるようになっている。
 なんとも粋な計らいだ。

 舞奈は思う。これは紛れもない『美』だと。
 美は人間の精神を湧き上がらせ、本質的に人間と相対する怪異を委縮させる。
 そんな難しいことを考えなくても舞奈は美しいものが大好きだ。
 美しい女性の身体ももちろん好きだ。

 テックも理由は違うのだろうが、興味があるのは同じらしい。
 ポスターの隅に携帯のカメラを向けて、

「……写真を撮るにしちゃあ近すぎないか?」
「コードを撮ってるの」
 パチリ。
 隅に小さく描かれたゲジゲジみたいな黒いマークを撮影し、

「っていうかポスターの画像データなら持ってるから」
 言いつつ作業を終えた携帯を見せてくる。
 待ち受け画面の画像は目前のポスターと同じだ。
 流石はテック。仕事が早い。

 対して舞奈はゲジゲジの隣に書かれていた小さな文字を一瞬で斜め読む。
 それによると、このゲジゲジ――QRコードを登録すると、テックのしているVRゲームのアイテムが貰えるらしい。
 ポスターの中の少女たちが着ている服だそうな。

「ゲームの中で皆で着たりするのか?」
「わたしは着ない」
「なんでよ? おまえ、こういうのも似合うと思うんだが」
 問いに対するテックの答えに、首を傾げつつ本人を見やる。

 小5相応のスレンダーな身体を、今はサロペットに包んだテック。
 正直なところファッションに気を使うタイプではない。
 だが表情は薄いながらも顔立ちはすっきりしていて綺麗なのは事実だし、ポスターの中の小学生が着ている可愛らしい衣装を着ても様にはなると思う。
 それでも、そんなテックは普段通りに表情少なく言い募る。

「ゲームの中ではアバターを使ってて、」
 ああ、なるほどな舞奈は思う。
 ゲームのアバターというのがどんなものかは以前に聞いたことがある。
 鷹乃の式神みたいに、ゲームの中の世界に自分とは別の姿で出かけて行くのだ。
 そんなテックのアバターは、

「身長2メートルくらいの……」
 なるほど。クイーン・ネメシスやレディ・アレクサンドラみたいな感じか。
 少し前に戦った筋骨隆々とした、あるいは細マッチョの彼女らが、目前の可愛らしい衣装を着ている様が脳裏に浮かび……

「……髭の生えた男の人だから」
「お、おう」
 その姿がスミスになった。
 具体的には、いつか見たスミスの女装写真アルバム。

「じゃあ何故こいつを貰おうと思った……」
 彼女だけは他の友人と違って際立った奇行はしないと信じていた中での意外なカミングアウトに、どんな顔をしていいやら正直、戸惑う。それでも、

「……期間限定のアイテム、集めてるから」
「そっか」
 答えるテックに相槌を返す舞奈の、口元には笑み。
 何故なら普段は無表情なテックもまた、珍しく楽しげに微笑んでいたから。

 だから2人は、しばらくそのまま並んでポスターを見やる。
 幸い今は登校時間にしても少し早い時間帯だ。
 準備中の喫茶店の中以外に人影もないし、通行の邪魔にもならない。
 だが、そんな舞奈たちの後ろで、

「なんて破廉恥ザマスか!」
 耳障りなダミ声が響いた。

「こんないやらしいアニメのポスターを! 子供が見るような場所に貼るなんて! 教育に悪影響ザマス! セクハラザマス!」
 何時の間にか子供たちの背後にいた誰かが、不快な毒を吐いていた。

 舞奈とテックが振り向いた先には、ぶよぶよと肥え太った中年女。
 悪趣味な宝石で飾られた弛んだ指には悪臭漂う煙草。
 脂虫――人に似るが人ではなく、悪臭と悪意で人に仇成す怪異の一種だ。

(……)
(あんたの顔のが不快だよ)
 中年女の口と悪臭、加えて容姿の醜さに2人が無言で顔をしかめていると、

「そうザマス! アテクシがこの不快なポスターを処分して差し上げるザマス! 今ならガキどもの他に誰もいないし、丁度いいザマス!」
「やめろよ見てるんだ」
 中年女はポスターに向かって汚い手をのばす。
 舞奈は鋭い眼光で威圧して怯ませる。

 腕を捩じ上げなかったのは、ここが一応、公共の往来だからだ。
 脂虫といえど相手は人の顔と名前を持っている。幸い側のテックは事情を知っているとはいえ、他の誰かに処分しているところを見られるのも面倒だ。
 加えて女の腕は……何と言うかぬめぬめしていて触るとかぶれそうだとも思った。

「……ポスター勝手に破ると器物破損になるかも」
 珍しく勇気を出したか苦言を呈したテックに、

「なんザマス! この生意気なメスガキは!」
「あんたが教育に気を使ってくれてる子供だよ」
「ガキが大人に口答えするザマスか!? こんな破廉恥なポスターがあるから! こんなメスガキが大人の女性に生意気な態度を……!!」
 中年女はヤニで歪んだ口から臭い息を吐きつつ、ぶよぶよとたるんだ手をのばす。
 蛮行を咎めた子供に何かするつもりだろう。

 舞奈はテックを背にかばう。
 口元には剣呑な笑み。
 向こうから手出しをされたら防戦しない訳にもいかないし、幸いまだ近くに舞奈たち以外の人はいない。喫茶店の店員は自分の仕事に集中している。

 だが次の瞬間、中年女はヤニで濁った双眸を不意に見開き、

「おっ、おっ……」
「……?」
 訝しむ舞奈とテックの目前で、あらぬ方向にふらふらと歩き始め……

「……あ」
 いきなり消えた。
 正確にはのびてきた何かに裏路地に引きずりこまれた。
 優れた動体視力を誇る舞奈の目には、それは吸盤が幾つもついたタコの足に見えた。
 そして少し不穏な物音がしてから、

「舞奈ちゃんおはようー……あっ」
「おっ朝から精が出るな」
 学生服を着こんだぽっちゃりした少年の集団があらわれた。
 見知った諜報部の執行人エージェントたちだ。

 彼らは朝からヤニ狩りをしていたようだ。
 ヤニ狩りというのは、人に仇成す脂虫どもを捕まえて袋に詰めて運び去る仕事だ。
 真面目で勤勉な諜報部員たちは、学業の前にひと仕事していこうと思ったらしい。
 そんな彼らの視線に気づき、

「問題ない。彼女も事情は知ってる」
「ならよかった。最近はKAGEさんが手伝ってくれてるから仕事も楽で」
「ああ、それでさっきの……」
 彼らの言葉に路地を見やる。

 やはり先ほど中年女を路地に引きずりこんだのはタコの足だった。
 おおかたKAGEが【血肉の大天使の召喚サモン・ザドギエル】の魔術で創ったのだろう。
 器物破損がどの程度の罰則に値する罪なのかは知らないが、あのコスプレ婦警も期せずして本来の公安警察の仕事をこなしたようだ。

 そういえば、と、ふと思う。
 テックは地味に動物が好きだ。
 それにディフェンダーズの映画にも詳しい様子。

 いっしょに裏路地を覗きこんだら喜んでくれるだろうか?
 なにせ今、そこにはサメ等の海洋生物の再現を得手とする高等魔術師が召喚したリアルで大きな動くタコと、シャドウ・ザ・シャークの中の人がいる。だが、

「脂虫が通りがかったらトラップで引きこむ手はずだったんだ」
「通りがかったらって……今の術で操ってなかったか?」
「【木星の死鬼の統制ジュビターズ・コントロール・アンデッド】だね。通りがかるのを待つだけなのも暇だって」
「じゃあ何故トラップにした……」
 チー牛たちの言葉に苦笑する。

 よく考えたら路地裏のタコは食事の最中かもしれない。
 それにシャドウ・ザ・シャーク――KAGEの人となりに幻滅するかもしれない。
 何せ以前はディフェンダーズのファンだった紅葉も、彼女らと作戦で何度か組んだ今では敵方のクラフターの話をすることの方が多い。あーあ。

 そんなことを考えていると、路地裏から巨大なイソギンチャク出てきた。
 無数の触手をワキワキさせた人間サイズの派手な筒が、大通りを歩いて行く。
 見やった舞奈は、ああ側の友人に会わせないでよかったと思った。

 まあKAGEは袋詰めした脂虫を持っていくのだろう。
 あの悪目立ちしまくる格好が何のつもりかは知らないが、人が増えてきたら認識阻害なりで騒ぎにならないように計らってくれると信じたい。

 一瞥したテックが着ぐるみと認識し、リアルさを褒めていたのが不幸中の幸いだ。

 舞奈がチー牛たちと世間話するうちに、後片付けを終えた他の面子も出てきた。
 彼らはがやがやとポスターを囲んで携帯を向ける。
 テックと同じゲジゲジを撮るつもりだろう。

 なので舞奈たちは場所を譲り、再び並んで学校へと向かう。
 再びテックと並んで他愛もない話をしながら歩く。
 そうしながら舞奈の脳裏を、少しだけ昔の一幕がよぎった――

――――――――――――――――――――

 ――しばし時を遡る。
 舞奈がアーガス氏や平和維持組織【ディフェンダーズ】の面々と出会う前。
 KASCの悪党どもと一戦を交えるより少し前。

 とある晩、雲ひとつない星空に2つの星が流れた。

 血のような真紅に輝く流星は、しばしの間、世間の話題を独占した。
 その鮮血のような紅色があまりに禍々しく、見る者すべてを不安にさせたからだ。
 だが時が経つにつれ、人々はその不吉な流れ星のことを忘れていった。

 そして事件と事件の合間の、珍しく平和な平日の朝。

「おはよーっす」
 ホームルーム前の教室に、普段通りに登校してきた舞奈は、

「……舞奈。おはよう」
「マイちゃんだ!」
「ちーっす」
 窓際の机を囲んだクラスメート3人に目を向ける。
 珍しくテックと桜が揃って何か見ていた。
 加えて2人と一緒にテックの手元を覗きこんでいたのは――

「――にしてもテックに桜にモモカって、珍しい組み合わせだな」
「舞奈ちゃんおはよー」
「おうっ、おはようさん」
 ニッコリ笑顔で挨拶したのはクラスメートの花園桃花。
 何を隠そう舞奈もたまに世話になっている商店街の花屋の娘だ。

 低学年並の背丈と幼児体形と、元気な言動のせいでチャビーと少しキャラがかぶる。
 だがモモカは家の手伝いをしているせいか、ちゃっかりしていて金にがめつい。
 あと手伝っている家が客商売なせいか、なんというか諜報部の執行人エージェントあたりが好きそうなキャラづけを意図的にしているのも天然お子様チャビーとの違いか。

 彼女の家である花屋は、桜が家の手伝いで運んでいる仏花の仕入れ先でもある。
 なので桜とも割と仲が良い。

「何やってるんだ?」
 3人が見やっていたのはテックの私物のタブレットだ。

「マイも見てよ! 見て見て!」
「可愛いでしょー?」
「どれどれ」
 舞奈も少し珍しく、促されるまま桜とモモカの肩越しにタブレットを見やる。

 画面に映っていたのはアニメ調の女の子のイラストだ。
 こちらもモモカ自身に劣らず、チー牛どもが好きそうなデザインだなあと思った。

 だがまあ、描かれた3人の女の子が舞奈から見ても可愛らしいのは事実だ。
 女の子らしい丸みを帯びた顔立ち。身体。
 大きな瞳と明るい表情。
 それは紛れもなく『美』だ。

 芸術は、『美』は人間の精神を癒し奮わせ、故に好意を抱かれる。
 だからこそ精神的に素直なチー牛たちだけでなく、純粋な心を持った小学生のクラスメートたちをも魅了する。
 だから女の子は可愛いものが大好きだ。

「イマちゃんと、未来からやってきたミライちゃんねえ」
 イラストを見やりつつも、横に書き添えられた説明書きを一瞬で斜め読む。
 その程度は数々の修羅場で集中力を鍛えられた舞奈には造作ない。

 イラストの中央に描かれているのは小学生くらいの真面目そうなイマちゃん。
 彼女が抱っこしているのはタイムスリップしてきた設定の赤ちゃん。
 そんな可愛らしくも微笑ましい2人の後ろに描かれているのは……

「ムカシ……」
 デザインは可愛いながらもちょっと野暮ったい感じの女子高生。
 2人の姉代わりか、あるいは保護者か後見人を意識しているのだろう。
 それはいいのだが……

「……叔母さん」
 唖然としながらひとりごちる。
 女性の呼び名にしては少しばかり攻めすぎではないだろうか?
 これ、考えた奴と決めた奴は声に出して読んだのか?
 そんな素直な感想を飲みこみながら、

「これから順次、全国に看板やポスターを設置するそうよ」
「わたしのお店の掲示板にも貼るんだよ!」
「おっそいつは楽しそうだ」
 テックとモモカ情報に何食わぬ笑みを返す。
 そして他に何か面白いことが書いてないかとイラストを見やって、ふと気づき……

「……環境省? 何でまたそんなところが」
 画像の隅の文言を見やって首をかしげる。途端、

「(市民の心理学的、魔法的な環境を整備するためよ)」
「……っ!?」
 前触れもなくうんちく語りが降って来た。

「おはよう、明日香」
「おはよーなのー」
「明日香ちゃんも見て見て! 可愛いでしょー?」
「ええ、見てきたわ」
 見やると側に明日香がいた。

 まあ彼女が言いたいことはわかる。
 可愛いもの、綺麗なもの、即ち『美』は人間の感情をプラス方向に揺り動かす。
 プラスの感情は魔力の源であり、人の精神を支える糧でもある。
 そんな話を、ちょうど先日に出会った【ミューズSocietyOf探索者Muse協会Seeker】の高等魔術師チャムエルから聞いたばかりだ。

 だから美しいもの、可愛らしいものを意図的に配置することで、そういう方面の環境を整えると言われれば納得はできる。
 ということは、この件には【協会S∴O∴M∴S∴】が絡んでいるか。

「にしても、おまえがこの手の代物に興味があるとは思わなかったよ」
「まあ家の仕事に全く関係ない訳でもないし」
「お前ん家と……?」
 明日香の実家は民間警備会社PMSC【安倍総合警備保障】。
 だが彼女のそんな答えにも、

「……なるほどな」
 まあ納得。

 可愛いもの、綺麗なもの、『美』はプラスの感情の源となり人間の心を和ませる。
 プラス感情はプラスの魔力となり術者の力となって人々の幸福に還元される。

 だが、そんな『美』から正反対の効果を受け取る者がいる。
 命と相反する者、人間と敵対する者、即ち怪異だ。
 奴らは『美』を忌み嫌う。
 何故なら奴ら人類の仇敵が、負の感情、マイナスの魔力から生まれた存在だからだ。

 なるほど民間警備会社PMSCを実家に持つ明日香としては、確かに軽視できない要素だ。
 何故なら可愛らしいアニメ風のキャラクターが描かれたポスターは人々の心を和ませ豊かにするだけでなく、人間を敵視する怪異に対する牽制の効果をも持つのだから。

「何でもないポスターに見えて、至れり尽くせりなんだな」
 何食わぬ表情でひとりごちつつ、側を見やる。

 何時の間にか桜とモモカがいない。
 少し離れた場所で委員長や園香、チャビーと楽しそうに話している。
 どうやら別の友人が登校してきたのを見つけて、可愛らしいキャラクターの話題で盛り上がりに行ったらしい。

 耳の良い舞奈には彼女らが今しがたと同じ話をしているのがわかる。
 だから楽しそうな友人たちを見やって口元を緩める舞奈だが……

「……叩いている人もいるようだけど」
「叩くって、ネットで文句つけるって意味だっけ」
 テックの言葉に首を傾げる。
 だが、まあ理由はわからないでもない。
 舞奈はやれやれと苦笑して、

「そりゃまあ女子高生のあだ名に、ムカシおばさんは――」
「――彼女らの主張では、性的だからだそうよ」
「せいて……!?」
 テックの一言にビックリする。
 ネットの向こうの真実は舞奈の予想を斜め上に越えてきた。

「……ああそれは知ってるぞ。動かないって意味だろ?」
「そうじゃなくて、いやらしいって意味。表情とか服装とかが男に媚びてるって」
「やらしいって、赤ちゃんだぞ……?」
 流石に言っている意味が理解できず、再び画面に映ったイラストに目を向ける。

 可愛いものは誰が見ても可愛いと舞奈は思う。
 男に媚びるも女に媚びるもないだろうに。

 現に舞奈から見ても3人とも、背格好も着ている衣装も可愛らしい。
 今にもばぶぅと動き出しそうな玉のような赤ちゃんも。
 赤ちゃんを大事そうに抱える小学生のイマちゃんも。
 地味ながらも大人びたムカシ叔母さんも(当時はまだ胸のサイズは普通だが)。

 考えるにつれますます訳がわからなくなる。
 ひょっとしたら自分が小5だから世間とはセンスが違うのかもしれんと思って側の明日香を見てみたら、こちらも小5の表情をしていた。
 そんな二人の様子には構わず、

「安心して。叩いているのは特定の種類の人たちよ」
 テックは言葉を続ける。

「特定の?」
「ええ。例えば弁護士の大蛸ゲイ子、社会学者の疣豚潤子……」
「知らない奴だなあ」
「でしょうね。ちなみに顔はこんな」
「どれどれ……いや、こっちの顔のが世に出しちゃ駄目だろう」
 新しい情報窓に映った中年女を見やって思わず苦笑して、

「泥人間の表の顔に似てるわね」
「ああ、なるほど」
 明日香の言葉に納得する。

 尻の穴みたいな顔の醜女が泥人間――成形によって人間に成りすます怪異だったとすれば、言動の全てに理由がつく。

 怪異どもがイラストの中の少女たちへ着せようとした罪。
 それは男に媚びたという理由ではない。
 人間を喜ばせたからだ。

 何故なら人類の仇敵である怪異どもは、マイナスの感情から生まれた負の生物だ。
 故にプラスの感情の糧となる『美』を忌み嫌う。
 人の顔と身分を簒奪した怪異は『美』を攻撃することで人間を害する。
 同じく人型の、脂虫と呼ばれる怪異が喫煙によって周囲の人間を害すと同じだ。

 それでも当時の舞奈に、それ以上に彼女らと接点がなかったのも事実だ。
 今の時点では本拠地に赴いて機関砲Flak38で粉砕する理由もない。

 だから情報窓の中の醜女たちのことを、舞奈はすぐに忘れてしまった。
 そんなことより、

「ひょっとして、他にも厄介事か?」
 テックに問いかける。
 彼女が珍しく不満を隠し切れない様子だったからだ。

 当時も今も、テックが様々な情報に通じたハッカーなのは同じだ。
 そんな彼女が発したサインを見逃してはならないと舞奈は経験から理解していた。

 加えてテックは舞奈の大事な友人だ。
 そんな彼女が悩んでいるなら話くらい聞いてやりたいと思うのは当然の感情だ。
 何かをぶちのめせば解決する類の問題なら手を貸すのもやぶさかではない。
 そんな舞奈と、側で同じ意図をもって静観する明日香の前で、

「この件とは直接の関係はないんだけど……」
 謂いつつテックはタブレットの画面に新たな情報窓を表示する。
 ニュースサイトの記事のようだ。
 舞奈は例によって一瞥するだけで斜め読み、

「どっかの国のマイルールでゲームを禁止する……ってことか?」
 結論づける。

「他県の条例でね」
 テックは無表情にうなずく。

「正式な名称はネット・ゲーム依存症対策条例」
 明日香も同意の代わりにうんちくを返す。
 どうやら知ってはいたらしい。
 口調からして彼女にとっても面白い出来事ではないようだ。

「ゲーム機の利用時間制限と、バーチャルギアに関しては所有自体が禁止されるわ」
「……なんか面倒くさそうだな。近所の話じゃなくてよかったよ」
 舞奈はやれやれと苦笑する。

 不幸中の幸いか、条例とやらは他県の話らしい。
 加えて当時の舞奈はバーチャルギアが何なのかなんて知らなかったから、自分には関係ない何処か遠くで訳のわからないことをやっている程度の認識しかなかった。
 だから話の内容というより2人の声色に同調する感じで、口元を歪めてみせる。

 先ほどのイラストの一件と同じように、裏に怪異でもいるのだろうか?
 だが、その思いつきが正しいのかどうか判断するには情報が足りなすぎた。
 さりとて真偽を確かめるために行動を起こすほど、その条例とやらが危険なものとも皆が困るようなものとも当時は思っていなかった。

 だから、そのようにして皆が一見して普段通りの朝を過ごす中、担任がやってきた。
 そして普段通りにホームルームが始まった。

 当時のその時分、舞奈たちはアイドルの護衛やハゲの捜索で忙しかった。
 怪異や異能力が絡んだのっぴきならない事件が起きない平日は貴重だった。
 現にこの後も数日と経たずに公安やウィアードテールと戦う羽目になり、かと思えば彼女らと共闘してKASCと戦うことになった。

 だから妙ちくりんな条例のことも、赤い流れ星のことも、帰るころには忘れていた。
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