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第16章 つぼみになりたい

戦闘4-2 ~戦闘魔術vs超能力

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(姉さんを……クラリス姉さんを守れるのは僕だけなんだ!)
 敵魔術師ウィザードとの絶望的な戦闘の最中。
 エミールの脳裏をよぎるのは心優しく少し気弱な姉の表情。

(だから僕は……!)
 雨あられと降り注ぐ小口径弾9ミリパラベラムを、歯を食いしばって【念力盾サイオニック・シールド】で防ぐ。
 そうしながらエミールの脳裏を過去がよぎる――

 ――エミールもクラリスも、元はアメリカの片田舎に暮らす普通の子供だった。
 だが2人は武装集団に襲撃され、誘拐された。
 連れ去られた先は違法な実験施設だった。

 そこで他の子供たちと一緒に超能力実験の被験体にされていたところを、タイツを着こんだヒーローたちに救出された。
 失敗作として処分されそうになっていた多くの子供たちは保護された。
 帰る場所のない彼女らには仮初ではあるが新たなあたたかな家族があてがわれた。

 だが皮肉なことに、強力な超能力サイオンを会得した2人は大人たちに持て余された。

 そんなところをクイーン・ネメシスに連れ去られ――否、救出された。
 屈強なヴィランは幼い超能力者サイキックに問うた。「仲間にならないか?」と。
 自分たちと同じ超能力者サイキックである彼女は、自分たちに生きる力と目的をくれた。
 だから――

「――僕たちは! おまえたちを倒すしかないんだ!」
 エミールは叫ぶ。
 全身から超能力サイオンを放出させながら式神たちに襲いかかる。

 影法師の使い魔たちを倒し、黒髪の魔術師ウィザードを倒し、仲間を取り戻す。
 そうしなければ2人とも、あの無力だった日々に逆戻りだ。
 エミールは、姉であるクラリスを守れない。

――夜が明けたら
――顔を上げて
――空を見上げるよ

 歌が聞こえる。
 拠点の外からスピーカーで放送されているらしい。
 歌い手は自分たちと同じ年頃の少女か。
 静かで少し感傷的な、姉が好きな雰囲気の曲だと思った。

――そこに何かが見つかるはずと
――信じながら

 だが今は歌なんか聞いている余裕はない。
 何故なら自分には時間がない。
 プリドゥエンの守護珠の破片に遺された超能力サイオンが尽きるまでに、奴を倒さなければならないのだから。

「Feuer!」
『『『『Ja!』』』』
 敵の号令に合わせ、4体の式神が再び短機関銃MP40を斉射する。

「糞っ!」
 式神と同じ手段で創造された無数の小口径弾9ミリパラベラムを【転移能力テレポーテーション】で避ける。
 避けられない何割かを【念動盾テレキネシス・シールド】で受け止める。
 それでも止め損ねた何発かを、とっさに展開した【念力盾サイオニック・シールド】で防ぐ。
 防ぎ損ねた1発がジャケットの裾をかすめる。

 強い。
 魔術師ウィザードの被造物は、数を頼りに襲いかかる式神すら超能力者サイキックに匹敵する。
 それでも、

「おまえたちを倒して! Mumを取り戻して帰る! それしかないんだよ!」
 激情を力に変えて【転移能力テレポーテーション】で有効射程から逃れつつ、【誘引能力アポーツ】。
 取り寄せたのは十数本のナイフだ。

 宙に【念動テレキネシス】で浮かしたナイフのすべてを【念力剣サイオニック・ソード】で強化する。
 正直なところ、プリドゥエンの守護珠の破片から超能力サイオンを借りていなければ絶対に不可能な無茶な施術だ。そして、

――高くそびえるビルの隙間から
――青い空を、僕は見上げてたよ

「喰らえ!」
 気合とともに【念動弾テレキネシス・バレット】を行使し、式神めがけて一斉に放つ。
 並の銃より強力な、複数の超能力サイオンを組み合わせた必殺の遠距離打撃。

 姉さんを守る。
 Mumを救う。
 必死の想いが超能力サイオンを強くする。
 超能力サイオンによって強化された数多の打撃に更なる力を与える。だが――

「――防御アルギズ
 呪文と共に、式神の前にそれぞれ火球があらわれる。
 火球はナイフを受け止めて破裂し、爆風で近くのナイフを散らす。
 爆発を利用した防御手段か。

 爆炎に紛れて式神が撃ってくる。
 慌てて【念力盾サイオニック・シールド】を展開し、小口径弾9ミリパラベラムの猛攻を防ぐ。

 手強い。
 敵はただ強力な術を使えるだけじゃない。
 こちらの攻撃の長所と短所を把握し、的確に対応してくる。

「Mumというのはクイーン・ネメシスのこと?」
「おかしいかよ!?」
「……いいえ。素敵な呼び名だと思うわ」
 鉄壁の氷壁と斥力場障壁に守られながら黒髪は笑う。
 対してエミールは口元を歪める。
 氷壁の向こうの術者を睨みつけながら、次の一手を模索する。

 本体を直接、攻撃するべきか?
 否。
 強固な氷の壁の外から生半可な火力をぶつけても防がれてしまう。
 さらに敵は氷壁を修復できる。

 かといって分厚い氷の中に【転移能力テレポーテーション】で跳びこむのは自殺行為。
 この黒髪の魔術師ウィザードの近くに転移はできない。
 超能力サイオンで作った空間の抜け道が斥力場と干渉し、捻じ曲げられてしまうからだ。
 しかも斥力のフィールドの範囲は相応に広い。
 先ほど予期せず転移を歪められて床に叩きつけられたばかりだ。

 もちろん【精神読解マインド・リード】で隙を探ることもできない。
 覗きこんだ精神の視界一面に映るのは、虚無とノイズで形作られた心の壁。
 高等魔術の【示唆無効化カオティック・コマンド】に相当する何らかの魔術だろう。
 精神防御の手札を持つ術者に対して読心は無意味。
 その基礎技術である【精神感応テレパシー】、派生した【精神檻マインド・ケージ】【精神剣マインド・ソード】を始めとする精神への直接介入もすべて無力化される。

 そんな絶望的な戦いで、エミールに残された手札は火力勝負。
 幸い【念力と身体強化】の、特に物理的な効果を及ぼす超能力サイオンの腕前は姉クラリスより長けている。部分的には師であるMumにすら迫ると自負できる。
 プリドゥエンの守護珠の超能力サイオンで強化されている今のうちなら力技で勝てる。
 それ以外に奴を倒す手段はない。

――菱形の空に飛行機雲が
――流れるたびに、見てた

 決意したエミールの前で、不意に式神の掃射が途切れる。
 代わりに今度は術者自身が動く。
 錫杖が突きつけた先、氷壁の外側にパチパチと放電する雷球が生まれて――

「――魔弾ウルズ
 一句の呪文とともに、プラズマの砲弾と化して放たれる。
 人間をひと飲みにできそうな巨大なプラズマ塊が、異音をあげて飛来する。

「ちいっ!」
 エミールは慌てて【転移能力テレポーテーション】で避ける。
 背後で爆音と閃光とともに、コンクリート壁が粉砕される。

 手下の攻撃ではこちらの防御を抜けないとの判断か。
 当然のように防壁の外側から撃てるのが卑怯だと思う。
 奴ら魔術師ウィザードが魔力を創造することができるからだ。
 自分たちのように事前に蓄えた超能力サイオンを切り崩している訳じゃない。

「まあ避けるわね。でも、これなら?」
 敵は矢継ぎ早に施術を続けてプラズマ砲弾を、火球を生み出し、放つ。
 たしか高等魔術における【電光撃ライトニング・ブラスト】【火球ファイア・ボール】に相当する術だ。
 まるでMum――クイーン・ネメシスの十八番が奪われるようで面白くない。
 敵は自分より年下の子供だというのに!

「プラズマの砲弾には【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】、火球には【火球・弐式フォイヤークーゲル・ツヴァイ】という呼称があるわ。特殊な流派の術なので初耳だと思うけど」
「うるさい! 糞! バカにしやがって!」
 おまえの術の呼び名なんか、今はどうでもいいだろう!
 叫びつつ、エミールは【転移能力テレポーテーション】を連続行使して回避する。
 全部をまとめて喰らったら【念力盾サイオニック・シールド】が持たない。
 それどころか骨も残さず消し炭にされかねない。

 辛くも回避した火球が、雷撃弾が背後で爆ぜてコンクリート壁を削る。
 魔弾の数が避けられないほどの数じゃないのが幸いか。

 だが脳内で【戦闘予知コンバット・センス】が警告を発する。
 空間を歪めて転移した先の、目の前に火球。
 避けられることを見越してタイミングをずらしたのだ! なんて性格の悪い女だ!

 慌てて【念力盾サイオニック・シールド】で受け止める。
 熱と閃光、轟音。
 砲撃や手榴弾の爆発を受け止めたような、ずっしりとした衝撃。

 Mumから転移直後に障壁を張るやりかたを教わっていなければ間に合わなかった。
 あるいはプリドゥエンの守護珠により強化されていなければ防げなかった。
 どちらでも結果は同じ。消し炭だ。
 障壁を維持しながらエミールは口元を歪める。

――遠い世界に手が届かなくて
――無力な自分がもどかしくって

 だが黒髪の魔術師ウィザードもまた舌打ちする。
 その表情を見やったエミールの口元に微かな笑み。

 敵は今のでエミールを倒せるつもりだったのだろう。
 正直、自分でもそう思った。
 だがMumの指導の成果かギリギリのところで命を繋いだ。

 そう。状況のすべてが敵の思い通りに進んでいる訳じゃない。
 そもそも魔術は強力だが隙の多い技術だ。
 敵はそれを、先読みと堅実な戦術によって補っているに過ぎない。

 だから次はエミールが奴の弱みを突けばいい。
 超能力サイオンが続くまで奴に喰らいつき、一瞬のチャンスに残る力を叩きつける。
 それ以外に奴を倒す手段はない。

――いつか夢見た小さな何かを
――ふと、忘れそうになった

 負けられない。負けたくない。
 今の自分はプリドゥエンの守護珠の破片から超能力サイオンを借り、【能力増幅サイ・アンプリファイ】で自分のあらゆる能力を倍増させて彼女に挑んでいるのだから。
 その上で勝てなければ、自分がMumから学んだすべてが無駄になる。
 そんな自分じゃあ姉さんを――気弱で心優しいクラリス姉さんを守れない。

「貴女は、お姉さんと別々に戦うべきじゃなかった」
 余裕のつもりか、黒髪は射撃を止め、厚氷の壁越しに語りかけてくる。

「わたしたちを分断してから、そちらは2人セットでひとりづつ各個撃破を試みれば勝てる可能性はあったわ」
「それはMumとクラフターが……!」
「――彼女らの流派にシナジーはないわ。けど貴女たちは違う」
「そうか……ゲシュタルトを使えば……!」
 歯噛みする。
 よりによって敵の言葉で、勝てたかもしれない可能性を見出したから。

 ゲシュタルトとは【能力増幅サイ・アンプリファイ】を用いて超能力サイオンを倍増させる技術だ。
 超能力サイオンを高める超能力サイオンを互いにを行使し合って効果を何倍にも増幅させる。
 行使者同士の超能力サイオンの波長が合わないと十分な効果を発揮しない繊細な技術だ。

 今しているプリドゥエンの守護珠の欠片を利用したパワーアップもその応用だ。
 砕けてなお超能力サイオンを秘めた魔道具アーティファクトの破片の中から、姉とそれぞれ少しでも波長に合うものを選んだ。同等とは言わないが近い効果を得ることができる。

 だが姉と本来の形でゲシュタルトができれば、奴の魔術に対抗できたかもしれない。
 互いに搦め手を封じ合った挙句の力比べは予想できた。
 ならば少なくとも目前の魔術師ウィザードに対しては妥協せず200%の力で挑むべきだった。
 先に彼女を倒してしまえば、魔法を使えない志門舞奈も楽に倒せたはずだ。
 そう考えて歯噛みして……

「いや待て! なんで敵にそんなこと言われなくちゃいけないんだ!?」
「子供の未熟さに付け込んで、騙すように勝つのが嫌なだけよ」
「おまえだって子供だろう!」
「ふふ、そうね」
 激昂するエミールに、敵は口元に笑みを浮かべながら答え――

「――うわあぁぁぁっ!?」
 いきなり脳内に溢れたノイズにエミールは絶叫する。
 精神を守る【精神盾マインド・シールド】に何かが叩きつけられたのだ。
 魔術による精神攻撃。
 正確に言えば【精神檻マインド・ケージ】に似た精神介入による無力化の術のようだ。

 だがタマゴ女が放った心の枷は、サイキック暗殺者が怯むほど強烈な鉄鎚だった。
 いわば大きなカギ爪でつかみかかられたようなものか。
 糞ったれな魔術師ウィザードが雷撃や火球でもたらす物理的な破壊と同じくらい、精神による精神への打撃も苛烈で容赦がない。
 そもそも打撃を目的とした術じゃないはずないのに、何でこんな風になるんだ糞っ!

 敵の流派がよくわからないのが口惜しい。
 Mumの授業をもっとちゃんと聞いておけば良かったと思う。
 それでも覚えている知識を総動員して敵の手札に備えようとする。

 特に【魔力と精神の支配】技術を持たない流派にも、精神攻撃の手札はある。
 例えば【心身の強化】ないし【高度な生命操作】でも、生命体の心身を操る技術の一環として精神を操ることができる。

 あるいは【物品と機械装置の操作と魔力付与】技術でも精神操作は可能だ。
 物品に魔力をこめるのと同じ要領で、人の脳に誤情報を付与するのだ。

 もちろん精神介入に特化した専門の技術のように繊細な精神操作や読心は不可。
 だが相手の脳に狂気や妄想を流しこんで正常な精神の働きを妨げ、惑わせたり悪影響を与えるだけなら比較的に容易だ。
 いわば六角レンチで脳の手術はできないが、頭蓋を叩き割るのは容易なのと同じ。
 しかも自分は【精神感応テレパシー】を多用するため、無意識にチャンネルを開いていた。
 先ほど話しかけてきたのも心のガードを緩ませるためか?
 糞ったれ! 糞ったれ!

「今のは【洗脳ゲヒルンヴァッシェン】。特に危険のない洗脳の魔術よ。あと普段から頭の中で悪態をついていると、とっさに口に出るわよ」
 術者の言葉にあわせるように、再び奴の式神たちが斉射を始める。
 精神への、同時に肉体への多重攻撃。
 糞っ! それはこちらの十八番なのに!

「うるさい! 僕が考えてることが、何でお前なんかにわかるんだよ!?」
 あと洗脳が危険じゃない訳ないだろ!
 エミールも慌てて【念力盾サイオニック・シールド】を展開して雨あられと降り注ぐ銃弾を防ぐ。
 精神への打撃の余波で頭がズキズキ痛んでいたが、何とか施術は間に合った。
 激情で高まった超能力サイオンの障壁によって、鉄の雨は瞬時に散る。

 そうしながらエミールは再び【誘引能力アポーツ】を行使して得物を取り寄せる。
 今度は手榴弾。
 暗殺に多用する手段だ。

 ほぼ手癖でピンを抜いて、【転移能力テレポーテーション】を加減して造った抜け穴に押しこむ。
 抜け道の先は壁の内側。
 先ほどのように抜け道が歪んで弾かれても、手榴弾なら問題ない。
 爆発で壁にダメージを与えられる。
 あわよくば壁の内側に入りこめば、敵は壁を解除しなければならなくなる。

 ピンの抜かれた手榴弾は壁の外に転がり出る。
 まあ予想通り。
 だが、次の瞬間――

「――あっ」
 影法師の式神の1体が手榴弾を拾って投げた。
 意外に素早い!

 エミールは焦る。
 残る式神の銃撃に縫い留められて【念力盾サイオニック・シールド】を解除できないのだ。
 故に【転移能力テレポーテーション】で回避不可。

 だから次の瞬間、

「うわあぁっ!」
 障壁ごと吹き飛ばされる。

 その際に帽子が落ちて、収めていた長い髪があらわになった。
 しまった、と思った。

 そう。自分はクラリスの弟ではない。妹だ。
 本当の名前はエミル。

 か弱い少女のままでは姉を守れない。
 だから帽子で髪を隠し、勝気な口調で弱さを隠し、少年になった。
 サイキック暗殺者リンカー姉弟の弟、エミール・リンカーになった。

 だが今の自分と同じくらい長い黒髪をなびかせた彼女は動じる素振りも見せず、

「!?」
 自身を守る氷の壁を解除する。

 そして自らこちらに駆け寄り、だが反応する間もなく錫杖を突きつける。
 とっさに超能力サイオンを使えなかったのは、先ほどの【洗脳ゲヒルンヴァッシェン】とやらをを防いだショックから完全に抜けきれずに頭がズキズキ痛むからだ。
 糞っ!
 先ほどの衝撃の本当の目的は精神的なショックによる目くらましか!

――沈む夕日と

 歌が聞こえる。
 敵は手にした杖の先端を向けたまま「放射ケーナズ」と唱える。
 途端、杖の先端から灼熱の業火が噴き出した。

 無我夢中で超能力サイオンを賦活させ、再び【念力盾サイオニック・シールド】を張り巡らせる。
 その周囲を炎の舌が這いまわる。

――またたく星が

 障壁は熱を完全に遮断することはできない。
 逃げ場のない身体の温度が無理やりに上昇する感覚が非魔法の恐怖を呼び起こす。
 加えて炎を強める儀式のように、この国の言語において身の毛のよだつような最悪の状況でしか使わないと教わった恐ろしい言葉が、罵声と罵倒が叩きつけられる。
 魔術師ウィザードの強烈な精神が、エミールを物理的に、精神的に蹂躙する。
 だから、それでも暫く耐えた後、

――なつかしい夢になって、僕に力くれる

「く……うわあっ!」
 細いガラスのような音をたてて、【念力盾サイオニック・シールド】がはじけて消えた。
 エミールは残された超能力サイオンを使い切ったのだ。

 同時に奴の炎が止む。
 プリドゥエンの守護珠の欠片も力を失い、砕け散っていた。

 エミールは呆然と立ち尽くしたまま黒髪の魔術師ウィザードを見つめる。

 負けた。完全に。
 自分より年下の子供のはずなのに。

 けれど目前の彼女は自分と違って未熟じゃない。
 しっかりと自身の頭で考えて、結論を出して、動く。
 だから彼女の動きには淀みがない。
 そう思った途端、

「みゃ~~~~~~」
 声にエミールは、黒髪は思わず見やる。
 そこに何の脈略もなくいたのは、ふりふりワンピースの少女だった。
 プリンセスを確保しようとして連れてきてしまった彼女だ。

 要するにみゃー子である。

 正直なところ言動があまりにも意味不明で扱いに困っていたのだ。
 心を読もうとしたが、何故か【戦闘予知コンバット・センス】に警告されて止めた。
 まったく、この国の子供にはロクな奴がいない!

 拘束に使っていた【念力檻サイオニック・ケージ】が解除されたのだろう。
 逃げようとして施設内を歩き回っていて、物音に気付いて近づいてきたのだろうか?
 自分を見やって怯える様子も、仲間のはずの黒髪を見やって安堵する様子もない。
 まったく虫かエイリアンみたいな奴だな!
 だが、そんな彼女を見やり、

「小室さん!? 何故ここに!?」
 黒髪は動揺をあらわにする。
 沈着冷静だった彼女に似合わぬ驚き方。

 それは千載一遇のチャンスだと思った。
 決して勝てないはずの彼女を倒せる可能性のある唯一の手段。
 完全無比な魔術を操り、自分の攻撃をすべからく凌ぎ、逆に自分を追い詰め、あまつさえ卵をあそこまで恐ろしいイメージに変えられる魔術師ウィザードが怖れるもの。

 だからエミールの躊躇は一瞬。

――この場所で出会ったこと
――すべて、糧にして歩き出す

 迷わず謎の少女の心に【精神読解マインド・リード】を行使する。
 彼女の心に隠されているはずの、魔術師ウィザード打倒のための秘策を得るために。
 正直なところ思考の予想もつかない彼女の心を読むのは怖かったし、超能力サイオンに警告されるまでもなく無意識に危険だと判断していた。
 だが背に腹は代えられない。

 絶えず動き回る彼女に意識を集中する。
 転移と似た感じに精神の抜け道を作るのだ。
 相手の動きを目で追う必要はない。
 相手の存在を、精神の在処を感知していれば【精神読解マインド・リード】の対象にできる。
 そして精神の抜け道を通して謎の少女の心に触れる。そこには――

(――え?)
 何もなかった。

(迂闊だった!?)
 精神が虚無に引き寄せられる。
 まるで何かのトラップのように、虚無はエミールの精神を侵食する。

 エミールも素人ではない。
 施術の最中の術者の心を【精神読解マインド・リード】で覗くのは危険だと知っていた。
 何故なら精神が術に取りこまれ、消費されて消えるから。
 術者の精神遮蔽は、実は術者自身ではなく迂闊な接触者を守るためのものだ、と。

 だが目前の虫のような少女は大丈夫だと思っていた。
 彼女は術者じゃないから。
 そんな自分の判断は、どうやら間違っていたようだ。

 そもそも一度は自身の【戦闘予知コンバット・センス】によって警告された。
 だが無視した。
 その結果が……。

 恐怖が心を満たす。
 その感情もすぐに消えるのだろうと、思った。その時、

――指差す先に、広がる世界に
――きっと征けると、信じて

(う・ご・か・な・い・で)
 エミールの精神に別の何かが干渉してきた。
 奴だ。
 魔術に必要なイメージを用いて、消えそうな超能力者サイキックの精神を『つかんだ』のだ。
 彼女に読心の手札はないから、こちらの【精神読解マインド・リード】にタダ乗りしたのだろう。
 限られた精神介入の手段を応用し、さらなる応用を重ね。
 直前まで戦い、そして倒した敵を救うために。

 エミールの精神をつかんでいるイメージは不動明王アチャラ・ナータ
 奴らの流派で炎と重力を司るイメージらしい。
 だが、その逞しい姿はMumに似ていた。

 逞しい女ヴィランに似た仏のイメージに、エミールの心は引きずり上げられる。
 かつての敵を仏が救済する。

 その際に安倍明日香の精神防護をすり抜けて、何かのイメージが放たれる。
 彼女の表層意識の欠片を感じ、エミールは理解した。

 Mum――クイーン・ネメシスは彼女と取引をした。
 生真面目な彼女に術者としての先達の立場から少しばかりアドバイスすることと引き換えに、彼女をリンカー姉弟の臨時の教師に仕立て上げた。
 彼女の考え方の隙をついて、Mumは自分たちを守ろうとしたのだ。

 知識に貪欲な魔術師ウィザードは、Mumの言葉を取引と知りながら受け入れた。
 提案に加え、力強い彼女自身のイメージを自身の術に取りこもうと思ったから。

 それまで彼女は雷を司る帝釈天インドラのイメージに友人である志門舞奈の姿を重ねていた。
 だから彼女が放つプラズマの砲弾は鋭く、恐ろしかった。
 だが今後は炎の御業も屈強なヴィランの威圧感を伴って繰り出すことができる。

 その新たな精神的な財産が不義理によって穢れぬよう、彼女はエミールを導いた。
 敵を傷つけることなく打ち負かした。
 敗北を力に変えられるよう示唆しながら。

 エミール――エミルは気づいた。
 自分は守られていた、と。
 Mumに。
 そして目前の黒髪に。

 戦ってMumを取り戻せると、本気で思っていたのは自分だけだった。

――もしも生まれ変わるとしたら
――のびやかな双葉になりたい

 エミルはそのまま倒れこむ。
 自分の長い髪が周囲に広がる感触が新鮮だと思った。

 今までは自分が女であることを隠していた。
 そうしないと姉さんを守ることができないと思っていたから。

 けど黒髪の彼女との邂逅で、そんな必要はないと悟った。
 彼女は自分と同じくらい長い髪をなびかせたまま、圧倒的な魔力と技術、堅実な戦術によって自身を打ち負かした。
 かと思えば驚くようなアドリブで、自滅しそうだった自分を救った。

――高く広がる世界に向かって
――気高く、望むままに、飛べますように

 エミルの心の奥底に湧き上がる圧倒的な畏敬の念。
 それは心が消えそうになった恐怖より、彼女に負けた悔しさよりも強く。
 そう。いつか自分も彼女のように……

 ……そんな明日香とエミルの背後から足音。
 見やると志門舞奈が走ってくるところだった。
 腕に抱きかかえられているのは……クラリス姉さんだ!
 あいつ! 姉さんに馴れ馴れしいな!

「こっちも首尾よく終わったようだな」
「ええ。……そちらもね」
 志門舞奈と黒髪の彼女は慣れた調子で笑みを向け合う。

 そして舞奈は自分を見やり、やっぱりな、みたいな表情をした。
 自分が弟ではなく妹だと、こいつも知っていたらしい。
 どうやら細かい筋肉の動きで察していたらしい。なんて奴だ!

 次いで志門舞奈は謎の少女を少し嫌そうに見やり、黒髪を見やり、

「……なんでみゃー子がこんなところにいるんだよ?」
「なんで小室さんが何かする理由を、わたしが知ってると思うのよ?」
 軽口を交わす。

「うなぁ~~~~」
 謎の少女は猫みたいに足の指で首を掻きながら、ひと鳴きする。
 そんな、なんか何かの実験とかで精神とか関節とかが大変なことになっているかのような友人を、明日香と舞奈は特に気にする様子でもなく見やりながら、

「……小室さんって、何考えてるのかしら?」
「なんでみゃー子が考えてることを、あたしに聞くんだよ?」
 2人してやれやれと苦笑する。

 勝てる訳ないよな、とエミルは思った。
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